オーディオの話は一切無いので、クラシックに興味が無い人は読まないでください。
まずは近況についての雑談と、クラシックの新録アルバム、それからリマスター復刻盤などです。
ハイレゾダウンロード
近頃、クラシックにおけるアルバムリリースの主流は「FLAC 96kHz・24bit」が定着したようです。稀に48kHzや192kHzとかもありますが、やはり一年を振り返ってみると96kHz・24bitでの販売が大多数でした。いまだにハイレゾ音源は無意味だ詐欺だ、なんていう口論が続いていますが、私の意見としては、CDでもDSDでもDXDでも、音の良いアルバム、悪いアルバムというのはありますし、新しいアルバムを聴きたければ、必然的に色々なフォーマットに遭遇するので、フォーマットの良し悪しを議論している暇もありません。96kHz・24bitで仕上げたマスターがFLACで手軽に買えるという時代なので、それで買うのが自然な流れです。
ポピュラージャンルだと、アルバムは96kHz・24bitなのに中身の波形データを見るとほぼ44.1kHz・16bitなんて事もあり、詐欺だなんて非難されますが、これは各パートを別録りしてミックスしているため仕方がないです。ボーカルはニューヨークのスタジオで48kHz、ギターソロはLAのスタジオで44.1kHz、ドラムはプロデューサーの自宅パソコン打ち込みで96kHz、なんて「ごった煮」を全部まとめて仕上げるために96kHzマスターが完成したのなら、あえて文句を言う筋合いはありません。一方クラシックの場合、パッチ当て修正のみの一発録りが主流なので、録音から仕上げまで96kHzというケースが多いようです。
古いアナログアルバムのリマスターでは、80年代のしょぼいA/D変換機材で焦って作ったCDと、ベテランエンジニアが最新技術を活用して入念に仕上げたものでは、同じデジタルでも全く音が違います。逆に、80年代とくらべて今はマスターテープが劣化して使い物にならない場合もあります。写真をスキャナーで取り込んで、フォトショップでデジタル修正するのと同じような作業ですから、時代ごとに機材やスタッフの腕前次第でなんとでもなります。
DXDやDSD256など超高サンプルレートは、一部の「オーディオファイル向け」レーベルで意図的に採用されているのみで、広くは普及していません。今年もいくつか買ってみましたが、フォーマットが良いからといって音質が良い保障はありません。
私の場合、運が良いのが悪いのか、DXD・DSD256を初めて聴いたのが、Challenge RecordsやChannel Classicsなど、世界でも有数の録音技術を持つレーベルだったので、そもそもの録音が素晴らしく、フォーマットの違いが鮮明にわかる体験を何度もしました。
しかし、二番煎じ・三番煎じで続々登場した「オーディオファイル向け」レーベルの多くは、確かにDXD・DSD256録音機器を使ってはいるものの、聴いてみると「あれっ?」と思うほど音響や楽器音が不自然で、リアルとかけ離れています。豚に真珠というか、エンジニアのクセが強すぎて、せっかくのフォーマットを満足に活かせていないようです。
一番大事なのは、実際のコンサートホールで聴いた体験にどれだけ近づけるか、という事です。DXD・DSD256録音機材が身近で手軽になってきた反面、それらをあえて買いたいと思えるのは、信頼のおけるほんの一握りの優秀なレーベルのみに限られてきました。
クラシック
2018年もクラシック音楽はものすごい勢いで新譜が続々登場しました。ハイレゾダウンロードショップとかを見ると、毎週10枚以上のニューリリースが追加されるので、クラシックファン以外の人にとっては邪魔に感じるだろうと思います。
「ユニバーサル、ワーナー、ソニー」の大手三強レーベルが元気があるのも良いですが、さらに海外の小さなレーベルなどもストリーミングやダウンロード販売のおかげで世界展開が容易になり、買いやすく聴きやすくなったのも嬉しいです。かといって、実際このまま存続できるほど利益が出せているのかどうかは心配です。
演奏家から見ても、メジャー契約のみがキャリアの道筋ではなくなり、新人はようやくドル箱ショパンとラフマニノフの呪縛から脱却できるような時代になってきました。無益なコンクール巡りでキャリアを始めるような古臭い風習ではなく、むしろ地元のバロックや前衛レーベルなどでそこそこ録音キャリアを積んでから世界ステージに繰り出す演奏家も増えています。内容と実力主義が充実してきました。
レコード芸術やグラモフォン誌では取り上げられないような、アマチュア趣味が高じて設立されたハイレゾレーベルが続々登場していますが、マイナーレーベルならではの音質・演奏面でのアタリハズレのリスクもあります。録音機材がなんであれ、スタジオの音が悪いとか、もっと根本的な問題として、演奏が下手、楽器の音が悪いアルバムに遭遇する事も案外多いです。
ストリーミングサービスも定着した感がありますが、相変わらずクラシックとの相性が悪いので私は使っていません。たとえば先日DECCA新譜ビエロフラーヴェクのヤナーチェク・グラゴル・ミサを聴きたかったのに、これが「アーティスト名:Janacek L.」とだけ登録されていて、指揮者やオケが検索で一切ヒットせず、大手レーベルでさえこれですから、呆れてしまいました。聴きたいのに見つからないので諦める確率が非常に高いですし、これだと聴かれずに埋もれてしまうアルバムも多いです。
意図的ではないものの、杜撰なタグ管理のせいでランキングやアーティストへの還元がかなり偏る事は確かだと思います(再生回数によるロイヤリティ支払いなので)。アーティスト側から情報修正依頼を出しても一向に変更してくれないというケースは実際に聞きました。せっかくのデビューアルバムが、自分の名前で検索しても全く現れず、アーティスト名がベートーヴェンで、曲名がMvmt 1では悲しいでしょう。
クラシック専門のストリーミングも増えてますが、意外と高額で、全部を網羅しているわけではありませんし、古い録音はほとんどCDで持っていてパソコンに入れてあるし、と考えていて、結局尻込みしてしまいます。
あと、リブレットや解説ブックレットが読み応えがあるのもクラシックの良いところなので、それらをしっかりと参照できるストリーミングサービスはまだ稀です。新譜ならPDF付属というのが増えてきましたが、旧盤のブックレットは未だにCDを買わないと読めないものばかりです。
ハイレゾFLACやDSDが販売されているうちは、まだまだダウンロード販売で買い続けることになりそうです。
交響曲部門で、個人的に2018年でとくにオススメしたいのが、Avi Musicレーベルからアダム・フィッシャー指揮マーラー交響曲シリーズです。2016年に7番・2017年に4番が出ましたが、2018年は1・3・5番が続々登場しました。
Düsseldorfer Symphonikerというマイナーな地方オケですが、演奏・音質ともに密かな傑作です。このあいだ現地ホールで演奏を聴きましたが、かなりの腕前だと思います。統制の取れたシャキッと新鮮なサウンドが出せる若々しいオケなので、マーラーでもいわゆる重苦しいノイローゼのような演奏ではないのが良いです。かといって精密で杓子定規すぎるというわけでもありません。マーラー入門ならバーンスタインとかの熱演の方が心が引き込まれると思いますが、何枚も持っている人なら、このアダム・フィッシャー盤はまさに「丁度良い」と思えます。
アダムの弟イヴァン・フィッシャーの方もChannel Classicsの看板指揮者として、凄いマーラー録音を遂行中なので、兄弟揃って大活躍ですね。
アダムはどちらかというとクラシカルで格式高く、イヴァンはもっと音色や民族文化の方向を意識しているように思えます。そのため既出だけでも、1番・5番はアダム、2番・3番はイヴァンで最高だと思えますので、今後双方の全集が揃ってくれたら聴き比べが楽しみです。どっちが優れているというより、両方聴けるということが幸せです。
弟イヴァンの方は、2018年はChannel Classicsからのリリースがメンデルスゾーン「夏の夜の夢」のみでした。(2019年にはマーラー全集が再開して7番が出るそうです)。
SACDとDSD256ダウンロード販売でしたが、このレーベルの高音質っぷりは本当に圧巻です。「夏の夜の夢」は有名な前奏曲と結婚行進曲以外はあまり聴く事も少ない作品ですが、オケ技術と音質の凄さを体験するだけでも、オーディオマニアは買って聴くべきだと思います。(2017年のマーラー3番もすごかったですが)。
このメンデルスゾーンは、2015年にリハーサル音源がフリーサンプルで提供されたので、記憶にある人も多いでしょう。当時、それまでレーベルが使っていたSACD用GRIMM DSD64コンバーターと、最新Merging DSD256コンバーターで、どっちを録音セッションで使うべきか、同時録音の聴き比べでリスナー投票を行っていました。
結局この録音と、昨年のマーラー3番などもMerging DSD256でのセッションとなったわけですが、それ以前の録音と聴き比べてみるのも面白いです。個人的な感想としては、Grimmでの古い録音の方が、Philips時代の名残があるリッチで優雅なサウンドですが、ある種の甘さや、塗りつぶすような色濃さがあったので、その部分がMergingでもっと細やかに解像するようになったと思います。
もちろんマイクセッティングとかも変わったかもしれないので、一概には言えませんし、リスナー側の再生機器の進歩も考慮して音作りも変化しているのかもしれません。
とくに最近のアルバムはダイナミックレンジが非常に広く、オケの表現力を最大限に引き出しているので、旧式なレンジの狭い(音量を上げると音が潰れる、バックグラウンドノイズが目立つ)オーディオ装置だと上手く鳴らせません。
このメンデルスゾーンは、2015年にリハーサル音源がフリーサンプルで提供されたので、記憶にある人も多いでしょう。当時、それまでレーベルが使っていたSACD用GRIMM DSD64コンバーターと、最新Merging DSD256コンバーターで、どっちを録音セッションで使うべきか、同時録音の聴き比べでリスナー投票を行っていました。
結局この録音と、昨年のマーラー3番などもMerging DSD256でのセッションとなったわけですが、それ以前の録音と聴き比べてみるのも面白いです。個人的な感想としては、Grimmでの古い録音の方が、Philips時代の名残があるリッチで優雅なサウンドですが、ある種の甘さや、塗りつぶすような色濃さがあったので、その部分がMergingでもっと細やかに解像するようになったと思います。
もちろんマイクセッティングとかも変わったかもしれないので、一概には言えませんし、リスナー側の再生機器の進歩も考慮して音作りも変化しているのかもしれません。
とくに最近のアルバムはダイナミックレンジが非常に広く、オケの表現力を最大限に引き出しているので、旧式なレンジの狭い(音量を上げると音が潰れる、バックグラウンドノイズが目立つ)オーディオ装置だと上手く鳴らせません。
Channel Classicsはフィッシャー以外も充実しており、とくに系列会社Native DSDでの販売に注力しているだけあって、DSDダウンロードメインで販売するアルバムも増えてきました。
入念なオーケストラ録音が多いのが、このレーベルの強みです。Dana Zemtsovのヴィオラ協奏曲集「Essentia」なんかはとくに気に入りました。
他には、Marcin Swiatkiewiczという演奏家のバッハ・チェンバロ協奏曲もDSD256録音でしたが、三つの協奏曲で、それぞれ異なるメーカーによる最新チェンバロを使って録音するという、楽器マニア、オーディオマニア的にも楽しめるアルバムでした。
余談になりますが、Channel Classicsはニューアルバム発売の際にはレコーディングセッション現場や演奏家インタビューのYoutube動画を公開することがあり、それを見るのも結構楽しいです。
ヘッドホンマニアとしては、上で紹介した「Essentia」の紹介動画や、ジャズで紹介したJust Listenのセッションでも、スタジオモニターヘッドホンにまだAKG K1000を使っているのを見て驚きました。1989年に登場した伝説的なモニターヘッドホンで、今ではほとんどの個体が劣化して使い物にならなくなっています。ちゃんとメンテナンスしてまで愛用している(HD800とかに移行していない)ところに並々ならぬポリシーを感じます。
他には、Marcin Swiatkiewiczという演奏家のバッハ・チェンバロ協奏曲もDSD256録音でしたが、三つの協奏曲で、それぞれ異なるメーカーによる最新チェンバロを使って録音するという、楽器マニア、オーディオマニア的にも楽しめるアルバムでした。
余談になりますが、Channel Classicsはニューアルバム発売の際にはレコーディングセッション現場や演奏家インタビューのYoutube動画を公開することがあり、それを見るのも結構楽しいです。
演奏家の最終チェックでK1000がありました |
こちらもK1000です |
ヘッドホンマニアとしては、上で紹介した「Essentia」の紹介動画や、ジャズで紹介したJust Listenのセッションでも、スタジオモニターヘッドホンにまだAKG K1000を使っているのを見て驚きました。1989年に登場した伝説的なモニターヘッドホンで、今ではほとんどの個体が劣化して使い物にならなくなっています。ちゃんとメンテナンスしてまで愛用している(HD800とかに移行していない)ところに並々ならぬポリシーを感じます。
DSD256など超ハイレゾで頑張っているChallenge Recordsからも、良さげな新譜がいくつかありました。
最近はとくに小規模な室内楽が多いようですが、レパートリーが広いので、私としては「知らない曲だけどちょっと聴きたくなる」アルバムが多いです。
ただ最近このレーベルでいろいろ買っていると、録音はどれも高水準ですが、音作りはイマイチだと思うアルバムがいくつかありました。
以前クイケンのバッハ、ヴァン・ズヴェーデンのブルックナーとか、シリーズ単体で圧倒的な高音質に衝撃を受けた経験があるのですが(特にズウェーデンのブルックナー8番は私のレファレンスです)、他のアルバムで同じ体験は得られるものは意外と少ないです。
とくに室内楽だと、録音がドライで軽すぎてどうも味気ないというか、バターの塗っていないパンみたいな感触です。演奏は十分良いので、もうちょっと響きを誇張するような音作りが好みです。多分こういうアルバムは、真空管とホーンスピーカーみたいに、味付けの濃いオーディオシステムで聴くと相性が良いのかもしれません。
この音のドライさというのは、オランダで使っているスタジオの特性なのだと思います。なぜなら、同じレーベルで出たLetzborとArs Antiqua Austriaによるマイヤー作品集というアルバムは、いつものオランダではなくオーストリアでの録音なのですが、これはかなり響きが芳醇で、素晴らしい音色を堪能できます。
このアルバムはバロック・ヴァイオリンに声楽も少し入っていて、心安らぐ美しい作品です。これがもし普段のスタジオだったら、ただの古臭い音楽で終わっていたと思います。彼の前作のビーバー作品集も、知人に勧められて聴いてみたら、こちらもすごく自分好みの良い音でした。
Challenge Recordsのプロデューサーは外注業務も請け負っており、2018年はDECCAから彼のプロデュースでアルバムが発売されました。
Robert Prosseda演奏のメンデルスゾーン・ピアノ協奏曲ですが、DECCA初のDSD256ダウンロード販売ということで、ちょっとした話題になりました。
今メジャーレーベルはほとんどがベルリンTeldex Studiosとかで録音しているので、昔のようにレーベル専属エンジニアがいるわけでもなく、「レーベルの音」というものが失われつつあります。
昔はプロデューサーやエンジニアは単なる平社員に過ぎなかったので、名前すら明記されていないレーベルも多かったのですが(Philipsとか)、今では逆に、プロデューサーやエンジニア目当てでレーベルをまたいでアルバムを探す方が自分好みの高音質を見つけやすいです。
オランダのレーベルで忘れてならないのが、旧フィリップス系で最大手のPentatoneです。設立当時から一貫してマルチチャンネルSACDのポリシーを曲げないのは素晴らしいです。
2018年も新譜が多かったですが、Gimeno指揮ルクセンブルクでストラヴィンスキーとか、相変わらずヨーロッパ諸国のマイナーオケを見出すのに精力的です。統一ジャケットで色々と出しているのですが、いまいちどこを目指しているのか全体的なコンセプトが分かりづらいと思いました。
Pentatoneのサウンドといえば、どのアルバムも厚く響き豊かで、全盛期フィリップスの黄金サウンドの旨味を体現しています。中でも、様々なオケを使って展開しているリヒャルト・シュトラウスの管弦楽シリーズはどれも聴き応えがあって良いです。
Pentatoneはオケだけだと厚くなりがちなので、ソリストを前に置いた作品の方が好みです。2018年は特にチェリストAlisa Weilersteinの「Transfigured Night」が良かったです。ハイドンのチェロ協奏曲とシェーンベルク「浄夜」というカップリングは意外ですが、聴いてみると確かにセンスのあるアイデアだと思いました。
Arabella Steinbacherのリヒャルト・シュトラウス「Aber der Richtige…」も、ヴァイオリン名作が無いシュトラウスとしては、歌曲の編曲などを取り入れて、充実したプログラムで楽しめました。
とりわけ2018年のPentatoneで称賛したいのが、Bloch指揮でビゼーのオペラ「真珠採り」です。ビゼーといえばカルメンですが、こちらは空想上のスリランカで異国風情溢れるオペラです。これまで手に入りやすいのだと1960年デルヴォーと1977年プレートルしか無かったので、新たに高音質で増えるのは嬉しいです。Pentatoneの音作りと、オペラの優美な雰囲気がマッチしている、良い企画だと思いました。
フランスのレーベル
今となっては、ほとんどの大手クラシックレーベルがワーナーやユニバーサル・ミュージック傘下に収まってしまったので、あえて国で分ける意味はあるのかと疑問に思ったりもしますが、まだアーティストやプロデューサーは国ごとに独自色を出しています。自動車メーカーみたいなものですね。中でもフランスは、ワーナー系列のEratoと、インディペンデントのHarmonia Mundiがどちらも強いので、今クラシックで一番活気のある国だと思います。他のマイナーレーベルも、Harmonia Mundiがパブリッシャーとして流通を受け持っているので、年間数枚の個人レーベルであっても、海外展開がスムーズに行われています。
パリのAlpha Classicsは、フランス物に限らず声楽が強いので、歌手目当てで買う事も多いです。歌手は人気が出るとすぐに大手に移籍する事が多いのですが、アルバムの芸術性や企画力の面では、やはりAlphaが好きです。Naiveレーベルが倒産して、こちらに移ったアーティストも多いようです。
一流歌手でも最近はフリーランス契約が多いので、派手なオペラは大手レーベルで参加して、歌曲メインのプログラムはAlphaでやる、といった活動が主流になっています。私の場合、好きな歌手でもレーベルが変わると関連性に気づかず、数年経ったくらいで、「あのオペラの主役は、このアルバムの人だったのか」と驚かされることがよくあります。
CPOやHänsslerなどで膨大な量の歌曲アルバムを出しているベテランJuliane Banseからヒンデミットの「マリアの生涯」が出ました。この曲は個人的に近代歌曲の傑作だと思っているので、久々の新譜が聴けて嬉しいです。ヒンデミットというとヘンテコな室内協奏曲で敬遠している人は、ぜひ聴いてもらいたいです。Naxosから以前出たRachel Harnischのも良かったですが、このBanseの方がパワフルでドラマチックです。グールドが今世紀最高の歌曲だと主張していただけあって、ピアノメインで聴きたければ彼の伴奏でRoslakが歌っている1977年録音も良いです。
Sandrine Piauはフランス歌曲界の大御所で、Naive、Eratoなどと合わせて数えきれないほどのリサイタルアルバムを出していますが、名曲アリア集とかではなく、毎回なにかおもしろい企画を持ってくるのが良いです。今回の「Chimère」では、シューマンやヴォルフ、プーランクにドビュッシーと、一見関連性が無さそうな選曲ですが、フランス語で「キメラ」ということで、空想的・ミステリアスで夢の世界に引き込まれるような曲ばかりを集めています。
Eratoレーベルは、Warnerグループの中でフランス物を担当しているだけあって、流石にアーティスト・作品ともに充実した一年でした。
2018年はドビュッシー没後100周年で各方面から記念CDなどがたくさん出ましたが、Eratoから一枚おすすめしたいのはEmmanuel Krivine指揮Orchestre national de Franceの「海」「映像」です。
クラシックファンならすでに何枚も持っていて聴き飽きた作品だと思いますが、高音質ハイレゾで映えるので、細かく顕微鏡のようなKrivine指揮は、とくにヘッドホンリスニングとの相性が良いです。国立オケにしては影の薄いOrchestre national de Franceですが、Krivineが現在の監督なので、息の合ったチームワークを見せてくれます。
同じ指揮者とオケの組み合わせで、ピアニストBertrand Chamayouとのサン=サーンス協奏曲アルバムも良かったです。どちらもラジオ・フランスが2014年に開設したパリ大ホールでの録音なので、最新音響設計で客席最前列目線での臨場感が素晴らしいです。
室内楽ではチェロ・ソナタで、Edgar MoreauとDavid Kadouchのフランク他、Jean-Guihen QueyrasとAlexandre Tharaudのブラームス、どちらも活力と勢いがある良い演奏です。スタジオではなく、それぞれフランスとベルギーで辺鄙な田舎の小リサイタルホールなので、即興的な爽快感があります。
Harmonia Mundiからは、まずドイツ物を任されているDaniel Harding指揮Swedish Radio Symphony Orchestraから、マーラー5番と「The Wagner Project」という二枚が良かったです。
とくにワーグナーの方は、バリトンのMatthias Goerneとの共作で、マイスタージンガー、トリスタン、パルジファルなどからバリトン役が活躍する名シーンばかり集めたリサイタルです。途中で前奏曲なんかも交えているので、オッサン声ばかりで重苦しい情景から一息つけます。Goerneは一般的なワーグナーバリトンよりも(リサイタル企画だからということもありますが)柔らかくリート的に歌うので、キャラクターの新たな一面が垣間見えたりします。
François-Xavier Roth & Les Sièclesは、近頃アルバムを出すたびに世界中の雑誌で喝采を浴びていますが、このラヴェルも相変わらず凄い演奏です。
前作ダフニスもそうでしたが、この指揮者とオケはとても不思議です。内声部分の普段は聴こえないような細かいパートも前面に持ってくるのですが、全体の構成が崩れず、大きな流れもしっかり掴めています。最新録音技術のポテンシャルを最大限に引き出せている、というか、与えられた広大なパレットを十分に活かした、今までに無い感覚の演奏です。聴き慣れた楽曲でも、過去の録音では技術的にきっとここまで表現できなかっただろうという凄い領域です。
もう一つHarmonia Mundiの企画で面白かったのが、Vadym Kholodenkoのスクリャービンです。イタリアのサチーレにあるピアノメーカー・ファツィオリ社の本社コンサートホールでの演奏ですが、同レーベルとしては珍しく、久々のDSD録音によるリリースです。
Koholodenkoといえば、以前のプロコフィエフ協奏曲もDSDでした。エンジニアは東京クヮルテットなどDSD録音をやっていたBrad Michelで、同レーベル内でのDSD伝道者らしいので、今後も頑張って続けてもらいたいです。
ダウンロード販売では88.2kHz PCMで売っているところが多く、DSDはNative DSDで買えるので、シンプルなピアノ・ソロだからこそ聴き比べも面白いです。こういうのを聴くと、やっぱりDSDは良いものだと再認識します。
Harmonia Mundiのドビュッシー集
2018年のシリーズ企画で一番楽しませてもらったのが、Harmonia Mundiからのドビュッシー・シリーズ「Debussy Centenary Edition」です。共通ジャケットデザインが綺麗ですね。
ドビュッシー没後100周年という事で、多くのレーベルからボックスセットやコンピレーションなどが続々登場した一年でしたが、中でもこのHarmonia Mundiのシリーズは、音質・演奏ともに、圧倒的な高水準で驚かせてくれました。
最初ジャケットを見たときは、「100周年に便乗してパッケージを変えただけの復刻盤」かと思っていたのですが、実は全てが新録です。音質も素晴らしいです。
年間を通して全十作品が続々登場したので、毎月何が出るのかとワクワクさせられました。
- Jerusalem Quartet 「弦楽四重奏」
- Pablo Heras-Casado & Philharmonia Orchestra 「海」「聖セバスティアンの殉教」
- Alexander Melnikov & Olga Pashchenko 「前奏曲集 第二巻」「海・連弾版」
- Quatuor Debussy 「ジャズアレンジ」
- Sophie Karthäuser、Stéphane Degout 「歌曲集」
- Nikolai Lugansky 「ベルガマスク組曲」「映像 第二巻」など
- Isabelle Faust、Jean-Guihen Queyras 他 「後期ソナタ集」
- Roger Muraro 「練習曲」
- François-Xavier Roth & Les Siècles 「遊戯」「夜想曲」「牧神の午後」
- Javier Perianes 「前奏曲集 第一巻」「版画」
といったラインナップで、決して全集というわけではありませんが、レーベルのスター総出で、それぞれに異なる役割を与えているところが、企画力の強みを感じます。
とくにピアノ・ソロは、ルガンスキー、メルニコフ、ペリアネスと世界的なトップスターばかりで、どの作品は誰がやるのか決めるのは大変そうですし(どう決めたのでしょう・・)、さらに一番の難曲「練習曲」では重鎮ロジェ・ムラロを起用したのも粋なはからいです。
オーケストラ作品も、前作ラヴェルが大変好評だったロト指揮レ・シエクルによるドビュッシーをこのシリーズに組み込んだのは素晴らしいです。極めつけは後期ソナタ集で、ファウストやケラスの演奏は圧巻です。これら二作品は2018年ベストアルバムに選ぶ人も多いでしょう。どちらも音質・演奏ともに100点満点です。
唯一ジャズアレンジアルバムはパッとしなかったので嫌いでした。(上辺のメロディを追っているだけのポピュラーアレンジで、本来のハーモニー展開が死んでいます)。それを差し引いても、ものすごいシリーズ企画であることには変わりません。
イギリスと北欧のレーベル
オランダとフランスに負けじと、イギリスと北欧のレーベルも頑張った一年でした。eclassical.comを運営するBIS、The Classical ShopのChandos、そして一匹狼のHyperionなど、早い時期から独自のダウンロード販売ルートを確立したおかげで、世界各国から新譜が安価に買いやすくなっています。
どのレーベルも、メールでのニュースレターなどがしっかりしているので、あまり興味のない新譜でも、ついついリリース記事を見て買ってしまうという事が多いです。余計なプロモーションばかりでゴミ箱行きになる日本のダウンロードショップ広告メールは見習ってもらいたいです。
スウェーデンのBISは、eClassicalショップのおかげで、新譜を買う機会がずいぶん増えました。新規タイトルは期間限定で必ず割引価格というのは、購入意欲を掻き立てる最善の方法だと思います。
BISはずいぶん昔から、ハイレゾPCMで録ったのをSACD化して販売していたので、SACDと、ハイレゾPCMマスターでそれぞれ聴こえ方が違うのもオーディオマニアとしては面白いです。
2018年のBISでとくに一押しは、Andreas Haefligerのソロピアノ「Perspectives 7」です。第7巻という事ですが、毎回ベートーヴェンのピアノソナタと、他の作曲家の作品を合わせてアルバムに仕立てています。通しでベートーヴェン全集を出すよりも、こういう方が買う方も楽しみが増えます。
この7巻目はピアノソナタ28番と、ムソルグスキー「展覧会の絵」がメインで、他にはベルクとリストという変なセットですが、それが良いのです。
まず28番と展覧会の両方で、演奏が非常に良いという事と、ウィーン・コンツェルトハウス小ホールでの録音という事で、音質がBISの中でもとりわけ好調なので、一年を通して何度も聴いていました。
ちなみに7巻目という事で、それまでのはどうしたのかと気になって調べてみたら、6巻目まではAvie Recordsで、今回からBIS移籍で継続したようです。ためしにAvie Recordsの6巻目を買ってみたところ、録音ホールが違うせいか(エンジニアは同じなのに)そっちはどうも音質が好きになれませんでした。
もう一つBISで良かったのは、Thomas Dausgaard指揮Swedish Chamber Orchestraのブラームス交響曲シリーズで、第三番です。
ブラームスというと、ロマン派巨匠ということで、スケールを大きく重厚に演奏することが多いですが、このDausgaard盤はどれもコンパクトでスッキリした演奏なので、ブラームスの複雑なポリフォニーやポリリズムが幾何学的な展望で楽しめます。
フィンランドのOndineレーベルから、とくに推奨したいのはChristian Tetzlaffのバルトーク・ヴァイオリン協奏曲です。多くの雑誌で年間優秀賞ノミネートなどを獲得したので、気になって買って聴いてみたところ、はじめはイマイチその良さがわからなかったのですが(なんだか軽くてクセの強い演奏だったので)、何度か聴いているうちに、だんだんと好きになってきました。
単純に言えば、オケとの掛け合いが上手いです。ソリストが常に主役然としているのではなく、次に来るオケのパッセージとの橋渡しや連携プレーをかなり意識しています。注意深く聴いているとヴァイオリンに誘導されてオケの深い渦に飲み込まれてしまうような、不思議な演奏です。濃厚なロマンティック協奏曲風ではなく、むしろこれがバルトークの本質に近いような、確かに特出した名演です。
イギリスChandosも豊富なリリースで話題に欠かない一年でした。中でもとくに素晴らしかったのが、Edward Gardner指揮Bergen Philharmonicのグリーグ「ペール・ギュント」で、Bavouzetによるピアノ協奏曲もカップリングされています。
どちらも派手で爽快な演奏ですが、とくにペール・ギュントは、なんとなくライトミュージックっぽいイメージがあってクラシックファンはめったに聴かない曲だと思いますが、この立体建築のような鋭角な演奏を聴けば考えが変わると思います。
同じくEdward Gardner指揮ですが、BergenではなくBBCPOで、Louis Lortieをむかえたサン・サーンスのピアノ協奏曲も聴き応えがあります。さきほどEratoレーベルでも、Chamayouのサン・サーンス協奏曲アルバムも紹介しました。全くの奇遇だと思いますが、あちらが3、5番で、こちらのLortieは1、2、4番なので、この二枚を買うことで全集が揃ってしまいます。
ベルリオーズのレクイエムも良いアルバムだったので紹介しようと思ったら、これまたGardner指揮でした。Chandosは他の指揮者もたくさん出ているのに、きっと彼の演奏スタイルが無意識に好きなのでしょう。
あとは、毎回ジャケットの主張が強いTasmin Littleの、ブラームス・ヴァイオリンソナタも良盤です。
Chandosというのは、どのアルバム、どの演奏家でも、なにかわざとらしい個性や様式美みたいなものは感じられず、まさにオーソドックスでレファレンス的な演奏を目指しているのが大きな魅力です。イギリス的というのでしょうか。
同じくイギリスのOnyxは、Chandosと比べると宣伝下手で存在を忘れがちなのですが、たまに出るアルバムは例外無く素晴らしいので、ダークホースといった感じです。
あれだけ他社が独自のハイレゾ直販サイトを頑張っているのに、Onyxだけは何故か公式サイトが1996年にタイムスリップしたかの如く古風で、未だにMP3販売のみなのが大きな問題です。(大手ハイレゾショップに行けば、同じアルバムが96kHz FLACとかで売ってます)。リリース内容の充実具合を考えれば、もっとセールスを頑張るべきです。
Royal Liverpool Philharmonicとの作品が多いですが、Manzeが指揮するヴォーン・ウィリアムズ交響曲集も第一番が登場し(エーネスの揚げひばりがカップリングなのは良いです)、全集も残すところあと7・9番のみとなりました。ChandosのHickox以降、まとまってヴォーン・ウィリアムズをやる指揮者が少ないので、今後もManzeは頑張ってもらいたいです。(交響曲後は天路歴程をぜひやってもらいたいです)。
Petrenko指揮では、ストラヴィンスキー火の鳥とリムスキー=コルサコフの金鶏カップリングが出ました。二人は師弟関係ですし、とくに火の鳥は金鶏のオマージュだったこともあり、意義のあるカップリングです。
ペトレンコといえば、Naxosでショスタコーヴィチ、Onyxでチャイコフスキーと、どちらも名演続きだったので、一連のストラヴィンスキーは期待が大きいです。前回、春の祭典でも、ドビュッシーの習作「春」とカップリングするなど、「また春の祭典、火の鳥か・・」と敬遠されないよう、いちいち趣向を凝らしているのが良いです。
Hyperionも毎月4枚ほどのリリースがあり、活気のある一年でした。
Brabbins指揮BBCSOで、ヴォーン・ウィリアムズ交響曲第一番が登場したので、上記OnyxのManzeと真向勝負です。どちらも格式高く優秀な演奏なので、両方買って違いを楽しむべきです。音質のみでいうと、Onyx Manzeの方が劇的・スリリングで、Hyperion Brabbinsの方が荘厳・情景的です。
ちなみにBBCは地方ごとにいくつもオーケストラを運営しているのですが、このBBC Symphony Orchestraと、先程ChandosであったBBC Philharmonic Orchestraは全くの別物なので紛らわしいです。前者がロンドンで、後者はマンチェスターです。各地の地方放送オケが国営放送の名のもとに統合された際、マンチェスターのオケがBBC Northernになり、それが80年代にBBC Philharmonicになったそうです。
Hyperionの新譜でとくに良かったのが、看板スターSteven Isserlisによるショパン・チェロソナタ、シューベルト・アルペジオーネソナタのカップリングです。他にも、華麗なるポロネーズや、Isserlis自身によるチェロ用編曲なんかもあったりして充実した一枚です。アルペジオーネほどの定番曲になると、凡庸な録音ならいくらでも手に入るので、彼くらい独創的な(というかクセの強い)演奏の方が新鮮で楽しめます。
HyperionのハイレゾFLACは、自社公式サイトでの販売のみで、大手ダウンロードショップでは売っていないので、自分から進んで求める必要がありますが、その見返りは大きいです。音質は相変わらず柔らかく落ち着いた風格があり、古き良きアナログ名盤のような質感と、ハイレゾデジタルのダイナミックレンジの広さを見事に融合させている、とても優秀なレーベルです。ダイナミックレンジの広さを目先の派手さに使うのではなく「影の深さ」といった方向で活かしているのが良いです。
これらChandos、Onyx、Hyperionの三社は、それぞれ風合いは異なるものの、演奏・音質ともにトップクラスですし、毎月決まった時期に2-3枚の新譜リリースというパターンなので、たとえば雑誌の定期購読や、通販の名曲コレクションみたいに、ジャンルや演目にこだわらず、レーベル推しで毎回買って聴くのも趣味として面白いかもしれません。クラシック音楽を楽しむ幅が広がります。
大手レーベル
これだけ各国の独立レーベルが充実していると、ユニバーサル、ワーナー、ソニーの三大レーベルの影が薄くなりがちですが、そこはやはり大手らしく雑誌レビューなどでの後押しが強く、存在感は失われていません。やはり雑誌の巻頭を飾る特集・インタビューとなると、大手レーベルとの連携が欠かせません。クラシックのCDが売れるには、今も昔も、オーソドックスな「前作が金賞受賞」「特別来日公演」「独占・緊急インタビュー」のコンボが欠かせません。
大手レーベルは一流アーティストばかりで、演奏内容は良いですし、録音も最近はほとんどHarmonia Mundiと同じTeldex Studiosなどの外注が多いので、以前のような「メジャーは音が悪い」というのも通用しません。(ライト層に売れる見込みがあるイケメン新人ソリストとかは、聴きやすくダイナミックレンジを圧縮するなどの調整はするでしょうけど)。
DECCAからはチェコフィルのヤナーチェク「グラゴル・ミサ」が印象的でした。首席指揮者ビエロフラーヴェクが2017年に急逝する少し前のライブ音源です。この一つ前に発売された「わが祖国」はスメタナホールだったので音がちょっとフワフワでしたが、今回はルドルフィヌムなので、いわゆるチェコフィルらしい音が味わえます。
こういうのを聴くと、どの時代、どのレーベルでも、やっぱりチェコフィルは良いなと思います。アンチェル、ノイマン、そしてビエロフラーヴェクと、時代を象徴する指揮者と、その録音がこうやってちゃんと残されていることの意義を感じます。自身のアルバムのライバルは、自分の前任者、というのもなんだかカッコいいですね。
ソニーはここ数年、Teodor Currentzis指揮MusicAeternaの大ブームがあって喜んでいると思いますが、2017年のチャイコフスキー6番に続いて、2018年はマーラー6番で、こちらも彼らしい大迫力の録音でした。
全集とかよりも、本当に自分好みの(ドラマチックな)演目を選りすぐりで録音するのが好きなようです(それともレーベルの意向でしょうか)。
クルレンツィスの指揮は基本的にスリルとインパクト重視で、それにしっかり追従できるオケ練度も凄いと思います。楽曲の全体像を俯瞰で見て、「美味い」キーポイントを明確にハイライトして、そこに持っていくまでの流れと、一気に怒涛のように攻め立てる感覚は、確かに直感的にカッコいいです。普段聴くにはちょっとカロリーが高すぎるというか、ドラマ仕立てを聴かされている感が強いですが、特出して主張か強く、かつ説得力があるので、賞レース総取りも納得できます。あのチャイコフスキーが好きだったなら、このマーラーも気にいると思います。
個人的にメジャーレーベルでとくに気に入ったのが、ドイツ・グラモフォンからペライアのベートーヴェンでした。29番「ハンマークラヴィーア」と14番「月光」のカップリングです。このアルバムは本当に良いので、長年の愛聴盤になりそうです。
彼が80年代に現役でバリバリ弾いていた頃のアルバムは、「大勢の敏腕ピアニストの中の一人」といった感じで、あまり印象に残らなかったのですが、今71歳になった彼の演奏をあらためて聴いてみると、なぜか自分の好みにピッタリ合うのが不思議です。かといって、今あらためて古い録音を聴き直しても、そこまでの感じにはならないので、ペライア自身の演奏に大きな成長や変化があったのでしょう。
90年代に手の故障でキャリアを引退して以来、アルバムも数年に一枚のスローペースになりましたが、今回あえてベートーヴェンを出すことに意義があるように感じます。技術的な衰えは一切感じられず、なにか達観したような飾らない正しさがある、誠実な演奏です。
他のレーベル
単発リリースが気に入ったレーベルは他にもたくさんありました。その中で、いくつか紹介します。ロシアのMelodiyaも侮ってはいけません。まだまだ現役の一流レーベルでありながら、ロシア国内流通メインで海外盤が少なく、全貌が見えにくいのが残念です。クラシックのみでなく、ロシアのポップスや歌謡曲も扱っているので海外展開が消極的な、日本でいうとキングレコードのようなものでしょうか。
とくにAlexander Rammのブリテン・チェロ組曲は絶品です。渋く硬派な作品ですが、自分のものとして会得するのが難しいため、なかなか率先して演奏されない隠れた名作です。Rammはモスクワ音楽院出の正統派チェリストで、このアルバムは彼の高い技巧と深い精神性が現れていると思います。
余談ですが、Melodiyaといえば、公式サイトでもアルバムを売っているのですが、いざ買おうと思ったら危険なショッピングサイトとして銀行からカードを止められてしまいました。ロシアのオンライン決済で、ルーブル支払いはやはり難しいみたいです。(ロシア版PaypalみたいなWebmoneyというのがあり、日本の同名サービスとは無関係で紛らわしいです)。結局「西側」の大手ダウンロードショップでアルバムを買うことになってしまいました。
さらに余談ですが、Melodiyaの公式サイトがmelody.suなので、あれ?ロシアのアドレスは.ruじゃなかったっけと思ったら、実はSoviet Unionの国識別ドメインでした。歴史を感じます。
ミュンヘンで活動するピアニストMasako Ohtaの「Poetry Album」も、何気なく買ってみたら、思いのほか楽しめました。
芸術家気取りでお高くとまっているWinter & Winterレーベルなので、少々構えていましたが、このアルバムはクープランやバッハからクルタークやペルトと、あくまで譜面音楽の範疇で、演奏家のセンスの良さが伺える面白い選曲です。コンセプトとしては、作曲家が大切な誰かに「捧げた」曲を集めたそうです。
斜め上を行くレーベルだけあって、ピアノはベヒシュタインのグランドでかなりホットに録っているので、聴き飽きたスタインウェイとは一味違った独特の風味があります。続編があるならもっと聴いてみたいです。
ミュンヘンつながりでOrfeoレーベルからは、Baiba Skrideのシマノフスキー神話とヴァイオリン協奏曲が良かったです。
オケはペトレンコ指揮オスロなので正確無比な澄んだ響きの中で、シマノフスキーらしい妖艶なヴァイオリンが際立ちます。
Orfeoは古いテープ復刻のOrfeo d'Orレーベルばかりが取り上げられがちですが(あちらもマニアには堪らないですが)、このような新録アルバムもたまに出ては良盤ばかりです。(2010年のSlavic Opera Ariasというやつは私の長年のレファレンス愛聴盤です)。
ちなみにOrfeoといえば、80年代の紺色ジャケットのCDも、どれも音質が良いものばかりですが(サヴァリッシュのブルックナーとか)、廃盤になって久しいので、中古屋で見たら買ってます。いくつかのタイトルはChandosなどでFLACで買えます。こういうレーベルこそ、いつかBOXセットで復刻してもらいたいです。
ミュンヘンのレーベルが続きますが、こちらのOehms Classicsからはオペラで、Sebastian Weigle指揮ヴォツェックが良かったです。
小規模な作品なので新しいプロダクションもアルバムも比較的豊富ですが、近代的な心理ドラマだけあって演奏・演出解釈の幅が広いのが面白いです。今回のアルバムは歌唱の美しさと緊迫感のバランスが取れており、ブーレーズ、ケーゲルなど過去の名盤と比べても十分優秀だと思います。
大がかりなオペラ録音は大手レーベルでさえ最近は敬遠しがちですが、Apartéは相変わらずフランスバロックを熱心にリリースしており、2018年はRousset指揮でリュリのアルセストが出ました。
リュリやラモーなど、ルイ王朝時代は紋切り型というか、内容や構成はどれもほとんど一緒なのですが(しかも長いです)、歌手が目当てでついつい買ってしまいます。ダウンロード販売になってから、ゴージャスな装丁ボックスを買わなくて済むのも良いです。
ライバルだったCPOのPaul O'Dette指揮作品が最近は見なくなったので、現状でフランスバロックといえばRoussetの一人勝ち状態です。そろそろなにか斬新な旋風が欲しいところです。
同じくバロックをメインにしているスペインのGlossaレーベルは、最近は多角経営というかロマン派にも積極的に手を出すようになりました。
中でもヴェルディの「マクベス」をいきなり発売したのは意表を突かれました。変なアレンジ名場面集ではなく、れっきとした初演版オペラ演奏なのですが、ヴァイオリン弾き振りのFabio Biondi・Europa Galanteという、古楽器の小さなオケなのがなお面白いです。
そんなのでは、どうせ気が抜けたヴェルディになるだろうと甘く見ていたところ、むしろ逆に古楽器ならではのダークで枯れた質感が上手く活かせており、マクベスのサスペンス調に合っています。歌手陣もマクベスのGiovanni Meoniはヴェルディのベテランで手慣れたものですし、Nadja Michaelも貫禄があって夫人役にはまっています。
近頃は良い歌手がたくさんいるので、こういうアルバムがもっと増えてくれることを願います。
バロックからさらに遡って、モンテヴェルディなどの歌曲リサイタルで、このKarim Sulaymanというテノール歌手の「Songs of Orpheus」というアルバムが良かったです。Avie Recordsからのリリースで、Jeannette Sorrell指揮Apollo's Fireという古楽オーケストラが演奏しています。
古楽になると、あまり規則や慣例にとらわれずに自由な解釈が出来るのが良いですね。Sulaymanの歌声は哀愁があって心に響きます。当時流行っていただろうオルフェウス(オルフェ)についての歌ばかりを集めたアルバムなので、1500年代のコンサート観客になった雰囲気を勝手に想像すると楽しいです。
シアトル・シンフォニーも近頃は独自のレーベルを立ち上げたので、ダウンロードショップなどでよく見るようになりました。
Ludovic Morlot指揮で、ベルリオーズのレクイエムが登場しましたが、同時期にChandosからも同作品の録音が出たので、両者の聴き比べが楽しかったです。
2019年はベルリオーズのアニバーサリーということで、多くのレーベルが待ちきれずに、すでに先走っているようです。
マイナーレーベルで、どうしても紹介したいと思った一枚が、このMikhail Shilyaevのピアノリサイタルです。これはぜひ聴いてもらいたいです。
Willowhayne Recordsという、マイナー中のマイナーで、名前すら聞いたことが無いようなレーベルですが、適当にハイレゾダウンロードショップを巡回している時に見つけて買ってみたところ、とても良かったというわけです。
イギリスの片田舎で個人運営している小さな会社で、主に地元のオルガンや聖歌隊とかのアルバムを制作したり、新人のプロモを作ったりしているみたいです。こういうレーベルのアルバムを、地球の反対側で偶然発見して、すぐにハイレゾで聴けるというのは、良い時代になったものです。
ともかく、パワーポイントで作ったような投げやりなジャケットに、地味なアーティストで、ドビュッシー「ベルガマスク組曲」、モンポウ「ショパン変奏曲」、ラヴェル「水の戯れ」「亡き王女」、スクリャービン「ソナタ5番」他と、いい趣味のリサイタルアルバムです。1897年ベヒシュタインを使い、オランダでの録音、96/24 FLACでした。
そして、演奏、音質ともに、私の好みにピッタリ合いました。素朴であまり響かない丸い演奏で、ペダルがボスボスと鳴るのも愛嬌ですが、本当に素直に良く録れており、聴いていて思わず「そう、こういうので良いんだよ」と独り言が出そうになるほどです。
普段から手当たり次第色々な最新アルバムを聴いている中で、オアシスのように極上の体験が味わえた優秀盤です。個人的な「今年の一枚」を選ぶなら、あえて意表を突いて、このアルバムを選ぶかもしれません。
メシアン新譜
2018年は、なぜかフランス作曲家メシアンのアルバムが比較的多かった一年でした。(なにかアニバーサリーイベントとかありましたっけ?)。私は大のメシアンファンなので、とにかく喜ばしい事態です。ほとんどのクラシックファンは興味を持たないと思ったので、あえて別項にしました。
2008年に生誕100周年記念があったときは、新譜というよりは各レーベルともに過去録音の寄せ集めボックスセットばかりリリースして、すでに大半を持っている私としてはあまり心が動かなかったのですが、今年は新録ばかりです。その中でもとくに印象に残ったものを紹介します。
メシアンはパリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)の作曲科教授になるほど知識と技法を持っており、パリ・サントトリニテ教会のオルガニストを59年間務めるほど即興と伝統と神学に長けており、それでいて卓越した鳥類学者で、作曲は色彩共感覚と鳥の鳴き声などを幾何学的に応用した天才肌という、本当に凄い作曲家です。
メシアンといえば多彩なオルガン組曲が有名ですが、ロンドンのキングス・カレッジ・レーベルからRichard Gowers演奏「主の降誕」(La nativité du Seigneur)はすごかったです。有名なキングス・カレッジ・オルガンの重厚なハーモニーと綺羅びやかな高音が、192kHzハイレゾPCMで十分に生かされています。
ポップスやロマン派のように「メロディを追う」だけなら卓上Bluetoothスピーカーとかでも十分ですが、このように和声の色彩が積み重なり、時間軸でうつろう音楽感というのは、良い録音やオーディオ機材で一層引き立てられるものだと思います。そういった意味ではジャズと似ているかもしれません。ジャケットアートも音楽をよく表現しています。
ちなみにこのキングス・カレッジ・レーベルは、同校の有名なオルガンと合唱団の演奏を扱う独自レーベルで、クリスマス・キャロル集が’結構売れたそうです。私はあまり詳しくないですが、聖歌隊とか合唱が好きな人なら、ぜひ公式サイトからいろいろ聴いてみてください。
ソロピアノではPentatoneレーベルからPierre-Laurent Aimardの演奏で「鳥のカタログ」(Catalogue d'oiseaux)が発売されました。
二時間半にわたる長い曲で、売れる見込みもないので、どのレーベルも企画したがりませんし、通常なら第一巻・第二巻と分けて(値段を抑えて)リリースするものですが、今回PentatoneがあえてSACD三枚組という勇気ある決断をしたのは賞賛に値します。
今作品の定番といえば、メシアンの愛弟子で妻のYvonne Loriodや、Roger Muraro、Anatol Ugorskiなどがありましたが、このエマール盤はそれらに勝るとも劣らない快演です。これまでテキパキとした機能的解釈が多かったところ、エマールは音響を十分に活かして、ダイナミックな響き豊かに鳥を再現しています。
エマールはフランス作品ではとくに好きなピアニストです。2003年Warnerでのドビュッシー「映像」アルバムは個人的に長らく愛聴盤になっています。彼は最近はメシアンにはまっているらしく、数年前に彼のコンサートでピアノ大作「幼子イエスに注ぐ20の眼差し」を聴きましたが、本当に良かったので、いつかCD化されることを期待しています。(追記:2000年にTeldecで出ているのを教えていただきました)。
2018年、個人的にもう一つビッグニュースだったのが、Sylvain Cambreling指揮・読売交響楽団でメシアンのオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」が日本のALTUSレーベルから発売された事です。
Vincent le Texierを聖フランチェスコに置いて凄い歌手陣で、2017年サントリーホールでのコンサート形式公演のCD化です。それと、このあいだHungarotonレーベルのアルバムで聴いて良いなと思った歌手Emöke Baráthが天使役で出ていたのもちょっと嬉しいです。
カンブルランといえば以前HänsslerレーベルにてSWRとメシアン全集を出すくらい造詣が深い指揮者ですが、彼としても、めったに演奏できない超大作オペラを極東の地で振れるというのは嬉しかったと思います。
4時間にわたる困難な作品なので、容易に手に入る録音といえばDGGの98年Kent Nagano指揮ハレー盤と、DVDで2008年Ingo Metzmacher指揮ハーグフィル盤の二つしか無かったので(どちらも素晴らしい出来ですが)、今回新たに新録が増えたのは本当に嬉しいです。
信者なので二回買いました |
今回のアルバムは、演奏については素晴らしく満足できているのですが、一つ残念なのは、このご時世で未だにCDのみの販売で、その4ヶ月後にシングルレイヤーSACDで発売したことです。結局憤慨しながらSACDの方も買い直してしまいました。こういうカモがいるから悪徳商法がまかり通るのでしょう。
さらに、せっかくの重要な作品なのに、ALTUS(キングレコード)だからか、日本国内のみの販売なのはもったいないです。アメリカの大学でメシアンを研究している友人がどうしても欲しいからと、わざわざHMVで海外発送してあげました。こういうのこそ、ダウンロード販売で世界的に買いやすくしてもらいたいです。(といっても、相変わらず日本のダウンロードショップは海外から買えない仕組みになっていますが)。
もう一つメシアンで、旧盤復刻ですが、Piano Classicsというレーベルから、1967年Jean-Rodolphe Kars演奏の「幼子イエスに注ぐ20の眼差し」がとても良かったです。
このレーベルは廉価BOXで有名なBrilliant Classicsのサブレーベルで、ピアノ・ソロ中心に、ちょっとプレミアム感のある企画を行なっています。
この「幼子」の演奏は、神秘的で奥深く、信仰心など無くとも、これまで聴いた中でもトップクラスに心に響きます。コンセルトヘボウ小ホールでの公式セッションということで音質も良いです。
演奏は気に入ったのですが、このカーズというピアニストは全く聞いたことが無かったので、調べてみたところ、60年代にDECCAでそこそこ活躍していた若手新人ピアニストだったそうです。当時リストやドビュッシーなどの録音を残しています。なんでも、ピアニストとして絶頂期に、なにか心変わりがあったらしく、プロのキャリアを捨ててカトリック聖職者になったそうです。今でも現役の司祭として御存命です。
メシアンとのめぐり合わせが人生に少なからず影響を与えたのかもしれません。彼の他の録音も聴いてみたくなったので、DECCA Eloquenceから出ているシューベルト(さすらい人とD946即興曲1・2のカップリング)を聴いてみたところ、これまた神秘的で心に染みる演奏でした。DECCAでシューベルトで神秘的といってもルプーのようなミステリアスではなく、控えめに淡々と語るような演奏で、かなりオススメです。
クラシック復刻盤
クラシック音楽は録音芸術の原点でもあるので、1930年代から今日まで、往年の名演・名盤の話題は尽きません。2018年もたくさんの旧盤が最新デジタルリマスターで蘇りました。私にとって高音質リマスターに望むものは「オリジナルLP盤を凌駕するサウンド」という点に尽きます。その点では、既存のCD版ではまだ不満が残るものが多かったですが、最近のリマスターでは、レコードよりもこっちのほうが良い、と思える作品が増えてきました。
文化財保存の意味でも、どんどん最新技術を駆使したデジタル・リマスター化を行なってもらいたいです。
2018年のハイレゾPCMリマスター復刻で、まずオススメしたいのはErato(旧EMI)からミュンシュ指揮パリ管の一連のリリースで、とくに幻想交響曲とブラームス1番です。
どちらも1968年の録音で、それまでのパリ音楽院管弦楽団(コンセルヴァトワール)を解消してパリ管弦楽団が新設された際に、「お披露目」として録音された一連のアルバムです。
「幻想」の方は名盤中の名盤で、エキサイティングな演奏はまさに楽曲のイメージどおりですし、音質良好で、発売当時から多くのオーディオマニアにレファレンスアルバムとして使われてきました。2011年にエソテリックからSACDで出ていますが、あちらは中低音寄りで、高音は丸く、ゆったり優雅な鳴り方で、こちらの最新PCMリマスターはもっと鮮烈でキラキラと輝くようなダイレクトな仕上がりなので、個人的にこっちのほうが好みです。
ブラームス1番も、数ある録音の中でもとりわけ気迫があり、荒波のような演奏ということで、昔はベスト推奨盤として絶賛されていました。今一度ハイレゾリマスターで再評価されるべき名盤です。
録音エンジニアPaul Vavasseurは、クリュイタンス、マルティノン、プレートルから、ロス・アンヘレス、スゼーなど、EMIでフランス録音となると、60−80年代までほぼ全部関わった人です。彼が手がけた当時のEMIフランスのアルバムは、リマスターされるごとに、一枚皮が剥けたかのように、その音質の良さに磨きがかかるように思います。元々の録音手法やマスターの仕上げ方が、大量消費の時代よりももっと未来を見据えていたような水準の高さを感じます。
とくに70年代のEMIは、オリジナルLPがペラペラのショボいやつで、CDもGreatest Recordingsシリーズの「ART」処理については賛否両論ありました(ノイズカットしすぎて音が鮮度が死んでいる)。そのため今回のようなリマスターの意義が大いにあります。
これら二枚のアルバムは、ノイズフロアから最大音圧まで、ダイナミックレンジを適切に再現できて、迫力と推進力のある演奏が鳴らせるかどうか、オーディオシステムのテスト版として最適です。
古いアナログ録音なので、テープノイズやレンジの狭さなどが気になる人もいるでしょう。下手なシステムだと、小音量のノイズが目立って持ち上がり、大音量のフォルテシモがうるさく感じられます。そんな圧縮された鳴り方のほうが「細かい音がよく聴こえる」からと優れたオーディオ機器だと勘違いしている人が多いですが、逆にそういった点を気にせずに雄大な演奏を楽しめるのが優れたオーディオシステムだと思います。
EMIフランスとは対象的な録音として、ドイツ・グラモフォンのハイレゾPCMリマスターからピアノ作品を二つ紹介したいです。グルダ&アバド指揮ウィーンフィルのモーツァルト・ピアノ協奏曲25・27番と、ミケランジェリのショパン作品集です。
どちらも70年代の録音で、セッションやエンジニアは別々ですが、ピアノの響きがかなり強めに録ってある、艶やかな作風です。
70年代のドイツ・グラモフォンは他のレーベルとちょっと違い、完成マスターも一般家庭のLPレコードを基準にダイナミックレンジを絞って仕上げていたので(大体-40dB)、コンプレッサー的に、アタックなど本来大音量の部分が丸く抑えられて、ホールの響きなど本来静かな部分が持ち上げてあります。
小音量でリラックス気味に聴くなら、これくらいの音作りが一番良いです。しかし最新機器やヘッドホンで大音量で聴くと全体的に響きが強めで、疲労感がある作品が多いです。
先程のEMIミュンシュとは真逆の性格ですが、こういうのも上手に鳴らせるオーディオシステムであるべきです。
とくにグルダは協奏曲なのですが、オケもかなり音圧が上げてあり、LPやCDだと分離が悪く、すべてが同じ平面で響きあっているように聴こえます。今回のハイレゾリマスターでは、ピアノは相変わらず主張が強いですが、オケは一歩退いて、以前より余裕のある感じに仕上がっています。旧盤とくらべて、このリマスター版はグルダの魅力が一層引き立ちます。
ところで、ドイツ・グラモフォンのハイレゾPCMリマスターは、これまでに結構な数を聴いているのですが、LPレコードと決定的に違うと感じた点が一つだけあります。それは、各アルバムごとの音作りというか、録音セッションやエンジニアの好みの違いみたいなものが平均化されて、どれも大体同じようなバランス感覚に作り直されているような感じです。きっと現在のリマスターチームのセンスに合わせてあるのでしょう。
たとえばグルダは最新ハイレゾPCMで良くなったと思いますが、ミケランジェリの方は以前のThe Originals、さらに遡ってLPレコード盤の方が響きが少なめでクリアな感じが良いです。ミケランジェリとグルダを同じように扱ってはいけない、というか、双方を同じような工程でマスターテープからデジタル化しても、両方が上手くいくとは限らないようです。あくまで好みの問題ですが。
同じくドイツ・グラモフォンから、ベーム生誕125周年とかで、ベートーヴェン・シューベルト・モーツァルト・ブラームス交響曲集が国内盤SACD・DSDリマスターで発売されました。
カラヤンのリマスターが一通り終わって、ようやくベームに注目が集まって嬉しいです。
今となって聴き返してみると、やはり近頃の自由奔放な演奏家と比べると、1960-70年代のベームのセッションはキッチリしすぎているというか、一切のシミ汚れが見えないように入念に編集された印象は拭えません。ステレオ音響も、リアルというよりはマルチマイクで作り込まれた感が強いです。
それが作為的すぎて面白くないという人も多いと思いますが、逆に言うと、今の時代では、どんな一流オケであっても、ホールやオケを借り切ってここまで入念なセッション録音は望めません。たった1分のパッセージに納得できるまで何時間も繰り返すという事が許された時代の、今となっては失われた技法だと思います。
この最新DSDリマスターは一通り買って聴いてみましたが、音質面では成功していると思います。とくに弦セクションの厚みがあり、低音のサポートも充実しています。よくある痩せ細った安直なマスターテープ忠実リマスターではありません。
例えばモーツァルト後期交響曲集は、公式デジタルリリースだけでも初期CD、OIBP処理版、96kHz PCM、そしてDSDと、大きく四世代に分けられると思いますが、96kHz PCM(数年前にダウンロード発売されたやつ)と今回のDSD版ではあまり大きな違いは無いので、よっぽどのマニアでないと両方買う必要は無いと思います。一方でOIBPと比べると大きな進歩が感じられ、とくに変なシュワシュワ感や、低音のモヤモヤした歯切れの悪さ(ティンパニが明確に聴こえないなど)が改善されています。
全部買うと結構な出費ですが、定番の全集としては決定版の部類ですし、ベートーヴェン6番、シューベルト9番、モーツァルト後期交響曲など、各楽曲の教科書的名演なので、もし持っていないなら、このDSDリマスターは良い機会になると思います。
余談になりますが、ベーム125周年企画ということでのDSDリマスターですが、交響曲集だけでなく、肝心のオペラもリマスターしてもらいたいです。私にとってはそっちのほうが重要です。1958年から一連のシュトラウス・オペラ録音はまさに後世に残すべく傑作揃いですが、CDは高価で廃盤が多くなっています。
マイナーレーベルのクラシックリマスター盤では、ジャズでも紹介したFondamentaレーベルから、エミール・ギレリスのピアノリサイタル5枚組という大作が発売されました。復刻というよりは、秘蔵テープの新規デジタル化です。
1975~80年の間に行われたオランダ・コンセルトヘボウ遠征ソロリサイタル公演での録音です。Fondamentaレーベルの社長がギレリスの孫から公演スケジュールの手記を入手して、それを手掛かりにコンセルトヘボウの資料室からテープを発見したそうです。
演目はベートーヴェン、ブラームス、プロコフィエフ、スクリャービンなど、当時ギレリスが得意としていた作品ばかりで、音質は遠め、響きが強めで観客の咳も気になりますが、録音そのものは優秀なので、現実的な音量でピアノリサイタルを楽しむ分には十分リアルで満足できます。
アーティストの真価は、スタジオよりもライブでのみ計り知れる、なんてよく言われますが、ギレリスの場合はむしろ逆に、これらの定例リサイタルであっても、まるでスタジオセッションと同じ完成度の高さで、精神を研ぎ澄ませた演奏をしている事が驚異的です。5枚組を全部通して聴くことはありませんが、どの一枚を手にとっても、すごいリサイタルが体験できます。
タワーレコード
クラシックの復刻シリーズで、近頃とくに頑張っているのがタワーレコード・オリジナル企画です。リリースによって音作りにばらつきがありますが、それでも毎月多くの旧盤を高音質で復刻してくれるので、つい買ってしまいそうでサイトを見るのが怖いくらいです。私にとって2018年タワーレコードの大きな目玉は、Supraphonのアンチェル指揮チェコフィル録音のSACD復刻でした。「わが祖国」やスークとの協奏曲など、定番揃いです。
音質面では、15年前くらいのSupraphon公式Ancerl GoldシリーズCDと比較すると、タワーの方が高域のノイズカットをしておらず、よく伸びており、空間の立体感が広めです。しかし全体的に線が細く、腰高なので、Ancerl Goldほどの力強さや「凄み」みたいなものは感じられません。双方で完全に好みが分かれるような仕上がりだと思います。
もう一つタワーレコードの企画で良かったのが、ジョージ・セルとクリーヴランド管弦楽団のSACD復刻です。
セルが一番輝いていた1960年代は、ちょうどソニーがアメリカのCBSを買収した時期とかぶります。セルの録音自体は旧CBS体制のままで、ソニーの影響は少なかったようですが、セルの災難は、以降ソニーによってCDにデジタル化された際の音質があまり良くなかった事だと思います。
私にとってセルというと、90年代にCDショップで売っていたソニーのワゴンセール用「Essential Classics」シリーズの印象が強いです。音質は今聴き直してみてもずいぶん悪いです。
今回はそれらが新たにマスターテープからハイレゾリマスター化されたので、今まで聴いていたCDでの印象がガラッと変わり、ようやくセルの凄さの片鱗が見えるようになったと思います。
2016年にタワーレコードの手でベートーヴェン交響曲集がリマスター復刻されて、「当時の録音は、実はこんなに凄かったのか」と驚かされました。以降、CBS公式からもマーラーなどPCMハイレゾリマスターが続々登場し、ようやくセルの名誉挽回の時代が巡ってきたように思います。セルというと、冷たく硬質な演奏といったイメージがありますが、多少なりとも旧盤の音質によるマイナスイメージなのかもしれません。
ベートーヴェンからブルックナー、マーラーまで、王道クラシックは全部網羅して一時代を築き上げたセルですが、彼はハンガリー出身ということで、今回タワーからも復刻されたコダーイ、ヤナーチェク、プロコフィエフの「Two Music Fables」など、スラヴ系で複雑なリズムの音楽がとりわけ得意だったと思います。ブルックナーももちろん良いのですが、そういうのは他にも名演候補はいっぱい挙がります。一方この「Two Music Fables」はセルだけしか味わえないアンサンブル采配の技巧が光ります。
年末にはタワーレコードから、ケンペ指揮ドレスデンのリヒャルト・シュトラウス管弦楽集がSACD9枚ボックスで登場しました。
1970年代に録音された全集で、クラシック音楽の中でもとりわけ名演・高音質で有名な傑作です。シュトラウスといえばこれしかないという人も多いでしょう。
その高音質ぶりから、毎回なにか新しいフォーマットやリマスター技術が誕生するたびに引っ張り出される定番で、今回で何度目のリマスターを買わされたか数え切れません。これまでSACDやDVD-Aなどでは一部有名曲(アルプス交響曲とか)しかリリースされなかったところ、今回は全集セットで出してくれたのは嬉しいです。
右のCDボックスは安くて収納が楽でおすすめです |
内容的にはこれと同じ全集が2013年にWarnerから廉価CDボックスで出ていて(上の写真で右側のやつです)、そっちも旧版CDと比べてかなりの高音質なので、よほどのマニアでなければわざわざこのタワーレコードSACDボックスを買う必要はありません。ちなみに、同じデザインのWarnerオペラBOXは新規リマスターではありません。
もちろんタワーとWarnerではリマスター工程が違うので、曲によってはかなり印象が変わります。どちらかというとWarner CDボックスのほうが鮮烈・刺激的で、タワーSACDはもうちょっと空間の奥行き重視で落ち着いています。
ところで、WarnerのCDボックスの下に「Newly remastered from the original master tapes」と書いてあるように、これら最新リマスターがそれまでのCDなどと比べて飛躍的に高音質になった理由は、東ドイツの国営レーベル「VEB Deutsche Schallplatten Berlin (Eterna)」が保管していたオリジナルマスターテープを最近になってようやく取得したからだそうです。それまではLP・デジタルともに西側(EMI)用のコピーテープから作っていたということです。
VEB Eternaに限らず、西側もAriola Eurodiscなど、まだ東西時代の膨大なテープが死蔵されているレーベルが多いので、そういうのを今だからこそ最新技術でハイレゾリマスターを行ってもらいたいです。
たとえばEurodiscのリヒテルのCDボックス(2016年)はオリジナルマスターテープからのデジタル化ということで凄い高音質に蘇りましたし、タワーレコードのザンデルリンク・ブラームス交響曲集SACDも良かったです。まだまだ全貌が網羅されていないので、このまま努力を続けてもらいたいです。
オペラの復刻盤
管弦楽や室内楽の有名盤は、ハイレゾリマスターがそろそろ出尽くした感じもありますが、そのおかげなのか、オペラのリマスターにようやく活気が出てきたような気がします。
とくにレーベル公式からはドイツ・グラモフォンがオペラ復刻にずいぶん熱心になってきたのが嬉しいです。
このペースで、名のある名演が全て復刻されるまで、ハイレゾリマスターのブームが続いてくれることを切実に願っています。
とくにレーベル公式からはドイツ・グラモフォンがオペラ復刻にずいぶん熱心になってきたのが嬉しいです。
このペースで、名のある名演が全て復刻されるまで、ハイレゾリマスターのブームが続いてくれることを切実に願っています。
オペラ入門盤としても有名な、1965年カラヤン指揮スカラ座の「カヴァレリア・ルスティカーナ&道化師」が、ドイツ・グラモフォン公式のハイレゾPCMリマスターで発売されました。
旧盤CDは音質があまりパッとしないThe Originalsシリーズでした。2014年にはエソテリックからSACDが出ましたが、高価な抱き合わせボックスだったので、今回単品で高音質リマスターが購入できるようになったのは良い事です。
The Originals CDは声に多めのエコーがかかっていて、もどかしいです。Esotericはもうちょっと大人しく優雅ですが、ノイズ除去しすぎたような感じで、音抜けが悪いです。最新ハイレゾPCM版は荒々しさや迫力があるので、歌手陣の声がよく通り、聴き応えがあります。
余談になりますが、この「赤に金文字」のジャケットは、ドイツ・グラモフォンのスカラ座録音で当時使われていた共通デザインで、LPレコードでは豪華な赤布張りに箔押し文字が、古書の装丁のようでカッコよかったです。
この印象的なジャケットのスカラ座シリーズは、上記のカラヤン以外でも、たくさんの素晴らしい録音が出ていたのですが、CDでは廃盤が多く、なかなか全部を集めるのは苦労します。
手持ちを調べただけでも:
- カラヤン指揮 カヴァレリア・ルスティカーナ&道化師
- サンティーニ指揮 ドン・カルロ
- セラフィン指揮 イル・トロヴァトーレ
- クーベリック指揮 リゴレット
- ヴォットー指揮 椿姫
- サンツォーニョ指揮 ランメルモールのルチア
- ガヴァッツェーニ指揮 仮面舞踏会
- 番外編で、青い布ボックスでヴォットー指揮フィレンツェのラ・ボエーム
セラフィンはエソテリックSACDが出ていますが、ヴォットーやサンティーニなどはCDは廃盤、しかも音質がLPに劣るので、今こそリマスターしてほしいです。
60年代のスカラ座は、まだ戦前からの名物指揮者が健在で、レナータ・スコット、アントニエッタ・ステッラなど巡業歌手を中心にプログラムを組んでいたので、まさに「伝統芸能」としての仕上がりが唯一無二です。日本人にとって「名俳優が演じるTV時代劇」みたいな阿吽の呼吸があり、必ずしもイケメン若手スターと最新録音機材を使ったリメイクの方が良いとは限りません。
70年代に入ると、ジェット機の旅が容易になり、オペラ録音となると、レーベルの売り込みたい歌手を世界中に送り込むオールスターキャスト制にになりました。ジュリーニやアバド指揮ドミンゴといった組み合わせで新録され、古い録音はカタログ落ち廃盤になってしまいました。そんな旧録音も、今だからこそ復刻する価値があると思います。音質面では小細工が少ない分だけ、70年代に勝っているものも多いです。
そんな難癖を言ったところで、70年代のオペラ録音というのもやっぱり良いものです。アバドがスカラ座やロンドン交響楽団の監督になったタイミングは、クラシック音楽の新時代を表す象徴的なターニングポイントだったことが、当時の録音を聴いてみると、あらためて実感できます。
スカラ座とのマクベスと、ロンドンでのセヴィリアの理髪師がハイレゾPCMリマスターで登場しましたが、どちらも上出来で、これ以上は望めない程の完成度です。世界的キャリアの名歌手、予算を惜しまないレーベルの録音体制、十分な収録時間でカットが不要なプロダクション、そしてアバドのように新鮮な新時代の指揮者と、すべての要素が揃っていた時代です。
クラシックといって管弦楽ばかり聴いているのは勿体無いです。とりあえずなにかオペラを聴きたいという人は、この時代のアバドやジュリーニが一番安心しておすすめできます。
さらにドイツ・グラモフォンからですが、アバドがイタリア作品で頑張っていた頃、ドイツ作品で新風を巻き起こしていたのがカルロス・クライバーで、2018年は、73年ドレスデンでウェーバー「魔弾の射手」、75年バイエルンでのヨハン・シュトラウス「こうもり」がハイレゾPCMリマスターで発売されました。どちらの作品もこの録音を買っておけば大丈夫、と言われるくらい、定番中の定番です。
音質面では、これまで何度も書いてきたことですが、以前のOIBP版(The Originalsなど)は余計なエコーがあり、オケは響き豊かに、歌手はカラオケエコーのような効果があります。それだけ聴いていれば気にならないのですが、新たなPCMリマスターでスッキリ払拭され、細かい描写まで奥深く聴き込む事ができます。音色の線は細くなるので、若干弱々しくも感じます。
このあたりの仕上げ方の判断が、リマスターの一番難しいところだと思います。意図的にエコーで厚みや臨場感を与えるのか、それともマスターテープそのままのシンプルな音を聴かせるべきか、という判断です。
デッカからリマスター復刻は少なかったですが、数年前にパヴァロッティ・サザーランド録音のリマスターを一挙行なったので、エネルギー切れでしょうか。近頃はショルティの指輪以外のワーグナーを小出しでちょっとづつ出している印象です。
2018年はパルジファル、トリスタン、タンホイザーと続いて、とりわけタンホイザーは名演なので、リマスターは嬉しいです。(ローエングリンだけデジタル録音だったのでリマスターは無さそうです)。
デッカは初期CD(ADRM)もそこそこ音が良かったというか、いざハイレゾPCMと聴き比べてみても、「旧盤も悪くないじゃん」と思える事が多いのですが、旧盤がどちらかと言うと歌手メインで重みを持たせたシンプルな仕上がりなのに対して、最新リマスターではオケの広がりやワイドレンジっぽさが向上して、良い感じです。さらにこのタンホイザーはBluray版を買うと、当時の「実験的4chマルチマスターテープを使って復元した5.1chサラウンド版」というのも聴けるということで、サラウンド構成のシステムを持っている人ならばぜひ試してみるべきです。
DECCAの名盤オペラというと、もうほとんどがリマスター化されたと思いますが、まだリリースにチラホラ穴があるのが不思議です。ショルティだとヴェルディはどれも出ていませんが、佳作が多いので残念です。(ベルゴンツィの仮面舞踏会は良いですし、マイナー歌手カルロ・コスッタの歌うオテロはとても上手いです)。
とりわけ「圧倒的名盤なのに、公式リマスター版が一向に出ないアルバム」の筆頭格だったカラヤンの「オテロ」が、エソテリックからSACDで出ました。
エソテリックは普段は当たり障りのない観葉植物のようなアルバムばかりで、しかも高価なので敬遠しているのですが、これはさすがに買ってしまいました。
この1961年録音が名盤である理由は、カラヤンとウィーンフィルという黄金コンビの下で、デル・モナコとテバルディという旧世代の二大歌手が、ちょうどキャリア後半の全盛期で、当時最先端のDECCAステレオセッションスタッフによって録音された、つまり全ての好条件がピッタリと合致した記念碑的アルバムだからです。さらに悪役のプロッティも急な参加だったわりに実に良い演技です。
既存CD(The Originals)は「シューッ」というテープノイズがかなり多めで、全体的に軽くエッジがキツい印象だったので、こればかりはLPが圧倒的に有利でしたが、エソテリックのリマスター特有の中低域に厚みのある音作りが良い結果を生んだと思います。特に歌声にハリやツヤが出て、叫んでいるより腹から声が出ているような感じで、魅力が大幅に増しました。
音質面では、これまで何度も書いてきたことですが、以前のOIBP版(The Originalsなど)は余計なエコーがあり、オケは響き豊かに、歌手はカラオケエコーのような効果があります。それだけ聴いていれば気にならないのですが、新たなPCMリマスターでスッキリ払拭され、細かい描写まで奥深く聴き込む事ができます。音色の線は細くなるので、若干弱々しくも感じます。
このあたりの仕上げ方の判断が、リマスターの一番難しいところだと思います。意図的にエコーで厚みや臨場感を与えるのか、それともマスターテープそのままのシンプルな音を聴かせるべきか、という判断です。
デッカからリマスター復刻は少なかったですが、数年前にパヴァロッティ・サザーランド録音のリマスターを一挙行なったので、エネルギー切れでしょうか。近頃はショルティの指輪以外のワーグナーを小出しでちょっとづつ出している印象です。
2018年はパルジファル、トリスタン、タンホイザーと続いて、とりわけタンホイザーは名演なので、リマスターは嬉しいです。(ローエングリンだけデジタル録音だったのでリマスターは無さそうです)。
デッカは初期CD(ADRM)もそこそこ音が良かったというか、いざハイレゾPCMと聴き比べてみても、「旧盤も悪くないじゃん」と思える事が多いのですが、旧盤がどちらかと言うと歌手メインで重みを持たせたシンプルな仕上がりなのに対して、最新リマスターではオケの広がりやワイドレンジっぽさが向上して、良い感じです。さらにこのタンホイザーはBluray版を買うと、当時の「実験的4chマルチマスターテープを使って復元した5.1chサラウンド版」というのも聴けるということで、サラウンド構成のシステムを持っている人ならばぜひ試してみるべきです。
DECCAの名盤オペラというと、もうほとんどがリマスター化されたと思いますが、まだリリースにチラホラ穴があるのが不思議です。ショルティだとヴェルディはどれも出ていませんが、佳作が多いので残念です。(ベルゴンツィの仮面舞踏会は良いですし、マイナー歌手カルロ・コスッタの歌うオテロはとても上手いです)。
とりわけ「圧倒的名盤なのに、公式リマスター版が一向に出ないアルバム」の筆頭格だったカラヤンの「オテロ」が、エソテリックからSACDで出ました。
エソテリックは普段は当たり障りのない観葉植物のようなアルバムばかりで、しかも高価なので敬遠しているのですが、これはさすがに買ってしまいました。
この1961年録音が名盤である理由は、カラヤンとウィーンフィルという黄金コンビの下で、デル・モナコとテバルディという旧世代の二大歌手が、ちょうどキャリア後半の全盛期で、当時最先端のDECCAステレオセッションスタッフによって録音された、つまり全ての好条件がピッタリと合致した記念碑的アルバムだからです。さらに悪役のプロッティも急な参加だったわりに実に良い演技です。
既存CD(The Originals)は「シューッ」というテープノイズがかなり多めで、全体的に軽くエッジがキツい印象だったので、こればかりはLPが圧倒的に有利でしたが、エソテリックのリマスター特有の中低域に厚みのある音作りが良い結果を生んだと思います。特に歌声にハリやツヤが出て、叫んでいるより腹から声が出ているような感じで、魅力が大幅に増しました。
Eloquenceの復刻盤とベルグラード
Eloquence Classicsというのは、DECCA・Philips・DGGなどを所有するユニバーサル・ミュージックのオーストラリア現地法人レーベルです。それまで廃番になっていたクラシック名盤を、オーストラリアで独自にデジタル・リマスター復刻したところ好評になり、その後1000タイトルに及ぶ膨大な復刻レーベルに成長しました。そんなことをするのは日本だけかと思いきや、他国でも頑張っているというわけです。廉価版という事で1000円以下で買える低価格と、オリジナルジャケット絵を使用できない事情から、どのタイトルもクリーム色の地味なジャケットなので、本当に音楽が好きなマニアしか手にしないようなレーベルです。
DECCAやDGGなど公式に販売しているタイトルとかぶる事もありますが、リマスターが異なるのが面白いですし、ブックレットも書き下ろしで有意義な内容だったりして、私としては、惜しまれつつも終了したDecca Legendsシリーズの精神を引き継いでくれた後継者だと思っています。
Eloquence "Decca in Belgrade" |
今回なぜEloquenceを別項でとりあげたのかというと、2018年は大変素晴らしいシリーズ企画があったからです。
1950年代DECCAベルグラード・オペラ全集という企画で、6月から毎月一枚で、合計7枚が発売されました。(上の画像はLPオリジナルジャケットで、イラストがどれも美しいので気に入っています)。
一部のLPレコードマニアしか喜ばないような全集なのですが、まとまった形でリリースされた事が無かったので、私としては大変喜ばしい事態です。
今回リリースされたCDは:
- ボロディン: イーゴリ公
- ムソルグスキー: ホヴァーンシチナ
- ムソルグスキー: ボリス・ゴドゥノフ(リムスキー=コルサコフ版)
- グリンカ: イヴァン・スサーニン(皇帝に捧げた命)
- チャイコフスキー: エフゲニー・オネーギン
- チャイコフスキー: スペードの女王
- リムスキー=コルサコフ: 雪娘
とくに興味深い点は、「ボリス」を除いて、他の作品は、実験的にステレオ録音を行っていた事です。オリジナルLP盤はまだモノラルの時代でした。(70年代に廉価版LPでステレオも出ましたが、盤質が悪かったです)。今回ようやくちゃんとしたステレオ・リマスターで発売されるのはとても嬉しいです。
このシリーズを知らない人に背景をちょっと説明すると、1950年代、それまでのSPレコードの「片面三分一曲」から、片面30分再生できるLPレコードの到来とともに、長尺の、交響曲やオペラなどのリリースが望まれるようになりました。
当時新参だったDECCAレーベルは、戦後の混乱の中でいち早くウィーン、フィレンツェなど、ヨーロッパの主要劇団と契約できたので、ヴェルディやワーグナーなどは早速レコード化できました。しかしスラヴ系やロシアのオペラとなると、共産圏なので、なかなか契約が難航していました。
ライバルのEMI社(HMV Columbia)は、戦前から東側のツテがあるので(HMV・DGG・ビクターなどに分離する前は全世界グラモフォン社だったので)、ソビエト国営レーベルMelodiyaなどとも提携関係にあり、古くはシャリアピンから、戦後のボリス・クリストフ、ヴィシネフスカヤまで、東側の有名スターを起用して成功を収めていました。ロストロポーヴィチ、オイストラフなどを呼び出せたのもその流れです。
DECCAは取り急ぎ主要なロシアオペラのリリースが急務だったのですが、交響曲と違って、オペラは言語や伝統、劇団練度の問題があるので、イギリスのオケと歌手で録音するわけにもいきません。
そこで、当時のDECCAプロデユーサーがセルビア(当時ユーゴスラビア)の首都ベルグラードの歌劇場とかけあって、三週間の強行遠征を二回行い、主要なオペラを一挙に録音したマラソン・セッションが、ベルグラード・オペラシリーズです。CDブックレットの回想録に書いてありましたが、1955年にDECCAエンジニア達がオリエント急行で出向かい、毎晩、劇場の公演が終わった夜中11時からセッションを行ったそうです。
なぜベルグラード・オペラを今わざわざ聴く価値があるのかというと、先ほどの赤いジャケットのスカラ座録音の例と同じで、いわゆる伝統的な「オペラ座」の名残りだと思うからです。
ベルグラードはロシアではありませんが、同じスラヴ語圏内なので、帝国時代からオペラといえばイタリアやドイツよりもロシア作品をメインで演じていた国です。また、革命の打撃が少なかったため、ソビエト化した本国よりもむしろ帝国ロシア文化を色濃く継承しています。
つまり、街に劇団があり、衣装も講師も合唱団もあり、そこに歌手が所属していて、作品ごとに配役を決める、といった古典的な運営です。
「ボリス」だけとっても、以降カラヤン、アバド、ゲルギエフなどが盛大な国際オーススターキャストで素晴らしい録音を出していますが、このベルグラード録音からは、地方の市民会館での公演みたいな和やかな雰囲気みたいなものが感じられます。
音質面でも当時DECCAの高水準が伺えるもので、とくに個人的にはホヴァーンシチナがおすすめです。
Eloquenceレーベルは、他にもまとまった復刻企画が多く、ファンには嬉しいです。2018年はクレメンス・クラウス、カンポーリ、アンセルメ、ファン・ベイヌムなどの旧盤が続々登場しました。
とくにファン・ベイヌムのコンセルトヘボウでのブラームス一番などはモノラル時代の名盤なので、廉価版CDで最新リマスターで聴けるのは嬉しいです。
オペラでは、ヴァルヴィーゾ指揮「アンナ・ボレーナ」は1969年ウィーン国立歌劇場でDECCA黄金時代スタッフによる凄い録音です。ショルティの指輪とか一部のアルバムだけが「名盤」としてもてはやされて、こういうのが無視されるのが非常に残念です。ぜひ聴いてみてください。
おわりに
暇つぶしで2018年の良かったアルバムとかを適当にまとめましたが、そろそろ年末年始の退屈な時期も過ぎて、新しいヘッドホンオーディオ機器の試聴も続々増えてきたので、次回からはまたオーディオの話に戻ります。