水月雨 Moondropのイヤホン「Stellaris」を買ったので、感想とかを書いておきます。
水月雨 Stellaris |
2022年12月発売、大変珍しい平面駆動型ドライバー採用のイヤホンで、しかも価格は2万円以下という魅力的な製品です。
Stellaris
水月雨、海外のオンラインストアを日々巡回している人にはMoondropと言った方が馴染み深いかもしれませんが、数ある中国発の高コスパイヤホンメーカーの中でも、個人的にずいぶん気に入っているブランドです。
大抵の中国メーカーは深圳など湾岸都市のスマホ製造拠点に付随する形で起業しているのに対して、こちらはパンダと三国志で有名な内陸の成都に本社を構えており、サウンドやデザインのプレゼンテーションが極めて魅力的なのが、ライバルが多い中でも埋もれてしまわない理由だと思います。
特に低価格モデルとなると、他社はどうしてもハイテクな高解像っぷりを主張したがるところ、水月雨は音色重視の主観的な作り込みを行っているあたりを気に入っています。つまりどうしてもスペックばかりに目が行ってしまう初心者よりも、色々なイヤホンを試してきたベテランこそツボにはまるモデルが見つかりそうなメーカーです。
私自身もこれまでに中堅モデルのマルチBA型「S8」というのを買って、今でも頻繁に使っていますし、もっと奇抜なモデルでは、チタン削り出しのクラシックなイヤホン「Chaconne」も持っています。
非常に美しいです |
S8との比較 |
イレギュラーすぎるChaconne |
今回のStellarisは平面駆動型という事ですが、同じメーカーのマルチBA型イヤホン「S8」と比較してみても、意外とコンパクトなのがわかります。それ以前に、全体的なデザインのクオリティの高さに魅力を感じて購入しました。
ハウジングはアルミ合金のようですが、手で持ってみると確かに金属の重量感があり、しかも青紫のラメ入り塗装から、古代の天文図のようなイラスト、金色のアクセントパーツ、ロゴフォントのタイポグラフィまで、1万円台のイヤホンとは思えないくらいのクオリティの高さです。
特にこの厚手の塗装は陶磁器とかを連想するツヤと透明感があり、Stellaris(中国名「群星」)という名前の通り宇宙の星々を連想させるキラキラ輝く演出は、高級イヤホンでもなかなか見ないユニークな仕上がりです。
ケーブルやイヤピースも含めて全体的なデザインの統一感も素晴らしく、このあたりはよく低価格帯にありがちなOEM部品の寄せ集めで作っているメーカーではなかなか見られないセンスの良さが感じられます。
ハウジング |
肝心のドライバーは直径14.5mmの平面振動板で、厚さは1ミクロン、そしてネオジム磁石を前後両面にそれぞれ7本搭載しているという、かなり本格的な仕様です。
この振動板は、同じく中国で他のイヤホンメーカーにも供給しているOEMメーカーとの共同開発で採用したそうで、水月雨は主にハウジングを含めた全体的な音響設計を担当したようです。
ハウジングを側面から見ると、一般的なイヤホンと比べてノズル部分がかなり長くなっており、耳の奥まで挿入するような設計になっています。
Audeze LCD-5 & DCA Expanse |
平面駆動型というと、大型ヘッドホンにおいてはAudezeやDan Clark Audioなどを筆頭に一大ジャンルを築き上げており、ライバルのダイナミック型や静電型を追い抜く勢いでハイエンドヘッドホンが続々登場していますが、それらと比べると、イヤホンにおける平面駆動型は極めて珍しい存在です。
その原因として、振動板が小さくなると、最低音から最高音までの広い帯域を正確に鳴らす(つまり空気を押し出す)事が難しくなるのはもちろんの事、大型ヘッドホンであれば強力な据え置きヘッドホンアンプで鳴らすのが当たり前なのに対して、イヤホンは非力なDAPやスマホ程度でも十分な音量が出せる事が求められるという難しさもあります。
つまり、スピーカーにてリボンツイーターなどが使われているのを見てもわかるように、この手の平面ドライバーは、それだけでは高音だけのシャリシャリした薄い音になってしまうため、ハウジング内の空間設計も含めて、中低音を豊かに鳴らす事が大きな課題になっているようです。ただし、元々控えめな低音を過度に増強したところで、ダイレクト感に欠けたモコモコした反響音ばかりになってしまうのが難しいところです。
Audeze Euclid |
Unique Melody ME-1 |
Audeze EuclidやUnique Melody ME-1など既存の平面駆動型イヤホンを聴いてみても、そのあたりに難点を感じました。つまり、平面振動板そのものの再生帯域が限定的なので、それを補うために中低域が二次的に「盛られた」鳴り方になってしまっており、そのせいで平面駆動型のメリットがあまり感じられない、霧に包まれたような違和感がありました。
Audeze iSine |
一方、平面駆動型イヤホンの先駆者Audeze iSineの場合は、もはやイヤホンと呼ぶのが憚られるほどの巨大な振動板で、高音や低音の再現性を捨てて中域に特化した奇抜な設計でした。コンセプトとして先見の明はあったので、私も当時買って楽しみましたが、レファレンス機として使うには厳しいサウンドかもしれません。
周波数帯に難点があるなら、ソフトのイコライザーで調整すればいいじゃないか、と思う人もいるかもしれませんが、そもそも振動板が出せていない音を無理にブーストすると、かなり濁った汚い鳴り方になってしまいます。
また、小型振動板における振幅(ダイナミクス)の限界は回避できないため、音量を上げるとどんどん音が荒っぽくなってしまうあたり、どれだけ強力なアンプで鳴らしたとしても、現状ではダイナミック型やBA型と比べて限界が感じられます。
そんなわけで、なかなか上手い具合にいかない平面駆動型イヤホンにて、新たに登場した挑戦者Stellarisにはかなり興味が湧きました。値段もこれくらいならとりあえずネタ枠で買ってみようと思えてしまいます。
いつもの買いづらいパッケージ |
パッケージ裏 |
パッケージは、水月雨といえばもはや伝統というか定番ネタになっているアニメ調の線画が目立ちます。イラストもパッケージデザインも丁寧ですし、モデルごとにイメージキャラが違うようなのも芸が細かいです。
今回はオンラインで買ったのですが、地味なダンボールの外箱に入っており、なかなか使い所が難しいアクリルスタンドがおまけが付いてました。どこで買っても付属しているかは不明です。
箱の裏側には肝心の平面駆動型ドライバーの展開図が掲載されています。振動板を耳から遠く離して、ハウジング内に筒状の音響調整部品を入れているため、ハウジングが長くなっているようです。
ケース中身 |
イヤホン本体 |
付属ケーブル |
さらにパッケージ中身も黒い厚紙で丁寧に仕上げられています。イヤホン本体のプレゼンテーションも良いですし、この値段でもしっかりした収納ケースも付属しているのは嬉しいです。
付属ケーブルは2Pinタイプで、透明外皮に金と青のツイスト線材、3.5mm端子やY分岐の青色、スライダーの金色など、本体のデザインとしっかりマッチしているのも芸が細かいです。
付属イヤピース |
付属していない清泉イヤピース |
Sedna Earfit Max |
水月雨のイヤピースといえば、別売もしている、傘のような縦線の入った「清泉」シリコンが付属しているかと思ったら、今回はそれとは違う透明なやつが同梱されていました。さらにコンプライみたいなスポンジも付属しています。
なぜだか不思議に思ったのですが、実際に装着してみると納得できます。清泉イヤピースは傘の部分がかなり薄く、カジュアルに挿入できるという利点があるのですが(薄くても形が崩れないように縦線の補強が入っています)、Stellarisは本体が重いため、これでは安定してくれません。
付属の透明タイプはもっと厚くて表面が若干ベタベタしたタイプなので、耳穴でしっかりとホールドしてくれます。
個人的には、付属イヤピースも良いですが、かなり耳穴の奥の方まで入れるため、もっと小さく短いAzla Sedna Earfit Maxの方が相性が良かったです。
ノズルがかなり長いです |
付属イヤピース装着時 |
フィットに関しては、ノズルが結構長いので、耳元に添えるというよりは、耳栓のようにぐっと奥の方まで挿入する感じです。形状は人間工学的に上手に作られており、私の耳では不快感はありません。感覚としてはJH AudioとかソニーIER-Z1Rに近いので、耳穴だけに頼るのではなく、ケーブル耳掛けとの二点支持を意識して装着するのが大事です。
また、平面駆動型というとME-1やiSINEみたいな開放型を想像するかもしれませんが、Stellarisは小さな通気ポートがある以外はしっかり密閉されており、厚い金属ハウジングのおかげで遮音性の高さも音漏れの低さも一般的なIEM並か、それ以上に優秀です。外出時に屋外で使っても大丈夫でした。
遮音性はもちろんのこと、音質面においても、できるだけ耳の奥まで入れるのが重要です。普段イヤホンでMサイズを使っているなら、あえてSサイズのシリコンを選んでみるのも良いと思います。
もし本体が耳の外で宙吊りになって自重で垂れ下がっているようでしたら、サウンドは鼓膜に到達する前に響いてしまい最悪ですし、ちょっと角度がズレだだけで左右のバランスが狂ってしまいます。つまり一般的なイヤホンと比べて装着感による音質変化が大きいため、色々と試して聴き比べてみる事が肝心です。
インピーダンス
公式スペックによるとインピーダンスは36Ωということですが、実測ではもうちょっと低い27Ωくらいでした。さすが平面駆動型だけあって、全帯域がほぼ横一直線なのは嬉しいです。
インピーダンス |
位相 |
参考のためにいくつか他のイヤホンと比べてみました。たとえば水月雨S8はインピーダンスのアップダウンが激しいので、明らかにマルチドライバー型だとわかります。その点ダイナミック型のChaconneやゼンハイザーIE900なんかはほぼ綺麗な一直線です。
平面駆動型のUnique Melody ME-1はStellarisとほぼぴったり重なっているのが面白いですね。ただしStellarisの方が最高音域で細かなアップダウンが見られるので、このあたりはハウジングのチューニングと関わってくるのでしょうか。
なんにせよ、低音から高音までインピーダンスの変動が少なければ、アンプ側から見れば音楽信号が単なる純抵抗を通っているのと同じなので、音質がアンプの性能(とくに出力インピーダンス)に依存しにくいというのが平面駆動型の大きなメリットです。だからといって周波数特性がフラットだという意味ではありません。
Stellarisの駆動能率は公式スペックによると117dB/Vrmsだそうで、スペックのインピーダンス36Ωと想定すると、大体103dB/mWくらいになります。つまり一般的なIEMイヤホンとそんなに変わらないので、平面駆動型だから鳴らしにくいという心配は不要です。実際にDAPのボリューム位置は私が普段使っているイヤホンUE RRと同じくらいか、Stellarisの方が一割くらい上げる程度で十分でした。
音質とか
普段から使い慣れているHiby RS6 DAPを中心に、色々な条件で聴いてみました。今回は借り物ではなく自前で購入したイヤホンなので、三ヶ月ほどじっくり聴き込んだ上での感想です。
Hiby RS6 |
まずサウンドの第一印象ですが、Stellarisはこれまで聴いてきた平面駆動型イヤホンの中ではトップクラスに優秀だと思えたので、二万円以下という値段も踏まえると驚異的な仕上がりです。
ただし、平面駆動型イヤホン特有の弱点は拭えていないため、万能なレファレンス的な使い方はできず、ユニークな存在と言えます。それでもダイナミック型やマルチBA型とは全く異なる平面駆動型らしいポテンシャルを全面的に押し出して、あえて無難に落とし込まなかったサウンド設計はさすがだと思います。
Stellarisが見せてくれる「平面駆動型らしい」ポテンシャルというのは、高音の圧倒的なヌケの良さです。これまで数あるイヤホンを聴いてきた中でも、この部分に関しては純粋に凄いと思いますし、だれでも一瞬で実感できるくらい目覚ましい効果です。
OUR Recordingsから、Kristoffer Hyldigのピアノ演奏による、メシアンの「二十のまなざし」をDXDファイルで聴いてみました。
色々な楽曲を聴いてみたところ、Stellarisのポテンシャルを最大限に引き出すためにはやはり録音そのものが優秀であるべきで、特に生楽器のソロ演奏など、音色の周囲に十分な空間を与えている作風との相性が良いです。
特にこのメシアンの録音は強烈です。個人的に大好きな楽曲なので新譜が出るたびに買っていますが、その中でも演奏・録音ともにトップクラスに素晴らしく、Stellarisとの相性も抜群です。
冒頭一曲目の神秘的な和声はもちろんのこと、13・14・15曲目を連続で聴いてみればStellarisの凄さを納得してもらえると思います。13曲目、まるで大聖堂の鐘楼のようなピアノの鋼鉄弦の強靭な爆発力から、14曲目、レーザービームのような鋭い打鍵、そして15曲目、羽毛が宙を舞うような、ハンマーフェルトが弦にそっと触れる繊細なタッチまで、Stellarisは息を呑むような空気感を見事に描いてくれます。
単純に高音の量が多いとか刺激的というわけではなく、演奏の周囲、背後、上空に空間の広がりが実感できるという点が凄いです。空間が広いというのはつまり、音源が頭内に密集せず、一歩離れた場所から鳴っているように錯覚できるわけで、それには広い帯域における左右イヤホンのレスポンスや位相差がピッタリと揃っている必要があり、まさに平面駆動型の得意とする分野です。
グランドピアノの演奏は低音の力強さや迫力も重要になりますが、Stellarisはハウジング内のチャンバーのおかげか、そこそこ力強く鳴ってくれます。ただし大味なシアターサブウーファーやバスレフっぽく空気を動かすような表現なので、いわゆる家庭用スピーカーのような低音の量感を求めているなら良いですが、楽器そのものの詳細な再現性とかはそこまで優秀ではありません。どちらかというと低音は勢いで乗り切る感じで、これはこれで良好です。
唯一目立った弱点を挙げるなら、高音の広がりと低音のバスレフ的な響かせ方と比べて、中低域の出方がちょっと地味というか、量的には十分でも、同じような広がりをもった描き方が実現できていないため、空間の広がりがまるで砂時計型というか、中間だけ絞られたような印象があります。
それでも、あえて弱点を補うために中低域を過剰に盛って響かせるのではなく、高音の本来の魅力が伝わるように仕上げているあたりが製品としての魅力に繋がっていると思います。他のメーカーだと、どうしても周波数特性のフラットさや「つながり」を重視しすぎて余計な響きで埋もれてしまうケースがあるのですが、Stellarisではその心配がありません。このあたりは上手なブックシェルフスピーカーのキャビネットやポート設計と通じる部分があり、音作りの上手さを実感します。
LINNレーベルからの新譜、Bicket指揮The English Concertのヘンデル「セルセ」を192kHz 24bit PCMで聴いてみました。別名クセルクセスとも呼ばれる作品で、同じくヘンデルの代表作ジュリアスシーザーと並んでバロックオペラの傑作です。バロックといっても格式張った感じではなく、派手な歌唱に続く歌唱で、かなりエンタメ性の強い大衆作品なので、純粋に音楽の美しさを楽しめます。
弦楽器が鮮やかなバロックオケに、通奏のチェンバロ、そして歌手陣の技巧的な目まぐるしい歌声といった、高音への要求が非常に高い作風であっても、Stellarisは見事に全てを演じきってくれます。
おかげで、女性歌手やヴァイオリンなど、それぞれの音源が一歩離れたステレオ空間に点在してくれて、しかも音源の空間位置がピッタリと安定しているため、それぞれ広がっていく響きがしっかりと聴き取れます。例えるなら、静かな水面に石を投げ入れて、そこから広がっていく波紋のように伝わってくるわけです。
同じく水月雨のChaconneというダイナミック型イヤホンも高音の表現力は凄かったので、高音に関して強いこだわりがあるメーカーなのでしょう。しかしChaconneの方はとにかく高音の美音だけに特化していて、それ以外は使い物にならないくらい尖ったサウンドチューニングでしたし、耳元に置くタイプの古典的イヤホンなので、音漏れは膨大、遮音性も皆無でした。
その点、Stellarisは周波数バランスという点ではそこまで高音寄りというわけではなく、遮音性が高いため低音側もそれなりに充実しており、どんな音楽でもそこそこ楽しめるあたりはChaconneよりも明らかに実用的です。
特にオペラ歌手に注目してみると、高音が派手なイヤホンというと特定の帯域だけがピーキーに強調される傾向があるため、滑舌や息継ぎのクセが目立ったりなどの問題がありますが、Stellarisは中域から最高域までそこそこバランスよく持ち上がっており、たとえばソプラノとメゾの声質や役柄の描き分けもしっかりできているあたり、さすが平面駆動型だという説得力があります。
Stellarisの鳴り方は、ヘッドホンにおける平面駆動型とはちょっと違い、感覚的には一昔前のSTAXとかAKGに近い部分があるので、そういうのに慣れている人なら満足できると思います。しかし最近のAudezeやDan Clark Audioなどはどれもフルレンジで厚めの鳴り方を目指しているモデルが多いため、それらと比べるとStellarisは物足りなさもあります。
イヤホンでは、高音に特化したモデルというと、ソニーEX1000、ゼンハイザーIE800・IE900、Dita Dreamなどが思い浮かびます。しかし、それらは研ぎ澄まされた高解像な描き方がメインで、それに付随して空間描写の再現性が生まれているのに対して、Stellarisの場合はスケールの大きなヌケの良さが主体で、実際の音色に関してはそこまで高解像に描き分けているわけではなく、むしろ大味な印象すらあるので、その点でもStellarisはイヤホンよりも古典的な開放型ヘッドホンの鳴り方に近い感覚があります。
もっと具体的には、オペラ全体のスケール感や迫力は十分に実現できており、演奏を聴いていて非常に満足度が高いのですが、いざ歌手の口元に注目してディテールまで観察してみようとすると、どうしても最後の部分で細かな質感の情報が引き出せません。フォーカスが若干滲んでいるというか、一歩離れた距離感と引き換えに、我々が普段イヤホンで聴き慣れている、針先まで見えるような解像感というのが損なわれているようです。
この弱点について、一つだけ注意点として挙げておきたいのは、イヤホン本体をどれだけ奥まで挿入できるかで、サウンドの描き方がずいぶん影響されます。
私自身も、Stellarisを購入して間もない頃、一般的なイヤホンと同じサイズのシリコンイヤピースで聴いていたところ、ドライバーが鼓膜から離れすぎているせいか、音が長細い筒を通っているようで、中高域が遠くぼやけているような不自然さが感じられました。
安いイヤホンだし仕方がないかと思っていたところ、最小イヤピースを選んで、もっと奥まで入れてみると、この問題があった帯域のダイレクト感が増して、かなり良い感じに改善しました。特に高音が耳障りだと感じた人は、小さめのイヤピースで試してみる事をおすすめします。一旦イヤピースが無い状態でどれくらい奥まで挿入すべきか確認して、イヤピースはその位置で密閉するくらいを目安に選ぶと良いです。
ケーブルやソースなど
今回Stellarisを使ってみて感じたのは、シングルドライバーということもあり、比較的素直でわかりやすい鳴り方なので、ケーブル交換や、どんなヘッドホンアンプで鳴らすかで印象が大きく変わるようです。
マルチドライバー型イヤホンでは、帯域ごとのドライバー構成やクロスオーバー回路の影響で、イヤホンそのものの個性が強いのですが、Stellarisの場合はもっとシンプルな反面、上流ソースの音質の影響を受けやすいため、低価格でありながらポテンシャルが高いというか、ぞんざいに扱えない難しいイヤホンでもあります。
太い銅ケーブル |
こういうのに落ち着きました |
社外品ケーブルを色々と試してみてから、改めて付属ケーブルに戻ってみると、ずいぶん軽いというか薄っぺらい鳴り方のように感じます。デザインや色使いは良いのでそのまま使い続けたかったのですが、このあたりで低価格モデルということを意識させられます。
Stellaris自体は高音がすでに鮮明で、中低音の密度が足りないという印象があったので、太い銅ケーブルに交換することで、もうちょっと厚めで地に足がついたバランスになり、相性が良いみたいです。ただし銅ケーブルなら何でも良いというわけではもなく、高音がロールオフされて息苦しく感じるケーブルもあるので、一筋縄ではいかず奥が深いです。
音質面では、たとえば上の写真のEffect Audio Code 23みたいな極太OCCリッツ線のケーブルが一番良い感じでしたが、流石に太すぎて実用的ではありません。今のところ、すでに持っていたEffect AudioのAres IIという一番安い銅ケーブルで満足しています。
Chord DAVE |
dCS Lina |
上流ソースに関しても、安いイヤホンだからといって侮らず、あえて不相応なくらい高級アンプで鳴らしてみることで気づく事もあります。
Stellarisは確かに一万円台という価格以上に優秀なイヤホンだとは思いますが、Chord Daveで鳴らしてみると流石に限界のようなものが感じられます。高音のヌケの良さや空間の広がりは健在であっても、先程言った解像感不足や、音色や質感の部分で、音源には本来存在しない、つまりイヤホン由来の雑味や荒っぽさが目立つようになり、もっと高価なダイナミック型のゼンハイザーIE900やDita Perpetuaなどと比べて明らかな格差が感じられます。普段私がChord Daveに期待している繊細な描写引き出せておらず、イヤホンがボトルネックになっていることが明白です。
ついでにdCS Linaシステムも試聴していたので、そちらでStellarisを鳴らしてみたところ、なかなか良い感じで楽しめました。Daveと同様にイヤホンがボトルネックになっている感じはあるものの、Daveが結構シビアで不寛容なのに対して、Linaはなんとなくフワッと良い具合に仕上げてくれて、どちらもハイエンドなシステムでも、それぞれ目指しているユーザー層や方向性が違うことが実感できます。
もちろんStellarisをこんなに高価なアンプで鳴らすべきというわけではありませんが、こういうハイエンドシステムも、必ずしも高級ヘッドホンではなく、あえてStellarisみたいなシンプルなイヤホンで鳴らしてみることで、よりコンセプトの違いについての理解が深まるようで面白いです。
AK PA10 |
Stellarisはクリア感やスケール感は申し分ないので、どちらかというと温厚で豊かな倍音成分を含むアンプ機器との相性が良いように感じました。その点私が普段使っているHiby RS6とAK PA10のような、R2R DAC + クラスAアンプという構成はStellarisとの相性が抜群に良いようです。
おわりに
Stellarisは二万円弱という価格からは想像できない高音の広大な空間表現が味わえる、平面駆動型ドライバー特有の魅力を秘めた画期的なイヤホンです。良い音源を鳴らしてみれば、まさに星空のように広がる静寂と輝きが味わえます。
無難なオールラウンダーとは言い難いので、メインのイヤホンとして選ぶのはあまりお勧めできませんが、ベテランでもこういうサウンドを求めている人は多いだろうと思うので、高価なハイエンドイヤホンを色々と持っている人こそ、普段とは全く異なる体験のために手に入れてみる価値があります。
たかが二万円弱のモデルだからといって侮っている人も多いと思いますが、ではもっと高価な、たとえば十万円クラスの製品になれば、さらに優れたイヤホンが作れるのかというと、そう簡単な話でもありません。ケーブルの高級化やハウジングにエキゾチックな素材を導入するなどは可能になるかもしれませんが、そもそもイヤホンにおける平面ドライバーの根本的な課題点を克服できなければ、これ以上の高級機を作っても、そこまで大きな変化は期待できないと思います。
そういった意味では、水月雨がStellarisを二万円以下で出してくれたのは良心的な判断だと思います。別のメーカーが同じものを30万円で出してもそこそこ売れたかもしれませんが、根本にある平面振動板ドライバー技術は二万円以下でも十分に実用的なレベルで製品化できるということを見せつけてくれたのは極めて有意義です。
余談になりますが、私は水月雨の「S8」というイヤホンも所有しているのですが、Stellarisと比べると、サウンドの長所と短所がまるで真逆なので、高級イヤホンという点では、もしこれらが融合してくれたら、なんて思ったりもします。
マルチBA型のS8は、音色そのものの豊かさ、色濃さ、そして自然さといった部分が優れていて、開発者がしっかり耳で聴いて作り込んでいる事が実感できる傑作なのですが、唯一、高音に限界が感じられ、まるで天井が低いかのように、空間の広がりが乏しいという点が残念でした。BAドライバーの不快感を目立たせないために、あえて帯域の広さは捨ててでもロールオフして綺麗に仕上げたという印象です。
もしS8にStellarisの高音の広がりが加わったらどれほど素晴らしいか、と想像してしまうわけですが、現実問題としてハイブリッドで組み合わせるにはサイズ的に難しいと思いますし、Stellarisはドライバーの前に大きな音響空間を設ける事であのサウンドが実現できているわけで、単純にドライバーを詰め合わせただけでは同じ効果は得られないでしょう。実際のところ、マルチドライバーになるとドライバー間の時間差の整合性も重要なので、入り組んだ位置関係やノズルで微調整するなどで響きが濁ってしまう問題があります。
高音に関しては、近頃マルチドライバーIEMの高音用に小さな静電(EST)ドライバーを入れているメーカーも増えてきており、水月雨もSolisやVariationsといった高級機でそれをやっていますが(残念ながら未聴です)、他社の似たようなイヤホンを聴いてみた限りでは、Stellarisのような空間展開というよりは、もっとダイレクトな歯切れのよい効果を狙っているようです。
そんなわけで、イヤホンの技術というのはまだまだ完璧の域には到達しておらず、進化のポテンシャルが伺えるあたりが面白いです。大型ヘッドホンは近頃そこまで目立った変化は見られず洗練が極まっている一方で、イヤホンの場合は「優れたイヤホンというのはこういう音だ」という枠組みがまだ定まっていないようです。
今回Stellarisも、まさにそんな枠組みから片足だけ飛び出したような存在で、今まで高級イヤホンを散々聴いてきても不足とすら思わなかった方向で、新たなポテンシャルを体験させてくれたので、イヤホンというジャンルには、まだまだ成長の余地がある事が実感できました。
逆に言うと、何十万円もするような高級イヤホンがStellarisを超える体験を実現できていないということは、必ずしも高価なモデルほど優秀だと思い込むのも良くないです。
どんなシーンでも通用する汎用性を求めるなら、やはりどうしても高級機に行き着いてしまうのですが、それとは別腹で、Stellarisのような特出した魅力を秘めたモデルが低価格で存在することが、イヤホンの面白いところです。Stellarisに限らず、水月雨のこれまでのモデルを見ても、サウンド第一で挑戦的な事をする覚悟があるメーカーのようなので、これからもその心意気を貫いてもらいたいです。
ネット掲示板などでユーザーの要望や声を聞くのも重要かもしれませんが、それらに頼りすぎると、どうしても多数決で開発したような凡庸で取り柄の無いサウンドに仕上がってしまいます。特にメーカーが大きくなると、開発とセールスの力関係が反転して、平凡な売れ筋狙いになってしまいがちなのは、これまで何度も見てきました。水月雨にはこれからもそうならないよう、独自の感性を大事にしてもらいたいです。