2024年6月22日土曜日

QDC Superior EX & Emperor イヤホンの試聴レビュー

QDCからSuperior EXとEmperorという二つのイヤホンを試聴してみたので感想を書いておきます。

QDC Superior EX & Emperor

どちらも2024年5月発売の新作で、Superior EXは3万円、Emperorは50万円と、とんでもない価格差があります。同じメーカーの両極端を同時に試聴してみるのも面白いと思いました。さらにSuperior EXはQDCとFitearのダブルネームというのも珍しいです。

QDC

少し前にQDCのイヤホンを新旧色々と試聴した感想をブログに上げましたが、その中でもSuperiorという1万円台の低価格モデルと、Anole V14という40万円の高級モデルがそれぞれ印象に残りました。

今回試聴するSuperior EXはそんなSuperiorの路線を発展させた上位モデルということで期待が持てますし、その一方で、Anole V14ですら高価すぎて手が出せないと思っていたら、さらに上を行くEmperorというのは一体どんな音がするのか純粋に興味が湧いてきます。

Superior EXは3万円、Emperorは50万円という極端な価格差だけでなく、Superior EXはシングルダイナミックドライバー、Emperorは1DD+10BA+4ESTの合計15ドライバーを搭載するハイブリッド型ということで、同じメーカーでありながら設計が根本的に異なります。これらをもってしてもメーカー特有のサウンドシグネチャーみたいなものはあるのか気になるところです。

Fitear & QDC

まずは3万円のSuperior EXを見てみます。このモデルが低価格でもイヤホンマニアにとって非常に興味深いのは、FitEarとQDCのダブルネームになっている点です。

Astell&KernとJH AudioのようにDAPメーカーとイヤホンメーカーのコラボというのは昔からよくありましたが、中国のQDCと日本のFitEar(須山歯研)はどちらもIEMイヤホンを製造販売している、いわばライバル的な立ち位置なので、今作のようなコラボというのは業界全体を見ても極めて珍しいです。

しかし、イヤホンに詳しい人ならご存知のとおり、QDCとFitEarのどちらもプロミュージシャン向けのカスタムIEM製造の老舗として広く知られており、単なるラグジュアリー系イヤホンメーカーとは一線を画する技術力と経験を持っているメーカー同士なので、コラボというのも説得力があります。

Superiorというモデル名からも伺えるように、今作はあくまでQDCのモデルとして登場しており、Fitearはサウンドチューニングなどのデザイン面で関わっているようです。FitEarのラインナップを見ると、10万円を超えるカスタムIEMに集中しており、今回のようなカジュアルに使える普及価格帯のユニバーサルモデルは存在しないので、そのギャップをQDCの生産力で補う狙いもあるのかもしれません。

通常版のQDC Superior

QDC Superior EX

前回試聴した13,000円のSuperiorはプラスチック製ハウジングで、手触りは明らかに低コストだけれども音は想像以上に良いというのがセールスポイントだったわけですが、今作Superior EXは値段が3万円へと倍増したことで、ハウジングがアルミ金属製になり、かなり重厚感のあるデザインになりました。表面処理の質感や組付けもシンプルながら非の打ち所がない一級品です。

全体的なフォルムはSuperiorとほぼ同じで、シングルダイナミック型なのでマルチドライバーの上級モデルと比べると一回り小さいシェルに、QDCがカスタムIEM製造で培ってきた立体的な形状のおかげでフィット感は良好です。金属製でも重さは感じさせず、むしろ密度が増したおかげで遮音性が良くなったように思います。唯一の欠点があるとするなら、装着時にヒヤッと冷たいということだけでしょうか。

QDC Emperor

高級感が凄いです

次にEmperorの方ですが、さすがに50万円というだけあって高級感に満ちあふれています。

ラメの入ったグレーのシェルにMOPのフェースプレートと金色のトリムが、かなり派手ではあるものの、デザインとして上手くまとまっていると思います。こういった立体的なフェースプレートは安価では真似できないということは素人目でも伝わってきます。

サイズはずいぶん違います

両者を並べてみると、同じIEMイヤホンでもシェルハウジングのサイズが大幅に違うことが実感できます。

Superior EXの方はShureなどからでも問題なく移行できるような、コンパクトに耳穴に収まるサイズなのに対して、Emperorは装着時もかなりの厚さと存在感があります。ただし、どちらも耳穴に入る部分のフィット感は素晴らしく、私の耳ではEmperorでも大きいと感じることはありませんでした。

ノズル

付属イヤピース

どちらも出音ノズルは比較的短いタイプで、保護グリルも付いているので、社外品イヤピースとの対応も良好です。私も今回Azla、Radius、Finalなど色々なイヤピースを試してみましたが、なんだかんだで結局付属品の地味な黒いやつに戻りました。形状はFinalのやつに近いです。

ケーブル

付属ケーブルもやはり価格差なりにコストのかけ方が違います。どちらも2PIN着脱式ですが、Superior EXは3.5mmタイプのみ付属しており、純正4.4mmバランスケーブルも別売しています。私は今回このバランスケーブルを主に使いましたが、後述するSuperior EXのサウンド傾向を踏まえると3.5mm付属ケーブルでも十分良いと思います。

ケーブル自体は安価なビニールっぽい素材ですが、そこそこ柔軟で、しかもY分岐以降はツイストや編み込みではないストレートな外皮なので、クセがつきにくく優秀です。

Emperorのみ交換可能です

Emperorのケーブルは高価なモデルだけあってコネクターの根本から3.5mm・2.5mmバランス・4.4mmバランスを差し替えることができるようになっています。カチッとロックするので抜け落ちる心配もありません。

ケーブル線材は太い編み込みの見た目からは想像できないほど柔らかくサラサラした質感なので、高級ケーブルにありがちなゴワゴワした取り回しの悪い硬さはありません。

どちらも通常の2PINコネクターなので、社外品アップグレードケーブルの種類も豊富です。

QDCというと特殊なカバー付き2PINコネクター(ピン直径が若干違う)で有名で、前回Anole V14もそのタイプで、ピン互換の社外ケーブルを探すのが面倒だったのですが、今回は普通のタイプです。プロモデルは特殊QDCコネクター、コンシューマーモデルは通常の2PINというふうに分けているのかもしれません。

インピーダンス

再生周波数に対するインピーダンスの変動を測ってみました。参考までに以前試聴したQDC Anole V14とSuperiorとも比べてみます。すべて装着していない状態での数値です。


インピーダンスグラフを見ると、SuperiorとSuperior EXはシングルダイナミックドライバーなので可聴周波数の全域でインピーダンスが極めて安定しており、公式スペックの16Ωにぴったり合っています。グラフがほとんどピッタリ重なっているので、基礎設計を共有している兄弟機であることもよくわかります。それでも実際に聴いてみるとサウンドは結構違うのが面白いです。

Emperorは15ドライバーのハイブリッド型というだけあって、帯域ごとに受け持つドライバー間のクロスオーバーによってインピーダンスに激しいアップダウンがあります。

公式スペックで15Ωということですが、中域の平均はだいたいそんな感じです。最低インピーダンスは1kHzの10Ω程度なので、アンプへの負荷はそこまで厳しくないのは嬉しいです。この前のEmpire Ears Ravenなんかほぼ全域で3Ω以下とかなり厳しい仕様でした。

ちなみにEmperorは1DD+10BA+4ESTなのでダイナミックドライバーを搭載しており、Anole V14は10BA+4ESTなのでダイナミックドライバー非搭載です。それでもグラフを見ると高音のESTの使い方などずいぶん違いますし、Emperorは単純にAnole V14にダイナミックドライバーを追加しただけではないことが伺えます。

音質とか

今回の試聴では、普段から聴き慣れているHiby RS6やAK SP3000を主に使いました。

Emperor & Hiby RS6

さすがにSuperior EXとEmperorを同時に聴き比べても価格差なりの音質差は歴然としているので、ひとまず個別に感想を書いてから双方の位置づけや方向性の違いなどを考えてみようと思います。

まずEmperorの方ですが、こちらはちょっと意外な鳴り方でした。以前聴いたAnole V14とは根本的に異なるサウンドチューニングという点にまず驚かされます。

Emperorは、端的に言うなら高音の響きが鮮やかな独自色の強いサウンドなので、モニター系のフラットなレファレンス再生を求めて選ぶイヤホンではありません。例えるなら、まるで高級海鮮丼みたいなもので、何らかの基準値に照らし合わせるまでもなく、もう明らかに高価で豪華だと直感で伝わってきます。

価格帯やドライバー構成がAnole V14と似ていても、ここまで明確に差をつけることができるあたりにQDCの技術力の高さを感じます。しかも単純に味付けが違うというだけではなく、Anole V14はプロモニター系を意識させるサウンドで、Emperorは趣味のオーディオに特化した華やかでキラキラしたサウンドというふうに、製品コンセプトに合わせたサウンドの作り込みが実現できています。

初心者の一本目のイヤホンなら無難で万能なものを選んだ方が良いかもしれませんが、このクラスのイヤホンを求めている人であれば、万能モデルでは決して得られない特出したサウンドを探し求めており、そこでEmperorが本領発揮してくれます。

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色々な楽曲を聴いてみたところ、Emperorとの相性が抜群に良いジャンルと、そうでないものに分かれるようです。このあたりも無難なレファレンスモニターとは一味違うところです。

Emperorがとりわけ活躍するのは生楽器の音色そのものの美しさです。ECMレーベルから新譜でFred Hersch 「Silent, Listening」は単独のピアノソロ作品なので、Emperorとの相性が素晴らしいです。

こういったピアノ独奏アルバムは凡庸なイヤホンだと最初の5分くらいで単調で退屈になってしまいがちですが、Emperorで聴くと音色の美しさに魅了されて最後までずっと聴きたくなってしまいます。曲中の展開や、曲ごとの感情的表現の違いが色鮮やかに強調されて伝わってくるため、聴きながら頭の中でストーリーが思い浮かんできます。

実際に録音に収まっている情報以上に魅力を引き出すような効果なので、このあたりが原音忠実のレファレンスモニター系とは異なります。不快な部分を強調せず良い音色に仕上げるには入念な調整が必要だったはずで、そのあたりが高級機としての説得力につながります。

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他にもECMつながりで1983年ジャレットのStandardsなんかもきっと相性が良いだろうと思って聴いてみたら、たしかに凄いです。DSDダウンロード版も最近購入できるようになったので、DAPでも最高の音が味わえます。

Emperorで聴くことで、ピアノがキラキラと輝き、リズムの縦の線がスッキリと揃い、スカッとしたキレのある演奏が楽しめます。ハイハットやシンバルのパシャーンという鳴り方に爽快感があり、ベースもブンブンと元気良く鳴ってくれます。

その一方で、録音ノイズは目立たたず、ジャレットのうめき声も空間的に分離しているため、意識して聴くことも、視線をそらすように無視することも可能です。本当に分離の良いイヤホンというのはこういう芸当ができるため、音楽鑑賞に幅を持たせてくれます。

それでは、なぜEmperorがこのように特別に聴こえるのか、もうちょっと深く観察してみると、やはり普段のイヤホンとは違う特殊効果の存在が感じられます。

まずいちばんわかりやすい例として、中高域に響きが加えられているのですが、それが本来の楽器音よりも手前から聴こえてきます。わかりやすい金属的な反響とかではなく、もうちょっと空間的にも帯域的にも分散している響きなので、録音には含まれていない「演奏者と聴衆の間にある距離や空気感」みたいなものを錯覚させてくれます。

かなり明るい系統のサウンドで、高音も結構派手なのですが、この空気感によるクッションが置かれていることで、とくにピアノやギター、ヴァイオリンなど、輝かしい音色と周囲を取り巻く情景を両方同時に演出してくれるあたりが魅力的に感じるようです。

さらに上の帯域の、たとえばドラムの打撃音などになると、この響きが前後の空気の緊張感を生み出し、まるでフランジャーのような空間位相のズレがスリリングな実在感を錯覚させてくれます。極端に言うなら、スネアがスチールドラムっぽく聴こえるといえばわかりやすいかもしれません。

ようするに、イヤホン自体が芸を披露しているような感覚があります。とくにソロや少人数の演奏では効果的で、演奏そのものが新鮮で目覚ましく、優れているように聴こえてきます。リズムのノリも良いため、ジャズ以外でも、クラシックならソロリサイタルなんか良いですし、リズム中心のロックやソウル、歌手なら荒っぽいシャウト系などと相性が良いです。ゆったりとした温厚なサウンドとは真逆なので、カジュアルに聴き流すには向いていません。

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PentatoneレーベルからMarek Janowski指揮Dresdner Philharmonieのハイドン天地創造を聴いてみました。

演奏の素晴らしさもさることながら高音質DXD録音です。DXDで販売しているレーベルは簡素な室内楽やソロ録音が多かったり、演奏のレベルが伴っていないことが多いのですが、今作は世界クラスの優秀なオケに、ソロ歌手と合唱を含む大規模なオラトリオ演奏を最先端の音源フォーマットで堪能できる稀な機会です。

今作ような大人数の楽曲はEmperorではあまり上手くいきませんでした。非常に高レベルだけれど、なにか違和感が残るような鳴り方です。

まず歌唱に集中すると、ソプラノ、アルト、テノール、バスという四帯域の不均一さが目立ちます。音量のレベルでいうとフラットなのですが、先ほど言ったような高音の前面に来る響きが目立つため、ソプラノだけ響きが多く、女性でもアルト以下の声域の歌手では消極的になり詰まったような鳴り方です。

歌唱の下で支える伴奏の中低域もこもった感じで、全体的に録音中のコンサートホールの響きとイヤホン自身が生み出す響きが重なってしまいヌケの悪さがあります。

ヴァイオリンは透き通って綺麗に、伸びやかに鳴ってくれて、しかし金管はソワソワして落ち着きが無く、ティンパニは叩いた後に残留する響きが前に出すぎているなど、楽器ごとに受け持つ帯域や、録音マイクの距離感など、一つのオーケストラの中でもパートごとに良し悪しが結構変わってしまうあたり、やはりモニターとは違う、宝石のきらめきのような扱いにくいサウンドです。

Superior EX & Hiby RS6

せっかくのDXD録音なのだからEmperorで聴くべきだろうと思うところですが、今作は意外とSuperior EXの方が楽しめました。そんなわけで、続いてSuperior EXのサウンドについての感想です。

どちらがオーディオとして高級かと問われたら明らかにEmperorだと断言できますが、それでも、このDXD大編成クラシックを最初から最後まで通して聴くとなると、私ならSuperior EXの方を選びます。他にも50年代の古いジャズ録音など、Superior EXとの相性が良いと思えたジャンルも多いです。

Superior EXのサウンドはかなり温厚で丸みを帯びています。低音が豊かですが、ドスドスと重低音で鼓膜を圧迫するのではなく、中域以下がかなりバランスよくスムーズに厚みを持たせているような仕上がりです。そのため聴き疲れしにくく、音圧に翻弄されずに演奏の流れをゆったりと楽しむような聴き方ができます。

Superiorと比べると、Superior EXの方が落ち着いていて、帯域の統一感があり、音楽全体が自然にスッと入ってくるような余裕を感じます。Superiorはもうちょっと派手さや刺激も含んでおり、つまり中華系の低価格イヤホン市場を意識したサウンドチューニングというか、イヤホンオーディオの魅力を体験したい初心者にとって最適な音作りだと思いますが、それと比べてSuperior EXはどちらかというと玄人好みというか、色々なイヤホンを持っている人の方がメリットを実感できるサウンドです。とくにアルバムを何枚も通して聴いたり、作業用BGMとして使うなど、長時間ずっとイヤホンで音楽を聴いている人なら、Superior EXは疲労感や少ないので向いていると思います。

それでも地味で退屈なサウンドというわけではなく、Superiorと同様に高音側の細やかさも十分にあり、音色そのものの厚みや太さに対して響きはそこまで強くないため、音のフォーカスが甘いとか緩いといった感覚はありません。音の厚みは金属ハウジングが貢献していると思いますが、金属っぽいキンキンした響きが目立たないあたりはさすがQDCとFitEarの技術力の高さが実感できます。

ではSuperior EXの弱点はというと、まずシングルドライバーということもあり、全体の統一感が強いため、逆に言うと、個々の楽器の分離は強調されません。空間配置が全体的に比較的遠い距離感にあり、前後の奥行きはあまり感じられない平面的な聴こえ方です。

マッチングが優れているため、空間が左右だけでなく前後上下も同じように広いのは優秀です。たとえばオーケストラを上階席で聴いているような感覚で、この価格帯のイヤホンとしては空間のスケールの大きさや音場の広さが得られるものの、歌手もヴァイオリンもティンパニーも同じ距離感の平面に置かれているような感覚です。

前後の分離が弱いため平凡で退屈にも感じますが、このおかげで、特定の帯域だけ刺さるように迫ってくるとか、低音だけが鼓膜の間近で圧迫するということが無いため、不快感の少ない自然な聴き方ができるあたりは優秀です。もっと分離の良さや派手さを求めているなら、やはりハイブリッドマルチドライバーの方が良いと思いますが、しかし3~5万円あたりのモデルではドライバー間の統一感の悪さやクセが目立ってしまいがちで、第一印象は良くても長時間の使用では耳障りになってくることが多いです。その点Superior EXのような優れたシングルダイナミックの方がメリットが大きいです。ハイブリッドマルチドライバーで全体的な満足度を得るためには、やはりEmperorのような超高級モデルに目が移ってしまいます。

ジャズのアルバムを聴いてみると、高音のキラキラ感は控えめで、ベースのリズムを中心にグルーヴ感主体の聴き方になります。響きの管理は優秀なので、リズム感が埋もれることはなく、ドラムも派手に発散せずにカチッとしたタイムキープが実現できているため、ベースと中域のコードで音楽が前に進む感覚を楽しめます。クラシックのオーケストラと違い、こちらは演奏者の相対的な前後の奥行きはそこまで重要ではないため、とても快適です。試聴に使ったECMのソロピアノアルバムでも、ECMらしい空間音響とピアノ本体が喧嘩せず、どちらもリスナーから離れた位置で広く豊かに展開してくれます。さらに古い録音ではテープノイズやステレオ位相の違和感などを感じさせず、演奏に集中できます。

系統としては、同じシングルダイナミックのShure SE215SEの粗さやダイナミクスの狭さが改善された上位互換という感覚があり、他にもFinal A5000やゼンハイザーIE600が好きな人なら気に入ると思います。Superior EXはダイナミックでリズム感に芯が通った鳴り方なのに対して、A5000はもうちょっと流れるような柔らかさや繊細さを重視しています。IE600は音抜けが良く全体的に一枚上手だと思いますが、遮音性がそこまで高くないので、屋外で使うならSuperior EXの方が良いです。私にとってIE600は自宅で寝るときなど屋内専用になっています。

さて、そんなわけで、Superior EXとEmperorをそれぞれ個別に聴いてみたところ、親しみやすいSuperior EXと比べてEmperorはサウンドの個性が強く、好き嫌いが分かれそうなモデルです。

しかし、比較的安定した枠組みの範囲内に収まっているSuperior EXに対して、Emperorはスポーツカーのようなチューニングの余白が残されているポテンシャルが感じられます。そのため、ケーブルやアンプなど上流に手を加えることでサウンドの変化が大きいのも、オーディオファイル向けハイエンドモデルの特徴だと思います。そのため今回Emperorのサウンドを自分好みに調整できるか色々と試してみました。

ケーブル交換

まずケーブルについては、一般的な2PINタイプなので選択肢が豊富なのは幸いです。Emperorは高音の響きが顕著なのに対して中域が地味なのが難点だと思ったので、中低域の厚さを増強するために極太の銅ケーブル(Effect Audio Code 23)を使ってみたところ、これはあまり上手くいきませんでした。

高音がロールオフされてマイルドになることを期待していたのですが、むしろ逆に、高音はそのままで、中低域も高音と同じように響きが前に出てきて混雑してしまうという本末転倒な結果となりました。

他にもケーブルを色々と試してみたところ、むしろ線の細い銀ケーブルなどで音色そのもののキラキラ感を強めてイヤホンによる響きの強さを抑える方が効果的でした。

据え置きアンプ
アンプに関しては、身近にあるポータブルDAPではどうしても上手くいかず、結局Ferrum Audioの据え置きシステムで鳴らすのが最善でした。パワーはそこまで必要でないので、アナログアンプOORではなくDACアンプのErco G2が良いです(4.4mmなのも便利です)。

優れたアンプなのでイヤホンでもノイズは目立たず、据え置きらしくスケールの大きい鳴り方がEmperorの派手さに余裕を持たせてくれて、もっと長時間聴いていられるようになりました。

もちろんこれらが最善の回答というわけではなく、他にもケーブルやアンプには様々な選択肢があります。肝心なのは、Emperorは非常に高価なモデルだから、それを買うだけで完璧なサウンドが得られるというわけではなく、むしろ高価なモデルだからこそ、ユーザー側にも自分の求めているサウンドを実現するための試行錯誤とノウハウが求められるようで、このあたりがハイエンドオーディオの趣味としての面白さです。

おわりに

今回はQDCから3万円と50万円のモデルを聴き比べてみたわけですが、結論として、安い方が必ずしも劣っているわけではなく、ベテランのイヤホンユーザーでも両方に利用価値が見いだせるように思いました。QDCらしい一貫したサウンドシグネチャーというよりも、ドライバー構成や価格帯に応じて、想定されるユーザー層をしっかりと把握して、臨機応変にチューニングを仕上げているあたりにメーカーの腕前を実感できます。

Superior EXはFitEarが貢献しているということもあってか、低価格帯で乱立する昨今の中華イヤホンとは一線を画する落ち着いた完成度の高さを実感します。すでにハイエンドイヤホンを持っている人でも、ぜひSuperior EXでアルバム一枚を通して聴いてみれば、最初は厚くて見通しが悪いと思えても、時間が経つにつれてクセや疲労感の少なさを体感できると思います。

Superior EXを自動車に例えると、スポーツカーを乗りこなす人が選ぶ低価格小型ファミリーカーといった印象です。出力や俊敏さは重要視せず、それよりも剛性や路面のレスポンスが高く、長時間でもストレスなく運転できる車のようです。初心者は運転ストレスをまだ理解していないので、スペックや派手さを求めて、あたかも自分がプロになったかのように錯覚しがちです。

逆にEmperorの方は、自分の求めているサウンドを実現するにはアンプやケーブルなどで相当な試行錯誤が必要なモデルですが、そのあたりが超ハイエンドを象徴しています。ストックのまま自前のDAPで鳴らしてすぐに理想的なサウンドが得られる人も一定数いると思いますが、そうでなくとも、あれこれと試行錯誤することで相当な伸びしろがあります。

私の場合は据え置きアンプで鳴らすことで良い結果が得られたものの、同じような体験をポータブルでとなると様々なDAPを試してみることになり、そういった趣味の泥沼に入ってしまうあたりがまさにハイエンドです。最近試聴したEmpire Ears RavenやVision Ears VE10などの高級機も、それぞれチューニングのスタート地点が違うだけで、Emperorと同様に、システム全体での組み合わせで理想のサウンドを模索するポテンシャルを秘めています。

余談になりますが、この状況をヘッドホンに例えてみるとわかりやすいかもしれません。

特に私の場合はスタジオモニター系ヘッドホンが好きで、普段から多用しているため、ベイヤーDT1770PROを筆頭に、DT880、Austrian Audio Hi-X60、ADAM SP-5、Fostex T60RP、オーテクR70xなど、良いと思ったモデルをつい購入してしまいます。

いわゆるモニター系として音の解像力やレンジの広さなど完璧に満足できているため、結局、自分のコレクションはこのようなモニターヘッドホンばかりになってしまいます。相場としては10万円以下で素晴らしいモデルがたくさんあります。

あまり自分が好きなジャンルだけ集めても仕方がないと思い、最近はヘッドホンでも個性的なモデルもあえて意識するようになりました。しかし安直に選んでも、ウッドハウジングや金属ドライバーなどの響きが強すぎてサウンドを覆い隠してしまうようではどうしようもありません。

個性的でありながら潜在能力が高く、ケーブルやアンプなどで自己流の理想を目指せるヘッドホンとなると、Focal 、Abyss、Dan Clark、Hifimanなどの最上級モデルに行き着いてしまいます。そのあたりが今回のEmperorと通づる部分を感じます。同じQDCでも、以前聴いたAnole V14は私が好きなモニターヘッドホンと同類の感覚があり、そういう好みのサウンドのモデルばかり欲しくなる一方で、Emperorのポテンシャルに賭けてみたいという気持ちも湧いてきてしまいました。


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