2017年1月19日木曜日

Audeze iSINE イヤホンのレビュー

米国のヘッドホンメーカーAudezeから、平面駆動型ドライバを搭載したイヤホン「iSINE10」「iSINE20」を試聴してきました。

Audeze iSINE

Audeze社といえば、50万円もするLCDシリーズを筆頭に、ハイエンド価格帯にてユニークなヘッドホンを展開していることで有名ですが、最近ではカジュアル路線の「EL-8」や「SINE」といった小型ヘッドホンも続々リリースしています。

今回のiSINEというモデルは、Audezeが誇る平面駆動型ドライバを、コンパクトなイヤホンサイズに詰め込んだ画期的な商品です。この巨大な開放型ハウジングを、そもそも「イヤホン」と呼んでよいのか不明ですが、どんな音がするのか気になる存在であることは確かです。試聴するだけのはずが、結局iSINE20を買ってしまいました。


iSINE10・iSINE20

米国のAudeze社は平面駆動型ドライバを搭載する高級ヘッドホン「LCD」シリーズが有名ですが、同ドライバ技術を応用した低価格ラインナップも数年前から展開しています。

現行最上級で約56万円のLCD4

LCDシリーズもバリエーションが増えました

中堅モデルのEL-8

コンパクトヘッドホンSINE

2015年の「EL-8」に続き、2016年には小型オンイヤー密閉型ヘッドホン「SINE」が登場し、注目を集めました。

当時「iPhone 7では3.5mmイヤホンジャックが廃止されるかも」という噂が物議を醸していた頃だったので(そして実際に廃止されましたし)、それを見越して、Lightning端子に接続できるDAC内蔵ケーブルをSINEに同梱したAudezeの判断は、かなり先見性があったと思います。

iPhone用DAC内蔵ケーブルCIPHER

その判断が功をなしたのか、EL-8とSINEの二機種は世界中のアップルストア店舗に置かれるようになり、アップルのBeatsなどと並んで、一躍有名なヘッドホンブランドの仲間入りを果たしました。

そんな激変の一年を経て、多くのメーカーであれば、次はチープなメインストリーム系に路線変更するのかと思いきや、さすがAudezeは一筋縄ではいかないメーカーです。SINEヘッドホンの経験を活かして、よりコンパクトで、より鳴らしやすく、より開放的な新型イヤホン「iSINE」を発表しました。

iSINE10(左)とiSINE20(右)


2017年1月のリリースでは、「iSINE10」と「iSINE20」という二つのモデルが登場しました。価格はそれぞれ約55,000円と85,000円ということで、iSINE20の方が上位モデルという扱いです。

iSINE10(左)とiSINE20(右)

両モデルの外観はほとんど一緒ですが、iSINEは本体とドライバが黒で、iSINE20は金色なので見分けがつきます。ケースやケーブルなどの付属品はどちらも同じものが入っています。

米国公式サイトを見ると、両者の違いはそこまで強調されておらず、周波数特性や歪み率なんかのカタログスペックなんかも一緒です。

iSINE10が16Ω、iSINE20が24Ωと唯一インピーダンスのみが異なり、メーカーの説明によると、iSINE20の方が解像感があり、中域がよりスムーズだということです。例としてLCD2とLCD3の違いを挙げていました。

実際、両モデルで結構な価格差があるのですが、そこをあえて数値化せず、リスナーの判断に任せるところが面白いですね。日本のメーカーとかだったら、低価格モデルは申し訳程度に周波数特性やTHDをわざと悪く書いたりするのものです。

追って2017年4月頃には、このイヤホンシリーズの最上級モデルとして、フレームが金属になり、ドライバはLCD4と同じ技術を搭載した「LCD-i3」というモデルが登場するそうです。予価が米$2,500(約30万円)ということなので、一体どんなサウンドになるのか興味がわきます。

そもそも、平面駆動型ドライバというと、平面で巨大な出音面のおかげで、従来のドーム型ダイナミックドライバと比べて駆動がよりリニアになり、音波が歪まない、という利点が主張されています。

今回iSINEに登載されている小型30mmドライバであっても、LCD4の大型106mmなんかと同じ利点が得られるのか半信半疑だったのですが、Audeze社が他社のダイナミック型やBA型イヤホン勢と比較測定をしてみた結果、iSINEはそれらと比べて歪み率が10倍ほど低く優れていることが実証できたそうです。ドライバ特性のみでなく、ハウジングが開放型ということで、無駄な音響が発生しないということも貢献しているみたいです。

ちなみに、iSINE10とiSINE20の価格差は、具体的になにが違うのかというと、同じ30mmドライバでも、高価なiSINE20の方がドライバのボイスコイルパターンがより繊細な形状になっており、振動板上のより広い面積をカバーしているため、製造コストが高いのだそうです。iSINE20の方が立ち上がりのレスポンスが速くなり、振動板をより正確にコントロールできるようになります。

米国Audeze公式ショップでは、一般的な3.5mmステレオアナログケーブル付属タイプと、プラス$50でアップルLightningケーブル用DAC内蔵「CIPHER」ケーブルを追加したタイプが販売されていますが、日本ではいまのところ両方のケーブルが付属しているモデルのみが売られているようです。

3.5mmヘッドホンジャックが廃止されたiPhone 7のために開発されたCIPHERケーブルは、軽量シンプルながら、そこそこの高出力と高音質が得られるので、DAPやポタアンを持ち歩く手間を考えると、iPhone直挿しで済むため結構実用的なオプションです。

ちなみに、CIPHERデジタルケーブルケーブルと3.5mmアナログケーブルを交互に聴き比べると、意外と音が違うことに気づくと思いますが、Audezeによると、CIPHERケーブルではデジタル→アナログ変換の際にDSPを通すので、その時点で若干のDSP補正を行っているそうです。イコライザーというよりは、ドライバのクセを相殺するための微妙なチューニング的なものでしょう。

アナログケーブルの場合は、合わせるDAPやアンプによってサウンドが変わるのは当然なので、結局どれが正しいかというよりも、聴き比べてみるのが一番良いことには代わりありません。

Androidユーザーにとっては、CIPHERケーブルと同様のAndroid用DAC内蔵ケーブルを願っている人も多いと思いますが、今のところ開発中で、まだ発売の目処が立っていないそうです。Androidの場合、最近普及しはじめたUSB Cタイプインターフェースによるオーディオデバイスの標準規格がまだ公開されていないので、それが確立されるまで、適当なものを出しても互換性トラブルが避けられず、様子見中だそうです。

VRヘッドセット用のiSINE VRもあるそうです

また、先見性のあるAudezeらしく、Occulus RiftやHTC VIVEなどVRヘッドセットと接続するための、「iSINE VR」というモデルも登場しています。CIPHERケーブル同様、こういうトレンド系のやつは、とにかく出したもの勝ちですね。

パッケージ

写真はiSINE20のパッケージですが、iSINE10も同じものだと思います。化粧箱はまさしくアップルストアで展示してあっても恥ずかしくないような超高級クオリティを誇っています。

カッコいいパッケージです


透明なプラケースに入ってます

上蓋を開くと、中には本体と付属ケースが透明なプラスチックショーケースの中に陳列してあります。ここまでゴージャスだと圧巻ですね。

豊富なアクセサリ類

付属ケースの中には色々とアクセサリ類が入っています。3.5mmアナログケーブル、CIPHERデジタルケーブル、シリコンイヤピース各種、イヤーフック各種、クリーニングブラシと、USBメモリースティックの中にマニュアル類があります。イヤピースはシリコンのみでコンプライ系のスポンジは無いみたいです。

イヤホン収納部はこうやって分離でき・・


付属ソフトケースに収納できます

裏側はこうなっているので、イヤホンが外せなくなることはありません

特に素晴らしいアイデアだと思ったのは、イヤホン本体が収納されているパッケージ部分が取り外しできて、付属のソフトケースと合体できるようになっています。ケーブルはこのプラスチック枠にグルグル巻きつけることができますし、本体もしっかり保護されるので、とても堅牢な収納ケースになります。

ちなみにこのケースですが、一つ残念な点があるとすれば、付属している二種類のイヤーフック(後述します)のうち、大型の硬いタイプを装着している場合は、ケースに収納できない、という間抜けなデザインです。小さいシリコンタイプのイヤーフックを装着時は、そのままケースに入ります。

デザインと装着感

iSINE本体はイヤホンとしては規格外に大きいですが、プラスチック製なので、20グラムとけっこう軽量です。手に持ってみて「重い」とは感じませんでした。一般的なイヤホンよりもちょっと重くて、金属製のマルチBA型IEMとかよりも軽いくらいです。

明らかに開放型っぽいデザイン


ハウジングはかなり奇抜な近未来的デザインですが、同社の大型ヘッドホンEL-8と同様に、自動車メーカーBMW「Design Works」社に依頼したそうです。プラスチックなので、ズシンとくる高級感は無いものの、表面の綺麗なコーティング処理や、中心のメタルエンブレムなど、上品に仕上がっていると思います。

Campfire Audio Andromedaと比較すると、その大きさが実感できます


イヤホンというより、PortaProに近いサイズ感覚です

装着感はまさに「開放型」と言える爽快さで、これまで使ってきたどんなイヤホンよりも、耳栓のような圧迫感や、蒸れる閉鎖感がありません。「何も装着していないような」感覚が得られるため、肝心のサウンドを聴く以前に、まず絶妙な装着感に驚いてしまいました。

イヤーフック式なので、耳の個人差によって合う人と合わない人がいると思いますが、上手なフィットを得られれば、ヘッドホンでもイヤホンでも味わえないような不思議な「開放感」が体験できます。

いわゆるこういったスポーツイヤホンと同じ系統ですね

イヤーフックというと、なんだか面倒くさそうに思う人もいるかもしれませんが、そもそも一般的なIEMイヤホンでもケーブルを耳にかけますし、フィリップスとかのジョギング用スポーツイヤホンとかでも、この手のデザインは多いですので、装着時の「外れにくさ」や安定感はアスリートによって実証済みです。

シリコン(左)と硬いプラスチック(右)のイヤーフック

付属のイヤーフックは大きなプラスチック製のタイプが二つと、小さいシリコンゴム製のやつが二つ入っています。

大きなタイプは硬いプラスチック素材で、メガネのツルみたいに耳の外にかけるタイプです。透明と黒の二種類が入っていますが、どちらもサイズや装着感は変わらないようでした。

硬いタイプのイヤーフック

ひとつ感心した点は、イヤーフックの耳掛け部分が耳の付け根ピッタリというよりは、5mmほど頭から離れた位置にフックされるため、メガネの人でも、メガネのツルとぶつからないくらいスペース余裕があります。

シリコンタイプはBOSEっぽいです

小さなシリコンの方はBOSEみたいに耳穴の上のくぼみにはめ込むタイプです。これはフニャフニャなので、きっと安定感は悪いだろうと思っていたのですが、いざ装着してみたら、魔法のように自然にピタッと収まり、クビを左右にブンブン振っても一切はずれなかったので、びっくりしました。

BOSEイヤホンを使い慣れている人なら、この感覚がわかると思います。大小二種類が付属していますが、耳穴周辺の形状によってフィットに個人差はあると思います。

EARLOCK BY SUREFIREと書いてあります

ちょっと面白い情報ですが、Audeze社のすぐ近所に、シュアファイア社という米軍や警察などが使っている懐中電灯や無線インカムを製造しているメーカーがあるそうです。

その会社で作っている通信イヤホンのイヤーフック「EARLOCK」がとても快適で、外れにくく過酷な条件でも耐えうるノウハウを熟知していたため、今回iSINE用にライセンス契約を結んでデザインを採用したのが、このシリコンタイプのやつだそうです。

ところで、付属の収納ケースの項でも指摘しましたが、大型プラスチックタイプのイヤーフックを装着している状態では、収納ケースに入りません。シリコンタイプであれば、付けたままで入ります。

どうしてもプラスチックタイプを使いたければ、ケース収納時に毎回フックを取り外すことも考えたのですが、きっとそのうちバキッと壊してしまう予感がしたので、断念しました。

勝手な憶測ですが、多分このiSINEは、開発当初からシリコンイヤーフックを装着することを想定していたのではないでしょうか(シュアファイア社謹製ですし)。ただ、このシリコンタイプは耳形状によってフィットの相性がかなり分かれるので、合わない人もいますし、試聴機とかで大勢の人が使い回す際には致命的です。そのため、だれでもピッタリ合うメガネのツル式のプラスチックタイプを「とりあえず」付属したような気がします。

個人的な感想としては、プラスチックタイプのほうがイヤホン本体が耳に押し付けられる感覚(側圧?)が感じられる一方、シリコンタイプはBOSE同様、なぜ外れないのか不思議なくらい軽快で無負荷です。音質はそこまで変わるわけでもないので、もしサイズがぴったり合うのであれば、シリコンタイプを使ったほうが付属ケースも活用できるので良いと思いました。

イヤピースの穴は大きいので、SpinFit(右)では厳しいです

付属イヤーチップは大中小のシリコンタイプでしたが、穴のサイズが一般的なソニーやゼンハイザータイプよりも大きいので、社外品のイヤーチップだと装着が難しいかもしれません。一応JVCスパイラルドットなどは無理矢理装着できましたが、ソニー純正チップは小さすぎて無理でした。ただ、これらはiSINE付属のチップよりも出音穴が小さいため、サウンドが若干細くなり、ダイナミックさが制限されてしまう印象を受けました。

JVCスパイラルドットはかろうじて装着できました

結局サウンド面では純正シリコンが一番相性が良かったです。そもそも他社のイヤホンと違い、遮音性は重視されていないので、あまりシリコンがピッタリと耳孔に密着している必要も無いみたいです。

イヤーフック無しでも使えますが、安定感は悪いです

イヤーチップを耳奥にグッと入れるタイプではないので、ほぼ本体とイヤーフックのバネ力で維持されていて、イヤーチップは耳孔にそっと置くような感じです。挿入具合によってサウンドが大きく変わることもありません。ホールド感はかなり安定しており、移動中などでも音色やステレオイメージが乱れないことに驚きました。

一応イヤーフック無しの状態でも、通常のイヤホンのように装着できるのですが、軽量とは言え巨大なボディをイヤーチップのみで支えている状態なので、安定感はあまり良くありません。

ケーブル

試聴には、3.5mmアナログケーブルを使いました。Lightning端子のCIPHERケーブルもとりあえず使ってみましたが、個人的にはやはりアナログケーブルでDAPに接続したほうが良い感じです。

CIPHERケーブル(右)の方が若干太いですが、大差ないです

CIPHERケーブルを使おうとしたら、ファームウェアアップデートがありました

CIPHERケーブルも、小さな内蔵DACアンプのわりには十分に健闘していますが、アナログ接続よりも若干音の立ち上がりが鈍り、モコモコした感じで、奥行きが平面的になり、位相のうねりのような違和感を感じます。極端な言い方かもしれませんが、たとえばフルートがヒョロヒョロと「蛇使いの笛」みたいに聴こえることもあります。(SINEヘッドホンの時も同じ印象でした)。

もちろんアナログ接続のサウンドはDAPに依存しますので、相性とかもあると思いますが、ようするに、ある程度上等なDAPを持っているなら、アナログ接続でDAPを使ったほうが良いと思いますし、そうでないのなら、CIPHERケーブルで十分だと思います。

画面下部のスライダーでこれくらいが適正音量なので、ちょっとゲインが高すぎです

それと、CIPHERケーブルは音量ゲインが結構高く、ボリューム調整ステップが大きく、微調整が出来ないため、困ることもありました。録音レベルが低い高音質クラシックとかでもボリューム30%くらいで自分にとっての適性音量ですし、ポピュラー系アルバムだと、ミュート状態からワンステップ上げただけで十分な音量だったりします。もうちょっとリモコンで細かい音量調整ができると便利だと思いました。

3.5mmアナログケーブル

いわゆる2ピン端子なのが嬉しいです

ちなみにケーブル着脱は、SINEヘッドホンでは変なL字型端子を採用していたため、社外品ケーブル交換は現実的ではなかったのですが、今回iSINEでは一般的なカスタムIEMタイプの2ピン端子を採用しています。

社外品2ピンケーブルも無事使えました

ためしに、普段Unique Melody Mavisで使っているNobunaga Labsのバランスケーブルを接続してみたところ、問題なく使えました。ちゃんとプラスマイナスを間違えないよう切り込みもあります。ケーブルは耳掛けワイヤーが不要なので、装着感を気にせず気楽に色々な社外品アップグレードケーブルを試してみることができます。タッチノイズも気になりません。

付属品のケーブルはSINEヘッドホン同様に、きしめんタイプの太くて硬い形状なので、IEM用のスルスル手触りが良いケーブルに交換するメリットはあります。また、バランス化が容易なのも嬉しいですね。

音質面では、バランス端子用銀メッキOFCケーブルに交換しても、そこまで大きく音が変わるようなこともありませんでした。若干高域が増えているかな、という程度で、とくにバランス接続にしてもあまり大きなメリットは体感できなかったです。

世間一般の細くて貧弱なIEMケーブルの場合、付属ケーブルがけっこうショボくて、社外品に交換することで極端な変化を感じるものも少なくないですが、それらと比べてiSINEの付属ケーブルはそこそこ優秀なのでしょう。

ちなみに2ピン端子ということは、付属のCIPHERケーブルを他のIEMに接続することも可能ですが、音質に関しては、DAC回路がiSINE専用にチューンされていると思うので、相性問題とかがあると思います。

音漏れと遮音性

ところで、iSINE発表時のニュースを見た際、まず最初に思ったのが、「これ、一体どんな時に使えばいいんだ?」という素朴な疑問でした。

イヤホンということはポータブル用なわけですが、見るからに開放型ハウジングなので、きっと音漏れが酷くて外出先では恥ずかしくて使えないだろうと想像していました。電車内でPortaProとかを堂々と使えるくらい度胸のあるアメリカ人向けかな、と自分の興味対象から外れていました。

しかし、実際に使ってみると、驚くほど音漏れが少ないです。普段どおりの適正音量でリスニングしていても、音漏れは一般的なイヤホンと同じくらいか、むしろ少ないくらいです。アップルの白いイヤホンみたいに高音がシャカシャカ漏れるわけではないので、周囲の人へ与える不快感も少ないです。自分の隣で友人が試聴していたときも、一体どんな音楽を聴いていたのか一切聴き取れなかったくらいでした。

ただし、その一方で、遮音性はとても悪いです。つまりiSINE装着時でも、周囲のノイズはそのまま普段通りに聴こえてしまいます。装着している状態で普通に他人と会話できますし、ほぼ何も付けていない状態と同じです。試しに電車で使ってみましたが、使い物になりません。静かな路地とかで散歩がてら使うには、事故防止という意味でも、ちょうど良いかもしれません。

ようするに、自宅やオフィスなど、静かな環境で音楽を聴く分には、周囲に迷惑をかけずに快適なリスニングができるのですが、通勤電車や大通りなど、環境ノイズが激しい場所では、音楽が外来騒音に負けしてしまいます。そういった場所で過度にプレイヤーの音量を上げてしまうと、もちろん音漏れも発生しますし、耳も悪くしてしまいます。

たぶん本当の意味での開放型サウンドを味わうために、わざとこう仕上げているはずなので、それで良いと思っています。あえて遮音性を優先してガチガチの密閉型ハウジングで耳栓みたいな音響設計にしてしまったら、Audezeである意味がなくなってしまいます。

そういった意味では、密閉型のAudeze SINEや、Oppo PM-3などは、たしかに優秀なヘッドホンだとは思うのですが、密閉型であることによるデメリットも拭い去れません。

音質とか

今回の試聴には、普段使い慣れているCowon Plenue Sを使いました。バランス接続ではなく、iSINE付属の3.5mmケーブルです。

Plenue Sで聴きました

前作のSINEヘッドホンは駆動能率がかなり低く、スマホやDAPなどでは十分な音量が取りにくかったのですが、今回のiSINEは一般的なイヤホンと同じくらい容易に駆動できました。

SINEの場合、Plenue Sはハイゲインモードでボリュームを80%くらいに上げる必要があったのですが、iSINEでは60%くらいで十分でした。iSINE10とiSINE20でインピーダンスが異なりますが、両者の音量はそこまで大きく異なるわけでもなく、どちらもDAPで十分に鳴らしきれます。

つまり、駆動力が心配だからという理由だけでインピーダンスが低いiSINE10を選ぶ必要は無いと思います。

iSINE10・iSINE20のどちらも、装着感がとても快適なことに驚きましたが、それはただ耳のフィット感が良いとか、イヤーチップがピッタリ合うからとか、そういった「良いイヤホン」レベルの理由だけでありません。

装着してみるとわかるのですが、iSINEはいわゆるイヤホン的な「耳栓」感覚が無く、耳元に感じる空気に違和感がありません。また、ヘッドホンのような側圧や、イヤーパッドがベッタリ蒸れる感じもありません。装着した状態でも、周囲の環境音(騒音)も自然に聴こえるため、脳の感覚的な部分で、不快感や疲労感が少ないです。

私の場合、たとえばオペラなど、2~3時間もあるようなアルバムでは(とくにあまり気に入らないアルバムの場合)、ヘッドホンリスニングの場合だと、やはり終盤までくると「忍耐勝負」というか、はやく不快なイヤホン・ヘッドホンを外したいというイライラに負けてしまいます。スピーカーリスニングで全幕通して聴ける録音も、イヤホンだと前半後半にわけて休憩が必要です。

そんなスピーカーリスニングのように、イヤホンの存在をあまり気にしなくてもよいということが、iSINEの一番の魅力だと思います。現に、これを書きながら3時間くらい音楽をガンガン聴いていますが、まだ外したいという気分にはなっていません。

そういった意味で、iSINEのデザインは、いわゆるハイエンドなIEMイヤホンともヘッドホンとも違う、特別な存在だと思います。たとえばアップルの白いイヤホンとか、フィリップスやソニーの2,000円くらいのイヤホンと同じくらいストレスフリーな世界です。

開放的といえば、ソニーMDR-F1と、STAX SR-002

それでいてイヤホンと比べるとドライバが大きいので、静電駆動型STAXのイヤホンSR-002とかに近いですし、強いて言えばソニーのMDR-F1やMDR-MA900みたいな、耳元を大きく空けた開放型ヘッドホンと似た雰囲気が得られます。

Audezeの上位機種LCDシリーズも開放型なんだから、それも同じじゃないのか、と指摘されるかもしれませんが、実は私自身LCDシリーズをあまり好きでない理由が、「開放型のくせに、密閉型っぽい」と感じるからです。

LCDやEL-8ヘッドホンは、大型の平面駆動ドライバが耳元間近に配置してあり、その周囲には分厚いレザーパッドが顔にピタッと貼り付いているため、耳とドライバとの間の空間に余裕が無く、通気性も悪い、密閉空間と言えます。それと比べてiSINEはこれまでのAudezeヘッドホンよりもはるかに開放的なので、そのギャップに驚いたというわけです。

どちらも優秀です

肝心のサウンドについてですが、iSINE10とiSINE20のどちらも、小さなドライバでAudezeの巨大な平面駆動ドライバサウンドをしっかりと体現できていると思います。

Audezeの平面駆動サウンドというのは具体的にはどんなものかというと、私にとっては、まず濁りが無く透明感があり、過度な派手さを控えて、音像の定位がピタッと安定しているサウンド、という印象があります。

他社の多くのヘッドホンの場合、金属的な響きや、低音のブーストなどで、技術的な味付けをすることを主体においた設計のモデルが多いですし、それはそれで、そういった音響効果だと思えば悪いことではないです。一方Audeze iSINEの場合は、そういった効果が限りなく排除されたサウンドなので、金属的な響きの艶やかさも「無い」、低音が体にズシンとくるパンチも「無い」、前方に広がる奥行きのある音響効果も「無い」、といった感じで、非常にシンプルを貫いているサウンドです。

「驚異的な透明感を誇るサウンド」なんて言うと大げさに聴こえてしまうかもしれませんが、実際そんな表現が一番的確だと思います。

これは良い意味にも悪い意味にも当てはまるので、そこが難しいところです。なぜかというと、iSINE10・iSINE20のどちらも、録音のクオリティを極端にさらけ出すようなリスクを感じるからです。

普段聴き慣れているアルバムでも、iSINEで聴くと「このアルバムって、こんなにベタッとした退屈なサウンドだったっけ」と落胆することもあれば、「このアルバムって、こんなにきめ細かい情報が詰め込まれてたっけ」と喜ぶこともあります。つまり録音ごとのサウンド「クオリティ」の違いが極端に明らかになります。

ただし、これは録音されている「音響」の良し悪しに対して敏感なだけであって(つまり空間の響き、倍音、定位、位相、マイク位置、ミックス、とか)、それとは別に、バックグラウンドノイズ、観客の咳払い、椅子のギシギシなど、いわゆる録音の悪い部分ばかりを強調する「アラ探し」みたいな方向性ではないので、わざわざ音楽の楽しみを台無しにするほどシビアなイヤホンではありません。

むしろ、出音の歪みが少なく、透明感があるので、音楽そのものには不思議な静寂があります。よく言われていることですが、アタックに「カキン」という金属的な歪みがあるイヤホンの方が、感覚的に「ハイレゾ」っぽく高解像に聴こえたりするのですが、逆に、本当の意味で高解像なサウンドというのは、むしろそういった歪みが無いため、案外質素で薄味に聴こえるものです。iSINEはそんな意味で、とても見通しが良く、地味でシンプルなサウンドです。芳醇なワインでもキリッと冷えたビールでもなく、アルプスの天然水のようなイメージです。

低音も同様に、そこに録音されている情報だけが鳴っている感じで、イヤホン自体がそれ以上に「盛り上げる」ことをしないため、ハウスとかEDMを聴いてもドッスンドッスンというキックドラムが体感できません。そういったジャンルにはあまり向いていないイヤホンだと思います。かなりキックが強烈なアルバムでも、脳内や腹に響くというよりは、むしろ自分の前方で「派手に鳴っているのが聴こえる」といった客観的な聴き方になってしまいます。フィルター的にカットしているわけではないので、「鳴っているはずの低音が聴こえない」ということは絶対ありません。単純に、「ノリが悪いサウンド」といえるかもしれまん。

高音や低音がハウジングで響かないということは、全ての音域の音像が定位置でピッタリと安定しており、音楽全体が耳元から一定の距離で鳴ってくれます。これが平面駆動型の醍醐味なのかもしれません。

ジャンルの相性としては、やはり高音質録音の魅力が引き立ちます。丁寧なアコースティック演奏や、クラシックでも室内楽の四重奏などで性能を発揮しますが、前後の空間分離は狭いほうなので、大編成オケなどだと、なまじ全部が聴こえるため、ちょっと目まぐるしく感じる事もあります。案外ヴォーカル・アルバムでも、最近のシンセを多用している分厚い音響に負けないため、一歩下がった位置から歌手の発声の奥の方まで聴き込めます。

次に、iSINE10とiSINE20の違いですが、さすがに値段が違うだけあって、サウンドにも結構違いがあります。

ただし、iSINE20の方が高価なモデルだから明らかに優れている、というわけでもなく、どちらが好みの音色なのか、激しく意見が別れると思います。

たとえば、私自身は、どちらかというとiSINE20の方が気に入ったのですが、一緒に試聴していたヘッドホンマニアの友人は、明らかにiSINE10の方が良いと主張していました。

具体的には、低価格なiSINE10の方が、高域に派手さが無く、マイルドで温暖な音色です。なんというか、こっちのほうが普段聴き慣れているIE80やT8iEなどダイナミック型イヤホンに近い系統だと思います。(T8iEよりは高域が控えめなくらいです)。

音楽全体のまとまりがよく、ステレオイメージもセンター寄りに聴こえるので、リスナーの目の前でしっかりと鳴っている楽器だけに専念できます。つまり、歌詞を追ったり、ギターソロを聴いたり、なんていうポピュラー音楽らしい聴き方であれば、iSINE10の方が、よりわかりやすく、邪魔が少ないため、相性が良いと思います。

これといって不具合のようなものは思い当たらないので、これのほうが「聴きやすい」と感じる人が多いのも納得できます。もし試聴の際に自分の聴き慣れた曲で「減点方式」「間違い探し」のような聴き方をするのであれば、実はiSINE20よりもiSINE10の方が総合的な点数は高くなると思います。

iSINE10をAudezeヘッドホンで例えると、初期のLCD2のような、素朴で無理のない良さがあります。シンプルながら奥が深い、音楽の奥の方までしっかりと見通せる実力があります。

一方、iSINE20のほうが高域がより多めに出ており、iSINE10の基調音に、響きの豊かさをプラスしているような仕上がりです。さらに、Audezeが言うとおり、アタックのレスポンスが向上していることが感じ取れます。それでいて中低音以下はiSINE10とほとんど変わっていません。つまり、iSINE10をLCD2に例えましたが、だからといってiSINE20がLCD3やLCD4に近いというわけではなさそうです。

iSINE20は高域のおかげで鈴鳴り音や空気感がかなり出ていますし、より一音一音を取り巻く雰囲気が良く現れています。ただし、ピアノ録音とかでは、特に80年代のデジタル録音とかでは、ちょっと過剰にキンキン響くこともあります。(エージングで柔らかくなるでしょうか)。

音場の表現も、どちらも平面駆動型らしい、一歩前に全部があるような間近な音像なのですが、iSINE20の方がより左右に立体的に音像が展開しており、とくに音の残響が伸びていくような響きの空間が広くなっている感覚です。

ただし、やはりAudezeらしく、自分の真横や耳の後ろのほうまで音が響いていくような違和感もあるので、いわゆる前方遠くまで奥行きを見据えるコンサートホール的な音響ではありません。むしろ映画スクリーンのような感じで、iSINE10は古いステレオ音声の映画を見ている感覚で、iSINE20は最新ハリウッドアクション映画をサラウンドで鑑賞しているイメージに近いです。ちょっと落ち着きがないサウンドとも言えます。

では、iSINE10とiSINE20のどちらが優れているかというと、なかなか判断が難しいです。それでもなお、私自身はiSINE20の方が気に入って、買ってしまったのですが、それには明確な理由があります。

その理由とは、単純に、iSINE10は素晴らしいサウンドなのですが「ダイナミック型イヤホンでも探せばありそうなサウンド」だと思えたからです。私自身がすでに持っているイヤホンで言うところの「良い音」とあまり変わらないような印象をうけました。つまり、わざわざ買い足しても、使いどころが思い浮かびません。

それと比べて、iSINE20では、他のイヤホンでは絶対に味わえないような、「未知のポテンシャル」みたいなものを感じました。平面駆動型ドライバっぽいサウンドや空間特性を存分に披露しており、完璧ではないものの、それがこんなコンパクトなサイズで実現できていることに、マニア心をくすぐる魅力があります。

たとえば長期間エージング後はどうなるんだろうとか、他のDAPやアンプを使ったら、ケーブルやイヤピースを変えたら、なんて、なにか「伸びしろ」というか、ポテンシャル的な潜在能力を秘めている予感をさせるサウンドです。

実を言うと、私自身はLCDシリーズの平面駆動型サウンドはあまり好まないので、これまでに一台も新品で購入したことがありません。でも、それは「あの値段では」という意味合いもあるので、実際、iSINEくらい手頃なサイズと価格で楽しめるということには、素直に興味を惹かれます。

では、結局どちらを買えばよいのかというと、iSINE10は「普段自宅のスピーカーや開放型ヘッドホンで音楽を存分に楽しんでいるけれど、IEMイヤホンは装着感が不快だから使いたくない」というような人にとって、とても良い選択肢だと思います。サウンドの仕上がりに目立ったクセも無く、どんな音楽ジャンルも万能にそつなくこなせるので、買って失敗したと思うことはきっと無いでしょう。

遮音性や携帯性などはあえて気にせず、純粋にサウンドのみで検討すれば、この5万円台という価格帯でそうそうライバルとして思い当たる機種も無いですし、たとえ他社製品に10万円以上出したとしても、IEMイヤホン特有のもどかしさや密閉感が解消されるわけではありません。

一方、iSINE20は、すでにダイナミック型やマルチBA型などのハイエンドIEMイヤホンをいくつか所有しているイヤホンマニアが、それらとは一味違ったAudezeっぽい平面駆動サウンドをポータブルで味わいたい、もしくは、私みたいに、なんとなく興味はあったけど、LCDヘッドホンを買い足すほどの覚悟も無い、といった人であれば、その世界に片足だけでも踏み込めるような個性が味わえます。

自動車に例えると、iSINE10は「一家に一台、性能は必要十分」な、ファミリーカーのようなモデルで、一方iSINE20は「ちょっと自分の手に余る、趣味性が高い」スポーツモデルみたいなイメージでしょうか。つまりiSINE20のほうが、Audezeというメーカーの技量に賭けるような、ギャンブル性のあるモデルかもしれません。

そして、もしすでにAudezeの魔力にどっぷり浸かっているコアなマニアであれば、4月頃に発売予定のハイエンドモデルLCD-i3を買うことは決定事項でしょう。


おわりに
Audeze iSINEを聴いていると、平面駆動型ドライバというのは奥深いポテンシャルと将来性を秘めているな、なんてつくづく実感します。

もはやAudeze LCDシリーズやHIFIMANなどに代表されるような一部マニア用の「ハイエンドな道楽」っぽい巨大なモデルだけに留まらず、将来的にはダイナミックドライバから主導権を奪う新たなスタンダードになりうる可能性すらあるかもしれません。

SINE・iSINE以前でも、フォステクスT50RPといった低価格の先駆者もありましたが、今回、あのLCDシリーズという「ハイエンド」の代名詞的存在だったAudezeが率先して、軽量コンパクトサイズの新たな実用性を証明してくれたことに、大きな意義があると思います。

この先の将来、Audezeだけでなく、OPPOやHIFIMANなど、他のメーカー勢からも同様に様々なバリエーションの平面駆動モデルが出てくれたら、なんて願っています。たとえばフォステクスなら、すでに高コスパ&高音質で定評のあるT50RPをベースにした、マニアが納得するポータブル路線のモデルなんかを出してくれたらいいのに、なんて思います。

一般的なダイナミック型ドライバが、半世紀前の紙製コーンと鉄磁石から始まり、様々なメーカーによる開発競争で、プラスチックや複合材、金属蒸着、ネオジム磁石、同軸2WAYなど、もはや単一の正解が無い、膨大な生態系を広げていったように、平面型ドライバでも、さらに多くのメーカーによる多方面の解釈が味わえる日がくれば、きっと面白いかと思います。

もちろんAudeze社の長年に渡るノウハウや特許なども絡んできますから、簡単に別のメーカーが一夜漬けで真似できる次元の商品ではありませんし、今のところ平面駆動といえば「Audezeのサウンド」が主流として定着していることも確かです。

高級スピーカーにおける平面駆動ドライバは、もはやリボンツイーターなどの高域向けのみでストップしてしまったので、やはり低音が出にくいのが難点なのでしょうけれど、そこは次世代の技術でなんとかなりそうな予感がします。少なくとも今回iSINEを聴いてみて、余計な心配や先入観は消えました。

このiSINEというイヤホンは、かなり割り切ったコンセプトなので、決して万人に受けるような商品だとは思いませんが、なんだかイヤホンにおける新時代の幕開けを垣間見ることができたような、マニアとして無視できない存在です。