2018年2月21日水曜日

HIFIMAN SUNDARA, HE4XX, Audeze LCD2 Classic

ちょっと前までは、平面駆動型ドライバーを搭載したヘッドホンというと、一部マニアのための高嶺の花みたいな存在でしたが、ここ数年で値段も下がってきて、一般的なダイナミック型ヘッドホンと同じくらい手頃な存在になってきました。

とくに家庭用の開放型ヘッドホンでは、もう平面駆動の特別感は意識しなくなりましたし、ポータブル用でも、DAPで鳴らせるくらい高能率なモデルも続々登場しています。

HIFIMAN HE4XX, HIFIMAN SUNDARA, Audeze LCD2 Classic

そんな中で、最近登場した比較的低価格なモデルを三機種聴き比べてみました。HIFIMAN SUNDARA、HIFIMAN HE4XX、Audeze LCD2 Classic (LCD-2C)です。


HIFIMAN SUNDARA

まずはHIFIMAN SUNDARAです。2017年12月発売で、米国での公式価格は$499ということで、換算すると約55,000円なので、値段で見るとHIFIMAN HE400i($449)の後継機だと思います。今のところ日本では並行輸入品しか見つかりませんでした。

HIFIMAN SUNDARA

新デザインの第一号機として登場したSUNDARAは、HIFIMANの歴史で見ると第三世代にあたるようです。

公式サイトから、こういうの見ると楽しいです

公式サイトのロードマップを見ると分かりやすいですが、2010年頃のHE4・HE5・HE6・HE400・HE500までが初代デザインで、それらの後継機のHE400i・HE400S・HE560が現在の主力ラインナップです。さらにそこから登場したハイエンドモデルのEdition X・HE1000・SUSVARAなどもヘッドバンドの形状などを見る限りでは、それら第二世代の仲間です。

これまで数字で上下関係を表していたのですが、最近はSUSVARA、SUNDARAとそれぞれに名前をつけています。ベイヤーダイナミックも最近そうしていますし、名前で個性をもたせるのは良いですが、名前が似てると混乱するので、できればモデルナンバーと愛称みたいに両方併用してもらいたいです。

SUNDARAは価格的にはHE400iの後継っぽいですが、上位モデルのHE560もかなり古くなってきたので、実売価格はそっちに近くなっています。つまり、もし現在HIFIMANを買うとしたら、HE400iよりも、新作SUNDARAと旧シリーズ上位モデルHE560のどちらを選ぶか悩んでしまうと思います。

完全新設計です

ヘッドバンド調整部品は一新されました

金属板を曲げてあるハンガー

SUNDARAのデザインはこれまでのHIFIMANヘッドホンと比べるとずいぶん洗練されてきたと思います。金属のアーチが扇状に張り出さなくなりましたし、ハウジングのハンガーもベイヤーダイナミックやSHUREと似たオーソドックスな形です。以前は色々と奇抜なオリジナリティを投入していたのですが、進化するごとに普通のヘッドホンっぽいデザインに収束してくるのは面白いですね。

HE560とSUNDARA

HE400i・HE560などはフラットに回転できました

HE400iの世代ではハウジングが90°回転してフラットになる構造だったのですが、今回はそのような回転機構はありません。しかもベイヤーダイナミックやSHUREのように調整スライダー部部分に若干の回転余裕があるわけではなく、イヤーパッドの前後の厚みが異なることで、顔に沿ってフィットするようなデザインです。

フラットに回転できる方が収納には便利なのですが、その部分が弱点となり、とくにフラットにした状態で荷重がかかると簡単に折れてしまうという問題がありました。そのためSUNDARAでは堅実なメタルハンガーデザインを選んだのでしょう。

イヤーパッド

ドライバー

イヤーパッドはHE400iやHE560と同じような形状で、四方のツメで固定してあるだけなので、コツさえわかれば簡単に取りはずせます。あいかわらずプラスチックフレームに合皮を接着剤で固定してあるので、以前のモデルではこれが剥がれる事があったのですが、対策されているかどうか気になります。

本体デザインは大幅に変わっていますが、重量は372gなので、HE400iの370gからほぼ変わっていません。装着感も良好で、SHURE、ベイヤー、AKGのような、いわゆる一般的なヘッドホンに近づいています。

3.5mm端子になりました

HE560(左)とSUNDARA(右)

SUNDARA(左)とHE400i(右)ケーブル

付属しているケーブルは、これまでのようなガチガチな針金ケーブルではなく、サラサラした手触りのゴム外皮になりました。色はブラックですが、HE1000やEdition-X、SUSVARAに使われているゴムホースっぽいケーブルと感触がよく似ています。写真で見てもわかるように、旧タイプと比べるとクセのつきにくさは圧倒的です。

見落としがちなポイントとして、SUNDARAのヘッドホン側端子は3.5mmになりました。ここ数年のHIFIMANは2.5mm端子を使っていたので、意外な変更です。

実際2.5mm端子は信頼性に問題があったようで、何度も抜き差ししているとグラグラで接触不良になるため、3.5mmに変更したことには納得できます。しかし、3.5mmになっても、このように表面に突き出したデザインだと曲げに弱いので、その点は心配です。個人的にはベイヤーダイナミックT1 2nd Genなどのようにスリーブ部分までグッとハウジング奥に挿入できるような設計にしてもらいたかったです。

Focal Clearのケーブルは音が出ました

ちなみに左右の3.5mm端子はTRSで「信号・未使用・グラウンド」なのですが、たとえばモノラルTS端子であったり、ベイヤーのように「信号・グラウンド・グラウンド」配線になっているものは接続しても音が出ませんでした。ショートしているとアンプに負荷がかかるので、社外品ケーブルのテストには注意が必要です。手元にあったFocal ClearのケーブルはSUNDARAと同じ配線なので問題なく使えました。

HE400iとSUNDARA

SUNDARAのインピーダンスは37Ω、能率が94dB(/mw?)ということで、HE400iの35Ω・93dBとスペック上はほとんど差がないようです。実際に鳴らしてみても、平面駆動型としては音量が取りやすい部類だと思います。DAPなどでもそこそこ使えました。

値段から考えても、SUNDARAは単純にHE400iのハウジングが更新されただけなのかと思ったのですが、公式サイトの情報によると、HE400シリーズよりも振動板が80%薄くなったと書いてあります。

平面振動板というのは空気を押し引きする団扇(うちわ)のようなものなので、軽く薄くすれば駆動エネルギーも少なくて済むのですが、薄すぎるとフニャフニャで正確に駆動しなくなり、音が歪みやすくなってしまいます。

しかも、振動板に音楽信号の電気を流して、隣接した磁石と反発させて動かす(電力で震わせる)という仕組みなので、薄いフィルムに電気を効率良く流す設計も考えなくてはいけません。そういった見えない部分の進化があると、外観のアップデート以上に、実際に音を聴いてみたくなってしまいます。

HE4XX

SUNDARAにつづき、もう一つHIFIMANで「HE4XX」です。

こちらは2017年12月に米国のグループ購入サイト「Massdrop」限定で販売されたモデルです。「HE4XX」と「HE-4XX」のどちらが正しい表記なのかわかりません(公式サイトではHE4XX、パッケージではHE-4XXとあります)。

HIFIMAN HE4XX

Massdrop年末恒例のイベントで、これまでにAKG K7XX、フォステクスTH6XX、ゼンハイザーHD6XXと毎年続いて、2017年度はHIFIMAN HE4XXでした。どれも定評のある銘機をベースに、Massdrop専用に簡素化した特注バージョンを数量限定の受注生産することで、格安で購入できるという仕組みです。

このHE-4XXも8月に予約受付が終了し、12月に発送されたので、もう初回ロットは終了しましたが、これまでAKG K7XXなどは定期的にロットの受付をしているので、人気さえあれば今後も継続的に販売されると思います。中古もたくさん出回ると思いますし、K7XXなんかはもはや通常モデルと同じくらいありふれた定番になりました。

私も買いました

簡素なりにしっかりした梱包です

HE4XXはHE400をベースにしたモデルで、$169(送料込みで約二万円弱)という破格の値段で販売されました。ここまで安ければ躊躇する理由も無いので、私も一台購入しました。

オリジナルのHE400は2012年のデビュー当時$399で販売されており(日本では約5万円)、後継機のHE400iは$449、そしてSUNDARAは$499とつながっているので、言ってみればこれはSUNDARAのお祖父さんのような存在です。

古いモデルといえど、製造の手間や部品点数は当時のHE400と変わらないので、それが今や$169で提供できるというのは、ずいぶん頑張った価格だと思います。

グレーっぽいマットブラック

調整と回転ハンガー部品

Massdropロゴ

HE4XXのカラーリングはザラザラしたネズミ色で、ミリタリーや工場機械みたいなイメージです。

個々のパーツもただの金属棒を曲げてネジで留めたみたいなシンプルな構造なので、メーカー創設当時のHIFIMANの苦労が伝わってきます。

モダンな大量生産品というよりは、商店街の金物屋で売っている、地元の町工場で作られた台所用品、みたいな印象です。1960年代の映画に出ていても違和感が無いくらいレトロ調です。

モコモコしたイヤーパッド

簡単に着脱できます

イヤーパッドは現行モデルと同様に四方のツメで固定されています。SUNDARAと互換性があると思いますが、こちらの方が安いなりに肌触りがモコモコしたベロア素材です。装着感は良好ですが通気性は悪そうなので、このへんも全体的な音質に影響を及ぼすと思います。

イヤーパッドを外してみると、ドライバーはHIFIMANらしい平面振動板で、上位モデルと遜色無いクオリティです。

そういえばHIFIMAN HE-300という、同じフォルムで中身にダイナミックドライバーを入れた低価格モデルがありましたが、このHE4XXはちゃんと平面振動板なので安心しました。

HE400iとHE4XX

HE4XXヘッドホンのスペックは35Ω・93dB(/mW?)ということで、SUNDARAやHE400iとほぼ同じですし、本体重量も370gということで、これも同じです。

公式サイトではポータブル用と主張していますが、なにか具体的にポータブルのために仕様変更したというわけでは無さそうです。完全開放型ですし、これを通勤中など外出先で使うのはかなり勇気がいると思います。

ハウジングは若干の回転ができますが、ネジの組み付け(可動部の摩擦)がしっかりしているので、グラグラしません。ヘッドバンドはレザー調のカバーがあるのみですが、装着感はハウジングの側圧で顔をすっぽり覆うような感じなので、頭頂部への負担は少なく快適です。SUNDARAやHE400iよりも強めの側圧だと思いますが、ヘッドバンドがメタルなので、使っているうちに緩くなってくると思います。

そういえば、ちょっと前に、同じデザインの上位モデル「HE-6」を試聴した際、当時のイヤーパッドはベイヤーやAKGのような前後対称のドーナツ型で、ヒンジがグラグラで、側圧が緩くて顔にフィットしてくれず、最悪の音質で、そのヘッドホンの良さが理解出来なかったのですが、あれがもしHE4XXくらい組み付けがしっかりしていれば、印象は結構変わっていたかもしれません。もう一度ちゃんと聴き直してみたくなりました。

1.5mケーブル

旧タイプの同軸コネクターよりは使いやすいです

HE4XXで唯一ポータブルっぽさを演出しているのは、付属ケーブルが1.5m・L字3.5mm端子ということです。ツルツルした柔らかいビニールタイプなので、HIFIMANとしては珍しく使いやすい優秀なケーブルです。

ケーブル端子も、初代HE400やHE-6ではネジ込み式のサブミニチュア同軸コネクターだったのですが、今回は現行モデルと同じ2.5mmに変更されました。と言っても、SUNDARAは3.5mmになったので、今後どうなるんでしょうね。

旧タイプのサブミニチュア同軸コネクターはグラグラして肩にぶつかって壊れやすかったので、今回あえてその部分は復刻しなかったのは嬉しい判断です。

SUSVARAのケーブル

ハイエンドとエントリー

せっかく2.5mm端子なので、上位モデルSUSVARAのケーブルを試してみたところ、問題無く使えました。

HE4XXの同梱ケーブルは、安いだけあって、さぞかしショボい音色だろうと思っていたところ、SUSVARAのケーブルと比較しても、別にそこまで悪いとは思えませんでした。高級ケーブルの方が帯域が広く感じますが、そもそも後述するHE4XXそのもののサウンドが個性的なので、ケーブルの違いは気になりませんでした。今のところケーブルを変えたい気は起きておらず、そのままの状態で満足しています。

Audeze LCD2 Classic

三個目に紹介するのはAudeze LCD2 Classicです。

米国公式サイトでの価格は$799ですので、上記HIFIMAN SUNDARAの$499よりも結構高いです。日本では2018年3月発売で、価格は9万円弱くらいのようです。

HIIFMANもそうでしたが、こちらも公式サイトでは「LCD2 Classic」、本体ラベルは「LCD-2C」といった具合に、正式名称が曖昧なのが困ります。

Audeze LCD2 Classic

今回登場したLCD2 Classicは、既存のLCD-2ヘッドホン(約12万円)をベースに、より低価格化したモデルということで注目を集めています。

LCDシリーズというと、これまで数年おきにLCD-2→3→4という順番で登場していますが、どれも旧モデルを置き換える後継機というわけではなく、それぞれが今でも並行して販売されており、他にもいくつかバリエーションモデルがあります。

LCD-2(12万円)、LCD-3(23万円)、LCD-4(46万円)と、毎回値段が倍増しているので、世代というよりは価格帯グレードのようなもので、今回9万円弱のLCD2 Classicがシリーズのエントリーモデルに位置することになります。

LCD2とLCD2 Classic

LCD2 ClassicのデザインはLCD-2と似ているのですが、Classicという名称をつけた理由は、ドライバーが現行世代ではなく、過去の初期型LCD-2で使われていたタイプを採用しているからだそうです。つまり廉価版でありながら、リイシューモデルという意味もあります。

Audeze自身が「一つとして同じヘッドホンは作らない」というようなことを公言しているように、たとえば「LCD-2」というモデル名であっても、作られた時期によって無数の改良や変更が加えられ、進化し続けています。

大きな変更の場合、旧バージョンからの有償アップグレードを提供するなど、購入後もメーカーと共に歩んでいけるというアプローチが人気の秘訣なのかもしれません。さらに、オーナー間でも、「新型ヘッドバンドに変えるべきか」とか、「新旧ケーブルで音が違う」というような話題で盛り上がることも、マニア受けが良いポイントです。

LCD-2は2009年のデビューから幾つかのマイナーチェンジを経て、2014年にFazorという新型ドライバーに変更され、現在に至ります。つまり、同じ「LCD-2」というモデルであっても、製造時期によって「Fazor以前」と「Fazor」の二種類が存在するという事になりました。

FazorはAudeze渾身のドライバー改良だけあって、音質は概ね好評なのですが、一部マニアの間で「LCD-2はFazor以前の音のほうが良い」という主張も根強いです。旧式オーナーの負け惜しみ(もう手に入らない=プレミア感を出したい)と掃き捨てることもできますが、なんにせよ、ドライバーが変わり、音が変わったということは事実です。

そんなわけで、マニア内輪での「Fazor以前」信仰というのはネット掲示板などで延々と繰り広げられており、それに応えるかのように、Audezeが今回「Fazor以前」ドライバーを復刻したようです。

LCD-2は2009年発売で、相当数が売れているので、今では大量の中古品が手に入ります。そこに「Fazor以前」神話が根強いと、中古品でもそこそこ高値で流通しており、新品の売り上げに結構な影響を与えます。つまり、自社の中古品がライバルになってしまいます。

これはHIFIMAN HE4XXと同じ論理だと思います。ネット掲示板などで「もう手に入らない旧モデルを過剰に持ち上げるマニア」を黙らせるには、それらをあえて廉価版として正式に復刻販売するのが最善の回答だと思います。中古市場を落ち着かせることができますし、新規ユーザーも新品を格安で購入できるので、良い事ずくめです。(それでも、復刻よりオレが持ってるオリジナルの方が音が良い、と主張するマニアが出現するのですが)。

黒いハウジング

装着感は通常版LCD-2とほぼ同じです

ケーブル接続部品が違います

そんなわけで、LCD2 Classicは旧モデルの復刻というコンセプトなのですが、外観までも当時に逆戻りしたというわけではなく、デザインはLCDシリーズ最先端を採用しているのが嬉しいです。

ハウジングはこれまでのような木目調ではなく、マットブラックの樹脂製になったので、個人的にはこっちの方が年寄り臭くないので好きです。同時期に登場したハイエンドモデル「LCD-MX4」もマットブラックですし、世の中はマットブラックブームですね。

樹脂になったおかげで、ケーブル接続部分が一体型になり、よりシンプルでプロフェッショナルっぽい形状になりました。

HIFIMAN SUNDARAとの比較

HIFIMAN SUNDARAと並べてみると、サイズはほぼ同じですが、LCD2 Classicの方が無骨でボリューム感があります。重量がSUNDARAの370gに対してLCD2 Classicは非公開ですが、たぶん450gくらいあるので、かなりズッシリします。

実際に装着してみても、LCDシリーズ特有の、重いダンベルを左右に吊り下げているような感覚なので、あいかわらず体格の良い欧米男性とかでないと長時間使用は結構辛いものがあります。まだまだ鋼版や金属部品が多いので、もうちょっと軽量化を目指してくれれば小柄なユーザーへの売り上げも見込めるのに、と思っています。

新型ヘッドバンドですがカーボンではなく金属です

旧世代ヘッドバンドと比較

重厚なイヤーパッド

ヘッドバンドはLCD-4などで採用されているハンモックタイプですが、さすがに低価格だけあって、LCD-4のようなカーボンファイバーではなく塗装された金属板です。LCD-2のレザー一体型ヘッドバンドと比較すると、やはり新型の方がクッション性や通気性が良く、頭頂部の圧迫感が少ないです。

イヤーパッドはあいかわらずしっかりした厚手なものなので、装着すると耳周りをピッタリ覆い、密閉型のようなアイソレーション効果があります。

新型の編み込みケーブルが付属しています

LCDシリーズといえばミニXLRコネクターです

新旧ケーブル比較

ケーブルはこれまでのような並行フラットではなく、編み込みタイプになりました。上位のLCD-MX4もこのケーブルですし、先日LCD-2のケーブル不良で返品に出した友人もこの新型ケーブルが返ってきました。今後はラインナップ全体でこれが標準タイプになるのかもしれません。

そんなわけでLCD2 Classicは、クラシックな復刻ドライバーと、シリーズ最先端のデザインという両極端を取り入れた面白いコンセプトだと思います。

音質とか

試聴では主にiFi Audio Pro iCAN、SIMAUDIO MOON 430HAD、AK ACRO L1000などを使いました。

今回のヘッドホンは(メーカー内では)どれもエントリー価格帯ということでポータブルDAPでも鳴らせる高能率を目指しています。さすがにスマホでは厳しいですが、近頃のそこそこ高出力なDAPであれば十分な音量が出せます。私のPlenue SやCowon QP2Rではボリューム70%でもうるさいくらいでした。

平面駆動ドライバーというと、音量がとりにくい、鳴らしにくいというイメージがありますが、ドライバーのインピーダンスの周波数依存性が少ないため、出力インピーダンス(つまりアンプのパワー)に音質が左右されにくい、というメリットもあります。つまり、どのアンプを使っても、およそ同じサウンドが得られるということが平面駆動のメリットです。


ジャズで、MyBuzz Productionsから、Sophie Alour 「Time for Love」を聴いてみました。フランスのベテランサックス奏者Alourのバンドによるバラード集です。オリジナルとスタンダードを混ぜたアルバムで、曲ごとにゲストをフィーチャーして飽きさせません。

とくにリーダーのサックスが、音色・フレージング共に絶妙に趣味が良く、ソフトな当たりと、さざなみのようなヴィブラートが心地よいです。単なる甘々なムードジャズではなく、聴き応えのあるアルバムなので、コルトレーンのBalladsや、ゲッツやペッパーのような歌心のある演奏が好きならば気に入ってもらえると思います。


まずはHIFIMAN SUNDARAですが、旧モデルHE400iと比べてずいぶん進化したと実感できる部分が多く、良いヘッドホンだと思いました。

平面ドライバーらしく、帯域レンジ内での特性が揃っており、変な違和感や不自然なピークなどが目立たない、丁寧な音作りです。

特にウッドベースやキックドラムなど中低音の鳴り方や響きの部分にて、HE400iから大幅な改善が感じられます。以前はちょっと特徴的な反響みたいな音が常に存在して気になっていたのですが、SUNDARAでは無駄のないスッと抜けるような表現になりました。新型ドライバーということと、たぶんハウジング素材や形状が改善されたことも大きいと思います。

開放型と言えど、大型ドライバーの背面からハウジングに反射して耳まで戻ってくる音が少なからず存在するので、その素材が従来のペラペラしたプラスチックみたいなものから、カッチリした瓶の蓋のようなアルミ(?)になり、デザイン全体の剛性が高まった事が、音質にも現れていると思います。さらにパンチングメッシュグリルが網メッシュになった事も関わっているかもしれません。

とくにHIFIMANの場合、リスニング中に手をハウジング周辺に近づけてみると、それだけで音色が明らかに変わるくらい音抜けに敏感なので、そういったハウジング設計の違いも大きく影響すると思います。

なんにせよ、低音楽器がHE400iではポコッとプラスチックの太鼓を叩いたような独特の鳴り方だったところ、SUNDARAではより正確で、表情の豊かさが感じられます。これまでは「低音」と一纏めに言っていた音を、楽器や演奏方法によって多種多様な表現を見せてくれるということです。低音のエネルギーが特定のピークに集約されるのではなく、より深く幅広い帯域に分散されたとも言えます。その分、見かけ上の量感は減ったと思うので、たとえばキックドラムのサンプルがボンボン鳴り続けるような楽曲では、HE400iの方がノリが良く楽しく感じるかもしれません。

低域以外でも、SUNDARAの全体的な印象は、無駄が少なくなり、引き締まったサウンドになったと思います。細くてシャープというのではなく、丸みを帯びていてもスッキリしていてクセが無いという感じです。これは特に、ピアノとサックスとトランペットが合奏しているような場面で、ちゃんとそれぞれの楽器が個別に解像出来ていることで実感できます。

一つ一つの音像がコンパクトにまとまり、ピタッと安定していますし、付帯する雑音(たとえばサックスやトランペットのキーを押すカチャカチャという音)は注意して聴けば聴こえるという、ちょうど良い感じです。そんな雑音を派手に強調することで高解像っぽさを演出する小細工めいたヘッドホンも多いですが、SUNDARAはその真逆で、全て自然で無難に仕上げています。ダイナミック型ヘッドホンだとベイヤーダイナミックAMIRON HOMEとかと雰囲気が似ているかもしれません。



クラシックでChandosからガードナー指揮ベルゲンフィルのグリーグ「ペール・ギュント」と、バヴゼのピアノで同ピアノ協奏曲のカップリングアルバムを聴いてみました。

ベルゲン・フィルといえばノルウェー、ノルウェーといえばグリーグということで、普段クラシックマニアは敬遠しがちな両曲でも、本場ものならば聴いてみたくなりました。ガードナー指揮ということで、リズムをカッチリとったスリリングなペール・ギュントと、対象的に余裕をたっぷり持って歌わせたピアノ協奏曲というコントラストが良かったです。音質はもちろん最高水準です。

クラシックのアルバムを聴くと、SUNDARAに潜む弱点みたいな物もいくつか見えてきました。まず、高音の伸びが限定的で、あるポイントで丸く収まるような、おとなしい鳴り方です。

ジャズではほとんどの音色がSUNDARAの帯域内に収まるので、そこまで問題のようには感じなかったのですが、ハイレゾでピアノ協奏曲となると、ピアノも管弦楽器もかなり上の方までしっかりと録音されているので、SUNDARAではそれらの全貌が出し切れていないようでした。これはHE400iからあまり進歩がないところで、特に上位モデルHE560と比較すると明らかに差を感じた部分でもあります。

HE560では、ピアノ本体の金属弦が振動する感覚や、弦楽器の音色がホールの空気に溶け込む雰囲気などが美しく表現できており、録音が捉えた膨大な情報量がちゃんと伝わってきます。

一方SUNDARAではそういったアタックの自然な伸びや、楽器の輪郭を形作る空気感みたいなものがあまり伝わってきません。そのため、たとえばピアノはピアノの基調音だけのようなシンプルな鳴り方です。

もう一つSUNDARAの弱点として感じたのは、前方の距離感の乏しさで、音像が目の前の壁に貼り付いているような感覚です。HE560で同じ楽曲を聴くと、グッと奥行きが生まれ、ピアノと弦セクションの位置関係や、打楽器、コントラバスの距離感などがとてもリアルになります。正直ここまで再現性が違うとは予想していませんでした。これはたぶんSUNDARAの高域の扱いが限定的という事も関わっているのかもしれません。

高音と奥行きという二つのポイントは、どちらもHE400iから引き続き感じた弱点で、HE560や上位モデルとの違いを意識させる部分です。これは単純に、低価格モデルだから設計上の限界でそうなってしまうのか、それとも、チューニングとして意図的にそう調整してあるのか、気になるところです。

というのも、たとえばハイレゾクラシック楽曲ではなく、ロックやポピュラー楽曲を主に聴く人にとっては、SUNDARAの方が破綻せずに良い雰囲気で楽しめると思います。

これはHE400iの時も指摘されていたことで、HE400iと比べるとHE560はどうにも高域が刺さって、音が細くて、定位が乱れてダメだ、というユーザーの意見も多かったように思います。

ようするに「録音の悪さを隠せないヘッドホンは、良いヘッドホンなのか?」という問題です。

たとえば、録音現場(コンサートホールとか)の空間情報が無いアルバムでは、リアルな奥行き自体が無いので、むしろ前面に張り付くような空間表現の方が、ミックスの整合性の悪さを隠して、力強い充実感が得られます。

高音についても、クラシックのポイントマイクのように上まで自然に伸び切る高音というのは稀で、スタジオ録音の場合は8-10kHz付近のピークでキラキラ感を出して、その上はバッサリとカットする手法が多いです。つまり、同じ「高音」と言っても、伸びやかさと、ピークの派手さというのは全く異なる意味を持っています。ピーキーな場合、高域はむしろマイルドに丸めてくれるヘッドホンの方が、中域のボーカルなどに集中できます。

つまり録音に不備があるほど、HE560はむしろ音の悪さの方が目立ってしまいます。優れたヘッドホンを評価するには、優れた音源を聴かなければならない、という当然の結論に至ってしまうのですが、それが行き過ぎると、機材のために音楽を選ぶという本末転倒になってしまいます。

そのギリギリの境界線にいるのがSUNDARAだと思います。どんな音源でも破綻しない汎用性をそなえていますが、突き抜けたところが無い、感情面で無個性なヘッドホンとも言えそうです。HE560や、さらに上のHE1000やSUSVARAなどは、そういった汎用性は犠牲になる代わりに、高音質録音でこそ感情面で何か引き出してくれる独自の魅力がそれぞれにあります。

HE4XX

次に、同じ楽曲と再生システムで、HIFIMAN HE4XXを聴いてみました。

SUNDARAからHE560に向かって、高音質音源に特化するような方向性が感じられたところ、HE4XXでは逆方向に進んだように思えました。

HE4XXは、暖かいふくよかさに覆われるような、リラックス感の高いサウンドです。アタックが丸く、引き際も遅く、硬質な刺激が少ないため、普段なら耳に刺さるような曲でも聴きやすく仕上げてくれて、中域ボーカルなどを中心に置いて、ずっと気楽に聴いていられる余裕を感じさせます。

HE400iゆずりのマイルドで優しい音色なので、よく低価格ヘッドホンでありがちなパンチの強いドンシャリ傾向に聴き慣れていると、若干退屈に感じるかもしれません。雰囲気が近いのは、Philips Fidelio X2や、Final Sonorous IIとかでしょうか。HE4XXはそれらよりもマイルドなので、たとえるなら、短距離走ではなくマラソン観覧のような感じで、出だしも進行も焦らずに、その瞬間にガッチリと意識を集中する必要は無く、要所要所の聴きどころをピックアップするような感じで、聴き疲れせずに長々と楽しめます。

同じシリーズだけあって、HE400iとはサウンドがよく似ていますが、個人的にはHE400iよりもHE4XXの方が魅力を感じます。どちらが高音質という比較ではないのですが、HE4XXの方がヘッドホンとしての魅力を上手く引き出せていると思います。

HE4XX特有の厚みのある音色は、やはりドライバーとハウジング音響の相乗効果によるものだと思います。HE400iでは軽くプラスチックっぽく響く感覚だったのが、HE4XXではもっとガッチリとした厚手(しかもゴム塗装のような質感の)ハウジングのおかげか、ズシンと低く太く、耳障りにならない程度の厚みで覆ってくれます。

この値段で弱点を指摘するのは酷かもしれませんが、やはり高音の伸びやかさや細かな情報、そして空間の立体感、奥行きは乏しいです。そのわりに、変な定位の乱れや不自然な耳障り感(たとえば左右ヘッドホンが別々に鳴っているような感覚)が少ないのは優秀です。奥行きは無くても、全体の音像がしっかりと前面に提示されます。

ただし、無駄な音が多いことは確かなので、フォーカスが甘く、響きに埋もれてしまい、はっきりと何を聴いていいのかわからなくなる事があります。アタックの押し出しが消極的で、ソロや伴奏楽器が平等に鳴るので、全体の雰囲気は悪くないのですが、それ以上の物がありません。ピアノ協奏曲で肝心なピアニストが、まるでオーケストラ構成員の一人になってしまうようです。

一方で、たとえばメジャーなロック、R&BにEDMなど、そもそも自然音響が少なく、主に大衆向けに、狭い帯域で音圧を高めたような楽曲では、HE4XXが不要な角を取ってくれるので、テレビで聴くようなギラギラ、ドンシャリ感を取り除き、音色部分を丁寧に鳴らしてくれます。

クラシック以外のジャンルは総じて音が悪いという意味ではなく、どのジャンルでも、特に音質にこだわって作られたアルバムを聴く場合は、HE4XXでは性能限界を感じるかもしれません。

つまり、SUNDARAを基準点とすると、HE4XXは高音質アルバムの全貌を引き出すのは不得意ですが、あまり音質の良くないアルバムでも不具合が目立たず気楽に楽しめるという、カジュアル用途に適したヘッドホンです。たとえるなら、最新4K映像というよりも、アナログビンテージカメラの風合いみたいな和みがあります。

手元に置いておけば、ストリーミングでもネット動画でもゲームでも、なんでも手軽に楽しめる平面駆動型フルサイズヘッドホン、というミスマッチのようなギャップが面白いと思いました。

LCD2 Classic

最後に、Audeze LCD2 Classicを聴いてみました。このヘッドホンはこれまでのHIFIMAN SUNDARA、HE4XXと比べて値段が一気に高くなるので、その価格差に相応しい高音質なのか、と疑問に思っていたのですが、いざ聴いてみると、確かにそれに見合うだけのポテンシャルがあります。

そうは言っても、HIFIMAN SUNDARA、HE560の上位互換というわけではなく、むしろ全く真逆の方向で、たとえばHE4XXの路線をさらに突き抜けて追求したような音作りだと思いました。

まずLCD-2 Classicの弱点から指摘すると、SUNDARAやHE4XXと同様に、前方の距離感や奥行きは乏しいです。ただしHIFIMANのような整然とした「音の壁」が目の前に現れるのではなく、LCD-2 Classicでは自分の身の回りの四方八方に楽器が散らばるような、音楽の中に飛び込んだような感覚です。

ステレオ展開をめいっぱいに使い、耳の後ろからも楽器音が鳴るような感覚なので、とても楽しいのですが、リアルな録音になるほど、違和感を感じるケースもあります。

LCDシリーズを聴くたびに感じる事なのですが、このLCD2 Classicも例に漏れず、開放型でありながら、装着してみると密閉型のような、音に包まれる没入感が生まれます。「平面駆動型の音」なんて言っても、結局はメーカーごとにずいぶん表現手法が異なるということに気が付かされます。

たとえばGradoの鳴り方にも似ており、観客席よりも指揮者ポジション、アリーナ後方よりも最前列でバンドのステージに飛び込むような、一体感のある体験ができるのがLCDシリーズの面白さです。そのあたりは、AudezeでもEL-8やSINEシリーズの優等生っぽさとは一味違う魅力だと思います。

LCD2 Classicの音色は特に中低域にしっかりとした厚みがあり、太いブラシで描いたような力強さを感じます。地味で痩せ細った楽器でも立体的に描いてくれて、ソロ楽器が心に響くので、ボーカルやギターソロがガツンとセンターに来て、それ以外の「伴奏」が左右周囲にサラウンドっぽく散りばめられます。特にロックを聴く人に人気がある理由はそこにあると思います。DSPなどを使わない、たかがヘッドホンだけで、ここまで巧みにプレゼンテーションを作り込めるのは、さすがの技術力です。

今回聴いたジャズバンドのサックスでも、オンマイクで迫ってくる迫力があります。散漫にならず、グッと楽器の音像が鮮明に現れるので、メロディを味わう楽しみみたいなものが強調されます。この場合、ジャズといっても生のライブセッションに同席するリアリズムではなく、むしろジャズ喫茶のアルテックやJBLでガンガン聴くような、マイク越し、レコード越しの体験に近いと思います。

一方、クラシックを聴いた場合、そのオンマイクっぽさが逆に不自然さに繋がるようでした。たとえばピアノの音が左右いっぱいに引き伸ばされたように展開されるので、生演奏で聴く本来の音像よりも誇張されて、どうにも馴染めません。3m弱のグランドピアノが、まるで20mもあるようなコンサートホール全体に敷き詰められているようです。

そもそもクラシック音楽といえど、マイクを使って録音しているわけですから、マイク越しっぽく聴こえて当然だと指摘されるかもしれませんが、それがたとえばゼンハイザー・AKG・ベイヤーなどは、半世紀にわたるレコードレーベル・スタジオとの密接な関係や、録音用マイクを造っている事なども合わせて、録音を経てなお生音をイメージさせる音作りに成功していると思います。ヘッドホンの音作りのレファレンスが、自宅で腰を据えてレコードを鑑賞するのではなく、スタジオで窓越しに今まさに演奏されている生楽器の鳴り方を基準にしているようです。

一方、Audeze LCDにとってのレファレンスは、生声や生楽器ではなく、マイク越しのボーカルや、アンプ越しのエレキギターなのかなと思わせる音作りです。それはそれで、そういった音楽ジャンルには素晴らしい効果があります。

LCDシリーズは総じてそんな傾向で、上位モデルになるほど太く鮮やかな音色がどんどん強調されるので、どのレベルまで求めるかで、好みが分かれるところです。そこがLCDシリーズの面白いところで、LCD-2・3・4と高価なモデルになるにつれ、一般的なヘッドホンメーカーであれば、より繊細でドライで空間表現重視になるところを、LCDシリーズは逆に、よりリッチでゴージャスで圧倒的なサウンド体験を目指しているようです。

LCD2 Classicはそのスタート地点みたいなものですが、個人的な好みとして、普段使いならLCD-2くらいがちょうどよく、それ以上のクラスになると、ちょっと聴いただけで「お腹いっぱい」になってしまいます。もちろんお金に余裕があれば是非手に入れたいと思える個性派ヘッドホンであることは確かです。

なんというか、変な例えになりますが、アメリカのテレビ番組で、自動車を改造するやつで、巨大な黒塗りのSUVみたいな車にマッスルエンジンを組み込んで、ファーストクラスキャビン並の豪華な内装にクロームやウッドパーツ盛り沢山、というのを連想してしまいました。べつに蔑んでいるわけではなく、そういうのに憧れている人達は世の中には多いですし、いざ自分もそれに試乗できたらワクワクすると思います。(傍目で見ると過剰なのは、ヘッドホン趣味にも言えることです)。

LCD2 Classicは、そんな改造車に踏み込む一歩手前の、「ただの黒塗りSUV」の状態です。無難で安定志向ですが、もうちょっと飛び抜けた派手さが欲しい事も確かです。

LCD2 Classicと上位モデルLCD-2を聴き比べてみると、確かに違いがあります。まず中高域の鮮やかさはLCD-2の方が優れていると思います。キラキラ感というか、色艶というか、楽器そのものの瑞々しさがとてもよく出ています。高音の空気感はさほど変わらないので、演奏のムードそのものは変わらず、楽器が高級になったかのような効果を感じます。

さらに大きな違いだと思ったのは、ダイナミックレンジの広さです。LCD-2を聴いた後でLCD2 Classicに戻ると、特に気になったのは、音の強弱の幅が狭く、小さい音が持ち上がり、大きい音が潰れるかのように、ある特定の音量のみが延々と続いているような感じを受けました。LCD-2になると、これが大幅に改善され、瞬間的なフォルテシモのインパクトや、囁くようなピアニッシモの音の粒が、より立体的に描かれます。

たとえば試聴したピアノ協奏曲でも、LCD2 ClassicとLCD-2で空間表現は大差無いものの、LCD-2の方がピアノに艶が乗って、アタックのダイナミクスが豊かになることで、より楽器としてのメリハリや美しさが増します。

こうなると、先ほどのHIFIMANと同様に、やはり上位機種になるにつれ、より録音品質の重要性が明確になるようです。LCD-2で実現できる高音の艶や美しさは、高音がキンキンな粗悪録音では、かえって聴き疲れに繋がります。ダイナミックレンジの広さ、強弱の感覚というのも、そもそもダイナミックレンジを意図的に圧縮して、常に均一の音量で作られたような音楽では、その恩恵を実感できません。そうなるとLCD-2のメリットは無く、LCD2 Classicで十分満足できるという事になります。

そんなわけで、LCD2 Classicは、値段だけではなく音質面でも、カジュアル向けに適したヘッドホンという印象を受けました。LCDシリーズのサウンドを低価格で、というコンセプトは確かに達成できているのですが、個人的には、現行LCD-2を聴くと、それの「引き立て役」のようにも思えてしまいます。やはり、Fazorドライバーによる進化は伊達では無かったということでしょうか。LCD2 Classicは十分優れたヘッドホンですが、LCDシリーズのポテンシャルはまだまだこんなものではないぞ、なんて言いたくなってしまいます。

おわりに

今回は平面駆動ドライバー開放型ヘッドホンの新作を三種類聴き比べてみました。

私自身の好みとしては、LCD2 Classic、SUNDARA、HE4XXという順位で、値段通りという、なんとも面白みの無い結果になりました。

どのモデルも、同じメーカーの上位モデルと比べると及ばない部分もありますが、平面駆動型らしい周波数帯域の安定感や、響きの破綻の少なさは、十分なメリットを実感できます。

これらは同価格帯のダイナミックドライバー型ヘッドホンでは実現が難しい部分なので、普段ダイナミック型をメインに使っていて、そろそろ平面駆動型も試してみたいという人には、良いエントリー候補になると思います。無駄にパワフルなバランス駆動アンプとかを必要とせず(あるに越したことはないですが)、音源にこだわらず、カジュアルな用途でも十分に楽しめます。

ロックやポップスのボーカルなどをしっかり味わいたい人ならAudeze LCD2 Classicをお薦めしたいです。モニター的な正確さとはちょっと違いますが、心に響くサウンドですし、低価格ヘッドホンから乗り換えた時に一番わかりやすく「音の良さ」を実感できるという点を高く評価したいです。予算に余裕があれば、現行LCD-2と聴き比べてみることもお勧めします。

HIFIMAN SUNDARAは限りなく破綻を抑えた優等生サウンドで、これ一台でなんでもこなせる万能さがあります。上位モデルほどシビアではありませんし、響きがスッキリして、位相が揃っており、録音と鼓膜の間に余計なねじれやフィルターが無い感じが好印象です。ただし高域やスケール感は消極的なので、その無難さに満足できるか、HE560などと聴き比べて決めるべきだと思います。

HIFIMAN HE4XXは、温厚で響き豊かで、メリハリに乏しいですが、この値段で文句をいうのがバカらしいくらい優れたヘッドホンです。レトロなデザインですが装着感は優秀ですし、高価なヘッドホンを持っているマニアでも、肩の力を抜いて楽しめる(まるで温泉に浸かるような)サウンドなので、とりあえず買って損はないモデルだと思いました。


今回の三機種を見るかぎり、今後なにか技術革新が無いかぎり、ここまで優れたサウンドをこれ以上安く作るのは物理的に難しそうですし、もはや価格競争の領域で、平面ドライバーだからというだけで差別化やプレミア感は出せない時代になってきたようです。

平面ドライバーのヘッドホンメーカーというと、他にはフォステクスやOPPOなどがありますが、このあたりの価格帯の本格派ヘッドホンでは最近あまり動きが無いので、これらに負けないくらいの今後の進展を期待したいです。(フォステクスT60RPは評判が良いのですが、残念ながらまだまともに聴けていません)。

近頃は、各メーカーからバカみたいな超高級ハイエンドモデルが出揃って、それらで培った技術が低価格帯にどんどん流れ込んでいる時期です。そう考えると、超弩級モデルの存在意義も、必ずしもバカにしてはいられません。

HIFIMANは、SUNDARAの新規フォルムをベースに、今後ラインナップを展開して、HE560の後継機なんかが出てきたら、既存オーナーとして個人的にとても気になります。

Audezeは、このLCD2 Classicを筆頭に、LCD-MX4やLCD-Xなど、ラインナップの発生モデルが増えてきて、だんだん相互関係を把握するのが難しくなってきました。一つのモデルを継続的に進化させるというアイデアは素晴らしいと思うのですが、会社の規模も大きくなってきましたし、そろそろハウジングの製造技術や軽量化などを含めた、抜本的なモデルチェンジが見たいところです。

なんにせよ、定番ダイナミック型ヘッドホンを一通り経験してきた人にとっても新鮮な風になる存在です。過去の定番ヘッドホンももちろん素晴らしいモデルが多いですが、せっかくならこういう新作勢も積極的に検討する価値があると思います。唯一の難点として、渡来物なので国内リリースの足並みが不揃いで、並行輸入などで混乱した状態が続くのは不健全ですし、サポートの不安もありますから、その辺がもうちょっとクリアになれば、さらに人気が出ると期待しています。