2025年11月15日土曜日

オーディオテクニカ ATH-ADX7000 ヘッドホンの試聴レビュー

オーディオテクニカATH-ADX7000を試聴してみたので感想を書いておきます。2025年11月発売、価格は56万円の開放型ヘッドホンで、2017年に登場したATH-ADX5000の上位機種になります。

ATH-ADX7000

私自身ATH-ADX5000の方を長らく所有しているので、今回どれくらい進化したのか気になっています。

ATH-ADX7000

オーディオテクニカ開放型ヘッドホンの最上位モデルATH-ADX5000の発売が2017年、これを書いているのが2025年なので、もう八年前という時間の流れの速さに驚いた人も多いと思います。

しかし逆に言うと、これだけの年月を経ても未だに最高峰ヘッドホンの一角として存在感を放ち続けているのは凄いことでもあります。さすが老舗オーテクの貫禄というか、半年ごとにマイナーチェンジを出すような競合他社との格の違いを見せつけてくれます。

つまり、発売当時ATH-ADX5000を購入した人はこれまで買い替えも急かされることなく現役で活躍してくれたように、ATH-ADX7000もすぐに陳腐化するリスクが低いのは購入を決断する後押しになってくれます。

前回のヤマハに続いて、非常に高価なモデルばかり紹介するのは気が引けるのですが、年末に向けて待望の新作が続々出るので仕方がありません。

開放型ヘッドホンの代表例です

オーテクらしいデザイン

ドライバーハウジング

ADX7000はオーテクの開放型フラッグシップになりますが、それ以上に開放型ヘッドホンというジャンルを象徴する典型例といったデザインです。

中央に58mmダイナミックドライバーが配置されており、ハウジングはドライバーを保持するための枠組みといった感じですし、外側のグリルもドライバーの物理的保護のためだけで、反響で音質に悪影響を与えないよう、開口率がとても高いです。薄い金属板なので無理に押すと凹んでしまうと思いますが、手荒に扱うヘッドホンではありません。

ヘッドバンドがシンプルな二本のアーチのみでクッションも最小限なので、痛くなりそうで心配ですが、本体が275gと非常に軽量なので、不快感は一切ありません。前回試聴したヤマハYH-4000の320gでさえだいぶ軽量なのに、ADX7000はさらに軽いため、いざ装着してみると、ヘッドホン全体がイヤーパッドのクッションだけで十分保持できており、頭頂部への負担はほぼありません。このあたりはADX5000と全く同じです。

ADX5000・ADX7000

ADX5000・ADX7000

ATH-ADX5000と並べて比べてみると、全体的なシルエットやデザインコンセプトは共通しており、ハウジング内部のドライバー部分のみ大幅に変更されていることが伺えます。

ヘッドバンドの調整範囲や重量と側圧はADX5000からほとんど変わっていないので、ADX5000の装着感が問題なければADX7000もきっと大丈夫だろうと思います。私がこれまで使ってきたヘッドホンの中でも、もっとも快適なデザインの一つです。

調整スライダーが変更されています

ADX7000の調整スライダー

金属板よりもしっかりした印象です

細かい点ですが、ヘッドバンドの調整スライダー部品はADX5000から変更されています。ADX5000では板状の金属部品だったところ、ADX7000では細い金属棒を曲げたようなデザインで、広げる方向の剛性が上がってます。ADX5000のデザインでも問題は感じませんでしたが、無理に広げて曲げてしまう怪力の人がいたのでしょうか。

中心と外周にスポンジがあります

肝心のドライバー部分を覗いてみると、中央と外周部分にADX5000には無かったスポンジが配置されているのが確認できます。センタープラグをスポンジで塞ぐのはなんとなく理解できますが(昔ゼンハイザーHD800Sでもスポンジ改造が話題になりましたね)、それにしても外周のスポンジは、こんなに小さくて低密度なスポンジを局所的に貼るだけで、本当に効果があるのかと不思議に思えてしまいます。それだけ細部までこだわりを持って開発しているのでしょう。

ADX5000・ADX7000

半透明に透けます

ドライバー保護の金属グリルはADX5000と同じくらいの大きさですが、穴の開け方が微妙に変わっています。

さらにドライバー周辺のバッフルフィルター的な素材を貼り付けるリブがADX5000の6本から8本へと増えて、一本づつが細くなっています。ADX5000はリブが少ないためかフィルターが若干たわんでいるようで、ADX7000の方がぴったり張っている印象です。フィルター材質自体はADX5000のものと同じように見えるので、そこはあえて変更せずに、リブ接着面の方を見直したのでしょう。

このフィルターは光が透ける半透明のプラスチック素材なのですが、網目が見えないくらい細かいので、メッシュというよりも布に近い質感です。ドライバーから発せられた音波の特定の周波数を反射するために選定された、いわばドライバーの延長線のような重要な部品なので、これが無くてドライバー単体だとスカスカでバランスの悪い音になってしまいますし、逆に反射を多くしすぎても響きが過剰でうるさくなってしまいます。

ドライバー自体が貧弱なヘッドホンだと、周波数バランスを補うためにハウジングの方で色々な小細工を施す必要があり、そのせいで時間軸のタイミングが狂うなどの不具合が発生します。ADX7000のようなシンプルな構造こそ原理的には一番ストレートで理想的なサウンドが得られる反面、設計と製造が一番難しいです。

他社のヘッドホンと比べてシンプルに見えるとすれば、それは他社がここまでシンプルに良い音を鳴らせるヘッドホンを作れないので、色々なギミックに頼っているからとも考えられます。

ドライバー

ADX7000のドライバーを拡大してみると、振動板は金属コーティングされていない透明なプラスチックのように見えます。コーティングされているとしても非常に薄いのでしょう。一見他のメーカーと同じような普通のダイナミックドライバーなのに、これで凄い音を鳴らしているのが不思議です。

外周を接着剤で固定してあるようですが、金属のグリルの上(最外周の穴の付近)に接着剤が尾を引いて残ったような糸があります。私物なら顕微鏡とピンセットで綺麗に取り除くと思いますが、借り物なのでこのままにしておきます。こういうのは検品で引っかかると思いました。また最外周の接着剤も一部に気泡が目立つので、私の仕事柄こういうのの強度が結構気になります。(産業用機器だと接着剤は気泡抜きのため真空オーブンに入れて乾燥します)。

ATH-R70xa、ADX3000、ADX5000、ADX7000

せっかくなので、オーテクの開放型を並べてみました。ADX3000が16万円、ADX5000が26万円、ADX7000が56万円と、ランクアップで価格が倍増するような感覚です。

5万円のATH-R70xaも基本的なデザインは共通しており、サウンドも素晴らしいので、私としては仲間に入れても良いと思います。コンパクトタイプというイメージのあるR70xaもサイズ感は意外と似ています。

この中ではR70xaのみドライバー直径が45mmで、ADXシリーズは全て58mmです。ちなみに公式サイトの解説ではADX3000とADX5000はタングステンコーティングと書いてあるのですが、ADX7000ではその記載がありません。上の写真で確認したとおり、金属コーティングしているようには見えません。

ADX3000、ADX5000、ADX7000

一番安いADX3000のみハウジング外周の銀色リングが無く、グリルも目の細かいメッシュなので、若干安っぽく見えるものの、スタイリングや装着感は遜色ありません。

私の経験による感覚では、オーテクは他社の高級ヘッドホンと比べて経年劣化が少なく壊れにくいと思います。もちろんATH-M50xくらい安いモデルになるとヒンジがグラグラになったりパッドが加水分解でボロボロになりますが、上級モデルはオーディオショップの店頭試聴機を見ても他社と比べて長持ちしている印象です。私みたいに多くのヘッドホンを収蔵していると、久しぶりに聴いてみるかと思って箱から取り出してみたらボロボロに崩壊していたという例を他社製品で何度も経験しているため、高級機を買うとなるとそのあたりも判断材料になります。

ADX5000は初出が2017年とだいぶ古いモデルなのですが、中古品で探しても(少なくとも日本国内であれば)かなり綺麗な美品が多いため、だいぶ安く手に入ります。そうなるとADX7000との価格差も広がってしまうあたり、オーテクは品質が高すぎて自分で自分の首を絞めているとも言えます。

オーテクというと過剰すぎる付属ケースがよくネタにされますが、しっかりしたケースがあれば、使っていない時は入れておきたくなるのが心情なので、そのあたりも経年劣化が少ないことに影響しているのかもしれません。

付属ケース

今回写真に撮るのを忘れてしまいましたが、ADX7000も例に漏れず豪華な収納ケースが付属しています。多分現行ウッドモデルATH-AWKTなどと同じタイプの銀色のアタッシュケースで、これはオプションにして本体の値段を安くしてくれと思う人もいるかもしれませんが、昔からオーテクの伝統です。

さらにケースの中には飛行機でもらうようなジッパーポーチが付属しているので、だいぶプレゼンテーションに気合が入っています。

少なくともADX5000に付属していたベージュの年寄りくさい囲碁将棋セットみたいなケースよりはカッコよくなっているのは嬉しいです。

付属品

豪華な収納ケース以外にも付属品は充実しており、イヤーパッドはベロアとアルカンタラの二種類(上の写真で装着してあるのがベロアです)、ケーブルは3mで6.35mmシングルエンドと4ピンXLRバランスタイプです。

ADX5000では付属ゲーブルがシングルエンドのみだったので、今回XLRバランスも同梱されているのは嬉しいです。最近は据え置きヘッドホンアンプでもXLRではなく4.4mmタイプも増えてきたので、これくらい高価なヘッドホンならケチらずに4.4mmも付属してくれたらと思います。ポータブルDAPではなく強力な据え置きアンプで鳴らすべきという主張でしょうか。

A2DCコネクター

付属ケーブル

ケーブル着脱はあいかわらずオーテク独自のA2DCコネクターを採用しています。これといって問題もなく優秀なコネクターだと思うのですが、多くのメーカーが互換性から3.5mmを選んでいる中で、A2DCだと社外品の交換ケーブルの選択肢が少ないという弱点があります。

幸い付属ケーブルはとても扱いやすく高品質なので、急いで社外品ケーブルに交換する必要はありません。むしろ3.5mmを採用している他のメーカーの方が、どうせすぐにケーブルをアップグレードするだろうと想定して安っぽいケーブルを付属している印象があります。

AT-B1XA/3.0と付属ケーブル

ケーブルについて余談になりますが、ADX5000ではバランスケーブルが別売で、AT-B1XA/3.0という4万円の高価なケーブルが販売されており、私も当時これを買いました。

ADX7000に付属しているXLRバランスケーブルはこの高価なタイプではなく、標準ケーブルと同じ細いタイプです。上の写真で比較してみてもわかるとおりAT-B1XA/3.0は非常に太いので、確かに高級感はあるのですが、実用上は付属の細いやつの方が扱いやすいです。音質差については後述します。

インピーダンス

再生周波数に対するインピーダンスの変動を確認してみました。

公式スペックによるとADX7000のインピーダンスは490Ωということで、実測でも1kHz付近はピッタリそのとおりになりました。ADX5000は公式スペックで420Ωと若干低いあたりも実測に現れています。

どちらも80‐90Hz付近に山があり、中域全般の負荷が極めて安定しているのは共通しています。ADX7000では3kHz付近の山が低減されています。


一番安いADX3000はインピーダンスが50Ωとひときわ低く、同じ縦軸だとあまり比較にならないため、ADX3000のみグラフの右軸に移動して縦を揃えたグラフです。こうやって見ると全体の傾向や3kHz付近の山など、ADX3000はインピーダンスは低くともADX5000と共通した設計思想に基づいていることがわかり、ADX7000はそれらをさらに発展させたデザインだと伺えます。

同じ測定を電気的な位相変動グラフに変換したものです。こちらを見ると、やはりADX5000とADX3000はとてもよく似ており、ADX7000は3kHzの位相変動の波が低減されているものの、全体的に200Hzあたりから可聴帯域外の最高音までほぼ一定で位相が回転していることがわかります。

音質

オーテク公式の広報写真ではラックスマン、直近のヘッドホン祭のブースではマス工房と、どちらもADX7000にふさわしい最上級ヘッドホンアンプとの組み合わせが使われていました。残念ながらどちらも身近に無いため、今回の試聴ではひとまず普段から使い慣れているRME ADI-2DAC FSやFerrum OORなどを使ってみました。

RME ADI-2DAC FS

Ferrum OOR

ひとまずADX5000の鳴り方に耳を馴染ませてからADX7000に切り替えてみたところ、サウンドの第一印象としては、アタックがだいぶコントロールされ、響きの音数や情報量がかなり増えて、様々な音がせめぎ合っている感覚があります。

ドライバーとハウジングの形状に大きな変更は無いためか、音像の距離感や空間の広がりはよく似ています。演奏を比較的近い距離でハッキリと聴き取ることができ、ボーカルや楽器の質感が身近に感じられ、そこから遠方へと音がスカッと伸びてくれるため、何にも邪魔されない広がりや音抜けの良さが実感できるあたり、まさに開放型ヘッドホンを象徴するようなサウンドです。そのあたりはHD800SやYH-5000SEよりもFocal UtopiaやThe Composerの空間描写に近いです。

さらに、ドライバーとハウジングが一つの大きなユニットとして動作している感覚があるのもADX5000と共通しており、中域の音色から低音に向かうにつれて出音の質感や距離感が狂うことなく一貫性があります。58mm振動板と言われて想像するよりもさらに大きなスケールで余裕を持って駆動できているように感じます。

最近のダイナミック型ヘッドホンは50mm以上の大口径振動板を採用しているモデルが増えていますが、それでもハウジングとの組付けが下手だと、ある程度まではドライバーから、それよりも低い音はハウジングからという別々のサウンドに聴こえがちです。安価なスピーカーのキャビネットみたい感覚でしょうか。そのあたりADX5000やADX7000は「大きなドライバーだけが鳴っている」という感触があり、ハウジングの存在が消えます。

この「ドライバーだけが鳴っている」感覚は静電型や平面駆動型のメリットにも近いとは思うのですが、オーテクはダイナミック型という利点を活かして、振動板の中心から同心円状に音が広がっていくような、耳穴との相対位置や指向性の擦り合わせができるため、音楽を聴きながら装着位置を細かく調整することで、音像がピタッと揃ってリアルに浮かび上がるような感覚が得られます。

これはスピーカーの配置やトーインによる、いわゆるスイートスポットの調整を経験したことがある人なら理解できると思います。静電型ヘッドホンはもうちょっとアバウトな静電パネルやオムニ型のように、全体的に音で包まれるような体験は得意でも、オーテクのダイナミック型ほどビシッとフォーカスが決まりません。

また、昔流行っていたMDR-F1のようなドライバーが宙に浮いて耳を塞がないタイプのヘッドホンも最近は復権が見られるようですが、これらはドライバー周辺のバッフル面による調整が効かないため、ビームのような指向性の強さが目立ってしまい、それを緩和させるためにドライバー自体がフォーカスの甘いフワフワしたサウンドに調整されているなど、オーテクで得られるフォーカスと音響のバランス感には敵いません。

同じオーテクでもウッド系はちょっと個性的すぎて、ウッドの響きを聴いている感覚が強くなってしまうところ、ADX7000やADX5000はそうでもありません。ウッドのATH-AWKGと聴き比べてみたところ、ウッド系は音色の魅力を強調する一方で、情報が減ってしまう部分もあるため、たとえばオーケストラのように全体の正しいバランス感覚が定まっている楽曲を聴くと、フルートは良いけどオーボエがスカスカだ、といった違和感があります。その一方で、歌手と伴奏といった歌謡曲なら、正しいバランスはそもそも存在しないので、歌声を強調して伴奏から浮かび上がらせる効果があるウッド系の方が向いています。その点ADX7000やADX5000は全体をバランスよくカバーした上で、それぞれの特徴を上乗せしている感覚があります。

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オーテクらしいサウンドが輝く一例として、Onyxレーベルからの新譜でDomingo Hindoyan指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団の「Iberia」を聴いてみました。

シャブリエのスペインから始まり、ドビュッシーのイベリア、ラヴェルのスペイン狂詩曲、道化師の朝と続く充実した一枚で、アナログ時代はよくあった企画ですが、最近は奇をてらったカップリングが多い中で意外と珍しく新鮮です。Onyxはオーケストラの音質が非常に優れているレーベルで、ペトレンコからリヴァプールを引き継いだ新監督Hindoyanの指揮も勢いがあります。

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ジャズではデンマークApril Recordsというレーベルの新譜で、The Copenhagen Session Vol.2を聴いてみました。半年前にVol.1が出ており、そちらも素晴らしいです。

2016年にTomasz Stańkoと地元北欧のバンドがコペンハーゲンThe Village recordingsで録音したセッションで、2018年にスタンコが亡くなり御蔵入りになっていたものを掘り出してきたそうです。ライブや寄せ集めではなくしっかりしたスタジオセッションなので音質も演奏内容もメジャーリリースと遜色無く、テクニカルな北欧ジャズが好きな人には必聴盤です。


ADX7000とADX5000の具体的な違いについて、何が変わって、なぜ変わったのかと考えてみると、単純な後継機というよりも、特定の狙いを推し進めた発展型のような印象が強く感じられます。

この「特定の狙い」というのは、ADX3000も含めた三機種で聴き比べるとわかりやすいです。ADX3000、ADX5000、ADX7000と上位モデルに向かうほど出音が洗練されていく過程が実感できるのですが、必ずしも全員にとってADX7000がベストとは言えず、どの段階で自分が満足するのか好みが分かれます。

まずADX3000はアタックの最初の数マイクロ秒に僅かな雑味があり、それのおかげか音楽の勢いやパンチみたい派手さに聴き応えがあり、アタック以降の音色の伸びや残響はそこまで続かないため、テンポよく進行していく刺激的な鳴り方です。演奏の強弱ダイナミクスに敏感に反応してくれて、減衰も速いため、あくまでアタックの瞬間だけの効果です。キンキンと耳障りな金属的な響きがするわけではありません。

ちなみに小型モデルのATH-R70xaも似たようなアタックの刺激やスピード感と残響のテンポの良さがあり、ADX3000の方がハウジングやドライバー口径が大きいため前後左右や奥行きの広さが向上するといった感じです。R70xとADX3000のどちらも、オーディオファイル的な音楽鑑賞というよりも、音楽制作でニアフィールドモニタースピーカーやモニターヘッドホン系を聴き慣れている人が、自分の音楽や、参考とする楽曲を正しく良い音で聴きたいというニーズに答えるような製品だと思います。

これがADX5000になると、アタックの雑味や刺激といった要素が艶や鮮やかさといった良い感じの表現に変換されており、とくに生楽器の音色が充実するような、明るさと色の濃さが生まれます。とくにADX5000が素晴らしい点は、たとえば主役ソロだけが強調されるのではなく、試聴に使ったオーケストラ作品では様々な楽器が主旋律を受け渡していくような場面ですべての楽器が美しく聴こえますし、ジャズの方でもトランペットとピアノの駆け引きといったアンサンブルとして魅力的な体験に仕上げてくれます。普段以上に音色を美しく引き立てて、青空に突き抜けていくような新鮮さが感じられるあたりはオーテクらしいと言えますが、その演出がちょっと過剰だと感じる人もいるかもしれません。

ADX7000では、さらにもう一歩進んで、アタックの瞬間の尖りがほぼ無くなっています。丸くなっているというよりも、垂直に立ち上がって、オーバーシュートせずに直角に進行するような感じでしょうか。まるでオシロスコープのプローブ補正のように、矩形波を見ながら直角になるように微調整したかのようです。

そのためADX7000では従来のオーテクらしい高音の派手さや鮮やかさがだいぶ緩和されて、より原音忠実で正確なレスポンスに発展しているため、ADX3000、5000、7000と聴き比べることで、相対的にアタックの割合が低減されて、響きの部分が聴き取りやすくなっているような変化が実感できます。

冒頭で「ADX7000は音数が多い」と感じたのも、一音ごとの残響が強調されるため、常に複数の音が同時進行で聴き取れるからだと思います。それらが霧のように不明瞭になるのではなく、しっかりと分離できているため、どの瞬間を切り取っても一度にたくさんの響きが鳴っているような感覚があります。

このADX7000の表現方法は、より精巧なハウジングとドライバーの組付けによって歪みが低減したおかげなのか、それとも新たな無方向性磁気回路による振幅駆動のおかげか、もしくは振動板素材なのか、たぶんすべての要素が貢献して実現しているのだろうと思います。

そんなわけで、ADX7000のサウンドですが、不満点というか注意点もいくつか思い浮かびます。ADX5000のオーナーとしてADX7000に急いでアップグレードすべきかとなると、私自身はADX7000に乗り換えることのデメリットも感じられたので、ひとまず保留にしておきます。進化を遂げている実感はあるものの、長所を伸ばすよりも短所を潰すような変化のように思えます。

私の場合、短所の無い総合最高点のヘッドホンを目指すよりも、オーテクを買うならオーテクらしいサウンドの長所を堪能したいという欲求があり、具体的にはADX5000の生楽器演奏の美しさと広い空間に抜けていくような爽快感を気に入っています。どちらが原音忠実で高得点かというとADX7000の方ですが、音色を美化させる能力においてはADX5000が有利です。ADX5000は脚色のセンスがよく、音作りを追求した開発者の信念みたいなものが感じられるのですが、ADX7000は失敗が許されない会議で生まれたような印象を受けます。

たとえばハイハットのシャカシャカした高音に注目すると、ADX5000の派手な描き方は目立つけれど「すごく良い音だからこのままで良い」と思えてしまうところ、ADX7000では不満が無いようにコントロールされており、この方が正しいけれど面白くはありません。

ようするに、ADX5000のレビューなどで指摘されがちだった「問題点」にきっちりと対策して、さらにドライバーとハウジング技術の更新で、より深みのあるサウンドが実現できるようになった万能選手という印象です。

ここまで書いていて、なんだか私はADX7000をそこまで気に入っていないように感じるかもしれませんが、その理由は音が悪いからではなく、ストレートすぎる故の扱いの難しさにあります。とくにアンプとの組み合わせに相当悩みました。

簡単に言うと、これまでADX5000を含めた多くのヘッドホンでレファレンスとして使ってきたアンプでは、ADX7000では面白みが足りず、もっと積極的にアンプ側で音に色気を出す方向に進むことになってしまいました。

以前Austrian Audio The Composerなどでも感じた事ですが、最近のハイエンド開放型ヘッドホンは完成度が高すぎて、それが正しいとわかっていても、そのヘッドホンで愛聴盤を聴きたいという魅力が薄れています。同じ高級車でもスーパーカーではなく運転手付きのリムジンみたいなものでしょうか。これまでは、ヘッドホンごとの個性が強いという前提があったので、それらを邪魔しないために、アンプはできるだけニュートラルなレファレンス性能を求めていたところ、ADX7000ではそれが上手くいかなくなってきました。

高級寿司職人の前でマヨネーズをかけるようで申し訳なくも感じるのですが、味付けの個性が強いアンプの方が、ADX7000がそれをストレートに耳に届ける装置として活かせるような、つまりニュートラルなレファレンス性能の基準点がアンプからヘッドホンへ移行した感じです。

真空管アンプが有効でした

Chord M-Scaler → Hugo TT2 → Cayin HA-6AMK2

最終的に、普段選ぶようなADI-2DAC FSやFerrum OOR、Chord Hugo TT2といったアンプはどれも普通すぎて、結局Cayinの真空管アンプHA-6AMK2やHA-3AをChord DACで鳴らすといった豪華な構成がベストになりました。

ADX7000単体では物足りない色艶を真空管の雑味や歪みが補完してくれて、良い感じの相乗効果が得られます。同じシステムでADX5000を鳴らしてみても、ヘッドホンとアンプそれぞれの成分で二重に音が鳴っている感じがして上手くいきません。

真空管アンプでADX7000がADX5000並みのサウンドになるというわけではなく、そもそもADX7000の方が響き成分の情報量が多く、繊細で複雑な音響が正確に描かれるため、優れたアンプと組み合わせることで、ADX5000よりも高密度で奥深い音響描写が実現できます。

それを一番上手く体感できるのが、クラシックやジャズなどの生楽器録音です。重厚な響きと周囲に広がる空間がADX7000では極めて豊かに表現され、なにか凄い体験をしているという実感が湧いてきます。

ただし、これではADX7000のレビューではなく、真空管アンプのレビューになってしまうという側面もあります。

ヘッドホンそのものの特徴を掴むために、試聴時にはできるだけニュートラルなレファレンス系アンプを選んでいたわけで、その姿勢は今後も変わりませんし、ADX7000の本質的な特徴は、冒頭RMEなどで聴いた時の感想の方が正確です。しかしADX7000の本当の魅力は、優れたアンプを選ぶ時点で始まり、その先は終りが見えないあたり、フラッグシップとしてのポテンシャルを感じます。

パッドの違い

付属のベロアとアルカンタラパッドを比べてみたところ、だいぶ鳴り方の性格が変わるようです。両方が付属しているのだから、どちらか好きな方を選べば良いだけなのですが、店頭試聴時などにはどちらを使ったか覚えておく必要があり、できれば両方を試してみる価値があります。

ADX5000と同じアルカンタラは、私はADX5000での鳴り方に慣れているものの、ADX7000ではイマイチしっくり来ません。どちらかというとベロアパッドの方が好みに合います。

アルカンタラはパッド表面の繊維密度が高いせいか、よりピッタリした密閉感があり、中低域の響きが外に抜けてくれず、耳に向かってくる主張が強く感じます。ただでさえADX7000はアタックと比べて響きが多い傾向なので、ちょっと情報過多でリラックス感が損なわれます。

ベロアパッドの方が低域が緩く、外へ抜けていく感覚があるため、豊かさや膨らみといったリラックス感は増します。つまり低音が減ったとも増えたも捉えられますが、私なら普段使いにはベロアパッドの方を選びます。

ちなみにADX7000のベロアパッドはADX5000に装着しても相性が良く、若干腰高なADX5000をもうちょっとゆったり温厚にしてくれるため、すでにADX5000を所有している人は、ADX7000用スペアとしてベロアパッドが買えるのなら、安い出費で新しいサウンド表現を得ることができます。

AT-B1XA/3m ケーブル

最後にケーブルについても確認してみました。ADX5000を買うなら別売のAT-B1XA/3.0アップグレードケーブルも検討すべきと発売当時から力説していたわけですが、今回ADX7000で同じケーブルを試してみたところ、そこまで必要だとは思いませんでした。

これはADX7000の付属ケーブルが優れているからというわけではなく、見た感じADX5000の付属ケーブルと同じ線材のようなので、むしろADX7000とAT-B1XA/3.0の相性の話です。長く付き合えば考えも変わってくるかもしれませんが、少なくとも現時点では全面的なプラスとは感じません。

ADX5000では中高音の音色が目立つため、全体的なバランスは軽く浮足立った感じもあるところ、アップグレードケーブルを使うことで豊かさや安定感が増して、華やかさを損なわずにゆったりした聴き方に仕上げることができました。

ところがADX7000は付属ケーブルの時点ですでに豊かで安定しているため、アップグレードケーブルを使うことで正三角形のようにどっしり腰を据えて、動きが制限されてしまうような感覚があり、どうも上手く行きませんでした。つまり必須のアップグレートというよりも、ひとまず付属ケーブルの音に慣れてから、それでもさらにゆったり感や落ち着きが欲しい人のみ手を出すべきだと思います。

おわりに

ATH-ADX7000はこれまでの最上級機ATH-ADX5000の順当なアップデートというよりも、設計開発のテーマをもう一歩先に進めた進化型だと感じました。

日本酒や蒸留酒などで、最高級品に向かうほどクセが無くなるのと同じように、従来のオーテクらしい個性がだいぶ軽減されて、総合的に純度の高いサウンドに仕上がっています。

音を聴いただけでも、ADX5000よりも安い値段でADX7000のサウンドは絶対に出せないと確信が持てますし、新設計のドライバーやハウジングには相当な調整努力が見て取れるので、高価である事には説得力がある一方で、ADX5000独自のクセや魅力は低減しているので、ADX5000のもっと派手なバージョンを求めているのなら向いていません。

逆にこれまでADX5000に苦手意識があった新規層も引き込むことができるという点で、ADX7000はフラッグシップとしての地位は揺るぎないと思います。

個人的にADX7000で難しく感じたのは、これまでADX5000では他社ヘッドホンと同じような比較的ノーマルなアンプ構成で満足に鳴らせていたのに、ADX7000ではそれが上手くいかないため、システム全体を入れ替えて追い込む必要が感じられるのが困ります。

予算が潤沢ならば、試聴で使ってみたCayinの真空管アンプなどと合わせてADX7000専用システムを組みたくなりますし、さらに真空管となると選定やマッチングなどの泥沼に入り込んでしまう心配があり、自分なりにブレーキがかかります。その点、私は試していませんが、公式で合わせていたラックスマンやマス工房もきっと良いと想像できます。

ようするにADX7000はソースやアンプ側の試行錯誤にダイレクトに応えてくれる、とても純度の高いヘッドホンなので、最高峰システム構成の基準点としてこれ以上にない選択肢だと思います。

一昔前を振り返ってみると、HD600やK601の時代から始まり、HD800やT1に世代交代して、そこからAudeze LCD-2、Hifiman Susvara、Abyss AB-1266、Final D8000といった具合に、時代ごとにヘッドホンシステムの基準点として選ばれる高級ヘッドホンの変遷があります。

単純にどれが高音質かという安直な話ではなくて、基本性能の高さと駆動の難しさで、アンプや上流システムによる音質変化が顕著に現れる、たとえばアンプメーカーの試聴デモ用レファレンス機としての基準点で、ADX7000はまさにそのような用途にピッタリのヘッドホンです。ADX5000の方は、どちらかというとADX5000そのものの魅力を味わうもので、アンプの評価には向いていなかったです。

近頃はハイスペックなDACやアンプが比較的安価に買えるようになり、バッテリー駆動のポタアンでさえディスクリートDACや真空管が多用され、モード設定で音の変化を楽しむような時代になっているため、ADX7000はそのようなアンプ機器で遊ぶというトレンドに沿ったヘッドホンと言えるかもしれません。

またADX5000が発売から十年でも現役なのと同様に、ADX7000も今後長い間活用されるにあたり、DACやヘッドホンアンプなどの駆動環境にも何らかの変化が見られるかも知れません。その点では、ADX5000がどちらかというと2017年のオーテクらしいサウンドを象徴するヘッドホンとして歴史に刻まれる銘機となる一方で、ADX7000は2025年から今後十年のヘッドホンオーディオに通用する新たなフラッグシップ機という印象を受けました。


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