2026年9月20日日曜日

Grell Audio OAE2 ヘッドホンの試聴レビュー

Grell Audio OAE2というヘッドホンを試聴してみました。ドイツの新興ブランドから2026年7月発売の開放型ヘッドホンで、価格は10万円弱です。

Grell Audio OAE2

ドライバーを前方に配置したユニークな構造が印象的で、実際どんな鳴り方をするのか気になります。最近はポータブルオーディオが流行っている反面、こういった自宅で使うのに手頃な開放型ヘッドホンの新作が少なくなっているので、新たな選択肢が増えるのは歓迎したいです。

Grell Audio

Grell AudioはAlex Grellという人が2023年に発足した新しいブランドで、今のところ初回作OAE1と、その後継機で今回紹介するOAE2のみの商品展開のようです。

OAE2は見た目からもわかるとおりシンプルな開放型ヘッドホンで、38Ωの40mmバイオセルロース振動板ダイナミックドライバーを搭載しています。最近のヘッドホンらしく低めのインピーダンスですが、駆動能率は100 dB/Vrmsと書いてあるので、38Ω換算だと86 dB/mWでしょうか。アンプにはそれなりのパワーが求められそうです。

かなり特殊なレイアウトです

一見無難なデザインのOAE2ですが、イヤーパッドを外してみると最大のセールスポイントが確認できます。一般的なヘッドホンであればドライバー振動板が耳の真横に来るように配置されているのですが、OAE2ではそれらが前方に傾斜配置されており、本来ドライバーがあるべきハウジング中央部分にはなにもありません。

メーカーはこれをフロントサイド・サウンドフィールド・モジュレーション(FSFM)と呼んでおり、たとえばスピーカーを想像してみれば、左右に耳の真横に配置するのではなく、前方からこちらに向けて三角形のように設置するのが一般的ですから、ヘッドホンでも同じ効果を狙う試みのようです。

イメージとしてはこんな感じでしょうか

たしかに、スピーカーと比べるとリアルな音像(イメージング)の乏しさがヘッドホンの弱点としてよく指摘されます、。我々は生の音楽を聴く時には自分の前方の離れた場所に演奏者がいるのが一般的なので、スピーカーはそれを再現するためのベストな位置や距離、角度などが長年のノウハウで確立されました。最高峰のスピーカーリスニング環境であれば、まるで歌手や楽器奏者が自分の前のステージにリアルに浮かび上がってくる感覚が得られますが、ヘッドホンではそれに遠く及びません。

ただしその反面、スピーカーにも大きな弱点があります。そのように音像がリアルに浮かび上がってくるためには、部屋の寸法や音響が大きく関わってきますし、しかもスピーカー設置に対してピッタリ定位置に座らないといけないため、いわゆるスイートスポットと呼ばれる理想的なリスニングポジションが限定されてしまうという問題があります。ヘッドホンであれば、部屋のサイズや着席位置に関わらず、ドライバーと耳の距離や位置関係が一定に保てるので、常にスイートスポットが得られている状況と言えます。

そんなわけで、ヘッドホンを使ってスピーカー的なイメージングが実現できるのが理想的という考え方があり、Grell OAE2はまさにそれを体現するようなヘッドホンのようです。

HD800Sと比較

実際のところ、ドライバーが耳穴の真横に並行配置されているヘッドホンというのは意外と稀で、ハイエンドヘッドホンを観察してみれば、ほとんどの場合いくらか前方に傾斜配置されています。たとえばゼンハイザーHD800なんかはその代表例ですし、直近だとヤマハYH-5000SEもわかりやすいです。それにしてもOAE2はそれらと比較にならないくらい前方傾斜配置が極端なのが面白いわけです。

ヘッドホン本体が並行配置で作られていても、イヤーパッドの前後の厚みを変えることで傾斜を作っているケースもあります。たとえばAudeze LCDシリーズなどはパッドが極端に傾斜しています。そういう場合はパッドを社外品に変更したり経年劣化でヘタってくるとイメージングの印象が変わったりします。

HD600系と比較

それらとは対照的に、ドライバーの並行配置を保っているヘッドホンもまだ多いです。オーテクATH-ADXシリーズなんかはほとんど傾斜していませんし、HD600やDT1990PROなどスタジオモニターヘッドホンと呼ばれるタイプも並行配置が多いです。

収録した音声を正しく評価するためには、ドライバー振動板から音が鼓膜まで一直線に届くことが理想的で、傾斜で音が耳周りで反射したりすると、収録された音を聴いているのか、ヘッドホンが生み出した響きを聴いているのか判断できなくなってしまいます。

そんなわけでヘッドホンにも色々な考え方があるので、ただ高価な方が音が良いと安易に決めつけることができないのが難しいところです。

それではドライバーをただ前方に傾斜配置すれば良いのかというと、そう簡単な話ではありません。Grell OAE2の内部を見ると、耳周りに銀色のメッシュで作られたドームが用意されています。ゼンハイザーHD800のメッシュと似た素材のようです。

特定の周波数帯だけ反射して、それ以外は通り抜ける、いわゆるフィルターのような効果があり、これらの距離や角度を三次元的に調整することで、周波数バランスや三次元空間の錯覚を生み出すことができます。たとえばこれらがメッシュではなく鉄板で作られていたら高音が乱反射してキンキンした鳴り方になりますし、木製だったら中低域が響き渡りモコモコした鳴り方になりそうなのは想像できると思います。

スピーカーの感覚に近づけるのなら、理想的にはドライバーだけを前方に傾斜配置して、それ以外は何もない骨組みだけのフレームにするのが良いかもしれませんが、一つのダイナミックドライバーだけで可聴帯域全体を完璧にフラットに再現するのは困難なので、ハウジングの吸収や反射で帯域バランスを補う役割もありますし、耳の至近距離にドライバーを置くと指向性が強すぎて違和感があるため、周囲の響きを加えた方がリアルな距離感を演出できるという側面もあります。

そもそもスピーカーも2WAYや3WAYにキャビネットで調整していますし、それらを無響室で聴いているわけではなく、部屋の周囲の響きが大きく貢献しています。ドライバーだけで他に何もないヘッドホンは、通気性という点では快適なのですが、周波数バランスやイメージングの点ではなかなか上手くいきません。イコライザーで補正しようとしても、そもそもドライバー自体が低音を生み出せないので歪んでしまいます。

そんなわけで、現在ハイエンドヘッドホンを作ろうとなると、主に二通りの方法が思い浮かびます。一番わかりやすいのは、大きな薄膜の平面振動板で、できるだけ広帯域でフラットなドライバーを作ってから、傾斜に関してはイヤーパッドの形状に依存するというのがよく見るタイプです。この場合は薄膜シートをエッチングやレーザー加工するなどの製造技術が肝心になってくるので、少量生産のスタートアップがヘッドホンに参入する場合に有利です。

それとは対照的に、ドライバー自体は比較的コンパクトなものをポイントソース的に活用して、その周囲のハウジングにて高度な音響設計を駆使して、周波数特性を補いながら、三次元の距離や方角の立体音響を生み出す作り方があり、Grell OAE2はこちらのアプローチに近いです。

肝心なのは、フラットな周波数特性(特定の補正カーブに近づけるなど)はダミーヘッドマイク測定で定量的に調整できても、三次元空間の距離や方位で音像のリアルさを生み出すのはマイク測定だけでは不可能なので、3Dシミュレーションと実際の感覚を頼りに細かく追い込む作業が求められ、長年のヘッドホン開発の経験が求められます。そう考えるとGrell Audioがこちらの方向に力を入れるのが納得できます。

シンプルながら独創的なヘッドホン

創業者Alex Grellはそれまでゼンハイザーでヘッドホン開発に携わってきたということで、ロングセラーHD800シリーズなどはもちろんのこと、過去にゼンハイザーが培ってきたヘッドホン開発技術のノウハウを熟知した人物です。

ゼンハイザーから離れた理由は不明ですが、2022年にゼンハイザーのコンシューマー部門が補聴器メーカーのSonovaに買収されたのと関係しているかもしれません。なんにせよ、自身の名前を冠するブランドとしてGrell Audioを発足して、ヘッドホンの新境地を目指しているようです。Alex Grell自身はGrell Audioブランド以外でも監修やコラボなどで広く活動しているため、それらがGrell Audioブランドの知名度アップにも貢献しているようです。たとえばヘヴィメタルに特化したヘッドホンブランド「HEAVYS」のCTOも兼任しているなど、スタートアップ分野で色々と手広くやっているビジネスマンという印象です。

ちなみにGrell Audio最初のモデルOAE1は米国オンラインショップDropとの専売コラボで「Drop + Grell OAE1」という形でデビューしました。いわゆるソフトローンチ的に様子を伺って、そこそこ好評を得たことで本格的な量産モデルとして今作OAE2を発売したようです。

私自身OAE1は何度か試聴したことがあったものの、サウンドに関してはちょっと低音寄りのカジュアル系すぎて、よくあるネット民界隈のチューニングといった印象に留まりました。今回の新作OAE2は見た感じOAE1とそっくりなので、中身は変えていない本格流通版だろうと思っていたところ、チューニングを大幅に改善しているということで、今回あらためて試聴してみることになったわけです。

デザイン

Grell OAE2ヘッドホンのデザインは高級とも安価とも言えない、無難で実用的な印象を受けます。十万円弱という価格は最近だと中級価格帯でしょうか。

イヤーパッド

イヤーパッドは一般的なドーナツ状のベロア調で、四方の爪でパチパチと固定するタイプです。円形ですが前方にドライバーが収まる部分だけ窪んでいるため組付けの方向は決まっています。

パッドの下に黒い保護メッシュのカバーが挟んであります。ドライバーの出音面には円形のスポンジは貼り付けてあり、これは取り外せませんでした。

パッドを外すとドライバーの裏側が見えます

外側もなんだか複雑そうです

ドライバーは裏面が剥き出しになっているのがちょっと不安になりますが、見た感じよくあるダイナミックドライバーといった形状です。

外側のグリルは開放型らしい通気性の良さを期待させてくれます。奥にはさらに部品が見えるのですが、このあたりの構造はよく見えません。

ヘッドバンドはだいぶシンプルな形状です

塗装が家具っぽいです

配線を内部に通すなど、作りは丁寧です

実際に手にとってみると、そこそこ堅牢で丁寧に作られている印象を受けるのですが、それでも高級感があまり感じられない理由は、主にヘッドバンド部品にあるような気がします。

金属で作られていて、そこそこ剛性があるものの、CADで線と円だけで描いたようなシンプルなデザインに、グレーのエナメル塗装がヘッドホンというよりも工具や園芸道具を連想します。丁寧に作られているとは思うのですが、メカデザインのこだわりみたいなものがあまり感じられないため、高級嗜好品というよりも実用的な道具の印象を与えているのでしょう。

最長に伸ばしても厳しいかもしれません

円形のイヤーパッドはよくある質感で、側圧もそこまで強くなく、十分にホールドしてくれる程度なので、フィットは良好ですし、そもそも開放型ですから密閉具合や遮音性はそこまで気にせず使えます。

個人的に気になった点としては、ヘッドバンドの伸長範囲が狭く、私の頭だと最長まで伸ばした状態でギリギリOKでした。ゼンハイザーやベイヤーダイナミックなどではヘッドバンドは中間くらい(4クリック程度)でちょうどよく、まだ余裕があるので、私の頭がとりわけ大きいというわけではなさそうなので、そうなるとOAE2は厳しい人もいるかもしれません。このあたりは昔から欧米メーカーのヘッドホンでよくある問題です。

ヘッドバンドは細めです

また、ヘッドバンドが短いことと関連しているのですが、私も数時間装着していると頭頂部が痛くなってきて、何度かポジションを変える必要がありました。

頭頂部にクッションはあるのですが、幅が細いので負荷が集中するのと、さらにヘッドバンドの剛性が均一なため、装着時に横に広がることで中央のカーブが直線のようになってしまい、頭の曲線に沿ってくれず、頭頂部の一点に負荷が集中します。

他のヘッドホンでは、たとえば現行HD600系のようにパッドの頭頂部に凹みを設けることで接触点を左右に分散したり、HD800のようにヘッドバンド中央を堅く、左右を柔らかくすることで、頭頂部の曲線を保持して点接触ではなく面接触を維持するよう設計してあります。もっと確実な例としては、側圧用の金属アーチとは別にハンモック式のパッドを吊るすタイプが、とくにAudezeなど本体が重いタイプではよく使われます。

OAE2はそのあたりが非常にシンプルなので、顔の幅が狭く耳の位置が高い人なら問題ありませんが、幅広で耳の位置が低い人だと要注意なので、店頭試聴機でテストすることを推奨します。

かなり珍しい形状です

こんな感じに収まります

ケーブルは左右両側出しのように見えますが、実は左右どちらか片方だけに接続するタイプです。バランス接続にも対応しており、4.4mmバランスケーブルも付属しているのはありがたいです。

コンシューマー向けでは左側が定番で、プロ用だと右側もよく見るので(ミキシングデスクのヘッドホン端子は右側が一般的なので)、どちらか任意で選べるのは嬉しいです。私はそこまでこだわりはありませんが、自宅ソファとヘッドホンアンプの位置関係でケーブルが右側だと都合が良いので嬉しいです。

ヘッドホン側の端子自体は一般的な4極2.5mmプラグなのですが、ソケット穴が非常に細く、プラグの取っ手部分(直径約5.6mm)もソケットの中に収まる不思議な形状です。

おかげで端子が長く突き出して肩にぶつかるようなこともなく、スッキリしているので、普通に使う分には問題ありませんが、自作や社外ケーブルを使いたい人は困りそうです。

また、ケーブルを着脱する場合、プラグ取っ手は掴めない構造になっているためケーブル部分を引っ張ることになるので、メーカーの設計通りといえど、心理的にやってはいけない事のようで不安になります。

専用ケース

フラットに収納できます

付属ケーブル

今回借りた試聴機では、専用のジッパーケースと、ケーブルは3.5mmシングルエンド(6.35mmネジアダプター)と4.4mmバランスタイプが付属していました。どちらも1.8mで、銀メッキOFC銅ということで、そこそこ良いもののようです。

ケースはかなり大きいのでポータブル用には厳しいですが、本体をフラットに畳めるおかげでそこそこ薄手になるため、部屋で本棚などに収納するには理想的です。

インピーダンス

いつもどおり再生周波数に対するインピーダンスの変化を確認してみました。

参考までにゼンハイザーの開放型HD800SとHD490PROと比べてみると、Grell OAE2は設計思想が根本的に違うことがわかります。

最新モデルHD490PROではインピーダンスをだいぶ下げているといっても、やはりプロ機器ということで比較的高めで、低域に山があるのと20kHz以上で上がっていく感じがゼンハイザーらしいです。一方OAE2は全体的に平坦な40Ω付近を維持して、5kHzで100Ωの山があります。

同じグラフを電気的な位相で表示した方が比較しやすいです。HD800SとHD490は中低域から上が直線的に位相が進んでいく感じなのに対して、OAE2は5kHzの山で45°くらいの大きな回転があり、これが結構目立ちそうです。

音質

OAE2はインピーダンスがそこそこ低い40Ω付近ということで、ポータブルDAPやドングルDACなどでも一応鳴らすことはできるのですが、色々と試してみた結果、しっかりした据え置きヘッドホンアンプで鳴らすべきヘッドホンだと感じました。

Ferrum OOR

Bandcamp

Calligram Recordsの新譜Clark Sommers 「WaBaSH」を聴いてみました。Bandcampを中心に活動しているシカゴの新鋭レーベルで、オーナーのBradfieldはサックスでも活躍しています。

今作はベースSommersをリーダーに、BradfieldとWojciechowskiのサックス2管のピアノレスバンドです。双方テナーを中心に、片方はソプラノとバスクラリネット、もう一方はアルトとフルートを掛け持ちしているため、交互の応答も混雑せずに楽しめます。シカゴのローカルな最前線を味わえるホットな演奏で、録音も優秀なレーベルなので、他のアルバムもチェックしてみたくなります。


肝心のOAE2のサウンドについては、最初の一音を聴いた時点で、前方傾斜ドライバーの特殊効果が実感でき、これは明らかに他のヘッドホンとは違う独自のコンセプトを貫いているという強い意志を感じます。

バンドの演奏が前方から自分に向かって飛んでくるような感じなので、耳穴から鼓膜を刺激するのではなく、顔面にサックスやドラムの音の粒を浴びせられるような感覚です。ドライバー自体は至近距離にあるので、音像の距離感や奥行きはそこまで遠くありません。数メートル先のコンサートステージにアーティストが浮かび上がるというよりも、どちらかというと大画面のテレビを至近距離で見ているような迫力に近いです。その点ではニアフィールドモニターに近いのかもしれません。

音像のプレゼンテーションは確かにユニークですが、周波数特性は意外と普通で、ウッドベースの低音からドラムパーカッションの高音まで可聴帯域全体がバランスよく聴き取れます。変に独自色を出さず、万人受けする補正カーブに近づけて丁寧に調整してあるのが実感でき、たとえばDan Clark Audioなど最近のヘッドホンの王道チューニングに近いため、不自然に感じる人は少ないと思います。クラシックの弦楽器がツヤツヤに輝くとか、打ち込みキックドラムが鼓膜を震わせるといったジャンル特化型ではありませんし、前方傾斜のおかげでジャズの激しい演奏でも音圧がキツく感じないので、モダンなチャートポップスとかとの相性も良さそうです。

一般的に開放型ヘッドホンの弱点として、周囲にエアコンなどの騒音があると、それに打ち勝つために必然的に音量を上げることになり、とくにコンプレッションが強くダイナミックレンジが狭いポップス曲では聴き疲れしやすいです。そのため最近では中低域をかなり持ち上げた厚みのあるチューニングが主流になっており、OAE2もその文脈にあります。

つまり開放型ヘッドホンといっても、一昔前のモデルのように静かな空間にてダイナミックレンジの広い曲を小音量で聴くことを前提としているタイプと違い、そこまで構えずに幅広い環境と音楽ジャンルに対応してくれます。定番の名機という触れ込みで開放型ヘッドホンを買ったものの、どうにも刺激が強すぎて使いづらいと感じている人は、OAE2のモダンな鳴り方を試してみる価値があると思います。

OAE2のサウンドについては、周波数特性よりも、やはり空間的な感想に注目が行きます。こちらは実際かなり独創的で、使用条件によっては賛否両論あると思います。そこで、ひとまず先に、一般的なヘッドホンと比べて私が気になった違和感や弱点などを一通り挙げてから、その次に、それでもOAE2を使うメリットについて考えてみたいと思います。

ちなみにOAE2はかなり特殊なので、比較対象は一般的な開放型ヘッドホンなら何でもよいと思いますが、今回は身近にあったAustrian Audio The ComposerやFostex TH909などを使いました。

まず個人的に一番気になった点としては、センターイメージのフォーカスが甘く、二重に聴こえる場面が多いです。ヘッドホンの装着位置を色々動かしてみても、この感覚は変わりません。

前方傾斜ドライバーだから、サックスのソロのイメージングがビシッと決まると思っていたのですが、むしろ逆で、他のヘッドホンだと明確に聴こえるセンター音像が、OAE2だと綺麗に結像してくれません。例えるなら、スピーカーのトーインが合っていないとか、指を眉間の間近に持ってくると焦点が合わず二重に見えてしまう、あの感じに近いです。本来ひとつのセンター音像として現れるべきが、微妙にズレた二つの音像が重なり合って干渉しているような、もどかしい感じがあります。そこまで質感のディテールやリアリズムにこだわらない音楽、たとえばセンターに主役のいないアンサンブルや、質感を気にしない合成音声などであれば、そこまで気になりません。

このようなフォーカスの甘さについては、OAE2ほどではないものの、ゼンハイザーHD800Sなどでも僅かに感じるため、個人的にHD800Sをそこまで好んで使わない理由のひとつです。逆に、ドライバーが耳穴の軸線にあるモニターヘッドホンの方が頭内でイメージがビシッと結像してくれるため、質感のリアリズムに触れることができます。個人的にベイヤーダイナミックDT1770PROなどを好んで愛用しているのもそのあたりが関係しそうです。

OAE2のようにドライバーが前方に配置されていると、ハウジングや外耳との複雑な拡散を経て、フォーカスが曖昧になってしまうのかもしれません。ハウジングやドライバーの位置関係は私の頭の幅や耳の形状を考慮していないので、もしかするとOAE2と相性がよい頭形状の人なら、二重に聴こえずフォーカスがピッタリ合う可能性はあります。

たとえばAKG K1000やMySphereヘッドホンでは前方傾斜ドライバーが扉のように動いて調整できるギミックが用意されていました。また以前Final Tonaliteイヤホンにて、耳周りの3Dスキャンによる個人プロファイル作成の重要性を実感したので、OAE2の意図した立体形状が本当に自分の頭に合っているのか気になります。

続いて、OAE2のもうひとつの弱点について、これは他の立体音響系ヘッドホンでもよくある現象なのですが、特定の周波数帯でハウジングの特定の方角からの反射が目立ちます。

具体的には、音楽の大部分が前方のドライバーの方角から聴こえているのに対して、ハイハットなど高音の刺激音だけが耳の上の後ろあたりからシャンシャンと反射するように聴こえてきて、違和感というか整合性が悪く、特定の帯域がピンポイントでくすぐったいようなもどかしさがあります。先程のグラフで見た5kHz付近の位相変動とも関係しているのでしょうか。

また、ウッドベースやキックドラムの一番低い帯域は耳の下から首筋のあたりで響いているような感覚があり、こちらはタイミングの遅れも少し気になります。ベースやキックドラムの低音のメインの部分はドライバーから、一番低い響きだけワンテンポ遅れて耳下で反射といった具合なので、リズムのドライブ感にブレーキがかかり、全体的にレイドバックな方向に感じます。

これらは意図的な空間ギミックというよりも、周波数特性をフラットにするために生まれた副産物のような感じがしますし、他のヘッドホンでもよくある現象なのですが、OAE2でとりわけ気になる理由として、やはり音楽の大部分が前方から聴こえるため、それ以外の耳周りの反射が余計に目立つのでしょう。

もっと考察してみると、OAE2の前方傾斜のアイデアと本物のスピーカーの大きな違いは、スピーカーの場合は左右スピーカーの音は反対側の耳にも届き、これが現実の演奏の聴こえ方に近いわけですが、ヘッドホンの場合、左チャンネルの音は左耳にしか聴こえないため、現実との違いを余計意識するのだと思います。

とくに、生演奏やスピーカーの場合は左耳と右耳に音が届く時間差で音像の距離や空間の奥行きを構築できているわけですが、OAE2ではその部分は再現できないため、前方の奥行き方向はそこまで展開できていません。

これを克服するためにはSPL Phonitorなどアンプのクロスフィード機能を活用するわけですが、逆に言うと、OAE2の前方傾斜配置では、鼓膜間近から音源を離す効果はあっても、クロスフィードと同じような立体音響を得るのは難しいことが実感できました。

ここまで書き留めたOAE2の弱点について、駆動するアンプがどの程度影響するのかを確認してみたところ、ひとつ面白い点に気が付きました。

OAE2の試聴機を借りた際に、シングルエンドケーブルも試すことを推奨されたので、実際にそうしてみたところ、確かにバランス接続よりも良い感じがします。センター音像のフォーカスが甘いのはあいかわらずですが、明確に二つの音像が重なっているというよりは、もっと混ざりあったような甘さになりますし、高音のハウジング反響の違和感がだいぶ低減されて、まとまりのある鳴り方になります。

これについて具体的な理由は不明ですが、シングルエンドと比べてバランス接続のメリットとして、グラウンド線が分離することでステレオセパレーションが向上するという点を踏まえると、つまりシングルエンドの方がセパレーションが悪いため、上で述べたようなクロスフィード的な僅かなブレンド効果が得られるのでしょうか。なんであれ、試聴の際にはシングルエンド接続を試してみる価値があります。

ただし、シングルエンド接続だとアンプには高出力が求められるため、とくに音量レベルの低いクラシック音楽などでは一部のDAPやポタアンだとパワー不足に感じることもあり、音像が安定しない傾向が強まります。冒頭で言ったように、コンセント電源の据え置きアンプでしっかり駆動するメリットのあるヘッドホンだと思います。

Presto

英デッカは膨大なカタログを抱えているため、往年の名盤の多くが埋もれているのが残念ですが、それでもチラホラとハイレゾリマスター復刻をリリースしており、直近ではメータ指揮ウィーンフィルの前奏曲集が登場しました。

リストの交響詩「前奏曲」から始まり、ワーグナーのローエングリン、パルジファル、マイスタージンガー前奏曲という濃厚な一枚で、1966年デッカ黄金期の凄まじいサウンドを堪能できます。リマスターも良好で、最近はノイズ除去技術も進んでいるようで、息苦しさを感じさせないアナログさながらの広大なサウンドを引き出せています。


今回OAE2をじっくりと試聴して個人的に一番迷ったのが、このヘッドホンはどんな人がどういった用途で使うべきなのかという点で、そこへきて今作のようなオーケストラ復刻名盤との相性が極めて良いと感じました。

デッカといえばデッカツリーで有名なくらいですから、この1966年録音の頃はまだスポットマイクも少なく、ソフィエンザールの芳醇なサウンドの大部分をステレオツリーで収録しています。そのため左右チャンネルの自然なクロスフィード効果が得られ、しかも今作はオーケストラ曲でソリスト不在なので、センター結像の曖昧さはそこまで問題になりません。

このように相性の良いアルバムを見つけると、OAE2のメリットがじわじわと実感できるようになります。かなり独創的なサウンドのヘッドホンなので、ここまで挙げてきたような「一般的なヘッドホンと比べてここが変だ、ここがおかしい」と比べるのは本末転倒というか、OAE2を本当の意味で評価することはできません。

一般的なヘッドホンの方が良いと思うのならそちらを買えばよいだけの話ですし、これを読んでいる人の多くはすでに優秀な開放型ヘッドホンを所有していると思うので、それでもなおOAE2を薦めたいユーザーを考えてみることで、OAE2の特徴を一層理解できるようになります。

Cayin HA-3A

OAE2はパワフルな据え置きヘッドホンアンプで鳴らすメリットが大きいという話と関連するのですが、真空管アンプとの相性が非常に良いです。

真空管アンプといっても、最近ポータブル機器で流行っているような、プリ回路に真空管を通しているものではなく、しっかりとパワー管でヘッドホンを駆動する本格的な真空管アンプの事です。今回はCayinから6V6搭載のHA-3Aや300BのHA300 MK3を使ってみましたが、どちらもこれまでソリッドステートアンプで鳴らした時よりもOAE2との相性が良く、ウィーンフィルの金管の咆哮に輝かしい艶が加わり、OAE2特有の正面から浴びせられるようなサウンドはまさに圧巻です。(ちなみにラインソースのレベルを下げて真空管アンプのボリュームを上げるとより効果的です)。

OAE2はインピーダンスが38Ωとだいぶ低いので、トランス出力の真空管アンプとは相性が悪いかと心配したのですが、先程のインピーダンスグラフでも見たとおり全域比較的フラットでなのでそこまで意識しなくてもよいのと、さらに5kHzの位相変動をトランスが上手くダンピングしてくれるのかもしれません。

なんにせよ、真空管アンプの骨太な鳴り方や自然なクロストークのおかげで、OAE2で気になった周囲の高域のざわめきや、センター音像の摺合せの悪さが気にならなくなり、セールスポイントである前方傾斜「FSFM」効果がより一層迫力のあるオーケストラ音響を生み出してくれます。

悪く言えば、シビアなアンプで浮き彫りになるOAE2特有の弱点を真空管アンプが上手に隠してくれるわけですが、良い音で楽しめるのならそれに越したことはありません。OAE2のデザイン自体が一般的なモニターヘッドホンと大きく離れているわけですから、それを最大限に活かせるシステム構成を目指す方が良いです。

レコード再生

そんなわけで、様々な条件でOAE2の使いどころを探ってみたところ、最終的にLPレコードの再生にてOAE2の本領を発揮できたように思います。最近はレコードを聴く人も多いようですが、レコード再生と相性の良いヘッドホンというのは他にあまり思い浮かばないので、ぜひOAE2を試してもらいたいです。

一般的なヘッドホンでレコードを聴くと、大音量時のビビりや、チリチリ、パチパチが耳元で聴こえる不快感が目立つところ、OAE2の前方イメージによってある程度それらが回避できます。また、デジタルソースで感じた左右の摺合せの悪さや高音のざわめきも、レコードはそもそもステレオセパレーションが悪いので、完全に片耳だけの信号が原理的に生まれません。

ようするに、先ほど真空管アンプで挙げたメリットの延長線上にアナログレコードがあり、それらの組み合わせはOAE2との相性が抜群に良いです。DGGやEMIのステレオクラシック名盤はもちろんのこと、ジャズでは敬遠されがちなステレオ盤も良い感じに処理してくれますし、OAE2でならどう鳴ってくれるのか、聴いてみたいレコードが山積みになりました。

ここに至るまで、OAE2はあくまで他のヘッドホンと取っ替え引っ替えの比較試聴に留まっていたのですが、レコードと真空管アンプとの相性が良いと判明してからはOAE2だけで数時間没頭してアルバムを何枚も聴くというルーチンに切り替わり、試聴を終える時期になると、返却するのが惜しい気持ちも湧いてきました。

おわりに

Grell Audio OAE2は見かけによらずユニークな鳴り方なので、他の一般的なヘッドホンと同じ土俵で優劣を競うのではなく、従来のヘッドホンでは想定していなかった新たなユースケースを見出すことが求められます。

今回私が挙げた真空管アンプやアナログレコードなどは上手くいった一例に過ぎないので、他にもOAE2が活躍する意外な場面が見つかると思います。

昨今これといって特徴や珍しさの無い新興ヘッドホンブランドが乱立する中で(とくにAudezeやHifimanの二番煎じみたいなのが多いですね)、Grell Audioは前方傾斜のFSFMという技術を用いて独自の存在意義を築き上げることに成功しています。

ヘッドホンの常識を覆すパラダイムシフトというと大袈裟ですが、これまでヘッドホンオーディオに共感できなかった層にこそ魅力が伝わりそうなので、すでにハイスペックなヘッドホンと最先端デジタル機器を導入したけれど、やはりアナログレコードや真空管アンプの方がしっくりくるなんていう人こそ、OAE2を試してみることをお薦めします。

今後Grell AudioはOAEシリーズのみでビジネスとして継続できるのか、それとも一般的なワイヤレスヘッドホンやイヤホンなどにも着手していくのか、これからの動向が気になります。

多くのメーカーにとって、ヘッドホンでスピーカー的な前方音場を形成するのは長年の課題だと思いますが、個人的な感想としては、ここ数年はどちらかというとDSPによる手法の方が飛躍的な進歩を遂げている印象を受けます。

十年前にHD800Sなどが主流だった頃は、まだデジタル上で音響エフェクトを通すのはオーディオファイル的に忌避されていました。

やはり大きな転換点はワイヤレスANCヘッドホンの飛躍的な進化のおかげでしょう。ヘッドホン本体に内蔵されているDSPアンプの高速リアルタイム演算と、さらにNC用に複数搭載された内蔵マイクによるハウジング内部音響の測定による、ユーザー自身のプロファイルをシミュレーションに組み込むことで、3D音響効果がかなりリアルに再現されるようになりました。アップルなど大手テック企業が参入してきた事も大きいと思います。

将来的に、DSP処理とGrell Audioのように巧みな物理設計の二つが融合することになれば、たぶん凄い領域に到達できると思いますが、しっかりしたアンプで駆動するとなると有線モデルになりますし、有線で専用のプロファイル測定機器やDSPアンプとセットで販売するとなると、どのメーカーも簡単には踏み込めないレベルの難易度になりそうです。

今回Grell Audio OAE2の試聴では、スピーカーとヘッドホンの違いについての話が多くなりましたが、やはりスピーカーと比べてヘッドホンオーディオの最大の魅力というと、場所や環境に制限されず、色々な鳴り方のヘッドホンを複数所有して、気分次第で切り替えることができます。スピーカーではなかなかそのような贅沢は実現が難しいです。その点では、いつも似たようなヘッドホンばかりでなく、普段とは一味違う開放型ヘッドホンとしてOAE2の存在意義は大きいです。


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