2016年5月3日火曜日

Beyerdynamic T1 (初代)のリケーブル改造とか

先日、ベイヤーダイナミックT1の限定版モデル「90th Anniversary Edition」についてちょっと紹介しました。

通常モデルのT1に特別なバランス接続対応ケーブルを装備した限定モデルでしたが、これが通常モデルと比べて格別に高音質で、非の打ち所が無いような素晴らしいヘッドホンだったため、私の持っているT1がなんとなく色褪せて見えてしまいます。

というわけで、私のT1も購入から7年でそろそろ古くなってきたので、このまま時とともに引退させるのも勿体無いですし、これを期にちょっと改造してみようかと思いました。

リケーブル可能にして、90th限定モデルと同じケーブルを接続したらどうなるのか実験してみようと思い立ったわけです。

初代T1をリケーブル改造して、T1 90thに近づけるでしょうか


私のT1は2009~2015まで販売されていた初代モデルで、現行の「T1 2nd Generation」ではありません。T1は個人的に大好きなヘッドホンなので、「2nd Generation」に買い換えることも考えてはいるのですが、どうもサウンドの変化が好みに合わず、いまだに初代を使い続けています。実際買い換えるとしたら、密閉型の「T5p 2nd Generation」の方が好きだったりします。

初代T1

とくに私のT1は2009年の発売当時に買った初期モデル(シリアル1000番台)なので、全体的な作りは後期モデルと比べて荒削りな手触りです。サウンドも後期モデルと比べてもっと低音がゆったりしたリラックス系サウンドだと思います。これは長年に渡るエージングのせいなのか、それともなにか製造工程に変化があったのかは不明です。

純正のケーブル

T1の初期型と後期量産型の一番大きな違いはケーブルです。どちらも左右両出しの黒いビニール被覆タイプなのですが、後期型が無印なのに対して、私のT1は若干太めで「Sommer Kable SC Peacock」という刻印がされています。

Sommer Kableというのはドイツにおけるスタジオ用オーディオケーブルメーカーで、日本でいうところのモガミやカナレとかみたいな会社です。SC Peacockというのは録音マイク用のOFCツインケーブルで、左右のケーブルを裂けるチーズみたいに分割できるのでヘッドホンケーブルとしても使い勝手が良い製品です。T1デビュー当初はこのケーブルとノイトリックの6.35mmコネクタを採用しており、生産が軌道に乗り始めてからは無印のOEMケーブルに切り替えたようです。

なんにせよ、初代T1のケーブルはヘッドホンハウジングに直付けなので、社外品ケーブルに交換できないというのが大きなネックです。

ちなみに、純正ケーブルでも左右両出しで差動接続になっているため、6.35mmコネクタをXLRバランス接続コネクタに交換することは簡単にできます。T1デビュー当時から自作でバランス化改造を施しているユーザーは多かったです。インピーダンス600ΩのT1はとくにアンプに高い出力電圧が要求されるため、バランス駆動化でパワフルなドライブを得ることができれば、水を得た魚のようにパフォーマンスアップが期待されます。

T1 90th AnniversaryのCardasケーブル

T1 90th Anniversaryモデルのケーブルは、先日のブログでも紹介したように、ベイヤーダイナミックがケーブルメーカーのカルダス(Cardas)社に依頼して特注したものです。具体的に明示してありませんが、ケーブルの太さや形状を見る限りでは、Cardas Clear Lightというケーブルのバリエーションのようです。

つまり、通常版T1にCardas Clear Lightケーブルを接続できるよう改造して、もし90th Anniversaryモデルと同じサウンドに近づいてくれれば大成功というのが狙いです。

ヘッドホンのリケーブル化改造となると、どの端子形状を使うのか決めるのが一番悩ましいです。バランス駆動も視野に入れると、一般的に使われているものでは:
  • 3.5mmステレオジャック (T1 2nd Generation、ソニーMDR-Z7など)
  • 2.5mmモノラルジャック (Oppo PM、ゼンハイザーHD700など)
  • Mini XLR (Audeze)
  • 2 pin (ゼンハイザーHD650)
  • LEMO 00 (ゼンハイザーHD800)
といった候補が上がります。

結局どのコネクタ端子でも良かったのですが、今回はHD800と同じLEMO 00タイプを選びました。その理由は、まずHD800用であれば豊富な数の社外品高音質ケーブルが手に入ること、ケーブル自作も可能なこと、そして友人でHD800用のCardas Clear Lightケーブルを持っている人がいることが決定打となりました。

また、実際にT1のハウジングを開けてみるとわかるのですが、LEMO 00以外のコネクタだとどうしてもドライバフレームに干渉してしまうため、ハウジング内に上手に収まらないです。ネット上でT1をMini XLRや3.5mmに改造した人の写真を見ると、どれもブロックみたいなものでハウジングから飛び出した状態にしています。

T1の分解と改造

T1のハウジングはDT880などと全く同じ方法で、簡単にバラバラにできます。

回転ヒンジ部分のネジをはずして

このプラスチックパーツが外れます

ヘッドホンハウジングを外したヘッドバンド

まず、これからの作業を楽にするために、左右のハウジングをヘッドバンドから分離させます。ヒンジ部分のネジを外すだけで金属アームがスポッと抜けます。

こうしてハウジング単体を分離できたら、イヤーパッドを外します。ハウジング外側に擦り傷がつくのは嫌なので、念のためマスキングテープで保護しておきました。

リングをパチパチと外していきます(ハウジングが割れてますね)

リングが外れた状態

ハウジングとドライバを分離するためには、周辺のプラスチック固定リングをまず外す必要があります。これは単純にプラスチックの爪でパチパチとはめてあるだけなので、ちょうど良いサイズマイナスドライバーなどで上手に爪を浮かせていけばリング全体が外れます。ギターピックとか、ノートパソコンなどを分解するときに使うプラスチックのコテがあれば傷がつかずに出来ます。

ちなみにこの作業中に気がついたのですが、私のT1のハウジングはケーブル付近にクラックが入っていました。なんかこのリング装着時に若干ズレて付けられていたようです。これまでバラしたことは無かったので、元からこうなっていて長期間の疲労で徐々に割れたのでしょう。(せっかくなのでエポキシ接着剤で修理しました)。

もう簡単にドライバフレームがハウジングから外せます

プラスチックリングを取り除けば、もうハウジングを逆さまにするだけでドライバ部分がスポッと外れます。これらはケーブルで繋がっているので、手違いでドライバがゴロンと外れてしまうとケーブルが断線するかもしれないため注意が必要です。

ケーブルはプラスマイナスと、グラウンドがあります

ケーブルはこんな感じです

メチャクチャ頑丈そうなドライバ

中身を見ると、T1が誇るテスラテクノロジーのドライバがあります。それにしても、ハウジングそのものは簡素というか、ほぼDT880とソックリですね。もっと吸音材とか入っているのかと思ったら、ただのプラスチックのカップ形状です。

テスラドライバの中心には振動板に通じる大きな穴があいており、実はこの部分にゴムのプラグやスポンジなどを入れることでサウンドの微調整をしているマニアも大勢います。T1 2nd Generationもそういった手法ですね。ドライバ裏が露出しているため、この中にゴミなどが入らないよう注意が必要です。スポンジなどを入れて、カスがドライバにくっついたりしたら最悪ですね。

ケーブル接続用の基板は熱ダメージに注意してください

ケーブルはこんな感じにドライバフレーム上の基板にハンダ付けされています。ヘッドホンケーブルは太いですが、基板から先は非常に細いドライバのコイル線なので、ハンダでの加熱に時間をかけ過ぎるとコイルが変形もしくは焼け切れてしまいます。以前友人がDT990のリケーブルでドライバコイルを熱しすぎて殺してしまったので、よくあるトラブルのようです。

余談になりますが、こういうコイル周辺で下手に「音響用」とか変な合金組成のハンダを使うと接合までに手間がかかってコイル皮膜が熱変形してしまうので、シンプルに高品質な共晶ハンダとフラックスで330℃の2〜3秒で済ませるのがベストです。決して温度調整のできないホームセンターの安物ハンダゴテなどは使わないほうが良いです。

あと、ヘッドホンのドライバとしては珍しく、ケーブルのシールドがグラウンド取りのため圧着リング端子でドライバフレームにネジ止めしてあります。テスラテクノロジードライバはドライバフレームが強固なアルミ合金で作られていますので、このグラウンド線は音楽再生時にフレームが帯電しないようにという配慮でしょう。電位の安定とともに、大電圧で駆動することを想定して、万が一のための保護にもなります。そもそも家庭用スピーカーとかでもフレームのアースをとるのは稀ですし、別に無くても支障は無いでしょうけれど、こういう配慮はベイヤーらしいです。

というかT1 90thのCardasケーブルはこのシールド線はありませんでしたね。

オヤイデのPCOCCを使いました

まず純正ケーブルを外して接続基板を綺麗に仕上げて、新たな内部配線を取り付けます。今回はオヤイデのPCOCC撚り線を使いました。この部分でサウンドに変なクセがつくのも嫌なので、高価な銀コート線とかはあえて選びませんでした。

結局どんな高級ケーブルを接続しても、このようにハウジング内部の配線はこの程度なので、それじゃあ意味無いじゃないか、なんて言われるかもしれません。たしかにCardasケーブルが直接ハンダ付けされているT1 90thと比べると、ケーブル着脱式というのはこの部分がネックになりますね。まあそれを言っては野暮というものです。

そのままではLEMOが入らないのでちょっと削りました

こんな感じにコネクタが入ります

コネクタはHD800のようなLEMO 00タイプを選びましたので、ヘッドホンのハウジング側もLEMO社純正の00サイズ2ピンのシャーシマウントソケットを使います。

このソケットはT1のハウジングに元々ケーブルが通っていた穴にギリギリ入りきらないので、穴を棒ヤスリでちょっとだけ拡張しました。もったいない気もしますが、もう5年以上使い倒したヘッドホンなので、思いきって削ります。

スペーサーで端子をちょっとだけハウジングから浮かせます

こんな感じにすれば、作業完了です

ソケットに適当なプラスチックスペーサーで高さ調整してしっかりネジ止めします。これでケーブルを接続して作業終了です。内側のナットの締め付け角度や配置によってはドライバフレームに干渉するので注意が必要です。

ケーブルを変えてみて

今回せっかくHD800用ケーブルを使えるように改造したので、試聴のために色々なケーブルを借りたりして集めてみました。

フルテックのHD800用も問題なく使えました

  • ゼンハイザー純正HD800ケーブル
  • フルテック iHP-35H
  • Cardas Clear
  • Cardas Clear Light
  • 無名ブランド銀コートOFC
といったラインナップです。二種類のCardasケーブルは私物ではなくHD800マニアの友人から借りたものです。彼いわく「Cardas Clearで世界が変わった」そうです。1.5mで88,600円という超プレミアム価格なので、私には縁がなさそうなハイエンドケーブルです。

Clear Light、Clear、HD800、フルテック

T1+HD800用Cardas Clear Lightと、T1 90th Anniversary

廉価版のCardas Clear LightというヒョロいケーブルがT1 90th Anniversaryに付いているものと同じ見た目で、こちららは68,000円だそうです。

ちなみに借り物なので文句を言える立場ではないのですが、Clear Lightは6.35mmステレオ端子で、Clearは4ピンXLRバランス端子でした。ちゃんと評価するために、とりあえずXLR→6.35mmアダプタを通してアンバランスで試聴しました。

68,000円のCardas Clear Lightは、Cardas Clearの88,600円と比べると安い!なんて一瞬思いますが、冷静に考えてみると6万円もするケーブルは高すぎです。しかもT1 90thの項でも言いましたが、ケーブルの素材が貧弱すぎて、断線が怖くてまともに使えません。どんなに高音質だとしても、あんまり買いたくない、と思いました。

まず一番最初にはっきり言えるのは、Cardas Clear Lightケーブルを装着することで、通常版T1が「ほぼ」T1 90th Anniversaryモデルと同じサウンドになりました。これを試したかったので、良い結果になって嬉しいです。全く同じか、と言われると確証を持てないですが、じゃあどう違うんだ?と聞かれても明確な答えが出ないくらい似ています。

別の言い方をすると、たとえばCardas Clearや、それ以外のケーブルを装着すると、明らかにサウンド傾向がT1 90th Anniversaryと異なるということはわかりました。

そもそも通常モデルのT1とくらべてなぜT1 90th Anniversaryが優れていたかといえば、T1の弱点である高音の特定の周波数帯の金属感がT1 90thでは見事に処理されていたからです。

Cardas Clear Light装着時にも同じような効果が確認できます。Clear Lightの素晴らしいところは、全体的なトーンバランスというかT1ヘッドホンそのものの個性はキープしたまま、「なんか良くなってる」という漠然とした音質改善効果が感じられることです。

T1の場合は上記のような金属音の問題をクリーンアップしてくれるわけですが、これはたとえばHD800にClear Lightを装着しても同様に、HD800そのもののサウンドを維持したまま「ワンランクアップ」といった表現がぴったりの効果が得られます。

ケーブル交換というとなにかと変なクセや味付けが加わってしまうものなのですが、その点Clear Lightはこれまで使ってきたどのケーブルよりもすごい漠然とした性能アップ効果だ、と思いました。逆に、何が変わるのかとかどう表現していいか悩むくらいです。

すごい高価なCardas Clear

一方で、Cardasの上級ケーブルCardas Clearの方は、さらにもっと凄いのだろうと期待していたのですが、残念ながら私が期待していた「T1のサウンド」とはちょっと違うようでした。

Cardas Clearが悪いケーブルというわけではなく、特にHD800のアップグレードにおいては定番と言える、世界中で大人気のケーブルなのですが、私が思ったのは、下位モデルClear Lightでは感じられなかった、ケーブルそのものの「クセ」みたいなものをClearでは感じられます。

このクセというのは、中低域が若干目立つようになり、よりリッチで、よりホットなパワー感が得られます。たとえば繊細すぎる感じもあるHD800なんかに合わせると豊かな音色が得られるので、惚れてしまう人も多いだろうなという感じです。なんとなくHD650的な音作りへの橋渡し的な効果すら感じます。また、硬質でギラッとしたサウンドのHDVD800なんかともマッチします。

私自身はあえてT1でそういったリッチ系サウンド効果は期待していなかっただけに、Cardas Clearは趣味に合いませんでした。T1としてではなく全く別物のヘッドホンとしてであれば、評価できるサウンドだと思います。

フルテックADLのやつ

フルテックADLのHD800用ケーブルも、Cardas Clearに似たようなところがあり(同じサウンドではありませんよ)、シャリシャリ感を押さえて中域以下を色濃く出してくれます。CardasやHD800純正ケーブルなどと比べるとADLの方が前後の空間がベタッとなりがちで、なんかGrado GS1000とかAKG K812のようなサウンドに近づく感じでした。

Cardas Clear Lightは借り物なので試聴後には返さなければならないわけで、改造後のT1で当面どんなケーブルを使おうかと悩んでいます。Clear Lightを買うのは嫌なので、今後も機会があればいろんなHD800用ケーブルを試聴してみることにします。

ちなみにHD800の標準ケーブルも試してみましたが(あれも設計はCardas系ですね)、サウンドが地味で退屈になってしまいダメでした。

自作でも色々作ってみましたが、やはりモガミとかの地味なマイクケーブルは変なクセが少なくて良いです。銀コートOFCとかPCOCCとか色々試していますが、どれも一長一短でなかなか安くて万能なものを見つけるのは難しいです。

まとめ

ケーブル交換型に改造することで、旧式のT1がまだまだ現役で活躍できるような延命処置を施しました。

ゼンハイザーHD800用のLEMOタイプコネクタにすることで、HD800マニアの方々から今後も色々な珍しいケーブルを借りて試すことが出来るのが楽しみです。

当初の目的であるT1 90th Anniversaryのサウンドに近づく、というのは、Cardas Clear Lightで無事に達成できたと思います。ただし貧弱で高価なケーブルなので、中古で格安とかでない限り、買うことは無いと思いました。

新型のT1 2nd Generationもケーブル交換が可能なので、コネクタ端子さえ合えば今回のような自作の手間暇をかけずに色々試せるのは大きなメリットだと思います。

ケーブルというのは所詮「味付け」であって、そこまでこだわるのもバカみたいだとは思うのですが、結局はT1というヘッドホンそのもののサウンドを大変気に入っており、その代用品となるようなヘッドホンが無いからこそ、手元にあるT1の能力をさらに引き出そうと考えるのは自然な流れだと思います。

もしサウンドが根本的に気に入らないとか、性能が力不足なヘッドホンであったら、ケーブル交換なんかで試行錯誤しても結局無駄足でしょう。(それなら別のヘッドホンを買えばいいだけです)。

あと、もっと趣味レベルの話としては、世間のヘッドホンマニアというのは大概HD800やT1なんかの人気売れ筋モデルはすでに持っているか、それらのサウンドを熟知しているものです。そんなとき、「T1の改造で、HD800のケーブルを試そう!」なんて話題を振ると、興味を持って喜んで食いついてくる人達が多いです。そういう人達に限って、それぞれ秘蔵の胡散臭い社外品ケーブルなんかを持っているものです。

要するに酒のつまみというか、話のネタとして、集まった人達で色々ケーブルを持ち寄って、あれだこれだと比較試聴と談義するのも面白いものです。高価なシステム自慢とかよりも和気あいあい楽しく時間が過ごせて、音楽の聴き方もより奥深くなるので、今回はそういったネタ的な意味でも有意義な改造でした。