2020年2月2日日曜日

Audeze LCD-1 & LCDi3 の試聴レビュー

平面駆動型ヘッドホンを作っている米国Audezeから、新作LCD-1とLCDi3が出たので試聴してみました。

Audeze LCD-1 & LCDi3

LCD-1は従来のSINEやEL-8に代わるコンパクトなエントリーモデルで、LCDi3はiSINEと同じイヤホンタイプの上位モデルです。


LCD-1

新登場のLCD-1は、Audezeが誇る平面駆動型ドライバーを搭載していながら価格をUS$399まで抑えたエントリークラスのヘッドホンです。2020年2月にこれを書いている時点では、まだ日本では取り扱っていないようです。

写真を撮り忘れましたが、結構しっかりしたセミハードケースも付属しています。

コンパクトデザイン

プラスチックですが高級感はあります

「LCD」という名前からは、大きな円形ハウジングのAudezeフラッグシップ機を連想しますが、LCD-1は全く異なるコンパクトデザインになったので、古くからのファンを混乱させる事態になってしまいました。これまで「LCD-2 → LCD-3 → LCD-4」といった正統進化を続けてきたシリーズなので意表を突かれます。

Audeze SINEとの比較

AudezeにはSINEとEL-8というコンパクトタイプのヘッドホンがあり、あえてLCDシリーズとは別物という扱いだったのですが、それらはひっそりと廃番になってカタログから消えています。LCDシリーズのネームバリューに便乗する形で、今後ヘッドホンはLCDという名前に一本化するのかもしれませんが、感覚的にはむしろSINE 2と命名してくれたほうがしっくりくるように思えます。

回転ヒンジ

折り畳み可

LCD-1はコンパクトなアラウンドイヤー型ヘッドホンで、ヒンジによって折り畳みできるようになっています。構造やサイズ感はソニーMDR-1AやオーテクATH-MSR7bなど、いわゆる売れ筋ポータブルヘッドホンに近いです。同じく平面駆動のOPPO PM-3とかにも似ています。

ただし、一見してわかるように開放型デザインなので、遮音性はあまり期待できません。このサイズの折り畳みヘッドホンというと、やはり屋外のポータブル用途だろうと下に見られがちなので、あえて開放型にすることで「真剣なリスニングヘッドホンだぞ」と主張しているかのようです。

厚手のイヤーパッド

SINEよりもかなり厚いです

本体重量は250gなので、MDR-1A (225g)、ATH-MSR7b (237g)と同じくらいです。側圧はしっかりしていますが、イヤーパッドが厚手の低反発タイプなので不快ではありません。ちなみに合皮かと思ったらラムスキン本皮だと書いてありました。装着感は米国メーカーとしては意外なほどに「普通に良い」です。ヘッドバンド頭頂部の押し付けもあまり強くなく、長時間装着しても大丈夫でした。

Audeze Mobius

全体的なデザインはAudeze Mobiusと似ているので、その開発経験を活かしているのでしょう。Mobiusはゲーミング用ヘッドホンとしてのマーケットを意識したスタンダードなデザインで長時間使用でも快適でした。しかもLCD-1は内部のバッテリーや電子回路が無くなったおかげで全体的にスリムで軽量になっています。

Mobius以前のAudezeといえば、フラッグシップLCDシリーズは言わずもがな、SINE・EL-8といったコンパクトモデルであっても、レザー・金属削り出し・メッキなど、重厚感やデザイン意匠が優先されて、装着感は後回しにされる印象があったのですが、LCD-1では実用性を追求することで、いわゆる一般的なヘッドホンデザインに近づいています。

ちなみにAudeze Mobiusでは回転ヒンジのシャフトがプラスチック製で、私の個体では数ヶ月使い込んでいたらバキッと壊れてしまったのですが(過負荷ではなく疲労破壊でした)、LCD-1のヒンジを見ると形状が違うようなので、改善されていることを期待します。

平面振動板

SINEと比較

イヤーパッドはプラスチックのピンで留めてあるので、引っ張れば外れます。振動板は90mm、Ultra-thin Uniforce振動板、Fluxorマグネット、Fazor整流板といった、Audeze平面ドライバーの技術をしっかり盛り込んでいますので、決して名前だけの適当な安物ではありません。

インピーダンスは16Ω、能率は99dB/mWということで、ポータブルとしては若干鳴らしにくい部類と言えます。最近のパワフルなDAPなら問題無いと思いますが、据え置きアンプで力強く駆動するメリットもありそうです。

3.5mm左右両出しケーブル

ケーブルは2m 3.5mmの一本のみで、EL-8やSINEにあったiPhone用DAC内蔵Lightningケーブルは付属していません。価格的に難しかったのでしょうか。それとも、カジュアルなポータブルモデルではない、ということをここでも強調したいのかもしれません。

左右両出しで、ヘッドホン側のコネクターは3.5mmです。SINEやEL-8では他社と互換性の無いユニークなコネクターを採用していたので、今回ようやくポピュラーな3.5mmを選んでくれたのは嬉しいです。

ケーブル自体の質感も、編み込みスリーブ付きでちょっとゴワゴワしていますが、従来のフラットなゴムみたいなケーブルと比べて扱いやすいです。とくにヘッドホン側コネクターが3.5mmになったことで、自由に回転して、ねじれや絡まりが自然に解消されるのが大きなメリットだと思います。

唯一注意点があるとすれば、ヘッドホン側3.5mmコネクターは左右ステレオ配線という珍しいピンアサインです。オーディオテクニカATH-R70xとかもこのタイプでした(あちらは2.5mmですが)。

他社なら二極TS端子で先端をホット(信号)にするのが一般的ですが、LCD-1のケーブルは左右ともTRSステレオ配線で送っており、ヘッドホン側で、左ハウジングは左チャンネルのみ、右は右のみ接点を設けています。つまりケーブルにはL/R表記は無く、どちらに挿しても大丈夫です。

アイデアとしては悪くないですし、バランスケーブルなど自作も楽ですが、せっかく3.5mmというポピュラーな形状なのに、たとえばベイヤー・HIFIMAN・Focalなどの一般的なケーブルが流用できないというのは残念です。しかもケーブルに未使用の信号線が入っているというのはなんだか気持ちが悪いです。せっかく「LCD」と名付けるなら、上位モデルと同じミニXLRコネクターを採用するくらいでも良かったかもしれません。(コスト的に難しいのでしょうけど)。

なんにせよ、細かい点を除いては、かなり正統派で万人受けするデザインだと思うので、人気が出そうです。今後ワイヤレスや密閉型タイプとかも出れば面白いですね。

LCDi3

完全新設計のLCD-1と比べて、LCDi3の方は見慣れたデザインなので、これといって目新しいところはありません。

LCDi3

これまでのラインナップは、LCDi4 ($2495)、 iSINE20 ($599)、 iSINE10 ($349)、 iSINE LX ($199)という展開だったので、LCDi3の$899という価格設定はちょうど上位二機種の間に上手く収まります。

とくに、私みたいに、iSINE20を買ってそこそこ気に入っているけれど、さすがにLCDi4まで手を出すのは厳しい、という人にとっては、真剣に検討できるギリギリの価格だと思います。

LCDi4とLCDi3

左からiSNE20、 LCDi3、 LCDi4

iSINE・LCDiシリーズのどちらも30mm Ultra-thin Uniforce平面振動板、Fluxorマグネットといった基本的なデザインに違いはありません。

LCDi4はグリルとロゴがゴールドで、LCDi3はシルバーなので見分けがつきます。

LCDi3とLCDi4は黒塗装マグネシウム合金製ハウジングで、iSINEシリーズはプラスチックです。どちらも非常に軽量なので、手にとってみれば見た目ほどの威圧感はありません。

それぞれ能率は110dB/mW程度(iSINE20のみ112)なのですが、インピーダンスはLCDi4 (32Ω)、 LCDi3 (20Ω)、 iSINE20 (24Ω)、 iSINE10 (16Ω)といった具合に結構な差があります。つまり、振動板の電気パターンが違うのでしょうか。

振動板の薄さと、その表面に音楽信号を流す金属回路パターンが製造上のキモなので、外観は一見同じに見えても、音質を追求すると製造コストが一気に跳ね上がるのでしょう。

Audeze公式サイトより、新たなEarfinsアタッチメント

一応カナル型イヤホンなので、耳穴のイヤピースだけでも装着できるのですが、より安定性を高めるためにオプションパーツも付属しています。メガネのフレームのように耳に引っ掛けるタイプと、「Earfins」というスポーツイヤホンのように突っ張って引っかかるようなシリコン部品も付属しています。

以前iSINEとLCDi4に付属していた旧タイプのフック

以前iSINEとLCDi4では、上の写真にあるBoseのようなフックタイプが付属していたのですが、それは廃止されたようです。権利関係とかでなにかあったのでしょうかね。

最近の製造ロットからはLCDi3と同じ新タイプに変更されているようですが、ショップ在庫によってはまだ古いタイプもあるので、公式サイトのスペックを見るとシリコンパーツの記述を削除して不明瞭にしてあります。

ギザギザとスムーズなイヤピース

穴径はかなり大きいです

イヤピースはいくつか異なるサイズと形状が付属していますが、穴径が大きいため、一般的なIEM用シリコンチップでは装着できません。(無理矢理広げればなんとか入ります)。

私は以前iSINE20を買った当時はイヤピースとフック選びには相当悩まされたのですが、LCDi3にも同梱されているギザギザしたイヤピースが登場してからは、それで満足できています。フックは結局メガネタイプに落ち着きました。振動板の周辺には音導管以外に空気の逃げ道がほぼ無いため、イヤピースの密閉具合にサウンドが影響を受けやすいです。

本体形状はLCDi4・iSINE10/20と同じで、重量もほとんど同じなので(確かiSINEが20g・LCDiが23g)、iSINEとLCDiで装着感が違うということはほぼ無いと思います。

新たに付属している「Earfins」と旧タイプのシリコンフックについては、どちらも一長一短でなかなか優劣や違いが明確に決められません。

iSINE/LCDiシリーズの問題は、本体ハウジングが重く、耳穴からかなり距離が離れているため、そのままだと自重で垂れ下がってしまい、出音の軸線が耳穴からズレてしまう事です。シリコンパーツはこの垂れ下がりを阻止するためのサポートの役割を果たしているのですが、旧タイプはフニャフニャしたフックで上から吊るような仕組みで、新タイプはもうちょっと硬い素材で突っ張り棒のような仕組みになっています。

個人的にはどちらも似たようなもので、そこまで優劣があるとは思えませんでした。じっと頭を動かさない場合は旧タイプの方が圧迫感が少なく良いのですが、頭を動かす場合は新タイプの方がホールド感があって良いです。その分、耳横に押し付けるような不快感はあります。

これまでLCDi/iSINEシリーズを店頭で試聴している人を何度も見ましたが、かなり多くの人がシリコンパーツを正しく装着できていない、もしくは正しいサイズを選べておらず、本体がだらっと垂れ下がっている状態で聴いていたので、これではまともな音で聴けないな、なんて他人事ながら心配していました。

メガネタイプでしたら少なくともこの垂れ下がりを確実に回避できるので、店頭試聴などではまずメガネタイプで使って、シリコンタイプは購入後にオーナーがゆっくり時間をかけて正しいサイズと装着感を見出すというような感じがベストだと思います。

スロット有り2ピンIEMコネクター

付属ケーブルはiSINEシリーズと同じ黒いフラットタイプです。カスタムIEMで使われている2ピンIEMコネクターを採用しているので、社外品の交換ケーブルの種類も豊富です。

また、今回写真はありませんが、LightningケーブルとBluetoothケーブルも同梱してありますので、そういうのが好きな人なら結構お買い得感があります。

スマホだけで済ませたい人なら有用かと思いますが、高音質DAPなどにアナログケーブルで接続するのと比べて、LightningやBluetoothだと音質は一歩劣ると思います(若干腰高でハイテンション気味に聴こえます)。

2ピンコネクターは本体側のスロットに逆接続防止用のノッチがあるので、ケーブルは切り欠きがあるタイプが必要です。最近の2ピンケーブルならほとんど切り欠きがあると思いますが、もし切り欠きが無いタイプを(もしくは逆向きで)無理矢理押し込むと、本体が割れて壊れてしまいます。

LCDi4のみ高級ケーブル

LCDi3のケーブルはiSINEシリーズと同じタイプだと思いますが、LCDi4は流石に値段が倍以上違うだけあって、特別な銀メッキOCC編み込みケーブルが付属しています。

社外品ケーブルにアップグレードする場合、ほとんどの2ピンIEM用ケーブルには耳掛け用のワイヤーや形状記憶プラスチックスリーブがついているので、そういうのが無いストレートタイプを探すとなると意外と選択肢が少ないです。もちろんワイヤーがあっても音は鳴りますが、見た目が悪いですし、変な方向に引っ張られるので耳から外れやすくて不便です。

社外品ケーブル

私のiSINE20ではEffect Audioケーブルを買って、自分で丁寧に耳掛けワイヤー部分を切除したものを使っています。

インピーダンス

インピーダンスグラフを見れば、LCD-1とLCDi3のどちらも平面駆動型であることに偽りは無いとわかります。


スペックではLCD-1が16Ω、LCDi3が20Ωという事ですが、だいたいそれくらいで、最低音から最高音まで綺麗に横一直線のインピーダンスです。

これは平面駆動型ならではの特徴で、ダイナミック型やBA型であれば周波数帯ごとにアップダウンが激しいです。(公称スペックのインピーダンス値は1kHzで測った数値を記載するのが一般的です)。

インピーダンスがフラットということは、位相ズレも無く、こちらも横一直線です。

もちろんインピーダンスや位相がフラットだからといって周波数特性やレスポンスも優秀であるという保証はありませんが、少なくとも空間定位は落ち着くのが平面駆動型の大きなメリットだと思います。

音質とか

LCD-1とLCDi3の音質について書く前に、ちょっと触れておきたい事があります。

いつも思っている事なのですが、Audezeが目指している音というのは他の多くのメーカーとは方向性が違うようなので、事前にそれを頭に入れておかないと、意図がわからないまま「なんか変わった音だ」と思うだけで終わってしまいがちです。

私にとって「Audezeらしい」音というのは、臨場感と周波数特性に重点を置いた設計で、タイミングとレスポンスはそこまで重要視していない、という印象があります。

とくに、アタックの立ち上がりが甘く、一度発せられた音がイヤーパッド空間内でわずかに響きがちなので、録音自体に空間響きが十分ある場合、滑舌とかがクッキリと聴き取りづらい、緩く掴みどころの無いサウンドになりがちです。イヤホンタイプのLCDi3やiSINEシリーズでも同様に、音導管の中で響きます。

インピーダンスが低めな事もあり、この響きの制動はアンプの性能にも影響されやすいようなので、たとえコンパクトなモデルであっても、あえて強力な据え置きアンプとかで鳴らしてみる価値があります。今回の試聴では、Hiby R6 PRO DAPと、iFi Audio Pro iDSDを使ってみましたが、Pro iDSDを使うメリットは十分に感じられました。単純に言えば、フワフワと響く度合いが変わり、Pro iDSDのほうが若干引き締まります。


ハウジングは開放型なのに、なぜそこまで響くのかというと、実際にLCD-1を装着してみればすぐに分かる事ですが、振動板と耳の間がほぼ密閉された状態になっており、ハウジングを押すと、まるでポンプのように空気圧で鼓膜が圧迫されます。振動板の裏面は開放されているのですが、耳に向いている表面はほぼ密閉に近いです。

他社の一般的な「開放型」ヘッドホンの場合は振動板の周辺にグリルや通気メッシュなどを設けて、さらにイヤーパッドも通気性が高い素材を選ぶことで、ドライバーと耳の間の空気が自然に流れるように設計されていますが、Audezeは真逆で、ドライバー周辺はガッチリとハウジングで固めて、ピッタリと吸い付くビニールパッドやレザーパッドで耳を密閉します。

それが良いか悪いかという事ではなく、Audezeのサウンドを決定づける重要な独自要素であり、他社とは一味違うユニークな音響体験が好評を得ているという事です。

Audezeが面白いのは、上位モデルに進むにつれて、この空間の響きが解消されるのではなく、むしろ逆に、より複雑で奥深い演出へと進化していきます。最上位機種LCD-4なんかは一度聴いたら忘れられない濃厚な音です。

その一方で、いわゆる他社の開放型ヘッドホンに近いような正統派サウンドが作れないわけではなく、プロフェッショナルシリーズとして別ラインで出しているため、つまり確信犯というか、ちゃんと理解した上で製品を設計しているようです。

LCD-1

そんなわけで、まずLCD-1の方を試聴してみましたが、これはまさしくAudezeらしく、聴くジャンルによって好みが結構分かれるタイプだと思いました。ドライバー技術はLCDよりもSINEやEL-8をベースにしているように感じますが、サウンドは大幅に進化しており、むしろLCD-2Cなどに近いです。

まず、上で言ったように、音響が緩いので、クラシック交響曲などにはあまり向いていません。とくにアタック部分が鈍く、時間軸で滲むような感触があるため、70人以上のオーケストラで点在する微細音を拾い上げるといった聴き方には不向きです。楽器が鳴った瞬間から、録音の音響とヘッドホンの響きが重なりあい、時間と空間の無音部分が埋め尽くされてしまうため、本来の音場空間を把握するのが難しくなります。体感的にはコンサートホールの悪い席(たとえば三階一番奥の壁際)みたいな雰囲気です。

一方、ロックバンドのスタジオ録音などを聴く場合は素晴らしいです。ドライで無機質な録音から刺々しさを取り除き、楽器一つ一つの背後に空気のオーラを与えてくれます。とくにアタックの刺激に惑わされず、リスニングの焦点が自然と音楽の内容の方に向いてくれるため、歌詞やインストゥルメンタルソロが堪能できます。音場展開はそこまで遠くありませんが、まるで家庭用スピーカーで聴いているのと同じような「緩さ」が感じられ、よく言う「アナログっぽさ」にも通づるものがあります。

あくまで平面駆動型らしく、余計な色艶は加えないため、聴いていて変なクセが気になるという事はありません。むしろ、あとちょっとだけ解像してくれたら、という欲求の方が強いです。

周波数特性だけに注目すれば、LCD-1はほぼ完璧というか、私の想像する理想的な周波数特性に限りなく近いです。モニター調というよりも中低域が豊かに出ていますが、音色そのものの倍音を強調するような「味付けの濃い」サウンドではありません。この価格帯でここまで「穴の無い」鳴り方のヘッドホンは珍しいと思います。


たとえばSINEの場合だと、イヤーパッドが薄く、ドライバーと耳の間の空間が非常に狭いため、音がかなり窮屈で詰まったような感触がありました。ゼンハイザーHD25とかベイヤーAventhoとかと同様に、オンイヤータイプにありがちなパターンです。

一方EL-8の方はもうちょっと余裕がありましたが、常に高音 がチリチリと鳴っているような金属的な響きがあり、ハイテンションで疲れやすいサウンドでした。ポータブル向けとして、あえて刺激的に仕上げたような印象です。それらのクセの強さと比べると、LCD-1の完成度の高さを実感します。

Mobiusはゲーミング用アクティブサラウンドヘッドホンですが、内蔵サラウンドエフェクトを全てOFFにすれば、普通の2chヘッドホンとしても意外と音が良いです。世代が近いだけあって、サウンドのチューニングもLCD-1とよく似ています。

MobiusはDSPを搭載しており、ゲーミング用に調整してあるためか、全体的に淡々とした緻密な音作りになっています。密閉空間で自分の世界に没頭するなら良いですが、LCD-1の方が素の状態のヘッドホンとしてのポテンシャルは一枚上手だと思います。とくにボーカルや高音楽器が遠くまでスッキリ伸びてくれます。

LCD-2などフラッグシップモデルと比べると、周波数特性や音場の安定感などは十分に健闘していると思いますが、音色の美しさという点では上位モデルのほうが優れていると思います。とくにアコースティック系やボーカルの色艶を味わうにはLCD-1ではちょっと無難に落ち着き過ぎているため、もうちょっと瑞々しさとか艶っぽさを求めたくなりそうです。

ただし、この点についてはLCD-2の廉価版LCD-2Cでも同じような不満があり、その上のLCD-2くらいから段階的に良くなってくる印象なので、LCD-1 ($399)、LCD-2C ($799)、LCD-2 ($995)という価格差を踏まえれば十分に健闘しています。

むしろ、SINE ($499)、EL-8 ($599)よりも低価格なのに、それらの問題点をほぼ解決している事の方を高く評価したいです。

LCDi3

次に、LCDi3のサウンドですが、デザインが奇抜な事はひとまず置いておいて、純粋にサウンドのみを評価してみると、上位モデルLCDi4と下位モデルiSINE20の中間に収まるという印象でした。

外観を見ただけでは一体何が違うのかわからないので、それでも価格差が音に現れているのが不思議です。LCDi4のみ特別な銀メッキOCCケーブルが付属していますが、全て同じケーブルにしてみても、やはり本体の音質が違います。

まず、iSINEを含めて、このシリーズの特徴としては、通常のイヤホンよりも空間展開が広く、頭外定位が安定しており、中高域がスムーズで刺々しさが無く、響きがふわっと漂うような音色です。

歌手の滑舌やギターピックが弦に触れる感触などといった細かいディテールは丸く潰れがちなので、極限まで質感を解像したいという用途には向いていません。アンプの音量を上げても、質感の粒立ちが感じられるよりも先に響きが飽和して潰れる感じです。ピクセル単位の解像度よりも雰囲気のボケ味を尊重するカメラみたいな感じでしょうか。こういうところがアメリカ的だと思います。

LCDi3はiSINE20と比べて中低域が充実しています。iSINE20は低音の表現にそこまで余裕が無く、音楽の中高域と重なってしまいがちな「狭い」鳴り方だったのですが、LCDi3では振動板を動かす力が強くなったようで、もうちょっと実在感が増し、重心が低く、演奏にしっかりした土台が生まれます。iSNE20の低音をイコライザーで持ち上げてもモコモコして音抜けが悪くなるだけで、LCDi3のような音にはなりません。

一般的なイヤホンと比べるなら、マルチBA型イヤホンを耳穴から数センチ離して聴いているような感覚に近いかもしれません。STAX SR-003イヤホンとかに近い感じもあります。

この特徴的な音に耳が慣れるまでに時間がかかるので、とくに初めて試聴する際には、最初の10分間は我慢する必要があります。iSINE20を購入した私でさえ、毎回取り出して使うたびに、まず一曲目では「なんでこんなに気持ち悪い音のイヤホンを買ったんだ」と驚いてしまいます。

まるで紙を丸めて作ったコーンを耳穴に入れているかのように、外で鳴っている音が細い筒に絞り込まれているような違和感があるのですが、ある程度聴いていると、それが気にならなくなり、平面駆動型らしいスムーズな鳴り方に関心できるようになってきます。

イヤピースはグッと奥まで挿入したほうが低音のパンチが増しますが、私はむしろ耳穴に軽く添えるくらいで、あえて空気を逃したほうがスムーズで聴きやすいと感じる事もあります。ようするに装着具合で印象がガラッと変わるので、試聴時には色々試してみる事が肝心です。


LCDi3とLCDi4では倍以上の価格差がありますが、ではLCDi4のほうが圧倒的に優れているのかというと、なかなかそう言い切れません。冒頭で述べたように、上位モデルの方が音色の厚みが増し、深い余韻を楽しむような鳴り方で、ショボい録音でも美化してくれるメリットがあります。厚みといってもモコモコするわけではなく、「ボリューム感」というか、骨組みに肉を付けるように一音一音の太さが増す感じです。

LCDi4は重く厚いサウンドに銀メッキOCCケーブルで高音にキラキラを加えるような、いわゆるAudeze LCDシリーズのファンを意識したチューニングという印象が強いので、私にとってはむしろLCDi3くらいでちょうど良く感じます。とくに価格差を考えると、LCDi3になにか社外ケーブルを組み合わせる方が良いかもしれません。LCD-4ヘッドホンに心底惚れ込んでいる人ならLCDi4もきっと気に入ると思います。

LCDi3の付属ケーブルは、SINEやiSINEでも使われていた黒いフラットケーブルですが、これは個人的にどうも好みに合いません。付属Lightningケーブルと同様に、音が浮足立って腰高になり、ハイテンションで気が置けないような傾向があると思います。とくにSINEとEL-8はコネクターが特殊だったので、別のケーブルで聴くことができなかったのが残念です。

LCDi3本体はマイルドで刺激は少ないので、LCDi4と同じように銀ケーブルなどで高域の派手さを演出したり、逆に極細リッツ線とかで装着感を軽快にするのも良いかもしれません。手持ちの2ピンIEMケーブルがあるなら試してみる価値はあると思います。

おわりに

LCD-1はAudezeらしさが存分に発揮できており、ロックやポップスとは非常に相性が良いヘッドホンです。ハイエンド機と比べても十分満足できるサウンドを誇っているので、たかがエントリーモデルと侮れません。

不向きなジャンルもありますが、あえて中途半端に万能なヘッドホンを作るよりも、スタジオミックス系ジャンルのファンが絶賛するような音作りを実現できている事が、Audezeの人気が衰えない理由です。簡単に言えば、アメリカで成功するには、まずホテル・カリフォルニアが良い音で鳴れば合格だという事です。

MrSpeakers Aeonよりも小さいです

平面駆動型というくくりでは、先日試聴したMrSpeakersのAeon 2も比較的コンパクトでしたが、LCD-1よりも一回り大きいですし、価格も倍以上違います。フォステクスT50rpという選択肢もありますが、能率がものすごく低いため、ポータブルで鳴らし切るのはほぼ無理なプロ仕様機です。

やはり開放型ということを踏まえると通勤などで使うのははばかられますが、自宅で手軽に使うならちょうどよいです。デザインや価格的にも「そこらへんに置いておける」気楽なヘッドホンとして最適です。

実際、10年前くらいまでは、たとえばゼンハイザーHD457や485など、自宅で使うヘッドホンといえば、これくらいのサイズの開放型モデルが主流でした。

近年の高級ヘッドホンにおける巨大化のせいで、LCD-1はなんとなく小さすぎるように見えてしまいますが(Audeze自身がそのトレンドを作ったとも言えますが)、現実的に考えると、むしろLCD-1くらいのサイズの方が手軽で使いやすいですし、重いヘッドホンを長時間装着するのが嫌な人も多いだろうと思います。強烈な自己主張は無いものの、「とりあえず買ってみたら、意外と使う機会が多かった」というようなヘッドホンだと思います。


LCDi3の方は評価が難しいです。私の場合、iSINEシリーズは「6万円以下」ということで、メインで使うハイエンドヘッドホン・イヤホンとは別腹として、興味本位で買ってみたのですが、さすがに10万円を超えるとなると、いわゆるフラッグシップ級の優れたBA型やダイナミック型IEMイヤホンが豊富になってくるので、「平面駆動だからといって、実際そこまで音が良いのか」という根本的な疑問が浮かんでしまいます。

Audezeヘッドホンが大好きすぎて、旅行にもAudezeの音を持っていきたい、とか、髪型が乱れるから、どうしてもヘッドホンは使いたくない、など、何らかの特殊な要望を満たすなら納得できますが、一般的なヘッドホン・イヤホンマニアがこれ一台で完璧に満ち足りるような物でもありませんので、第三の選択肢としての「変わり者」という印象に留まります。

Audezeからすれば、LCD-2のような大型ヘッドホンだけを作っていても成長は限られるので、MobiusやLCD-1など、常に新たな市場開拓にチャレンジしており、その一環としてイヤホンを作るにあたり、Audezeらしさを出し切りすぎて、こんなデザインになったのでしょう。

近頃はUnique Melody ME1とか、平面駆動型でもIEMイヤホン並にコンパクトなモデルも出てきているので、将来的には、たとえば遮音性や耳への収まりの良さなど、もうちょっと「イヤホン」らしい方向へ開発が進んでくれれば嬉しいのですが、きっとAudezeが納得できるサウンドを実現するには、まだこれ以上コンパクトにはできないのでしょう。つまり現在の最先端技術を体験する意味でも、試聴してみる価値は十分あると思います。