2023年3月8日水曜日

Final A5000 イヤホンのレビュー

 FinalのA5000イヤホンを買ったので、感想とかを書いておきます。

Final A5000

2022年12月発売、約35,000円のダイナミック型イヤホンです。同じAシリーズには、これまで価格順にA3000、A4000、A8000とあったので、それらの中間に収まるモデルということになります。

Final A5000

今回購入したA5000はFinalの中でもAシリーズというスタイルのイヤホンになり、ABSプラスチック製ハウジングに6mm f-Core DUダイナミックドライバーを搭載している、極めてオーソドックスなデザインです。

シングルダイナミック型です

このAシリーズの最上位モデルA8000になると、ステンレスハウジングにベリリウム振動板を採用しており、価格も20万円超と全くの別物といった感じなのですが、A3000、A4000、A5000の三機種は、公式サイトの説明を読むとどれも6mm振動板に真鍮フレーム、30ミクロンCCAWコイルなど、技術的な情報がほぼ同じなので、一体何が違うのかよくわかりません。しかし実際に聴き比べてみると鳴り方が明らかに違うので、単なる選定ロットの違いなどではなさそうです。

なんにせよ、そこそこ大手のメーカーでも、OEMの汎用ドライバーを買い付けて搭載していることが意外と多いのに対して、Finalの場合は完全自社設計、自社製造ということで、低価格なモデルであってもドライバーとハウジングの音響設計を並行して行えるメリットがありそうです。

E5000とA5000

Finalのイヤホンでは個人的にはどちらかというとEシリーズの方が好きで、特に35,000円のE5000というモデルは、私が普段聴いているクラシックの交響曲とかを鳴らすなら、価格やメーカーを問わずトップクラスの性能を誇る傑作だと思っています。

派手さはないものの、高解像で透明感のある緻密で広帯域なイヤホンとなると、E5000さえあればもう十分、それ以上高価なハイエンドイヤホンは不要と思えてしまうくらい素晴らしいイヤホンです。コンパクトな棒状デザインで、イヤピースのみで耳穴に固定するため、軽快で、耳形状の個人差によるフィットの問題も起こりにくいあたりも優秀です。

そんなEシリーズに対して、Aシリーズはこれまで一度も買ったことがありませんでした。一応どれも試聴しており、音質面では悪い印象も無いのですが、いわゆるIEMタイプの耳掛け式ハウジングで、Eシリーズよりも本格派っぽいデザインなので、ポケットに突っ込んでおいて気軽にパッと装着できるEシリーズと比べると使い所が難しいです。

E3000

そういえば、余談になりますが、Finalのイヤホンではもう一つ、E3000という4,000円くらいの安いイヤホンを長らく愛用しています。ちょっとした動画確認やZoomミーティング用に、2017年の発売時から今までずっと自宅の雑用ノートパソコンに挿しっぱなしになっています。シャリシャリせず、モコモコせず、音声が聴き取りやすいため、これと言って不満もなく使えています。

当時とりあえず安くて満足できるイヤホンとして買ったので、モデル名すら忘れていたものの、先日ワイヤレスイヤホンZE8000を買った際に、ネットニュースの開発インタビュー記事で、ZE8000にも使われた音響心理学研究に基づくサウンド設計を初めて導入したのがE3000だったというようなことを言っており、「そういえば」とノートパソコンのイヤホンを確認したらE3000だったので、五年も使っていて、ようやく合点がいった瞬間でした。

前置きが長くなりましたが、そんなわけで、FinalのイヤホンはどちらかというとEシリーズに興味があったわけで、今回A5000を購入したのは、安直に、自分が気に入っているE5000と同じ番号だからというのが最大の理由でした。また、A3000とA4000よりはもうちょっと予算が出せるけれど、最上位のA8000になると一気に20万円になってしまい、さすがに手が出せません。そんなギャップを埋めるような形でA5000が登場して、試聴してみたら納得のいくサウンドだったので、ようやく初めてのAシリーズを購入してみたわけです。

実は昨年12月の発売時に購入したので、もう二ヶ月以上ずっと毎日使い続けています。エージングとかもあるかもしれませんが、かなり多面的で奥が深いサウンドなので、なかなか安直なイメージが沸かず、延々と聴き込んでいたら二ヶ月も経ってしまいました。

パッケージ

せっかく購入したので、パッケージの写真も撮っておきます。Finalらしい白い光沢のある箱は、全モデルが店頭に陳列してあると壮観です。パッケージの写真は本体形状やケーブル・コネクターなど我々が求めている情報を明確にしており、モノトーンに空色のアクセントや、モデル名のタイプフェイスなど、精密機械っぽいイメージがあってカッコいいと思います。

パッケージ

パッケージ中身

意外と使える本体ケース

イヤピースの収納ケースは嬉しいです

開封時からイヤホンはすでにケースに入っており、さらにFinalのイヤホンといえば、イヤピースの各サイズを収納する透明プラケースもオマケで付属しているのが嬉しいです。

イヤホンマニアともなると、このケースに色々なメーカーのイヤピースを入れておいて、新作イヤホンの試聴時などに大いに役立ちます。

イヤホンが入っている黒い円盤型のケースは柔らかいシリコンでできており、フニャフニャで高級感があまり無いというか、不格好なのは確かですが、いざ使ってみると、収納も容易で、まるでメンブレンボックスのようにイヤホンをしっかりと押さえて保護してくれるため、優秀なデザインです。

ペリカンケースを閉める時にケーブルを挟んで潰してしまったり、中でガラガラ動き回ってハウジングを傷つけてしまった経験がある人ほど、この変なFinalケースのありがたみを実感すると思います。

本体デザイン

A5000のデザイン自体はこれまでのAシリーズと同じなので、フィット感などでこれといって不満はありませんでした。

同じデザインです

通気孔の位置なども同じです

A3000、A4000と並べて比べてみても同じデザインなのがわかります。ただしA5000は上級機ということもあって、ZE8000と同じような凹凸のあるシボ塗装みたいな仕上がりで差別化されています。

光の当たり方で印象が変わります

比較的浅めな装着感

光の当たり方で、マットな本体に光沢のある塗装が立体的に浮き出るため、軽量なプラスチックでも意外と高級感があります。

本体の装着感に関しては、一般的なIEM型イヤホンと比べてイヤピースのノズル部分が結構短いため、そこまで耳の奥にグッと挿入するという感じではなく、むしろ耳穴付近に添えるような感覚です。そのためイヤピースも普段より大きめのサイズを使った方が良いかもしれません。

フィットの感覚はCampfireとかに近い感じです。浅いフィットと軽いハウジングのため、遮音性はそこまで高くありません。もっと耳栓っぽい感覚が欲しいならEシリーズの方をオススメします。

イヤピースは五段階のサイズが用意されていて、色分けされているのが嬉しいです。メーカーによっては、イヤホン付属のイヤピースというと使い捨てみたいな粗悪品が結構多いですが、Finalはこのイヤピースを単品でも販売していて、そこそこ定評があるので、あえて別の高価なイヤピースを買う必要は無いと思います。

もちろん使い慣れてきたら他のメーカーのイヤピースに交換して、鳴り方やフィット感の違いを楽しむのも良いと思います。Finalのイヤピースは穴経が比較的狭いので、もっと広いタイプ(Azla Sednaとか)を使うと派手目な鳴り方になったりします。

キラキラ美しい新型ケーブル

Y分岐と3.5mmプラグ

2ピンコネクター

付属イヤーフック部品

今回A5000に付属している新型ケーブルは発売前から個人的に結構気になっていました。明らかに高級感のある銀コートOFCで、一見A8000やE5000に付属しているものと同じように見えますが、こちらのほうが断然柔らかく、かなり扱いやすいです。

柔らかいシリコン製のイヤーフック部品が付属しており、これを装着することで耳掛けがさらに容易になります。ただしケーブル自体がかなり柔らかいため、私は部品を使わずに問題なく耳掛けできています。

これまでのFinalイヤホンにはちょっと難点がありました。低価格なA3000、A4000、E4000などは黒いゴム外皮のベーシックなケーブルが付属しており、一方上級機のA8000やE5000になると銀コートOFCケーブルになるのですが、これがかなり硬くゴワゴワした質感なので、カジュアルに使いたい人には、むしろマイナス要素になってしまいます。

社外品の高級ケーブルと比較しても音質面ではかなり優秀だと思ったので、Finalがあえてこのケーブルを選んだのも納得できるのですが、流石に硬すぎて敬遠されるのも理解できます。

A5000とE5000

E5000とA5000のケーブル

根本で折れて風前の灯火です

写真ではなかなか伝わりにくいのですが、E5000のケーブルは針金のように硬く張っていて、しかもMMCX端子への導入部に熱収縮チューブなどの補強が無いため、長年使っていると根本がブラブラになり、いつ断線してもおかしくない状態になってしまいました。しかも優秀なケーブルだけあって純正の交換品も結構高価ですし、音質は良いので安易な社外品に変えたくないというジレンマがあります。

そんなわけで、今回A5000では、E5000と同じ線材でなくとも、もうちょっと扱いやすい高音質ケーブルが付属してくれたのは素直に歓迎したいです。

ちなみにA8000やE5000はMMCXですがA5000は2ピンタイプです。一般的にMMCXの方がコネクター接点が回転するため耳に掛けたケーブルの捻れを緩和できて装着感に有利なのですが、A5000のケーブルは非常に柔らかいため、2ピンでも外に引っ張られる感覚が無く、問題ありません。回転による接点摩耗が無いため2ピンの方が接触不良を起こしにくいというメリットもあります。

FinalもそろそろMMCXや2ピンの弱点を克服した次世代のコネクターを検討してもらいたいですが、他社を見てもT2-IPX、A2DC、Pentaconn Earなど、まだデファクトスタンダードが定まらず翻弄されている状況なので、当面は難しそうです。

インピーダンス

いつもどおり再生周波数に対するインピーダンスの変化を調べてみました。公式スペックによると18Ωと書いてあり、実測もほぼその通りです。

A5000との比較に、E5000や、最近のダイナミック型イヤホンの例としてベイヤーダイナミック Xelento 2とゼンハイザーIE600と比べてみましたが、どれも低音からほぼ横一直線で、3~5kHz付近に若干の山があるあたり、同じような特性ですね。(装着具合によって、この山が若干変化します)。

参考までに、同じくらいのインピーダンスで、6ドライバーハイブリッド型のFir Audio Xenon-6も比較してみると、やはりマルチドライバーだとアップダウンが激しくて定電圧駆動が難しいことがわかります。

同じグラフを電気的な位相変動で見た方がわかりやすいかもしれません。ダイナミック型イヤホンは、アンプから見ると、どれもほぼ純抵抗のような安定した負荷なのに対して、マルチドライバー型はそうはいきません。

もちろんインピーダンスの上下が激しいからといって音質や周波数特性が悪いというわけではありません。優れたアンプなら過酷な負荷にも対応できます。ただし、アンプへの要求がそこまで高くないというのはダイナミック型イヤホンのメリットと言えそうです。

音質とか

A5000は極めて王道なイヤホンなので、今回の試聴では、私が普段から使っているHiby RS6 DAPや、最近すごく気に入っているAK SP3000 DAP、さらに据え置きのChord DAVEなんかも使ってみました。

Hiby RS6

AK SP3000

最初に言っておきますが、A5000は3万円台の安価なイヤホンだからと侮れず、他社の最高級クラスのイヤホンと十分に健闘できるサウンドだと思います。

近頃は低価格で高性能を謳うイヤホンが多いものの、多くの場合、イヤホンそのもののクセ(モコモコ、キンキンした響きなど)が強いため、第一印象は派手でハイスペックに感じるものの、楽曲やアンプのポテンシャルを覆い隠してしまう傾向があります。A5000はその点あまり無理をせず、素直でスッキリした鳴り方なので、優れたアンプで駆動する見返りが実感できます。

似たような魅力があります

まず第一印象として、音抜けがよく、十分に広い空間の中で、音像がコンパクトに余裕を持った鳴り方をしており、特に高音楽器が美しく表現される傾向です。

音源の距離感が安定しているため、特定の帯域だけ飛び出したりせず、演奏の背景にある空間の広さを感じさせるような感じです。

高音寄りというわけではなく、最低音まで力強く鳴ってくれますが、高音も低音も、ダイナミック型によくありがちなハウジングの共鳴で金属っぽい響きを加えたり、特定の低音だけボンボン響かせる感じではなく、かなり素直でリニアな鳴り方で、アクセントを感じません。

高音側の感覚としては、Campfire AudioのAndromedaとかと同じような綺麗な美音の魅力があるので、そのあたりが好きな人にはぜひおすすめしたいです。しかもAndromedaのようなマルチBA型と違って、帯域ごとの鳴り方の違いやクロスオーバーの谷が無いので、全体の質感や距離感に一貫性があり、空間表現の素直さはAndromedaよりも一枚上手だと思います。

数年前に一世を風靡したAndromedaですが、そもそもこのイヤホンが絶賛された理由は、かなり高音寄りの軽い鳴り方でありながら、ザラザラ、キンキンせず、女性ボーカルやヴァイオリンなど、高音楽器の音色を艶っぽく引き立ててくれる独特の魅力があったからです。

そんな音色の魅力がA5000にも共通しており、高音のクリアな鳴り方に対して、尖りや粗っぽさが上手く抑えられているため、たとえばヴァイオリンであれば、弓と弦の音色は強調されるけれど、奏者の鼻息は目立たず、アコースティックギターでは、金属弦と胴体の響きは絶妙な美しさで届けられても、指が指板をキュッキュッ動く音は目立たないなど、余計な情報が悪目立ちしないあたりが、綺麗な音色として実感できるわけです。

これは、意図的にそのようにフィルターしているというわけではなく(そんなふうに、全ての楽器演奏に対応できるはずもないですし)、あくまで高音が素直に鳴ってくれているおかげだと思います。高音寄りのイヤホンといっても、それらの多くはリニアではなく、たとえば5kHzとか特定の帯域を響かせて強調するタイプが多いです。その場合、歌手の滑舌や鼻息など、変な部分だけが目立って耳障りになるのですが、それを我々は「分析的」で「高解像」だと錯覚してしまうわけです。A5000はそういう感じではありません。

逆に言うと、高音の鳴り方に自然な美しさが含まれていない楽曲では、A5000の魅力が十分に引き出せないため、あまり相性が良くないと思います。たとえばノイズが多い古いロックとか、音圧が最大に張り付いているギラギラしたポップス、合成音声で倍音成分や質感のバリエーションに乏しい作風の音楽はA5000で鳴らしてもパッとしません。

そういう楽曲の場合は、同じダイナミック型でもJVCのウッド系など、イヤホン自体が美麗な倍音を生み出してくれるようなスタイルの方が良い音で楽しめます。どちらが優れているかというよりも、適材適所といった感じです。

Chord DAVE

プレーヤーに関しても、A5000のようなダイナミック型には大きなメリットがあります。

Andromedaなどのマルチドライバーだと、並列するドライバー数が増えるごとにインピーダンスが下がり、過度に敏感になってしまう傾向があります。一昔前なら、インピーダンスが低い方が鳴らしやすいから良い、なんて言う人もいたかもしれませんが、最近のイヤホン・ヘッドホンの傾向を見るとむしろその逆で、アンプのノイズフロアが目立ったり、出力インピーダンスの影響を受けやすかったり、ボリュームが上がりすぎて微調整が難しかったりなど、インピーダンスが低すぎ、感度が高すぎる事による弊害の方が目立ちます。

A5000の18Ω・100dB/mWというスペックは極めて平凡なので、DAPでも据え置きアンプでもノイズが気にならずちょうど良い音量で鳴らせるため、たとえばRME ADI-2DACやChord DAVEといった高性能な据え置きDACアンプで鳴らすことで、また別の楽しさが生まれます。

僅かな差なので、言葉で説明するのは難しいのですが、DAPの方が勢いがあって、音色そのものに集中できるのに対して、ADI-2DACやDAVEなどでは余裕が生まれて、全体を俯瞰で眺めるような聴き方に変わってくるようです。


Apartéレーベルから新譜でMathieu Romanoのストラヴィンスキー「Les Noces」(結婚)はA5000の素晴らしさを体感するのに最高のアルバムです。

男女合唱とソリストにピアノとパーカッションという変則的な作品で、個人的にストラヴィンスキー最高傑作だと思う作品です。とりわけこのアルバムは音質、演奏ともに趣向を凝らした名演です。

村娘が結婚式のために髪を結う場面から始まり、新郎と友人たちの掛け合い、双方の両親の心情などが交互に展開し、最後は盛大な祭りで盛り上がるという、素朴ならが哀愁のあるエピソードで、特に終盤(5曲目)の大団円から、ピアノと鐘の音色が静かに響いていく場面は感動的です。アンコールとして、ボレロの村人アカペラによる低予算アレンジみたいなのも、祭り感があって良い感じです。

ソロ・ソプラノの澄んだ泉のような歌声と、粗野な男性陣の合唱、リズムを刻むバスドラム、キラキラと輝くベルやパーカッションの倍音成分など、ストラヴィンスキーの結婚は大変ダイナミックな作品で、なかなか音割れせずに全てを鳴らしきれるイヤホンはありません。

A5000はかなり大音量で聴いても、それら全ての成分の調和がとれて、しかも濁らず解像できているのが凄いです。とりわけ女性ソリストの歌声の美しさに耳を奪われますが、女性と男性コーラスも各パートが鮮明に聴き取れるので、単なるドンシャリではなく、中間帯域もしっかりカバーできていることが確認できます。

たびたびドッスンと入る重低音のドラムも、力強くも定位の違和感が無く、ステージ上で跳ねるリズム感に貢献していますし、最高音側も、最後の鐘の音を聴いてみればわかるとおり、ハウジングが金属的に響いて刺さるのではなく、綺麗な倍音成分が上の方まで無限に伸びていっている感覚も、なかなか得難い体験です。

ただ全体が精巧に解像しているのではなく、音楽の体験に重要なタイミングとダイナミクスが体現できてるのがA5000の優秀なところです。


Posi-Toneレーベルからジャズの新譜Josh Lawrence 「And that too」を聴いてみました。リーダーのLawrenceはトランペットで、さらにWillie Morrisのテナーサックスも入れた、同レーベルの定番メンバーによるクインテットです。

最近のジャズのトレンドとして、グルーヴィーなファンク中心の作風が多い中で、今作のような高速でスリリングな威勢のいいジャズは久々です。ブルックリンのAcoustic Recordingスタジオでの録音で、ここはまさにジャズの秘密基地のようなアットホームな環境なので、メジャーレーベルの大規模なスタジオとは一味違った、昔ながらのホットなエネルギーが伝わってくるサウンドです。

一曲目の開幕のハイハットとベースを聴いただけで、A5000のポテンシャルの高さが実感できます。どちらも破綻しないギリギリのところでパワフルに鳴っており、リズムの切れ味も鋭く、もうそれだけでジャズファンにとっては本望です。

続いてトランペットのスムーズな音色も張りがあって充実感がありますし、サックスが入ってレギュラータイムに落ちついた雰囲気や、徐々に鼓舞してダブルに戻るあたりのリズムフィールもしっかり伝わってきます。一曲目だけでも聴きどころ満載ですが、二曲目「ネフェルティティ」のダークな雰囲気が徐々にゴージャスになっていくあたりも、A5000は絶妙な華やかさで描いてくれます。

冒頭でAndromedaと似ていると言いましたが、Andromedaの弱点はやはり低音の再現性が悪いことです。これはマルチBA型の弱点として散々挙げられている事で、近頃はハイブリッド型イヤホンが主流になってきたことで、だいぶマシになりましたが、やはり帯域のリニア感やダイナミックな流れの表現力という点ではA5000のようなシングルダイナミック型に軍配が上がります。

ただしダイナミックドライバー単体で最低音から最高音まで可聴帯域全体をフラットにカバーするのは困難なので、どうしても高音寄り、低音寄りのどちらかになってしまいがちです。もっと高価なイヤホンでも、低音はサブウーファーっぽく遅れてしまうモデルが意外と多い中で、A5000くらいタイミング良くスカッと鳴ってくれるモデルは珍しいです。

A3000、A4000、A5000

同じAシリーズのA3000・A4000とはサウンドの性格が明らかに違うので、スペックを見比べて悩むのではなく、交互に試聴してみれば瞬時に好みのモデルが決められます。

どのモデルも共通する点として、音像のまとまりが良く、カバーする帯域全体のレスポンスが安定しているあたりは優秀だと思います。

一番ベーシックなA3000はかなり素朴で、これといって目立った不具合も無く、角が立たない丸い鳴り方なので、他のイヤホンを聴いてからでは、どうにも物足りません。ジャズではリズムの爽快感に乏しいため、メロディラインだけを聴いている分には悪くないのですが、オーディオファイル的というよりは、動画を見たりなどの多目的な使い方に向いているように思います。その点は私が使っているE3000と似ているかもしれません。

一方A4000になると、高音が強調されて、価格相応に高解像っぽくなります。ただし、この高音は綺麗な美音という感じではなく、どちらかというとゼンハイザーやオーテクの同価格帯モデルと似たようなザクザクした高音なので、聴き疲れしやすいかもしれません。とくにハイハットやトランペットが刺激的になってしまうため、必然的に音量を落とすことになり、そうなるとサックスやベースなどが聴き取りづらくなり軽い印象になってしまいます。

このような二作と比べて、A5000は周波数バランスやアタックの刺激が絶妙なレベルで調和がとれており、必要に応じて音量を上げても目立った不快感が現れないあたりが優秀です。

個人的に好きなEシリーズのE5000は、A5000と同じ価格帯ということもあって、引けを取らないサウンドだと思いますが、A5000が比較的緩めに音色の美しさを引き出してくれるのに対して、E5000はもっとストイックに淡い空気感のような細かいディテール描写を得意としています。A5000と比べてドライバーユニットが鼓膜の間近に配置されるからでしょうか。精密なモニターヘッドホンに近い鳴り方で、かなり複雑な楽曲でも混雑しません。

ジャズやクラシックでも、ソロプレイが注目されるような楽曲ではA5000の方が充実感があり、E5000はもっと巨大な交響曲などを広い空間で忠実に描くのが得意です。

今回手元に無かったので写真を撮れませんでしたが、A5000の上位機種A8000も、かなり性格が異なるイヤホンです。

A8000は全ての帯域を余すことなく力強く鳴らすような完璧志向の音作りで、ベリリウム振動板やステンレスハウジングのせいもあってか、鮮烈な仕上がりです。

BGM的なカジュアルな聴き方とは正反対の、録音されている音が全て耳に飛び込んできて、難なく解像できるような感じなので、ハイエンドな凄いイヤホンとしてコレクションに加えたいという気持ちは十分にあるのですが、普段使うとなると、ちょっと押しが強すぎて疲れてしまいます。

その点A5000はそこまでカリカリに解像せず、特にサックスやピアノを聴くとわかるのですが、表面の細かいディテールよりも音色の豊かさを味わえるような若干の丸さや緩さがあるため、楽器や歌声を良い感じに楽しむなら私はA8000よりもA5000の方が好みです。

逆に言うと、もっとハイエンド系のイヤホンと比較すると、A5000は若干緩めで、あと一歩解像感が足りないと思えるので、A8000の廉価版としてA5000を検討すべきではないと思います。

A5000とZE8000

実はA5000を買ったのとほぼ同時期にワイヤレスイヤホンZE8000の方も買ったので、これらの対比も面白いです。

特にZE8000はFinal独自の音響研究による新しい物理特性の解釈、渾身の力作という風に説明されており、実際の音質もそれを実感できる鳴り方だと思ったわけですが、そのあたりも、いわゆる古典的な有線イヤホンの代表格とも言えるA5000と比較することで、違いがわかりやすくなります。

ZE8000で一つだけ不満に思えたのが、高音の鳴り方に限界というか天井が感じられた点でした。これは先日オーテクWB2022を聴いた時もそうでしたし、アクティブNCの有無を問わず、アクティブ・ワイヤレス系イヤホン・ヘッドホン全般で感じる不満点です。

高音楽器自体は正確に鳴ってくれるので、もっとキンキンに響いてほしいわけではないのですが、音の背景がデッドで、頭上や視界に広がる爽やかな空間みたいなものの再現が希薄です。その点A5000はそのあたりの演出が非常に上手く、ZE8000で足りなかった感覚が見事に表現できおり、しかし逆にZA8000のような中域の厚いリアルな奥行きのある描き方は出来ないので、両者はまるで表裏一体の存在です。

製品のコンセプトとして意図的にそう仕上げているのか、それとも双方技術的な限界から得意・不得意が分かれているのかは不明ですが、同じメーカーの似たような価格帯の二機種でも、それぞれ鳴り方の注目点が異なるのが面白く、奥が深いです。

別のケーブルに交換

最後に、A5000に付属している新型ケーブルですが、これを変えるとどうなるのか確認してみました。

特にE5000のケーブルとの違いが気になったのですが、2ピンとMMCXで互換性が無いので断念しました(アダプターという手もありますが、音が変わってしまいます)。

同じ銀コートOFCという事で、手近にあったEffect Audioの似たような線材の若干太めのケーブルに交換してみたところ、鳴り方の印象が結構変わります。

A5000と純正ケーブルでは、高音が綺麗に伸びて、空間に余裕を感じる、比較的細身な鳴り方ですが、Effect Audioケーブルでは、もっと中低域に厚みに出て、土台の安定感が生まれます。ただし、その分だけ、スッキリしたヌケの良さみたいなものは損なわれます。

どちらが優れているというものでもありませんが、A5000はイヤホン本体が比較的素直で、純正ケーブルで味付けしているというか、柔らかさや美しさの長所を伸ばしている傾向が感じられるので、私自身は純正ケーブルとの相性が良いと思いましたが、別のものに変えてみるのも面白いと思います。

おわりに

今回Final A5000を買って二ヶ月ほど使ってきたわけですが、今更ながら3万円台の安価なイヤホンを聴いているという感覚は全く無く、他の最高級クラスのイヤホン勢と比べても遜色なく楽しめました。

軽いプラスチック製のシェルはたしかに安い感じがするものの、低価格なイヤホンにありがちな響きのクセも少なく、むしろ変にキンキン響く金属にしなかったのはありがたいです。

では、これ以上高価なイヤホンは無意味なのかというと、そういうわけではありません。ただし、ここから上は、なにか得ると同時に失うものも出てくるので、A5000のサウンドがそっくりそのままランクアップしたような高級モデルというのも思い浮かびません。

たとえば屋外で騒音をしっかり遮断したり、騒音に負けないようなパンチのあるサウンドとなるとA5000は不得意なので、その点では私もUEなどの耳の奥深くまで挿入するカスタムIEMっぽいイヤホンを好んで使っています。

ダイナミック型イヤホンでも、最近試聴してみたDita PerpetuaやゼンハイザーIE900など、数十万円クラスのモデルは確かに凄いのですが、それぞれの長所を最大限に伸ばすことに先鋭化しており、必ずしも万人受けするサウンドとは言い難いです。そういうのを買うマニアというのは、他にも色々と凄いイヤホンを持っている上で、それらでは得られない一点集中の特別感を求めて泥沼にはまっていくものです。

A5000は、そんなマニアでも十分納得できるサウンドであると同時に、3万円台という値段を考えると、高音質有線イヤホンの入門機としても、これ以上にない選択肢です。

すでにアクティブNCのワイヤレスイヤホンを持っていて、それとは別に、じっくり楽しむための有線イヤホンを買ってみたいという人なら、無理に大きなシステムを買わずとも、最近流行っているUSBドングルDACとA5000を組み合わせるだけで、つまり5万円くらいの予算で凄い音が楽しめるので、良い時代になったと思います。

将来的にDAPや据え置きアンプを検討する気になったとしても、A3000やA4000だとちょっと厳しいかもしれませんが、A5000なら十分通用すると思うので、一式全部買い替えるよりも段階的なアップグレードの効果が伝わりやすいです。

私が長らく愛用してきたE5000もそうですが、値段の高い安いは問わず、鳴り方が素直なイヤホンというのを一つ持っていれば、アンプの試聴や、もっと高価なイヤホンを買いたくなった際にも、信頼がおけるレファレンスになってくれます。また、次に買うイヤホンは素直な王道は追求せずとも、もっと自分の好みに全振りしたような個性的なサウンドを選ぶなど、高級イヤホンに対する見方や考え方も変わってくると思います。

近頃は数千円から数十万円までイヤホンの種類があまりにも多すぎて、どれくらいの相場やモデルから始めたらいいか迷っているのなら、ひとまず現時点でのイヤホンの基準点としてA5000は聴いてみる価値があると思います。