AcoustuneのイヤホンHS1900Xを買ったので、感想を書いておきます。2024年11月発売で約18万円の典型的なシングルダイナミック型イヤホンです。
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Acoustune HS1900X |
以前買ったHS1697Tiというモデルをけっこう気に入っていて、だいぶ使い倒してきたので、久々のアップグレードという気持ちで購入しました。
Acoustune
今作HS1900Xは「SHINOGI -鎬-」という別名もあり、Acoustuneの中でもそこそこ上位クラスのモデルになります。さらに上にはHS2000MXというのもあって、そちらは「SHO -笙-」という名前です。
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HS2000MX MKIII・HS1900X |
製品名というのは1900や2000のように番号式のほうが上下関係がわかりやすいのですが、それだけでは味気なく、しかしSHINOGIみたいな愛称のみだとラインナップの位置付けが混乱するので、このように両方を併用するのは良いと思います。
SHINOGIやSHOなど、和風テイストでも、ありきたりなショーグンマスターみたいな名前にしておらず、精巧な手作り感を連想させてくれるのも悪くないです。
そんなHS1900Xは10mm第3世代ミリンクスコンポジットドライバー、チャンバーに切削チタン、ハウジングは切削ドライカーボンといった具合に、デザインを見てもわかるとおり、Acoustuneは高度な製造技術によるハイテク感を全面的に押し出しているメーカーです。
イヤホンに限らずオーディオというのは嗜好品の分野に入るため、多くのメーカーが、謎の技術理論を展開したり、ポエムやエピソードをもとに高級感を演出していながら、実際の中身は大手OEM工場で量産してもらっている、なんて話はよく聞きますが、Acoustuneの場合はその真逆で、ハイテク素材を駆使した技術力を中心に置き、メーカー自体のストーリーはそこまで主張していません。
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最近では低価格のプロ用モニターイヤホンRSシリーズや、ワイヤレスイヤホンHSX1001なども発売しており、着々とラインナップを拡大しています。
とくにワイヤレスHSX1001はAcoustuneの有線イヤホンにそのままワイヤレスユニットを合体させた、まるで超合金ロボの合体メカのような粗削りの潔さがあり、面白い製品だと思いますし、RSシリーズも本来のモニター用途とは別に、いわゆるSE215枠というか、コンパクトなサイズ感から女性など耳穴の小さな人にオススメできるイヤホンとして意外な人気を得ているようです。
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Acoustuneは2013年の発足当時からミリンクス振動板というのを中核に置いており、今作HS1900Xではそれにチタン薄膜を追加した第三世代ミリンクスコンポジットドライバーというのを搭載しているそうです。
ミリンクスというのはバイオポリマー系の素材だとして、他社がよく使っているPEEKやバイオセルロースなどと比べて具体的に何が凄いのか、オーディオ的にどんなメリットがあるのかはよくわかりません。公式サイトでも「振動板素材としても非常に高い音響性能を誇る・・・」くらいしか言及されません。
実際にミリンクスがどうというよりは、メーカーが自信を持って誇れる独自技術を中核に置いて、それを着実に進化させていく開発手法に好感が持てますし、結果的に凄い高みに到達できる可能性を秘めています。私のように旧世代モデルを使っていて「けっこう良かったから、新作も試してみるか」というファンベースも生まれやすいです。
他の多くのメーカーのように、モデルごとに流行ギミックに手当たり次第チャレンジするのも活気があって面白いのですが、技術や音作りに一貫性がないと「成長」が感じられないため、次に買う時も同じメーカーを選ぶ理由に繋がりません。その点Acoustuneには大きな強みがあると思います。
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チタンとドライカーボンのハイテクデザイン |
Acoustuneのもう一つの中核技術に、ドライバーを格納するチャンバーと外枠のハウジングを別々に考えるというデザイン手法があります。
実際多くのイヤホンメーカーが同様の構造を使っていますが、ここまでわかりやすく披露しているのは稀です。
チャンバーというのは、ドライバーからの音波が反響する、スピーカーにおけるキャビネット、和太鼓における胴体のような、非常に重要な部品です。
最近は3Dプリンターが普及したおかげで、ドライバーだけアリエクで調達して自作イヤホンを作る人も多いのですが、外見や搭載ドライバー数はハイエンドモデルを真似できても、結局はチャンバーに3Dプリンターで使える素材しか選べず、表面粗さなども関わってくるので音響設計に限界があります。
よく私もアマチュアの試作イヤホンの評価を求められたりするのですが、周波数特性とかは良好でも「なんだか安いプラスチックっぽい響きがする」という欠点が拭えなかったりします。楽器製作と同じで、自分の理想とする音に近づけるのは、紙面上の見様見真似では無理で、材料工学と音響設計の知見と経験が必要不可欠です。
今作HS1900Xはチタン削り出しだそうです。チタンである必要があるのは音響に影響するチャンバー部分だけでよいので、耳へのフィット感を高めるハウジング部品には、もっと軽量で扱いやすいドライカーボンを採用しています。
それなら普通のプラスチックを使ってもよいのでは、というのも一理ありますが、チタンチャンバーの振動を減衰するのにカーボン素材の方がメリットがあるかもしれませんし、私としては「純粋にカッコいい」という理由で気に入りました。カスタムIEMのフェイスプレートと同じような感覚です。
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メカ好きならこの魅力が伝わると思います |
削り出しのチタンとドライカーボン、まるでF1マシンのようで、明らかに精巧で金がかかっており、どちらもプレスやインジェクションとかで大量生産できるものではないあたり、イヤホン市場の中でも珍しい製品です。
というのも、高度な設計技術を持っている大手メーカーほど大量生産に適した無難な製品設計へと傾倒しますし、逆にプレミアムな手作り感を主張する中小メーカーはここまでハイテクな技術力は持ち合わせていません。Acoustuneはそのどちらにも当てはまらない、極めて特別な存在です。
話は変わりますが、私が数年前にHS1697Tiを買った時点では、Acoustuneは香港のメーカーと紹介されており(今でも当時のモデルを検索すると、そう書かれています)、しかし現在の情報では日本の会社ということで、いまいち全貌が掴めません。東京音響というOEMメーカーの独自ブランドとして活動しているそうなので、高度な技術力を持ち、海外と日本にまたぐ拠点があるのも納得できます。オーディオイベントのAcoustuneブースで見かける社員の方も営業というよりも熱意がこもっているマニア仲間の印象があるので、OEMとしての技術力を披露するためにも、規格外に凄いものを作ろうという自負があるのかもしれません。
HS1900X
私が初めてAcoustuneを買ったのは2020年のHS1697Tiという第二世代シリーズのモデルで、値段は10万円くらいだったと思います。
Tiという名前のとおり、今作HS1900Xと同じくチタンチャンバーを採用しており、当時のラインナップはHS1697Ti・HS1677SS・HS1657Cu、それぞれチタン、ステン、真鍮のチャンバーで音の違いが楽しめるというコンセプトでした(真鍮が一番安くて7万円くらいでした)。
良いイヤホンだからと紹介されて、三機種を一気に試聴する機会があり、その中でチタンのHS1697Tiを気に入って、試聴機を返却後に自腹で買い直した思い出があります。
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HS2000MX MKIII・HS1900X・HS1697Ti・HS1750Cu |
そんな第二世代HS1600シリーズから二年後の2022年、現行の第三世代HS1700シリーズに交代する際にスレンレスモデルが廃止され、HS1790TiとHS1750Cuの二種類になり、現在は真鍮のHS1750Cuだけを残し、チタンは今作HS1900Xにアップグレードされた、という流れです。
つまり同じシェルデザインで三種類の味付けを提供する従来のラインナップから、モデルごとにグレードの差を広げるコンセプトに方向転換したようです。
実際のところ、私もHS1697Tiを買った時に、三種類のそれぞれに個性や魅力があり、値段もそこまで大きな差でもなかったので、どれを選ぶべきか散々悩んだ記憶があります。真鍮が一番安いからといって音が悪いわけではなく、単純にチタンと比べて切削加工が容易だからでしょう。
結局どれを買っても良いとなると、購入後に自分の判断を疑わないために、一番高いチタンのを選びました。真鍮を選んでいたら、あとで「あのときチタンを買っておけば」と後悔するかもしれませんが、チタンを選んでおけば「でも一番高いやつだし」と自分を説得できます(私のような性格の人は結構多いと思います・・・)。
そんなわけで、メーカーが良かれと思って選択肢を増やしすぎても、判断が鈍り、結局どれも買わない人が出てくるのも心理学的にあるそうなので、現行ラインナップのように、モデルごとに搭載技術や価格差が明確なほうが、悩まずに選びやすくなるというものです。
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HS2000MX MKIIIのユニット交換 |
チャンバー素材の音の違いを楽しむというアイデアについては、現行最上級のHS2000MXにて、チャンバーユニットごとオプションパーツとして交換して楽しむという究極型に進化しています。上の写真にあるHS2000MX MKIIIは銀製チャンバーで、セット価格は40万円超だそうです。
ここまであからさまに高級志向だと、さすがの私でも諦めがつくというか、もうHS1900Xでいいやと納得できます。
ちなみにHS2000MXシリーズは現時点で交換ユニットが八種類も出ており、ステンレスや真鍮から、洋白と石材みたいな凝ったものまで幅広いです。ドライバーも込みのユニットなので、それぞれ数万円します。
コレクター魂を誘うアイデアだと思うのですが、一部ユニットは限定生産で入手困難だったり、もはや狂った遊びです。私もオーディオイベントで全ユニットを試聴してみたところ、真鍮と木材のタイプの濃い音色がJVCっぽくて気に入ったものの「ここまで濃い音だと飽きるかも、でも、それならチタンのユニットも買っておけば・・」と、まんまと罠に陥るところでした。
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HS1900Xのケーブルが一番柔軟です |
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コネクター比較 |
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HS2000MXはコネクターが巨大です |
ケーブルの太さもそうですが、4.4mmコネクターを見れば尋常でないのがわかります。ドングルDACよりコネクターの方が大きいのは不思議な光景です。
その点、HS1697Tiもケーブルが結構太かったのですが、ロープみたいな編み込みで柔軟性があり使いやすかったです。HS1900Xではさらに細く柔軟性が増し、コネクターもカーボンで、全体的にだいぶ軽くなりました。
Madoo
ところで、Acoustuneの話となると、Madooについても触れなければなりません。同じ会社の別ブランドということで、イベントなどでは同じブースで紹介されており、メカっぽいデザインもたしかに共通しています。
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Madoo Typ821 |
Acoustuneがミリンクス素材のダイナミックドライバーを中核に置いているなら、Madooは平面振動板を搭載しているモデルシリーズとして差別化しています。
私自身、2023年に登場したMadoo Typ821というモデルがとても好きで、今でも史上最高クラスのサウンドを誇るイヤホンだと確信しており、しかも値段はHS1900Xとそんなに変わらない22万円なので、今回どちらを買うべきか悩みました。
結果的にHS1900Xの方を買った理由は、まず単純に、上の写真のMadooを所有している友人が身近にいるので、どうしても聴きたければ、また貸してくれると思いますし、同じのを買うよりも話のネタ的に面白いと思いました(後日貸し借りできますし)。
さらにMadooは平面型というのもあって、極めて繊細な空間系レファレンス的な性格なので、私が普段カジュアルに音楽鑑賞に使うには、ちょっと持て余す感覚もありました。その点HS1900Xの方が親しみやすく面白みのあるサウンドだと思います。
どちらにせよ、まずHS1697TiでAcoustuneというメーカーを気に入って、HS2000MXは高くて手が出せず、Madoo Typ821で技術力の高さに感銘を受けて、今回HS1900Xの購入につながったわけです。
装着感
これまで使ってきたHS1697Tiと比べても、HS1900Xは装着感がだいぶ良くなっています。
HS1697Tiも悪くなかったのですが、金属の塊といった感じで独自のクセがありました。ノズルが短かったので、典型的なIEMイヤホンほど耳穴の奥までしっかり挿入できず、ホールド感が弱かったです。その点は国産メーカーのJVCやソニーとかに近いかもしれません。
今回試聴するにあたり、周りの友人に両方試してもらったら、音質差の評価以前に、まずHS1697Tiはフィットしないけど、HS1900Xはしっかりフィットしてくれる、という意見もありました。
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ノズル部分が奥へと伸びています |
上の写真でノズル部分を見ると、HS1697Tiと比べて、手前のHS1750CuとHS1900Xはかなり耳穴の奥へ伸びている形状に変更されているのがわかります。
その点においては、実はHS2000MXも一世代前のデザインなので、HS1697Tiの形状に近いのがわかります。
余談になりますが、私はいつも木のテーブルの上で写真を撮っているのに、今回はなぜグレーのスポンジの上なのかというと、Acoustuneのダイナミックドライバーのマグネットが強力すぎて、テーブルの摩擦が弱いと、イヤホン同士が引き寄せられてクルクル回転してしまうからです。
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横幅の比較 |
さらに細かい点ですが、私がこれまで使ってきたHS1697Tiは謎のネジみたいな部品が横に飛び出しているため、装着時に耳に押し込むには便利なのですが、枕やクッションにぶつかるという問題がありました。それ以降のモデルはスッキリして、耳穴から極端に飛び出さない薄型デザインに変化しています。メカっぽいデザインは変わらずとも、細かい配慮によるマイナーチェンジが伺えるのが面白いです。
とくに私は夜寝る時にイヤホンで音楽を聴くという習慣があるため、あまり耳穴から飛び出さないイヤホンというのを探しています。その点では上の写真を見ても一番右のHS1750Cuが優秀なのがわかりますが、HS1900Xも本体の大半が耳穴のくぼみに収まるため、意外と悪くないです。
HS1900Xはさらにカーボンシェルが意外と大きな効果を発揮してくれます。メタルシェルもカッコいいのですが、けっこう重いため、耳穴のイヤピースを支点に自重で垂れ下がる感じになり、ケーブル耳掛けで上に釣るような装着感になります。そのため装着位置もズレやすいですし、動きながらだと上下に揺れて音が乱れやすいです。
その点HS1900Xのカーボンは想像以上に軽く、チタンモジュールの重心が耳穴付近に集中しているため、装着後はピタッと安定してくれて、だいぶ扱いやすくなりました。このように、実際に装着した状態で出音軸が乱れずに安定してくれるかというのは、マイク測定での周波数特性よりも重要な設計課題だと思います。普段なら「カーボンなんてカッコつけて」と思うところが、この軽さを体験すると納得せざるを得ません。
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ゼンハイザーIE900 |
同じくダイナミックドライバー搭載のゼンハイザーIE900と比較してみました。イヤホンの中でも比較的コンパクトなIE900と比べても、HS1900Xはそんなに大きい印象はなく、しかも、一見ゴツいメカのようなデザインのHS1900Xも、カーボンシェルのスムーズなカーブの立体形状のおかげで実はIE900よりも耳穴へのフィット感が良いです。
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Pentaconn Earコネクター |
Acoutuneは今では業界標準のPentaconn 4.4mmバランス端子を最初期から採用していたことでも有名ですが、イヤホン側にはPentaconn Earというコネクターを採用しています。
このPentaconn Earは一見MMCXっぽく見えても互換性が無いので注意が必要ですが、接続の安心感やクルクル回転しない適度な摩擦など、全ての面においてMMCXよりも優れていると思うので、もっと普及していないのが残念です。ゼンハイザーが一部プロモデルで採用しているくらいでしょうか。
珍しいコネクターなので社外品の交換ケーブルが少ないのが残念ですが、そもそも付属しているケーブルがかなり優秀で、あえて交換する必要性を感じません(HS1697Tiでもずっと付属ケーブルを使い続けてきました)。最近だとEffect Audio ConXなどコネクター部分だけを任意に交換できる社外品ケーブルも増えてきているので、選択肢もそこそこあります。
パッケージ
せっかく自前で購入したので開封写真も撮っておきました。そこそこ高価なイヤホンですからパッケージにも力を入れているのは理解できますが、二重紙箱の中にアルミケース、さらにその中にセミハードケースというのは、ちょっと過剰な気もします。
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外箱 |
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アルミケース |
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ケースの中身 |
アルミケースの使い道はあまり思い浮かばないので、収納の面では個人的にはセミハードケースのみで、もうちょっとコンパクトなパッケージの方が良かったです。
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ケーブルとイヤピース |
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付属イヤピース |
付属ケーブルは4.4mmバランスケーブルのみなので注意してください。最近はバランス接続が主流とはいえ、3.5mmシングルエンドケーブルや変換アダプターを付属していないのは珍しいです。
イヤピースはS/M/Lの三サイズで、一般的な形状のAEX70というタイプと、ベイヤーXelentoのような根本が広がっているAEX50の二種類が付属しています。
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回転するので向きが気になります |
広がっているAEX50の方が耳周りのフィット感は良いのかもしれませんが、回転対象ではないため左右の装着感触のズレが気になってしまい、個人的にどうもしっくりきませんでした。
通常のAEX70の方は、他社のイヤピースと比べてシリコン素材が非常に柔らかくモチモチした質感(果汁グミみたいな感じ)なので耳穴のフィットは良好です。しかしノズルに接続する根本の部分も同じ柔らかい素材でできているため、イヤホンを外す時にイヤピースが耳穴の中に残ってしまい、取り出すのに苦労することが何度もありました。そのため他社のイヤピースはこの部分が硬い別素材で作られているタイプが多いです。
そんなわけで、今のところ普段から使い慣れているAZLA SednaEarfit MAXを使っており、これといって不満は無いです。ノズル部分が比較的長い形状のイヤホンなので、イヤピースはそれなりに小さく短いタイプを選んだほうが良いです。
インピーダンス
いつもどおり、再生周波数に対するインピーダンスの変化を測ってみました。
インピーダンスグラフを見ても、各モデルが共通したドライバー技術を採用しているのがわかります。それでも実際に聴いてみると鳴り方がだいぶ違うのが面白いです。
金属チャンバーは中高域に違いが出てくるようですが、全体的な抵抗値にわずかな上下の差があるのは、それぞれ異なる純正ケーブルを通して測ったからでしょうか。
どのモデルもスペックの入力感度は110dB/mWで、全帯域にて24Ωを下回らないため、アンプへの負荷はそこまで高くないのが嬉しいです。つまり高出力よりも音質優先でアンプを選ぶことができます。
手近にあった他のイヤホンと比較してみると、たとえばマルチドライバーのVision Ears VE10は個人的に好きなモデルですが、中高域で3Ωあたりまで下がるなど、アンプへの要求がかなり厳しいイヤホンです。出力インピーダンスとS/Nの組み合わせで、鳴り方が大きく影響されると思います。
音質とか
私は普段あいかわらずHiBy RS6 DAPを使っているので、HS1900Xを購入後は主にそちらで聴いています。
HS1900XはIEMイヤホンの中でも感度が結構高い部類だと思うので、DAPのローゲインモードでもボリュームを30%ほどに絞って使うくらいですし、ノイズフロアにも敏感です。つまりアンプを選ぶ際には出力の高さよりもノイズの低さを優先すべきです。
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HiBy RS6 |
まず第一印象から、HS1900Xは私がこれまで使ってきたHS1697Tiと同じ路線の順当な進化系という感じがします。Acoustuneのサウンド方針が変な方向に脱線していないのを確認できて一安心しました。
ただしHS1697Ti・HS1677SS・HS1657Cuの三兄弟の時のような、それぞれに違った魅力があって優劣をつけられないという感じではなく、HS1697Tiと比べてHS1900Xは明らかに優れており、進化を遂げたアップデートモデルという確信が持てます。むしろHS1900XとHA1750Cuを比べた方が好みが分かれるかもしれません。
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ジャズとクラシックでそれぞれ、女性歌手とピアノ伴奏のデュオアルバムを聴いてみました。歌声の美しさはHS1900Xが得意とする分野ですし、これくらいシンプルな演奏の方がイヤホンの特徴を掴みやすいです。
Caity Gyorgy &Mark Limacher 「Asking for trouble」はフランク・レッサーのスタンダード曲をフィーチャーしたアルバムで、ブルックリンのLa Reserve Recordsという小規模なインディペンデントからのリリースです。カナダ出身のGyorgyの軽やかな歌声は普通にポップスとしても楽しめる素直さがあり、Limacherのトリッキーなピアノとの凸凹コンビのおかげで、全曲通して飽きずに楽しめます。
クラシックのLa Dolce VoltaレーベルからはNatalie Dessay & Philippe Cassard「Oiseaux de passage」です。2013年の突然の引退から長らくオペラの表舞台で見ていないDessayから突発的なリリースで、息の合うCassardとの再演が感慨深いです。59歳になるDessayですが、よく通る透明感のある歌声は健在で、30分という短いアルバムの中で、タイトルどおり儚い渡り鳥をテーマとした作品を歌っています。
HS1900Xはダイナミックドライバーらしいスカッとした歯切れのよい鳴り方で、中高域から上の爽快感と瑞々しい美しさを両立している、音楽鑑賞向けのイヤホンです。
チタンハウジングやチタン薄膜ドライバーから想像するようなキンキンする滑舌や打鍵のエッジ感は無く、むしろ歌声とピアノのアタックに上品な輝きを加えてくれる感覚があります。モニター的な正確さよりも、どちらかというと美音系に入ると思いますが、そこまで過剰な脚色ではない絶妙なバランスです。
歌手とピアノの音像ステージはそこそこ遠くにあり、そこから音が自分に向かって飛び出してくるようなメリハリがあるため、緩急や強弱のダイナミクスを上手く表現してくれます。中低域の厚みは控えめなので、全体的に軽めで明るく、静寂の余白の感じられる鳴り方です。
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IE900 |
IE900よりも低音がしっかり出ており、高音と低音のどちらも緻密というよりは鮮やかに描く感じなので、実直なモニター用としてはIE900の方が適していると思いますが、気軽に装着して美しい音楽を味わうという用途ではHS1900Xの方が有利です。
Final A8000も同じジャンルの候補に入ると思いますが、そちらは描画のレスポンスが鋭すぎて、本当に優れた音源でないと不具合が目立ちすぎてシビアになってしまうあたり、やはり気軽に使えるという点でHS1900Xの方が私の好みに合っています。
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ソース機器の影響が大きいです |
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Cayin C9ii |
HS1900Xの重要な特徴として、DAPなどソースによる音色の違いを倍増させる効果が際立っています。とりわけ高音の艶や空気感といった部分がかなり影響を受けるので、理想を目指すと奥が深いイヤホンです。
上の写真にあるドングルDACのiBasso DC07PROは精密かつ整ったモニターっぽい描写で、iFi Go Bar Kenseiは音抜けは悪くも深みが増すといった具合に、機器ごとの違いが普段以上に強調されます。
Fiio M15SとQ15はどちらも中堅価格帯で個人的に音質を気に入っているモデルですが、M15Sでは歌手に太くザラッとした質感が出せるのでロックやジャズなどに良いですし、Q15は発声後に広がる残響音の空気感が感じ取れるためクラシックに良さそうです。
Cayin C9iiはプレゼンスや空気感の描き方が圧倒的に上手く、しかも歌声やピアノの音色も絶妙に美しいため、HS1900Xのポテンシャルを引き出せるのが実感でき、さすが高価なモデルであることに十分な説得力があります。
こういった機器ごとの変化が伝わりやすいのも、オーディオマニアにとって嬉しい特徴です。とくにヴァイオリンやピアノの生音とか女性ボーカルの質感などに注目したい人は、HS1900Xを色々なアンプで鳴らしてみることで、自分の理想にピッタリ合うサウンドを追求することができます。過剰な響きで塗りつぶすようなイヤホンでは、こういう芸当はできません。
とりわけ、これまで使ってきたHS1697Tiと比べて、このあたりが進化したように感じます。HS1697Tiの方がアタック部分などチタンっぽさが目立ち、どのアンプを通してもHS1697Tiを聴いている印象が強かったのに対して、HS1900Xではむしろ逆に、色々なDAPで鳴らしてみるのが楽しくなります。
真鍮のHS1750Cuと交互に聴き比べてみると、それぞれの魅力は別のところにあるため、用途や好みが分かれます。HS1750Cuは真鍮チャンバーらしい響きがあり、アルミやステンレスのように高音に硬さや刺さりが加わるのではなく、もっと重心が低い、スムーズに伸びるような響きで音響全体の凹凸を包んでくれる効果があります。アンプを選ばす手軽なドングルDACとかでも良い感じに鳴ってくれるあたりもHS1900Xとは一味違います。
真鍮といえばJVCのサウンドに近い部分もあり、そもそも金管楽器にアルミや鉄ではなく真鍮(ブラス)が使われている事からも響きの良さが実証されています。ボーカルとピアノの組み合わせでは極上の美音を演出してくれるのはもちろんのこと、ドライな打ち込みシンセトラックでも響きや色艶を加えて良い感じに仕上げてくれます。
HS1900Xと比べると立体感や空気の爽快感といった部分で価格相応の差が感じられます。HS1750Cuは音楽全体が目の前に厚く漂っている平面的な鳴り方で、HS1900Xではもっと遠方からこちらに飛んでくるような立体感があります。
これには背景のディテールが関わっていると思うので、静かなリスニング環境でないとメリットが伝わりにくく、HS1900Xを騒音下で聴くと音が貧弱なV字ドンシャリのような印象を受けてしまう一方で、HS1750Cuの方が環境騒音に負けない厚みが長所になってくれます。
ヘッドホンにおいても、たとえばオーテクやGradoの開放型など、静かな環境にて小音量で使うべきモデルは、騒音が多い場所では繊細なディテールが埋もれてしまい、そのまま音量を上げても軽く刺激的なサウンドになってしまいます。
ようするに価格よりも適材適所ということで、静かな環境で手軽に良い音を楽しみたければHS1900Xが良いですが、出先の屋外などで使いたいのならHS1750Cuの方が向いているかもしれません。
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HS2000MX MKIII |
次にHS2000MXと聴き比べてみると、こちらはたしかに高価なだけあって凄いサウンドだと実感します。
チャンバーユニットが交換できるというだけで、実際の音質はHS1900Xとたいして変わらないだろうと予想していた私でも、いざ聴き比べるとHS2000MXの方が明らかに上位モデルだと思えたので驚きました。
HS2000MX MKIIIは、第一印象ではHS1900XよりもHS1750Cuと似ているというか、音楽全体が厚く目の前に提示される「音の壁」みたいな感覚があるのですが、そこからじっくりと聴き込むにつれ、音像のひとつづつが異なる質感で立体的な響きを持っている感覚があります。
HS1900Xのダイナミックな爽快感とは一味違う、高密度かつ分離の良い、複雑なサウンドで、なにか凄い体験をしているという実感が湧いてきます。それでいて尖りが無いので、具体的に何かが強調されるのではなく、全体的な情報量とスケール感に圧倒されます。
ダイナミック型の上級モデルというと、これまでにIE900以外にもDita Perpetua、Simphonio VR1、Final A8000など色々と聴いてきましたが、それぞれに魅力や特徴がある中で、どれも楽曲を選ぶような気難しさがあったのに対して、HS2000MX MKIIIはそれらとは対照的に、いい意味で無難な完成度を誇っています。高級イヤホンに期待するようなインパクトは薄いかもしれませんが、曲を聴くにつれて、ディテールの最小単位を見通せる感覚や、音源ごとに異なる表情や風景を見せてくれることに気が付きます。
ある意味で平凡なバランスのサウンドなので、長く使っていれば個性や刺激を求めたくなるわけですが、そこでユニット交換という奥の手が使えるのも上手く考えられています。
ところで、私が個人的に気に入っているイヤホンを思い浮かべてみると、たとえばUltimate EarsのUE LiveやWestone Mach 80など、HS1900Xとは正反対の性格のモデルもあります。いわゆるマルチドライバー型で、たくさんのBAユニットを詰め込んでいるタイプですが、これらは歌声や生楽器など特定の音色が強調されることなく音響全体を構築してくれるため、鮮やかさやヌケの良さとは異なる方向性で、情景に没頭できるスタイルなので、たとえば映画やゲームのサウンドトラックなんかと抜群に相性が良いです。
HS2000MX MKIIIのサウンドは、まさにHS1900Xとこれらマルチドライバー型のちょうど中間のような「いいとこ取り」の感覚があり、色々なスタイルのイヤホンを経験した上で一本に絞るとしたら候補に上がるようなモデルです。
そんなわけで、HS2000MX MKIIIの高性能ぶりや完成度の高さは実感できるものの、色々なイヤホンで両極端のサウンドを使い分ける楽しみという観点からは、HS1900Xを選んで正解だったと思います。
おわりに
今回Acoustune HS1697TiからHS1900Xにアップグレードしたわけですが、音質と装着感の両方で明らかな進化を遂げていることが実感できました。
Acoustuneの旧作を使っている人はもちろんのこと、普段はマルチドライバー型を使っていてダイナミック型イヤホンになんとなく興味がある人も、HS1900Xは業界最先端のサウンドとして体験してみる価値があります。
さらに、DAPなど上流機器によって音色の表現が大きく変わるので、私みたいにオーディオ機器の聴き比べを楽しみたい人にも有意義なイヤホンだと思います。
高級イヤホンの世界はあいかわらずシングルダイナミック型とマルチドライバー型に陣営が分かれており、私の感覚では、ここ数年ハイブリッドマルチ型が飛躍的な進化を遂げて、万能かつ完璧に近づいており、(逆に言うとメーカーごとの違いが薄れて、無個性になってきており)、それに対して、シングルダイナミック型の方がメーカー独自の技術力が際立つためか、今回のように特定のユーザーのツボにはまるユニークなモデルが多いようです。
そんな中でも、HS1900Xは静かな環境でじっくりと音楽を聴き込む際の満足感が高いです。外出時にズンドコ鳴らすというよりも、自宅の大型ヘッドホンの代用という意味で、私にとってカジュアルに使えるイヤホンとして活躍してくれます。とくに近頃は騒音下ではワイヤレスNCイヤホンを選ぶ人も増えているので、それらよりも高音質の有線イヤホンを求めているなら、イヤホンは外出用という固定概念を捨てて、HS1900Xのように屋内でじっくり味わえるタイプの方が有意義かもしれません。
あえてAcoustuneの弱点を挙げるとするなら、メタルハウジングにミリンクスドライバーというコンセプトを一貫しているため、新型を含めて、素人目ではどれも同じに見えるというか、世代ごとの進展がわかりづらい印象もあります。
旧モデルを使っている人でも、たとえばHS1657CuからHS1750Cuへと、新型に買い換えるモチベーションが薄くなりがちです。初期モデルの時点でブランドイメージと製品の完成度が高かったことによる弊害でしょうか。裏を返せば、旧モデルでも満足度が高く、独自の世界観が確立しているため、そうそう古くならず、末永く使えるブランドでもあります。
私の身の回りでAcoutuneを愛用している人を見ると、ハイエンドカスタムIEMの世界から距離を置きたくてHS1697Tiを選んだ人や、マルチドライバー型はあいかわらず新作をあれこれ買い換えながら、ダイナミック型はHS1750Cuだけで十分と言い切る人など、一過性のトレンドとは別に、なにか確信が持てる普遍的な魅力があるようで、私もなんとなくそれに共感できます。
アマゾンアフィリンク
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Acoustune HS1900X SHINOGI |
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Acoustune HS1750Cu |
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Acoustune MONITOR RS THREE |
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Acoustune MONITOR RS ONE |
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Acoustune ARM013 |
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Acoustune ARM011 |