NiPOというメーカーの新作DAP「N2」を試聴してみたので、感想を書いておきます
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NiPO N2 |
日本では2025年1月発売、価格は約41万円という超高級機です。一見地味ながら、強力なヘッドホンアンプ回路の作り込みに特化したユニークな製品のようなので、音質が気になります。
NiPO
NiPOという社名は、てっきりLiPo(リチウムポリマー)のようなバッテリー素材の名称かと思ったのですが、公式サイトによると「Nine-Point」という意味だそうです。
そのNine-Pointというのは別名Nine dotと呼ばれている、3x3の点を一筆書きで通る思考パズルの事で、ようするに固定概念を超えて柔軟な発想を目指すという意気込みを象徴しているようです。ハイテクな大量生産品ではなく、ピュアオーディオ的な思想の強いメーカーということが伺えます。
そんなNiPOは2021年にコンセプトモデルN1とともに発足した新興ブランドで、今作N2が本格的に流通する第一号機になるそうです。同時期にA100というポータブルDACアンプも発表しており、ネットニュースなどで目にする機会が増えて、私も気になっていました。
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シンプルすぎるデザイン |
N2の発売価格は41万円という尋常でない高級品にもかかわらず、実際に手にとって見た印象は極めてシンプルなのですが、それがむしろオーディオ回路に全力投球しているようで期待感が増します。スピーカーオーディオの世界でも、ハイエンドに向かうほどピュアオーディオといって無駄な機能が削ぎ落とされたシンプルなデザインになってくる傾向があります。
近頃は中国を中心にポータブルオーディオユーザーの耳も肥えており、無名の新興ブランドともなると、ハッタリだけでは淘汰されてしまうような土壌が育っています。NiPO N2からは、そんな混沌とした中華DAP市場に裸で飛び込むような自信が感じられます。
オーディオ回路
私自身、NiPO N2に興味を持った最大の理由が、最近流行りの真空管やディスクリートDACなどのギミックを搭載せず、ヘッドホンアンプの一点集中で作り込んでいる点です。
D/A変換はESS ES9039Sで堅実に固めて、操作系もボリュームとゲイン切り替えのみ、余計なモード切り替えスイッチなどに悩まされず、再生ボタンを押してボリュームノブを回すだけの純粋な体験が、なんとなく新鮮に感じます。
このようなピュアオーディオ的な考え方は、一昔前のポータブルオーディオ(まだアンダーグラウンドな文化だった頃)にはよく見られたのですが、最近ではずいぶん珍しく感じます。
アンプ回路についても、とりわけ奇抜なアイデアを採用しているというわけではなく、カレントミラーI/V、デジタル制御アナログ抵抗ボリューム、無帰還増幅段、8ペアトランジスターのディスクリート構成といった具合に、たとえばアキュフェーズやラックスマンといったピュアオーディオ系のユーザーにとっては親しみのある高品位設計のアプローチを取っているようです。
さらに電源回路も独自のリモートフィードバック制御により高レスポンス低ノイズを実現しているとか、10層基板で安定性とノイズ対策を徹底するといった具合に、高品位設計を徹底しています。
私の勝手な考えになりますが、ハイエンドオーディオと呼べるメーカーかどうかは、このあたりの設計のセンスというか、測定スペックやICチップ品番などでは計り知れない部分のこだわりに現れると思います。つまり紙面上では一見普通に見えても、回路のちょっとした配置や取り回しの違いで生まれるサウンドの違いを感覚的に追い込める技術と経験が求められます。
据え置きオーディオの場合は、天板を開ければメーカーの主張がハッタリかどうか、なんとなく想像できるのですが、ポータブルDAPの場合はそう簡単にはいかず、NiPOの公式情報を見ても内部の写真などは一切見当たらないので、メーカーの主張を信じるしかないのですが、そのあたりも含めて、測定や基板写真でなく、実際に音を聴いて評価するのがハイエンドオーディオだと思います。
デザイン
N2の外観デザインは王道かつベーシックなAndroid DAPスタイルなので、これといって注目すべき点も思い浮かびません。デザインに一目惚れして買う人は少ないと思いますが、逆に言うと、珍妙な造形や金銀財宝の成金趣味でないあたりは好感が持てます。
画面は5インチ720×1280、348g、再生時間は13時間、Android 10、128GBストレージ、Bluetooth 4.1といった具合に、基本的なスペックは極めて普通というか、他社のフラッグシップ級と比較すると凡庸です。
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前面 |
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裏面 |
シャーシはただの長方形で、ボリュームエンコーダー周りのデザインはiBassoのDAPを連想します。
銅やステンレスでもなければ、切削や表面処理も普通ですし、ファセットやカーブの立体造形で陰影のコントラストを演出するなども皆無なので、同価格帯のAstell&Kernなどと比べると視覚的な美しさは弱いです。本当に単なる「長方形の箱」という感じです。
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出力端子 |
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マイクロSDとUSB-C |
上面には3.5mmと4.4mm出力端子、底面はマイクロSDカードスロットとUSB C、側面はボリュームエンコーダーとトランスポートボタンといった具合に、単純明快すぎるレイアウトです。
おかげで使い勝手に不自由は無いのですが、個人的な不満点があるとするなら、やはり40万円クラスのDAPとしては、もうちょっと部品単体のクオリティを上げるなどで高級感を演出してもらいたかったです。たとえばエンコーダーの形状やロゴマークのプリントなどは安っぽく感じますし、側面のボタンもソニーウォークマンに似ていますが、押し心地はペコペコしたメンブレンスイッチのようで、あまりよくないです。
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ソニーと比較 |
とくに私が借りた試聴機は電源ボタンの反応が悪く、正確に中心をグッと押さないと反応しません。もとからそうなのか、試聴機が使い古されて弱くなっているのかは不明ですが、こういったあたりが不安になります。
ところで、ボタンの劣化を防ぐという点でも、他のAndroid DAPでは「画面をダブルタップすると起動する」仕組みが一般的で、私も普段よく活用しているのですが、N2ではその機能設定が見当たりませんでした。
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ボタンの機能が逆です |
ボタンまわりでもう一点、トランスポートボタンの「曲戻し」と「曲送り」ボタンの動作が逆転しており困惑しました。
再生ボタンの矢印に対して、同じ方向が曲送りのはずが逆になっています。これは他の中華系DAPでもなぜかよく見るミスです。インターフェースの基礎設計を使いまわしているのでしょうか。
さらに細かい点で、再生中に「曲戻し」ボタンを押すと、その曲の冒頭に戻るのが一般的ですが、このDAPではひとつ前の曲の冒頭に戻ってしまいます。
これらはプレーヤーアプリの仕様かと思ったのですが、どのアプリでも同じ挙動になっており、システムを初期化しても変わらず、Android設定項目なども見つかりません。
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付属ケース |
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ボリュームノブ保護 |
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フラップ |
付属のレザーケースは一般的なタイプで、表面の色や質感はAK SP3000のケースに似ています。ボリュームノブ部分も保護されているのはユニークなのですが、その上からグリグリ回していると摩耗しそうで心配になります。
上面の出力端子部分が磁石でピタッと吸い付くフラップになっているのは良いアイデアだと思います。(他社だとこの部分は折り込みになっていることが多いです)。
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HiBy RS6と比較 |
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iBasso DX340と比較 |
私が普段使っているHiBy RS6と並べてみても、上下にちょっと長いくらいで、重量感や携帯性はそこまで大きく変わりません。
最近は各社とも上級DAPではずいぶん派手なシャーシデザインに傾倒しており、それはそれでブランドイメージの差別化という点では良いと思うのですが、凝りすぎて逆にマイナスになっているケースもあるので、そう考えるとNiPO N2くらい無難なデザインの方が長く付き合うには良いのかもしれません。
たとえば上の写真のiBasso DX340は、音質や性能の話以前に、シャーシがあまりにも鋭く尖っていて、絶対に持ち歩きたくないと思えてしまいました。AK SP3000と似たようなステンレス削り出しなのですが、AKと違って切削加工の指定が甘いようで、各面のエッジの面取りにだいぶばらつきがあり、怖いくらい鋭いエッジもあります。その点NiPO N2は手で掴んでも安心です。
インターフェース
N2はAndroid 10を動かしており、設定項目などを見ても、N2独自のオーディオ設定なども無く、本当にそっけない素のAndroidのままの状態です。
最近はストリーミングアプリをインストールして使う人が多いと思うので、とりあえずGoogle Playストアだけ用意して、あとはユーザーに任せるという方針なのかもしれません。
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Android 10 |
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特殊な設定項目などもありません |
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ショートカット |
スワイプダウンのショートカットメニューではESS DACのフィルター切り替えとアンプのゲイン切り替えができますが、Android設定メニューでこれらの項目が用意されていないため、ショートカットボタンを長押ししても設定メニューには飛びません。
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ホーム画面 |
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HiByMusicアプリ |
今回借りた試聴機にはHiByMusicとUSB Audio Player PROがインストールされていました。私はHiByの方が使い慣れていますが、公式ではUSB Audio Player PRO (UAPP)を推奨しているようです。
ちなみに前のユーザーのプロファイルがそのままだったので、とりあえず最初にAndroidを初期化したところ、初期化後は再生アプリが一切プリインストールされておらず、自前でGoogle PlayストアかAPKでインストールすることになりました。
UAPPがプリインストールされていればありがたいのですが、有料アプリなのでライセンス上難しいのでしょう。(そもそも40万円のDAPを買うような人なら、UAPPくらい持っているでしょう)。
「デジタルプレーヤーなのだから、再生アプリで音が変わるはずがない」という人も多いかもしれませんが、AndroidシステムからD/A回路への橋渡しとして、アプリを正しく設定することが肝心です。
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再生中はUSB DACとして認識されています |
設定せずにそのまま再生しても音楽は鳴るのですが、Androidのサウンドミキサーを通ってしまうので、サンプルレート変換などが行われ、ビットパーフェクトではありません。
たとえばHiByMusicでは初回起動時にUSB DACを検出したと表示されるので、そこで「Exclusive HQ USB audio access」をONにすれば大丈夫です。
USB Audio Player PROはさすが有料アプリだけあって、インストールするとNiPO N2を自動認識して、デフォルトの状態でもちゃんとビットパーフェクトで再生してくれます。
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アプリ設定による違い |
上のFFTグラフは384kHz/24bitのホワイトノイズ音源ファイルをHiByMusicアプリで再生したもので、赤線がExclusiveモードがOFF、青線がONつまりビットパーフェクト再生の状態です。
OFFだとAndroidミキサーを通っているので48kHzにサンプルレート変換されて、24kHzでローパスされており、ゲインも若干違ってしまいます。
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矩形波 |
同じ条件で384kHz/24bitの1kHz矩形波を再生したものです。高周波のノイズは録音機器(RME)に由来するので無視してください。
赤線はサンプルレート変換されてローパスされていますが、どちらもノイズフロアは同じなので、Androidミキサー経由でも24bit相当に処理されているようです。つまり聴いていても違いはわからないかもしれません。
Androidサウンドミキサーをバイパスする方法は各アプリごとに違うので(Android側の設定で一括変更はできないため)、ちゃんと反映されているか確認するのに結構気を使います。
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USB Audio Player PRO |
FiioやiBassoなど大手メーカーのDAPでは設定が事前に最適化された再生アプリがプリインストールされており、トラブルを回避しています。その点NiPO N2は玄人向けとして、このあたりを理解した上で使うことを前提にしているのでしょう。
逆に言うと、N2に限らず、せっかく高価なDAPを買ったのに、ずっと変なアプリでAndroid経由のサンプルレート変換で聴いているという人もいそうですし、ネットで音質評価などを読んでも、本当に正しい設定して聴いているのか不安になってきます。
やはりDAPというのは音楽再生に特化した製品であるべきなので、Astell&KernやソニーなどがカスタムOSや自社製アプリにこだわっているのも、このような心配があるからだと思います。
出力
いつもどおり0dBFSの1kHzサイン波を再生しながら負荷を与えて、歪み始める(THD > 1%)最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。
赤がバランス、青がシングルエンド、それぞれゲインがH/M/Lの三段階と、破線はライン出力モードです。
最高ゲインでも10Ωあたりまで定電圧駆動できており、バランス接続で最大4.5W程度出ているのは凄いです。ここまで強力なら大型ヘッドホンでも問題なく駆動できそうです。
公式スペックは10Ωではなく32Ωで2530mWと書いてあるのも、他社のように過度に主張しておらず、歪むまで十分な余裕を持っているあたりハイエンドオーディオらしく好感が持てます。
シングルエンドのほうが定電圧が維持できていますが、そもそもここまでの高電圧(つまり大音量)が必要なケースは稀でしょう。バランスのゲインM・LがシングルエンドのH・Mにそれぞれ対応しているのもわかりやすいです。
ライン出力モードはDACからのラインレベル信号ではなく、AK DAPと同じようにヘッドホンアンプ出力が4Vrms・2Vrmsにボリューム固定になるだけのようです。それぞれゲインMでのボリューム最大とピッタリ重なっています。
同じテスト信号で無負荷時にボリュームを1Vppに合わせて負荷を与えたグラフです。
ゲインH/M/Lとライン出力でのデータがピッタリ重なるので、ソフト上のリミッターのようです。つまりゲインLを選ぶのはボリューム調整が小刻みに行えるというメリットだけで、どのゲインでもアンプの特性は同じようです。出力インピーダンスはバランスで1.3Ω、シングルエンドで0.7Ω程度なので、IEMイヤホンでも問題無さそうです。
最近測った他社製品と比べてみました。どれもバランス出力のハイゲインモードでのデータのみです。
ポータブルアンプではCayin C9iiが全体的に強力ですが、DAPでパワフルなモデルを求めている人にはN2がかなり良い選択肢になりそうです。
極端な例として、USBドングルDACのiBasso DC07PROですらイヤホン程度でなら十分すぎるくらい大音量が出せているわけですから、特定のヘッドホンを鳴らすために高出力を求めているのでなければ、最大出力はそこまで音質の参考になりません。たとえばAK DAPは総じて非力に見えても音質が悪いわけではありません。
音質
N2はパワフルなDAPということで、今回の試聴ではIEMイヤホンだけでなく大型ヘッドホンでも鳴らしてみたところ、どれも音量が足りないとか音痩せするといった不安は一切感じません。
さらにIEMイヤホンでも私の耳ではバックグラウンドノイズは聴こえません。出力ゲインが高いアンプはノイズフロアも相対的に上がってしまいがちなのですが、N2はさすが高級機だけあってイヤホンでも問題なく活用できます。
先程の出力グラフでも見たとおり、ローゲインモードでもアッテネーターなどは通しておらず単純なソフト上のリミットのようなので、出力インピーダンスが悪化する心配もなく、イヤホンからヘッドホンまでなんでもこなせる汎用性の高いDAPです。
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クラシックの試聴盤にClavesレーベルからArthur Hunnewinkelのシューマン・ピアノ協奏曲を聴いてみました。
スイスの小規模なレーベルなので、きっとスカスカの室内オケとか新解釈だろうとあまり期待していなかったのですが、演奏も音質もメジャレーベルを超えるパワフルな本格派アルバムです。オケはワルシャワのSinfonia Varsoviaで、指揮はチェリストとして支持しているMarc Coppeyなのも驚きました。
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ジャズにはECMからBilly Hart Quartet「Just」を選びました。
ドラマーリーダーのBilly Hartはもう84歳になるので、よくあるベテランリスペクト作品かと不安かもしれませんが、年齢を感じさせないキレのあるトリッキーなドラミングを繰り広げてくれます。気心の知れたバンドで、全体の作風も明るく聴きやすいタイプなので、とくに私を含めてMark Turnerのサックスが好きだけど彼のアルバムは前衛すぎて聴きづらいと思っていた人にこのアルバムはちょうど良いです。
N2の音質についての第一印象は、力強く、レスポンスが速く、過渡特性の情報量が多く、無駄の少ない、かなりスパルタンな音作りだと思います。
クラシックではピアノの打鍵に強靭な弾力があり、オケも背景の響きに埋もれず目覚ましく浮かび上がってきます。ジャズではドラムが単なる音圧や刺激音としてでなく、立ち上がる瞬間からの質感が感じ取れるため、サックスの邪魔にならず対等の立場の楽器として楽しめます。
N2はアンプ回路に注力しているということで、ドングルDACのような薄味でダイナミクスの狭いサウンドでないことは予想していましたが、もっと鈍く味付けの濃いサウンドかと想像していたところ、ずいぶん実直な鳴り方なので驚きました。
凡庸なプロスタジオ系でもなければ、SP3000のような繊細な描写でも、NW-WM1Zのような濃厚な色艶でもなく、昨今のポータブルDAPの中では意外と珍しい鳴り方です。アンプのモード切り替えなども用意されていないので、純粋にこの鳴り方を気にいるかどうかで評価が分かれるDAPだと思います。
さすが高級機だけあって、どんなジャンルの音楽でも明らかな不具合や相性問題には遭遇しなかったのですが、その一方で、イヤホンやヘッドホンとの相性は気難しく、うまくいかないと感じる組み合わせが意外と多かったです。
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HS1900X |
相性が良かったイヤホンの例としては、最近購入して手元にあったAcoustune HS1900Xは抜群に良い組み合わせだと思います。シングルダイナミック型のシンプルな構成のイヤホンです。
このイヤホンでひとまずN2のサウンドの印象を把握してから、上手くいかなかった例も紹介したいと思います。
N2は音像の距離感がわりと近めで迫力のある鳴り方ですが、頭内で忙しく飛び回るというよりは、目前にしっかりとした音像が描き出され、その背後に響きが遠ざかっていくような感覚です。協奏曲ではピアノとオケの駆け引きみたいなものにグッと引き寄せられるので、SP3000のように音像をコンパクトに抑えて空気感重視の広大なコンサートホール空間を描くようなタイプではありません。
そんなパワフルに引き込む実在感がある一方で、たとえばオケのヴァイオリンやジャズのドラムなどは派手に暴れたりせず、レスポンスが制御されているため、まるで堂々とした石像を間近で眺めているような気分になります。
他のメーカーのDAPでも高出力をセールスポイントとするモデルは多いのですが、それらは確かにボリュームを上げれば大音量が出せるものの、IEMイヤホンを鳴らす程度の使い方だと具体的なメリットが実感できないことが多いです。(せっかく高出力DAPを買ったのに、いつもローゲインモードでボリュームを最小近くで使っていて無駄に感じることもあります)。その点、N2の場合はイヤホンを小音量で駆動する時でもアンプの力強さが明確に伝わってきます。
周波数バランスでは中低域が目立ちます。高音や低音も可聴帯域の限界を感じさせないくらいリニアに鳴っているのですが、派手に発散するドンシャリとは正反対の鳴り方なので、激しさよりも音像の実在感が強調される印象を受けるようです。
中低域が目立つといっても、モコモコと厚く盛られているわけではなく、むしろその逆に、響きはスッキリしていて、普段以上に中低域の音像の輪郭や質感がはっきりと提示される感じです。中低域が音像の基礎をしっかり固めてくれるおかげで、高音や低音がそれに付帯して的確に輪郭を描いている感覚が強いです。
周波数バランスだけの話だったら、他でもありそうなサウンドのように思えるわけですが、実際にN2をじっくり聴いてみると、なぜか「他とは違うサウンド」という感触があります。それが良いか悪いかの前に、具体的に何が違うのか自分なりに把握するまでにちょっと時間がかかりました。
高音や低音が派手ではないので、第一印象ではゆったり丸く温厚なサウンドのように思うのですが、しかしスムーズでマイルドかというと、そうでもなく、さらに集中して聴いてみると、常に気が抜けない緊張感があり、一音ごとの情報密度が極めて高いことに気が付きます。
音の立ち上がりのピーキーな尖りや、引き際の余計な響きが少ないため、音源の細かいニュアンスが覆い隠されず明確に伝わり、しかもそれが高音だけでなく中低域の方で強く実感できるあたりが、他とは違うユニークさを生み出しているようです。
試聴に使ったジャズのアルバムでは、テナーサックスがこの中低域にあてはまるため、N2のユニークな特徴が把握しやすいです。Mark Turnerのサックスは異音や破裂音でバリバリ吹くというよりは、緻密に考えられたフレージングのニュアンスを味わう聴き方になるのですが、これを平凡なアンプで聴いても、いわゆるサックスのメロディを追うだけの表面的な聴き方になってしまいます。ところがN2で聴くことで、サックスだけでなくピアノやベースのニュアンスまでもグッと精密かつ身近に聴こえてくるため、演奏の細部まで肌で感じる、かなり集中力を求められる聴き方になります。
ピアノのキラキラしたタッチとか、女性ボーカルの滑舌といった高音成分のディテールだけに限定するなら、非力なドングルDACでも十分な描写が得られるのですが、サックスのような太い楽器となると、中低域から上の倍音まで全て統一されたレスポンスで駆動するという難しい課題となり、N2はそれを見事にこなしています。このおかげで、他のDAPと比べて中低域の主張が強いように感じるわけですが、裏を返せば、それができるアンプは稀な存在です。
クラシックの試聴盤でも似たような感覚があります。シューマンの協奏曲はロマン派の典型例なので、オケがジャジャーンと鳴る上でピアノがピロピロとキャッチーなメロディを奏でるみたいな平凡な聴き方になってしまいがちなところ、こちらもN2ではピアノの左手とオケが対等に対話している感覚があり、まるでブラームスの室内楽のような楽しみ方に変化します。
他のDAPではなんとなく曖昧に馴染んでしまっていた中低域が、N2では明確に主張してくるので、聴き慣れないバランスなのですが、かといってEQやブースターアンプを通した時の荒っぽさとも違う不思議な感覚です。演奏者のニュアンスを引き出して聴かせる表現力があり、逆に言うと、カジュアルな美音の響きみたいなものは希薄なので、集中力が必要で、聴き疲れしやすい鳴り方でもあります。
スピーカーの世界でも、駆動力の高いアンプ(単純にワット数が高いという意味でなく、クリーンな大電流を供給できるアンプ)で鳴らすと、同じような中低域の実在感が増す傾向があり、N2はそれと共通した印象を受けます。
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Unique Melody Maven II |
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Vision Ears VE10 |
冒頭で、N2とイヤホンの相性が難しいと言いましたので、そのあたりに触れてみます。
おおまかな傾向として、マルチドライバー型はあまり上手くいかないようです。UM Maven IIやVE10など、個人的にかなり気に入っているモデルだからこそ、N2でどんな風に鳴ってくれるのか期待していたところ、どうも納得のいくサウンドが得られませんでした。
逆にダイナミック型は先程のAcoutune以外でもゼンハイザーやFinalなど、どれも良好だったので、不思議なものです。あくまで私が試してみた範囲での話なので、マルチは全部ダメというわけではありません。
Maven IIやVE10では、音色に関してはそこまで違和感は無いのですが、音場空間の不自然さが気になります。そもそも空間表現はダイナミック型の方が得意とする分野ですが、マルチでも他のDAPでなら不満なく聴けていたのが、N2を通して聴くと不自然さが目立ってしまう感じです。
どちらもBA+DDのハイブリッド型であることも原因なのかもしれません。N2は中低音がしっかり出るという特徴が裏目に出ているようで、低域と中域ドライバーのクロスオーバーあたりで空間表現が二分するような感覚があります。極端な言い方をするなら、DDの低音が手前に迫ってきて、中低域に不明瞭な詰まりがあり、そこから上の帯域は前方奥で鳴っている感じがして、だいぶ違和感があります。
つまり、一定の距離感で平面的に描かれるのではなく、コンサート的にソロ楽器が前で低音や高音が遠方という臨場感効果でもなく、まるで二つのソースを別々に聴いている印象です。普段は快適に聴けているイヤホンなので、N2による効果なのだと思いますが、それが悪いことなのか、それともハイブリッドマルチの弱点を露出させているのか、判断がつきません。
少なくとも、AcoustuneやIE900などではこの違和感は無かったので、N2の鳴り方が主体的にイヤホンのサウンドを塗りつぶしているという感じではなく、イヤホンとの相性や相乗効果というふうに思えます。
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ヘッドホン |
最後に、N2で大型ヘッドホンを鳴らしてみたところ、こちらも面白い結論に至りました。
普段であれば、私はフォステクスTH909やベイヤーDT1770PROなどを好んで使っているのですが、N2に限っては、中低域の勢いが良すぎるというか、ハイテンションで気が抜けない鳴り方になってしまうため、長時間のリラックスした音楽鑑賞には向いていませんでした。
そこで、私が普段はあまり選ばないような、ボーカル域の音色重視の美音系ヘッドホンに切り替えてみたところ、だいぶ満足できる鳴り方が得られました。たとえば上の写真にあるZMF BokehやMeze Poetなどです。
これらのヘッドホンは、他のDAPで鳴らすとヘッドホン自体の響き成分が主張しすぎて、フォーカスが甘くフワフワした感じがするのですが、N2ではそのあたりが良い感じにバランスがとれて、さらにN2が不足している色艶や美音成分を補ってくれます。
N2のアンプがパワフルだから、単純に据え置きヘッドホンアンプと同じレベルのサウンドが得られるという感じではなく、それ以上に優れた相乗効果があるようで、N2で鳴らすことによるメリットが実感できます。
逆にTH909やDT1770PROなどは、私が普段活用しているViolectricやSPLの据え置きヘッドホンアンプで鳴らしたほうが断然良いと思えるあたり、やはりオーディオはハイエンドに向かうにつれて組み合わせの相性や相乗効果が顕著になる傾向にあるようで、一筋縄では行かないようです。
Meze Poetは密閉型Liricと同様に周波数帯ごとに響きの方角や広がり方にばらつきがあるため、ボーカル対バックバンドのようなシンプルな構成なら良好なのですが、グランドピアノやクラシックギターなど広帯域な単一楽器の描写がそこまで上手くありません。ところが、N2で鳴らすことで音像がグッと引き締まり、中低域の力強さや質感の高さが根底にあるため、音像がぼやける心配がなく、統一感が得られます。
さらにN2の特徴である減衰が速すぎて面白みに欠けるあたりも、ヘッドホンのウッドハウジングの箱鳴り感のおかげで良い感じに響いてくれます。アンプとヘッドホンそれぞれの響きが重なって喧嘩するというのはよくありますが、N2は逆にそれが希薄なため、ヘッドホン由来の響きが存分に堪能できます。
ところで、こうやってN2であれこれヘッドホンを聴いていると、なんとなくソニーDMP-Z1の事を思い出します。サウンドの性格はあまり似ていませんが、どちらもバッテリー駆動のポータブルDAPでありながら、据え置きアンプの下位互換ではない、独自のサウンドの魅力が得られるあたりに共通点を感じます。
初心者の一台目のヘッドホンアンプとしては、Fiio K9のようなDACアンプ複合機や、Violectric・Lake Peopleのような古典的設計の据え置きアンプから始めるのが無難だと思いますが、そこから次のステップとして、もっと巨大なフルサイズシャーシのアンプを買っても、それに見合った音質向上が得られるとは限りません。
スピーカーアンプであれば、距離や部屋の畳数に応じて必要なアンプの消費電力と発熱が必然的に大きくなってしまいますが、ヘッドホンの場合はせいぜい数ワットもあれば十分なので、必ずしもスピーカーアンプ的な物量投入のスケールアップは当てはまりません。
電源の瞬発力やノイズ管理など、ヘッドホンリスニングの本質を追求すると、もしかするとバッテリー駆動のポータブルDAPが最適解に近づいているのかも、N2を聴いていると、そんな風に思えてきます。
おわりに
NiPO N2 DAPを二週間ほど使ってみた結論としては、価格相応の価値は十分に感じられるものの、極めて気難しい玄人向けの製品だと思いました。
シンプルな外観や必要最低限の機能性といった素っ気無さのみならず、サウンド面でも立ち上がりと減衰の正確さといった根本的な部分に注力した、本質的に真面目な製品です。
抽象的に言うとブラックコーヒーのような感じで、豆の本来の味わいが際立つ性格なので、音源の渋さや苦さも目立ってしまいますし、砂糖やミルクを足すように、響きの濃いヘッドホンでまろやかに調整する必要を感じるかもしれません。
高級機だからといって裕福な人がカジュアルな気持ちで購入しても、メリットは簡単に実感できない気がします。私でさえ、日常的に使うDAPとしては、もうちょっとバラエティや遊び心が欲しくなってしまうくらいです。
その反面、N2のサウンドに耳が慣れてから、あらためて他のDAPに戻ると、なんだかぼやけたようなもどかしさを感じてしまいます。N2の凄さは、見かけ上の色艶や派手さに頼らず、しっかりとした駆動のみで、只者でない高級DAPの説得力を提示できているところだと思います。つまり安いDAPが簡単に真似できるサウンドではありません。
現在のDAP市場でN2がユニークだと感じる理由はなぜなのか、私なりに考えてみたところ、たぶん古き良きポータブルオーディオ黎明期の熱気が伝わってくるからだと思います。
大昔の初期HifimanやiBassoなども、N2と同じような過剰なまでの意気込みや熱量が感じられました。ところが近頃のポータブルオーディオ市場ではアンプの作り込みだけを主張してもセールスポイントとして弱いため、各メーカーとも新作モデルを出すたびに新規の独自ギミックを模索して迷走している様子です。
もちろん音質の良し悪しはユーザーの主観的な好みで決めればよいですが、それとは別に、メーカーの開発方針に筋が通っているかは普遍的な評価ができます。つまり前作と比べて、どこを改善して、どのように音が進化したのかという視点が明確なメーカーほど固定ファンが生まれやすいですし、それこそハイエンドオーディオの老舗メーカーの特徴です。
NiPOはまだ新しいメーカーですが、N2を聴いてみたかぎり良い路線に乗っていると思うので、これからも同じ方向性で着々と発展を続けてもらいたいです。個人的には、40万円のDAPで実証したことを、たとえば10-20万円くらいの縛りで、どの程度のサウンドが引き出せるのかといったあたりに興味があります。
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