2025年8月15日金曜日

Beyerdynamic DT 990 PRO X ヘッドホンの試聴レビュー

ベイヤーダイナミックの新作開放型モニターヘッドホンDT990 PRO Xを試聴してみたので、感想を書いておきます。

Beyerdynamic DT770 PRO X・DT990 PRO X

ヨーロッパでは2025年6月に200ユーロで発売しました。定番モデルDT990 PROの新解釈として、あいかわらずこの低価格でドイツ本社工場製を貫いているのは凄いです。密閉型DT770 PRO Xの方は以前紹介しました。

Beyerdynamic

今回紹介するベイヤーダイナミックDT770 PRO X・DT990 PRO Xはそれぞれ密閉型・開放型の兄弟機で、同社を代表するDT770 PRO・DT990 PROの近代化アレンジです。

ケーブルを着脱式にするなどの細かいブラッシュアップと、最新のSTELLAR.45ダイナミックドライバーを搭載することで、音質向上とともにポータブル環境でもだいぶ鳴らしやすくなりました。

数ヶ月前にも上位モデルDT1770 PRO・DT1990 PROの方がそれぞれMK2にモデルチェンジしたので、プロモデルの更新にだいぶ力を入れていることが伺えます。

100th Anniversaryはロゴがメッキ仕様でした

ちなみに密閉型DT770 PRO Xの方は、2024年にベイヤーダイナミック創業100周年の記念モデル「DT770 PRO X 100th Anniversary」として先行販売されており、私も当時購入してブログで紹介しました。

100周年記念で豪華絢爛なラグジュアリーモデルではなく、200ユーロ(35,000円)の質実剛健なモデルを(しかも価格据え置きで)発売するあたりはベイヤーらしいです。

この記念モデルは2024年のみの期間限定で製造するということで、その後どうなるのか気になっていたところ、今回あらためて通常版DT770 PRO Xと、さらに開放型のDT990 PRO Xも追加で登場したわけです。

限定品は今後手に入らなくなることを考慮すると、たとえ優秀なモデルでも積極的に奨めることができなかったので、通常版が出てくれたのは嬉しいです。

DT770 PRO X 100th・DT770 PRO X・DT990 PRO X

ベイヤーダイナミックは100年の歴史のあるドイツのプロオーディオメーカーで、主に放送用や大規模施設の音響設備など業務用機器で信頼を得てきました。海外の会議室とかイベント会場でマイクを見るとベイヤー製に遭遇する機会が多いです。

そんなベイヤーですが、2025年現在、ちょっと危うい状況にあります。ここ数年はカジュアル路線も模索している様子で、どこに向かっているのか不思議に思っていたところ、2025年6月に中国のCosonic Intelligent Technologies(佳禾智能科技股份有限公司)に買収され、7月末には日本での販売代理店との契約も切られており、これを書いている時点で日本での販売ルートは宙に浮いている状態です。

Cosonicという会社は2013年にいわゆる深センIT製造工場ブームの中で隣接する東莞市で起業した新興OEMメーカーで、Bluetoothスピーカーやワイヤレスイヤホンなどが主要製品です。家電量販店で見る多くのブランド品が、実は中身はCosonic製というケースが多いです。ベイヤーのような大規模な音響設備との関連性は薄そうなので、そのノウハウのためにベイヤーを買収したのか、それとも単純にベイヤーのブランドバッジをつけたスマホやワイヤレスイヤホンなどを展開したいのか、長期的な動向は不明です。

日本でこれまでベイヤーの代理店をやってきた株式会社オーディオブレインズはMartin AudioやTelevicなど大規模音響設備の大手メーカーを多数取り扱う会社なので(サイトの導入事例を見ても大学キャンパス、大阪万博、両国国技館など錚々たる顔ぶれです)、ベイヤーがそこから離れて、今後どのような代理店と取引するのか(もしくは直販に移行するのか)で親会社の意図が掴めそうです。

(追記:2025年9月からはRock oNなどを運営する株式会社メディア・インテグレーションが新たな代理店になるそうですので、ひとまず安心しました。)

ヘッドホンマニアは過去にAKGで苦い経験があるので(サムスンに買収されてすぐにオーストリア本社工場が閉鎖、中国製に移行して音質がだいぶ変わってしまう)、今回のDT770・990PRO X発売の話題でも、「これが最後のドイツ製かも・・・」という憶測と心配の声も散見します。逆に資本傘下で開発予算が注入されて、今後さらに優れた製品が続々登場する可能性もあるので、一体どうなるのでしょうか。製品は優秀なので、親族経営で先細りするよりは良いのかもしれません。

DT990

密閉型DT770 PRO Xは以前紹介した100thとほぼ同じなので、今回は細かい違いを指摘するだけにして、開放型DT990 PRO Xの方に注目したいと思います。

ベイヤーの型番はドイツ人に言わせれば合理的なのだろうと思いますが、初見ではわかりにくいので、「DT990 PRO XはDT990 PROとDT900 PRO Xの融合」なんて、いまいちピンとこないかもしれません。

DT990 PRO・DT990 PRO X

まず原点としてDT990 PROというモデルがあり、こちらは1980年代の発売以来、常にプロの第一線で活躍してきた伝説的な名機です。細かな変化はあるにせよ、現在まで一貫して作り続けてきたおかげで、イヤーパッドやドライバーなど保守部品が容易に手に入るため、放送局などプロの現場で重宝されてきました。

プロ用というのは、とにかく堅牢で、十年後でも買い替え可能で、保守部品が容易に手に入るような信頼の置けるモデルであることが最重要です。日本でいうとソニーMDR-CD900STがそれに近いかもしれません。高音質というよりは、買い替えで音が変わってしまうと作業に支障が出るというプロのために、継続的に作り続ける堅実さが必要です。

DT990 PRO Limited Edition・DT990 Black Edition

ちなみにDT990は長い歴史の中で色々なデザインに遭遇します。一般的なPROモデルはグレーのパッドにカールコードというのが標準仕様ですが、ブラックでストレートケーブルのDT990 Limited Editionや、ヘッドバンドやハウジンググリルのデザインを高級化したDT990 Edition(いわゆるnon-PRO)などがあります。私が所有しているのは上の写真にあるDT990 Black Edition 600Ωというやつです。

私の勝手な感想ですが、ベイヤーはとくに密閉型が得意なメーカーという印象があり、開放型モニターの方はゼンハイザーの方が有名です。

密閉型と開放型というのは単純に好みで使い分けるのではなく、実際は用途が全く違います。

密閉型は音漏れが厳禁な収録現場、わかりやすい例で言うと、ラジオDJであったり、歌手やスタジオミュージシャンが演奏中に指示や伴奏を聴くために、つまりレコーディングエンジニア以外の不特定多数が装着するので、手荒に扱える安価な備品というイメージがあります。

一方開放型はモニタースピーカーの代用として静かなコントロールルームや編集室での繊細な作業に使うため、エンジニアが自分専用のモデルを買って丁寧に扱うイメージがあり、多少貧弱で高価でも良いわけです。

そんなわけで、堅牢で信頼性の高いベイヤーのイメージから、密閉型DT770 PROの方が注目されがちです。

ただし、ここ十年ほどで、ミュージシャンやプロスタジオ以外でも、自宅で音楽動画編集などにモニターヘッドホンを活用する人が増えて、しかもその場合は打ち込みや収録テイクの編集など、音漏れが気になる場面は少ないです。そうなると堅牢で安価かつ開放型という新たなニッチ需要が生まれて、最近の販売傾向を見ると密閉型と開放型で半々くらいになってきているようです。

DT990 PRO・DT900 PRO X・DT990 PRO X

2021年には次世代の低価格モニターDT700・DT900 PRO Xが登場しました。名前が紛らわしいです。

新開発STELLAR.45ダイナミックドライバーを搭載して、着脱式ケーブルなど全体的なアップデートが施された、新たなニーズを開拓する意欲的なモデルです。同時にエントリー向けレコーディングマイクも展開するなど、ストリーマーやポッドキャストを意識している印象です。

DT900 PRO Xの特殊パッド

ヘッドバンド

そんなDT900 PRO Xは低価格ながら悪くないモデルでしたが、イヤーパッドは従来機と互換性のない独自機構を採用していたり、側圧が意外と強かったり、ヘッドバンドのクッションが劣化しやすかったりなど(交換できますが)、DT990 PROの後継機としてはイマイチな部分もありました。

そこで今回登場したDT990 PRO Xは、DT900PRO Xにて導入されたSTELLAR.45ドライバーを継承しながら、全体的なデザインやフィット感を王道のDT990 PROに寄せた、両方の良いところを組み合わせた理想的な提案になります。

レトロ風ハウジングデザイン

イヤーパッド

DT900 PRO Xはパッドの内径も小さかったので、開放型でもちょっと窮屈な感じがありました。逆にパッドが大きすぎても前後上下のズレが発生して、ドライバーと耳穴の軸線が合わず、左右ステレオイメージが乱れてしまうため、私の耳ではDT990 PRO Xの定番サイズが理想的な妥協点だと思います。フィットや音質を変化させる社外品パッドが豊富なのも大きなメリットです。

DT990 PRO Xの装着感は私にとってヘッドホンの理想に近いです。ヘッドバンドの側圧はDT900 PRO Xほど強くはなく、パッドの大きさも余裕があるため、しっかりホールドしてくれても締め付けや痛さは一切感じません。開放型なので蒸れも少なく、8時間装着していても問題無さそうです。個人的に使い慣れているせいもあると思いますが、長年ほとんどデザインを変えず愛用され続けているのもそれなりに説得力があります。

イヤーパッド

ヘッドバンド

ヘッドバンドのパッド分解

着脱式ケーブル

特殊な変換アダプター

ハウジングデザインはDT990 PROをオマージュした横一直線のロゴエンブレムや横長のスリットグリルを採用し、イヤーパッドは従来と互換性のあるタイプ、ヘッドバンドもこれまでと同様にボタンで着脱交換できるビニールタイプにするなど、かなりDT990 PROに寄せています。

ケーブルは左片側出しのミニXLRで3mのストレートケーブルが付属しています。(上位モデルDT1990 PROではカールケーブルも付属しているので、それを別途購入することもできます)。

唯一の注意点として、最近のベイヤーはなぜか6.35mm→3.5mm変換アダプターを一般的なタイプではなく、ネジが細い特殊デザインを採用しているので困ります。外観は一般的なタイプとそっくりなので、私みたいに小物入れにアダプターを大量に入れている人は探すのに一苦労しますし、無くすと後悔します。

DT1990 PRO MK2・DT1770 PRO MK2

ちなみに上位モデルDT1770 PRO・DT1990 PROの方が高価な分だけ、たしかに高級感はあるのですが、実際に比較してみると、だいぶ重さに差があります。

上位モデルは金属ハウジングにTESLA.45ドライバーの強力な磁石のためか、DT990 PRO Xの292gに対してDT1990 PRO MK2は376gという、84gの差以上にハウジングがズシリと重さを感じます。

音質を聴き比べてみて、本当に上位モデルが必要な人以外は、カジュアルに長時間使いたいなら安価なDT990 PRO Xの方が使いやすいかもしれません。

LIMITED EDITIONエンブレム

浮き彫りのクロム

せっかくなので、DT770 PRO Xの通常版と100th版の違いについても確認してみようと思います。デザイン面では、ヘッドバンドの100周年エンブレムと、ハウジング側面の文字が浮き彫りのクロムから白色プリントに変わったくらいで、音質面では同じだと思います。

なぜか取り付け方法が違います

ただし、インピーダンスを測ってみたところ微妙な差があったので、不思議に思ってドライバーを確認してみたところ、形状や型番は同じなのですが、100thはDT700 PRO XやDT1770 PROと同じようなコネクター式で、工具無しでドライバーユニットが交換できるのに対して、通常版DT770 PRO Xは同じ基板でもコネクターが無くハンダ付けになっています。(DT990 PRO Xもハンダ付けです)。なぜわざわざ変えたのか不思議です。

パッド

分解

イヤーパッドやドライバー前のメッシュ部品も100thと通常版で意外と違います。

ドライバーユニットの分解には外周のリングの爪を外すので、ギターピックなどがあれば便利です。リングを外したら中央のグリルを摘んで引き出せます。内部配線の断線に注意してください。

インピーダンス

再生周波数に対するインピーダンスの変化を確認してみました。

公式スペックは48Ωです。最近のベイヤーヘッドホンはどれも48Ωなので、インピーダンス特性もよく似ていますが、今回DT990 PRO Xのみが飛び抜けて75Hzあたりに大きな山があります。

300Hzより上のインピーダンスはほぼ同じになるあたり、ドライバーの基礎設計は同じで、ハウジングと合わせてチューニングの影響が大きいようです。これらは装着せずに測ったものなので、実際に装着した状態だと低音の山はだいぶ低減されます。どちらにせよインピーダンスが極端に下がるわけではないので、近頃の高性能なヘッドホンアンプであれば駆動に苦労しないでしょう。

従来のDT990 PROは250Ωと600Ω版があり、モニターヘッドホンといえば高インピーダンスで鳴らしにくいというイメージはこのあたりに由来します。それらと比べると48ΩのDT990 PRO Xを含めて、現行開放型モニターヘッドホンはどれも25~50Ω付近を狙って設計するのがトレンドのようです。

ところで、能率スペックはDT990 PROが96dB/mWでDT990 PRO Xが97dB/mWとほぼ同じです。そこから計算すると、同じ120dBSPLの音量を得るためには、DT990 PRO Xは3.1Vrms、DT990 PRO 600Ωは12Vrmsと、アンプに求められる出力電圧は4倍も違います。

別の見方をするなら、最近のUSBドングルDACの最大出力電圧はシングルエンド接続で5.8Vpp(2Vrms)くらいが一般的なので、それらでボリューム最大で得られる音量はDT900 PRO Xが116dBSPL、DT990 PRO 600Ωが104dBSPLくらいです。

リスニング音量は個人差があり、環境にも左右されますが、少なくともDT990 PRO XはUSBバスパワー機器でも十分な音量が出せることを目指しているようです。

音質

本格的なモニターヘッドホンということで、今回の試聴ではRME ADI-2DAC FSで鳴らしてみました。

RME ADI-2 DAC FS

DAPでも十分鳴らせます

まずDT990 PRO 600Ωと比較してみたところ、スペック数値の計算ではボリュームノブを+12dB上げれば合うところ、音楽の聴こえ方がだいぶ違うので、耳の感覚で合わせると+15dBくらいの差があります。

ちなみに私が普段使っているHiBy RS6 DAPだと、DT990 PRO 600ΩではゲインHIGHでボリュームをけっこう上げる必要があるところ、DT990 PRO XはゲインMIDでちょうど良いので、だいぶ使いやすいです。

遮音性に関しては、どちらも開放型なのでほぼ期待できません。かなり静かな環境でないと外部騒音が気になると思いますし、音漏れも目立ちます。逆に自室での長時間の作業などで閉塞感が嫌いな人にはおすすめできます。

Amazon
Sunnyside Recordsの新譜で、Catina DeLuna & Otmaro Ruíz「Lado B Brazilian Project 2」を聴いてみました。

Sunnysideというとジャズのレーベルですが、今作は歌手DeLuna中心のブラジルポップス系で、あまり構えずにリラックスして楽しめます。Sunnysideだけあってバンドの白熱したリアルな演奏は一級品で、曲ごとにゲストミュージシャンも参加して、単なるBGMでは留まらない瑞々しく充実した一枚です。


DT990 PRO Xを鳴らしてみた第一印象は、近代的な開放型モニターヘッドホンとして、かなり筋の良い仕上がりになっています。これまでのDT990 PROとDT900 PRO Xを聴き慣れている人なら、それらの良い部分だけを融合して一歩先へと進んだチューニング、という解釈に納得してもらえると思います。

DT990からはだいぶ進化しているので、昔のベイヤー特有のサウンドを敬遠している人も、あらためて試してみる価値があります。DT990というと中域がかなり奥に引っ込んだシャープなV字ドンシャリという印象が強いところ、DT990 PRO Xでは中域もしっかり前に出てきてくれて、だいぶバランスが良くなりました。

それだけならDT990の中域をイコライザーで持ち上げれば良いのでは、と思うかもしれませんが、実際にやってみると、ドライバー自体のポテンシャルが低いため、歌手が息切れしているような詰まった音になってしまい、上手くいきません。DT990 PRO Xでは新型STELLAR.45ドライバーのおかげか、メリハリがしっかりしているため、滑舌だけでなく腹や喉から声が出ているエネルギーがあります。しかもそこから高音や低音へのつながりも良く、歌声が自然で伸びやかなので、ボーカルマイクが拾っている音を余さず届けてくれる実感があります。

ところで、従来のDT990は中域が奥に引っ込んでいるという弱点の対価として、低音と高音の両極端のレスポンスやテンポ感が良く、一直線に伸びるスカッとした鳴り方が優秀だったおかげで、クラシックの空間音響だったり、打ち込みのテクノ系との相性が抜群に良く、特定のジャンルにて熱心なファンが多かったモデルです。

余談になりますが、とりわけDT990の低音と高音の描き方はいわゆるドイツのスピーカーのイメージとも共通しており、ドイツ系サウンドの象徴的なヘッドホンです。もちろん全てのドイツ系メーカーがそういう音だとか、ドイツ人全員がテクノやクラシックを聴くという意味ではなく、たとえば現地のオーディオ雑誌やオーディオショップなどで好まれる試聴曲に合うスタイルという意味です。

たとえばギラギラしたラジオ向けチャートロックでも不快無く聴こえるよう温厚に丸めるアメリカ系、単調で質感の弱いアーティストでも金属やウッドで魅力的な響きを付加する日本系、そして可聴帯域外までストレートに伸ばすドイツ系といった定説が存在しています。日本だとステレオサウンドとかオーディオアクセサリー誌で評論家が使う試聴盤に合うシステムが高く評価されるため、別のジャンルを聴いている人にはいまいちピンとこない、みたいな感じです。

話を戻すと、ボーカル無しのEDMやオケ曲では絶大な効果を発揮してくれたDT990の魅力がDT990 PRO Xでは損なわれてしまったかというと、そうではなく、ボーカルに使える中域を加えながら、低音と高音の鳴らし方はDT990の魅力をしっかり継承できているのが凄いです。自然さを損なわず、DT990由来のスカッとしたパンチも再現できているため、チューニングの腕前がかなり優秀で「よくわかっている」と関心します。世代交代のための後継機として説得力のある仕上がりです。

前作DT900 PRO Xではそのあたりがちょっと消化不良でした。同じSTELLAR.45ドライバーを搭載しているため、たしかに中域が太く前に出てきてくれたのですが、その代償として全体のバランスがあまりリニアではなく、中域から離れるあたりで捻じれのような違和感があり、あまりベイヤーらしくないサウンドでした。ポッドキャストや弾き語りなど、声が中心の編集作業では悪くないと思いますが、広帯域なEDMなどでの爽快感が足りません。

DT990のもう一つの利点として、高音がかなりドライでリニアに伸びるため、ボリュームを上げる録音に含まれるホワイトノイズや歪み成分などが顕著に現れるという特徴があります。これはヘッドホン自体が金属的な響きでキンキンするといった効果ではなく、純粋に録音に含まれる高音成分が聴き取りやすくブーストされる感覚です。

つまりマイク収録のノイズやエディットの違和感など、細心の注意を払って分析したい場合には非常に有用です。裏を返せば、楽曲や再生機器の問題が悪目立ちしすぎるシビアなヘッドホンです。

DT990 PRO Xでは、全体のバランスがもうすこしフラット寄りに見直されたことで、ボリュームを上げてもそこまでシャリシャリと高音だけが強調される感じではなくなりました。そのため特定の作業用途では相変わらずDT990の方が向いていると思う人もいるかもしれません。

Amazon

Brilliant ClassicsからヒンデミットのDer Schwanendreher(白鳥を焼く男)を聴いてみました。Marco Moresco指揮Orchestra ICO Suoni del SudでソリストはLuca Ranieriです。

ヒンデミットというと理論的で難解なイメージがあるかもしれませんが、後期の作品でだいぶ丸くなったタイプで、今作はドイツ民謡をテーマにしたヴィオラ協奏曲です。Suoni del Sudというのはイタリア・フォッジャの地方オケで、あまり名が知れていないので多くは期待していなかったものの、演奏と録音品質のどちらもかなり上質で、ソリストの迫力満点な演奏も含めてメジャーレーベルと遜色ない良盤です。


ボーカル入りの音楽ではDT990 PRO Xの圧勝でしたが、オーケストラ楽曲だとDT990も十分健闘してくれます。ソリストのヴィオラはだいぶ消極的になるものの、オケ全体の見通しは良好です。これを聴いていて、不思議とDT990とDT990 PRO Xで共通のDNAのようなものが感じられたので、それが何なのか考えてみたところ、空間展開の特徴が似ているからだと気が付きました。

一般的に、音楽鑑賞用の開放型ヘッドホンを想像すると、ドライバーを前方傾斜させて、周囲に立体反射板を配置することで、あたかも自分の目前に音像が浮かび上がるような前方定位を演出しているモデルが多いです。ゼンハイザーHD800SやFocal Utopiaなどが好例です。

それに対してDT990では、前方の疑似音響が一切感じられず、あくまで実直に左右の耳を繋ぐような頭内定位で提示されます。密閉型のDT770では、全ての音が耳よりも内向きに、まるでヘルメットのような球状に展開するのに対して、開放型DT990では左右の耳の外へと横一直線に整列しているような感覚です。低音と高音が捻じれずストレートに左右に伸びていくため、空間に翻弄されず、かなり細かな要素まで確実に捉えて分析できる特性を持っています。

つまりヘッドホンにスピーカー風の演出を期待している人には全く向いていないプレゼンテーションなのですが、音楽の帯域軸と時間軸方向での変化を明確に把握したい人には理想的なヘッドホンです。たとえばDAWのトラックのタイムアラインメントやパンの加減など、波形やスペクトルの目視で行うよりも、耳を頼りに感覚的に追い込むことができるので、それに慣れると欠かせないツールになってくれます。そういったプロモニター的な利点はDT990 PROとDT990 PRO Xで共通しています。

実はこの左右の横一直線の展開について、上位モデルDT1990 PRO MK2との大きな違いが感じられます。どちらを買うべきか迷っている人は、このあたりが比較の参考になると思います。

DT1990の方が高価なだけあって、より強力なTESLAドライバーを搭載しているためか、音源がより一層正確に横一直線に整列しており、上下前後の広がりがほとんど無い、まるで鋭い刀のように整然としています。そのため最低音から最高音まで同じ感覚で判断できるので、かなり見通しが良いです。

ただし、DT1990の正確な見通しの良さは、広がりが感じられず退屈にも感じられるので、音楽鑑賞には向いていません。ところがDT990 PRO Xの場合は、ドライバーやハウジングに低価格ゆえの緩さや甘さがあるせいか、解像力は一歩劣るものの、音像に若干の粗っぽさというか、上下前後の膨らみがあるため、これが良い具合に親近感を持たせてくれるというか、オーガニックなアバウトさを加えてくれます。

例えるなら、DT1990がガチの競技用ランニングシューズで、DT990 PRO Xがウォーキングシューズみたいなものでしょうか。もしくはDT1990はプロゲーマー用の高速ゲーミングモニターで、DT990 PRO Xはゲーミングにも使える大型テレビでしょうか。ようするに、シビアなモニター用途のためならDT1990の方が高性能ですが、他にも色々活用したいならDT990 PRO Xの方が安価で軽量ですし良いかもしれません。

DT770 PRO X・MDR-M1・HD620S

HD600・ATH-R70xa・DT990 PRO X

他社のモニターヘッドホンと比較する場合、密閉型と開放型でだいぶライバル候補が変わってきます。

私の好みでいうと、密閉型だと断然DT770 PRO Xの一強で、同価格帯のライバルは思い浮かびません。以前100周年モデルを紹介した時から感想は変わっておらず、とにかく死角が無く安定しており、コストパフォーマンスの面でも驚異的なモニターヘッドホンだと思います。

低音の量感、中高域の綺羅びやかさといった特定の要素を求めるなら話は変わってきますが、低価格帯の密閉型ヘッドホンというと、方角やタイミングがずれたハウジング由来の変な響きが目立つところ、DT770 PRO Xのタイミングの正確さが際立ちます。低音の遅れは音楽のリズム感に直結するので、これを無視してイコライザー的な量感だけで判断していると、音楽の魅力が損なわれてしまいます。

もうちょっと上の価格帯だとHi-X60やADAM SP5(もう作っていないようです)、HD620Sなどもだいぶ健闘しています。こうやって見ると、やはり欧州メーカーが多いのが不思議です。やはり現地の音楽ジャンルに影響されるのでしょうか。日本人はリズムが理解できないなんてよく言われますが、日本メーカーの密閉型ヘッドホンの多くはたしかにそう感じる事が多いです。

開放型となると、DT990 PRO Xはライバル不在の一強というわけではありません。完全開放といえばオーテクATH-R50xaやR70xaが断然おすすめできますし、もちろん定番のゼンハイザーHD600系も強いです。これらは空間の広がりが上手で、DT990のような左右だけ一直線に伸びる頭内定位ではなく、上下前後の音響空間みたいなものを構築してくれるため、音楽鑑賞の満足度はだいぶ高いと思います。ゲームなどの立体音響であればゼンハイザーHD560SやソニーMDR-MV1も優秀ですし、もうちょっと上だとHD660S2やHi-X65も候補に入ってくるなど、どの価格帯でも優れたモデルが多いです。

おわりに

2024年にDT770 PRO X 100th Anniversaryを購入した際、これは限定品で終わらせるには惜しい傑作だと思ったので、今回あらためてDT990 PRO Xと合わせて通常版としてリリースされたのは大変嬉しいです。

個人的にはDT770 PRO Xの方をお薦めしたいですが、開放型DT990 PRO Xもだいぶ完成度が高いです。この値段なら両方セットで導入して使い分けるのも悪くないですし、すでにハイエンドヘッドホンを持っている人でも、手荒に扱える堅牢なヘッドホンが手元にあると意外と重宝します。

私の場合、上位モデルのDT1770 PROとDT1990 PROは両方買ったものの、結局密閉型DT1770 PROの方ばかり使いつづけているので、やはりベイヤーの密閉型がだいぶ好みに合っているようで、開放型の出番は少ないです。

ヘッドホン初心者は「密閉型より開放型の方が高音質」という先入観を持っている人が多いようですが、エアコンなど周囲の環境騒音をカットしてくれることにより微細音が聴き取りやすくなるなど、密閉型のメリットは大きいです。ちなみにDT770 PRO X、DT1770 PRO MK2よりも優れた密閉型候補を思い浮かべてみると、私なら音楽鑑賞用だと30万円のFocal Stelliaくらいでようやく切り替える気になります。

それではDT990 PRO Xはお薦めできないかというと、そうではなくて、開放型になると低価格でも優れたライバルが多いため、あれこれ試してみるべきです。どれが高音質かと順位をつけるのではなく、どういった音楽ジャンルや用途が得意かという広い視野を持つことが肝心です。低価格帯でも一点特化したモデルは熱心なファンに支えられてロングセラーになりやすく、高級機になるにつれて幅広い場面に対応できる性能を持つようになってきます。そんな中で、今回のDT990 PRO Xは従来機と同じ低価格路線を貫きながら、上級機相当の音質向上を実現できているのが凄いと思えましたし、DT990の後継機として、最先端の録音現場でのモニターとしても十分活躍できそうです。

他社の新作モニターヘッドホンをあれこれ試聴してみた中でも、たしかに現代風にチューニングをアレンジしたけれど、カジュアルな一般大衆に媚びているだけで、これで本当にレファレンスモニターと呼んで良いのかと疑問が浮かぶモデルも少なくありません。

そんな中で、DT770 PRO X・DT990 PRO Xは現代のモニターにふさわしい性能を実現しており、今から始める人なら、昔のレビューなどを読んで定番DT770・DT990を買うよりも、断然DT770 PRO X・DT990 PRO Xを選ぶ方をおすすめします。

逆に大手スタジオとかでは相変わらず従来のDT770・DT990を使い続けているところも多いので、そちらの鳴り方に慣れておくのも一理あるかもしれません。フルモデルチェンジではなく旧作も並行して、ずっと同じクオリティで作りづつけていることこそ、ベイヤーがプロに支持される根幹の理由だと思います。


アマゾンアフィリンク

N/A
Beyerdynamic DT770 PRO X

N/A
Beyerdynamic MMX330 PRO

N/A
Beyerdynamic DT1990 PRO MKII

N/A
Beyerdynamic DT1770 PRO MKII

N/A
Beyerdynamic TG V70S

N/A
Beyerdynamic TG D70 MKII

N/A
Beyerdynamic M70 PRO X