2015年8月20日木曜日

AKG K3003 イヤホンのレビュー


今回は、オーストリアの名門ヘッドホンメーカー「AKG」のイヤホン「K3003」を紹介します。

AKG K3003

コンパクトな筐体ながら、ダイナミックドライバと2つのバランスド・アーマチュア(BA)を搭載した3WAYハイブリッド構造のイヤホンです。

2011年発売の商品で、販売価格が12−13万円台ということで、イヤホンの中ではとても高級な部類に入ります。

この価格帯だと他社製品では、たとえば6WAYなど更に多数のドライバを搭載していたり、自分の耳型を作るカスタムIEMなども視野に入ってくるのですが、K3003は一見無難ながら、それらに引けを取らない魅力があるイヤホンです。


実はこのK3003は発売当時から気になる存在だったのですが、色々と考えるところがあり、購入を避けていました。それから4年が経ち、そろそろ市場から忘れ去られる頃合いかと思ったのですが、なかなか値崩れを起こさずに高評価を維持している魅力的な商品です。

私自身もこれまで何度もK3003を店頭で試聴して、ある意味これに勝るイヤホンに未だ遭遇していないということもあり、満を持して購入することになりました。時期的にニューモデルなどが出る心配もありますが、音質に満足しているのでさほど気にせず突撃してしまいました。

これまでK3003の購入を避けてきた理由の一つが、自宅では大型ヘッドホンを利用しているため、どうせイヤホンは出先で(環境騒音が大きい場所で)使うため、さほど音質にこだわる必要は無い、と考えていたことがあります。

これについては、普段外出中はアクティブノイズキャンセリングのヘッドホン(Bose QC25やB&O BeoPlay H8など)を常用しているのですが、イヤホンもそこそこ遮音性が悪くないと気がついたこと(これについては後述します)、そしてそういった騒音環境であってもイヤホンごとの音質差が顕著に現れることを実感しました。

また、今まで何度か各社のイヤホン・IEMを店頭試聴して購入した際に、たいがい自分が満足する製品は5万円クラスになってしまったため、そのようなものを何個も買って使いまわす事を考えると、K3003を買うのもさほど大差ないと思いました。

実際にこれまでに使っていたのが、ゼンハイザーIE80、Westone UM Pro30、JVC HA-FX1100、ソニー MDR-EX1000など、どれも似たような価格帯で、ダイナミック型・BA型と混在しています。このサイクルを抜け出すという意味でも、K3003はこれら全てよりもワンランク上へ特出した、独特の魅力のあるイヤホンだと思いました。

非常にコンパクトなフォルムです


AKG広報サイトから、K3003の分解図CG

もう一つ、K3003の購入を避けていた理由が、デザインが貧弱そうで、ケーブルが直付けのためリケーブルが不可能だということです。つまり高級IEMで一般的に使われているMMCX端子ではないため、不慮の事故や経年疲労でケーブルが断線してしまった場合、取り返しがつかないという懸念があります。

実は先日eイヤホンの毎週金曜の放送で、AKG代理店のスタッフが新製品紹介のために登場していたのですが(AKG N20とN60というどちらも魅力的な商品でした)、そこで気になることを言っていました。AKGスタッフによると、K3003のケーブルは見た目以上にタフだということ、そしてオーディオフェアなどで用意している試聴機は、発売当時からずっと断線せず同じものを使っているらしいです。だからどうだという程でもない情報なのですが、購入を悩んでいた身なので、最後のひと押しとなりました。

実際に断線に強いかは今後長期的に使うことで判明すると思いますが、今のところ二週間ほど毎日通勤に使っていますが、これといって不具合は感じません。さすがに価格が脳裏にあるので、普段より出し入れを丁寧に気を使う程度です。

↓上記のeイヤホンの放送回は非常に面白かったです



パッケージ 


豪華なパッケージ

布でカバーされています

布をめくると豪華な内容物が見えます

K3003のパッケージはさすが高級機種ということで、これでもかというくらい豪華に作られており、一見たったひとつのイヤホンが入っているとは想像できません。

外箱はマグネットで開閉される設計で、フタを開けると商品に布のカバーがかかっています。布をめくると、内部はスポンジ仕切りが二層になっており、まず上層にはイヤホン本体とレザーケース、後述するフィルター各種、そしてシリアルナンバーが刻印されているメタルプレートがあります。

パッケージ二層目

イヤピースと機内アダプタ

二層目にはイヤピース箱と説明書などが入っています。飛行機アダプタも付属しているのですが、6.35mmアダプタや延長ケーブルなどは無いのは面白いです。

説明書にはAKGの歴史的銘器の数々が

説明書は以前K812で紹介したものと似ており、カラーでAKGの歴史などについて簡単にまとめたパンフレット形式になっています。K3003の設計概念やテクノロジーについても説明があるので読み応えがあります。

付属のレザーケース

K3003を収納した状態

説明書ではもっと綺麗に収まっています


付属のレザーケースは非常に高級そうなデザインで、ちょっとした財布や名刺入れのようにも見えます。フラップを開けると裏側にイヤホン収納スペースがあります。

このケースは実際に使ってみるとあまり実用的ではなかったため、一度使ったきりで断念しました。具体的には、まずケーブルをケースの外周をグルグル巻くタイプなので、頻繁に繰り返すとケーブルに負担が掛かりそうな心配があります。

また、説明書では上手に収納できているのですが、実際に使ってみると上記写真のようにケーブルの終端が中途半端な位置で余ってしまい、3.5mmプラグをフラップ部分に収納出来ません。これ以上はケーブルを相当強く引っ張ることになるので諦めました。

なんとなく、ソニーMDR-EX1000のケースと同じコンセプトで、同じ問題を抱えているようです。ゼンハイザーIE80のケースも同様に使いづらかったです。こういった専用ケースのデザインはきっと各社で丹精込めて設計しているエンジニアがいるんだと思いますが、市場テストで文句が出なかったのか不思議に思います。結局シンプルなジッパーケースが一番です。

気に入って使っているジッパーケース(付属品ではありません)


どちらにせよ、K3003の専用ケースはあまり出先などで気軽に使いたいとは思えないデザインなので、普段は一般的に売っている安いジッパーケースを使っています。

本体デザインについて

シンプルながら重厚な曲線デザイン

イヤホン本体は非常に「シンプル」といった感じで、一見高級機には見えません。しかし手にとってじっくりと観察してみると、ずっしりとしたステンレスの削り出しであることがわかり、複雑な曲線や造形美から、只者ではないオーラが漂ってきます。ShureやWestoneなどのような業務用っぽい他社のIEMと比べると、金属デザインで有名なジョージ・ジェンセンの美術品のような雰囲気さえあります。(http://www.georgjensen.com/ja-jp/living)。

削り出しというとFinal Audioなどが有名ですが、K3003はあそこまでジュエリー的なアクセサリ感を出しておらず、あくまでも音響を第一に考えた結果こうなった、といった配慮が感じられます。

最近よく見かけるK3003っぽいイヤホン

また、eBayなどでK3003にそっくりな類似品を見かけますが、さすがに工作技術のクオリティには天地の差があります。よく「K3003相当の音質とクオリティ」などと宣伝していますが、もちろん音質も到底及びません。

ケーブルが外周を回してあるので断線しにくいらしいです

イヤピースのサイズから想像できるように、ハウジングは非常にコンパクトです。たとえばゼンハイザーのCXシリーズとほぼ同じくらいで、AKGでいうとK324pなどと同程度に手軽に扱えます。

黒いケーブルがグルっとハウジング外周を回っていることが個性的なワンポイントになっています。これもデザイン上、ケーブルが断線しにくい理由の一つとなっているようです。

AKGのロゴはハウジング表面にエッチングされており、角度によっては見えにくいですが、さりげないアクセントになっています。

ケーブルは非常に上質で扱い易いです

ケーブルは多少凝った形状で、Y字の分岐点よりも下はさらっとした布巻きで、2つに別れてからはゴム素材になっています。これは長い部分は収納時に巻き取りやすいように布巻きにしており、顔や体に触れる上部分はタッチノイズを低減されるためにゴム素材にという気遣いらしいです。ゼンハイザーもHD800やHD700で同じようなケーブル構造を採用していますが、実際に使ってみると、実用の理にかなった配慮だと思います。

線材そのものは非常に柔らかくクセがつかないため、扱いが非常に楽です。たとえば上記の写真を撮った際には、単純に手でクルクルと巻いてデスクに置いただけでした。

何故かスライダーの片側を外せるようになっています

Y字の分岐はK3003の刻印の入ったメタル素材で、スライダーは片方のケーブルが外せる珍しい構造になっています。これについての意図は不明ですが、普段使っていて外れることはありません。(片側しか外れないので、スライダー部品を紛失することはありません)。

ストレートタイプの3.5mmミニジャックです

一般的な金メッキより赤みを帯びています


端子は3.5mmのストレートタイプです。個人的にはL字タイプのほうが好みなのですが、AKGは大抵ストレートが多いですね。どうでもいいことですが、端子をよく見てみると、一般的な金メッキとは違い、ローズゴールドっぽい色合いに仕上げています。この写真を撮ったときに気がついたのですが、コネクタのスリーブに小さな文字で「Designed in Austria」と書いてあります。

K3003i

AKG広報サイトから、リモコン付きの「K3003i」

ちなみにK3003にはiOS用リモコン付きバージョンの「K3003i」というモデルも同価格で販売しています。個人的にiOSリモコンは不要だったため、リモコン無しの「K3003」を購入しました。

店頭の試聴機を観察してみると、このリモコンが壊れやすいようで、グラグラで今にも分解しそうなものを何度か見てきました。メタルとプラスチックの部品がバラバラに崩壊しているのも見たことがあるので、それを考えるとリモコン無しのほうが壊れる要素が減るので賢明な判断だと思います。

そもそも、K3003を使っているユーザーは、iPhoneなどではなく高級DAPを使っているべきだと思いますから、リモコンはあまり意味が無いです。

製造国

オーストリア設計だけど

裏には「Made in China」と小さく書いてあります

ケーブルに商品ラベルが貼ってあるのですが、Designed  in Austriaの裏側にMade in Chinaと書いてあります。アップルの「Designed in California」とおなじ商法ですね。この価格だったらオーストリア製かとおもいきや、中国製なのには驚きました。

ちなみにAKGではよくあることですが、K3003の初期ロットはオーストリア製だったのですが、2013年後半くらいから中国製に変更されました。実は音質面でもオーストリア製と中国製で若干の違いがあるらしく、私自身も色々と試聴比較した結果そう感じています。

結論からいうと中国製のほうが音質面で改善された部分もあるため、さほど損をした気分にはなりません。Head-Fi掲示板などでも、初期ロットは高音がキツく、最近のものはバランスよくなっているといわれています。

ところで米国のAKG公式サイトでは2015年現在でも未だにK3003 Made in Austriaと書いてあるので、そろそろ修正しないと文句を言われそうですね。

ドライバとフィルタについて

先端のフィルタが外せるようになっています

フィルタは精巧な構造です

K3003のセールスポイントの一つに、交換可能な音響フィルタがあります。イヤピースを外すとダクト先端がネジのように外せるようになっており、これを別のものに交換することで音質のチューニングができるというギミックです。

標準で装着してある「レファレンス」と呼ばれるフラット特性のフィルタ以外に、低音ブーストと高音ブーストの二種類が付属されています。Shure SE846でも似たようなギミックを採用していますが、効果のほどは別として、これだけ高価格な商品なのでユーザーの好みにチューニングできるのは嬉しいボーナスです。

3種類のフィルタ(中心部の構造が違います)


フィルタを保管するプレートが付属しています

これらのフィルタは小さいので紛失しやすいですが、使われていないものは同梱されているメタルプレートにネジで保持できる配慮が嬉しいです。また、フィルタのOリングが色分けされており、レファレンスがグレー、低音がブラック、高音がホワイトというように簡単に見分けがつくようになっています。

フィルタを外せるということは、耳垢が付着しても掃除が簡単なのも嬉しいです。一般的なイヤホンの場合、無理にブラシなどで清掃するとゴミがハウジング内部に入り込むのが怖いのですが、K3003ではフィルタを外して反対側からブロワーでゴミを除去できます。




フィルタを外すと、BA音導管が確認できます
フィルタ中央は音導管とマッチする形状になっています

フィルタを外すとハウジング内部が丸見えになり、BAドライバの音導管がはっきりと確認できます。実はこの内部のパイプのような形状がK3003の音響設計における肝心な要素です。

K3003の3WAYドライバというのは、低音用のダイナミック型ドライバと、中音用と高音用の2つのBAドライバというように明確に用途が分けられています。これらのうちBAドライバ2つは、中心のパイプの中から音が発せられ、ダイナミックドライバはパイプの外側から発せられます。

つまり三種類の音響フィルタというのは、単純にフィルタのメッシュ密度で音を変えるのではなく、音導管の中心と外周それぞれの出音バランスを調整することにより高音寄り、低音寄りの操作を行っています。そのため、各帯域の干渉や、フィルタによる悪影響を極力避けたスマートな設計です。各フィルタの音質については後述します。

装着感について

イヤピースはごく一般的なサイズです
表面がザラザラしています


イヤピースを外した状態


K3003は耳穴の奥の方に挿入する、いわゆる「カナル型」ではなく、ごく一般的なソニーなどのイヤホンと同じような手軽な装着感です。

イヤピースは標準でS、M、Lサイズが各2セット付属しています。一般的なシリコンゴムタイプなのですが、半透明で表面がザラザラしているため、普段見慣れている黒いイヤピースとくらべて、耳穴内でのグリップ感が良好で、外れにくいです。

コンプライ400番

JVCスパイラルドットは短すぎるかもしれません

ハウジングサイズは小さいですが、イヤピース部分は長いです


イヤピースの内径はいわゆるコンプライ400番タイプなので、幅広いメーカーのものに対応しています。ソニーのハイブリットイヤピースや、JVCのスパイラルドットなども、問題なく装着できました。ゼンハイザーのものは若干大きいため簡単に外れてしまいます。

写真で見るとわかるように、K3003は一般的なイヤホン(比較写真はJVC HA-FX1100)とくらべて音導管が長いため、他社製のシリコンイヤピースを装着すると、フィルタメッシュがほぼ露出してしまいます。こうなると音質が更にダイレクトでワイルドになるので、好みが分かれます。

実際いろいろなイヤピースを付け替えてみましたが、たしかに音色の変化は感じられるものの、K3003はイヤピースの選定に寛容なようで、他社のイヤホンほどシビアに音質が変わったりはしませんでした。

たとえば、余談になりますが、先日ALO Audioの新規イヤホンブランドCampfire Audioを試聴した際に、イヤピースを交換するごとに音色の印象がまったく変わってしまうため、正当な評価ができなかったことがありました。全く同じ見た目や外径(たとえばMサイズ)でも、イヤピースのブランドによって低音の出方などが根本的に変わってしまって手におえませんでした。

そういったイヤホンと比べてK3003は寛容なため、あまりこだわらずに付属のMサイズイヤピースで今のところ満足しています。

耳に装着する際には、一般的なイヤホン掛けとシュアー掛けのどちらでもOKなようです。ケーブルの配置が絶妙で、どちらの装着タイプでもケーブルに無理なストレスがかかったりしません。

私自身はシュアー掛けに慣れているので普段はそのように装着していますが、耳へのフィット感も良好ですし、簡単に外れたりはしません。シュアー掛けで耳にかける部分のケーブルにはワイヤーなどは入っていないのですが、ケーブル自体が柔らかくクセがつきにくいため、実用上問題はありません。

たとえばゼンハイザーIE80ではシュアー掛けを想定しているデザインなのにケーブルにワイヤーが入っておらず、ツルツルで硬いため、簡単に耳周りから外れてしまい困っているのですが、K3003ではそのようなストレスは感じません。

 K3003の装着感で一つだけ問題だと思ったことは、ステンレス製のハウジングに若干尖った角があり、装着具合によっては耳に当たって痛くなります。角といってもちゃんと面取りしているので鋭利ではないのですが、耳が小さい人は、角がぶつからないか事前に確認したほうが良さそうです。

遮音性について

遮音性については、音質と合わせて評価したいです。K3003の遮音性を語る上でまず一番肝心なポイントは、イヤホンとノイズキャンセリングヘッドホンでは遮音される帯域が違う、ということです。

私は普段Bose QC25などを常用しているのですが、基本的にアクティブノイズキャンセリング(ANC)というのは低音域の騒音をキャンセルすることを得意としています。つまり、飛行機の「ゴーッ」という音や、バスの「ブロロロロ」といったエンジン音など、体感できるような重低音を強力にキャンセルしてくれます。その反面、NCがONの状態でも周囲の会話が聞き取りやすい、といったこともよく知られています。つまり限定的な遮音性ということです。

ANCと比較して、密閉型イヤホンの場合は、耳栓と同じように高音域の騒音をカットしやすいです。K3003を使っていて気がついたことは、人間の話し声や風切り音など、定在せず突発的に気になる音域が非常に良くカットされます。つまり音楽に重要な中高域が上手に遮音されているため、中高域にアクセントのあるK3003の音色との相乗効果で、騒音の多い屋外でも没頭できる上質な音楽体験が楽しめます。もちろん機内やバスの中など定在する低音が多い場所ではANCのほうが有利だと思います。

ではコンプライを装着したShureなどのIEMと比較するとどうかというと、やはりIEMのほうが総合的な遮音性は高いですが、その分密閉される不快感や閉鎖感があり、「今イヤホンをつけている」といった違和感が拭えません。その点K3003は非常に快適で、まさに何も装着していないかのような開放感があります。

この「何も装着していない」という表現がK3003の最大のメリットで、まず一旦装着すると、あまり耳穴での位置調整などにこだわらずに完璧な音像が再現されて、さらに全くブレないことに驚きました。

普段、例えばJVCやソニー、ゼンハイザーなどのイヤホンを使っていると、どうしても数分ごとに何度もイヤピースの位置を微調整したり、音場やバランスの乱れを修正することが習慣になっています。それくらいイヤピースの挿入深さやハウジングの角度などによって音が乱れるのですが、K3003の場合はそういった問題が一切感じられません。これは単純に自分の耳にフィットしているという運なのか、ハウジングが小さいからなのか、またはAKGの技術が成しうる物かは不明ですが、とにかくラフな装着具合でも驚異的な音像の安定感です。

ありきたりな表現かもしれませんが、過去に何度かK3003を試聴した際に、音楽を再生した途端、イヤホンを挿し忘れてスピーカーから音が出ているのかと思って焦ったことがありました。それくらい軽量な装着感で、音色にも開放感があり、イヤホンの存在を忘れさせてくれる素晴らしいデザインです。

音質について

K3003の音質について特徴的なポイントをいくつか挙げると、
  • バランスがよく、中高域が太く艶やか
  • イヤホン・ハウジングの存在感が完璧に消えている
  • 音楽の表現に特化している
  • 音像のフォーカスとつながりが驚異的にすばらしい
といった点が思いつきます。

今回のリスニングにはOPPO HA-2もしくはソニー NW-ZX1を使いました。イヤピースは純正品で、フィルタは「レファレンス」です。

音量は非常にとりやすく、非力なNW-ZX1でも50%程度のボリューム設定で十分な音量が得られます。

よくネットのレビューなどを見ると、「K3003は高音がキツイ」といった意見がありますが、私自身はそうは感じませんでした。とくに低音の量感はとてもよく、ジャズのウッドベースが体感できる存在感がありますし、ハウス系のリズムも十分に堪能できます。実際AKG K812と比較してもベース楽器の低域は十分にあります。

たしかに一聴すると高域が強調されているようにも感じられるのですが、実際は出音のすさまじい明朗感に由来しており、特に女性ボーカルやヴァイオリンなどの音域が太く描かれています。つまりそれより高い周波数の空気感や、テープノイズのような高音は実際あまり出ていないような気がします。どの楽器も、高域のエッジが上手に丸められて硬質な感じが控えられています。

別の言い方をすれば、K3003は開放型ヘッドホンのような無限に伸びる高域ではなく、中高域にアクセントを置いた良質な密閉型ヘッドホンのような音作りです。(完全開放型に近いのはゼンハイザーIE800だと思います)。

このK3003の独特な個性について原因を色々と考えていたのですが、試聴を繰り返して気がついたのは、すべての音域の立ち上がりが異常なまでに正確で、残響の減衰がとても速いことです。どの楽器も第一音の音色がダイレクトに耳に届き、それ以降の共振や反響が過剰なまでにダンプされているため、スッと音が消えます。悪い言い方をすれば、響きが豊かではない、とも考えられます。

各楽器の立ち上がりが明瞭なのですが、後に引かないため、演奏者同士がお互いの邪魔をせず、各パートが常時スポットライトに照らされているかのような存在感があります。

立ち上がりが速いといってもアタック感が鮮烈という意味ではないので、エッジがキツイとか、サ行が刺さる、といった悪い印象は受けませんでした。若干丸められたエッジのおかげで、刺激音にならずにアタックを聴き分けることができます。



実際の試聴例を挙げると、あまり高音質な録音とは言えない名盤で、Art Blakey & The Jazz Messengers 「A Night in Tunisia」という1960年のブルーノート盤があります。エキサイティングなジャズ演奏ですが高音がジャンジャンうるさいため、これまで好んで聴かないアルバムだったのですが、K3003を使用したところ、ブレイキーのドラムがものすごい勢いで目の前に展開され、スネア、ハイハット、トム、タムなどそれぞれの構成やスティックさばきが個性豊かに、艶やかに表現されて驚きました。こういった打楽器特有の質感というのは、アタック感の強いイヤホンでは音が潰れて刺激・不快音になってしまうため、試聴評価には欠かせない要素です。

このような、刺さらないギリギリの限界で、高音の美しさを維持するという傾向はAKGの得意とする音色であり、技術力の高さに感心します。

また、ドラムでとくにありがちなのは、響きが強調されすぎて音が重なりあい、不快な音圧ノイズになることです。音量を上げたくても上げられないのは、大抵このような不快感が原因です。

K3003では、直接音が豊かでエッジが丸いため、音量の上下による刺激の変化が少ないため、ついついボリュームを上げてしまいます。逆に言うと、BGMのように聴き流すことができず、常に魅力的な音色がリスニングを呼びかけているような主張の強さがあります。


一般的なイヤホンとの比較

上記のイラストのように、一般的なイヤホンの場合音像がボヤケており、ハウジングの反響などのせいで音像は更に拡大されます。同じ周波数レスポンスでも、そのようなイヤホンの方が「響きが豊か」に感じられます。しかし、K3003ではこのような付帯音を一切演出せずに、音像がフォーカスされてダイレクトに仕上げてあります。

例えばJVC HA-FX1100と比較してみたところ、JVCは非常に濃厚な音色で、とくにトランペットなどの金管楽器がリアルに再現されているのですが、これは「イヤホンのハウジングそのものがトランペットのように鳴っている」、といった印象であって、イヤホン本体の響きや共振、残響などを含めた上での表現力です。

それと比べてK3003の場合は、イヤホンそのものの存在感が消えて、ある空間に突然、明朗なトランペットの音が鳴っている、といった不思議な音像感があります。そのお陰で、一切不要な残響に邪魔されずに、耳を澄ませばすべての楽器パートが聴き取れるという異次元的な体験が味わえます。

AKGのK812と比較してみると、全体的な音作りは似ているのですが、大型ヘッドホンのK812のほうが前後の距離感など、広々とした空間を演出しているため、ベースやドラムなど、遠くで鳴っている楽器が前方の楽器に隠れて聴き取りづらいというデメリットがあります。それはそれでリアリズムがあって良いと思うのですが(多分実際の演奏もそんな感じです)、しかしK3003では実際の演奏を超越した見通しの良さを持っています。

音像について

K3003の特徴の一つに、フォーカスされた浮かび上がるような音像と、帯域ごとの繋がりの良さがあります。

レビューなどでよく「つながりが良い」イヤホン、などといった表現が使われますが、実際これがどういった意味なのかは、明確な定義は無いため各自の解釈によります。私自身の解釈では、周波数帯での位相乱れが少ないため、低音から高音まで定位のイメージングに一貫性がある、といったふうに捉えています。

たとえば、「ピアノ」という楽器は一定の周波数の音だけではなく、鍵盤の低音から高音まで幅広いレンジの音色を表現してくれます。また、ホールのエコーや残響も様々な周波数で発生しますし、演奏者のタッチや息遣い、ペダルワークなども録音に収録されています。

一般的なイヤホンでは、周波数ごとに音像が移動します


位相管理が悪いイヤホン(とくにマルチドライバ)の場合、低音域と高音域で定位感がズレてしまったり、その交差点(ドライバのクロスオーバー)で乱れや濁りが発生してしまうため、音像が分散されて、ふらふらする、といった悪影響が発生します。

上記のイラストのように、つながりが悪いイヤホンでは「弦の擦れる音」や、「歌手の吐息」など、各ディテールの聴き取りやすさや解像感は良好なのに、一人の歌手(もしくは一つのギターなど、)でイメージすると散漫になってしまいます。さらに、ホールの残響も帯域ごとにズレが出てしまうため、リアルな空間表現が脳内で形成されません。

スピーカー業界におけるマルチドライバ

スピーカー業界においては、上質なスピーカーになるにつれてマルチドライバでもシングルドライバに肉薄する「つながりの良さ」が発揮できるのですが、K3003はまさにその域に達している最上級のイヤホンだと思います。

スピーカーとイヤホンのどちらにおいても、低価格帯の商品では「音像が綺麗だけどレンジが狭いシングルドライバ」もしくは「音像は乱れているけどレンジが広いマルチドライバ」の二択になってしまうのですが、それなりの価格を超えると両方のメリットを併せ持った製品になってきます(もちろん高価でも悪い製品はありますが)。

スピーカーでは50万、100万円といった高級機が無数に存在していますし、素晴らしい製品にこれまで何度も遭遇しています(残念ながら自分の予算ではなかなか手が出せませんが)。しかしイヤホンでは今回K3003で初めて納得のいくハイエンドオーディオ体験を感じ取れました。

他のイヤホンとの比較

同価格帯のライバルShure SE846とゼンハイザー IE800は購入候補として数回に渡り真剣に比較試聴したのですが、これら二機種ではK3003のようなハイエンドスピーカー的な音楽体験は得られませんでした。

具体的には、IE800は開放型ヘッドホンのような繊細さとスピード感を兼ね揃えているのですが、どことなくHD800譲りの淡白な響きが美しいと感じられず、サラサラしすぎている印象を受けました。蚊の鳴くような繊細な表現は得意なのですが、主要楽器を前面にアピールする感じではありません。開放型モニターヘッドホンの特徴を上手に再現しているイヤホンだと思うので、HD800の音が好きであれば気に入るかもしれません。

Shure SE846の場合は、MMCXでリケーブルができますし、フィット感、遮音性も良好なのでスペック上では第一候補だったのですが、出音にためらいがある優等生的な音色でした。どことなくソニーMDR-Z1000やオーディオテクニカATH-M70xのような密閉型モニターヘッドホンを彷彿とさせる、「肝心のところで音色が前に出てこない」平坦な表現です。

とくにSE846はオーケストラ録音の再現に納得がいかず、20人程度のヴァイオリン編成を上手に響かせることが出来なかったので、感覚的には手持ちのWestone UM Pro30と同じレベルの問題点を克服出来ていないな、ということが頭に残り、購入候補から外れました。これら二機種はどちらも世間一般では好評な商品なので、また改めてじっくり試聴する機会があれば、別の魅力が見つかるかもしれません。

個人的にK3003と同じくらい欲しいと思い、最後まで購入候補に残ったのは、Noble Audio Kaiser 10でした。

Kaiser 10はBAドライバを10基も搭載しているとんでもないイヤホンで、価格も19万円と、K3003に輪をかけて高価な製品です。自分が試聴したのはカスタムではなくユニバーサルモデルだったのですが、10ドライバとは思えないくらいの統一感溢れる音像で、特にSE846では再現不能だったオーケストラも軽々と演じ切りました。

Kaiser 10はK3003と比較すると音色の自己主張やキラキラ感が低減されて、若干素朴に感じるのですが、その分奥深さがあり、無音部分の余韻がK3003よりも上手に再現されて います。なんとなくHiFiMANやAudez'eのような平面駆動型ヘッドホンを連想する出音です。うっとりする美音といった意味ではK3003のほうが好みに合います。

同じマルチドライバでもJH Audio レイラやロクサーヌなどはSE846同様、あまり趣味に合わないのに、不思議なものです。Kaiser 10と同等の音楽体験は大型ヘッドホンでもなかなか味わえないと確信したのですが、残念ながらフィット感に問題があったので断念しました。値段がもう少し下がれば気になる存在ですので、8万円のニューモデルSavantもいつか試聴してみたいです。K3003と同じような系統のイヤホンをお探しの方はぜひ一聴する価値があると思います。

フィルタによる音質変化について

K3003には高音ブーストと低音ブーストの二種類のフィルタが付属しています。今回リスニングに使用したのは、これらの中間の「レファレンス」という、標準で装備されているフィルタです。

実はK3003を購入する際にショップで試聴したとき、どのフィルタが使われているかチェックを怠っており、ずっと「高音ブースト」のフィルタが装着されていたことに後で気が付きました。

高音ブーストというと、シャリシャリとしたエッジの効いた音質を想像しますが、実際はそうではなく、K3003の特徴である中高域をさらに繊細でキラキラさせたような印象です。実を言うと、この高音ブーストの音色に魅了されてしまったことがK3003を購入した決定打でした。とくにDSDでChannel Classicsレーベルの録音を聴いていたのですが、弦楽器がこれまで使ってきたどのようなイヤホンよりも美しく鳴り響いているのです。(ちなみにChannel ClassicsのIvan Fischer指揮の録音は、超高音質で音楽的にも素晴らしい名盤が多いです)。



この弦楽器の音色に衝撃を受けたのですが、色々なジャンルでの実用性を考えてみると、高音質オーケストラ録音に特化しすぎており、それ以外では若干キラキラしすぎて耳障りだろうな、と店頭で悩んでいました。そしてふとフィルタを確認したら「高音ブースト」フィルタだと気づいたので、「レファレンス」に交換してみたら、ポップスなどのジャンルでもバランスよく鳴ってくれたので一安心した、という体験でした。

今でも「高音ブースト」フィルタに魅力を感じているのですが、実際に交換するのは面倒なので、普段は「レファレンス」を常用しています。「高音ブースト」の良さに気づいていなければ、「レファレンス」でも十分すぎるくらい高音が美しいと思います。

低音ブーストフィルタの方は、これまで何度か試しましたが、K3003特有の音色の美しさが削がれてしまうような印象で、あまり好みではありません。「レファレンス」で十分に低音が出ているため、あえて低音ブーストをする必要性を感じませんが、実際これ以上の低音を望むならば、K3003ではなく別のイヤホン(IE80など)の方が好みに合うと思います。

まとめ

K3003は非常に高価な商品なのですが、それに見合った素晴らしい音楽性を秘めたイヤホンだと思います。「音質」や「性能」ではなく「音楽性」なのがポイントであり、開発チームのセンスと努力の結晶として、尊敬に値する商品です。

とくにこの価格については、単なる物量投入型のハイエンドIEMのような、ドライバの数やマニアックな素材を採用しているといった表面的なコストではなく、 AKGの技術者たちが音質のチューニングにとてつもない労力をかけたことが実感でき、それに見合った対価だと思います。音楽体験の一つの完成形として至高の存在かもしれません。

モニターヘッドホンと比較するとバランスが良い音色とはいえませんし、比較的個性の強い音作りだと思いますが、「高解像」や「ハイレゾ」といった言葉では表現しきれない、音楽を聴かせる美しさを提供してくれます。つまり聴き慣れたアルバムをもう一度聴いてみたくなるようなワクワクする魅力を秘めています。

とくに出先や散歩中に使っていると、騒音の中でもついつい無意識に音楽に聴き入ってしまうようなリアリズムと没入感があります。これまで他のヘッドホンやイヤホンでは決して味わうことができなかった不思議な体験ですので、きっと店頭の試聴でも実感できると思います。(その際には、どの音響フィルタを装着しているか注意してください)。

K3003がヘッドホンスパイラルの終止符になるかはわかりませんが、今後これ以上を期待できるのか疑問に思うくらい完成度が高いイヤホンなので、自分の中での「イヤホン」に対する意識をワンランク上げてくれたような気がします。