Fostex TH-X00 |
2015年12月に発売された密閉型ヘッドホンで、好評を得ているTH900・TH600と同じシリーズの製品です。
このTH-X00は世界1,950個の限定モデルで、米国の通販サイトMassdropとのコラボレーション企画です。11月27日の午前9時にネット販売が開始した途端に、瞬時に完売してしまい、Massdropのサイトが前代未聞のアクセス数でオーバーロードしてしまったという逸話付きで、幸い私も午前9時ジャストにアクセスして無事購入出来たのが、ようやく手元に届きました。
基本的なスペックは、フォステクスTH900・TH600を踏襲していながら、音質などに大きな違いがあり、往年のDENON AH-D5000に回帰したような興味深いモデルなので、そういった部分についてチェックしてみます。
Massdropについて
ご存知の方も多いと思いますが、米国のオンラインショップMassdropは、いわゆる登録ユーザーによる共同購入サイトで、運営方法がとてもユニークです。まずユーザーが欲しい商品についての希望を行うと、サイト上で投票が行われ、ある程度の大量購入の見込みがあると判明されると、Massdropの運営者がその商品のメーカーにコンタクトを取り、一定の数量ストックを割安価格で確保します。メーカー在庫が確保できたら、その商品がMassdropのサイト上に期間限定で掲載され、タイムリミットまでにそこで購入を決定したユーザーの数が増えるごとに、商品の価格がどんどん下がっていく、といったシステムです。
共同購入というとグルーポンなどのクーポンサイトが有名ですが、Massdropはユーザーが欲しい現物を確保、発送してくれる、一種のブローカーのような業種です。
メーカー側からしても、ユーザーコミュニティの興味や動向が直接的に分析できますし、一気に大量の在庫を捌けるため、たとえば販売店ネットワークを持たない新興メーカーなどにとっては渡りに船です。大手メーカーにとっても、抱えている型落ち在庫を処分したりなど、色々な有効活用法が考えられます。
例えば、ユーザー投票でゼンハイザーHD600が人気があると判明したら、Massdrop運営スタッフがゼンハイザー代理店に問い合わせ、在庫の大量購入を提案して末端価格を取り決めます。そしてサイト内で、「来週金曜までにHD600が100個売れたら値段は$200、200個であれば$180、300個であれば$160、最大500個に限定。商品は翌週金曜に発送」、みたいな方法で販売します。ユーザーはこの時点で購入に参加したければクレジットカード情報を登録するため、途中で抜けることはできません(支払いは発送時に到達した最安値で引き落とされます)。つまり共同購入者が少なければ最悪$200、300人以上集まれば、参加した全員が最安の$160で買えるわけです。購入者数の動向を見て、$160に下がるまで待って参加する、みたいなこともできますし、逆に待ちすぎて上限の500個に達してしまって、もう欲しくても参加できない、なんてリスクもあります。大抵の製品は、開始価格であっても店頭定価よりも若干安いため、どちらにせよ割引感がありますし、最終的にどれだけ値引きされるかは商品の人気次第で変わります。
もちろん、このような大量のロットを一度に供給できないとか、値崩れでブランドイメージが壊れるのが嫌だ、など、Massdropの問い合わせに応じないメーカーも多数ありますが、最近では多くのメーカーや代理店が賛同しています。
Massdropは米国のサイトですが、海外発送も行っており、今回のFostexのように販売代理店の事情で海外発送がNGな商品の場合も、実際は配送代行業者などを活用できるため日本でも商品を受け取ることは可能です。
Massdropの独占企画
共同購入で数百から数千個のロットを大量購入するという性質上、メーカー側としても、色々と試してみたい新規製品を少量ロットで販売することが可能なので、今回のFostex TH-X00のように、システムを上手に利用することが可能です。たとえば一般的に店頭に並ぶ製品の場合は、各国の代理店用に数量割り当てや価格設定、関税処理、初回店頭在庫の出荷数や製造ロットの数など、多くの未確定要素やギャンブル的投資が必要になります。特に中小の新興メーカーの場合、一気に10,000個製造して世界展開するなどはビジネスリスクが高いです。かといって、たった500個しか作らなかったら、十分な数の店頭に回らないため広報活動するだけ無駄になってしまいます。
そのため、新しいモデルへの市場評価を得たい場合や、製造ライン立ち上げの先行販売などでMassdropなどのサイト限定で少量ロットの企画品を販売するのは手軽であり効果も絶大です。
Massdropはヘッドホン以外でも色々なガジェット系製品を販売していますが、ヘッドホンに関してはMassdrop限定生産モデルとして、AKGの「K7XX」と、ヘッドホンアンプのGrace Design 「m9XX」という前例があります。
AKG K7XX |
Grace Design m9XX |
AKG K7XXは、4万円の高級ヘッドホン「K712」とほぼ同じスペックのものを$199(約23,000円)で購入できるということで、大好評を得ました。
Grace Design m9XXの場合は、すでに市販されている25万円の高級ヘッドホンアンプ「m920」という商品があるのですが、高音質ながら大型で多機能すぎる面もあるため、最小限の機能のみに絞って全く新たなコンパクトデザインのモデルとして、$499(約60,000円)で限定販売されました。
私自身はK7XXは購入しましたが、Grace Designはすでに上位機種の「m903」を愛用しているため、あえて手を出しませんでした。しかし魅力的な製品であることには変わりありません。
↓ K7XXのレビュー
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/02/akg-k7xx-limited-edition.html
オーディオ・ヘッドホンマニアの私から見ても、非常にユニークで面白い企画だなと思う製品ばかりなので、Massdrop運営者はマニアの心境を「よくわかってる」とつくづく感心します。
ちなみに、今回のFostex TH-X00についても、「限定生産」とは書いてありますが、AKG K7XXの例を見ると、初回ロットが大人気で即完売したため、それ以降も時間をおいて追加ロットの販売を何度も繰り返しています。そのため、限定品といったプレミア感は皆無で、とにかく安く買えるチャンスという魅力に重点を置いています。TH-X00も初回ロットの1,950個は即日完売だったため、メーカーの意欲次第では今後の再生産も十分ありえます。
Massdropの海外発送
話が若干逸れてしまいますが、Massdropの海外発送サービスについてちょっと不満があったため、個人的メモのために一応書いておきます。以前AKG K7XXを購入した際は、AKGアメリカ販売代理店の意向で、米国外への海外発送はダメだということで、Massdropは多くの海外のユーザーから顰蹙を買いました。
私自身は、アメリカ国内にある郵便転送サービスを利用して、Massdropからそこを経由して海外への代行発送してもらいました。K7XXヘッドホンを送る手数料は3,000円くらいだったと思います。この時は、K7XXが米国のMassdropから出荷されてから、転送サービスを経由して手元に小包が届くまでに、たったの4日しかかかりませんでした。
今回Fostex TH-X00を販売するにあたって、Massdropは前回の教訓をもとに、「原則的にアメリカ国内発送のみだけど、転送サービスと提携したからそこが海外発送してくれる」という回りくどい手法で手軽な海外発送を実現してくれました。ようするに、わざわざ自前の転送サービスを手配しなくても、Massdropのショッピングカートに海外住所を入力すれば、あちらがシームレスに委託してくれる、ということです。しかも海外発送料金が一律$15(約1,800円)ということで、意外と安いなと喜んでいました。
この海外発送サービスを利用してみたところ、想像以上に時間がかかりました。商品がMassdropから配送されたのは12月7日だったのですが、米国のDHL集積センターから実際に海外発送が行われたのは12月21日で、私の手元に荷物が届いたのは12月末になってからでした。クリスマスシーズンという事情も影響しているのでしょうけど、2週間も集積センターで放置されているのはさすがにソワソワしました。Head-Fi掲示板でも同様の状況に置かれた海外購入者達から悲鳴が上がっていました。
今後、またなにか購入することがあったら、Massdropの海外発送ではなく、多少割高になっても、自前の配送サービスを手配しようと思います。
TH-X00
さて、実際にFostex TH-X00の話に入りますが、このヘッドホンはコアなマニアほど欲しくなりそうな要素を多く含んでいます。- 価格は$399(約48,000円)米国内であれば送料無料
- 形状やケーブルなどは、TH900・TH600と同じ
- マホガニー製削り出しハウジング
- 専用の50mm 25Ω 94dB/mW ドライバ(> 1テスラ)
- イヤーパッドはTH500RPと同様の、新しい3D構造
- 中国製
といった感じです。すでにTH900・TH600をご存知の方であれば、このTH-X00が興味深い仕様だということがわかると思います。
低価格ですが、仕上がりはトップクラスです。 |
まず第一に、価格が非常に安いです。上位機種のTH900は2012に発売して、もう古くなってきたにも関わらず、未だに14万円程度で販売されています。2013年に発売された下位機種のTH600でさえ、店頭価格は8万円台ですので、TH-X00の約4万8千円というのは破格のバーゲンのように思えます。
マグネシウムのTH600と、漆塗り桜材のTH900 |
14万円のTH900は、ハウジングに真っ赤な「水目桜の漆ボルドー仕上げ(銀箔入り)」といった職人の工芸技法を採用しているため、価格が高くなるのも理解できますが、TH600はウッドハウジングではなく、鋳造マグネシウム製です。
これら二機種と比較して、今回のTH-X00は、マホガニー材削りだしハウジングを採用しており、決して品質が劣る廉価版といった印象ではありません。
前身となるDENON AH-D5000はマホガニー材でした |
思い返せば、このFostex TH900のシリーズがまだDENON AH-D5000 AH-D7000といった名前で展開されていた頃は、マホガニー材削りだしハウジングでした。FostexとしてはDENONモデルとの差別化といった意味でTH900に水目桜ハウジングを採用したのかもしれませんが、元をたどればマホガニー材のDENONモデルは、高音質で高く評価されていました。
なぜTH-X00はTH900・TH600に勝るとも劣らない仕様でありながら、安価で販売できるかというと、単純に「中国製」だからだと思います。これまでのDENON、Fostexシリーズは日本製だったので、価格は高いものの、それが品質の信頼性や、所有する満足感に繋がっていたと思うのですが、今回はあえて中国製になっています。
実はこの手法は以前Massdropで販売されたAKG K7XXでも同じでした。それまで上位機種はオーストリアか隣国スロバキアで製造されていたのですが、K7XXが発売された時期に同クラスのK702がさりげなく中国製に切り替わりました。同様にFostexも今後TH900シリーズの廉価版を中国製で展開するのかもしれません。
現在FostexにはT50RPとTH600の中間に収まるような、3-4万円のヘッドホンが存在しないため、ちょうど売れ筋の、ソニーでいうとMDR-1Aなどの価格帯ヘッドホンが誕生すれば、たとえ中国製であろうと歓迎されると思います。
パッケージ
商品が発送されてきたパッケージは、さすがMassdropらしく、とてもチープで簡素です。薄い紙箱の中にダンボール枠で固定されており、同梱アクセサリは黒い収納バッグのみです。本体はバブルラップのビニール袋に入っており、説明書は薄紙一枚でした。ご丁寧に、本体パッケージとは別途でMonoprice製6.35mm→3.5mm変換アダプタが付属していました。シンプルな紙パッケージ |
側面に「Made in China」と書いてあります |
中身はダンボールで固定されています |
袋を開封した状態 |
この黒い紙パッケージは、これはこれで結構かっこいいと思います。日本人のオジサンが好みそうなラグジュアリー感はありませんが、T50RPなどのようなスタジオモニターヘッドホン的スパルタンな魅力があります。
どうでもいい話ですが、このTH-X00は限定1,950個で、販売開始から最初の250人までの購入者は、300番以下のシリアルナンバーを保証する、といった旨がサイトに書いてありました。私自身は販売開始の時間ピッタリで購入したのですが、それでもシリアルは590番でした。それだけ大人数が購入に殺到したのでしょう。
デザイン
TH-X00のセールスポイントであるマホガニー材のハウジングは、DENON AH-D5000などと比較して明るめで、木目が目立つ仕上げです。光の加減によってはオレンジっぽくも見えますが、Massdrop公式サイトの写真などとくらべると、幾分が落ち着いたコーヒー調の色合いです。つるつるのクリアコートに黒のFostexロゴなので、TH900の漆塗りにプラチナ箔ロゴと比べると落ち着いています。木材こそ異なりますが、なんとなくオーディオテクニカのATH-W1000Zなんかと近い印象があります。ウッドハウジングは結構暗い仕上がりです |
木目は綺麗ですが、若干のシミも確認できます |
ちなみに、天然の木材であるため木目や色合いは一つづつ違いがあります。私のユニットは、左側ハウジング左下にちょっとしたシミのようなものが見えます。そこまで気にならないですし、低価格な中国製ということを加味すれば上質な仕上がりだと思いますが、こういうのは許せないというような過敏な人もいるかもしれません。
ヘッドバンド形状は従来通りです |
ヘッドバンドやハウジングの外枠はTH900・TH600と全く一緒でした。たとえばゼンハイザーHD800のようなハイテク系ヘッドホンと見比べると随分古臭いデザインだと思いますが、DENON時代から愛されているフォルムなので実用上問題はありません。
調整機構やヒンジなども、中国製になったからといって品質が落ちているわけではなく、私がすでに所有しているTH600・TH500RPとまったく見分けがつかないくらい上質です。品質面で同じでも、実際日本製と中国製では不具合率などはどれくらい違うのか興味があります。
ヘッドバンド内側にはMassdropのロゴがあります |
ヘッドバンド調整部分の内側にMassdropのロゴが印刷されており、反対側にはシリアルナンバーがあります。
上記の写真はイヤーパッドを外した状態ですが、他のモデルと全く同じ方法で簡単にパッドを取り外せます。TH600ではロックする爪が固くて外すのに苦労したのですが、TH-X00は簡単に回すだけで外せたので拍子抜けしました。ドライバ部分を観察してみると、TH600とほぼ一緒に見えます。若干外周スポンジの接合や接着が雑な感じもしますが、見える部分ではないのでどうでもいいことです。
ドライバ
ところで、今回このTH-X00の目玉は、専用ドライバを搭載していることです。TH900・TH600と同じ50mm「バイオダイナ」振動板を搭載しており、25Ωインピーダンスや、再生周波数帯スペックなども全く同じなのですが、磁力が異なっています。TH600は1テスラのマグネットを搭載しており、能率は94dB/mW、TH900は1.5テスラのマグネットで、能率は100dB/mWという差別化がされているのですが、今回TH-X00では磁力は「1テスラ以上」としか書かれておらず、能率は94dB/mWということです。
Massdropのサイトでは、TH600よりも優れているといったことが暗示されており、それがドライバ単体のことなのか、ハウジングを含めたトータル性能なのかは不明です。
なんにせよ、値段が安いからといって劣悪なドライバが搭載しているわけではなく、これまでのヘッドホンの経験を活かした、TH600相当かそれ以上に高性能なFostex最高クラスのものが採用されているようです。
イヤーパッド
TH-X00の面白いポイントの一つは、イヤーパッドが新調されていることです。素材は従来通り、「出光グランキュール」という肌触りの良い合皮です。ビニールレザーというよりは、さらさらした地肌のような感触で、装着感は良好ですが長時間使用では若干蒸れます。3D構造で肉厚なイヤーパッド |
従来通りプラスチックのツメでロックする機構です |
このイヤーパッドは、Fostexが2014年に平面駆動型ドライバを搭載した高級モデル「TH500RP」を発売した際に採用されていたもので、それ以前ではDENON AH-D5000に使われていたものと同じようなデザインです。DENON AH-D5000を愛用していた人にとっては懐かしい装着感だと思いますし、個人的には、形状と装着感ともに、ソニーMDR-Z7にも似ていると思います。
TH600のイヤーパッドは平面的な丸型でした |
これまでのTH900・TH600に使われていたイヤーパッドは真円のドーナッツ型で、お世辞にも耳へのフィット感が良いとは言えず、旧来のAKGやベイヤーダイナミックのような装着具合でした。
そのような真円形パッドは、顔の側面に沿ってフィットしないため、遮音性が悪く、音漏れするため、低音が逃げやすいです。また、ユーザーごとの顔の輪郭により密閉具合が変わってしまい音色の印象が変わってしまったり、パッドが耳に対して前後左右に動きやすいため、空間定位も雑になります。
今回TH-X00に採用されているイヤーパッドは、外観は真円形ですが、内側はちょうど耳と同じくらいの大きさの楕円形になっています。イヤーパッドの厚みも前後で傾斜されており、顔の輪郭にピッタリフィットして、ずれにくいデザインになっています。
ちなみに、このイヤーパッドをTH900・TH600に装着することも可能なので、好みに合わせて相互に入れ替えたりすることも可能です。とはいっても、この新型イヤーパッドが確実に優れているかというと、ヘッドホンというのはそれぞれのイヤーパッドと合わせてサウンドチューニングを行っているため、むやみに交換することにメリットは少ないかもしれません。
たとえば、TH900の新型「TH900MK2」が今月発表されましたが、初代と同じ真円形のイヤーパッドが使われています。
ケーブル
TH-X00のケーブルは、TH900などと同様の3m布巻き仕様で、端子も6.35mmの大型プラグです。最近はポータブルDACアンプなどで据え置きでも3.5mm端子を採用していることが多いですが、その場合には変換アダプタが必要です。布巻きケーブル、6.35mm端子と、付属の3.5mmアダプタ |
同梱されているアダプタはソリッドタイプなので、そのままでは取っ手が長すぎて3.5mmジャックに負担をかけそうなので、私自身はいつもGradoの変換ケーブルを使っています。
新発売TH900MK2は交換型ケーブルになっていました |
ちなみに、今月発表されたTH900の後継機「TH900MK2」では、ついにケーブルが交換可能になり、ハウジング側はゼンハイザーHD600のような2ピン端子になったのですが、残念ながらこのTH-X00では従来型の固定ケーブルになります。
ケーブル自体は非常に高品質で、6.35mm端子を分解して4ピンXLRバランスに交換するユーザーも多いため、不都合は無いと思いますが、個人的にTH600を使用していて唯一気に入らなかった点が、ハウジングのケーブル接続部分が貧弱で、ケーブルがねじれることで断線しそうなので、TH-X00でも同様に心配です。
手荒に扱うようなヘッドホンではないため、注意すれば実用上は問題ないと思います。
音質について
TH-X00の能率は25Ω、94dB/mWということで、IEMなどと比べると若干パワーが必要ですが、他社の大型モニターヘッドホン勢と比較すると鳴らしやすい部類に入ります。たとえば、現在使っているiBasso DX80ではポピュラー音源であればローゲインモードで50%程度の音量で十分です。クラシックなど音量が低いアルバムでは80%まで上げる必要がありました。パソコンからiFi Audio micro iDSDを使いました |
今回、試聴には、いつもどおりノートパソコンのJRiver Media Center 21から、iFi Audio micro iDSDに出力しています。このmicro iDSDでは、出力がスタンダードモードだと音量が高すぎることが多かったため、エコモードを使いました。
ちなみに同じシリーズのTH900は、Innerfidelityなどの測定グラフを見る限りでは、インピーダンスは全帯域において25~30Ωで安定しているため、アンプの駆動力や出力インピーダンスによる音質変化は比較的少ないと予想されます。
Fostexのアンプで言うと、理想的にはHP-A8があればベストですが、ベーシックモデルのHP-A4や、新発売HP-A4BLでも十分に楽しめるヘッドホンです。
試聴には、まず最近カタログのリマスター化が始まった、80年台ジャズの名門レーベル「Xanadu」から、ケニー・バロン「At the Piano」を聴いてみました。名手バロンのソロ・ピアノによるインプロビゼーション集ですが、ライナーノーツによると、プロデューサーがどうしてもバロンのピアニズムをクラシックの演奏家と同じ楽器、スタジオ、エンジニアで録音してみたい、という願望から実現出来た、異色の高音質盤です。当時のジャズ録音としては破格の美音なので、一聴の価値があります。
まずTH-X00のサウンドは、非常にマイルドでゆったりとしており、意外と低音が豊かだということに驚かされました。TH600で聞き慣れていたドライで繊細なサウンドを予想していたので、意表をつかれました。
全体的なサウンドは、まったりとしたリスニング重視のチューニングで、TH900・TH600というよりはDENONやソニーMDR-Z7に近い印象です。ゆったり感は音像が遠めであることに由来しており、不意の刺激が少ないスタイルです。
低域はバスレフ型のような音圧重視ではなく、奥深く、楽器と一体化した低音です。「低音が聴こえる」のではなく、「楽器の音色がとても低いところまで伸びる」といった印象です。
とくに、普段聴こえている「可聴帯域」の低音だけではなく、それよりも低い空気の振動のようなものもリアルに感じ取れるので、ピアニストのペダル操作や、録音に紛れ込んでいる空気の振動もリアルに再現されます。リスニング中に何度か、「この振動は、録音から出ているのか、それとも近所の騒音か」と困惑して、ヘッドホンを外して周囲を確認することが何度かありました。
高音は、TH600と比べるとあまり出ておらず、響きの具合も質素です。意図的に金属的なアタック感を排除したような、やはりリスニングで不快にならないよう配慮したような印象です。
試聴に使ったソロピアノのアルバムでは、もうちょっと高域にキラキラした光沢があっても良いと思うのですが、もしこれが悪い録音であったら、かえって耳障りになると思うので、音楽を楽しむ上では十分なレベルです。逆に、チューニングの焦点が楽器の中低域に寄っているため、メロディがよく響く、非常に聴きやすいサウンドです。実際TH600では奏者の指使いや打鍵音などのカチャカチャした刺激音が耳障りでした。
HD800などの開放型ヘッドホンに慣れている人であれば、TH-X00は予想以上に中低音が豊かなサウンドだと感じると思います。単純な解像感よりも、音の太さ・豊かさというのは重要なんだなということを再確認させてくれるような仕上がりに満足できました。
次に、今年Posi-Tone Recordsというマイナーレーベルからリリースされた、Doug Webb「Triple Play」です。タイトルに偽りなく、Doug Webb、Walt Weiskopf、Joel Frahmという3人のテナーサックス奏者の三管プレイと、バックにオルガンという、最近のジャズでは珍しいファンキーでソウルフルな構成です。とくにワイスコフは以前Criss-Crossレーベルでコルトレーンばりのエネルギッシュな高速プレイを披露していたのですが、最近あまり目にする機会が無かったため、久しぶりの新譜は嬉しいです。
三管アレンジというと、サウンドの重なりあいが濃厚すぎて、下手なヘッドホンでは手に負えない混沌と化してしまうのですが、TH-X00ではその心配はいりませんでした。
たとえばFostex TH500RPでは、低音が音楽の構成音よりも手前で膨らんでしまい、カーテンのように被ってしまう問題があったのですが、TH-X00では低音の量感は多いものの、楽器から離れず一体感があるため、それぞれの音像が交差せず絶妙な音像を描いてくれました。
ソニーMDR-Z7でも若干低音の響きが覆い被さる傾向があったため、その点TH-X00は想像以上に優秀な低音表現を披露してくれています。
先ほどのピアノソロアルバムでも感じられたように、TH-X00は距離感と定位を守った整然としたプレゼンテーションで、響きが奥へ奥へと伸びていくような感じです。この恩恵は中域まで達しており、たとえばサックスのブローやオルガンの音色なども、音像が太くありながら、不必要に前面に迫るような圧迫感が無いため、ゆったりとしていながら、奥まで見通せるリアルさがあります。
最後に、クラシックの録音で、Phiレーベルから、ヘレヴェッヘ指揮ハイドンのオラトリオ「四季」です。
これまで仏独ハルモニア・ムンディやペンタトーンなどで数多くの録音を残してきたヘレヴェッヘですが、最近は自主制作レーベルのPhiから意欲的な作品を出しています。とくにこの「四季」はベタな録音では壮大なカラオケ大会になりがちですが、ヘレヴェッヘの得意とするシンプルで瑞々しい演出のおかげで新鮮な一面を見せてくれます。
クラシックのオケ録音で感じられたTH-X00の最大の魅力は、安定して明確な音像定位と、優れた前後の距離感です。とくに、距離感による空間余裕によって、それぞれの音像がポツンポツンと余裕を持って配置されるため、太いサウンドでありながら、互いが干渉せず良好な解像感があるという、とてもユニークでおもしろい特性を持っています。
TH-X00の音場展開は、奥行きのわりに横方向に狭い、いわゆる「前方頭外定位」です。音像が上下にも広く伸びるため、ピンポイントというほど細々としておらず、「音の柱」のようなものが前後に配置されるようなイメージです。変な言い方に聞こえるかもしれませんが、なんというか映画館の後部座席で、大迫力のサラウンドでサウンドトラックを聴いているような、図太い演出効果があります。先日スターウォーズを観に行ってから、TH-X00でマーラーなどのオーケストラ曲を聴いていながら、ふと、そう思いました。
TH900・TH600はどちらももっと普通のモニターヘッドホン的な、左右の音場展開を重視した高解像サウンドだったので、TH-X00の前後の奥行きを重視したサウンドには驚きました。もしかすると、イヤーパッドの前方傾斜による部分もあるのかもしれません。実際TH600のパッドと交換してみると、距離感は薄くなり脳内音像といった感じが強くなります。
クラシックを聴いていても、あいかわらず低音が豊かなサウンドですが、男性はもとより女性ボーカルも低音方向に厚みがあるため、派手にサ行が刺さったりせず、緩やかに輪郭がボーッと浮き出るような、スピーカーっぽい表現だと思いました。これで音場が平面的であったら退屈に感じられるのかもしれませんが、得意とする奥行きのおかげで、あえて硬質な自己主張の強いサウンドでなくとも、音像が立体的に引き立つ実在感があります。
問題点として指摘できるのは、やはり、ジャズでも感じられたように、高域の伸びやかさが限定的で、硬質でもなければ美音系でも無いということです。TH900・TH600は素直に伸びていく感じでしたが、TH-X00の場合は単純に自己主張が弱いです。決して、ある特定の周波数でカットされているとか、響きがこもるといった印象ではないため、不快感は感じられないのですが、歯切れよいアタック感ではないため、試聴中、終始マイルドだなと思っていました。
たとえばAKGなどは、打撃音などのアタック部分を上手に丸めることで、絹のような質感と美しい響きを演出しているのですが、TH-X00の場合は絹というよりも木綿のワタのような丸め方で、ドラムのハイハットような金属音が質素になりがちです。
また、ソニーMDR-Z7は、このTH-X00と似たようなサウンドの傾向があると思うのですが、MDR-Z7の場合はTH-X00ほど前後の空間余裕が無く、それでもアタックの響きを演出しすぎているため、結果的に響きや低音が前面に強調され、サウンドが濃厚で重たく感じてしまいます。
TH-X00の音作りは、単音の美しさよりも音場の豊かさに演出の重点を置いており、ジャズやクラシックなどを聴く上では、方向性としては上手に成功していると思います。また、派手に破裂しない高音や、地震のように深く轟く低音は、リスニング中についついヒップホップやR&B系を聴きたくなってしまうような魅力もあります。
ヘッドホンとして音作りの個性がわかりやすくユニークなので、「このアルバムをTH-X00で聴いたらどんなふうになるだろう」と期待させてしまう、魅力的なヘッドホンだと思いました。
まとめ
Massdropのネット通販限定品ということで、今のところあまり目にする機会が少ないFostex TH-X00ですが、同様の手法だったAKG K7XXの前例を見る限り、再生産なども十分に考えられますし、中古市場などで容易に手に入りそうです。また、Fostexの通常ラインナップとしても、今後TH-X00と同様のスタイルで中国製に移行した安価なモデルが登場するのかもしれません。
スペックや仕上がりは十分に素晴らしいヘッドホンなので、Massdropでの$399という価格はとても割安感があります。しかし、音質面では従来のTH900・TH600のどちらとも大きく異るため、単純にTH900の代用品と見込んで購入するのはお勧めできません。
FostexがTH900というベストセラーのサウンドにあえて追従せず、ここまで音質を変えてきたことに驚きを隠せません。たしかにこれまでFostexのヘッドホンというと、ブランドとして統一した「サウンド・シグネチャー」が無い、なんというか「行き当たりばったり」な音作りといった印象があったのですが、このTH-X00も例に漏れず異色なサウンドです。
これは社内で明確なサウンドのポリシーがあるソニー、オーディオテクニカ、ゼンハイザーなどと比べてギャンブル性が高いといえますが、DENON以降ハイエンドの独自ブランド路線としてまだ日が浅いFostexとしては、しょうがない部分なのかもしれません。
TH-X00は中低域が非常に充実しており、とくに密閉型としては異質なほど前後の空間余裕がある重低音サウンドは目を見張るものがあります。この奥深い空間のおかげで、低音が多くても分解能は高いため、リラックスして余裕のあるサウンドステージを味わうためには格好のサウンドチューニングだと思います。
銘機DENON AH-D5000の再来かというと、たしかにTH900と比較するとTH-X00のほうがそれっぽく感じる部分はありますが、DENON特有のサウンドの密度や濃厚さとは一線を画するソフト調で繊細な音色だとも思います。
今後Fostexがこの路線で市販向けヘッドホンを展開してくれれば、きっと気に入られる方も多いと思います。ユーザーの耳もそろそろ肥えてきて、空間定位が乏しく解像感バリバリのIEMのような無機質な音は流行らなくなってきているため、逆にTH-X00のようなサウンドの方が今後の方向性として正しいのかもしれません。
なんにせよ、TH-X00は期待以上にユニークで楽しめるヘッドホンだったので、Massdropのおかげで、2015最後のシメとして良い買い物ができました。