2016年6月17日金曜日

JH Audio Layla IIの試聴レビュー

前回AK300シリーズDAPを試聴したのですが、その時についでに米国JH AudioのIEMイヤホン「Layla II」も試聴する機会がありました。というわけで、「欲しいけど高くて買えない」シリーズ第二弾です。

左右各12ドライバを搭載したJH Audioの最上位フラッグシップ機で、2016年4月発売時の価格は約39万円(!)という、非常に高価なイヤホンです。

JH Audio Layla II


米国の大人気イヤホンメーカー「JH Audio」の2016年最新モデルですが、韓国のオーディオ機器メーカーAstell & Kernとのコラボレーションモデルということで、販売名義上は「Astell & Kern JH Audio The Siren Series Layla II」というのが正式名称です。

Astell & Kern(AK)のポータブルDAPと合わせて、セットで使える高音質イヤホンというコンセプトで、AKの流通チャンネルを使ったタイアップ販売を行っています。

JH Audioの本業は、プロミュージシャンがステージ上で使うカスタムIEMなので、今回紹介するLayla IIのような音楽鑑賞用のオーディオマニア向けプレミアムモデルは「The Siren Series」という特別ラインで、Astell & Kernとの共同開発という立場をとっています。

同じくAKとコラボレーションのBeyerdynamic AK T8iE

今回発売したLayla IIは39万円という価格も凄いですが、高・中・低域に各4基のBAドライバ(合計12ドライバ)を搭載した物量投入イヤホンで、「Siren Series」の最上級フラッグシップ機です。

2015年に登場した旧モデルの「Layla Universal Fit」は販売価格が35万円くらいで、現在は30万円くらいで購入できます。

Layla IIの米国での販売価格は約$3,000なので、現在の為替換算では日本での価格より約2割ほど安いのですが、個人輸入の場合でも20万円を超えると簡易税率が適応されず、大きな関税と消費税が発生するのと、故障時の保証の問題があるので、そう考えると、いくら安いからと言っても関税処理に慣れている人以外は海外から並行輸入するのはギャンブル性が高いです。

JH Audioの新シリーズは、39万円のLayla IIを筆頭に、
  • Roxanne II (26万円)
  • Angie II (19万円)
  • Rosie (13万円)
といったラインナップになっており、どれも共通ハウジング(シェル)デザインを採用しているだけあって、最下位モデルであっても決して安くありません。

これまで販売されていた初代LaylaやRoxanneはデビュー時期が結構バラバラだったため、純粋な商品展開というよりは「面白そうだから、とりあえず作ってみた」感が強かったのですが、今回全ラインナップを同時にモデルチェンジしたことによって、よりモデルどうしの上下関係が明確になりました。

よく「最強のIEMイヤホン」の座をJH Audioと競い合っているNoble Audioも、同時期にフラッグシップ機「Kaiser 10U」(K10)を含めた全ラインナップをリニューアルしましたが、Noble AudioはJH Audioほどプレミア感を演出しておらず、6万円くらいのそこそこ手頃なイヤホンも作っています。

JH Audioも低価格モデルを作ってはいるのですが、それらはほぼプロミュージシャン用のカスタムIEMステージモニターなどなので、特定の楽器や周波数帯が際立つようにチューニングされており、音楽鑑賞にはあまり役に立ちません。JH Audioが考える、「趣味の音楽鑑賞」のクオリティに耐えうる最低限の設計が、13万円のRosieだということなのでしょう。

Layla II

Layla IIの公式スペックは20Ω・117dB/mWなので、ポータブルDAPなどでも比較的鳴らしやすい部類だと思います。しかしマルチBAということもあり、クロスオーバー周波数でのインピーダンス変動は激しいと思うので、20Ωだからといって貧弱なアンプでは以前JH Audio Rosieを使った時に感じられたような電流不足による歪みが発生するかもしれません。

3.5mmステレオ端子

ケーブルを外した状態

ケーブル接続端子は特殊形状です

ケーブルはJH Audio特有の4ワイヤ配線で、3.5mmステレオと、AKとのコラボレーションということで2.5mmバランス接続用ケーブルも標準で付属しています。ケーブルはねじ込み式のコネクタで着脱可能なのですが、独自の4ワイヤ接続のため、一般的なMMCXや2ピンケーブル端子との互換性はありません。

左右の低音調整用ダイヤル

前回Rosieでも紹介しましたが、ジャック付近に左右個別の低音調整用ダイヤルというユニークな機能が搭載されています。

スピーカーのバイワイヤリングネットワーク配線と似たようなコンセプトで、低音用ケーブルを分離してあり、音量をダイヤルで調整することで、低音の量感を自在に調整できるという機能です。一般的なLCRフィルタなどは異なり、位相が安定して素直な特性が得られるため、DAPやアンプなどのイコライザー機能を使うよりも違和感が少ないです。

低音の調整幅は±10dBということですが、けっこう劇的に量感が変わるので、店頭での試聴の際には必ず自分の好みに合うように調整することが肝心です。メガネ用のマイクロドライバが必要なので、曲ごとにあわせて頻繁に調整するというよりは、一旦決めたら触らないという使い方のようです。私自身は、ちょうど中間か、ほんのちょっと下げたくらいが好みでした。

今回の試聴で手元にあったのは本体とケーブルのみだったので、パッケージや付属アクセサリ、収納ケースなどについては残念ながら写真は撮れませんでした。以前Rosieを紹介した際には、付属ケースがオレンジ色のアルミ削り出しデザインだったのですが、Layla II付属のものは、旧モデルLaylaから引き続き、JH AudioのカスタムIEMで使われているものと同じ、大型のペリカン式ケースです。

個人的には、Rosieに付属していたアルミケースはかっこいいものの、サイズが若干小さすぎてイヤホンの収納に苦労するのと、どうしてもケーブルが直角に曲がってしまうため、常用するのは断線が心配になるデザインでした。

デザイン

新世代JH Audioは、全モデルで統一された新設計の大型金属シェルが印象的です。外側(フェイスプレート)から見るとJH Audioらしい「ティアドロップ型」なのですが、横から見ると、不思議な球体というか陶器の壺みたいな形状です。プラモのエアブラシを使っている人には近親感があるフォルムです。適当な例が思い当たらないのですが、あまりにも巨大なため、手にとってみるとゴルフボールかと思えるくらいのサイズ感があります。

重厚なメタルボディ

こんな大きなIEMが本当に耳に装着できるのかと心配していたのですが、実際に使っててみると、魔法のようにスムーズにフィットしました。個人差はあると思いますが、これまで試聴した多くのユーザーの意見を聞いても、総じてフィット感が良好だと声を揃えて言っているので、特に旧モデルとは比べるまでもないくらい進化しています。

初代JH Audio Layla Universal Fit

旧モデルの「Layla Universal Fit」は、初代デザインということもあり、フィット感があまり良くありませんでした。「ユニバーサル」という名称でも、カスタムIEMのようなシェルをユニバーサル用イヤピース向けにモールドしたようなシンプルデザインで、多種多様な耳形状をちゃんと科学的に考慮しているようには思えませんでした。もちろん良好なフィット感を得られるユーザーもきっといるのでしょうけど、他社製イヤホンと比べるとかなり合う合わないの差が大きいデザインだったと思います。

実は私の友人で初代Laylaを購入した人がいたのですが、まともなフィットが得られず、使用中にポロポロ外れてしまう(というか耳から徐々に離れていってしまう)ため、結局数ヶ月で処分してしまいました。一番問題だと感じたのは、使用中にどうしても密閉具合で左右バランスが変動してしまい、正しい音像が得られないことでした。Layla IIではそのような心配は皆無です。

今回JH Audioが新たに開発した金属シェルデザインは、たしかに大きいのですが、音導管が長く、耳に挿入する部分が複雑な曲線を描いているため、実際ドライバが搭載されているシェルの大部分は耳穴より外にあります。カスタムIEMのようにすっぽりと耳を塞いで密閉するような感触は無く、むしろ一般的なソニーとかゼンハイザーのイヤホンのような感じです。

実は耳穴に入る部分はわずかで、大部分はフックで釣ります

耳穴には細い音導管が奥深く入り、本体の大部分を占める重い部分はケーブルの耳掛けフックで宙吊りしてくれるため、実際の装着感は重苦しく感じさせない、絶妙なバランスの吊り橋のようなデザインです。

コンセプトとしては、ソニーのMDR-EX1000とかと同じようなアイデアだと思います。あれも巨大なダイナミックドライバが耳穴だけではサポートできないので、あえて距離をおいて耳掛けフックで釣ってあります。MDR-EX1000の場合は、フックの位置と重量バランスがあまり理想的でないため、Layla IIほど絶妙なフィット感は得られませんでした。

そういえば、Noble Audioのニューモデルラインナップも、JH Audioとよく似たコンセプトの金属シェルデザインに一新されています。Layla IIとNoble Audio Kaiser 10U(K10)を比較してみたところ、どちらもフィット感は良好ながら、けっこう違いがあります。

Noble Audioラインナップも同時期にリニューアルしました

K10は名前のとおり10基のBAドライバを搭載しているのですが、そうとは思えないほどコンパクトなフォルムに驚かされます。フェイスプレートもデコボコした彫刻のようなアルミブロックなので、装着時に指でグッと押して位置決めできます。しかしLayla IIほど音導管が長くないため、耳穴の奥深くにグッと入れるという感じではないことと、ケーブルがカスタムIEMでよくある2ピンコネクタの細いタイプなので、JH Audioの太いケーブルほど耳掛けフックで釣るといった効果が得られません。そういう意味では、JH Audioのケーブルは太くて硬いだけあって、眼鏡のツルみたいな役割だな、と思いました。

以前、低価格モデルのRosieを試聴した際にも同じく良好なフィット感でした。Layla IIの方が搭載ドライバ数が多いため重量感があるのですが、それでもRosieとさほど変わらない装着具合なのが素晴らしいです。

Layla IIはハウジング全体がメッキのような金属フィニッシュです。下位モデルはどれもマット調の塗装なので、装着時の手触り・肌触りは大きく異なります。

非常に精巧な音導管デザイン

JH Audioの独自技術の中でも極めて重要なのが、イヤピースを装着する音導管のデザイです。シェルの金属チューブの中に、小さな金属のダクトのようなものが3つ配置されています。これらは各周波数帯域ごとのBAドライバからのサウンドを耳に届ける役割を持っており、このダクトの材質や長さ、内径などのパラメータによって、出音のクオリティが大きく影響されます。

他社のBA型IEMではこの音導管が細くて一本だけだったり、シェルと同じ柔らかいプラスチック素材で作られているものがありますが、これが笛のような共振効果を起こすため、ドライバ同士が干渉しあい、クセがついて音質劣化する原因のひとつだと言われています。Noble Audio、64 Audio、Campfire Audioなど最近発売されたBA型IEMイヤホンは、ほぼ全メーカーが従来型の一本だけの細い音導管デザインを廃止して、JH Audioと同じように独自技術で試行錯誤しています。

とくにLayla IIに搭載されているような、金属シェルの穴に細い金属ダクトを組み込むデザインは、製造に余計な手間がかかりコストも増加してしまいます。それでも音質へのメリットがあるというのがJH Audioの判断なのでしょう。

標準シリコンイヤピース

JVCスパイラルドットイヤピースを装着しました

イヤピースは一般的なソニーサイズなので、社外品のシリコンやコンプライなど幅広い選択肢があります。個人的には愛用しているJVCのスパイラルドットイヤピースが装着できるのが嬉しいです。しかし音導管が非常に長いため、スパイラルドットのセールスポイントであるシリコン内壁の凸凹は全く効果がありません。

IEMというのは総じて、イヤピースの形状によってドライバから鼓膜までの距離が大幅に変わってしまい、それが音色に少なからず影響を与えるのですが、Layla IIの新デザインでは、どのイヤピースを使っても音導管がシリコン先端付近に来るので、音質への影響は少なそうです。

音質

Layla IIのサウンドには正直びっくりしました。驚異的に凄まじいです。完璧とは言えませんが、数ある高級IEMイヤホンの中でも独特な個性を持ち異彩を放っています。好き嫌いが大きく分かれるようなサウンドではあるのですが、このポテンシャルというか、レベルの高さは、オーディオマニアであれば、誰もがきっと共感できると思います。

JH Audioのイヤホンでも、過去に試聴してきた旧モデル「Layla Universal Fit」や「Roxanne」「Roxanne II」などは「けっこう良いBA型イヤホン」という程度の印象で、そこまで感銘を受けるほどでもなかったので、今回のLayla IIのサウンドは想定外でした。とくにLayla IIは下位モデルRoxanne IIの延長線というレベルには留まらない、特別な魅力が感じられます。ちなみに旧「Layla Universal Fit」と比較しようとしたのですが、どうにもフィット感が得られず、音の左右バランスが酷いことになり、ギブアップしました。

今回Layla IIの試聴には、Cowon Plenue Sと、スマホ+Chord Mojoを使いました。AK240も使ってみたのですが、やはり以前Rosieで気になったパワー不足が感じられました。

とくに2.5mmバランス接続においては、楽曲によっては音圧がギリギリっぽかったので(Rosieほど音が歪んだりはしませんでしたが)、せっかく2.5mmバランスケーブルが付属しているものの、Layla IIのサウンドを最大限まで引き出すには、Fiio X7 AM5やChord Mojo並の高出力ポータブルアンプか、コンセント電源の据え置き型ヘッドホンアンプを使ってみるのも良いと思います。

Layla II自身が自己主張が強いサウンドなので、真空管アンプなどではうまく噛み合わず、相性が悪いかもしれません。残念ながらAK 2.5mmからCowon 3.5mmバランス端子に変換するアダプタを持っていないため、Plenueでのバランス出力は試聴できませんでした。

JH Audioの低音調整ダイヤルは、低音以外の周波数帯が乱れたりしないので、DAPのイコライザーなどを使うよりも優れた効果が得られると思いました。それと、ゼンハイザーIE80やAKG K3003、Shure SE846などに搭載されている低音調整は、空気の流れを抑制する音響フィルタによるものですが、Layla IIのものは電気信号を(ボリュームノブと同じ原理で)上下するため、イヤホンそのもののサウンドにクセがつかず素直なのが利点です。

まず自分自身が「フラット」だと感じた位置に低音を調整してから、真剣な試聴を始めます。中~低音域のフラット感はこれでOKですが、高音側は調整ができませんので、こればかりはJH Audioが設計した通りのチューニングに委ねるしかありません。

Layla IIの特徴を一言で表すと、「色が濃い」、という表現が頭に浮かびました。簡単にいえば音が太いということなのですが、そう書くと、低音が強いとか、音が濁っているように想像するかもしれないので、あえてそれとは違うという意味で、「色が濃い」です。

Layla IIのサウンドを特徴づけている「色の濃さ」というのはどういう意味かというと、低音調整とは無関係に、全周波数において、一音一音が力強く、メリハリがあり、音色そのものが含んでいる全情報を耳元に届けるといった感じです。一音づつ、楽器づつといった音の振り分けがとても上手で、「音色そのもの」つまり聴くべき要素を最大限に引き出して目の前に掲示してくれるので、迫り来る音楽のビームに打たれているような表現力の濃さに圧倒されます。

とくに特徴的なのが、高音のクリアさと質感の高さです。よく高音の解像感が高いイヤホンというと、過剰にシャリシャリしたり刺さったりするイヤホンが多いのですが、このLayla IIでは一切そういった不快感は無く、音色そのものの情報量が多く圧倒されます。普段聴き慣れているシンバルやハイハットのアタック感とは違った、それぞれの打撃音特有の音色そのものを、奥深く、しっかりと聴かせてくれます。

アタック部分の硬質なインパルスの制動が高レベルで整えられており、イヤホンでよくありがちな金属的な余分な響き(リンギング)を排除して、その下に潜んでいる(大抵アタックの響きにかき消されてしまう)瞬間的な音色そのものをさらけ出してくれるような感じです。自動車のサスペンションが絶妙で、路面の振動が一切感じられなく、なおかつボヨンボヨン弾まないのと似ています。JH Audioによるドライバとハウジングの高度な音響設計の結果なので、単純にプラスチックシェルにBAドライバを詰め込んだだけではこのような音は出せません。

この高度なコントロールのおかげで、高域が充実しているのにもかかわらず、金属的なアタックの不快感が発生しません。アタック感が損なわれているわけではないので、たとえば真空管アンプなどの過剰なダンピングや圧縮感とは異なり、高域の音色や響きそのものが味付けされたり、ダイナミックレンジが圧縮されたような暑苦しさもありません。不要な響きが抑えこまれているため、高音が中低域と一体感を持って、高い解像感で味わえるということです。

この「アタックや響きがコントロールされている」という特性は、高音だけではなく、中域含む全帯域で非常に高レベルで行われており、音楽全体というか波形そのものが「正しく」鳴るようにシステム全体が万全に整えられているような印象を受けます。マルチBA型IEMでありがちなクロスオーバーの破綻が全く感じられません。

つまり、ヴォーカルやギターなども、録音された音色そのものが余計なフィルタを通さず耳に飛び込んでくるようで、歌詞やソロの一音一音が太いトーンとして明確に聴き分けられます。たとえばRosieはこの部分で若干ホットな響きか生じてしまい、不得意だったと思います。

なかなか上手な表現が思い浮かばないのですが、Layla IIはなんというか全身を鍛えて強靭な肉体を持ったアスリートのようで、一音一音が重量級パンチのように心に響きます。たとえば下位モデルでもRoxanne IIの場合はもっと線が細くクリアな(若干クリアすぎる)方向性で、Layla IIほどの圧倒するパワー感はありません。Rosieは一番安いモデルらしい仕上げ方というか、帯域バランスがLayla IIほど整っておらず、音色が魅力的に聴こえる部分と、そうでなく乱れやすい部分の差が激しいです。とくに高域が硬質で耳に残るホット傾向が気になりました。

ライバルのNoble Audio 新型K10は、Layla IIよりももっと軽く繊細な、上質な密閉型ダイナミック型モニターヘッドホンに近いサウンドのように感じました。線の細さがLayla IIよりもRoxanne IIに近いですが、K10のほうが刺激を抑えてサラッと広がりを持たせる傾向です。K10はLayla II並に破綻のないワイドレンジな安定具合を誇っているのですが、音色が薄味で、よくあるスタジオモニター(DT880とか)に近い、地味な無難さがあります。そういうサウンドを求めている人はLayla IIよりもK10のほうが良いと思います。空間の広がりはK10のほうが一枚上手です。

Layla IIと同じく12ドライバのユニバーサルIEMの中では、最近発売された64 Audio ADELは個人的に注目度が高いです。このADEL 12ドライバモデルとLayla IIを比べてみると、やはりLayla IIの特徴である「色の濃さ」による解像感の高さは圧倒的です。一方ADEL 12の方はユニークな排気ダクト設計のおかげで、セミオープン型ヘッドホンのような自然な空気の流れが得られます。ここまで音響が広く、開放感がある(閉鎖感が少ない)BA型IEMというのは64 Audio ADELシリーズ以外では未だ例を見ないと思います。ADEL 12はこの開放感のせいで、サウンド自体は若干ソフト傾向で、Layla IIほどの制動感やメリハリが感じられません。また、ADEL 12ドライバは低音の量感が多いため、個人的には下位モデルのADEL 10ドライバのほうが上品で好みでした。Layla IIは低音調整ダイヤルが備わっているため、このように悩む心配はありません。

こうやって色々なイヤホンと比較してみると、Layla IIのサウンドは素晴らしく力強い表現力を持っているのですが、マイナス点というか、ユーザーによっては不満だろうと思える部分も思い当たりました。

まず、アタックと響きが「コントロールされすぎている」と思えることもありました。あまりにもテキパキとメリハリが作りこまれているため、分離が良すぎて、出来過ぎているというか胡散臭く感じます。特定の帯域が削られているとか位相がずれているといったあからさまな不具合が無いので、それがベタッとした違和感を生じます。BA型IEMでよく言われている、一音一音の音色は良くても、音楽全体のプレゼンテーションが不自然、という表現がLayla IIでも当てはまるようです。

これは、同じAstell & Kernのコラボレーションモデル「Beyerdynamic AK T8iE」と比較することで明白になります。ベイヤーダイナミックが誇る「テスラテクノロジー」ダイナミックドライバを搭載しているAK T8iEは、個人的に大好きなイヤホンで、購入して以来ずっとメインイヤホンとして愛用しています。冒頭の写真で見られるように、Layla IIと比較すると親子ほどもサイズ差があります。

AK T8iEも全帯域の解像感や音色の太さは申し分無いのですが、Layla IIとは根本的に異なるサウンドです。AK T8iEの場合、広々とした自然体のサウンドステージに包み込まれるような、ゆったりと音場環境そのものを味わうスタイルです。K812やT1のような大型ダイナミックヘッドホンと似た空間表現だと思います。

Layla IIの色濃いダイレクトなサウンドと比較すると、AK T8iEは極端にぼやけた、滲んだ、メリハリの無いサウンドに聴こえます。まとまりがなく奔放とも言えます。分析能力や聴きとりやすさはLayla IIの圧勝ですが、音場の雰囲気はAK T8iEの方が生演奏に近いです。

Layla IIの一番大きな弱点は、空間表現におけるリアリズムや前後の距離感があまり出ていないことだと思います。これもAK T8iEとの違いが目立つのですが、Layla IIの特技であるコントロールが過剰に働き過ぎて、サウンドが前に迫ってきたり、遠く離れたりといった空間エフェクトが皆無で、全てのサウンドが同じ平面上から鳴っているように感じます。

また、試聴中にけっこう気になったのが、高音質な最新ハイレゾ・ジャズ録音などで、普段はどんなイヤホン・ヘッドホンを使っても録音のバックグラウンドノイズは一切気にならないようなアルバムでも、Layla IIで聴くと、「背景ノイズ」の存在が常に感じられます。ホールの空間残響とかよりも、マイクや録音機材の限界のような定在ノイズが聴き取りやすいので、普段よりも「全部聴かされている」感じが強いです。

生演奏の写実的なリアリズムというよりは、もっと平面的で、音楽そのものの音色をキャンバスに描いた油絵のようです。巨大なキャンバス一面に広がる油絵の名画が、見る人を圧倒・魅了するように、平面的だからといって音が悪いという意味ではないのですが、世間一般が「理想的なサウンド」だと定義づけているHD800などのダイナミックスタジオモニターヘッドホンとは根本的に異なる音楽の楽しみ方が求められます。

ようするにLayla IIは、ダイナミックヘッドホンというよりは、平面駆動型ドライバを搭載したAudeze LCDやMr Speakers Etherシリーズと似たような音場のプレゼンテーションに近いです。とくに音像の距離感はLCD XCやEther Cに近いです。そして一音一音の解像感や分析力は、案外そのような大型平面駆動ヘッドホンよりも優れているとも思えるので、そのような傾向のサウンドを求めている人にとっては、Layla IIは大型ヘッドホンを凌駕するポテンシャルを秘めたIEMになるかもしれません。

Layla IIがLCDやEtherと似ていると思う理由は、端的に「位相の狂いが感じられない」という特徴によるものだと思います。これがコントロール性の高さにも貢献しています。12ドライバということで、個々のドライバのインピーダンス誤差や響き特性が平坦化されているのかもしれませんし、帯域間クロスオーバー設計が他社と比べて優れているのかもしれません。また、JH Audioが誇る金属製音響ダクトの細やかな設計の賜物でもあります。3ドライバや5ドライバくらいまでのIEMでよく感じられる、特定の周波数がいきなり強調される「ホーン効果」が発生しないのが、サウンドが安定している秘訣でしょう。

近年のBA型IEMというのは、いわゆるBA型IEMらしいサウンドに忠実でありながら、従来のBA型IEMで指摘されていた問題点をことごとく潰しながら進化しているように思います。つまり、Layla IIのサウンドというのは、単純に言えば、Shure SE846やWestone W60などの古典的BA型IEMの良い部分を継承しながら、悪い部分(クロスオーバーの拡声器みたいなホーン効果など)を押さえ込んでコントロールすることで到達した新世代のように思います。

たとえばSE846と比べると、Layla IIは全ての要素において優位性があると思いましたが、もちろん価格にも大きな隔たりがあります。SE846と同価格帯のIEM(JH Audio Rosieとか)では、2016年に試聴したどのメーカー(ALO、Noble Audio、Westone AM、オーディオテクニカATH-E、NuForceなど)の、どのモデルでも、まだBA型特有の問題点を十分に解消できていないと思うので、そう考えると単純にBA型イヤホンそのものが進化したというよりは、より高品質で高価な(ハイエンドな)製品が自在に開発できるようになってきたのかもしれません。

数年前であれば「40万円のイヤホンを作れ」と言われてもメーカーが戸惑ってしまったのですが、2016年ではちゃんと40万円で売れるなら、それに見合うだけの価値があるイヤホンが作れるようになった、ということでしょう。安いイヤホンであれば、それなりに音が悪くても許されますが、機会あらばLayla IIのように、高価な値段に見合うだけの最上級イヤホンが作れるだけの技術力を持ったメーカーというのは、意外と数少ないと思います。

おわりに

JH Audio Layla IIは、数あるIEMイヤホンの中でもトップクラスに高価なのですが、同時にトップクラスに魅力的なサウンドを誇っています。正直そこまで期待していなかっただけに、驚きました。

買えるかどうかは別として、イヤホンマニアであればぜひ一度でいいから試聴してもらいたい、極上でユニークなサウンドが体験できるハイエンド機だと思いました。「金はいくらでも出せるから、とにかく最高に凄いイヤホンが欲しい」という人は、ぜひ躊躇せずに買うべきです・・・。

サウンドの特徴は、極限まで「コントロールが効いて」いる、力強く、太く、充実感が高い音作りです。他社製の10~12ドライバIEMとは一味違って、独特でありながら有無を言わせない説得力をもっています。それでいて、ハイエンドヘッドホンなどでありがちな分析的過ぎて音が細いという問題が全く感じられず、むしろ音色がとても濃いので、「ハイエンド機でこういうことをするか」という感心すらします。

音質だけではなく、JH Audio特有の低音調整ダイヤルや、快適なフィット感が得られる新設計の金属シェル、高級感溢れるメタリックデザインなど、超高級イヤホンとして満足できる魅力にあふれています。

もはや近年のイヤホン・ヘッドホンブームも成熟期を迎えており、コアなユーザーの耳は肥えているため、ただ単純にドライバ数を増やして、値段が高いだけのイヤホンでは、通用しない時代です。そんな中で、新たにここまで高価なイヤホンを発売することは、業界やユーザーコミュニティに対する挑戦のようにも感じます。

40万円も資金があれば、ユニバーサルなんかよりもカスタムIEMを選ぶ人が多いと思います。一昔前であれば、カスタムIEMのほうがユニバーサルよりも絶対に優れている、という不動のルールみたいなものがあったのですが、近年ユニバーサルIEMの進化が顕著なため、あえてカスタムを選ぶメリットはあるのか、改めて疑問を提案したいと思います。

とくに新興メーカーの場合、数年前のモデルというのは本当の意味での第一世代機だったわけで、それらの好評とユーザーフィードバックを元に、初めて大幅な改善を行ったのが、今回のLayla IIのような第二世代モデルです。つまり当時の(ちょっと試作的な要素が強かった)ファーストモデルから、熟成されたノウハウが集結した第二世代になって、飛躍的なレベルアップが実現できたのは当然だと思います。

私自身はカスタムにはあまり興味が無いのですが、これまでK10やRoxanneなどのカスタムを作ったユーザーの意見を聴くと、たしかにカスタムの方が遮音性や「正真正銘のフィット感」が得られるのは確かですが、音質そのものが格段に優れているというわけではなく、装着時の閉鎖感や、フィット誤差による違和感や痛くなったりなど、うまくいかない場合のリスクや弊害も多いみたいです。

JH Audioの場合は、旧ユニバーサルモデルが特にフィット感が最悪だったため、カスタム版を作るメリットが大きかったのですが、現在ユニバーサルモデルだけが新世代のアルミ削り出しシェルにモデルチェンジして、カスタム版は未だに旧モデルのままなので、相当音質差があるだろうな、なんて考えるのも面倒です。

そんなわけで、Layla IIは40万円近くと非常に高価ですが、たかがイヤホンと切り捨てずに、ぜひ一度は試聴してもらいたい最新イヤホン技術の代名詞だと思いました。高いので私は買えません。