アメリカ、オレゴン州ポートランドでせっせと手作りで造られている、ニッチなイヤホンです。同じ会社が「ALO Audio」という名前でポータブルアンプやオーディオケーブルを製造し好評を得ていますが、そのALO Audioのイヤホンブランドが「Campfire Audio」です。
Campfire Audio Andromeda |
AndromedaはCampfire Audioラインナップの最上位モデルとして2016年6月に発売されました。BA型ドライバを5基搭載しているユニバーサルIEMイヤホンで、派手なグリーンのアルミボディが印象的です。販売価格も15万円程度と、かなり高価な部類ですが、これまでのCampfire Audioイヤホンがどれも好評であったため、発売前から期待度が高いモデルでした。これまでのトップモデルはBA4基で13万円のJupiterでした。
ALO Campfire Audio
アメリカというと、アップルやグーグルのような大衆主義で、弱肉強食、殺伐とした一流エリート企業の高層ビルが立ち並ぶ、みたいなイメージが先行しますが、一方で、へんぴな街道沿いの町工場で、熟練のおっさんが永年自分の夢を追いつづけている、みたいな一面もありますよね。このCampfire Audioというメーカーも、そんなふうな手作り感やユーザー目線で一体感のある商品展開を大事にしているようです。そのため、生産体制に手作業の工程が多いらしく、いざ人気が出始めたら在庫の供給が間に合わず、なかなか手に入らないということもあったりして、つくづくマニアックなメーカーらしい異彩を放っています。
そもそも2015年に鳴り物入りでデビューしたCampfire Audioがいきなり注目をあびることになったのは、べつに不自然なことでもなく、これまでALO Audio名義で数多くのDACやポタアンなどを製造しており、それらが日本を含めた世界中で音質を認められているため、「あのALOが作ったイヤホンなら、聴いてみなくては」と思わせるだけのネームバリューがあるからだと思います。
ALO Rx MK3 |
ALO The Island |
ALOのアンプといえば、その昔(と言っても2012年とかですが、もうかなり昔に感じます・・)人気になったRx MK3とかは未だに愛用している人が多いですし、コンパクトな「The Island」のカラフルなデザインは印象に残ります。
また、今ではAstell & Kernの2.5mmバランス接続が普及していますが、あの当時ではALOアンプに独自の四角い「IRIS (KOBICONN)」バランス出力端子が搭載されているのが、極めて珍しい先駆者でした。今でもこのIRISコネクタは「ALOコネクタ」なんて呼ばれおり、少数派ですが普及しています。(たしかパイオニアのXPA-700とかもこのコネクタでした)。
真空管搭載のポータブルDACアンプContinental Dual Mono |
主力機のThe International、The Nationalといったモデルに続いて、最近発売された最上位モデルのContinental Dual Monoは、バッテリー駆動ながら、USB DACに真空管を含むハイブリッドアンプを搭載し、2.5mmバランス出力対応という、かなりマニアックな商品で、その音質は私がこれまで聴いてきたポータブルアンプの中でも、トップクラスに楽しいサウンドだと思いました。
そんなALO Audioが言うには、これまで数多くのヘッドホンアンプを造ってきたのに、それらを存分に活かせる、自分たちが満足できるイヤホンが見つからない、ということで自社開発しようと一念発起して生まれたのがCampfire Audioだそうです。
左下のLyra以外はどれも共通ハウジングです |
昨年Campfire Audioのデビューと同時に発売されたイヤホンはLyra (1ダイナミック)、Orion (1BA)、Jupiter (4BA)の三種類でした。そこに今回Nova (2BA)とAndromeda (5BA)の二つが追加され、より幅広いラインナップに拡張されたわけです。
BAドライバを搭載しているモデルは、どれも同じアルミ削り出しハウジングを色違いで採用しており、5万円を切るOrionでも、付属の収納ケースやケーブルなどに至るまで、最上位モデルと互角の高品質を保っているのが嬉しいです。日本のメーカーとかの場合、「音質は維持したまま、質感や材質をコストダウン」という手法がよくとられますが、Campfire Audioの場合は逆に、「外観やアクセサリは共通で、中身を値段相応にグレードダウン」みたいな感じですね。どちらが合理的なのかはよくわかりません。
唯一シングルダイナミックドライバ搭載のLyraのみが、アルミではなくセラミック製の専用ハウジングデザインだったのですが、これは量産が難航していたようで、Nova、Andromeda登場と同時期に生産終了となりました。今後Lyraは他のモデルと共通のアルミハウジングで再リリースされる予定だそうです。
音質に関しては、シングルBA型のOrionでも決して悪くないです。5万円という制限の中でこれだけ上等なサウンドに仕上げられたというだけでもCampfire Audioの手腕を実証しています。シングルBAらしくシャープでエネルギッシュな一点集中型のサウンドなのですが、EtymoticやKlipshなどのいわゆる「シングルBAっぽい」スタイルと比べると、そこそこ開放感や音の色彩も備えており、実用的なイヤホンです。
2BAで7万円のNovaはつい先週一度だけ試聴してみたのですが、Orionよりもしっかりと奥行きのある中低域が印象的で、落ち着いて余裕を持ったサウンドに好感が持てました。
4BAのJupiterはAndromedaとの価格差も意外と小さい(125,000円と140,000円)だけあって、サウンドに関しても両者はかなり似通っていると思いました。詳細は後述します。
Andromeda
Campfire Audioという名義ですが、これまでALO Audio製アンプのトレードマークだったカラフルなアルミボディが、イヤホンでも存分に披露されています。このAndromedaは派手なグリーンで、それ以外のモデルはグレーやブロンズなど、比較的地味なカラーリングですが、メーカーとして「一目見てわかる」ブランドイメージの統一感は素晴らしいと思います。
そういえばシングルBA型の最下位モデルOrionはブラックなのですが、初回限定でスカイブルーのOrion Skyという限定モデルが出て、人気を博しました。
アルミ削り出し |
厚さは結構ありますが、それよりも切削が綺麗ですね |
イヤホンのハウジングはカクカクしているアルミ削り出しボディで、見た感じから想像する装着感は最悪そうですが、実際に使ってみるとそこまで悪くありません。ただしアルミなので、耳が一瞬ヒヤッとします。長時間変な体勢で押し付けられていたりすると角の部分があたって痛くなってきますが、普段使いでは何時間でも装着していられるくらい快適です。
また、ズッシリ重そうに見えますが、そこそこコンパクトに耳孔に収まるため、重心のせいで外れやすかったりはしません。これまで全モデル(ダイナミック型のLyraを除く)が共通デザインのアルミハウジングを使い続けていますし、わざわざ改善する必要もないくらい好評なのでしょう。
Andromedaが搭載しているドライバはBA型5基ということですが、公称スペックのインピーダンスは12.8Ω、能率は115dB/mWと、かなり「鳴らしやすい」部類です。公式サイトのスペック情報を見ると、ちゃんと周波数測定グラフみたいなのが載っているのも、本気度を醸し出しています。
MMCXコネクタです |
ケーブルは着脱可能で、一般的なMMCX端子を採用しています。付属ケーブルは、さすがALO Audioだけあって、かなり高級そうなやつで、スルスルと柔軟性があり、クセが一切つかず、取り回しが楽です。
付属ケーブルは、かなり柔らかくて使いやすいです |
L字の3.5mmステレオ端子です |
耳周りの形状記憶ワイヤーもあるのが嬉しいです。アンプ側はL字型の3.5mmステレオ端子です。ALOというメーカー自体が交換用の高級ケーブルを多数販売しており、たしかMMCXタイプのアップグレードケーブルで一番高いやつは6万円くらいしたと思います。それらは別途2.5mmや3.5mm4極バランスケーブルなども販売しています。
ALO Audioブランドで、2.5mmバランスケーブルなんかも売っています |
ちなみに今これを書いている時点では、このAndromeda付属と同じ材質のケーブルは「Campfire Litz Cable」という名称で、ALOとは別に米国Campfire Audioサイト内で$149で販売していますが、同梱品と同じ3.5mmステレオタイプのみです。結構良いケーブルなので、今後バランス端子バージョンなどが発売されるのか気になります。Plenue Sユーザーとしては、2.5mmのみではなく、3.5mmバランスも出して欲しいです。
パッケージ
シンプルな紙箱ですがデザインがカッコいいので、店頭で見ただけで、つい欲しくなってしまいます。ブルーに星が散りばめられた厚紙に、ウルトラQみたいな緑色のラベルが貼ってあります。なんかデパートで売ってる若者向けオーガニックコスメのパッケージみたいなイメージです。
シンプルな紙パッケージ |
中身はそのまま収納ケース |
箱を開けると収納ケースが入っています。Campfire Audioのイヤホンはどれもケースがとてもゴージャスなのも物欲を刺激します。これもコスメ商法っぽいですね。
各モデルごとにレザーの色や質感を変えているのですが、Andromedaのやつは光沢のあるブラウンレザーで、高級革靴とかを想像します。(Jupiterはクリーム色のスエードでした)。中はシープスキンみたいな素材で、イヤホンを保護します。
明らかに高級そうなケース |
中はシープスキンが貼ってあります |
まあ実際このケースを使うか、と考えてみると、すり減ったり傷がつくのが怖いですし、ジッパーもしっかりした真鍮製なので、誤ってガリッとケーブルを切断してしまいそうで心配です。そのため、普段は安いナイロン製セミハードケースを使うことにします。
パッケージの中身はこれだけかと思ったのですが、実は下段に仕切りがあって、色々アクセサリが入っていました。
意外と豊富な付属品類 |
説明書類、コンプライとシリコンイヤピースが数種類と、クリーニング用ブラシ、そしてオマケでCampfire Audioロゴの小さなピンバッジが入ってました。こういうのはちょっと嬉しいですね。
感度とノイズ
音質についての感想を書く前に、ひとつ実用上の注意点を書いておきます。イヤホンの能率というか感度が高いせいもあると思うのですが、必要以上にアンプのノイズが聴こえやすいです。とくにコンセント電源の大型ヘッドホンアンプなどでは、アンプそのものの微小なバックグラウンドノイズがかなり聴こえてしまい、一部のアンプでは真面目にリスニングができず使い物になりませんでした。
たとえば、手元にあったLehmann LinearやBurson Audioなどのコンセント型トランジスタアンプにAndromedaを接続すると、何も音楽を再生せず、ボリュームを完全に絞って、RCAライン入力になにも接続していない状態でも、アンプの電源を入れると同時に、「サーッ」とノイズがAndromedaから常に聴こえます。これはダメですね。
まあAndromedaのような高感度IEMを、Lehmannのような大型ヘッドホン用アンプに接続すること自体が無意味ですし、相性が悪いのだと思います。
それと、ノートパソコン(Macbook Airを使ってます)でちょっとYoutubeでも見ようかと思ってAndromedaを接続してみたら、何も再生してない状態でもサーッというノイズが耳障りでした。音量も、ミュート状態からOS上のボリュームボタンを一目盛上げただけでも、そこそこの爆音になってしまいます。OSのボリュームは一目盛だけで、さらにYoutube上のボリュームスライダーを下げて調度良いくらいでした。
BA型IEMというと大概こんなノイズが出るのですが、Andromedaでは特に気になりました。あまり感度が良すぎるのも、実用上ちょっと困ります。
イヤーチップ
もう一つ、Campfire Audioのイヤホンの注意すべきポイントとして思い当たるのは、イヤピースの相性です。付属品のコンプライ以外にも、色々なシリコンイヤーチップを試してみたのですが、どれを使うかでかなり音質への影響があります。SpinFitを使いました |
たとえば、普段私が色々なイヤホンで常用しているJVC スパイラルドットは、音抜けが大変良く、素晴らしいライブ感が得られるのですが、その反面、Andromedaに使うと、歌手などが常に目の前で大声を上げているような、うるさい感じもします。直接的すぎて拡声器っぽくなってしまい「やかましく」聴こえるようです。
一方、SpinFitを使ってみたところ、サウンドの空間が圧縮されたような制限を感じますが、逆にそれが音色をよりスムーズにする要因になってもいます。
イヤピース接続部分は短く、穴が大きいです |
Andromedaというか、Campfire Audioのイヤホン全般に言えることなのですが、イヤピースを接続する銀色のパーツが短く、しかも音が出る穴の部分が結構大きく広がっています。
他社製のBA型IEMでは、ここに長いダクトというかチューブが付いているのが一般的ですが、あえてそれを排除することでダイレクトな出音を得るのがCampfire Audioの狙いのようです。
JVCスパイラルドットを装着した状態 |
ここにたとえばJVCスパイラルドットを装着して、穴の部分を眺めてみると、もうあからさまにダイレクトに音が耳に届くように見えます。きっとスパイラルドットも役目を十分に果たして本望でしょう。ただ、耳垢やゴミが直接穴に入り込みそうで、ちょっと怖いです。
SpinFitを装着した状態 |
SpinFitを装着して同じように写真を撮ってみると、穴がかなり隠れてしまっているのがわかります。SpinFitのダクトは先端に行くにつれて細くなる形状なので、実際は穴が塞がれてはいないのですが、それでも音の通り道は狭くなっています。
論理的に考えると、音がダイレクトに伝わるJVCスパイラルドットの方が当然有利なように思えますが、でも実際に付属しているコンプライなどはSpinFitと同様に長細い形状ですし、設計者がそれで音のチューニングを行ったのだとすれば、スパイラルドットは必要以上にダイレクトすぎるため悪影響があるのかもしれません。
Campfire Audioはドライバの音導管ダクトが無い分だけ、イヤピースがダクトの代わりに音を伝える重要な役目を果たしているということでしょう。
数日間交互に入れ替えて比べてみた結果、私自身はSpinFitを選ぶことになりました。
JH Audioの場合、どのイヤピースをつかってもダクトが突き抜けてますね |
JH Audioなど音導管がとても長いタイプのイヤホンは、どのイヤピースを使ってもCampfireほど影響が出ないようですが、写真を見ればその理由は明らかですね。
Jupiterとの違いと、ケーブルの違い
ところで、以前からずっとCampfireの4ドライバモデル「Jupiter」を買いたいと思っていたのですが、ひとつ悪いクセみたいなものが気がかりになってしまい、購入するに至りませんでした。そこでAndromedaが発表され、とりあえずどんなものか気になりだして、発売されるのをずっと待っていました。私と同じ心境だった人は結構多いみたいです。
AndromedaとJupiter |
Jupiterの問題点というのは、低域に向かうにつれてサウンドの腰が絞られる、繋がりの悪さが聴き取れることです。徐々に逆相になっていくみたいな、若干の息苦しさです。
高音域に関しては、Andromedaのサウンドに匹敵する優秀なイヤホンです。Campfire Audioデビュー当時に全モデルを試聴した際、Jupiterは高域が素晴らしく、ダイナミック型のLyraは低域が素晴らしく、結局どっちか選べず買えませんでした。よくあるパターンです。
そもそも当時Jupiterを買いたいと思った最大の理由が、その高域の綺麗な美しさに感動したからなので、もしAndromedaでそれが損なわれていたらどうしようと内心ドキドキしていたのですが、その心配は無用でした。AndromedaはJupiterの良い部分を存分に継承しながら、低域の息苦しさが大幅に改善されています。
とは言ったものの、AndromedaといえどLyraみたいなダイナミック型ドライバのような沈み込む豊かな低音は実現できていないので、その辺は人並みに良くなったという程度で、これといった感動はありません。しかし、Jupiterであったような不快なクセが無くなり、至極普通にリスニングできるという意味では値段に見合った進化を感じ取れます。
旧型Tinsel(上)と、新型(下)の違い |
ところで、一つ気になるポイントは、初期のJupiterと今回のAndromedaでは、付属しているケーブルが違うものだという事です。具体的には、これまでのCampfireイヤホン各種は、ALOブランドの「Tinsel」というケーブルが付属していたのですが、Andromedaには、Campfireブランドの「Litz Cable」というケーブルになっています。名前通り、細かいエナメル線を撚り合わせた「リッツ線」なのでしょう。
ちなみに、Andromeda登場と前後して、Jupiterを含む全てのCampfireイヤホンが、このAndromedaと同等のLitzケーブルに変更となりました。つまり、JupiterとOrionは購入時期によってTinselかLitzか、どちらかのケーブルが付属している事になります。
具体的な切り替わり時点についてはあまり詳しくないのですが、Lyraは同時期に生産終了となったのでTinselのみで、一方Andromedaと同時デビューしたNovaは、新型Litzケーブルのみだと思います。これらのケーブルは目視ですぐに区別できますので、中古で購入する際などにはチェックすると良いと思います。
以前のTinselケーブルは、かなり細いわりにしっかりしており、針金のようなピンと張った弾性があったため、若干取り回しが面倒だと指摘されていました。一方新型Litzケーブルのほうは、よくカスタムIEMなどで使われているようなフニャフニャの編みこみタイプのケーブルなので、クセがつきにくく、とてもやわらかいです。
また、肝心なことですが、これらのケーブルによって音質も若干変わっているようです。私自身はTinselケーブルをちょっと前に別途購入しており、ベイヤーダイナミックAK T8iEに合わせて使っています。
今回ケーブルによる音質差が気になったので、Tinselケーブル搭載のJupiterと、私のAndromedaでケーブルを交互に入れ替えて、聴き比べてみました。
二つのケーブルのサウンドはそこまで大きく変わるわけではありませんが、Tinselの方がより締まった感じで、線の細いモニター調なサウンドに聴こえます。新型Litzケーブルのほうが中域が太く出て、音量の強弱がもうすこし強調されるようになっています。より一般的な銀コートOFCなどのIEMケーブルの音に近いと思ったのは新型Litzケーブルの方です。
Andromedaはどちらのケーブルでも味付けが多少変わるくらいで、そこまで気になりません。私自身はTinselケーブルも持っているので、ではどちらを使いたいかと考えると、やはり新型Litzケーブルの方がサウンドのボディというか暖かさが感じられて、Andromedaとの相性は良いと思いました。
ケーブルはMMCXなので、もちろん互換性があります |
ここで気になったのは、Jupiterの方です。ちょっと大げさに考えすぎかもしれませんが、Jupiterの場合、古いTinselケーブルを合わせれば低音の量感そのものが抑えられるため、上記の低音の位相捻じれみたいな問題はあまり目立たず、なんというか「高音寄りで、低音が控えめのイヤホン」といったイメージになります。一方、Jupiterに新型Litzケーブルを合わせると、この低音の違和感がより目立つようになるので、相性としてはむしろ問題点を包み隠してくれず不利な気がしました。些細な事ですが、ケーブルの違いとして気になったのはそんなところです。
音質について
最近愛用しているCowon Plenue Sで一週間ほど聴いてみました。Andromedaの能率はかなり高く、先日紹介したNoble AudioなどではPlenueの画面上でボリューム80〜100(最大150)くらいでしたが、Andromedaでは50〜60くらいで十分な音量が得られました。肝心の音質についてですが、このイヤホンはけっこう凄いです。特徴のある個性的なサウンドなので、必ずしも完璧というわけではありません。それでも、他のどのようなイヤホンとも異なる特別な音楽性を秘めており、そこが値段に見合うだけの魅力になっていると思いました。
Andromedaのサウンドを簡単に表現すると、中高域が非常にクリアで充実していて、解像感が高く、音像のまとまりが良く安定しており、全帯域がおとなしく暴れない、といった感じです。
高域がクリアというのは、単純にEQのように高音を持ち上げてあるということではなく、解像感や再現性がとても高いため、苦労せず細部まで聴き取りやすい、という意味での「クリア」です。
実際、サウンド全体としてはキラキラした高音寄りというよりも、中域に厚みを感じます。ポップスのヴォーカルや、テナー・サックスなどはしっかりと太く鳴ってくれるので、クリアでありながら、単なる高域ばかりの軽妙なサウンドではありません。Jupiterで不足していた部分を意図的に補ったような仕上がりです。
ただし、DAPのボリュームを上げていくと、この中域の厚さというか音数の多さに圧倒されて、うるさくも感じますので、この部分が好き嫌いが分かれる点だと思います。特定の楽曲にうまく「はまる」と、それはもう素晴らしい音色を奏でてくれます。
これ以上ないというくらい音色の見通しがよく、綺麗な高域を演出してくれる一方で、アタックはソフトなので、シャリシャリ、キンキンする耳障りな刺激音は全くありません。
刺激が少ないことによって、耳が敏感に音色の深みを聴きとる環境に置かれるのかもしれません。ヴァイオリンやピアノなどは、BA型でありがちな指使いや息使い、弦の擦れる音が強調されるスタイルではなく、音色と倍音成分が伸びていくのが印象的でした。
この「柔らかく解像している」というのがAndromedaのユニークな点だと思います。言い換えれば「暖かいのにクリア」みたいな音色なので、とくにやさしいボーカルアルバムなどを聴いていると、心にジーンと染みこむような体験ができます。
他のイヤホンを色々と聴いたあとでAndromedaに切り替えると、「こんなに色々な音色のハーモニーが閉じ込められていたのか!」と、はっきりと体感できるくらい、それまでは全く聴き分けられなかった中高域の繊細な情報量の多さに圧倒されます。このAndromedaと比較すると、他のイヤホンは「刺激的だけど刺さる」か、「塊になっていて聴き取りにくい」のどちらか両極端に属するように聴こえてしまいます。
中域が厚いと言いましたが、原音を濁らせるような響きは全然無く、一音一音の引き際はとても素早いです。これはアルミボディで共振が少ないことが効いているのかもしれません。とくにクラシックや歌曲リサイタルのライブ演奏では、楽器や歌声を包み込むような録音空間の残響がきちんと再現できているので、リアルなコンサートホールの味わいが楽しめます。(ハウジング共振が多いイヤホン・ヘッドホンだと、こういった録音そのものの響きが埋もれてしまいがちです)。
先日86歳で亡くなられたニコラウス・アーノンクールが指揮した、ベートーヴェンの荘厳ミサを聴いてみました。惜しくも彼の遺作となったため、各媒体で大々的に特集が組まれていましたが、演奏・録音ともに圧巻です。
生前のアーノンクールは独特のエキセントリックな手法が賛否両論で、一部クラシックマニアからの非難中傷が絶えない異色な指揮者でしたが、なぜか亡くなったと同時に巨匠・神格化の動きが急ピッチで進んでいるのは、この業界の悩ましい部分ですね。そのほうが廉価ボックスセット販売とか、「追悼特価セール」とかをやりやすいのでしょうか。なんにせよ、演奏に好き嫌いはあっても、音楽のために尽力した彼の生き様を悪く言える人はいないと思います。
オケのコンツェントゥスと、アーノルト・シェーンベルク合唱団の人間離れした熱演が、気持ち悪いくらい奥深いハーモニーの質感を引き出しています。録音もライブならではの余裕を持った音響があり、まさにこういう録音を聴くために高級イヤホン・ヘッドホンを買い求めているんだと納得できる仕上がりでした。
合唱や弦セクションが一体感を持っていながら、よく「統制のとれた」と称されるオケでありがちなロボットのように無機質な演奏ではなく、あまりに自然でオーガニックな音色に驚かされます。とくに合唱は、一人の人間の声でも、集団のコーラスでもなく、なにかそれ以上の大きな存在が歌っているかのような、摩訶不思議な体験でした。歌唱ソリストの面々も一流どころが揃っていますが、オペラ的な演出は皆無で、全体との統一感の良さが際立っています。普段は気にもとめないようなパッセージでも、「へ~、ソリストと合唱と弦で、こうやってハーモニーが繋がるように作曲してんるんだ」なんて、いまさらながらベートーヴェンの技工にも感心しながら楽しみました。
Andromedaで聴くと、とくにこのハーモニーの響きの良さにうっとりしてしまい、そこに木管などのソロが乗ると、「お~っ」とか「う~ん」みたいにニヤニヤしながら、いちいちリアクションしてしまうくらい美しいです。
よくクラシックは難解だとか、頭でっかちな音楽だと敬遠している人が多いですが、内容や構成はさておき、このように圧倒的な音色や響きの表現を味わうだけでも、オーディオマニアにとって極上な体験だと思います。
Andromedaで聴いていると、普段使っているK3003やT8iEなどと比べて若干スムーズ過ぎてパンチが足りないと思うこともあるのですが、ここで必要以上に音量を上げすぎてしまうと、パンチが増すよりも弦の厚みが出すぎてうるさくなってしまうので、これはこういうものだと割り切って、マイルドな「音色重視」で聴くことが肝心だと思いました。
K3003とかとくらべてAndromedaは金管や弦の金属的な刺激は薄いですし、ティンパニはT8iEのようなドンドンという雷鳴のような鳴りっぷりではなく、軽快にデンデンと弾んでいる程度です。若干フワフワ気味なサウンドなので、コントラバスとかも含めて低音の歯切れ良さはもうちょっと欲しいかもしれません。
空間的にも、たとえばIE800やT8iEなどの優秀なダイナミック型イヤホンと比較すると、Andromedaは前後の距離感や、3D的な音場の展開はあまり得意としていません。全てのサウンドが別け隔てなく、近からず遠からず、ある一定の距離から一斉に鳴っているように聴こえます。
逆にマルチBAでありがちな、特定の帯域だけ目の前に飛び出たりするいびつな音場では無いので、これはこれで丁寧で優秀だと思いました。前後と上下の空間はあまり広くないのですが、左右のステレオっぽい広がりはかなり出ているので、全体の音像は映画館の超ワイド画面(シネスコとか)を連想させるような、横に広い平面的な演出です。
この中高域のクリアな美しさと、横に広い音像の相乗効果がとても上手くハマる音楽もあれば、もうちょっと下品でも良いからパンチやスケールの大きいダイナミクスが欲しくなる場面もあります。「繋がり」とか「統一感」みたいな雰囲気は楽しめるのですが、メリハリが薄いため、なんだか「場の雰囲気」に飲まれるような、綺麗な空間に包み込まれる不思議な体験です。
この特性が上手くいかない例としては、たとえば高密度なオペラ録音などを聴いてみると、平面的な音像が仇となって、ピットオケの全弦セクション、金管、木管など全てが分け隔てなく鳴りきってしまい、肝心の歌手が音楽の渦に飲み込まれてしまうこともあります。アタック音をあまり強調しないという特徴もマイナスになっていると思います。
もっと高域がシャープでドライなイヤホン(SE846とか)の場合、Andromedaほど音色は美しくないかもしれませんが、刺激的なアタックのおかげで歌手の「滑舌」がバシバシと耳に届くので、メイン歌唱としての体裁がとれています。Andromedaは音色と音色の重なりあいが過剰になって、そのせいで滑舌がぼやけて、何を言っているのかいまいちわかりにくい場面がありました。
ほかに、Andromedaにもうちょっと頑張ってほしいなと思ったのは、重低域の深さです。Jupiterとかと比べると十分に低音が出ている方だと思いますし、マルチBAの中でもそこそこ満足なレベルです。しかし体を震わせるような(100Hz以下の)重低音は感じられず、もっと上の方の倍音成分を多く含んだ「音色豊かな」低域です。
よく「低音は量より質」なんて、オーディオの格言みたいに言われていますが、Andromedaの場合はそれが若干行き過ぎているというか、「量が少なく、質が高い」ため、ベース楽器の音色とか質感の部分が、中高域の情報の多さに上乗せされるように鳴ってしまうので、これまた情報過多に加算されてしまいます。
四人組のロックやジャズバンドなんかを聴いているぶんには音数が少なく響きも薄いため「低域もちゃんと出てるな~」なんて思えるのですが、それよりも複雑な音楽を聴いていると、情報密度がコンパクトにまとまりすぎて、戸惑ってしまいます。
最近増えてきたハイブリッド型IEMなど、あえて低音専用の大型ダイナミックドライバを搭載しているタイプのやつは、Andromedaよりもはるか下の「ズシーン」と体に響くような重低音を演出できるため、中低域の混ざり合いを意図的に回避できています。
もちろんそれをやりすぎると、チープなミニコンポや大人気ストリート系ヘッドホンのように、重低音の空気ばかりボンボン響いて、肝心の低音楽器の音色が全然出ていないという風にもなってしまいます。
世の中にはそれら両極端があるとして、Andromedaはそういったドンシャリ系サブウーファー低音とは真逆のスタイルのようです。
実際、堅牢な密閉アルミボディを見てもわかるように、空気ダクトなどで低音を「ふかしている」ようには一切感じられません。ただ録音によっては聴きとるべき情報が多すぎるといった感じでしょうか。
先日192kHz・24bitハイレゾ配信にて登場した、チャーリー・パーカーの「Charlie Parker with Strings」(別名April in Paris)を聴いてみました。1949~1950年録音のモノラル盤で、パーカーのアルバムの中では商業的で「甘口な」作品と言われていますが、私はこれが大好きで、オーディオ機器の試聴用アルバムとしていつもDAPに入れています。
これまで何度もデジタル化されており、最近では2015年に発売された黄色と赤のジャケットのCDがかなり良い音質だったのですが、今回の192kHz配信版はまた新たにリマスターされたみたいです。よりパーカーとオケの分離が良く、彼のアルトが太くしっかりした音色になっており、古いながらも楽しめる仕上がりです。
余談ですが、このような1950年代初頭までのジャズ録音は、当時のオリジナル盤は我々が見慣れた12インチ(30cm)ではなく、10インチ(25cm)LPレコードでのリリースが主流だったため、レコード盤一枚の録音時間が30分未満と短いです。そのためCD版などを出す際には、それらを何枚かカップリングしていることが多いです。そのため毎回再販されるたびにジャケット絵が変更されていたりして、すでに持っているやつなのか、リマスターされてるのか、どのCDにどのレコードの曲が入ってるのか、なんてけっこう混乱させられます。
古いモノラル録音という制限の中で、パーカーのカルテット四人と、オーボエ、ハープ、そして5人の弦楽奏者という大編成なので、大概のイヤホンでは情報過多でグチャッとなってしまいます。
Andromedaで聴いてみると、やはり解像感のおかげでしょうか、各奏者の分離がよくできており、それでいて金切り声のような不快なサウンドは皆無です。Andromeda特有の中域の厚さが、明朗なパーカーのアルトをより存在感溢れるものに仕上げています。
アルト、ヴァイオリン、ハープといた高域寄りのサウンドが主体なので、低音はレイ・ブラウンが演奏するコントラバスの独擅場といった感じで、これはあえて重低音を強調しないAndromedaらしい低音のおかげで、ちゃんと音色そのもののメロディラインが聴き取れました。
世の中には超分析的なモニター調イヤホン・ヘッドホンなんてのも多いですが、このような古いモノラル録音でもシビアにならず、純粋に音楽が味わえるイヤホンというのは、ほんの一握りです。そのため、Andromedaは本当の意味での「良いイヤホン」なんだな、なんて関心しました。
まとめ
Campfire Audio Andromedaは、巷に数多く存在するマルチBA型IEMの中でも、極めて異色な魅力を秘めている傑作イヤホンだと思いました。試聴を始めての第一印象は、「なんだかよくわからないな」と意表を突かれてしまいました。しかしリスニング続けてみると、耳障りな悪いクセや不満も感じられず、ずっと何時間でも音楽を楽しんでいたいような不思議な充実感が得られました。
Campfire Audioというイヤホンメーカーが全ての力を惜しみなく出し切った完成度を見せつけてくれます。たとえば、これ以上の何かを望んでしまったら、逆にそのせいで全体のバランスがバラバラと崩れてしまいそうです。(今後そのような自己のハードルを乗り越えてくれるのが、優れたメーカーとしての腕の見せ所なのですが)。
絶対的な解像感や音楽の再現性は非常に高いと思うので、それを十分に引き出せる録音かどうかが結構重要です。また、あまり複雑な大人数の録音だと情報量の多さに圧倒されてしまうこともあったので、シンプルなロックやジャズバンドなどのほうが相性が良いみたいです。
なんというか、このAndromedaというイヤホンをカメラに例えると、撮った写真を印刷せずに、スマホの画面(昔で言えばネガフィルム)上でまじまじと見ているような印象です。
アマチュアがスマホで撮影した料理とか友達のスナップ写真みたいなシンプルな構成の写真であれば、スマホ画面でも十分に楽しめるのでしょうけれど、プロ写真家が撮った街角の風景写真などでは、その小さな画面ではあまりにも情報過多です。それらは本来大判のポスターに印刷して楽しむべきものです。
昔のスマホ画面であれば、解像度や発色、階調再現性も悪く、あえてそんなプロの風景写真を見ようなんて考えもしなかったわけですが、最近のスマホやタブレットは画面クオリティが向上してきて、そこそこ綺麗に楽しめるようになってきました。
このAndromedaというイヤホンも、それと似たような技術の進歩を感じられました。これまでオペラなどは大型スピーカーで楽しむものだという定説があって、イヤホンで満足に聴こうなんて期待は皆無でした。それが、Andromedaくらいの表現力や解像感が出せるようになってくると、イヤホンなりのとてもコンパクトな音像の中に、録音の細部に渡る情報が惜しみなく再現されているため、それを聴き分けようとしてよけい苦労してしまう、なんて感じました。
他のイヤホンではAndromedaと似たような傾向のサウンドの製品は思い当たらないのですが、ヘッドホンで例えるならば、STAXとかでしょうか。とくに中堅の四角いタイプのStax(407とか)と似ているかもしれません。角が立たず、中高域重視で平面的な鳴り方というと、まさに往年のStaxど共通するキーワードです。(とはいっても、最新のL700とかは、旧来のStaxよりもなんだかHD800っぽい万能サウンドに方向転換したように思えます)。
Andromedaは決してスタジオモニターのような万能サウンドでないのですが、イヤホン技術の最先端が垣間見えれる独創的な製品なので、一聴の価値があります。発売前から前評判で盛り上がっていましたが、いざ実物を聴いてみても、Campfire Audioらしさを存分に発揮した納得の仕上がりでした。