2017年10月24日火曜日

Astell & Kern AK70 MKII の試聴レビュー

Astell & Kern「AK70 MKII」を聴いてみたので、感想とかを書いておきます。

Astell & Kern AK70 MKII

2017年10月発売、価格は75,000円くらいなので、Astell & Kernラインナップの中では小型エントリーモデルになります。2016年6月に登場した「AK70」の後継機として、価格とサイズが若干上昇した代わりに、更なる音質向上を目指したモデルだそうです。

初代AK70は個人的にけっこう好きだったので、今回MKIIでどれくらい変わったのか気になります。


AK70 MKII

韓国iRiver社のAstell & Kernブランドは、2017年もあいかわらずポータブルDAPのトップランナーとして独走していますが、近頃ではライバルメーカーも増えてきたので、過去の栄光にすがっているわけにもいきません。

とくに高級モデルにおいては、2016年末のソニーNW-WM1Zなどの追撃をうけ、2017年6月には旧フラッグシップ機AK380を超えるべく最上位モデルSP1000がデビューしています。

価格50万円のSP1000はさすがに物議を醸す話題性がありますが、現実的には5~10万円くらいのモデルが我々ヘッドホンマニアにとって一番熱い価格帯だと思います。5万円以下のDAPだと機能も音質も限定的なのでスマホを使うのとあまり変わりませんし、逆に10万円以上だと巨大で持ち歩きが面倒なモデルばかりです。

AK70 MKIIの75,000円という値段は格安というほどでもないですが、大手メーカー製で、スペック・機能・操作性・デザインが全て合格点という商品なら、大体このくらいが相場だろう、というちょうど良い価格設定だと思います。

ちなみに初代AK70の発売価格は65,000円くらいでしたが、もはや型落ち在庫処分品で4万円台に落ちているので、まだ手に入るうちにそっちを狙うというアイデアもあります。同様に、旧Fiio X7やオンキヨーDP-X1なんかも4万円台で買えるので、最新モデルにこだわらなければ、必要な機能に見合ったDAPの選択肢は広いです。このへんはスマホやパソコンと同様に、ガジェット家電の宿命ですね。

さらに最近ではソニーが新型NW-ZX300を7万円で投入しましたし、他にも個人的に贔屓しているCowonのPlenue Rや、8万円まで出せるなら、そろそろ古くなってきたAK300にも手が届きます。もちろん中古を視野に入れれば数年前のフラッグシップでさえ手に入る範囲なので、色々と悩ましいです。

低価格DAPとは思わせない仕上がりです

そんな激戦区に堂々登場したAK70 MKIIですが、スペックを見るかぎり死角の無い優秀なモデルのようです。

初代AK70と同じ3.3インチ液晶画面で、本体の横幅と厚さが約2mm増えて、重量も18グラム増しの150gになりましたが、あいかわらずDAPの中でもかなりコンパクトな部類です。

それにしても、あくまでAK70の後継機ということならば、シャーシはそのまま流用して、内部基板のみに手を加えるくらいで済ますのが一般的なのに、わざわざシャーシも微妙に作り直すなんて、ずいぶん気合が入っています。

せっかくなので「新型」として目立つようにデザインを変更すればいいのに、あえて見た目を極力変えずに、密かにサイズアップしたことに驚きました。知らなければただのAK70カラーバリエーションのように見えてしまいます。

そうまでしてまで中身がどう変わったかというと、D/Aチップ(シーラスロジックCS4398)が左右独立の二枚搭載になり、それに伴いヘッドホンアンプ回路も更新されたようです。つまり、純粋に音質向上のためだけのアップデートです。

CS4398はマランツなどのハイエンドCDプレイヤーで多用されてきた高音質D/Aチップの代名詞ですが、AK DAPシリーズでは2014〜15年の第二世代モデルで使われており、その中でもAK100IIではシングル、AK120IIとAK240ではダブルでした。つまりAK70はAK100II相当だとすれば、AK70 MKIIはAK120II・AK240相当に進化したという風に考えることもできます。

もちろんCS4398はシングルチップでもステレオ差動出力が可能なので、わざわざ今回のようにダブルで搭載する意味は薄いのですが(逆に電力消費が上がるデメリットの方が大きいですが)、それでもダブルにすることで、電源やグラウンドなど周辺回路を左右独立させ干渉を抑えてセパレーションを向上できるメリットがあります。

ところで、近頃はほとんどのDAPメーカーで旭化成D/Aチップ AK4490・AK4497が圧倒的なシェアを得ており、AK DAPも例に漏れず第三世代シリーズ(AK380など)から全て旭化成チップに移行したのですが、その中で未だにAK70 MKIIのみシーラスロジックを使っているのは、第二世代シリーズの名残りというイメージがあります。

古いチップだから音が悪いというわけでもないですし、チップ単価も安くありません。最近のD/Aチップと比べるとDXDやDSD256未対応であったり、クロックや電源供給など周辺回路の要求が高いので新規に導入しにくいという面はありますが、AKの場合は永年使ってきたノウハウがあります。AK240世代のサウンドが味わえるということはむしろ長所でもあり、私自身AK240のサウンドが大好きで、未だにAK240SSを手元に残してあるくらいです。D/Aチップのみで音色が決まるわけではないのですが、同一DAPメーカーであれば同じチップを使う回路設計はある程度テンプレートで決まってしまうので、音の鳴り方も似てくる傾向にあると思います。

オーディオ回路以外のインターフェイス部分はAK70から変更されておらず、内蔵メモリーは64GB+マイクロSDカードスロットというのも初代と同じです。あいかわらずBluetoothや無線LANなどの機能も充実していますし、タッチ操作のプレイヤーインターフェイスも圧倒的に使いやすいので、ここまで完成度が高い操作性というのは、熟成を続けてきたAK DAPの特権だと思います。せっかくならSP1000にてデビューした新型インターフェイスを導入してくれていたら、さらに面白かったのですが、さすがに480x800の低画素数では無理だったようです。

ちなみにAK70同様、上位モデルとの差別化ということで、DSD64・DSD128ファイルはネイティブ再生ではなく一旦PCM 176.4kHzに変換されます。(DSD256は未対応で、再生しようとするとエラーが出ます)。さらにD/Aチップの仕様上、PCM 352.8kHz再生時も192kHzにダウンサンプルされます。

デザイン

機能性や外観は初代AK70とほとんど同じなので、あまり気になる部分も無いのですが、写真は沢山撮っておいたので載せておきます。

マットブラックです

初代AK70はデビューモデルが「ミスティミント」というライトグリーンでカジュアルさをアピールしていたのですが、今回MKIIは「ノワールブラック」というマットブラックです。

写真以上に実物の仕上げが綺麗で、他社みたいに変な接着剤がはみ出ていたりというのが無く、エントリーモデルとは思えないほどクオリティが高いです。

3.5mmアンバランスと2.5mmバランス出力

ボリュームノブがずいぶんカッコいいです

個人的にデザインで一番気に入ったのがボリュームノブの質感です。スカイブルーのラインと、複雑な曲線加工のおかげで、AK300シリーズよりも高級感があります。

さらに、わずかながら本体の横幅が広くなった分だけノブも長くなったので、ちょっとだけ回しやすくなりました。

裏面

裏側はAK DAPらしくガラスで、その下のデザインは菱形のパターンです。なんだか和風というか忍者みたいでカッコいいですね。もっと高価なモデルだとカーボンファイバーだったりするのですが、この場合は簡素にして値段を下げてくれるほうが嬉しいです。

厚みと幅が増えました

角の部分が拡張されています

初代AK70と比べると、厚さと横幅がちょっとだけ増えたのですが、手にとって比べてみても、そこまで気がつくほどでもないです。

注意して見ると、裏側の角を多角形にして広げてあり、前面から見てもあまり幅広く感じさせない巧妙なデザインです。

AK70・AK70 MKII・AK240SS

AK240SSとAK70 MKII

AK240SSと並べてみると、AK70 MKIIはAK240から画面下の余計な部分が切り取られたような、第2世代AK DAPそのもののデザインだということがわかります。

もちろんAK240SSの275g(AK240は185g)と比べるとAK70 MKIIは150gと圧倒的に軽量です。150gというとiPhone 8とかと同じくらいですね。ツインDACを登載していたAK120IIが177gだったので、ちゃんと軽量化&ダウンサイジング出来ているのは技術の進歩を実感します。

マイクロSDカード

もうひとつ気になったポイントは、マイクロSDカードスロットがAK70とは逆で、AK240と同様にラベルが上向きです。だからどうしたというわけでもないのですが、こういう細かい部分で基板レイアウトをわざわざ作り直した苦労が感じられます。

USBトランスポートとDAC

私のまわりでは、AK70をUSBトランスポート用途のためだけに購入する人も結構いました。たとえば据え置きタイプの大型USB DACを持っているマニアなら、わざわざパソコンを使わずともAK70からUSB OTG接続で音楽を楽しめるのは手軽で便利です。その場合AK70はデジタルデータを送るだけなので、あえて高価なDAPを使う必要も無いです。

また、オーディオリスニングの本命は自宅の据え置きシステムだから、ポータブルは極力コンパクトで使いやすい方が良い、でも音は良いに限る、という人にもAK70はうってつけでした。

AK70が特出して素晴らしかったのは、DAPとしてはスペック上対応していないDSD64・128ネイティブ再生やDXD (PCM352.8kHz)なども、USBトランスポートとしてはちゃんと送信できることです。AK70よりも安価なOTG対応DAPはいくつかありますが、ここまでしっかり高レートハイレゾまで対応出来ているものは稀です。

唯一見落としがちな注意点としては、AK70やKANN同様、光デジタル出力は搭載していないことです。USB OTGはまだ対応が怪しいDACブランドも多いので、個人的には光出力も残しておいてほしかったです。

PCM 352.8kHz

DSD128 (5.6MHz)

SIMAUDIO MOON 230HADでテストしてみたところ、OTG接続はもちろん問題なく音飛びなどもせず、PCM352.8kHzとDSD128もしっかりネイティブで送信できました。ちなみケーブルはAudioquest Carbon OTGケーブルを使いました。

一つ気になったのは、OTGモードでのみ、本来未対応なはずのDSD256ファイルが再生できてしまい、凄いノイズが出てしまいました。アクシデント防止のためにも、エラーメッセージなどで再生出来ないようにしてもらいたいです。

USB DAC

AK70 MKIIをパソコンに接続してUSB DACとしても使えますが、Mac OSのAudirvanaで確認してみるとスペック上限であるPCM192kHz・DSD64まで対応していることがわかります。この場合もちろんDSD(DoP)はAK70 MKII内部でPCM変換されるので、それならパソコン上で事前にPCM変換したほうが音質が良いかもしれません。

出力とか

AK70 MKIIは初代AK70よりも高出力になったということで、公式サイトの情報によると、無負荷でのRMS電圧は
  • AK70 アンバランス 2.3V バランス 2.3V
  • AK70 MKII アンバランス 2.0V バランス 4.0V
  • SP1000 アンバランス 2.2V バランス 3.9V
  • KANN アンバランス 4V バランス 7.0V

と書いてあり、AK70 MKIIはSP1000とほぼ同等のパワーだということを主張しています。

高出力といってもバランス出力のみで、アンバランスの場合は実はAK70 MKIIやSP1000よりもAK70の方が最大電圧が高いというのは意外と見落としがちです。

AK70を含む従来のAK DAPでは、アンバランス・バランスのどちらでもほぼ同じ電圧(音量)になる設計だったのですが、AK380AMP・KANN以降からはバランスの方が高電圧が得られるようになっており、高インピーダンスヘッドホンなどではバランス出力を積極的に使う理由ができました。

まずアンバランス3.5mmで簡単に測ってみると、こんな感じになりました

アンバランス接続


1kHzの0dBFSサイン波信号を再生しながら、クリッピング(THD >1%)が発生するまでボリュームを上げたときの最大電圧です。

600Ω(ほぼ無負荷)で5.6Vp-pだったので、RMSだと1.98Vrmsなので公式スペックの2Vrmsとピッタリ合います。

KANNの圧倒的な電圧ゲインには敵いませんが、それよりも面白いのは、AK70-IIの電圧カーブはほぼSP1000と同じだということです。だから同じ音質というわけではないのですが、このカーブはアナログアンプ回路の設計によって決まる特性なので、つまりAK70 MKIIはSP1000と同世代のアンプ回路を採用しているようです。

初代AK70やAK240を含む、過去のAK DAPはどれも似たような特性カーブでした。つまりD/Aチップや部品の品質など各モデルごとにコストのかけ方は異なるものの、アンプ回路に関しては、AK100-IIからAK380まで一貫した共通設計だったのですが、それがSP1000から全面的に見直されました。

AK70 MKIIは単純にAK70のマイナーチェンジ版として、アンプ回路はそのまま流用するのかと思っていたのですが、わざわざSP1000世代の新設計を導入して作り直したのでしょうか。

バランス接続

そんなSP1000と同様に、AK70 MKIIもバランス接続を使うことで出力アップすると書いてありますが、実際に測ってみると、たしかにその通りです。600Ωで11.2Vp-pなのでRMSに換算すると3.96Vrmsということで、スペックの4Vrmsと合っています。

これくらいの電圧差があると、高インピーダンスヘッドホンなどではかなりの駆動力アップが実感できると思います。

ただし、SP1000同様、電流供給はそこまで高くないので、30Ω以下のIEMイヤホンなどでは、音量の頭打ち上限はさほど変わらないようです。実用上IEMイヤホンでボリュームMAXというのは考えにくいのですが、極端に低インピーダンス・低能率なイヤホンなどを使いたい場合は、クリッピングせず十分な音量が確保できるか確認したほうが良いと思います。

無負荷1Vp-pからの出力の落ち込み

あと、バランス接続にすることでアンプの出力インピーダンスは悪化するので注意が必要です。どちらも600Ω負荷で1Vp-pにボリュームを合わせた状態からヘッドホンインピーダンスを下げていくと、バランスでは低インピーダンス負荷での出力落ち込みが顕著です。

つまり、10Ω付近のマルチBAイヤホンなどでは、たとえ同じ音量でも、バランスとアンバランスで音色の差が現れやすいようです。

音質とか

肝心の音質について、店頭で何度か試聴したのみですが、それでも初代AK70と比べるとずいぶん音が変わったことがわかりました。

しかも、チューニングの傾向が変わったというよりは、同じ路線を維持しての大幅な進化だと思います。わざわざMKIIとして作り直した苦労と成果が十分感じられます。

Dita Dream(バランス接続)


ウェス・モンゴメリーの初期アルバム「The Wes Montgomery Trio」が96kHzハイレゾリマスターで登場したので、それをバランス接続のDita Dreamで聴いてみました。

1959年のステレオ録音で、当時期待の新星としてソロ活動を初めたウェスですが、このアルバムではメジャーデビュー以前に地元のインディアナ州で慣れ親しんだ「ギター・オルガン・ドラム」というトリオを再現しています。そのためか、ソロ志向の超絶技巧ではなく、リラックスしたグルーブが楽しめます。リバーサイドレーベルなので、ブルーノートのハイレゾリマスターよりもノイズが少なく「優しい」音色がギターにマッチしています。

AK70 MKIIになって初代よりもアンプ出力が上がったと言っても、Dreamの16Ω・102dB/mW 程度では軽々と駆動できるので、そこまで音量差は感じられません。どちらもそこそこ満足に駆動できています。

このアルバムを、まず初代AK70でちょっと聴いてから、すぐAK70 MKIIに切り替えて音を聴いた瞬間から、「おおっ!」と驚きました。「タイト」というか「引き締まる」というか、なんと表現すればよいのか、とにかく音楽全体がピンと背筋を伸ばすようにクッキリと変貌します。

初代AK70は、生音の素直さや新鮮さを意識した音作りで、余計な情報を引き算することで楽器の音色を引き立たせるような印象だったのですが、MKIIではそこにさらに力強さが増して、輪郭がバシッと明確になったような気分です。

特にギターやオルガンの丸みを帯びたサウンドは、AK70では若干柔らかくマイルドに、背景に溶け込むような感じだったのですが、MKIIでは背景とのコントラストが増して立体彫刻のように浮き出ています。

とても興味深いと思ったのは、ドラムの高域や、オルガンペダルの低域など、全体を俯瞰で見ると、バランス感覚はAK70そのままの良さを保っていることです。むやみに派手にシャリシャリしたり、低音が突き出したりといったチューニングの過剰演出を感じないので、AK70と同じくらい楽しくリスニングが堪能できました。

抽象的ですが、たとえばAK70が鉛筆の下書きスケッチだとしたら、AK70 MKIIでは、そこに濃いペン入れを行ったような違いです。手慣れたテクニックで、必要な輪郭のみ的確に、筆の迷いが無く、元の絵を変えることもなく、見せるべき映像がグッと強調されるような仕上がりです。

Noble Audio K10 Encore(アンバランス接続)


レイフ・オヴェ・アンスネスのシベリウス・ソロピアノ名品集を192kHzハイレゾPCMで聴いてみました。

大曲というよりは細かな小品集からいくつか抜粋したようなアルバムです。シベリウスというと交響詩や交響曲、ヴァイオリン協奏曲などが有名ですが、歌曲や小物はなかなか聴く機会が少ないので、こういうアルバムは嬉しいです。邦題に「悲しきワルツ」と付けられているとおり、シベリウスらしい北欧の哀愁漂うメロディが堪能できます。

アンバランス3.5mm接続で、Noble Audio K10 Encoreを使ってみました。クリーンで姿勢正しいK10には、AK70 MKIIの力強さがマッチしていると思ったからです。

ソニーレーベルのピアノ録音というと無機質でキンキンになりがちなのですが、AK70 MKIIはそういった気配をちゃんとコントロールできており、快適に楽しめました。中低音の重みもしっかり出て、背景からピアノが飛び出す迫力があるので、さっきのジャズトリオと同じくらい芯の太いサウンドです。

迫力があるというと、「北欧の哀愁漂う」とは若干ミスマッチはあるかもしれませんが、単なるBGMに成り下がらず、演奏家の気迫をしっかりと伝えてくれることで、作曲を奥深く味わうことができました。極端に言えばロックな鳴り方がするDAPなのですが、ジャンルの相性はロックやポップ限定というわけはなく、とにかくオールマイティーに演奏を引き立ててくれます。とくにK10のような繊細で丁寧なイヤホンにとっては力強いパートナーになってくれると思います。

ここまでパワフルな理由は、単純に考えれば、アンプのパワーが上昇したからと言えば説得力がありますが、アンバランス接続では電圧・電流上限はそこまで高いわけではありません。それよりもむしろ、アンプ回路の進化によって、下限方向に余裕が生まれ、つまり細かい音の情報が、より正しくクリアになったのだと思いました。

大音量がギラギラ強調されるのではなく、逆に小音量の音響をきちんとコントロールすることで、違和感や不快感を与えずにコントラストを強めているようです。そのため、解像感がとても高いK10のようなイヤホンと合わせても、ノイズっぽさが無く、繊細な微小音まできっちり鳴らし切ることができるので、過剰に音圧を上げなくても音の輪郭がしっかり感じ取れます。高解像のせいで線が細くなったのではなく、より線がクッキリするようになったような気分です。

クラシックのソロピアノを聴いていると、やはり上位モデルの方が有利な部分もあります。複雑なコードをホール全体に鳴り響かせるような場面では、AK240などの方が明らかに奥行きのある空間が形成されます。打鍵のみの音色はどちらもよく似ているのですが、その後ろにあるステージはAK240が優れています。

AK240は響き全体がフワッと滲むように聴こえるので、優美にシットリと流れるような雰囲気が出せています。AK70 MKIIはその奥深さの代わりにAK240よりも引き締まった音像の輪郭が味わえるので、優劣はつけがたいです。

ちなみに第三世代のAK380になると表現は一変して、広大な空間や精密な微細音をさらに追求するために、音色の響き要素は意図的にサッと取り払っているようです。つまりAK70 MKIIはAK240との共通点が感じられるものの、AK380では性格の違いの方が気になってしまいます。

ちょっと面白かったのは、SP1000になるとAK380の広大な空間や精密さは維持したまま、線が細かった部分を補うかのように、クッキリとしたメリハリを強調した刺激的なサウンドに進化しています。なんだかこれでは、AK70 MKIIは、AK240世代とSP1000世代のクロスオーバーで生まれたという図式がピッタリ当てはまってしまいます。公式情報でそう暗示されており、実際に音を聴いてもそう思えてしまう(というか、反論できない)という事実に、音作りの説得力があります。


Pentatoneから、アラベラ・シュタインバッハーのブリテン&ヒンデミット・ヴァイオリン協奏曲をDSDで聴いてみました。

メジャーなヴァイオリン協奏曲を精力的に録音に残しているシュタインバッハーですが、あいかわらず迫力と熱を持った解釈は爽快です。今回はユロフスキ指揮RSOベルリンということですが、レーベルの名采配で毎回絶妙な指揮者&オケを当てているので、シリーズ物として一本調子にならず飽きさせません。

AK70 MKIIでは、DSDファイルはPCM変換ということで、実際どうだろうと思って聴いてみたところ、残念ながらどうにもダメでした。

単純にPCM変換だから音が悪い、というわけでもないと思うのですが、それにしてもPCMファイルを聴いていた時と比べると、DSDは明らかにサウンドがグレードダウンするようです。

具体的には、音の空気感や地盤がブレるという印象です。たとえばソリストのヴァイオリンが、湖のボートの上で演奏しているかのように、基準点が安定せず、音像が揺れ動いているかのような感覚を受けます。オーケストラも、周波数帯域としては十分満足に鳴っており、決してボヤけているとかアタックが鈍いといった音色的な問題ではないので、それだけで判断するなら合格点なのかもしれませんが、全体像のまとまりが悪く、つねにジリジリと空間がうねっているような不安定さがあります。

これは初代AK70やAK300などでも全く同じ感想だったのですが、AK240・AK380・KANNなど、ネイティブDSDと書いてあるDAPでは同じアルバムを聴いても問題は感じられません。意図的なのか、技術的に困難なのかはよくわかりませんが、DSD再生のみに限って、上位モデルと大きな差をつけられています。PCM対DSDなんていう論争が永年繰り広げられていますが、フォーマットの違いよりも、再生機器による得意不得意の方がはるかに重要だということを痛感しました。

おわりに

好評だったAK70の後継機として、AK70 MKIIは期待を裏切らない明確な音質向上が実感できました。AK70らしい音色の素朴な素直さをベースに、次世代DAPゆずりの芯の太さや引き締まりが感じられる、これまでにないパワフルな仕上がりです。

AK240やAK380など上位モデルで得られる臨場感・立体感には一歩劣る部分もあるのですが、逆にAK70 MKIIの方が優れている面も多いので、あくまで「コンパクトモデル」であって、廉価版と言えるほどの劣等感はありませんでした。

唯一残念な点は、PCMと比べるとDSD再生はあまり満足できなかったため、これだけは上位モデルに譲る部分だと思います。そこまでDSD再生にこだわらなければ、どうでもいいポイントかもしれませんが、近頃他社は低価格DAPでもDSD再生がそこそこ良いものが増えてきているので、DSDマニアにとってはAK DAPのみが不利な状況です。

3.3インチスクリーンというのも、最近の5インチスマホの巨大な画面を見慣れていると小さいと感じるかもしれませんが、AK240と画面サイズは同じですし、画素数もAK380と変わらないため、操作系で劣る部分は一切ありません。

そんなわけで、75,000円という価格設定はかなり絶妙なところを突いていると思います。初代AK70の処分価格4万円と比べると大きな差がありますが、あちらも発売当時の価格は65,000円でした。ツインDAC化により物量が増しているので、定価で1万円の値上げも納得できる仕上がりです。

今回、理想的には、ライバルのソニーNW-ZX300と比較してみたかったのですが、残念ながら試聴機に恵まれませんでした。あちらも好評なようですし、是非真面目に聴いてみたいです。どちらを買うかとなると、音色も肝心ですが、ブランド忠誠心みたいなもので決める人が大部分でしょう。ちょっと前であれば、「ソニーは4.4mmだから・・・」なんて不満も言えましたが、最近では爆発的にケーブルの選択肢も増えてきました。ゼンハイザーが正式に4.4mmファミリーの仲間入りしたのが大きいです。私自身は、ウォークマンケーブル(WM-PORT)を廃止してくれたら真面目に検討したい、という主張を通しています。

ところで、最近は5万円以下のエントリーレベルDAPがそこそこ高性能になってきたことで、高価なハイエンドDAPの目指すところも変化してきたように思えます。

これまでのような教科書通りのレファレンスモニター的な、ドライな無機質さや解像感はもはや簡単に実現できるので面白くありません。高級DAPはむしろ独自の技術やノウハウを活かして、アナログ的な嗜好性を重視し、音源の味を引き出し、不快感を抑えるような、親しみやすいサウンドを見出そうとしているようです。AK70 MKIIはそれらと肩を並べる魅力が味わえたので、ありふれた低価格DAP勢から抜きん出ている存在感があります。

具体的には、実を言うと、私自身はAK100IIやAK300のサウンドはあまり好みに合いませんでした。(他社だとX7-II・DP-X1Aなども同様です)。音が悪いというわけでもないのですが、なんだか普通以上の面白味や魅力が乏しく、聴いていて常に「どうも物足りないな」というもどかしさを感じます。その点初代AK70は空間展開や帯域レンジは狭く感じるものの、その中で可能な限り音色を無理せず引き出すような新鮮な仕上がりが好印象でした。そしてAK70 MKIIはありきたりなサウンドに落ち着いておらず、良い方向に進化したと思いました。

私の勝手な意見ですが、初代AK70というのは、第2世代AK DAPシリーズのエッセンスを継承した、あくまでカジュアルなエントリーモデルとしての立ち位置だったと思うのですが、MKIIになったことで、第二世代AK DAPの総決算として、第三世代やSP1000などで会得した技を反映させたセルフアレンジ、もしくはリバイバルモデルというレベルに達しています。

今後AKの商品展開がどうなっていくのかわかりませんが、個人的には、これまでのような「同じデザインで、中身のスペックが異なるだけの」モデルラインナップで肥大化するよりも、むしろAK70のようなポケットサイズのモデルでも、エントリーモデルという枠組みを越えて、MKIII・MKIVと、どんどん高音質の追求を突き進んでほしいです。今回AK70 MKIIを聴いてみて、その第一歩を目の当たりにしたような気持ちです。