2017年12月発売のダイナミック型イヤホンで、価格は約4万円くらいなので、現在JVCのイヤホンラインナップでは、かなり上位に位置するモデルです。
右下がHA-FD01です |
これまで、ウッドドーム振動板やウッドハウジングといった天然木材の味わいをテーマとしていたJVCですが、今回はそれらと並ぶ上級シリーズにて、あえて「ステンレス&チタンボディ・DLC振動板」というハイテク機を投入してきたのが面白いです。
JVC HA-FX1100、HA-FW01といった同価格帯のウッドイヤホンを気に入って使っているので、このHA-FD01はそれらと比べてどうなのか気になって買ってみました。
JVC
私は自他とも認めるJVCファンで、とくにイヤホンにおいては、2014年に登場したウッドドーム振動板モデル「HA-FX1100」や、それの後継機と言える2016年の「HA-FW01」を買っており、さらにポータブルDACアンプの「SU-AX01」は日々愛用しています。ヘッドホン「HA-SW01」や「HA-MX100-Z」も持ってますし、思い返してみると本当に色々買っています。左からHA-FX1100、HA-FW01、HA-FD01 |
JVCの、とくにウッドドームシリーズの何がそこまで私を魅了するのかというと、単純に言えば「音色が美しい」ということなのですが、もっと考えると、万人に受ける派手さとは真逆の、音楽の核心である生音の表現力において、確立した音作りの技術と個性があると思います。
JVCのイヤホン・ヘッドホン・アンプともに、汎用性や万能性というよりはむしろ「JVCの音を聴く」ために重宝しているような感じです。
戸棚の奥にしまってある秘蔵のウイスキーのようなものでしょうか。毎日の食卓で楽しむというより、たまに思い出してはちょっと味わって、「やっぱり良いものだな」としみじみ思って、また戸棚に戻すようなものです。
また、JVCには申し訳ないのですが、私自身は他人にはむやみに薦めたいとは思わない物でもあります。生楽器や声の、かなり深く踏み込んだところというか、例えば、繰り返し聴き込んだ愛聴盤とかで、あらためてハッと気付かされるような美しさだと思います。つまり簡単にサラッと聴いただけで「なんだ、この程度か」なんて言われるのが心外なので、好きでありながら、そこまで布教してません。その点は個性派のGradoやUltrasoneなんかと似ているかもしれません。
特にJVCの場合は、今回のHA-FD01のように、かなり気合の入った最上級モデルであっても、近頃の高級イヤホンのように何十万円もする法外な値段ではなく、今のところ五万円以下に抑えてくれているのは嬉しいです。一部の高価なプレミアムイヤホンの、中身の無いハッタリまがいの実情を見てからでは、JVCの研究開発や製造工程の苦労を思うと、ここまで安いのはむしろ申し訳ないくらいです。
また、JVCのオーディオに魅力を感じるもう一つの理由は、ソニーと肩を並べる、ビクターという日本の音楽業界の中心に位置する大企業でありながら、一つ一つのモデルに、一筋縄ではいかない強いクセを感じるからです。
大企業の定例会議で無数の中間管理職のハンコを経て軟着陸したシーズナル商品、というよりは、JVCの場合は、値段の高い安いに関わらず、必ず開発に携わったスタッフの性格や意志が見え隠れしていて、その時だけにしか手に出来ない一期一会の存在という感じがします。これはたとえば、4年前に登場したHA-FX1100イヤホンが未だに唯一無二の存在として、上位互換や代用が効かないというような事です。このへんは、古くはビクター&ケンウッドだった時代から続いている伝統だと思います。
もし、万能スペックを求めるがゆえに、ありきたりな平均点を狙うモデルになり、開発者の趣向や意図が見えなくなってしまったら、その時はもう買わないと思います。
HA-FD01
今回買ったHA-FD01というイヤホンは、2016年に登場したHA-FD7というモデルと同じ「SOLIDEGE」シリーズの上位機種になります。旧モデルHA-FXD80とHA-FD7 |
旧モデルHA-FD7は13,000円くらいのイヤホンで、オールステンレスボディにチタンコート振動板の超小型ドライバーを本体ノズル部分(シリコンイヤピースを装着する部分)に登載する(JVCは「トップマウント式」と呼んでいる)奇抜で個性的なモデルでした。デザインから想像できるように、かなり歯切れよくシャープなサウンドです。
さらにそれ以前、2012年には、同じくステンレスでHA-FXD80というカーボンナノチューブ振動板のトップマウント式イヤホンがあり、これも7,000円台という低価格ながら音質の評判が良くロングセラーになっています。
そんなわけで、JVCの「ステンレス+ハイテクドライバー」シリーズというのは、ウッドドームシリーズと並行して脈々と進化を遂げており、HA-FD01が最新作になります。
HA-FD01 |
今回HA-FD01ではトップマウント式超小型ドライバーを採用せず、むしろウッドドームシリーズに近い、大型ドライバーを搭載したフォルムになりました。
私自身は、HA-FD01の発売から三ヶ月以上も購入を避けてきたのですが、その理由は、もう同価格帯のウッドドームイヤホンHA-FW01をすでに持っていて、デザインも似ているので、これ以上JVCイヤホンを買い足しても、どうせ使わないだろうと思ったからです。
ところが、発売後にネットレビューなどを読んでいると、ユーザー勢からけっこうな好評を得ているようだったので、「そういうことなら」と釣られて購入してしまいました。日本のイヤホンユーザーの耳は肥えているので、やはりみんなが良いと言っている物は気になります。(ステマだったらまんまと騙されてますね)。
HA-FD02とHA-FD01 |
このHA-FD01と同時に、より低価格な「HA-FD02」というモデルも発売されました。それぞれ発売価格は約4万円と3万円くらいで、外観だけ見てもほぼ見分けがつきません。
私も購入前にちょっと聴き比べてみましたが、HA-FD02は下位モデルだから音が悪いというわけではなく、デザインやドライバーなどの基本技術は同じです。
よく見るとHA-FD01の方が上質なケーブルが付属しており、左右の配線を分離してセパレーションを向上させたそうです。ちなみに、どちらも3.5mm端子ですが、HA-FD01はストレートでHA-FD02はL字型です。
さらに、HA-FD01のみ、音導管部分を「ステンレス・チタン・真鍮」という三つの異なる材質に交換できる「Jマウントノズル」というギミックがあります。HA-FD02はステンレス音導管で固定されています。
つまり、ケーブルにはそこまでこだわらず(もしくはすでに社外品ケーブルを使う気があり)、ノズルもステンレスのみで良いというのであれば、HA-FD02はかなりお買い得だと思います。
実際のところ、ノズルというのは一度決めたら頻繁に交換するものでもありませんし、後述しますが、HA-FD01であっても個人的にはステンレスノズルが一番好きでした。
それでも、今回あえて高価なHA-FD01を買った理由は、ノズルで色々と聴き比べてみたいという興味と、高いのと安いのであれば、高い方を買っておいたほうが、後で後悔しないだろうという安直な理由です。
パッケージ |
ギミックの解説イラスト |
パッケージは高級感と清潔感が両立していて好印象です。上蓋はマグネットで固定してあり、中箱を引き出す際に、箱の内側にギミックの解説イラストが掲載されています。
わざわざイヤホンの説明書なんか読む人は少ないと思うので、ちゃんと開封過程でユーザーの目に留まる場所にこういうイラストがあると、思わず手が止まって「なるほど」と読んでしまいます。
収納ケースとアクセサリー |
上から時計回りにHA-FX1100、HA-FD01、HA-FW01 |
付属品は一種類のケーブル(1.2m リモコン無し)と、収納ケース、そしてイヤピースと「Jマウントノズル」各種です。
ケースはマグネットのボタンで留まるタイプで、コンパクトながら使いやすいです。束ねたケーブルが飛び出さないように下半分がポケット状になっているのが嬉しいです。ちなみに上の写真のように、HA-FW01もほぼ同じケースですが、若干形状が変わっているのが面白いです。HA-FX1100のケースは全然違う構造でした。
黒いプラスチック板にイヤピースやノズルを収納できるのは良いアイデアだと思います。ノズルを交換できるというのが目玉ギミックなので、できればイヤホンケースにこのプラスチック板が収納できるようであればさらに良かったと思います。
ドライバー
JVC公式サイトによると、HA-FD01のハウジングはステンレス製で、その中にチタン製のドライバーケースがあり、肝心のドライバーは「DLCドームデュアルカーボン振動板」という11mmダイナミックドライバーだそうです。JVC公式サイトより、ドライバーの構造 |
ダイナミックドライバーの振動板というと、たとえばPET(ペットボトルの素材)のようなプラスチックフィルムを丸く型抜きした物などが一般的ですが、より硬く軽い素材の方が好ましいということで、最近では各メーカーから様々な新素材の振動板が登場してきています。
このイヤホンでは、公式の解説によると、ドライバー外周はカーボンコーティングしたPETで、中心部分はDLCコーティングしたPEN素材と、それぞれ特性の異なる二種類のプラスチックを、さらにそれぞれ異なるコーティング処理をしたものを合体させているということです。
単一の素材を使った場合の音質特性に限界があるのだとすれば、このような複雑なハイブリッド多層構造にすることでさらに進化が狙えますが、高い製造技術と、試作と試聴を繰り返す大規模な研究が必要になり、小さなガレージメーカーの勘と運だけではなかなか実現できない、JVCだからこそ可能なハイテク技術だと思います。
DLCコーティングといえば、昨年Campfire AudioのVegaが採用したのと似たような素材です。炭素を特殊環境で蒸着させることにより、微小なダイヤモンドと同じ構造のナノ結晶の膜が形成されるという技術です。つまり膜としての硬さはダイヤに近いため、たとえば産業用ドリルやベアリングなど、高負荷や摩擦を受ける過酷な環境で使われています。
実際のDLC膜は数ミクロン程度の厚さなので、それだけでは振動板として薄すぎるため(もっと厚くしても、不均一でボロボロになってしまうので)、数十ミクロンのプラスチックフィルムにDLCコーティング層を形成することで、振動板としてちょうど良い特性を実現できます。
それだけでも十分実用的な振動板になりますが、さらにこのイヤホンの場合は、外周部分に、より弾性率の弱く、振動を吸収しやすいカーボンコーティングPET素材を合わせることで、絶妙な振動特性を持った振動板を実現しています。
かなり手間がかかったドライバーデザインですし、これまでのJVCの、天然木材を薄く削ったようなウッドドームドライバーとはずいぶん世界が違うようにも思えますが、長年蓄積したウッドドームの研究のおかげで、理想的な振動板というもののヒントに繋がったと思いますし、複雑な薄膜材料を扱うノウハウや製造技術も会得したのだと思います。
ノズル交換
ドライバー以外でもHA-FD01の技術で感心したのが、ノズル交換ギミックの構造です。Shure SE846やAKG K3003なんかでも、イヤホン先端部分のフィルターを交換して音質をチューニングするというギミックがありました。HA-FD01の場合はノズルの穴径やフィルターメッシュではなく、音導管の素材そのものを変えるという手法です。
普通こういうのは、ナイロンブッシュの圧入とか、もしくはネジ込み式というのを想像しますが、このイヤホンのものはかなり凝っています。
指の爪でバネ式レバーを引きます |
レバーを引いて、ノズルをマーカーまで回転すると外れます |
ノズルのメカニズム |
上の写真にあるように、本体に小さなバネレバースイッチがあり、それを指の爪で引っ張りながら、ノズル部分をちょっと回転させると、ラッチが外れてノズルが分離できるという仕組みです。
アイデアとしては、カメラのレンズ交換と同じようなメカニズムです。ここまで小さなイヤホンに、よくこんなギミックを設けたなと感心させられます。ノズルにナイロンワッシャーがあるので、金属同士でガタガタしたりはしません。気持ちよくカチッとロックします。
レバースイッチは米粒よりも小さいので、道端で歩きながら交換するというような手軽なものではありません。
ノズルを外して本体を覗き込んでみると、ちゃんと公式の展開イラスト通りにドライバーとチタンフレームの構造が見えるのは面白いです。
ステンレス(白)、チタン(青)、真鍮(赤) |
真鍮に交換した状態 |
交換ノズルはステンレス・チタン・真鍮の三種類が用意されており、各ノズルごとにナイロンワッシャーの色でも識別できるようになっています。使っていないノズルは、黒いプラスチック板にパチッと固定しておけるので、紛失を防げます。
ちなみに各ノズル内には薄いメッシュ素材が貼ってあります。
イヤピース
JVCのイヤホンといえば、独自の「スパイラルドットイヤーピース」というシリコンイヤピースを採用している事も有名です。単体部品としても販売しており、ソニーやゼンハイザーなどの一般的なイヤホンでも流用できるので、JVCイヤホンを持っていなくても、このイヤピースは愛用しているという人も結構いるようです。
イヤピースを装着した状態 |
スパイラルドットイヤーピースも進化しています |
一見ごくありふれたシリコンイヤピースなのですが、内部に点々と小さな窪みがあり、それが空気の流れを調整する効果があるため「スパイラルドット」と呼ばれているそうです。
実際にこの窪みに何らかの音質効果があるかどうかは不明ですが、ともかく、純粋にシリコンイヤピースとして見てもフィット感や外れにくさなどがとても優秀です。
さらに、他社の物よりも全長が短く、開口も広いので、イヤホンのサウンドがダイレクトに耳に届くことが特徴です。どちらかというとゼンハイザーのシリコンに近く、ソニーのような開口の細いシリコンイヤピースに慣れていると、これに変えると若干やかましく感じるかもしれません。
ちなみにHA-FX1100ではブラックで、HA-FW01は半透明のスモークグレーでした。
HA-FD01では、写真で見た限りでは同じ物のように見えますが、新たに材質を変更した「スパイラルドット プラス」というものに進化しました。
従来品はHA-FX1100・HA-FW01ともにツルッとした、弾むようなゴムっぽい素材だったのですが、今回の新型では、かなり粘りがある形状記憶っぽい独特な手触りです。形状記憶といってもコンプライやソニーのトリプルコンフォートイヤピースのような低反発スポンジっぽい感じではなく、一見はツルツルしたシリコンゴムなのですが、押してみると餅とか大福みたいにぐにゃっとする不思議な質感です。
なんでも、「肌に近い力学特性を持つ新素材 SMP iFitを業界で初めて採用」と公式サイトに書いてあります。確かにこの手触りは新感覚です。
この新型イヤピースについては、初代スパイラルドットが好評だっただけあって、賛否両論があるみたいなのですが、個人的には耳への吸い付き具合や不快感の少なさなど、かなり気に入っています。サウンドは派手さを抑えて芯が太くなる印象なので、BAドライバー系イヤホンとの相性も良さそうです。今後は旧型と並行して単品でも購入できると嬉しいです。
ケーブル
HA-FD01に付属するケーブルは、こういったイヤホンの中でもかなり高級感があり、使い勝手も良く、上質に造られていると思います。ケーブルのクオリティは非常に高いです |
よく他社のイヤホンの場合、ユーザーがすぐに社外品ケーブルに交換することが前提かのごとく、付属ケーブルは陳腐な黒ビニールのペラペラな物ということが多いのですが、このイヤホンでは明らかにケーブルの開発にも相当な力を入れたことが感じられます。
下位モデルのHA-FD02では、もうちょっとシンプルなケーブルが付属しているのですが、今回のHA-FD01では、より太めでサラサラしたゴムっぽい素材です。柔軟性が高いですし、表面に縦筋が彫ってあり摩擦が低減されるので、絡まりにくく、手に持っているだけでスルスルとほどけるような感覚です。さらに擦れた時のガサゴソというタッチノイズが少ないです。
スモーククリアの外皮に、ツイストされた内部の線材が透けて見えて、さらにY分岐部品は金属製といった、上位モデルらしい高級感があります。
透けて見えるのでわかりますが、Y分岐より下は円形ではなく、左右の配線が平行に離れて配置されているフラットケーブルになっています。
意外と知られていない事ですが、多くの安価なケーブルでは、左右の信号線は別々でも、グラウンド線は共通しており、ケーブル内で左右の信号がお互い干渉し合う(クロストークがあり、セパレーションが悪くなる)という事が起こるので、こうやって3.5mm端子まで左右の電流が流れる経路をしっかり分離することで、そういったケーブル由来の音質劣化が低減できます。
MMCXコネクター |
ケーブルはMMCXコネクターで着脱可能です。確実にパチンと接続して、むやみにグルグル回転しないので、これまで使ってきたMMCXコネクターの中でも上質な部類だと思います。
MMCXといっても、意外と多くのメーカーの場合、何らかの不都合で(コネクターが奥まっているとか、切り欠きがあるとかで)社外品ケーブルとの互換性が悪かったりするのですが、このイヤホンの場合はコネクターがハウジング平面に突き出ているので、たぶんほとんどの社外品ケーブルが使えると思います。
ちなみに同時期にJVCからBluetoothワイヤレスのネックバンド式ケーブルも発売されたので、これも合わせて買ってみようと思ったのですが、音質はそこそこ良いものの、レビューなどで指摘されているように、ホワイトノイズがちょっと多めで断念しました。Bluetooth信号をJVCならではのK2処理で高音質化するなど、ポテンシャルは高いので、是非その辺を対策したニューモデルを出してくれればと思います。
装着感
ステンレスボディ&チタンフレームというだけあって、公式スペックで20gという、かなり重いイヤホンです。友人に貸しても、第一印象として必ず「うわ!重い!」と驚かれます。金属といっても他社の場合はアルミが多いので、それらに慣れているほど余計に重さを感じます。
しかし、実際に装着してみると、重さはほぼ感じられません。新型イヤピースの食いつきが良いことと、ノズル形状の絶妙な長さ、挿入角度、そしてハウジングの重心が耳穴付近に集中しているなど、総合的なデザインが優秀です。マルチドライバーの大型イヤホンなどと比べても、ハウジングがコンパクトなだけあって、耳穴への収まりが良いです。
また、ケーブル接続位置のオーバーハングが少ないため、ケーブルが引っ張られるなどの外力で外れにくいです。とくに歩行中にケーブルが揺れても、装着感がズレたり、左右のサウンドが乱れたりすることがないので、ずいぶん優秀な設計だと思います。
個人的には、同様のスタイルのベイヤーT8iE・XELENTOやオーディオテクニカCKR100などよりも、こっちの方が装着感は良好です。
ハウジングはこの部分で回転します |
Campfire Audio Litzケーブル |
面白いギミックとして、イヤホンハウジングの中間部分(上写真の赤矢印)が360°自由に回転できるようになっており、そのため、ケーブル端子を上向きに回転させて、耳に掛ける「シュアー掛け」装着方法にもできます。
とくに高級イヤホンを買うとなると、耳掛け式であるかどうかはユーザーの好みが分かれますし、「慣れていないから」「めんどくさそうだから」と、あえて敬遠する人も多いので、どちらの装着方法も選べるというのは良いアイデアだと思います。
付属ケーブルは形状記憶ワイヤーなどは入っていないので、例えば上の写真のCampfireなど、ワイヤー入りのケーブルを使ったほうが耳掛け式には適していると思います。
一つ疑問に思うのは、イヤホン本体に左右の表示が無いようで(私が気がついていないだけかもしれませんが)、180°回転させると左右の見分けがつかなくなるので、わざわざ回転ギミックが無くても、左右のケーブルを入れ替えるだけで耳掛け式に出来るように思えます。実際にHA-FX1100などではそういった使い方をしている人もいました。
耳掛け式で装着すると、ケーブルの振動が吸収されるため、とくに徒歩のステップにあわせて「ゴソッ、ゴソッ」と聴こえるようなノイズが大幅に低減されます。耳からケーブルを垂らす装着ではここまで音が乱れていたのかと気付かされて驚きます。
しかし、個人的に私の耳の形状では、耳掛け式だとどうしてもフィット感が悪く、音質面での問題がありました。具体的には、ノズルをまっすぐ耳穴に挿入するためには、ケーブル端子が顔に沿わず、V字というか、鬼の角のように突き出さないと駄目だったので、ケーブルを耳に掛けて引っ張ると、イヤホン本体に回転方向の力が働き、イヤピースが耳穴から外れてしまうという感じでした。つまりイヤピースがしっかり挿入されていない状態なので、低音が軽く薄味なサウンドになってしまいます。
この辺は個人差があると思うので、むしろ耳掛け式の方がフィットしやすいという人もいるかもしれません。私の場合は、普通に耳から垂らす装着方法の方が満足できました。
この部分の段差がちょっと気になります |
もうひとつ、装着感でちょっと気になったのは、シャープな金属の段差です。3-4時間の装着では全く不快感は無く、他社のイヤホンと比べてもかなり良好だと思うのですが、5-6時間を超えて(それ自体が不健康ですが・・・)、まず不快に感じはじめたポイントが、上の写真で赤矢印のある、微妙な段差でした。
シリコンイヤピース(私はM・MLサイズ)はギリギリ被っている部分なので、直接耳穴にぶつかるわけではないのですが、なぜかこの部分(位置的には、耳穴後方出口付近)がじわじわと痛くなってきました。ハッキリとはわかりませんが、ノズルにある大きな段差ではなく、ノズルとハウジングの合わせ目のほんの僅かな段差、もしくはレバーボタンのような気もします。ともかく、数時間使うくらいでは問題にはなりませんでしたが、ちょっと気になります。
ウッドドームイヤホン
おなじJVCということで、2014年のHA-FX1100・2016年のHA-FW01と並べて比較してみました。こうやって見ると、同じコンセプトを貫きながらも、ハウジング形状が着々と進化していることがわかります。上からHA-FX1100・HA-FW01・HA-FD01 |
実際に装着して、すぐに気が付きましたが、世代を重ねるごとにハウジングが短くなり、重心が耳穴寄りになることで、外れにくく、ずれにくくなっています。ノズルの角度もきつくなっています。
HA-FX1100では、長い棒状のハウジングに、ほぼ直線的にイヤピースを装着するような形状だったため、収まりが悪くグラグラしていたのですが、HA-FW01からは、よりピタッと耳穴に落ち着くようになりました。耳栓のように奥深く密閉するというよりは、手軽にスッと装着しても外れにくく、サウンドが乱れにくいということです。
HA-FW01は音導管周辺に通気孔みたいなのが見えます |
HA-FW01は全体的なデザインがHA-FD01に近いのですが、ハウジング前方にいくつか通気スリットのようなものが設けられており、これで音響を調整しているようです。このため、抜けの良い自然なサウンドを実現しているのですが、例えばハウジングをグッと耳に押し付けるようにして、この穴が塞がれてしまうと、音が詰まってしまいます。
HA-FX1100(左)とHA-FW01(右)のケーブル |
HA-FX1100を久しぶりに出したら、パカッと開いてしまいました |
ところで、HA-FX1100はここ数ヶ月間めったに使う機会が無かったのですが、久々にケースから出して装着しようとしたら、本体の部品がポロッと外れてしまいました。
よく見ると、僅かな接着剤で固定してあるだけなので、これが経年劣化で硬化してしまったのかもしれません。また接着すればいいだけので、修復は容易ですが、外出先などで紛失しなくてよかったです。
せっかくなので中身を覗いてみると、ちゃんと偽りなく木製の振動板が見えますね。
音質とか
HA-FD01と、手元にあったHA-FX1100、HA-FW01のインピーダンスを測ってみました。どれも公称スペックは16Ωということですが、さすがダイナミックドライバーだけあって、可聴帯域ではピッタリと16Ωを維持しています。インピーダンス |
位相もピッタリ0°一直線なので、周波数帯域ごとのムラや違和感はとても少ないと思います。どれも2~7kHzくらいにインピーダンスのピーク(電流が流れにくいポイント)があり、各モデルごとにピークの位置や幅が異なるのが面白いです。
ちなみに上のグラフは実際に耳に装着した状態でしたが、外した状態でもほぼ変わりません。さらにHA-FD01は標準のステンレス以外にもチタンと真鍮ノズルに交換してみましたが、数字に大きな変化はありませんでした。
Questyle QP2R |
JVC SU-AX01 |
103dB/mWということで、スマホやポータブルDAPでも余裕をもって駆動できます。今回の試聴では、Questyle QP2R DAPと、JVCのポータブルDACアンプ「SU-AX01」を主に使いました。さすが同じ会社だけあって相性は抜群です。
HA-FD01を二週間ほど毎日使ってみて感じた第一印象としては、中高域がしっかりと出ており、輪郭がハッキリと現れるような、わかりやすく「クリア」という言葉が当てはまるサウンドです。HA-FW01のサウンドがそのまま上方向にシフトしたような感じで、とくに中低音のモヤモヤが無いため、爽快感のある良好な仕上がりです。
とくにウッドドームシリーズや、ゼンハイザーIE80、Shure SE215など、いわゆる定番ダイナミック型の音に慣れていると、HA-FD01は圧倒的にクリアで鮮明に聴こえます。
ACTレーベルから、Janne Mark 「Pilgrim」を聴いてみました。リーダーはデンマーク出身の女性ボーカリストで、シンプルなリズムセクションをバックに、ほぼ全曲オリジナル曲を歌います。
バンドのフォーマットはジャズですが、賛美歌やフォークのような暖かい雰囲気のゆったりとした音楽で、ACTレーベルのプロデュースも温暖な音作りなので、全体的に上手にまとまったアルバムだと思います。
HA-FD01の外観からの印象としては、ステンレスとチタンですし、さぞかしキンキン響く派手なサウンドだろうと想像していたのですが、意外にもそのあたりがしっかりとコントロールされており、金属ハウジングにありがちなドラムのシャンシャカや、ボーカルがキンキンといった不具合がありません。
このへんはさすがJVCらしいと思えました。一見ドンシャリっぽく、高音も良く伸び、低音はズシンと沈む、という風に聴こえるのですが、実際にじっくりと聴き込んでみると、両端の量感や響きは設計者が想定した枠組みの中にきっちり収まっています。
たくさんの音源で試聴を行い、破綻しそうな限界を見極めて、そのギリギリのラインで「この部分はこういう風に聴かせたい」といったチューニングを繰り返したような努力が伝わってきます。
つまりHA-FD01は「低音は○○ヘルツ以下、高音は○○キロヘルツ以上まで鳴らせるように」といったハイレゾ紙面スペックを念頭に置いたデザインではなく、あくまでウッドドームイヤホンHA-FW01のような音色重視の設計から始まり、美しく聴かせるべき帯域をどんどん上下に広げていった結果、楽器の音色として必要な範囲内での出音にこだわったチューニングだと思います。
前方の奥行きはあまり出せておらず、そういうのはゼンハイザーIE800やベイヤーダイナミックXELENTOなどの方が得意です。そのかわりHA-FD01は左右の展開がとても広く感じられ、耳元の周囲を離れて横一直線を描いているような、水平線っぽい鳴り方です。なんとなくベイヤーダイナミックDT880・990などのモニターヘッドホンを連想させる音場展開です。音色がきっちり横一列に揃うということは、特定の周波数帯の位相がズレたりせず、(いわゆる疑似サラウンド状態にならず)、しっかり時間軸のタイミングが管理出来ているということです。
ハウジング内で余計なエコーが生まれず、ダイナミックドライバーの素直さがちゃんと現れているということでしょう。耳穴に直接音が飛び込まないので、いきなりの大音量や長時間聴いてもジリジリと不快感が溜まってこない事が素晴らしいです。
とくに、これよりも安い価格帯のイヤホンでは、低音が酷く反響して、風呂場のカラオケのようなサウンドになってしまっている重低音モデルが非常に多いので、HA-FD01はそれらからのステップアップとして、飛躍的な音質向上が得られると思います。
カルロス・クライバー指揮1975年のシュトラウス「こうもり」がハイレゾダウンロードで登場したので聴いてみました。名演かつ高音質録音ということで人気が衰えず、すでにエソテリックのSACDリマスターでもリリースされていますが、あちらは限定生産でプレミア価格になっているので、今回手軽に買えるハイレゾダウンロード版が出てくれて嬉しいです。
バイエルン国立管弦楽団の輝かしい演奏が素晴らしいですし、コロ、ポップ、プライ、ヴァラディなど当時のオールスターキャストがアナログ録音全盛期最良のクオリティで聴ける名盤です。巨漢レブロフが裏声で歌うオルロフスキー伯爵が気色悪いという点でも話題になるアルバムです。
同じ価格帯のダイナミック型イヤホンと比較すると、HA-FD01の仕上がりの高さや、美しさの追求は圧倒的です。たとえば定番のゼンハイザーIE80は、もっと素朴なフワッとした鳴り方で、全体のまとまりが良いものの、HA-FD01と比べると個々の楽器の分離や自己主張が弱く、弦の響きなどの金属音もなんだか物足りなく感じます。
オーディオテクニカATH-CKR100は広帯域でクリアという点はHA-FD01と良く似ているのですが、肝心の楽器の音色ではプレゼンス帯域というような部分だけ位相や空間展開が異質で、オーディオテクニカ特有のギラッとした空気を感じます。HA-FD01ではそういった違和感が少なく、ソプラノやヴァイオリンでも、音色が上の方まで自然に伸びていくところが好印象でした。背景にある環境ノイズが控えめで、歌声など音色の美しさに集中できます。
ベイヤーダイナミックAK T8iEは、低音の雰囲気や量感が豊かなので、それを臨場感ととるか、不要なモヤモヤととるかで評価が分かれます。HA-FD01も低音楽器が鳴った時のインパクトと迫力は十分ありますが、長く響きわたるような重低音ではないので、雰囲気は薄いです。たとえばチェロやピアノの左手伴奏などは、T8iEの方がゴリッ鳴る立体感やパワフルさがあります。空間展開も、T8iEの方が上下に広がって音響に包まれる感じがします。HA-FD01は音色の上下分散が狭いため、楽器数というか情報量が多いと、ちょっと余裕が無くなってきます。
Campfire Audio Vega |
金属ハウジングにDLCドライバーという似たようなコンセプトのCampfire Vegaは、T8iEほどの低音ではないにしろ、中低域の粗っぽさや土臭いエネルギー、ワイルドさみたいなものがよく出ています。HA-FD01はソプラノの上の方まで銀の鈴のような音色を奏でてくれますが、Vegaは高音がギラッとなりそうなポイントで丸め込んでおり、双方を比較するとHA-FD01の方がクリア感はあります。たとえば男性歌手は、HA-FD01だとツヤツヤの王子やヒーローっぽくて、Vegaでは狡猾な悪人みたいな感じでしょうか。Vegaはアメリカンなロックとかのほうが良さそうで、今回試聴に使ったオペレッタは不向きなようでした。
HA-FD01は高音寄りなサウンドということで、BAドライバーのCampfire Andromedaとも比較してみたところ、やはりダイナミックとBAということで鳴り方が根本的に異なり、比較になりませんでした。Andromedaのみならず、Westone UM-PRO30とかでもそうですが、BAは音の粒が細かく、サラサラと砂のような粒子の流れを聴いているようです。楽器単位よりもさらに細分化したような感覚なので、HA-FD01のようなダイナミック型と比べると、スムーズというか、楽器と背景の区別が薄い玉石混淆のサウンドのように感じます。
Ultrasoneに似ているかもしれません |
色々聴いていて、とくにHA-FD01と音が似ていると思ったのが、Ultrasoneでした。奇遇にも友人のUltrasone Tribute 7を借りて聴いていたのですが、いくつものポイントで共通点がありました。
まず第一印象としてドンシャリ系のように思えるのですが、じっくり聴いてみると中域の声や楽器がとても美しいです。どちらも楽器のアタックと響きのコントロールにかなり入念なこだわりを置いた音作りをしている点がよく似ています。また空間展開もUltrasoneのS-LOGICシステムに似ており、振動板を鼓膜の軸線上からずらし、金属のウェーブガイド(もしくはノズル)を介することで、アタック直前の空気というか、一歩離れた距離感を演出出来ています。そんな感じで、聴きこむほどに惚れてしまうような独特の世界観があるサウンドだと思います。
ソロピアノの新譜で、Pentatoneレーベルからエマールの演奏でメシアン「鳥類のカタログ」と、BISレーベルからヘフリガー「Perspectives 7」を聴いてみました。
2時間半にわたるメシアンの大作「鳥類のカタログ」は、コンサートで体験する機会はそうそうありませんが、(CDでは穴埋め用に抜粋でたまに見かけますが)、今回ちゃんとコンプリートアルバムでリリースしてくれたPentatoneの勇気に敬意を払いたいです。DSDダウンロード販売もありますが、SACD(解説DVD付き)を買ってみたところ、ボックスの中に本物の鳥の羽根が入ってるという、さりげない演出にドキッとさせられました。(しかもフタを開けた瞬間にフワッと宙に舞い上がりました)。こういうのが、ダウンロードでは味わえない現物ならではの魅力でしょうか。エマールはメシアンにはまっているらしく、昨年「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」を生演奏で聴いて圧巻だったので、これもSACD化して欲しいです。
一方ヘフリガーのアルバムは、これまで1~6巻までAvieレーベルで出ていた「Perspectives」シリーズ最新7巻がBISに移行して登場しました。このシリーズは、ベートーヴェンのソナタと、別の作曲家の大きめのカップリング曲をあわせたアルバムにしており(前回は、10番・30番にベリオとシューマンでした)、今回は導入にベルグとリストで、28番を挟んで、後半は展覧会の絵です。ウィーン・コンツェルトハウスの素晴らしい音響を味わえと書いてあるだけあって、確かに音響が凄まじく優れています。
こういったピアノのソロリサイタルでは、HA-FD01は本当に惚れぼれするほど素晴らしいです。まさに真価が十分に発揮されている感じがします。
複雑な立体音響を正しく再現しないといけないので、シンプルだからこそ誤魔化しが効かず難しいジャンルです。とくにマルチドライバーイヤホンでは苦労する分野でもあります。デジタルのスタジオピアノと違って、ホールのリアルな生音響というのは、演出が強すぎるイヤホンでは録音の魅力が損なわれてしまいます。また、シャープ過ぎてもアタックに気を取られてしまい響きが堪能できません。
HA-FD01では、真っ先に耳に飛び込んでくるのはフレッシュで鮮やかなピアノの音色そのものです。ピアノの一音を構成する「タッチ→音色→残響」という三段階が上手に仕上がっており、アタックはタッチの質感を隠してしまうほど派手ではないですし、残響は短くも豊かで、乾いた感じがしません。良い音の要素を分解して、リスナーのためにわかりやすく提示してくれるようなイヤホンです。
これまでHA-FD01はずっとステンレスノズルを使っていたのですが、オプションとして付属しているチタンと真鍮ノズルを聴き比べてみました。
まず全体的なバランスはステンレスが一番良いというか、個人的な好みに合うようでした。ピアノリサイタルもそうですが、先ほどのオペラのように様々な音域の歌手が登場する作品では、ステンレスノズルは女性の高いソプラノも、男性の低いバリトンも、これと言って不自然な感じがしません。どの歌手も朗々と歌い上げるといった感覚です。
チタンノズルに変えてみると、全体的な音色のプレゼンテーションが激変します。ステンレスと比べると高音寄りで鋭角になる感じなのですが、キンキン響くというのではなく、より背後の空気感や、歌手の息継ぎなどの臨場感が表に出てきます。アタックがカチッと明確になり、残響の引き具合が素早いので、次から次へと場面が目まぐるしく展開するようで、情報量が多くなったような気分です。HA-FD01自体が前後の空間分離はあまり得意な方ではないので、情報過多に感じるかもしれません。もっとシンプルな楽曲であれば、チタンとの相性も良いと思います。
真鍮ノズルは、個人的にはあまり好きになれませんでした。個人差はあると思いますが、一番個性的なサウンドのようです。真鍮というと、これまでのウッドドームイヤホンでも多用されていたので、たぶんマイルドで豊かなサウンドなのだろうと想像していたのですが、ちょっと違います。中低域の響きが豊かになり、ふっくらしたサウンドになるのは期待通りだったのですが、その反面で、高音の特定の周波数帯域が響き過多になってしまいます。まさにブラス楽器のように、ちょうど女性歌手の高い部分をギラギラと響かせてしまうようです。さらに気になったのが男性歌手で、肝心の中域の音色に穴が空いたようになる一方で、乱暴な叫び声のように倍音が唸ってしまい、荒々しく聴き辛いです。
そんなわけで、結局ステンレスに落ち着く事になりました。
HA-FX1100・HA-FW01 |
ステンレスノズルに戻したところで、せっかくなので、JVCウッドドームイヤホンと聴き比べてみました。
まず2014年発売のHA-FX1100は、どんな音楽やアンプと合わせてもウッドドームイヤホン特有のまろやかなサウンドが十二分に味わえる個性豊かなイヤホンです。パリッとした解像感は求めず、古いジャズやクラシックをゆったりと堪能したい人には最高の逸品だと思います。空間展開は広めで、ピアノの音は温厚な丸みを帯びて、上品な響きが空間を満たしてくれる、そんなウッドドームらしいサウンドを求めているならば、HA-FX1100を買うべきだと思います。
とくに試聴に使ったメシアンの「鳥類のカタログ」は、HA-FX1100で聴くのが一番良かったです。メシアンはなかなか分かりづらい作曲家ですが、私の場合は積極的に「聴き方」を変えるという事に気づいてから共感できるようになりました。私なりの聴き方というのは、意図的にアタック部分を意識から消して(つまりピアノであるということを忘れて)、純粋に音色の響きの積み重ねを味わうことです。つまりメロディではなく響きのハーモニーを追うわけですが、それがHA-FX1100と相性が良い理由です。
HA-FX1100の弱点は、響きを重視しすぎて音が埋もれる事があるので、録音が高音質になるほど、情報を十分に引き出せていない感じがすることです。その点では2016年の後継機HA-FW01では大幅な進化を感じられました。
HA-FW01は振動板の薄型化やハウジング金属部品の再検討などのおかげで、ウッドドームでありながら、アタックや音像の輪郭が力強く実在感が出るようになりました。とくに低音はHA-FX1100がモコッと緩い鳴り方で、HA-FW01はズシンとパンチのある鳴り方です。ウッドドームらしく重心が低くしっかりしているのですが、録音との相性はシビアになったように思います。アンプや音源を選ぶことでイヤホンのポテンシャルを引き出す面白さがある一方で、下手な録音では響きの悪さが強調されるので、扱いが難しいイヤホンだと思います。
HA-FD01は、そんなHA-FW01と比べると、とことん不確定要素を排除して、音源やアンプへ依存せず、どんな環境でもわかりやすく美しい音色を実現してくれる、洗練されたサウンドだと思います。
バランスケーブル
余談になりますが、JVCはこれらのイヤホン用に、バランス接続MMCXアップグレードケーブル「CH-HM01MB」というのを販売しており、HA-FD01も互換性があります。バランスというと、AK 2.5mmとか、最近だとソニーの4.4mmなど、様々な端子規格がありますが、JVCの場合は、SU-AX01ポータブルアンプに用意された、左右独立3.5mmというケーブルです。
JVC純製MMCXバランスケーブル CN-HM01MB |
SU-AX01アンプの本領発揮です |
ちょっと前だと、ソニーが2014年に発売したPHA-3というポータブルアンプも同じタイプのバランス端子でしたが、以降あまり普及せず、ほぼJVC専用になってしまいました。それでも買うのはよほどのマニアです。
各イヤホンにてバランス接続を試してみたところ、どのイヤホンでも空間展開が広くなり、前後の奥行きや上下の視野が増して、スケール感が向上しました。楽器の配置が広範囲に展開されるので、立体的な見通しが良く、たとえばソロピアノリサイタルではピアノとステージ音響の関係がリアルに再現されます。空間を飛び交うというよりは箱庭的な空間を精密に組み立ててくれるというイメージです。
個人的にSU-AX01のバランスケーブルと一番相性が良いと思ったのはウッドドームHA-FW01でした。一方HA-FD01はバランス化で音像配置が遠くなることで、音色のダイレクトな新鮮さが落ちるようなマイナス点も感じられました。
そもそも、このバランスケーブルはHA-FW01のために買っています。イヤホン単体ではHA-FX1100と比べてそこまで魅力を感じなかったのですが、あるイベントのJVCブースにて、それならバランスケーブルとのセットで是非聴いてみるべきとスタッフの方に言われて、実際に試聴してみたところ「なるほど、これは凄い」と納得してしまい、後日まんまとHA-FW01+バランスケーブルとのセットを購入しました。それ以降「SU-AX01+バランスケーブル+HA-FW01」というのが、切っても切れない、個人的な「最強のJVCセット」として特別なパッケージになっています。
それと比べると、HA-FD01というイヤホンは、単体でも十分に実力が引き出せるので、わざわざアンプやケーブルの組み合わせとかを考える必要がなく、どんなシーンでも使える万能さが大きな魅力になっていると思います。
おわりに
HA-FD01イヤホンは、金属ハウジングながら派手な響きや硬さを感じさせず、楽器や歌手がクリアに引き立つサウンドは、ビギナーもマニアも満足できるような見事なチューニングだと思います。とくにピアノやギター、女性歌手などの瑞々しい生音がとても美しいです。JVCといえば個人的にウッドドームイヤホンに独特の魅力を感じますが、HA-FD01の方が音源や再生機器を選ばないため、日々気軽に使える高音質イヤホンとしても最適な候補だと思います。メインのイヤホンとしてどちらか一つ買うとしたら、断然HA-FD01だと思いますし、10万円以下のイヤホンの中でもかなり優秀な選択肢だと思います。堅牢で装着感も使い勝手も良いので、高級イヤホンにありがちな不自由さも皆無です。
これほどまでHA-FD01が良いイヤホンとなると、価格的にもっと高級なイヤホンを買う意味はあるのか、という疑問が湧いてきます。他社からは10万円を超えるようなハイエンドイヤホンが続々登場していますし、それらと比べると4万円以下のHA-FD01はかなりお買い得に思います。
多くの高級イヤホンと比べても、HA-FD01はかなり優れており、たとえば同じイヤホンを海外のガレージメーカーが10万円以上で発売したとしても十分人気が出ただろうと思います。
もちろん低域の量感や高域の派手さなど、音色のプレゼンテーションにおいては各自好みがありますから、優劣のランキングはできません。それと、HA-FD01は空間展開が前方横一直線にコンパクトにまとまっていて、サウンドが凝縮している感じもあるので、もっと緩くて広い臨場感のあるイヤホンを求めるのもアリだと思います。
私自身は、メインのイヤホンとしてCampfire Andromeda、Dita Dream、Unique Melody Mavis IIといったものを使っています。それらと比べてHA-FD01の弱点があるか考えてみたのですが、思い当たるとすれば、それはチューニングにこだわるあまり、枠組みにはまった、分かりやすいサウンドに仕上がっている事だと思います。
悪いことではないのですが、あまりにも研ぎ澄まされて、磨き上げられた美しいサウンドだからこそ、そこに入念で意図的な音作りというものが感じられ、冒頭の話に戻るのですが、どの音楽を聴いても、背後には「JVCの音を聴く」というスタイルが存在してしまいます。
私にとって、とくにDita DreamやMavis IIは(持ってない物も含めると、Noble K10とかも)、それ単体での音色や色艶、響きといったものを意識させず、アンプからの情報が無濾過でそのまま音になっているような気分になれます。(あくまで気分的なものです)。
モデルごとに性格は異なるものの、周波数帯域や空間展開はあくまで音源依存で、アルバムごとに様々な表情を見せてくれます。つまりイヤホン依存の枠組みのような限界を感じさせず、新譜を聴くたびに、新型アンプを試すたびに、なにか新しい発見や、さらなるポテンシャルを期待させてくれます。そこがHA-FD01では得られない魅力です。単純に、音色の美しさをちょっとだけ犠牲にする代わりに、帯域や空間がちょっとだけ広くなった、というだけの話なのかもしれません。
HA-FD01が4万円だからハイエンドモデルに劣るというのではなく、これはこれで十分凄いイヤホンだと思います。もう現時点でチューニングによる美しさは極めたと思うので、これ以上深く追求しすぎても、単なるバリエーションとして味付けの違いに奔走する事になってしまうと思います。
それがJVCのこだわりなのかもしれませんが、個人的に、もし今後さらなる上位機種を考案しているのだとすれば、音色の部分はアンプやDAPにまかせておいて、限界を感じさせないスケールの大きい自然なサウンドを期待したいです。もちろんそこにほんの僅かでもJVCの個性を入れる事ができれば、なお素晴らしいのですが。
ともかく、HA-FD01は魅力に溢れたイヤホンですので、是非聴いてみてください。
また、普段ゴミみたいなイヤホンを使っている一般人に、「良い音のイヤホン」というものがどういうものが知らしめるには、まさにうってつけのイヤホンだと思います。
JVCのイヤホンというのは、まだ音楽への興味が薄い人であっても、聴いているうちに、自然と「音楽を聴く」ことの楽しみを教えてくれる、そんな魅力を秘めたサウンドだと思います。