Hugo TT 2 ・M Scaler |
2018年11月発売、それぞれ価格は約70万円なので、両方合わせると140万円にもなり、さらにスピーカー用パワーアンプTTobyと合わせて三点セットとして、CHORD社の中でもミドルクラスの「Hugo TTシリーズ」という扱いになります。
今回はヘッドホンリスニングのみに限定して、Hugo TT 2とM Scalerの組み合わせで試聴しました。
Hugo TT 2
まずHugo TT 2の方は、2017年に発売したポータブルDAC・ヘッドホンアンプ「Hugo 2」の大型卓上バージョンです。TTは「テーブルトップ」の意味だそうです。カラーはシルバーとブラックがありますが、今回の試聴機はブラックでした。
Hugo TT 2 |
ポータブルHugo 2の27万円ですら高価だと思っていたところに、Hugo TT 2は70万円もするので、単純に兄弟機というよりは、そもそも想定しているユーザー層が違うようです。
一番メジャーな用途としては、パソコンとUSBケーブルで接続して、USB DAC兼ヘッドホンアンプとして使う事が出来ます。その他の入出力も豊富で、リモコンにも対応しているので、オーディオラックに組み込んでDACプリとしても活用できます。
2013年に初代「Hugo」、そして2014年に卓上モデル「Hugo TT」が発売されたので、それぞれ四年を経ての後継機という事になりますが、それらが22・56万円くらいだったのと比べると、ずいぶん値上がりしました。
初代Hugoから生まれたHugo TTは、ハウジングが大きくなったことでバッテリーが強化されたりなど、あくまで中身はポータブルモデルHugoの巨大化という印象が強く、そこまで両者の違いというものを強調していなかったのですが、今回Hugo 2からHugo TT 2では設計を大幅に変えてきました。
特に重要な変更点は:
- バッテリー廃止(ACアダプター駆動のみ)
- ヘッドホン出力強化
- DAC WTAフィルター強化
公式スペックによるとHugo 2・Qutestと同じ世代のXilinx Artix 7というFPGAチップを使っています。しかしHugo 2・Qutestは低消費電力の45コアDSPバージョンを採用している一方で、Hugo TT 2は86コアの上位チップを搭載しています。
このおかげで、演算タップ数がHugo 2・Qutestの49,152タップから、Hugo TT 2は98,304と一気に倍増しています。
CHORDのラインナップには、さらにこの上に150万円を超えるDAVEがあるのですが、そちらはHUGO TTシリーズではなくCHORALシリーズというシャーシで、主にCHORD CPAプリアンプやSPMパワーアンプといった数百万円を超えるハイエンド・オーディオシステムと組み合わせるために作られています。
一方Hugo TT 2は、同じシリーズにTTobyという小型パワーアンプもあるので、いわゆるミニコンポ的に、オーディオラック不要でコンパクトにまとめるシステムという位置づけです。私の財布からすると非常に高価ですが、CHORDとしてはレファレンスグレードではない、あくまでベッドルームオーディオのような扱いなのかもしれません。
ちなみにTTobyはHugo TT世代なので、今後なにか新しいスピーカーアンプも出るかもしれません。
初代Hugo TTと、Hugo TT 2 |
Hugo TT 2上面のガラス窓 |
初代Hugo TTのガラス窓とボリュームノブ |
デザインはぱっと見ただけでは初代Hugo TTと同じようですが、両者を並べてみると、意外と変更点が多いことに気が付きます。
初代Hugo TTでは本体上部中央にあったボリュームノブが、今回は前面に移動したことで、卓上のみでなくオーディオラックに収納しても操作出来るようになりました。
球体をぐるぐる回す事でボリュームが変わり、それに合わせて球体の色が変わる仕組みは相変わらずです。使い慣れれば色でおおよそのボリュームがわかります。
3.5mmL字はきわどいです |
Ditaは本体底上げが必要でした |
結局6.35mmアダプターを使うのが手軽です |
ヘッドホン出力は6.35mmが二つと、3.5mmが一つあります。どちらを使っても出力レベルは同じです。ちなみにこの3.5mmはシャーシが鍵状に奥まった変な形状なので、L字端子ケーブルだと困ります。CampfireのケーブルではギリギリOKでしたが、WestoneやDitaのは駄目でした。どちらにせよ、本体を底上げするか、6.35mmアダプターを使うべきです。
ちなみにCHORDはヘッドホンのバランス出力に対して懐疑的なので、背面ライン出力にはXLRがあっても、ヘッドホン出力はあえてアンバランスのみというポリシーを維持しています。
アンバランスでもHugo TT 2は一般的なバランス駆動と同等以上の高出力・低ノイズスペックを発揮できているので、バランス出力をあえて採用する意味がない(むしろ回路が複雑になり出力インピーダンスも悪化するデメリットが大きい)という考えだと思います。そのあたりを無視して「バランスの方が音が良い」と盲目的に信じている人も案外多いようですが、まず音を聴いて決めるべきです。
ボタンは左側の三つのみ |
ディスプレイパネル |
再生ファイルが352.8kHzだと352と表示されます |
ディスプレイパネルがあるので、入力やサンプルレート、現在の音量などが確認できます。
ボタンは三つで、メニュー切り替え、選択、電源(スタンバイ)です。画面上で「入力・ゲイン・クロスフィード・フィルター」を巡回して、選択ボタンでパラメーターを切り替えます。
ゲインはヘッドホンアンプの音量をHI・LOの二段階で切り替えられます。クロスフィードはOFFか1・2・3の三段階、フィルターはHugo 2・Qutestと同じように四種類から切り替えられます。
実際に使ってみた感想としては、画面を見てモードを変えるのがちょっと面倒で、各モードの現状を把握しづらいので、むしろHugo 2のように、フィルターボタン、クロスフィードボタンなど、機能ごとにボタンを分けてくれたほうが使いやすかったと思います。
あと、間違えて電源ボタンを押してしまうこともあり、再起動に結構時間がかかるのがイライラさせられました。リモコンが付属しているので、そちらを使ったほうが確実です。
フィルターについてはHugo 2・Qutestのレビューでありましたが、このHugo TT 2もそれらと同じ動作だと思います。そうであれば:
FIL 1: WTA 16FS → 256FS
FIL 2: WTA 16FS → 256FS (LPF有り)
FIL 3: WTA 16FS
FIL 4: WTA 16FS (LPF有り)
だと思います。CHORDのDSP演算を最大限に活かすにはFIL 1(Hugo 2では白モード)が一番良いですが、楽曲によってはLPF(ローパスフィルター)有りのFIL 2モードや、CHORDがWARMモードと呼ぶFIL 3・FIL 4が良い場合もあるので、好みで切り替えるべきです。
CHORDいわく、録音エンジニアの不備で、高周波にノイズがたくさん残留しているデジタル音源も結構あり、その場合はLPFで高周波をカットするモードの方が聴きやすくなる場合があるそうです。
感覚的には、FIL 1がDAVEに近く、FIL 4はMojoに近いようです。私は普段FIL 1をメインに使いますが、FIL 3・FIL 4だと空間展開よりも音像重視で太い鳴り方になります。ヘッドホンよりもスピーカーで聴いたほうが違いがわかりやすいです。
背面の豊富な入出力 |
付属ACアダプター |
XLRのロッキングボタンを押すのがちょっと困難です |
ライン出力固定・可変 |
背面には豊富な入出力端子が設けられています。ACアダプターは旧Hugo TTと同じDC 15Vです。
アナログライン出力は、メニューで固定・可変ボリュームの切り替えができます。画面上ではそれぞれDACモード・AMPモードと呼ばれています。ちなみに前面にヘッドホンを接続すると、アナログライン出力は自動的にミュートされます。
固定出力のDACモードは2.5Vrms(XLRは5Vrms)に設定されており、Qutestのようにユーザーの任意でレベルを切り替える機能は無いようです。
BNC→RCAアダプター(別売) |
一般的なユーザーは主にUSB入力を使うと思いますが、光と同軸デジタル入力もそれぞれ二系統づつあるのが嬉しいです。しかし同軸はBNC端子なので、一般的なRCAデジタルケーブルを使いたい場合は別途変換アダプターが必要です。
BNC同軸ケーブルは384kHz・24bitまでの高速PCMを扱えるので、スペックの劣るRCAケーブルよりも、できれば高性能BNCケーブルを使いたいです。同様の理由から、低速で時代遅れなAES/EBU入力も未搭載です。
ちなみにBNC「出力」も二系統ついているのが面白いです。説明書で「DX Output」と書いてありますが、これらは今後発売される別のモデルと接続するための端子なので、通常は使いません。
このパネルがチープです。ヒビが入ってました。 |
旧Hugo TTの方が質が良かったです |
Hugo TT 2の重厚なアルミ削り出しハウジングは高級感にあふれていますが、実際に使ってみたところ、ディスプレイパネルのみ、品質が良くないと感じました。
初代Hugo TTでは円形の埋め込みガラスだったのですが、今回はハウジング平面に合わせたスモーククリアのプラスチックです。
実は今回借りた試聴機は、このパネルに大きなヒビが入っていました。(みすぼらしいので他の写真ではフォトショップで隠しましたが)。押して見ると、確かに弱そうです。さらに、布で拭いたら細かい傷がついてしまい、かなりボロくなっています。70万円もする装置なのですし、頻繁に見る部分なので、もう少し高品質に仕上げてもらいたかったです。それ以外は値段相応に高級感があります。
Hugo M Scaler
続いてHugo M Scalerですが、名前に「Hugo」とあるように、Hugo TT 2と組み合わせて購入することを想定しています。上位モデルDAVEとの連携も可能ですが、その場合は同じシリーズのBlu MKIIと組み合わせるべきでしょう。Hugo M Scaler |
重ねて使いました |
M ScalerのハウジングはHugo TT 2と同じサイズですが、前方にカラフルな6つのボタンが配置されており、Hugo 2やMojoとの関連性を感じさせるデザインです。
ちなみに、説明書には本体を重ねるなと書いてあるのですが、プロモ写真では重ねてありますし、スペースの余裕が無かったので、あえて重ねて使いました。ただし上の写真ではM Scalerのボタン類を押しやすいように、Hugo TT 2をちょっと後ろにずらしてあります。本来ならピッタリ同じ寸法です。
このM Scalerの目的は、デジタル入力(主にUSB)のPCMデータを高度な演算処理でサンプル補間(アップスケール)して、同軸や光などのS/PDIF出力として出すという装置です。ようするにDACを搭載していない、D/D変換機です。
搭載FPGAはXilinx Artix 7ですが、Hugo TT 2の86 DSPコア版と比べて、M Scalerは最高性能の740 DSPコア版を搭載しています。これはBlu MkIIに搭載されている物と同じだそうで、膨大な並列演算が可能です。
M Scalerに搭載されている高速プロセッサーと膨大なバッファーによって、Hugo TT 2単体で行うよりも高度な演算処理で、より生のアナログ信号に近い波形に復元する事ができる、というのがM Scalerを導入するメリットです。
高価なだけあってカッコいいです |
メタルパネルが埋め込まれています |
背面の入出力 |
本体中央のガラス窓には、Hugo TT 2だと基板やLEDが見えましたが、M Scalerでは金属板の刻印があります。FPGAのヒートシンクかなにかでしょうか。デザインとしては派手に発光するよりは落ち着いていてカッコいいと思います。高級車の内装パネルとかに使われていそうなデザインですね。
背面には豊富なデジタル入出力がありますが、A/D D/A変換機能は無いので、アナログ入出力はありません。電源はHugo TT 2と同じ15V ACアダプターです。
様々な用途が考えられますが、一般的にはパソコンとUSB接続し、Hugo TT 2にデュアルBNCでデジタルデータを送る使い方がメインになると思います。
CHORD Qutest、Hugo TT 2、M Scaler |
付属デュアルBNCケーブルでHugo TT 2と接続 |
BNCケーブルが二本付属しているので、すぐにHugo TT 2と接続できます。QutestもデュアルBNC対応なので、これとも連携できます。
Hugo 2用にDual BNCを作ってみました |
ちなみにHugo 2にはBNC端子は無く、S/PDIF入力が3.5mmコネクターなのですが、実はTRS三極で配線さえ自作できればデュアルBNC互換ケーブルが作れます(Hugo 2の説明書にピンアサインが書いてあります)。こういった隠れたハイテクギミックがCHORDらしくて楽しいです。作ってみたところ問題なくデュアルBNCモードで音楽が聴けましたが、ケーブルを曲げすぎるとデータロックが外れてHugo 2のサンプルレートランプがチカチカ点滅しました。
6つのボタン |
フロントパネルには六つのボタンがありますが、M Scaler単体では、左側の三つのボタンのみしか使いません。
右側の三つは「DX」と書いてあり、今後発売される別の製品と連携させるためのボタンです。説明書にも一切の説明が無く、対象商品の説明書を参照しろと書いてあるのみです。
今回使う左側のボタンは、「VIDEO・INPUT・OP SR」と書いてあります。VIDEOは映像を見る時など音の遅延を無くすためM Scaler演算を簡素化するモードなので、普段はOFFにしておきます。INPUTは入力切り替えで、押すごとに色が変わるので、どの色がどの入力なのか説明書で覚えておくか、音が出るまで適当に押す事になります。USBは白色です。
OP SRは出力サンプルレート切り替えです。「赤→緑→青→白」の順に、1FS・2FS・4FS・8FSとアップスケールされるのですが、基本的に入力信号かそれ以上に整数倍アップスケールされるのみで、ダウンスケールはされません。
例えば入力信号が44.1kHzであれば、OP SRボタンを押すごとに「44.1 → 88.2 → 176.4 → 352.8」となります。入力が192kHzであれば「192 → 192 → 192 → 384」といった感じです。
DSD64・DSD128・DSD256ファイルを再生した場合、OP SRボタンは無効になり、必ず705.6kHzに固定されました。つまり、DoPビットストリームではなく、M ScalerからのデュアルBNCは必ずPCMとして送られるようです。一方Hugo TT 2へUSB接続した場合はDSDネイティブフォーマットでFPGAに送られるので、それぞれでDSDの扱い方が異なります。
画面が傷だらけで汚いですが、DBNCと書いてあります |
ちょっと待つと、705.6kHzということで705と表示されます |
Hugo TT 2の方はデュアルBNC状態を自動認識するので、単純にケーブルを接続して、OP SRを白にすることで、ディスプレイに「DBNC」と表示されます。
ちなみにHugo TT2の入力をBNC 2に合わせておけば、OP SRを切り替えたときに勝手にシングルBNCモードとして音が出るので、アップスケールの音質変化を聴き比べる時に便利です。
BNC同軸ケーブル
余談になりますが、M ScalerがデュアルBNCで送信する16FSくらいになると、ケーブル一本の送信ビットが20MHzを超える超高速信号になるので、BNC同軸ケーブルが必須になります。20MHz超となると、テレビ放送の電波とかと同じで、信号は電磁波になるので、いわゆるオーディオ用の編み込み・ツイストペア・スターカッドなどのケーブルは、どんなに高級品であっても、全く意味が無く、むしろ逆効果です。
ただのケーブルでは、高周波信号が外に放射されてしまい、角があれば反射し、隣接すれば隣に飛び移るので、96kHzくらいまでならOKですが、それ以上高速になると急激に破綻します。最悪音飛びするか、そうでなくても膨大なジッターが発生して受信側に相当負荷をかけます。
そういう事を回避して効率よく信号を送るために生まれたのが同軸ケーブルです。
中心の単線と、周囲のリング状編み込み線の直径比をぴったり計算通りに作り、あいだに特定の比誘電率の絶縁体を挟むことで、中心を流れる電磁波と、外側を戻る電磁波が上手に干渉しあい、外に漏れずにケーブルに沿って流れる仕組みです。一般家庭でも古くからアンテナで受けた信号をテレビに伝えるケーブルとして使われてきました。
BNCコネクターも、ケーブルに合わせて中心のピンと外周の比率、そして絶縁体がピッタリ計算どおりに揃うように作られており、RCAやXLRのように太い端子構造ではこれが実現できません。(寸法が狂った場所で信号が乱反射します)。
12GHz BNCケーブルと、M SCALER付属(右) |
現状で業界最高クラスの75Ω・BNCケーブルは、4K映像中継機材用のもので、太いタイプと細いタイプが手に入りますが、実測してみると、5m以下の短距離では、実は細いケーブルの方が性能が高いです。
5m以上の長距離だと、ケーブルの抵抗による電力ロスが心配されるので、できるだけ太い導体が求められますが、上の写真を見てもわかるように、太いケーブルは曲げ角度がきついと同軸構造が破綻して一気に劣化します。さらに容量負荷も高いです。
つまり、オーディオ脳の人が、ケーブルは太いほうが良いとか、7N OFCが良い、複雑な編込み形状がオーディオ向けだなんて想像していても、実際の高速デジタル伝送では全く逆で、ある程度細い的確な寸法比率の同軸ケーブルが一番伝送品質が高いです。
もちろん細すぎるとオーディオメーカーとしては売れないので、あの手この手で付加価値を高めようと努力しています(周りに何重も布巻きするとか、取っ手にカーボンや木材をあつらえるなど)。
他社の高速75ΩBNCケーブル |
M Scalerに付属しているBNCケーブルは一般的なRG59タイプというテレビ用の75Ωケーブルで、それでも問題なく動きますが、今回せっかくなので実験してみました。
BNC→RCAアダプターをつけて、RCAタイプのS/PDIFデジタルケーブルを使ってデュアルBNCモードを試してみたところ、案の定音飛びが頻発し、音質も、音像が発散してまとまりが悪い気がします。(そこそこ高価なメーカー製S/PDIFケーブルです)。
右チャンネルだけプチッと数分に一度落ちるので、デュアルBNCは左右で信号を分けているのでしょうか。そうだとすれば、ケーブルの良し悪しは空間展開や、音像のフォーカスに影響を与えるかもしれません。
逆に、ベルデンの現行最速4K用 BNC同軸ケーブル(30cm ペア5000円くらい)に変えてみました。私としては、音質がちょっと良くなった(クリア、透明感?)ような気がしますが、プラセボ効果かもしれません。音飛びは全く起こりません。
何が言いたいのかというと、オーディオマニアはまずケーブルにお金を投げ捨てるのが当然だという風習があるのですが、高速デジタルの場合は、もし比較試聴する気があるなら、何十万円もするエキゾチックなオーディオグレードケーブルではなく、実際に高性能な業務用75Ω BNC同軸ケーブルをまず試してみるべきです。
Hugo TT 2のヘッドホン出力
Hugo TT 2に話を戻して、ヘッドホン出力の最大電圧などを測ってみました。当然の事ながら、M Scalerの有無は関係ありません。いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波信号を再生しながら、ヘッドホン出力に負荷を与えて、音割れするまで(THD < 1%)ボリュームを上げた時点の最大電圧を測ってみます。
ちなみにフロントパネルにある3.5mmと6.35mm出力はどれも共通なので、測定出力は全く同じです。
ヘッドホン出力 |
参考のためにHugo 2のデータと重ねてみました。グラフを見るとわかる通り、Hugo TT 2はハイゲインモードだと約24Vpp(8.5Vrms)くらい出せるので、Hugo 2と比べてずいぶんパワフルです。ローゲインモードではHugo 2よりも最大電圧が若干低いくらいに設定されているので、IEMイヤホンなどでも使いやすいです。
それにしても、Hugo 2はバッテリー駆動ということもあり20Ω以下くらいから最大電圧が落ち込むところ、Hugo TT 2ではずいぶん粘り強く2Ω付近まで10Vppを維持しています。
また、最大24Vppというと、大抵の据え置き型ヘッドホンアンプのXLRバランス出力と同程度の高ゲインなので(例えばiFi Pro iDSDやAK L1000のバランスで24Vpp)、ほとんどの用途で必要十分と言えます。
これは単純にボリュームを上げた時の最大音量を意味するので、スペックとしては凄いですが、実用上はここまで大音量が求められる事は稀でしょう。Hugo 2でさえ十分すぎるくらいでした。
ライン出力 |
ちなみに、背面のライン出力の方も測ってみました。ボリューム可変のAMPモードで最大ボリュームにした状態です。
RCAライン出力はフロントパネルのヘッドホン出力とほぼ一致していますので、回路が共通しているのでしょう。一方XLRライン出力を見るとRCAの二倍のパワーが出ているので、このままヘッドホンも駆動できそうです(自己責任ですが)。
RCAライン出力はフロントパネルのヘッドホン出力とほぼ一致していますので、回路が共通しているのでしょう。一方XLRライン出力を見るとRCAの二倍のパワーが出ているので、このままヘッドホンも駆動できそうです(自己責任ですが)。
Hugo TT2をデジタルプリアンプとして使う場合、ラインレベルとしては非現実的なほどのパワーが出せてしまうので、送り先の入力回路を壊さないように注意する必要があります。
次に、ボリュームを1Vppに合わせた状態で、負荷に対する電圧の落ち込み具合を測ってみました。
これ以上は望めないというくらい優秀な横一直線で、2Ω負荷でも定電圧をガッチリ維持して負けません。出力インピーダンスは限りなくゼロに近いです。Hugo 2とほとんど同じ傾向なので(グラフ線の上下の差は、単純にボリュームノブの位置の誤差なので)、ヘッドホンアンプの基礎設計は両者でそっくりということがわかります。
さらに面白いのは、背面のXLR出力も、ヘッドホン出力とピッタリ一致しているので、ライン出力用途というには過剰すぎるほど出力インピーダンスが低いです。個人的には、ライン出力に特化するのなら、もうちょっと出力抵抗を入れておいた方が良いのではと思います。
ところで、初代HugoとHugo TTでは、ここまで大きな差はありませんでした(双方の最大電圧はほぼ同じでした)。今回Hugo TT 2はハイゲインモードを設けることで、Hugo 2よりも上位モデルとして明らかに差別化を図っているように感じます。
さらに面白いのは、Hugo TT 2がバッテリーを廃止して、ACアダプター駆動になった事です。もしかすると瞬間電流供給はバッテリー有りのHugo 2に劣るのでは、と懸念していたのですが、実際はむしろ逆でした。バッテリーは廃止したことで、再生時間を考慮する心配が無くなり、そのかわりにかなり大電流を引き出せる大型スーパーキャパシタを組み込んだようで、電圧ゲインの向上と、電流供給の強さを両立できています。
ところで、Chord DAVEの時もそうだったのですが、Hugo TT 2も「DAC・ヘッドホンアンプ複合機だから、単独アナログヘッドホンアンプに劣る」と勝手に思い込んで、別途ヘッドホンアンプを接続するような人が意外なほどに多かったです。
今回のスペックを見れば、そんなことをするのが勿体無いほど、Hugo TT 2は単独で圧倒的に優秀なヘッドホンアンプであることが納得できると思います。もちろん、そこに好みのヘッドホンアンプを接続して音質差を楽しむというのもオーディオの楽しみです。
Hugo TT 2とM Scalerの演算処理
CHORD DACといえば、旭化成やESSなど既成品のD/Aチップを使わずに、高速FPGAプロセッサーのWTAフィルター演算と、ゲートアレイを使ったD/A変換を行う独自性がセールスポイントになっています。44.1kHz・16bitなどのデジタルデータを、高度なアップスケールでオリジナルのアナログ信号に近いものへ復元するという考えです。
2007年の初代DAC64から、この独自の手法による音質の良さがオーディオマニアの絶大な支持を得たからこそ現在に至っています。新型DACが出るたびに、その時点で最先端のFPGAを搭載し、より高性能な演算処理を行うことで、着々と「原音の復元」に磨きをかけています。
現在どのモデルでも、CHORDのWTAフィルター演算はまず16FS・24bitでデータを補完するアルゴリズムになっているようです。つまり、44.1kHz系であれば705.6kHz、48kHz系であれば768kHzのPCMデータをリアルタイムに作成するのがWTAフィルターの主な役割です。
M Scalerの場合ここまでが役目になり、16FS化したデータをデュアルBNCで後続DACに受け渡します。
Hugo 2・Hugo TT 2・Qutestなどの場合、さらにこの16FSデータをFPGA内で256FS→2048FSなどにオーバーサンプルして、その高速ビットストリームデータを直接ゲートトランジスターに送って並列スイッチングすることで、アナログ信号に変換します。
つまり、デジタルデータをアナログ信号にするために、たった一度の高速スイッチ素子しか通らないため、既成品のオペアンプや複雑なディスクリートアナログアンプ回路などを必要とせず、それらによるノイズや歪みなどが一切排除できるというのが大きな魅力です。
他のメーカーは、既成品DACチップに依存している以上、チップから出た非力なアナログ出力から、LPF、ゲインドライバーやバッファ、DCブロッキングなど、色々なアナログ回路を通すことになり、その回路設計の複雑さや物量投入をむしろ美徳としている印象すらあります。
一方CHORDの場合は全く逆で、ノイズや歪みの影響を受けるアナログ回路の必要性を最小限に留めるために、あえてデジタル信号処理で最大限の努力を行うというアプローチです。
WTAフィルターについて話を戻して、タップ数について見てみます。
タップ数というのは、単純に言えば、一つのデータポイントを作るために演算プロセッサーに導入する前後データ参照量の事です。(演算処理的にはループなのでもっと複雑ですが)。公式カタログによると:
- Hugo 26,000
- Hugo 2 49,152
- Qutest 49,152
- Hugo TT 2 98,304
- DAVE 164,000
- M Scaler 1,015,808
オーバーサンプル、アップスケールというと、単純に「前後の点と点を直線で結ぶ」リニアオーバーサンプルがありますが、最近のDACチップは前後二点のみではなく、もうちょっと手前と奥のデータも参照した「重み付き移動平均」などを使う物が多いです。それでプリリンギング少なめ、ポストリンギング多め、などと微調整しています。
公式サイトの記事から、WTAのSINC関数 |
WTAフィルターの場合、究極の目的は、リンギング(原音に本来無い音)が発生しない完璧な波形復元です。一度に大量の前後データをFPGAに取り込み、SINC関数(サイン波のフーリエ変換)という自然振動に近い波形の合成を当てはめることで、原理的に音波振動の波形構成を復元するというアイデアです。そのリアルタイム演算式に入れる変数の数がタップ数です。
48kHzの16FSは768kHzなので、1秒間に768,000サンプルあります。Hugo 2の場合は49,152タップですから、WTAフィルターが一つのデータポイントを計算するために、およそ0.064秒、前後それぞれ0.032秒相当のデータを演算することになります。Hugo TT 2ではそれの倍です。
FPGAのDSP性能が向上することで、リアルタイム演算で扱えるタップ数はどんどん増えるわけですが、ではどれくらいのタップ数があれば必要十分と言えるのか、という話になります。
ここでWTAフィルターに使われているSINC関数を見れば、CHORDの意図がわかります。
前後対称と非対称フィルター、どちらもリンギングしています |
タップ数が少ないSINC関数や窓関数(アポダイゼーション)は、プリ・ポストリンギングが発生します。数ミリ秒単位で、本来のデータには無い波形が生じているという事です。
プリリンギングのみを嫌って、前後非対称の重み付きフィルター(Minimum Phase)を使うDACもありますが、それが必ずしも本来の音波波形どおりだという保証はありませんし、ポストリンギングが長引きます。結局どちらも正解ではないので、他社のDACではユーザーの好みで切り替えられるようになっているものが多いです。
WTAフィルターは、タップ数を増やす事で、このリンギングを低減させる効果があります。では可聴帯域内(つまり22kHz以下)で、プリ・ポストリンギングを16bit相当のノイズフロア以下(大体-100dB)に抑え込むためにWTAフィルターに必要なタップ数はというと、約100万タップになるそうです。
つまりこれくらい膨大なタップ数の演算で、ようやく一般的なDACで問題視されているデジタルフィルターのリンギング問題が、可聴帯域外・可聴レベル以下に抑え込む事ができる、という事です。
そしてこの100万タップを目指して生み出されたのがBlu Mk IIとM Scalerです。
肝心なのは、CHORDのフィルター設計は、人間の耳が聴こえないような高周波だとか、24bitの超低レベル信号などを再現しようとしているのではなく、44.1kHz・16bitという一番ベーシックなデータを、サンプリング理論に基づき原音波形まで復元するために必要なD/A変換、という点を追い求めています。
そこまでする必要があるのか、という議論になりますが、高価なハイエンドオーディオだからこそチャレンジする価値は大いにありますし、アイデアとしては、100kHzの高周波の人体への影響などといった怪しい話よりも真っ当です。
そもそも旭化成やESSなどのチップメーカーが「Bit Perfect」や「Minimum Phase」「Apodizing」など多種多様な切り替え可能フィルターを搭載していて、フィルターごとに実際に音が変わってしまうという事自体、それらD/A変換方式の不完全さを物語っています。
余談になりますが、M Scalerの1,000,000タップ、つまり前後500,000タップで16FSだと、約0.6秒前のデータまで参照することになるので、入力に対して、音声出力が0.6秒遅れてしまいます。
音楽を聴いているぶんには問題ありませんが、流石にここまでの遅延だと、映像との口パクがずれて違和感があります。そのため、M Scalerを通してコンサート動画なんかを鑑賞する際には、わざと前方参照タップ数を減らしてWTA演算を簡素化した「VIDEO」モードというボタンが搭載されています。
試聴セットアップ
実は今回、Hugo TT 2の方は2018年11月の発売時点から試聴機が身近にあったので、結構な頻度で使っていました。他のヘッドホンレビューとかでも何度か使っています。どうせならM Scalerと合わせて使ってみたいとも思っていたところ、最近ようやく試聴機を手にする機会があったので、ブログに上げる事にしました。
どちらも70万円の高価なモデルなので、実際に使ってみて、流石にあからさまな破綻や不具合は無く、動作の不具合も遭遇していません。
主にUSB接続でした |
DSD256も問題ありません(DSD4と表示されます) |
Audirvanaでの表示 |
M Scaler |
試聴ソースは主にMacbook AirのAudirvanaからUSB接続を使いました。USBケーブルはAudioquestの黒いやつです。
スマホOTGや光入力なども試してみましたが、やはり使い勝手の面では初代Hugo TTから大幅な進歩が感じられます。
Hugo TTは2013年のHugoをベースにしていただけあって、今となってはデザインが古いとこも見受けられ、特にUSB入力周りは、USB OTG認識・DSD再生などが未熟で、色々苦労させられました。その点Hugo 2・Hugo TT 2は最新設計だけあって、接続するだけですぐに使えました。
Hugo TT 2単体の試聴
今回の試聴では、まずHugo TT 2単体で使ってみました。フォステクスT60RP |
Final E5000 |
試聴は普段よく使っているFostex T60RP TH909、ベイヤーダイナミックT5p 2nd、ゼンハイザーHD800など、色々と手当たり次第聴いてみました。
イヤホンはCampfire Andromeda、Final E5000、Dita Dreamなど自前のものを聴いてみましたが、どれもバックグラウンドノイズなどの問題は聴き取れません。ただし、スイッチング電源のACアダプターを使っているからでしょうか、一部、金属ボディのイヤホンだと、装着時にチリチリと耳が感電しているような感覚がありました。Hugo TT 2本体のグラウンドをしっかり接地したら消えたので、このあたりは家庭のコンセント事情によるようです。
まず、昨年初めてHugo TT 2を試聴した時は、勝手な先入観もあり、Hugo 2とよく似たサウンドだと思いました。特に高音の透明感、解像感の高さがありながら無理に主張しない傾向は、いかにもCHORDらしいです。
それから何度かHugo 2とHugo TT 2を並べて交互に聴き比べてみたところ、やはり両者にはそこそこ違いがある事に気づきました。とくにわかりやすいのは、Hugo TT 2の方が、より低音域の方までしっかりと音が鳴っています。
低音の量が若干多めであると同時に、実在感というか音像の輪郭みたいなものが低音まで表現できるようになりました。低音ブーストといった感じではなく、中域以下の音色が充実して、堂々と落ち着いた土台のある鳴り方になった感覚です。
全体的な重心が下がり、音楽がどっしり構えるので、イメージとしては据え置き型のセパレート機の鳴り方に近づいたようです。
ありふれたDACであれば、低音を増強すればドンシャリ傾向になってしまいがちですが、CHORDの場合はHugo 2の時点ですでに高音の透明感や流れるようなスムーズさが際立っていたので、Hugo TT 2はドンシャリにならず、Hugo 2の特徴がそのまま下の方の周波数帯まで対応できるよう仕上がっています。
Hugo 2は、水のようなサウンド、もしくは純度の高い蒸留酒のような、雑味のない流動性があると表現したいのですが、Hugo TT 2は、それがもうちょっと重く、水が油になったような粘り強さを感じます。味付けが濃くなったわけではなく、純粋にレンジが拡張されて、伸びやかなまま密度や深みが増した感じです。
どちらも、初代Hugo・Hugo TTと比較すると、特に高音の自然さ、無駄な響きの少なさが大幅に進化しており、その差は歴然としています。私なら、初代の方が優れている点というのは全く思い当たりません。買い替えを検討しているなら、ぜひそうすべきです。
Hugo TT 2が単純に「音のチューニングの個性」だけではなく、ヘッドホンアンプとして優れていると確信できる理由は、どのヘッドホンを使って音楽を聴いても、それぞれのヘッドホンの潜在能力(もしくは欠点)が、より明確に現れるからです。味付けが濃いだけの豪勢なヘッドホンアンプでは、アンプの方の個性が先行してしまいがちです。
Harmonia Mundiレーベルから、François-Xavier Roth指揮Les Sièclesのベルリオーズ「イタリアのハロルド」を44.1kHz・24bit FLACで聴いてみました。2019年はベルリオーズ没後150周年ということで、新譜が多いです。ヴィオラソロはTabea Zimmermannで、カップリングにStéphane Degoutが歌う「夏の夜」が入ってます。バリトンが歌うのは珍しいです。
このRothという指揮者はフランス作品で近年かなり注目されている人で、すでにラヴェル・ドビュッシーで素晴らしいアルバムを出していますが、このベルリオーズを聴いてもその手腕が実感できます。ヴィオラのZimmermannによる貢献も大きいのですが、これまでに聴き慣れた「イタリアのハロルド」とはまるで違います。(Zimmermannは2003年にLSO LiveでColin Davisと同曲のアルバムを残していますが、解釈が全然違います)。なんというか、意図的にハイレゾの広大なダイナミックレンジを活かすかのように、ダイナミクスを異常に拡大して演奏しています。これまでのレコードやCDはもちろんのこと、コンサートホールですら実現出来ないような細かいニュアンスにこだわり、バランス調整が高性能オーディオ再生を前提に作り込まれています。まるでオーディオ技術進歩によって作曲の解釈が一歩進んだような、スリリングで不思議な感覚です。
こういう優れたアルバムを聴くと、ヘッドホンアンプの性能限界が把握しやすいです。CHORDのヘッドホンアンプの最大の魅力である「ノイズが少ない」というポイントがはっきりとわかります。FPGAだとか技術的な事がなんであれ、結局はこの一点に尽きると思います。
単純にホワイトノイズが少ないという事ではありません。それくらいなら安いアンプでも実現できます。ここでいうノイズの少なさというのは、録音されている最小レベルの音楽情報がはっきりと聴き取れる、そして、そこに注目したければ、ボリュームを上げれば
ちゃんと追従して音色が正しく表現できている、という事です。
そこそこ高価なヘッドホンアンプやDAPでも、この小音量の情報が十分に解像出来ていない物が多いです。耳を凝らして聴いても、あと一歩のところでボケるか、アンプ由来のノイズや余剰な響きに埋もれてしまいます。Hugo TT 2では、管弦問わず低い帯域まで細かなニュアンスが自然に聴き取れるので、良い録音であるほど音楽鑑賞の深みが増します。常に興味を引くので、ずっと長時間聴いていても飽きが来ません。
さらに、Hugo 2と比べて、Hugo TT 2の方がソリストのヴィオラの再現が一枚上手です。ヴァイオリンよりも芯の太いヴィオラ特有のボディの響きが、Hugo TT 2の方が忠実に再現できています。
「夏の夜」でバリトン歌手Degoutの歌声も、Hugo 2とHugo TT 2で違いが現れます。バリトンという声質上、音がこもりがちなのですが、Hugo TT 2で聴いた方が明るくスムーズな歌声です。バリトンが明るいというのも変な表現ですが、実際その中低域の霧が晴れたように、重くまろやかな歌声が姿を現します。
Hugo 2ももちろん素晴らしいので、悪く言うつもりはありません。相変わらずトップクラスに凄いヘッドホンアンプだと思います。あえてHugo TT 2の弱点を一つ挙げるとすれば、重心が低く若干リラックス寄りになったので、楽曲によっては必要になるスリルや迫力の怖さやみたいな物があまり感じられないという点です。演奏のリアルタイムな描写の緊迫感や刺激はむしろHugo 2の方が上手だと思う事もあります。
私の想像ですが、Hugo TT 2は単純にHugo 2の上位互換というわけではなく、より音楽好きのオーディオシステム向けとして、存在意義を変えてきたように思います。
Hugo 2はあくまでそれ単体で究極のポータブルレファレンス的な、硬派な(いわゆる批評的、クリティカルな)使い方に向いているので、いわゆるスタジオモニターヘッドホンのような孤高の佇まいがあります。
一方Hugo TT 2は、もっと歓楽的に音楽を楽しむために入念に作り込まれた感じで、それに求められる豊かさを秘めています。Hugo TT 2の方がカジュアルになったと言ったら聴こえが悪いですが、高音質録音を落ち着いてじっくり聴き込む事を考えると、私ならHugo TT 2を選びます。
この「ハイエンドなオーディオ機器ほどカジュアルになる」(付き合いやすくなる)というのは、最近よく感じている事です。Hugo TT 2に限らず、個人的に好きなヘッドホンアンプで例を挙げると、SIMAUDIO MOON 430HADや、iFi Audio Pro iCAN、Schiit Ragnarok、Pass HP-1など、それぞれ個性の違いはあるものの、いわゆるスタジオモニター系のサウンドとは一味違う、緩さ、柔らかさを持っています。
DACプリとしても、Benchmark、Mytek、RMEなどのように、あくまでスタジオサウンドの延長として「家庭でも使えるよ」という雰囲気ではなく、NAGRAやアキュのようにホームオーディオのハイエンドの印象に近く、スペック以上にリスニングに適したサウンドに仕上がっているのがHugo TT 2です。(CHORDが聞いたら、心外だと怒られそうですが)。
そうは言っても、Hugo TT 2はハイテクの塊で、最高レベルのパフォーマンススペックを追求して生まれた製品ですし、決して意図的に「家庭用ハイエンドっぽく」音を調整したようには思えません。それでも性格としてそう現れるのだから、不思議なものです。
M Scalerと組み合わせた時の音質
次に、M Scalerを通しての試聴です。同じくMacbook AirのAudirvanaから、Audioquestの黒いUSBケーブルを使いました。BNCケーブルは付属品です。M ScalerはOP SRボタンを押すことで瞬時にデュアルBNC(16FS)とダイレクト(1FS)モードが切り替えられ、当然ながら音量差もありませんので、聴き比べをするのは容易です。
サンプルレートを切り替えて聴き比べてみます |
まずはじめに感じたのは、アップスケールせずに44.1kHz・16bitのダイレクト出力であっても、Hugo TT 2単体と、M Scaler経由で聴いた音にそれなりの差があるようです。
M Scalerを通した方が楽器の音色が明確になり、自然で落ち着いた鳴り方になります。余計なシュワシュワした響きの拡散が収まり、くっきりと音像が浮かび上がります。低音や高音のバランスや、音場展開には差が見られず、なんというか、よりコントロールが効いて、ムダな雑音が減ったなったような印象です。
これは、Hugo TT 2自体が、USBとBNC入力で音質差があるという事もありますが、たとえばFiioの同軸S/PDIF出力から送った時と比べても、M Scalerを通した方が変化が大きいです。
単純に考えると、M Scalerによって出力されるS/PDIF信号がクリーンなのでしょうか。デジタルなのだからUSBとS/PDIF、ましてやS/PDIFソース同士で違いがあるはずがない、と思うかもしれませんが、実際に聴いてみると意外なほどに違います。
Audeze LCD4ZとベイヤーダイナミックT5p 2nd Gen |
次に、デュアルBNC(16FS)モードをじっくり試聴してみましたが、これはかなりの難題です。というのも、試聴に使ったアルバムやヘッドホンによって、効果が顕著に現れる時と、そうでない時の差が非常に大きいです。
そんなわけで、なかなか明確な感想を書きにくいのですが、一つだけ確実に言えるのは、「M Scalerを通した方が音が悪い」と感じた事は一度も無い、という事です。好みで言ったら絶対にM Scaler有りの方が好きですし、常時ONで問題ありません。
そんなあやふやなコメントで、70万円の価値があるのか、と疑問視するのもごもっともですが、変なクセや味付けを加えるようなギミックではない事は確かです。
Fostex TH909 |
M Scalerの効果が感じられやすいヘッドホンは、音像が遠く、空間を広めにとって、前後の音場展開が十分に感じられるタイプが良いみたいです。例を挙げると、ゼンハイザーHD800・HD800S、フォステクスTH909、AudezeだとLCD4Z、密閉型ではベイヤーダイナミックT5p 2nd Genなんかが良いです。極端な話、スピーカーを通して聴くのが一番わかりやすいです。
一方、ドライバーが耳間近で並行配置されていて、ハウジング音響がシンプルな構造のものや、耳穴に入れるイヤホンなどでは効果が現れにくいです。フォステクスT60RPでは効果があまり感じられませんでした。
では、どういう音楽ジャンルやアルバムはM Scalerの効果がわかりやすいかというと、古いジャズなどのアナログテープからのデジタルリマスターが一番明白です。クラシックでも、最新のものよりも、ちょっと古い60年代のステレオ録音が良いです。たぶん60~70年代ロックとかでもわかりやすいかもしれません。
Elemental Musicレーベルからの復刻で、Woody Shaw Quartet 「Live in Bremen 1983」を聴いてみました。このレーベルは以前Xanaduの復刻で凄い高音質を見せつけてくれましたが、今回もジャズ界の仙人Michael Cuscunaがプロデュースを任され、良い仕上がりです。
ウディ・ショウの全盛期はRosewoodやWoody IIIなど1970年代コロムビアでの一連のアルバムだと思うのですが、この83年ドイツライブ録音はその作風でのワンホーンカルテットです。ショウのワンホーンというのは特に珍しく、Mulgrew Miller、 Stafford James、Tony Reedusと錚々たるメンバーで激しい演奏です。ショウのスタジオ盤はどれも演奏は凄いのに、当時のコロムビア特有の無菌室のようなサウンドが嫌いだったので、このライブ盤はなお歓迎できます。
M ScalerのデュアルBNCモードで聴いてみて、とく明確に感じられた傾向が二つありました。
まずひとつは、「アタックや刺激音の表現が自然になる」という感覚です。単純に丸くなったというわけではなく、アタックのインパクトは維持しながら、よりリアルな楽器音の一部として正しく収まります。アップスケーラーOFFだと、ドラムのハイハットやトランペット出音の一音一音がどれも同じようにヘッドホンから生じる硬い質感として聴こえて、アップスケーラーONにするとそれぞれの表現に楽器音としての変化が伺えるような印象です。
これについては、一般的なDACでも、フィルターモードを切り替えると(たとえばBit PerfectとMinimum Phaseとか)雰囲気が変わるのと似たような効果です。ただ、それらの場合は各モードごとに良し悪しがあり(Minimum Phaseだと緩すぎるとか)、どっちつかずになってしまうところ、M Scalerでは弱点が全く感じられず、直感的に「これは自然だ」と思えるので、簡単に言えば「非常に優れたフィルターモード」という表現が的確だと思います。
とくに、アタック情報が聴き分けやすいTH909のようなヘッドホンでは、違いがわかりやすいです。逆にヘッドホンそのものに金属的な硬さがあるものでは、よくわかりません。
もうひとつは、「空間展開の収まりが良くなる」という感覚です。たとえば広くステレオ展開している録音などで、左右両極端にある音源では、アップスケーラーを通すと、それらがスッと耳元から離れて正しい位置に収まります。
センター寄りに移動するわけではないので、クロスフィードとは違います。音響の乱雑さが整えられて、すべての音像が正しい位置で「腑に落ちる」ような感じです。
とくに音色の力強さと空間表現を両立できているAudeze LCD-4Zなどで聴くと、この効果がわかりやすいです。不自然に前に飛び出した音による不快感がきれいに払拭され、音楽鑑賞に余裕が生まれます。
分析能力の高さというのは、単純に顕微鏡のように細かい音を再現するというだけではなく、自分が聴きたい音に容易にフォーカスできて、不自然さ、不快感に集中を邪魔されない、という事がとても重要だということが、M Scalerを通すことで理解できます。
エラ・フィッツジェラルドの1957年スタジオ・アルバム「Like Someone in Love」が192kHzハイレゾPCMで登場したので、これを聴いてみました。
オケ入りのゴージャスなステレオ録音で、スタン・ゲッツもゲスト出演しているのが良いです。エラは長いキャリアの中で多数のスタジオ・アルバムを出していますが、個人的に、声の状態、伴奏、選曲、録音品質と、総合的に評価すると、オケ入りなら、このアルバムがベストだと思います。
M Scalerはアップスケーラーなので、192kHz・24bitのハイレゾソースではそこまでの効果は得られないのでは、と想像していたのですが、実際聴いてみると、そうでもありません。
不思議なことに、44.1kHzでも192kHzでもM Scalerのアップスケーラー効果は同じくらい体感できます。とくに、先ほどのジャズアルバムと同様に、古いアナログ録音のデジタル化で一番わかりやすい変化があります。
このアルバムは、かなり初期のステレオ録音なので、左右へ広がる効果が強調されている一方で、前後の距離感などは結構適当です。とくに前方音場が再現しやすいHD800などで聴くと、楽器や帯域ごとに空間配置がバラバラで不自然なのが気になります。
そんな音楽でM ScalerのアップスケーラーをONにすると、展開が再構成され、一定の距離感で整然と収まります。音像が遠くなるとか、響きが広がるとか、そういった演出効果ではなく、正しい位置に戻る印象です。
アップスケーラーをOFFにすると普段どおりの音になります。このほうが、特定の音色がリスナーの間近に迫ったり、響きが遠く奥へ広がったり、奔放に包み込むようなサラウンドっぽさが強調されます。特にHD800などではなおさら、アップスケーラーOFFのほうが音響が豊かなので、リアルっぽく感じるかもしれません。しかしアップスケーラーONで聴いたほうが位相情報の違和感が緩和されたような気分で、心地よく自然に聴こえます。
エラの歌声を聴いていると、普段なら声が「拡声」しているように、音源位置から自分に向かって響きが付帯している感じで、なにか共鳴音波を顔で浴びているような感覚なのですが、アップスケーラーONだと、前方に歌声があり、自分からそれを聴きに行っているだけのような感覚です。オケの弦楽器も、ザワザワと耳を撫でるような鳴り方だったものが、アップスケーラーONだと、歌手の後方左右の正しい位置で鳴っています。音色や響きの主張そのものが弱くなった感じは無いです。浴びせられる体感から自然な鑑賞に変わったと表現したいです。
ちなみにDSDアルバムもいくつか聴いてみましたが、それらでは期待していたほどM Scalerの効果は得られませんでした。ただし、Hugo TT 2に直接送るのと比べて、M Scalerを通しても、いわゆるDSD→PCM変換でありがちな劣化があるよういは感じないので、わざわざUSB接続を替えてまで使い分ける必要性は感じませんでした。705kHzほどの高レートだと、もはやDSDとPCMの境界線もあやふやになるのでしょうか。
おわりに
今回はHugo TT 2とM Scalerの組み合わせを試聴してみたわけですが、Hugo TT 2の方は順当な進化というか、より高級志向なハイエンド・オーディオとして期待を裏切らない音質でした。電源やD/A変換が進化すればこうなるんだな、と納得できるような音質向上で、Hugo 2の二倍以上の価格になったことも説得力がある仕上がりです。普段はスピーカーメインでヘッドホンもちょっと聴きたい、という人ほど、この鳴り方に共感できると思います。
M Scalerの方が判断が難しいです。この際70万円の価値があるかどうかは無視して(財布の余裕は人それぞれですし)、実際に音質向上なのかどうかという点で、深く考えさせられました。
どういう事かというと、M Scalerを通して聴いた音は、これまでいわゆる高性能DACが目指していた音の指標、つまりデジタルらしさのレファレンスから道が外れており、もし他社のハイエンドDACを正しいとするなら、M Scalerでの音は極めて異質です。
とくにアタックの響き方や、音場展開の広がり方は、それまで色々と聴いてきた優秀なDACで聴こえていた鳴り方が正解として、自分の耳に焼き付いているので、それがM Scalerで覆されたとなると、ちょっと簡単には受け入れがたいものがあります。いわゆるデジタルっぽさというのはこういうものだと30年間植え付けられていた音が否定されたような感覚です。
それがたとえば真空管増幅であったり、90年代に流行った近似曲線補完による意図的な雰囲気作りだったりならわかりますが、CHORDが主張するように、WTAフィルターというアルゴリズム原理をそのまま高速化・タップ数を拡張しただけでこのような結果になるのだとしたら、なおさら凄い事です。
繰り返しますが、ESS・バーブラウン・旭化成などのDACでも、それぞれの音質差やフィルターモード切り替えによる音の変化が顕著なので、D/A変換がまだ不完全であることは確かなようです。(理論上は、どれも22kHzまでフラットで、16bitのダイナミックレンジさえあれば、違いは人間の耳には聴こえないはずです)。
今後DACチップは単なる高S/N化や超ハイレゾフォーマット対応などの見かけ上の競争スペックだけではなく、M Scalerと似たようなアップスケール機能が求められる時代が来るのかもしれませんし、XMOSのようなUSBインターフェースICや、DAPのCPUがその役割を強化し、高度なアップスケール処理を行った上でDACチップに送るのが主流になるかもしれません。
A/D変換の不都合を容認して、ノンオーバーサンプルでデジタルらしい音を聴くのが好きだ、という趣味の人であれば別ですが、もしアナログ波形の復元を突き詰めて、行き着く先がM Scalerなのであれば、一般的なDACはまだまだ完成に程遠いという事が、技術的主張だけの机上の空論ではなく、純粋に音を聴いただけで実感できたことが、今回の大きな収穫です。
CHORDの音は特徴的すぎるので、気に入ったのならライバルは不在です。私の勝手な印象としては、Hugo 2からオーディオファイル的な直系の進化はBlu MkII + DAVEの方で、機材のあれこれよりも音楽鑑賞を楽しみたい人はM Scaler + Hugo TT 2を気に入ると思いました。どちらを選んでも正解ですが、それぞれに特出した魅力を感じます。