フランスのFocalから、新作ヘッドホン「Stellia」を試聴してみたので、感想とかを書いておきます。
Focal Stellia |
2019年5月発売で、価格は約32万円です。同社の開放型フラッグシップヘッドホン「Utopia」は2016年に同じような価格帯で登場して一躍ハイエンドヘッドホンの代名詞になりましたが、その技術を応用して生まれた密閉型モデルがStelliaです。
Focal Stellia
Focalはフランスの大手スピーカーメーカーで、上級スピーカーシリーズにベリリウム振動板を採用していることが古くからの伝統になっています。そのベリリウム振動板技術を応用した最上級ヘッドホンが「Utopia」で、アルミ合金振動板を使う下位モデルとは明確に差別化されていました。ちなみにUtopiaというのは、同社最上級スピーカーシリーズと同じ名前なので、その意気込みを見せています。そして今回StelliaにてUtopia以外で初めてベリリウム振動板を搭載したことが注目を集めています。
Berylliumだそうです |
ヘッドホンにおいて密閉型というのはポータブル向けというイメージがあるせいか、開放型と比べてどうしても下に見られがちですが、この数年で各ヘッドホンメーカーの高級開放型モデルが出揃ってしまったため、近頃は高級密閉型が一種のブームになっています。
どのメーカーもこれまでだったら「フラッグシップはやっぱり開放型」と思っていたところ、最近こぞって腕の見せ所とばかり密閉型ヘッドホンの開発に着手しはじめています。すでに上質な開放型ヘッドホンを所有しているので、次は優れた密閉型ヘッドホンが欲しいと思っている人も多いのではないでしょうか。
さすが高級感があります |
さすがフランスのメーカーだけあって、有機的で上品に、しかもわずかに挑戦的なデザインに仕上がっています。チョコレートというか、オレンジというか、公式ではコニャックと呼んでいるそうですが、フランスでなければ超ハイエンド機にいきなりこんな色を選ぶことは無いでしょう。日本メーカーの開発会議だったらたぶん通りません。イメージとしては高級スポーツカーの内装を連想します。
高級そうなヘッドバンド |
カーシートのようなレザーイヤーパッド |
これまでのモデル同様フランス製で、全体のビジュアルはオートクチュールを意識しているようです。手作りっぽいというわけではなく、平均点の無難さやITガジェットっぽさをできるだけ和らげて、まるで職人がこだわりを持ってデザインしたかのようなプライベートな作品という意味です。
ヘッドバンドやイヤーパッドのしっとりしたレザーの質感や、アームのカーブ具合や面取りの配慮など、現物を手にとってみたときの満足感がとても高いです。
ElegiaとStellia |
StelliaはUtopiaと同じクラスのヘッドホンなのですが、全体的なフォルムはむしろ下位モデルElear・Clear・Elegiaなどに近いです。
一番目立つところではアームがUtopiaのようなカーボン素材ではなくアルミになっています。さらにケーブル着脱コネクターもUtopiaのLEMOコネクターではなく、シンプルな3.5mmです。
Utopiaとはあまり似ていません |
サイズはほぼ同じです |
UtopiaはLEMO端子でした |
個人的にこの判断はダウングレードというよりもむしろ進化だと思えます。Utopiaはハイエンドヘッドホン第一号機ということでかなり気張って奇抜な設計になっていましたが、実用上は後発の下位モデルの方がよほど優れています。LEMOコネクターはデザインがプロっぽくてカッコいいですが、重くて高価なわりに3.5mmに対してさほど優位性がありません。
Utopiaのハウジングは当時できるだけUtopiaスピーカーのデザインに寄せようという努力が垣間見えますが、その分ちょっとゴテゴテした「デザインしすぎ」な印象もあり、カーボンアームもアルミと比べてフニャフニャしているので経年劣化で緩くなりがちです。
UtopiaとStelliaを装着して比べてみると、Stelliaのピッタリ包み込むようなフィット感と比べて、Utopiaは左右の重い物体を頭上で釣って支えているような感触です。Utopiaのデザインのまま密閉型にしても、まともな密閉感は得られないだろうと思います。
3.5mmTS端子 |
付属ケーブル |
StelliaのケーブルはClearなどに付属しているものと同じような布巻きタイプで、かなり硬いので取り回しは悪いです。1.2m・3.5mmタイプと、3m・4ピンXLRバランスタイプが付属しています。どちらも手触りはアイロンの耐熱ケーブルのような印象です。音質や堅牢さを考慮してFocalはこれを選んだのでしょう。左右両出し3.5mmなので社外品交換ケーブルの種類も豊富です。
イヤーパッド |
Elegiaのイヤーパッド |
イヤーパッドはこれまでのFocalヘッドホンと同様にプラスチックのピンで固定されているので、引っ張れば簡単に着脱できます。ドライバーはぱっと見ただけではベリリウム振動板というのはわかりませんが、周辺のデザインは他のモデルとそっくりです。
前後の回転角は少ないです |
Stelliaの装着感は数ある密閉型ヘッドホンの中でもかなり快適な部類で、側圧は強めですが、パッドやヘッドバンドが優秀なので痛くならず、ホールドの安定具合が素晴らしいです。ただし前後の回転角がとても狭いので、ピッタリとフィットしない人もいるかもしれません。このあたりの設計はゼンハイザーHD650とよく似ています。
密閉型ヘッドホンなので、イヤーパッドの密閉具合で低音の量感がかなり変わってきます。外周がレザーで覆われた厚手の低反発パッドなので、しっかりと耳周り包み込みます。遮音性は良好で、とくに高音をかなりカットしてくれるので、周囲の騒音はまるで水中にいるようにモコモコと聞こえます。
同じく密閉型のElegiaと比べると、単純にパッドの品質差でStelliaの方が装着感が優れています。
ClearとStellia |
ちなみに開放型Clearのパッドのほうがメッシュっぽくて通気性は良さげですが、サウンドはかなり変わってしまいます。それとClearのパッドはマイクロファイバー素材なので、Shure SRH1540などと同様に、使い古された試聴機だとジメジメしていて気持ちが悪いです。その点Stelliaのパッドは乾いた布で拭けば綺麗になるので良いです。
インピーダンス |
Stelliaのインピーダンスを測ってみました。スペックでは35Ωということですが、実測もだいたいそのへんで、そこまで大きな変動もありません。かなり鳴らしやすそうです。他のFocalヘッドホンのデータと重ねてみましたが、面白いのは開放型モデルの方が低域のインピーダンスピークが大きいことです。極端にインピーダンスが下がるポイントは無いので、最近のDAPやヘッドホンアンプであれば駆動に問題は無さそうです。
それにしても、StelliaとElegiaでドライバーやハウジング素材などが根本的に違うのに、インピーダンス値がここまで似ているのは驚きました。
位相 |
位相も比べてみましたが、開放型は極端な(90度以上の)位相回転があるのと比べて、Stelliaはそこそこ落ち着いています。位相変動が大きいほど音が悪いというわけではありませんが(逆に言えば、位相が完璧にフラットでも良い音とは限りませんが)、このあたりが平面駆動型ヘッドホンとくらべてダイナミック型が面白いところで、各モデルのイメージングに大きな影響を与えるだろうと思います。
音質とか
Stelliaは超高級ヘッドホンなので、それなりに見合ったアンプで駆動すべきだと思いますが、その一方で密閉型ポータブル機という位置づけでもあるので、DAPとの組み合わせも視野に入れたいです。大型アンプも良いですが |
DAPでも十分でした |
今回の試聴では主にiFi Audio Pro iDSD・Pro iCANの組み合わせを使いましたが、さらに私が最近買ったHiby R6 PRO DAPでも試してみました。
一応FocalはフランスではStelliaやUtopiaと組み合わせるべく「Arche」という据え置き型DAC・ヘッドホンアンプを出しているのですが、残念ながら今回は手元に試聴機がありませんでした。
Stelliaは35Ω・106dB/mWという公式スペックのとおり、音量は取りやすいです。R6 PRO DAPの3.5mmシングルエンド接続でも、ボリューム50-60%くらいで適音量が得られました。
DAPというのは繊細な音色表現や解像感が得意であっても、出力が弱いのでヘッドホンだとパワー不足を感じることが多いのですが、Stelliaの場合はそこまで要求が高くないので、ちゃんとDAP特有の音楽表現の良さが活かせていると思いました。そういった意味ではStelliaは大型ハイエンドヘッドホンというよりはIEMイヤホンなどに近い感覚で使えます。第一印象でまずソニーのIER-Z1Rとかを聴いている時の雰囲気を連想しました。
ポータブルと称しながら結局据え置きアンプじゃないと本領発揮できないヘッドホンが多い中で、Stelliaはただインピーダンスを下げただけではなく、ちゃんとポータブルで良さが引き出せるような設計にしてくれたのは優秀だと思います。
SavantレーベルからDanny Grissett「Remembrance」を聴いてみました。これでもかというほど王道直球なモダンジャズで、ピアノリーダーのGrissettによるトリオに、サックスのDayna Stephensを入れたカルテットになっています。サックスリーダー作品とは違い、ピアノが伴奏に収まらないかなり気合の入った演奏なので聴き応えがあります。どの曲も「ピアノ上手いな・・・」と聴き入ってしまいます。Systems Twoスタジオでの録音なので相変わらず素晴らしく自然な録音です。
Focal Stelliaヘッドホンの感想を一言であらわすと、空間距離に十分な余裕を持たせた、柔らかく不快感が少なく、扱いやすいヘッドホンです。奇抜なサウンドではないので第一印象のインパクトは派手さに欠けますが、じっくり聴いてみると入念に作り込まれていることが感じられます。
どの楽器も音像の配置距離が明確で、密閉型っぽい音の詰まりや閉鎖感は少ないので、どちらかというと温厚なタイプの開放型・セミオープン型に近い印象で、たとえばHD650とかが好きな人は気にいると思います。ちゃんとハイハットなど高音の方までしっかり出ていますが、ウッドベースの低域に向かってなだらかな傾斜がある温かみのあるチューニングで、あえて高解像っぽく派手に尖らせてはいない大人向けのサウンドだと思います。
ポータブル仕様というと、屋外騒音に負けないようにパンチの強いドンシャリを強めているメーカーも多いですが、Stelliaの場合はそうでなく、仰々しいアンプの前に鎮座するのではなく気楽にソファーでゆったり聴く、あくまで「場所を選ばない」という意味でのポータブルに適しています。
ドンシャリに尖らせたヘッドホンでは、「ボーカルと伴奏」といった構成ならば上手く誤魔化せても、ジャズカルテットや弦楽四重奏のように対等なアンサンブルの場合は破綻しやすいです。Stelliaはそういった難しい構成をちゃんと鳴らしきってくれるので、並大抵のヘッドホンではないと思えました。
フランスのヘッドホンということで、AlphaレーベルからSandrine Piauの新譜「Si j'ai aimé」を聴いてみました。どのアルバムも個性的で素晴らしいソプラノ歌手Piauですが、今回はフランスのロマン派をオーケストラ伴奏で、ベルリオーズ「夏の夜」から始まり、マスネ、デュパルクなど、フランス歌曲がサロンピアノからコンサートホールに広がりつつある時代という企画です。打ち込みやサンプラーばかりの世の中では忘れがちですが、音楽にとって重要なのはメロディやハーモニーのみでなく、音色の質感、色彩の豊かさだという事を思い出させてくれるアルバムです。
StelliaをこれまでのFocalヘッドホンと比べてみると、似ている部分と、そうでない部分に別れます。
まずFocalヘッドホン全般の共通点ですが、どのモデルも根底にあるのがスピーカーっぽさ、具体的にはFocal製スピーカーで聴く音楽のイメージに近づけるための努力が感じられます。これはB&Wやソニーなども同じ事が言えるのかもしれませんが、Focalは一歩先を進んでいます。一般的なモニターヘッドホンの常識と比較すると違和感がいくつか思い当たるのですが、それらを「スピーカーっぽさ」という視点に当てはめると説得力があります。
ここで言うスピーカーっぽさというのは、生楽器の演奏や、スタジオのニアフィールドアクティブモニタースピーカーとはちょっと違います。そこそこ大きなフロアスタンディングスピーカーを、家庭のリビングルームで鳴らして聴くという意味です。
いわゆるスタジオモニターヘッドホンとは根本的に異なる考え方です。ヘッドホンマニアの中でも、家庭用スピーカーは未体験だと、サウンドの優劣の判断はあくまでヘッドホンを基準に定まってしまいがちですが、普段からリビングルームのスピーカーオーディオに慣れ親しんでいて、ヘッドホンにもスピーカーらしさを期待する人では、求めているサウンドの方向性が異なります。
そのため、私がヘッドホン目線だけでStelliaを評価すると、いまいちその良さを主張しづらいのですが、スピーカー目線も兼ねて評価すると、かなり良くできたヘッドホンだと納得できます。つまりいわゆるモニターヘッドホンと比べてどうだというのは解釈が間違っていると思います。
Stelliaのサウンドがスピーカーっぽいと思える点は、主に三つあります。
まずは中高域、とくにソプラノ・女性ボーカル帯域の主張が強く、ヘッドホンとしてはけっこう珍しいタイプの鳴り方です。音量が大きいというよりも、ここだけドライバーから直接耳に届いているような感覚の事です。これはFocalヘッドホン全般に言えることで、FocalスピーカーのUtopiaやElectraシリーズと共通する個性です。ヘッドホン的に言うと、押しが強い、飽和したような、といった風にも捉えがちですが、実際スピーカーのミッドレンジドライバーから発せられる音の感覚に近いので、こういう鳴り方を求めている人は多いと思います。
どのアルバムを聴いても、ボリュームノブを徐々に上げていくと、必ずこの女性ボーカル(もしくはヴァイオリン、ギターなど)の中高域のハイテンションぶりが目立ってきます。まさにスピーカーから顔面に浴びせられるような力強いサウンドです。
StelliaとUtopiaはベリリウム製ドライバーで、その下のElear・Clearなどはアルミ合金製なのですが、違いはそこまで大きいものではなく、とくにこの中高域の特徴でFocalだとすぐわかります。アルミの方が解像感のきめ細かさが足りず大味だとも感じますが、ハウジングなど他の要素もあるかもしれません。
どちらにせよ、目前のドライバーから自分に向かって拡声されているというイメージが強いので、好きな人にとっては「高級ヘッドホンは色々聴いてみたけど、やっぱり自分が満足できるのはこれしか無い」と思えるオンリーワンの存在になりえます。
スピーカーっぽい特徴の二つ目は、低域の出方です。一般的な開放型レファレンスヘッドホンと比較するとStelliaは密閉型ということもあり低音の量が多いのですが、鼓膜を刺激するピーキーな音圧ではなく、広い帯域で上手くブレンドした、雰囲気の良い鳴り方です。
いわゆるタイトな鳴り方ではないので、レファレンス的に正確なタイミングとか、何ヘルツまでどの楽器が鳴っているとかそういった事を分析するには不向きです。この低音の感触が、バスレフポートで部屋を鳴らしている感じと似ています。つまりドライバーが前後に空気を押し出しているのではなく、部屋全体をキャビネットと捉えて副次的な低音を鳴らしている、家庭用スピーカーの感触です。
特徴の三つ目は、低音にも関連しているのですが、中高域以外の全てのサウンドがドライバーからの直接音ではなく一旦ハウジングを介した音を聴いている感覚があり、つまりスピーカーと部屋の関係性と似ています。UltrasoneのS-LOGICに近い感じもありますが、あれほどすべての音源を特定距離にビタッと揃えるのではなく、Stelliaの方が部屋っぽい臨場感を上手く演出できていると思います。
各Focalヘッドホンのサウンドの違いは、スピーカーのサイズと部屋のセッティングによる違いと似ています。上位モデルになるほど大型スピーカーを理想的な部屋で鳴らしている感覚で、下位モデルではまるで小さな部屋で無理に鳴らしているようです。
中でもStelliaは今のところFocalヘッドホンの中では私が一番好きな鳴り方です。密閉型という事を巧みに駆使して、いわゆるリビングルーム的な箱鳴り感というか、響き方を上手に演出できていると思います。
リスナーを全方角から包み込むように豊かな音響を作り上げるのですが、狭さを感じさせない十分な距離感があり、その中で前方にあるスピーカーから力強い中高域が鳴っているような感じが伝わります。もっと上の高音は、スピーカーに例えれば、トーイン角度をあまり強めず軸線をずらしたような雰囲気です。モニターヘッドホンのように高音の刺激が直接耳穴に飛び込んでくるのではなく、ハウジングでワンクッション置いたものが聴こえます。ロールオフされたとか、限界を感じさせるのではなく、耳元ではない別の場所から鳴っているような感覚です。このあたりも、モニターヘッドホンはコンパクトニアフィールドモニタースピーカーに近く、Stelliaは家庭用スピーカーに近いという感じです。
つまりStelliaに限らずFocalヘッドホンはスピーカーと部屋のセットをおまかせで買っているようなものなので、気に入れば絶賛できますが、自分の好みに合わないと、音響を取り除くわけにはいかないので、どうにも調整しようがありません。そこが無響室っぽいモニターヘッドホンとの大きな違いだと思います。
サウンドはElegiaとかなり違います |
同じく密閉型ヘッドホンのFocal Elegiaと比較すると、その差は大きいです。Elegiaはプラスチックっぽいハウジングの見た目がそのまま音になっている印象で、個人的にあまり好きではありません。Stelliaと比べるとElegiaは響きがかなり散漫で、空間の狭さを感じます。そこそこ大きなスピーカーを小さな部屋に詰め込んだようなもどかしさというか、とくに中域の音色と空間の分別が不十分で、情報が響きに埋もれてしまいます。
Elegiaは同じクラスの開放型モデルElearと比較して、明らかに「開放型ヘッドホンを密閉型に改造した時の音」なので、まあこんなものかと納得していたのですが、Stelliaはこの不具合を見事に解決してくれました。
Elegia・Elearの上にはClearという開放型ヘッドホンがありますが、StelliaはUtopiaの密閉型バージョンというよりもむしろ、開放型Elear・Clearの良さを損なわずに正しく密閉型を作ったら、こんな価格になってしまった、といった方がしっくりきます。
私にとって、Focal Utopiaヘッドホンというのは最高のサウンドというよりも、あくまでFocalの高級ヘッドホン参入第一号機としてのステートメントモデルという印象が強いです。サウンドは確かに素晴らしいのですが、帯域ごとに独特なチューニング調整の苦労が垣間見え、音源やアンプとの相性にも左右されやすく、ハウジング構造もまだ試作っぽい部分が多く、総合的にかなり扱いづらいヘッドホンだと思います。
Utopiaは中高域の出音が強いという性格はStelliaと同様ですが、それ以外の部分に色々なことが起こりすぎていて、心地良さはStelliaに一歩譲ります。Utopiaはオーディオショップのリスニングデモルームっぽく、Stelliaはしっかりセッティングされた熟練オーディオマニアのリビングルームっぽいといえばわかるでしょうか。
もっと抽象的な言い方をすれば、Utopiaはまるで山海盛り合わせの食べ放題レストランのようで、ソースやケーブルなどで自分好みにコントロールする楽しみがありますが、ちょっと手に余るところがあり、一方Stelliaは複雑なレシピを一見シンプルに仕上げたフランスの一品料理といった印象で、シェフの腕前が光ります。
おわりに
Stelliaは、Focalが目指す最高のサウンドを手軽に実現できるという「扱いやすさ」が最大の魅力だと思います。幅広いジャンルやソースに対応し、アンプの要求も高くなく、密閉型でフィット感も良好と、トータルの完成度が非常に高いです。DAPでも使いやすいです |
Utopiaと並ぶ30万円超という値段は妥当かという疑問はありますが、あくまでFocalのラインナップの中では説得力がある価格設定だと思います。
Stelliaのデザインは10万円の密閉型Elegiaと似ていますが、サウンドには大幅な差があると思いましたし、Utopiaよりも後発であるため完成度が高く、この数年でFocalが蓄積した経験がしっかりと反映されていることが伝わってきます。
Clearとは良いライバルです |
唯一健闘していると思えたのは15万円のClearで、値段もClearの方が安いですが、しかしClearは開放型です。Clearと同価格で密閉型ヘッドホンを作っても、Stelliaの水準のサウンドは実現できないだろうと思います。
では他社で30万円の密閉型ヘッドホンにライバルは存在するのかという話になると、個人的には10万円以上になるともはやメーカー間の優劣は付け難く、あくまで各自の趣味趣向になります。
Focalは世界的スピーカーブランドなので、そこから我々が期待しているのは、長年にわたる家庭オーディオ導入例からフィードバックされたノウハウをヘッドホンにもたらしてくれることです。フランス製ということと、ブランドイメージの後ろ盾があるので価格的にも強気になれますが、少なくともStelliaはそのイメージに恥じない水準に仕上がっていると思います。
昨今のヘッドホンブームで多くの欧米オーディオメーカーがヘッドホンビジネスに手を出していますが、多くのメーカーは真剣勝負する自信が無いようで、小手先のカジュアルOEM商品が多いです。そんな中で、真面目な技術開発でれっきとしたハイエンド市場に勝負をかけているのはFocalのみではないでしょうか。
Stelliaはとくにスピーカーオーディオをメインで活用している人にオススメしたいです。たとえば、すさまじくハイエンドなホームシステムを組んでいる人でも、趣味は音楽鑑賞の方なので、機器に関しては無頓着でほとんどショップ任せ、という人は結構多いです。
他社が考えるハイエンドヘッドホンというのが「巨大アンプやケーブル交換であれこれ頭を悩ませる機材マニア」を想定しているのだとすれば、Focalが考えるヘッドホンというのは「メインのFocalオーディオとはべつに、ヘッドホンはあくまで手軽なサブ機として手元に置いておくユーザー」が思い浮かびます。
たとえ同じハイエンドでも、Stelliaはネット掲示板やレビューなどのヘッドホンマニア層から一歩離れたモデルだと思うので、そこが他のメーカーではなかなか成し得ない、Focalだからこそできる懐の深さが感じられます。