しっかりしたレビューではありませんが、Niimbus US4というヘッドホンアンプをちょっと聴く機会があったので、手短に感想を書いておきます。
Violectric V281とNiimbus US4 |
2019年発売、ドイツのメーカーのアナログヘッドホンアンプで、価格は約60万円という最高峰ハイエンドモデルです。同メーカーのViolectric V281というモデルを個人的にずっとメインヘッドホンアンプとして愛用してきたので、今作でどの程度進化したのか気になります。
NiimbusとViolectric
Niimbus US4は非常に高価なヘッドホンアンプなので、そう簡単に買う気も起きませんし、なかなかじっくり試聴できる機会が無かったのですが、先日仲の良い友人が思い切って購入したということで、自宅に持ってきてくれました。私が長年使っているV281と並べて聴き比べてみたい、という事で、願ったり叶ったりです。
その友人はすでに私のV281とよく似たV280というヘッドホンアンプを持っており、そちらのポテンシャルに関心して、せっかくだから最新最高のNiimbus US4に買い換えよう、と決心したそうです。
ちなみにこの人は他にも高級ヘッドホンアンプを多数所有しており、HD800ならこれ、HE1000SEならこっち、といった具合に、各ヘッドホンごとの相性によって、真空管やトランジスターなど異なるヘッドホンアンプとセットで使い分けている、生粋のヘッドホンマニアなのですが、そろそろ単一システムに落ち着きたいと考えた末に選んだのがNiimbusということで、期待度の高さが伺えます。
Niimbus/Violectricというブランドはちょっとややこしいです。ドイツ最南部、スイスとの国境にあるコンスタンツ湖の湖畔に本拠地を構えるLake People Electronicというプロオーディオ機器メーカーがあり、レコーディング機器はLake Peopleブランド、音楽鑑賞用にも適した上級モデルはViolectricブランド、というふうに分けています。
さらに2020年1月にLake PeopleはドイツCMA社の傘下に入り、運営体制が大きく変わりました。CMA社というのは、ドイツにてChordやAudezeといった海外ブランドの輸入を扱っている大手代理店です。
CMA傘下に入ったタイミングと前後して、Violectricよりもさらに上のハイエンドオーディオファイル向け製品として、Niimbusというブランドが誕生しました。
つまり、Lake People・Violectric・Niimbusという三段階で、基礎設計やデザインコンセプトを共有しながら、想定する客層に応じて製品ラインナップを揃える、という感じです。
ブランド名を変えるというのは、何か後ろめたいとか、意図的に隠す必要がある、というわけではなく、販売戦略において結構重要です。TASCAM・ティアック・エソテリックとか、トヨタとレクサスの関係みたいなものでしょうか。たとえば高級特約店ではNiimbus、ホームオーディオショップではViolectric、プロオーディオショップではLake Peopleといった具合に、店舗に合わせた製品ラインナップを用意できますし、さらに海外の輸入代理店と契約する際にも、プロとコンシューマーではノウハウや販売経路の違いから、分けたほうが有利な事があります。
なんにせよ、ドイツのプロオーディオメーカーによる極めて真面目なオーディオ製品という事実は変わりません。ヘッドホンアンプの現行ラインナップは価格順で下記のようになっており、現時点ではどれもドイツ国内で製造しています。
- Lake People G103
- Lake People G105
- Lake People G111
- Violectric V200
- Violectric V280
- Violectric V380
- Violectric V590
- Violectric V590 PRO
- Niimbus US4
- Niimbus US4+
ベーシックなLake Peopleモデルは200~500ユーロ、Violectricが1,000~4,000ユーロ、最上位Niimbusはそれ以上、というように、明確に価格帯で分かれています。V280から上はヘッドホンのバランス駆動が可能です。日本では代理店の判断で一部のモデルのみを取り扱っているようです。
ちなみに私がこれまでずっと愛用しているV281というモデルと、同じシャーシが共通しているV220という二機種は2020年で販売終了となり、現行カタログから消えました。最終ロットはV281 Final Editionという記念デザインになっています。
かなりモデル数が多いViolectricヘッドホンアンプですが、進化の順を追ってみれば、そこまで難解ではありません。
V200 |
まず原点は2009年に登場したV200というモデルです。これの回路設計が上級モデルの原型になっています。
回路や基板デザインはスタジオや放送局機器で見られるような堅実で真面目な設計で、具体的には、変にこだわったパーツやギミックを一切使用せず、調達性が良く信頼性と実績のあるコンポーネントを厳選、電源や熱管理も24時間駆動を前提に産業グレードで仕上げており、ゲインやノイズレベルなどのスペックが確実に満たせる事に注力しています。
いまだにスルーホール部品を多用していることからも、量産性よりも堅実さを重視しており、万が一不具合があっても原因究明や修理が容易な点も個人的に高く評価しています(といっても壊れる気配も無いのですが)。日本のオーディオメーカーではあまり見ないデザイン手法で、どちらかというと、産業機器や研究ラボの測定機器でよく見るタイプだと思います。
V220 |
そんなV200のシャーシを嵩上げして、ライン出力、入力セレクター、リモコンで回るモーターボリュームなどの機能を追加したモデルが2015年登場のV220でした。こちらはラインプリアンプとしても活用できるので、アクティブモニタースピーカーのコントローラーとしても重宝します。
さらに、V220と同じシャーシにアンプ基板を二枚搭載することでヘッドホンのバランス駆動を実現したのがV281で、これが私が現在使っているモデルです。単純にV220と同じ回路を二階建てで詰め込むという潔い設計で、電源トランスなども全て二系統揃っており、ライン入力以降は完全なデュアルモノになっているという、ヘッドホンアンプとしては珍しい設計です。
V220・V281の弱点は、シャーシの寸法が一般的なオーディオ機器と比べて特殊で、家庭用オーディオとして受け入れにくく、しかもV281は二台分の基板を重ねるというのはコスト面でもあまり合理的ではありません。
V280 |
そのため、次に2016年に登場したのがV280というモデルで、V281では二階建てだったバランスアンプを一枚の大きな基板にまとめることで、初代V200のような薄型サイズに戻っています。回路写真を見ても、初代V200を縦に二階建てにしたのがV281、奥に二つ並べたのがV280ということはわかりやすいです。
V280は見かけによらず奥行きが長いです |
シャーシが薄くなったせいでライン出力やモーターボリュームなどは排除され、V200のような純粋なヘッドホンアンプに戻っており、価格もV281よりも安いです。しかし、写真で見てもわかるように、一枚の基板にまとめるという荒技のせいで奥行きが320mmと尋常でなく長いです。
V380 |
V590 PRO |
Niimbus US4+ |
これらの紆余曲折を経て、2019年に新たにV380・V590・V590 PRO・Niimbus US4・Niimbus US4+の五機種が一気に登場しました。
V590 PROのレイアウト |
V280・V281のバランスヘッドホンアンプ基礎設計は維持しながら、基板レイアウトをさらに最適化することで、いわゆる家庭用オーディオラックに収まる横長デザインになり、これまでの集大成と言える「全部入り」デザインが実現されました。
もちろん、ただ基板レイアウトを入れ替えただけではなく、その際に回路コンポーネントや定数の見直しなどのアップグレードが行わているようですが、写真で見てわかるように、これまでのViolectricのエッセンスは継承しており、全く未知数の新作というわけではなさそうです。
V380からNiimbus US4+までの新作五機種は価格が2,200~5,300ユーロとかなり幅があるのですが、機能面での違いをまとめるとこんな感じです。
間違っているかもしれないので、購入を検討しているならちゃんと公式サイトで情報を確認してください。
私の友人が買ったのは、最上位のNiimbus US4+ではなく、その下のUS4というモデルです。
リストを見ると、各モデルの違いは主にライン入力端子の数と、ボリュームノブのグレードの差です。また、細かい点では、左右音量バランス調整ノブや入力セレクターボタンの有無などの違いもあります。
さらにViolectricモデルではUSB DACが内蔵になっているのに対して、NiimbusではDAC非搭載です。(アメリカ通販サイトMassdropにて、V590のDAC無しバージョンV550というのが限定販売されたのですが、今後これも通常ラインナップに加わるのかは不明です)。
Niimbusは高価なくせにDACが排除されているというのは不思議に思うかもしれませんが、こういう不条理がハイエンドオーディオの世界です。このクラスのヘッドホンアンプを求めるマニアであれば、どうせ別途DACを持っているだろう、という判断でしょう。ちなみに今後Niimbus US8/US8+というDACも出るそうです。
ViolectricモデルのDACについてですが、私が使っているV281を含めて、過去モデルでも一応USB DACやS/PDIF DACはオプション基板として追加できました。しかし、これら旧モデルのDAC基板は基礎設計がかなり古く、非常に簡素なものだったので、私は購入していません。
V380~V590 PROではDACを標準で搭載(つまりDAC無しは選べない)になり、それを機に性能も進化したようですが、今回試聴したのはDAC非搭載のNiimbus US4です。
リレー制御ボリュームとボリュームポット |
各モデルごとの差を見ると、もう一つ気になるのはボリュームノブへのこだわりです。一番ベーシックな手動ボリュームポットから、リモコン制御モーターボリュームポット、そして最上位は256段リレー制御ボリュームになります。
上の写真はV590PROのリレー制御ボリューム基板部分をハイライトしたものですが、16個の黒いリレーが整然と並んでいることからもわかるように、相当な手間とコストがかかっていることがわかります。
一般的なボリュームポットというのは、その性質上、左右誤差や左右信号クロストーク、そして経年劣化のガリノイズなどが懸念されるため、それを解消するために生まれたのがリレー制御ボリュームです。固定抵抗を何通りも用意して、ボリュームノブを回す事でカチカチとリレースイッチが切り替わり、異なる抵抗を通す事で音量を制御するという仕組みです。非常にコストがかかる方式で、Niimbusの内部写真を見てもわかるように、このリレーボリューム制御だけで相当大きな追加基板が加えられています。
私が使っているV281でも、アップグレードオプションとしてリレー制御ボリュームも選べたのですが、私はあえてリモコン制御モーターボリュームポットを選びました。実際に聴き比べてみて、価格差のわりにそこまでの音質差が感じられなかった事と、V281当時の仕様では、スムーズな操作感のポットと比べて、リレー制御はカクカクというかグラグラしていて好きではありませんでした。
Niimbusでは操作感は向上していると思われますが、今回購入した友人の場合も、価格差を考慮して、あえてリレー制御のUS4+ではなくポット仕様のUS4を選んだそうです。もちろん金に糸目をつけないのであれば、きっとUS4+の方が良いのでしょう。
Niimbus US4+ |
V590とNiimbus US4/US4+の内部を比較できるような全体写真は公式カタログからは見つかりませんでしたが、いくつかズームインした写真はありました。
基板が白いのが印象的ですが、さらにV590でメイン基板の上に裏返しで置いてあるDAC基板がNiimbusでは排除されているのがわかります。
それ以外では、基板レイアウトや基本構成はそっくりなものの、Violectricでは一般的な産業用コンポーネントを使っているところ、Niimbusでは要所に高価なオーディオグレードコンポーネントを採用しているのがわかります。金色の電解コンデンサーが目立ちますが、それ以外でも細かい点で手を加えているのでしょう。ようするに、最高級を求めるオーディオファイル向けのスペシャルチューニングモデルという位置付けのようです。
では価格差に見合った部品コストをかけているのか、という話ではありません。これくらい高価なハイエンドオーディオ製品になると、部品単価ではなく、様々なアイデアや手法を試行錯誤して、最高の結論に至るまでの人件費や開発コストを踏まえての価格設定になりますし、製造や出荷テストなども入念な手間をかけているだろうと考えられます。原価やコストパフォーマンスといった貧しい思考の人はそもそも念頭においていません。
ハイエンドオーディオの価格設定は指数的とはよく言ったもので、意地悪な言い方をするなら、もし私が「たかがこれだけの差で、こんなに高価になるなんて信じられん」と思ったのなら、私の金銭的余裕はその程度だという事です。今回、私の友人の場合は熟考の末にNiimbus US4に決定したようです。
さらに余談ですが、こういった高級ヘッドホンアンプは偽物のコピー品(というか回路のパクリ)も横行しており、Violectric過去モデルの模造品もよくマーケットプレイスとかで見かけるのですが、同じような部品を揃えてコピーした商品で、測定結果では近いとしても、決して同じ音質は得られないというのがオーディオの不思議なところです。
よく私も自作組み立てキットなどを買って遊んだりしますが、ここのコンデンサーを変えたら、このフィードバック抵抗を変えたら、電源レギュレーターを変えたら、なんて色々アイデアを思いついても、それを何百回も繰り返すたびに試聴評価する手間を考えると、よほど暇な人でもないかぎり、プロの開発チームの労力には到底敵いません。
一流シェフの料理と同じで、熟練の開発スタッフ無くして、この価格で同じ音質の味わいが得られるかと考えれば、単純にコストパフォーマンスだけでは語れない世界です。
パワー
今回は友人が購入したものを自宅で試聴したのみだったので、いつものようなパワー測定などは行なえませんでした。
数年前に私のV281を測定しようとした際、ヘッドホン出力の最大電圧が100Vppを超えて、あまりにも圧倒的すぎて測定機器を壊してしまいそうだったので、途中で断念した経験があります。Niimbusも同様に、十分すぎるほどパワーが出るらしいので、あえてテストするまでもないのかもしれません。
出力インピーダンスもどれも0.1Ω以下(バランスで0.2Ω以下)と記載されていますので、低インピーダンスイヤホンの駆動にも最適です。
このメーカーは公式サイトでダウンロードできるPDF取扱説明書がいかにもドイツらしく内容が細かく充実しているので(他社も見習ってもらいたいです)、パワーに関してもちゃんと数字が記載されています。
説明書のスペックから |
説明書に記載されている最大出力電圧の数値を繋げてみると、このようになります。ちなみに原文はVrmsですが、このブログでは普段からVppを使っているので、それに変換した数字です。
上から順に、V281(橙)、V280(青)、US4/US4+(緑)、V590/PRO(紫)、V380(赤)といった並びで、全てバランス出力での数値です。
旧型V280・V281と比べて、新型は低インピーダンスでの粘り強さが若干増しているようですが、全体の傾向は似ています。Niimbusと比べてV380・V590は最大電圧ゲインが制限されているのは意図的でしょうか。(単なる差別化、もしくはDAC基板が上にあることによる発熱対策や、プロ用ということでボリューム全開でも歪まないレベルに制限しているとか)。
ここでちょっと注意すべきなのは、モデルごとに歪み率などのスペックも若干違うので、それらの条件を満たすためにパワー測定条件も異なる可能性もあります。(歪を多く許容できるなら、もっと高い電圧を狙えますし)。
なんにせよ、実際のところ、ここまで高い電圧ゲインを必要とすることは極めて稀です。
背面のプリゲインスイッチを-15~+24dBの範囲で8段階に切り替えられるので、ライン入力レベルやヘッドホンの能率に合わせてボリュームノブの範囲を適切に設定できます。
鳴らしにくい平面駆動ヘッドホンとかでも、私のV281ではゲインスイッチは0dBのままで問題無く使えています。今回Niimbus US4もスイッチを0dBにして使いました。
音質とか
今回の試聴ではパソコンからUSB DACのChord QutestとdCS Debussyを使いました。それぞれRCAとXLRライン出力です。普段からV281で聴き慣れているDACなので、Niimbus US4との違いも掴みやすいです。
ヘッドホンはベイヤーダイナミックT1 2nd、HIFIMAN HE560、Grado GS1000e、Fostex TH610など、よく使っているモデルを選びました。Grado以外はバランスケーブルです。
まず再生を開始して真っ先に、V281とUS4の鳴り方がずいぶん違う事に驚きました。以前V590をちょっと聴いてみた時はV281とそこまで大きな差は感じませんでしたし、US4はそれらのスペシャル版みたいなものなので、たいして変わらないだろう、なんて想像していたのですが、実際これはブラインドでもすぐ違いがわかるくらいの差があります。
一言で表すなら、音色の質感がものすごく濃いです。一音ごとに背景から浮き出るような太く立体的な表現で、V281よりも聴いていてウットリするような魅力があります。周波数特性とかノイズフロアといった基本的な性能はV281と同じく完璧なので、あえて語る必要はありません。最低音から最高音まで、どの楽器も豊かにしっかりと鳴ってくれます。
色々と考えてみても、US4の特徴はとにかく「質感」というイメージが浮かんできます。奥深さ、彫りの深さ、立体感、実在感、みたいなものでしょうか。楽器やマイクがもっと高級なものに変わったような感覚に近いです。
「質感」なんていうと、大抵の場合、女性ボーカルやヴァイオリンなどの艶っぽさや瑞々しさといったウェットな表現が主体になってしまうのですが、US4の場合はV281のような広帯域な安定感が土台にあるので、アップライトベースからフルートまで、すべての音色にてその効果が感じられます。V281とは別物というよりは、V281にプラスアルファが加わったような印象です。
そもそも他社のヘッドホンアンプを散々聴いてきた上で、個人的にV281をずっと愛用してきたのには、それなりに理由があり、US4でもそれが継承されています。単純に「音色が好きだから」というだけなら、さすがに五年も使えば飽きてくるはずです。私が思うV281の一番の魅力は、どのようなイヤホン・ヘッドホンを鳴らしても「しっかりと確実に駆動できている」と実感できる安心感です。つまり他のアンプと比べて相性問題が起こりにくく、帯域間の位相の捻じれ、音の暴れ、伸びの悪さなどが発生しません。
とりわけ最低域から位相が安定していて、ワンポイントマイクで録ったホール音響などが床や壁までリアルに再現できるのが最大の魅力だと思います。音量の大小でも鳴り方が変わったりしません。とくにHE560などインピーダンスが均一な平面駆動型ヘッドホンとV281の組み合わせは、音場空間のリアルさという点では私にとってのレファレンスです。
その特徴はUS4にも共通しており、小手先の濃い味付けのせいで立体感が塗りつぶされてしまうなんて事はありません。質感が豊かなだけでなく、しっかりとした情景や臨場感があり、浮足立ったり捻じれたりという空間の違和感が無く、自然でスケールが大きいです。
また、DACなど上流機器やケーブルの些細な違いであったり、音源について言えば、私はクラシックやジャズを主に聴いており、最新のDSD・ハイレゾPCM一発録り作品もあれば、1950年代のラジオ復刻みたいな作品もあり、それらの違いが明確に伝わり、さらに、それぞれの魅力を損ないません。
つまり、上流からの情報を劣化せずに100%届けてくれて、強力なアンプ回路でどのようなイヤホン・ヘッドホンでも無理なく駆動できる、という二点をどちらも完璧にこなしているのが凄いです。他のアンプでは、これらの二点が必ずといっていいほど相反します。
ここがアンプ設計が一筋縄ではいかないところで、たとえばシンプル・イズ・ベストと主張して、最小限の回路で仕上げようとするメーカーだと、十分な駆動性能が得られなかったり、ノイズや電源など外部要因への対策が弱かったり、回路コンポーネントを一つ変えるだけで音が変わってしまったり、そのせいで、製造ロットごとに音が変わってしまったり、という問題がよくあります。
逆に、何重もの安定化電源、電流バッファー、ローパスフィルター、フィードバックなどで、絶対に不具合が起きないようガチガチに固めたアンプでは、音の素直さや自然な鳴り方が失われてしまい、作為的になってしまいます。
この二点を克服するためには、アンプ開発には優れたセンスとバランス感覚、そしてもちろん経験が必要になってくるわけで、ハイエンドなスピーカー用アンプと比べて、まだ比較的新しいヘッドホンアンプというジャンルにおいては、Violectric/Niimbusほど真面目に極めているメーカーは珍しいです。
V281を土台にレベルアップを果たしたUS4ですが、では単純な上下関係か、というと、そう簡単な話でもなさそうです。
たとえば、ひとつの楽曲でV281とUS4を交互に聴き比べてみたら、100%確実にUS4の圧勝になります。しかし、異なるヘッドホンや楽曲ごとの鳴り方の違いという部分に集中するようになると、V281の面白さも目立ってきます。
これはUS4を購入した友人も言っていたことなのですが、ある程度のハイエンドヘッドホンであれば、US4で聴くと「どれもそこそこ似たような音になる」とも思えてきて、そこがメリットにもデメリットにもなりそうです。
これまで、このヘッドホンにはこのアンプ、と相性や組み合わせを試行錯誤していたのが馬鹿みたいに、US4ではどれも同じように良い鳴り方をしてくれます。
アンプの性能が優れているため、各ヘッドホンの悪いクセや弱点が露見しない、という事でもありますが、US4の場合はもう一歩踏み込んで、どんなヘッドホンを使っても、US4が目指す理想的なサウンドを実現する、いわゆるプレゼンテーションと呼ばれるような感覚が強いです。
このUS4のプレゼンテーションがとても高水準なので、単なる好みや個性というレベルを超えて、純粋に「凄い音だ」だと共感できるようです。一方V281の方はもっと地味にヘッドホンの音量を上げるだけの装置といった役割に留まり、アンプ自体の音色が凄いという感覚にはなりません。V281は音色の質感よりも、録音された空間の再現性、とくに奥行きの見通しの良さといった点で他を圧倒するヘッドホンアンプだと思います。
このような対比は、ヘッドホンオーディオではまだ珍しいケースかもしれませんが、スピーカーオーディオだとよくある事で、マニアの葛藤を生み出します。
まず、ある程度までの入門級アンプだと、そもそも駆動力や歪みノイズなどの性能面でまだ不十分なため、音に個性が出てしまうのは仕方がありません。
そこからもうちょっと上を目指すと、いわゆるプロ用の高性能レファレンス機の領域と交差するようになり、それらに魅力を感じる人は多いです。DACプリでいうとBenchmark、Mytek、Antelopeなど、スピーカーやパワー系だとATCやBrystonとかでしょうか。Violectricもそれらの仲間に入るかもしれません。
さらに上の価格帯の、いわゆる家庭用ハイエンドオーディオになると、各メーカーごとに理想とする完璧以上の音色や表現手法を目指すようになります。そこであえてレファレンス級のスペック性能を落とさずにメーカー独自のサウンドを生み出せてこそ、本当の意味でのハイエンドオーディオブランドだと思います。
V281とUS4、もしくはViolectricとNiimbusの対比はまさにそのような話であり、V281を長らく使っていると、ここであえて音色の質感が強調されるUS4に乗り換えて大丈夫なのだろうか、ちょっと使ったら飽きてしまうのではないか、という心配もあります。手短な答えは無く、何度も繰り返し聴いてみるまで結果はわかりませんので、オーディオというのは尽きない趣味だとつくづく実感します。
おわりに
今回の試聴にて、あらためてLake People Electronicというメーカーの凄さを再確認できました。CMA社の傘下に入ってからの行末が気がかりでしたが、今までどおりの凄いアンプを作っているようで一安心です。
ヘッドホンアンプという比較的新しいジャンルにおいては、まだまだ駆動力などの性能面で十分でない自称高級モデルが多いように感じます。そんな中でViolectricとNiimbusはひときわ一流の実力を見せてくれます。
ドイツといえばUltrasoneも鳴らしたくなります |
Niimbus US4を試聴してみてはっきりと言えるのは、予算度外視で最高クラスのヘッドホンアンプを求めているなら、Violectric・Niimbusのどちらもぜひ真剣に検討すべき、という事です。
どんなヘッドホンでも軽々と駆動できるパワー、安定感、ダイナミクス、解像感、といった全ての要素を高レベルで完成させているアンプは他に類を見ません。ひやかし程度でも一度は試聴してみる価値はあると思います。
個人的に「V281からNiimbus US4にアップグレードする気になるか」という点も念頭にあったのですが、さすがに価格差がずいぶんあるので、ちょっと難しいです。もし謎の大富豪が現れて、V281かUS4のどちらか一台買ってくれるというなら、きっと後者を選ぶと思いますが、いまのところはV281のままで満足しています。後継機V590もどうかと考えましたが、以前ちょっと聴いたときはViolectric寄りのサウンドで、US4ほどの衝撃はありませんでした。
純粋に音色の美しさだけで言えばUS4の圧勝で、それについては揺るぎないです。もし普段から主に愛聴盤を繰り返し聴くような人で、それらをもっと良い音で味わいたい、これまでにない凄い体験をしたい、というのであれば、US4を選ぶべきです。
一方、様々な音源、オーディオ機器、ヘッドホンなどをとっかえひっかえで比較試聴したり音楽作成やマスタリングワークフローに導入するなら、Violectricの「素通り」感にも魅力があります。US4では必要以上に良い音で聴こえてしまうため、他の環境で聴いたときに「あれっ?」と思う事になりそうです。
そのように用途を分けて考えてみると、ViolectricとNiimbusという二つのブランドに分けた事にも説得力があります。しかしそれをここまでハイエンドな次元で実現しているというところが、このメーカーの凄さだと思います。
今回は最上級フラッグシップの話でしたが、Violectricのラインナップの中でもV200・V280なら10~20万円くらいなので、他社の据え置きヘッドホンアンプと比べてもそこまで高価というわけではありません。
どこの馬の骨かわからない無名メーカーが適当につけた価格ではなく、US4のような凄いフラッグシップを作る腕前のあるメーカーであり、内部回路を見てもベーシックモデルだからといって設計や製造に一切妥協していません。
個人的に良いメーカーだと思っているので、もうちょっと知名度が上がって欲しいのですが、できれば今後も安易なコンシューマー路線とは一線をおいて、このまま堅実なドイツ製オーディオ機器のプライドを維持してくれる事を願っています。