中国のDAPメーカーHibyの新作DAP RS2を試聴してみたので、感想とかを書いておきます。2022年10月頃の発売で価格はUS$479だそうです。
Hiby RS2 |
独自OS搭載でAndroidアプリ非対応、無線LANもBluetoothも無い、簡素なDAPでありながら、上位モデルRS6が搭載している「Darwin Architecture」FPGA R2R DACを搭載しているという、音質のみに特化した硬派なデザインです。
Hiby
Hibyのスタンダードモデル「R6」というDAPをベースに独自のFPGA R2R DACを詰め込んだのが「RS6」というモデルだったので、今回のRS2も既存の「R2」 DAPをベースにしたモデルかと思いきや、シャーシデザインに関しては全くの別物になっています。
Hiby RS2 |
R2ではなくR3との比較 |
90.3×64.8×18.8 mmで158gというサイズ感や、フロントパネルの半分しかないタッチ液晶画面、側面のボリュームノブといったデザインは、まるで大昔のAstell&Kern AK100 DAPとかの時代にタイムスリップしたかのようです。
さらに価格設定においても、R2やR3と同じクラスのコンパクトDAPなら2~3万円くらいだろうと想像していたところ、値段を見たら7万円以上するようなので驚きました。
極めてベーシックです |
スペックを見ると、4.4mmバランス出力、DSD256・PCM384kHz再生対応、USB DACとして使用可といった基本的なところは押さえていますが、7万円台のDAPなのに無線LANもBluetoothも使えず、Androidアプリにも対応していないとなると、かなり思い切ったコンセプトです。
底面にマイクロSDカードスロットが二つもついているあたり、あくまでカードからの音楽ファイル再生にターゲットを絞ったのでしょう。最近は多くの人がストリーミングアプリを使っているため、アプリ非対応のDAPとなるとフィットネス用の超小型機くらいしか需要が無いかと思っていたので、実際このRS2がどれくらい支持を得られるのか気になります。
R5 Gen2、RS2、RS6 |
もしAndroidストリーミングアプリなどを使いたければ、ほぼ同価格でHiby R5 Gen2というモデルがありますし、Darwinアーキテクチャー搭載機でAndroidアプリ対応となると$1399のRS6になってしまうと考えると、今回のRS2の価格設定にも納得できてしまいます。
FPGA R2R DAC
2021年にRS6というモデルにてDarwinアーキテクチャーが初めて採用されたわけですが、私自身このRS6の音質を気に入って購入しており、日々のメインDAPとして現役で活躍しています。
RS6が出るまではESSのD/Aチップを搭載したHiby R6 Proをずっと使っていましたし、なんだかんだでHibyというメーカーのDAP設計に満足しているようです。
他の中華系DAPメーカーがハイスペックなコストパフォーマンス重視のアプローチ主体なのに対して、Hibyはサウンドの仕上げ方のセンスが良いというか、自分の好みに合うスタイルのようで、同じ価格帯の他社モデルと並べて聴き比べてみるとHibyが一番良いと思えることが多かったです。
RS6とRS2 |
RS6とRS2が搭載しているDarwinアーキテクチャーというのも、そんなHibyらしいアイデアの一つです。汎用プロセッサーと抵抗ラダーでD/A変換を行うという手法は、開発から製造に至るまでそれなりにコストがかるわけですが、それでいて、もっと手軽に導入できる旭化成やESSなどの高性能D/Aチップとくらべて必ずしも測定スペックが優れているわけではありません。スパイスからカレーを作るからといって、市販のルーよりも美味いとは限らないというわけです。
それでも、ここ数年のハイエンドオーディオ市場を見ると、エソテリックやマランツなど多くの老舗メーカーが最上位モデルにて独自のFPGAディスクリートD/A変換を開発するというトレンドが起こっているのが面白いです。
最先端のD/Aチップのスペックを見ると、S/Nが135dBとか、とんでもなく高性能になっているわけですが、現実的にそれらのメリットを享受するのは困難ですから(後続するアンプ回路とかのS/Nの方がボトルネックになってしまうので)、たとえ安価なモデルが高級機と同じD/Aチップを搭載したとしても、それらが同じ性能や音質である保証はありません。ようするに、どのチップを搭載しているかが音質の良さと直結しないため、それをマーケティングに使うメリットが薄れています。
また、逆の視点から考えると、市販のD/Aチップを使っている以上、周辺回路の設計などもそれに依存したデザインになってしまいがちで、他社との差別化も難しいというわけで、それならば音作りの自由度が増す独自のFPGA DACを開発しようと考えるメーカーが多いのにも納得できます。
HibyがDarwinアーキテクチャーで行っているのは、まずオーディオのデータをFPGAにて256タップの補完フィルターで16xにオーバーサンプリングして、それを抵抗ラダー(R2R)でアナログ信号に変換するという流れだそうです。
さらにセールスポイントとして、オーバーサンプリングをオフにした、ノンオーバーサンプリング(NOS)モードに切り替えることもできます。こういうのも独自のアルゴリズムを実装できるFPGAならではのメリットでしょう。
NOSだと、デジタルデータがそのまま、まさに階段状の信号として出力されるので、自然な音波とは言い難いわけですが、古き良き時代のビンテージCDプレーヤーは(まだオーバーサンプリングが導入されていなかったので)全てNOSだったため、その当時の音楽はNOSで聴くのがベストだと考える人も多く、現在でもNOSをセールスポイントとするDACメーカーも少なからず存在しています。
もちろんNOSしかできないDACでは音のクセに飽きてしまうと思いますが、HibyのDarwinアーキテクチャーでは、高度なオーバーサンプリングデジタルフィルターとNOSの両方を手軽に切り替えて聴き比べる事ができるのが魅力です。
ヘッドホンアンプ
このFPGAとR2RによるD/A変換がDarwinアーキテクチャーのキモなので、それ以降のヘッドホンアンプ回路に関しては、そこまでユニークというわけではありません。
RS2の公式サイトに信号経路のブロック図があったので、それを参考にしてみると、R2R DACの出力はまずOPA1652オペアンプでバッファーされてOPA1612のLPFを通した状態がライン出力として扱われます。この時点ではボリュームは固定です。
ここからNJW1195Aという電子制御ラダー抵抗ボリュームICを通って、最終的にOPA1622というオペアンプをヘッドホンアンプとして使っています。
このOPA1622はオペアンプとしては比較的パワフルなもので、32Ωで最大150mWくらい駆動できるとデータシートに書いてありますから、RS2の公式スペックもシングルエンドで32Ωで2Vrms(つまり125mW)となっています。バランス出力では32Ωで3.2Vrmsということで、このコンパクトなシャーシでもしっかりと作動アンプを入れているのは嬉しいです。
ちなみに上位モデルRS6の回路構成はRS2とほとんど同じで、LPFに高価なMUSESオペアンプを使ったりなどの違いはありますが、主な変更点はヘッドホンアンプ用のOPA1622を左右で二枚づつ搭載することで、約二倍の出力を発揮している事です。つまり大型ヘッドホンを鳴らすのであればRS6の方が有利ですが、イヤホンメインで使うのならRS2でもRS6に引けを取らない高品質なオーディオ回路を搭載しているという事になります。
そんなわけで、RS2は一見安価な小型DAPのように見えても、よくあるチップアンプICなどに頼らず、しっかりRS6の兄弟機として作り込んでいるようです。もちろん高価な上級DAPと比べると電源回路やノイズ対策などのコストのかけ方が違うと思いますから、必ずしもRS6とRS2が同じサウンドだとは言い切れません。
しかし逆に、RS6など高級DAPはAndroidを搭載している都合上、高性能SoCプロセッサーや大型ディスプレイ、そして無線LANやBluetoothなど、余計な機能が多く、それらが電源の不安定要素になったり、電磁ノイズとしてオーディオ回路に影響を与える可能性もあるので、意外とRS2のようなシンプルでピュアーな設計の方が音が良かったりもします。
デザイン
RS2のシャーシは158gということで、比較的軽量ではあるものの、超小型機というほど小さくはなく、どちらかというとAndroid系DAPが流行る前の古典的なDAPデザインに近いです。知らなければ十年前のモデルだと言われても疑わないでしょう。
シンプルな背面 |
マイクロSDカードが二枚 |
ボリュームエンコーダーや側面のトランスポートボタン、底面にはマイクロSDカードスロットが二つとUSB C端子といった具合に、ごく一般的なDAPを使い慣れている人なら難なく扱えると思います。
電源スイッチ |
唯一ユニークな点として、電源スイッチを左側にスライドすると、USBケーブルから給電しないモードになります。これはつまり、RS2をUSB DACとしてOTGケーブルでスマホに接続して使う場合、スマホから余計な電力を引かないための配慮です。
ヘッドホン出力は3.5mmシングルエンドと4.4mmバランス、そしてライン出力専用の3.5mmも用意されています。さきほどアンプ回路について解説したとおり、このライン出力はボリュームICやヘッドホンアンプICに送られる前の信号なので、ボリュームは固定のみで、余計な増幅回路を通っていないピュアーなライン出力信号が得られます。
ちなみに上位モデルRS6では4.4mmバランスのライン出力も用意されているのですが、RS2はコスト削減のためか3.5mmのみになっています。
他のDAPにも言えることですが、しっかり確認しないとライン出力端子にヘッドホンを接続してしまうトラブルもあるので、できれば普段使わない端子を塞ぐためのシリコンのプラグとかを付属してもらいたいです。
付属ケース |
緑色のレザーケースが付属しているのも嬉しいです。RS6の時は茶色ケースが付属していて、緑色は別売だったのですが、RS2では茶色が別売だそうです。
RS6と比較 |
RS6と比較 |
レザーケースを含めてRS6と並べて比較してみると、緑色の色合いも全然違いますし、ロゴとエンボスの幾何学模様以外では、そこまで兄弟機というイメージはありません。本体だけを見ると全然別のメーカーのように思えます。
インターフェース
今回RS2を使ってみたところ、やはりDAPとしての操作性はあまり良くありません。そういう快適さや多機能性を求めているなら、そもそも別のDAPを買えということでしょう。
操作性優先なら圧倒的にR5 Gen2が有利です |
私自身、大昔の初代Fiio DAPとかをそれなりに使ってきた経験があるので、今回も大丈夫だろうと思っていたのですが、それでもRS2の操作には苦労しました。
トランスポート画面でもここまで違います |
液晶画面が粗いです |
表示の狭さに苦労します |
まず、液晶画面がかなり粗く、フロントパネルの上半分しかないため、目当てのアルバムをフォルダーブラウザーで探すにしても、表示される列が全然足りず、目を凝らしながら延々とスクロールすることになります。
また、画面端スワイプなどで呼び出せる機能が少ないため、たとえばデジタルフィルターを切り替えたいなどでホーム画面に戻ろうにも、延々とバックボタンをタップするとか、かなり往復の手間がかかります。
ホーム画面 |
設定画面 |
MSEB |
設定画面の項目も、初期のFiioとかを使ったことがある人なら見覚えがある感じです。そもそも当時のDAPメーカーの多くがHiby製インターフェースOSをOEMで搭載していたわけで、今作もそれの延長線上にあるのでしょう。
また、Hiby DAPの特徴である、「Cool/Warm」といった抽象的なキーワードでEQを調整できるMSEBという機能も搭載しているので、そういうのが好きな人には面白いギミックです。
そんなわけで、RS2のUIが簡素なのは、音楽鑑賞に特化したのだと割り切れば我慢できるのですが、RS2の最大の問題は「処理が極端に遅い」という点です。十年前のDAPならまだしも、今どき、なぜここまでシンプルなタスクなのに処理速度が遅いのか、素直に疑問に思います。CPU・SoCは十年前とくらべて全然進化していないのでしょうか。
特に困ったのが、再生中、画面をスリープから復帰する際に10秒ほどフリーズするのです。この間に画面のどこをタップしても反応しないので、「あれ?変だな?」と色々タップしていると、10秒後にフリーズから回復した瞬間に、それまでタップしたのが一気に実行されて、見当違いのところに飛ばされる、ということが何度もありました。ボリュームノブも同じく数秒間反応しないため、「画面を点灯してからボリュームを調整する」という、頻繁に行いがちな一連の動作ができないのが一番困りました。
どういう条件で表示されるのか不明です |
また、アルバムブラウザーで一応アルバムジャケット絵が表示されるのですが、ちらほらとランダムに現れる程度で、画面外にスクロールすると消えて、また数秒待つと今度は別のアルバムのジャケット絵が表示されるなど、予測不能で役に立ちません。メモリーバッファーが足りないとか、カードからのデータ読み込みがボトルネックになっているのでしょうか。
曲スキャンが延々と |
他にも、マイクロSDカードの2000曲をスキャンするのにも、一秒に二曲くらいのペースで20分ほどかかりました。カードは高速なSandisk Extreme Proですし、同じカードでRS6なら一分もかからないので、明らかにRS2が遅いようです。しかも再スキャンするのにも、普通ならデータベースと照合するだけなので高速なはずですが、何度やっても同じ時間がかかります。
全体的に、RS2と比べると十年前の安価なiBassoやPlenueとかの方が断然速かったように思います。2022年にもなれば、この程度ならスイスイ処理してくれると思ったので、この遅さには驚きました。
ファームウェア1.04でした |
ちなみにファームウェアはこれを書いている時点で最新のVer. 1.04というやつなので、今後アップデートで改善するかもしれません。
再生バグ
RS2を一通りDAPとして試してみたところ、一つだけ困ったバグに遭遇しました。DSD128やDXDは大丈夫なのですが、DSD256ファイルを再生すると、音楽は鳴るものの数秒に一回くらいの頻度で音が途切れるのです。
SDカードはSandisk Extreme Proなので、カードの読み込み速度が遅いというわけではなさそうですし(同じカードはRS6など他のDAPでは問題ありません)、フォルダーブラウザーでファイルを選択しても、スキャン後にブラウザーで選択しても、同じく音飛びします。これは個人的に結構致命的なので、今後のアップデートで対策してもらいたいです。
DARWINフィルターのバグ
同じくファームウェア1.04にて、DARWINフィルターの機能にもおかしな問題に遭遇しました。
設定画面で数種類のデジタルフィルターの中から選べるようになっているのですが、どれを選んでもフィルターの挙動が「Default」から変わらないのです。
どれを選んでも同じでした |
こんなフィルターです |
以前RS6でも、初期のファームウェアでは似たようなトラブルがあったのを思い出します。
その時は再生中の音楽を一旦停止して再生しなおすと新たなフィルターに切り替わるという対処法があったわけですが(後にファームウェアアップデートにて、再生中でも切り替わるようになりました)、しかし今回RS2では再生を停止してもフィルターの挙動が変わりません。
NOSモードは独立しています |
NOSはちゃんとカクカクのNOS波形になります |
唯一NOSモードだけは独立した設定になっており、これはちゃんと機能しているようです。
それ以外のフィルターに関しては、私が使い方を間違えているのか、何らかのバグなのかは不明ですが、後日アップデートで改善してくれると期待しています。
追記:ファームウェア1.05
2022年10月に新たなファームウェア1.05が出て、フィルターに関して改善されていると書いてありました。
早速アップデートしてみたところ、たしかにデジタルフィルター選択が効くようになっています。
ファームウェア1.05のフィルター選択 |
再生中に設定画面でフィルターを変えてみると、たしかに変化が起こります。しかし、ご覧の通り、全く同じ挙動のものもいくつかあるようで、どれも前後対象タイプのようです。つまりAKMで言うところのショートディレイタイプは見当たりませんでした。余談ですがRS6ではショートディレイタイプはあるものの前後が逆という変な挙動だったので、なんかこのあたりはあまり熱心に追い込んでいないような印象があります。
現状でフィルターの違いを最大限に体感したいならFilter 1とFilter 6を比べるのがわかりやすいでしょうか。私の場合、ほとんどの音源がハイレゾPCMなので、フィルターに関しては意味が無いためそこまで気にしていません。
USB DACモード
RS2は電源スイッチに「USBから給電しないモード」が用意されているので、無理にDAPとして使うよりも、USB DACとして活用する方が良いかもしれません。
ちなみにUSB DACとして使うには、まずRS6の設定画面でUSBケーブル接続時の挙動をファイル転送モードからUSB DACモードに切り替える必要があります。
スマホのHF Playerから |
PCM 352.8kHzも大丈夫でした |
DSD再生も問題ありません |
PCM 352.8kHzやDSDも無事通りましたが、DoPで上限が384KHzなので、先程DAPとして使用時にDSD256が音飛びするという現象がUSB DACとしても起こるのかは検証できませんでした。
音質面ではDAPとUSB DACモードで違いは無いと思いますが、やはり他の大型DAPやスマホの使い慣れたインターフェースだと、快適さが段違いに優れています。
出力とか
いつもどおり、ヘッドホン負荷を与えながらボリュームを上げていって歪みはじめる(THD > 1%) 最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。
出力電圧 |
ヘッドホン出力はバランスとシングルエンドでそれぞれハイ・ローゲイン切り替えがありますが、見た感じソフト上のリミッターのようなので、使いやすい方を選べばよいと思います。
バランス出力は無負荷時11.8Vppつまり4.2Vrms程度出ており、シングルエンドではちょうど半分になります。
ちなみにHibyの公式スペックでは32Ω負荷で3.2Vrmsとしか書いていないので、無負荷時の出力電圧は確認できないのですが、32Ωでの実測で9.1Vppつまり3.2Vrmsぴったりに合いました。
ちなみに32Ωでの数値を公表しているのは、上のグラフを見てもわかるとおりRS2のアンプが大体32Ω負荷で最大出力が得られる(つまり定電圧駆動が破綻する)ポイントになるため、そこで3.2Vrmsで320mWという計算を得るためです。RS2がヘッドホンアンプ用に搭載しているオペアンプのデータシートも32Ωでの数値を使っています。
無負荷時にボリュームを1Vppに合わせて、負荷を与えていって電圧の落ち込みを測ってみました。今回ちょっと不思議だったのは、バランス出力でも出力インピーダンスがほとんど変わっていない事でした。どちらも0.6Ω程度です。公式スペックではシングルエンドが0.47Ω、バランスで0.94Ωとなっていますが、どのみち優秀なので気にしない事にします。
ちなみにライン出力はボリューム固定なので上記の1Vppグラフでは測れなかったのですが、固定レベルで測ったところ90Ω程度になりました。公式スペックでは10kΩと書いてあるのですが、そもそも10kΩの出力だったら使い物にならないでしょうから、表記ミスでしょうか。
R5 Gen 2も一応ソフト上で「ライン出力モード」が選べますが、そちらはヘッドホン出力をレベル固定にしただけのものですので、RS2にちゃんとしたライン出力端子が用意されているのは密かなメリットです。
参考までに、同じDarwinアーキテクチャーのRS6、価格帯が近いR5 Gen2、そしてRS2をUSB DACとして使うことを想定してChord Mojo 2とiFi Audio xDSD Gryphonも、100Ωまで負荷を与えた状態での最大出力電圧を比較してみました。ちなみにMojo 2以外は全てバランス出力での数字です。
RS2の低インピーダンス側でのパワーは大体RS6の半分くらいなので、感度が低いヘッドホンなどを鳴らすのにはあまり向いていないことがわかります。(特に最近のヘッドホンは50Ω以下のモデルが多いので)。とは言っても一般的なイヤホン程度なら全然問題無いでしょう。32Ω以下あたりからはR5 Gen2の方がわずかに粘っていますね。
USB DACアンプとして使うなら、やはり大型ヘッドホンなども難なく鳴らせる汎用性という点ではxDSD Gryphonが群を抜いてパワフルです。Mojo 2はシングルエンドでこの高出力ですから、バランスに対応していないヘッドホンとかを鳴らすなら一番パワフルです。
音質について
今回の試聴では、普段から聴き慣れている64Audio Nio、UE Live、ゼンハイザーIE600などのイヤホンを使ってみました。
RS2はアンプのゲインがそこまで高くないこともあって、バックグラウンドノイズも十分低く、イヤホン用途にちょうど良い仕上がりだと思います。
64Audio Nio |
本来DAPとして使うべきですが、インターフェースがあまりにも使いづらかったので、結局他のDAPやスマホに接続してUSB DACとして使うことにしました。
SunnysideレーベルからAbel Mireles 「Animo」を聴いてみました。メキシコ出身でテキサス・ニューヨークを中心に活躍するサックスのMirelesをリーダーに、Sear Soundで録音されたスタジオセッションです。メキシコっぽさを匂わせるグルーヴに乗せて鮮烈なブロウを繰り広げており、特にピアノのGonzalezは相変わらずタイナーのような厚く激しい演奏ですし、ドラムのE.J. Stricklandも個人的に長らくファンなので嬉しいメンバー構成です。
まずRS2のサウンドを一通り聴いてみた第一印象として、私が普段RS6で聴き慣れているサウンドにとてもよく似ていると思います。どちらもDarwinアーキテクチャーを搭載しているからか、それともアンプ回路が似ているためかはわかりませんが、ちょっと聴いただけですぐに親近感が湧いてきました。
RS2の特徴は、全帯域に安定した厚みがあって、それが音量の上下であまり変化しない、つまり大音量でも暴れず、小音量でも細くならず、良い感じの豊かさが感じられるサウンドです。
厚みがあるといっても、響きのクセが強いとかフワフワと長引く不明瞭なサウンドというわけではなく、むしろ響きの管理は比較的スッキリしており、それよりもアタック側の描き方が丸く丁寧なおかげで音色そのものの質感が引き立つあたりが厚みとして感じられるようです。
試聴に使ったジャズのサックスは下手なアンプで聴くと破裂音がバリバリとうるさくなってしまいがちですが、RS2であれば太いレガートの音色が豊かに浮かび上がります。とくにゆったりしたバラードでも響きに埋もれずに比較的スッキリした音像が描かれるあたりは他のDAPではなかなか実現できません。ドラムもパシャパシャせずに芯が通っていますし、ベースも膨らまず、中域を中心に音像全体をまとめあげるのが上手いです。
どの帯域に注目してもアタックや残響が均一にコントロールされているため、演奏の全体像が四方に発散せず、プレゼンテーションが安定しており、この価格帯のDAPにありがちな線が細いドンシャリとは正反対の、とても落ち着いた鳴り方です。
これはポータブルDAPとしては珍しい傾向で、どちらかというと往年のマランツとかの上級CDプレーヤーを彷彿とさせる、音楽鑑賞に向いている「良い感じ」のチューニングだと思います。たとえばスピーカーオーディオでも、最先端のハイレゾDACよりも、昔のCDプレーヤーで聴いた方が音楽的な味わい深さがある、といった事がよくありますが、RS2はまさにそんな感じです。
これまで各社から沢山のDAPやDACアンプを聴いてきた上で感じるのは、比較的安価なモデルでも「線が細い高解像な鳴り方」であればそこそこ満足に実現できるようで、その上で高出力アンプを搭載するのも最近のIC技術ならそこまで難しくないようです。しかしRS2のように一音ごとの音色に豊かさを乗せるのはアナログ領域での作り込みが必須なので、それなりにコストがかかるようです。もちろん特殊なコンデンサーとかを通す事で個性的な味付けを加えるメーカーもありますが、RS2のように比較的クセが少なく、どんなジャンルでも対応できるスッキリした鳴り方というのは、他ではなかなか類を見ない優秀な仕上がりだと思います。
クラシックでは、Harmonia MundiレーベルからGimeno指揮ルクセンブルク管弦楽団のストラヴィンスキーを聴いてみました。
メインの「火の鳥」はもうちょっと荒々しい演奏の方が好みですが、カップリングで「ミューズを率いるアポロ」が入っているのが嬉しいです。こちらのほうが当オケの優雅な雰囲気に合っています。
RS6との比較 |
私が長らく使ってきたRS6とじっくり比較してみると、やはりRS6の方が上級機だけあって、それなりにメリットがある一方で、RS2にも独自の魅力があるように思いました。
とくにクラシックのオーケストラ作品などを聴いてみると、周波数帯域や空間の奥行きなど、全体的なスケール感はRS6の方が明らかに広く感じます。高音楽器の拡散する空気感や低音楽器の迫りくる音圧など、音源に含まれている情報を余すことなく引き出せているという印象があります。
弦楽器に注目してみると、RS2は音色の豊かさそのものを味わうのに対して、RS6ではそこからさらに周囲に広がってくざわめきであったり、弓が弦に食いつく瞬間のザラッとした質感といった、僅かなニュアンスが存在することで、演奏に三次元の立体感を与えてくれます。
測定グラフとかで見れば、RS2もそういったニュアンスが出ていないわけではないと思いますが、感覚的にはRS2は高音も低音も丸く緩く自然とロールオフされているような感じがして、その影響で、立体的な奥行き感もあまり目立ちません。なんとなく、同じ音源のハイレゾPCM版とCD版を聴き比べた時のような違いです。
RS2の音質について「CDプレーヤー」のようだと書いてしまう理由もこのあたりにあるのだと思います。それと比べると、RS6の方が最先端のハイレゾDAPという印象が強いです。しかしRS2の方が音楽のコアな部分にのみ専念できるというか、余計なことを考えずに演奏に浸ることができるため、つまりRS2に足りない部分が音楽鑑賞に有効に働いているとも感じられます。
これはオーディオでよくありがちなジレンマです。一旦RS6の方を聴いてしまうと、RS2に不足している部分が明白になってしまうため、なんだか損をしているような気がしてしまうのですが、逆にRS6を聴くと、録音に含まれる刺激的な硬い音なんかも鮮明に描いてしまうため、RS2ではそこそこいけると思った音源がRS6では聴きづらい、なんてことも起こってしまいます。
そんなRS6でさえ、他社のハイエンドDAPなどと比較するとそこまでカリカリしたレファレンス系サウンドではなく、比較的厚く柔らかい傾向ですから、なおさらRS2の特異性が目立ちます。
他社のDAPラインナップと比較してみると、まずFiioでRS2と同じようなサウンドのモデルは全く思い浮かびません。iBassoもアンプモジュール次第でどうにかなりそうですが、全体的にダイナミックで音圧重視なモデルが多く、RS2ほど素朴に落ち着いたサウンドではありません。
AKではSA700というモデルが一番近いような気もしますが、あちらのほうがもっと響きが重くダークな音色なので、RS2ほどスッキリしておらず、好みが分かれます(私は結構好きなのですが)。AKは最近のSEシリーズなど比較的軽やかで艶っぽいクリア感を重視している印象があるので、RS2よりももう少し録音品質を選ぶ感じがします。
ライン出力でPro iCANに接続 |
ちなみにRS2はライン出力専用端子があるため、別の据え置きヘッドホンアンプに接続してみたところ、RS2単体で聴いた時と同様に、しっかりしたCDプレーヤーのような安定感が実感できました。ライン出力はヘッドホンアンプ回路を通っていないので、純粋にDarwinアーキテクチャーによるメリットなのでしょう。
一般的なDAPのヘッドホン出力をライン出力に使うとどうしても浮足立ったような鳴り方になってしまいがちなので、それらと比べるとRS2はラインDACとしてかなり優秀だと思います。私が普段使っているRS6もライン出力DACとして使う出番が多いのですが、RS2もそれと同じくらい良好だと思いました。
RS2とR5 Gen 2 |
同じ価格帯のHiby R5 Gen 2と比較してみると、サウンドの傾向は正反対といっても過言ではありません。
R5 Gen 2はD/A変換とヘッドホンアンプが一体になったESS ES9219Cというチップを搭載しており(よくUSBドングルDACで使われているやつです)、省電力モードではチップ内蔵のヘッドホンアンプ出力をそのまま使い、高出力モードを選ぶとディスクリート・クラスAバッファーが有効になるという面白いギミックを搭載しています。
そんなR5 Gen 2は省電力モードでは繊細で精密な(若干退屈な)いわゆるUSBドングルDACと同じような鳴り方をする一方で、ハイパワーモードではかなり押しが強い高圧的な鳴り方に変化します。楽曲やイヤホンとの相性に応じて好みのモードを選べるのは良いと思いますが、RS2のような丸く豊かな音色重視のサウンドは得られません。
どちらが「高音質」かというものでもなく、単なる好みの問題だと思いますが(RS2ばかり使っていても飽きてくると思いますし)、それでもRS2のようなサウンドは他のDAPでは得難い特別感があるので、私だったら機能を取るか音質を取るかでかなり悩むだろうと思います。
Chord Mojo 2 |
iFi Audio xDSD Gryphon |
個人的にはRS2はDAPではなくUSB DACアンプとして活用することを検討したいです。Chord MojoやiFi Audio xDSDシリーズなどとほぼ同じサイズ感ですし、サウンド面でも決して引けを取りません。
私の勝手な想像かもしれませんが、現在よりも一昔前の方がRS2のような音色の豊かさを重視したポータブルDACアンプの選択肢が多かったように思います。JVCやVenturecraftなど、もう手に入らないモデルですが、今聴いても独特の魅力があります。
現行のMojo 2やxDSD Gryphonなどはそれらと比べるとパワフルで低ノイズになり、進化している事は明白なのですが、サウンドがクリアでダイレクトすぎるというか、多くの楽曲の許容範囲を超えてしまったような、扱いづらいオーバースペックさも感じられます。古いデジカメ画像を最新のテレビに拡大して見たり、レトロゲームを高解像の液晶画面でプレイした時のような感じといえばわかるでしょうか。
たとえば試聴に使ったオーケストラ曲「火の鳥」を聴いてみると、縦の線のスムーズな繋がりや、複数のパートが同時進行で繰り広げられる緻密な展開を全部見通したいのであれば、Mojo 2で聴く方が断然有利ですし、「火の鳥」らしい暴力的な激しさでヘッドホンを震わせたいのであれば、xDSD Gryphonの方が相応しいです。
それらと比べると、RS2はスケール感もコンパクトにまとまり、これといって派手さも無いのですが、ふと静かなパッセージでソロ楽器がメロディを奏でる時など、その演奏者が生み出す音色の豊かさに耳を奪われてしまうような素朴な魅力があります。
おわりに
Hiby RS2が発表された時、コンパクトDAPにしてはあまりにも高価なので、一体誰が買うのかと困惑したのですが、実際に音を聴いてみて、その考えが見事に覆されました。この素晴らしいサウンドであれば、US$479という値段にも十分な説得力があります。高級据え置きDACでよく目にするR2RやNOSのサウンドをイヤホンで手軽に楽しめるという点では珍しい存在です。
上位モデルRS6をずっと使ってきた私から見ても、RS2のサウンドは確かにDarwinアーキテクチャーらしい豊かな音色の作り込みが感じられ、特にイヤホン用途においてはRS6よりも楽曲を選ばず扱いやすい独自の魅力すらあります。
Androidアプリ対応や、大型ヘッドホンを鳴らせるパワフルなアンプなど、全体的に見るとやはりRS6の方が高価なだけあって優れたDAPだと言えますが、余計な機能を省いてDarwinアーキテクチャーのサウンドのみに専念した製品として、RS2の存在意義は十分にあると思います。
今回RS2を散々使ってみた上で、私の個人的な意見としては、これは「DAP」ではなく「USB DACヘッドホンアンプ」を探している人にオススメしたいです。
なまじDAPだと言ってしまうから、インターフェースのショボさに落胆するわけですが、頭を切り替えて「DAPはあくまでボーナス機能」だと考えれば、かなり優秀な製品のように見えてきます。
普段はUSB DACとしてスマホに接続するスタイルで活用して、緊急時にはかろうじてDAPとしても使える、と割り切ってしまえば、十分に通用する製品だと思います。もちろん新譜をいくつかカードに入れて聴く程度の手軽な使い方ならDAPとして使うのもそこまで悪くないです。
なお私自身はRS2を買うべきか考えてみた結果、すでに持っているRS6とサウンドが似すぎているため、そこまでメリットを見いだせず、購入には至りませんでした。
冒頭で述べたように、近頃ハイエンドオーディオ界隈では他社との差別化のために独自のFPGAベースのD/A変換を開発することがトレンドになっており、HibyもDarwinアーキテクチャーにおいて、それを見事に実現できたと思います。
もちろんコストパフォーマンス重視であれば旭化成やESSなどのD/Aチップを使う方が断然有利なわけで、その点HibyもしっかりR5やR6などの標準モデルを用意しており、音質面でDarwinアーキテクチャーのサウンドに格別な魅力を感じない人は、そちらを選ぶほうが利口です。
つまりRS2とRS6は実際に試聴してみなければなかなか魅力が伝わりにくい製品なのですが、逆に言うと、スペックを見て自分には縁のない製品だと思っていた人でも、いざ試聴してみたら、そのサウンドにノックアウトされて、おもわず購入してしまう、そんな魅力があり、なんとなく近頃の最先端のハイレゾオーディオ機器では失われつつある楽しみを呼び戻してくれたような嬉しさがあります。古いCDプレーヤーやDACをなかなか手放せずに手元に置いているような人はぜひRS2を試してみる価値があると思います。
ちなみにこれからさらに上位モデルのRS8というDAPが出るそうですので、ひとまず中堅のRS6やRS2でDarwin Architectureを実践してみた上で、満を持してフラッグシップ機に採用するに相応しいという判断に至ったのでしょう。私もRS6を使っているためRS8はどうなるのか気になりますが、きっととんでもなく高価になるだろうと思うので、当面はRS6を使い続ける事にします。