2024年11月18日月曜日

Cayin C9ii ポータブルヘッドホンアンプの試聴レビュー

 CayinからNutube搭載ヘッドホンアンプC9の後継機C9iiが出たので試聴してみました。

Cayin C9ii

DACを搭載していないアナログヘッドホンアンプで価格はUS$2000、ポータブルというにはずいぶん大きいですが、膨大な種類のサウンド設定が用意されている最高峰クラスの製品です。

Cayin C9ii

Cayinの公式サイトによると、Nutube真空管採用モデルは今回で五作目になるそうで、これまでの経験を活かして最高のものが作れたそうです。

Nutubeというのはポテンシャルがある一方で実装が難しく、とくにポータブル用途においては電源管理の複雑さや、外部衝撃や電磁波ノイズに弱いなど、私もいくつか試してみたところ不満が残るモデルばかりでした。

Korg HA-Sのようなチープな自作キットであれば遊び半分で試してみる気にもなりますが、10万円を超えるような本格派アンプでNutube搭載モデルを選ぶのは気が引けます。それでも音質面での魅力は確かにあるので、多くのメーカーがNutubeに挑戦しているのは理解できます。

Cayinの初代C9は2021年発売、アナログヘッドホンアンプではなかなか珍しい30万円弱という高額製品で、据え置きアンプのベテランCayinが生み出した本格派ポータブル機として興味があった人も多いと思います。

今回の新作C9iiは全体的なサイズ感はそのままに、オーディオ回路の更新はもちろんのこと、デザインや機能面でも大幅に作り変えている完全な新作です。時期的にも初代C9から買い替えを検討している人もいるかもしれません。

残念ながら初代C9は身近に無いので比較試聴はできませんでした。私がC9を聴いたのは一年ほど前なので、あまり記憶に残っていません。単なるポタアンとしては高価すぎて真剣に検討しませんでした。

C9・C9iiにとってNutubeはたしかに存在感のある部品だと思いますが、個人的にはむしろNutube以降のヘッドホンアンプ回路の作り込みに注目すべきだと思います。

公式サイトより、アンプのブロック図

言葉で説明するのは面倒なので、公式サイトのイラストを参照すると、ライン信号をJFETで受けてからBJTでゲインを与えてJFETバッファーで送るという豪勢なディスクリート構成です。ポータブルだけでなく据え置きでもヘッドホンアンプ回路をここまで作り込んでいるメーカーは珍しいです。

ちなみにNutube系製品のレビューのたびに言っている事ですが、Nutubeはラインレベル信号を通すプリ管なので、ヘッドホンアンプとしての役割を担っているわけではありません。据え置きオーディオにおけるプリアンプとパワーアンプでいうとプリアンプの方です。つまりNutube回路の後にヘッドホンを駆動するパワーアンプ回路が必要なので、たとえば安価なKORG HA-S自作キットではシンプルなオペアンプがそれを行っていました。

Cayinの場合、Nutubeは単なる味付けとしてON/OFFを切り替えることができ、むしろそれ以降のアンプ回路に相当力を入れているため、同じNutube搭載アンプと言ってもHA-Sとは雲泥の差があり、30万円近い価格にも説得力があります。

高級感のあるデザイン

本体デザインは個人的に結構好きなスタイルです。金メッキのアクセントでクラシカルなイメージを残しつつも、側面のヒートシンク風リブや、フロントパネル左右のバンパー、ボリュームノブのローレットなど、なんとなくプロ用フィールドレコーダーっぽい堅牢さもイメージしているようです。

さらにパネルの嵌め合いやスイッチのしっかりした組付けなど、全体的に価格相応のクオリティが実感できます。

中華系に限らず、ヘッドホンオーディオのメーカーの多くは、高額なモデルでも組付けの精度が悪かったり安価な汎用パーツを使ったりなど、製造品質へのこだわりが感じられない事がよくあるのですが、その点C9iiはだいぶ洗練されているワンランク上の製品です。

しかも、数年前までのCayinのポータブル機というとデザインが壊滅的にダサいモデルばかりだったので、ここ数年でずいぶん垢抜けたデザインへと進化している事に驚きます。デザイナーが変わったのでしょうか。初代C9にあった突拍子もない楕円窓や質感に乏しい直角ケースなど、不格好な要素が改善され、だいぶデザインセンスが良くなっています。据え置きモデルもこの勢いで更新してもらいたいです。

似たようなモデルの比較

他社製品と並べてみました。この中ではFiio Q7のみDACアンプで、それ以外はアナログポタアンです。同じくNutubeを二枚搭載しているiBasso PB5と比べてもC9iiはだいぶ大きく、AK PA10が子供サイズに見えるくらいです。

背面の充電用USB-C

バッテリー

バッテリーは一般的な18650タイプで交換できるのも珍しいです。普段は気にすることもありませんが、高価な製品なので将来的にバッテリーが弱っても自力で対応できるのは心強いです。

それにしても本体の半分がバッテリーなのも面白いです。それだけ大電流を消費する回路設計なのでしょう。背面にはUSB-C端子がありますが、DACではないので充電用のみです。

フロントパネル

側面スイッチ

豊富なサウンド設定スイッチが用意されており、こういうのが好きな人にはたまらないデザインです。私はむしろ設定が少ない方がメーカーのこだわりを感じるというか「スイッチの多さはメーカーの自信の無さ」と思ったりもするのですが、さすがにここまであれこれ用意してくれると、むしろ感心してしまいます。

音質変化のためのスイッチは下記のとおりです。

  • Anode H/L
  • Timbre M/C/SS
  • Mode A/AB/Hyper
  • NFB ON/OFF

TimbreのMはモダン真空管、Cがクラシック真空管、SSはソリッドステートということで、SSを選ぶとNutubeは消灯します。SSからNutubeに移行する時はウォームアップのため数秒間ミュートされます。

公式サイトによると、モダンはグローバルフィードバックをかけているのに対して、クラシックではプリ回路が独立するため、歪みは増すけれど古典的な真空管アンプっぽいサウンドになるそうです。

AnodeスイッチはNutubeアノード電圧のHigh/Lowなので、SSモードでは効果がありません。

ModeスイッチはアンプのクラスA・AB切り替えですが、さらにHyperというモードも用意されており、これはクラスAを基準に独自の調整を行ったモードだそうです。Cayinの据え置きアンプにも同様の機能があります。

側面にあるNFBボタンはONにすると前述のフィードバックとは別に電圧増幅段からもフィードバックをかけているのが先ほどのイラストでわかります。

これら全部で30通りの組み合わせになるので、音色のカスタマイズ性という点ではコストパフォーマンスが高いとすら思えてしまいます。

さらにボリューム関連では下記のスイッチがあります。

  • Gain H/L
  • PRE ON/OFF

ゲインHigh/Lowは自明ですが、PREボタンはONにするとボリュームが最大に固定される、つまり上流機器でボリューム調整を行うパワーアンプモードになるので、これは注意が必要です。

ボタンを数秒長押ししないと切り替わらないので大丈夫だとは思いますが、非常に強力なアンプなので、手違いでイヤホンを壊してしまうリスクがあります。

興味本位で押してしまう人や、本体側面ということで手で掴んだりバッグの中で偶然押されてONになる可能性も考えると、こういう危険な機能は容易にアクセスできない奥まったジャンパースイッチとかにしてもらいたかったです(バッテリーケースの奥とか)。

左がライン入力です

バランスとシングルエンドが混在できます

iFiテスト

電源ボタンを押し込むと数秒後にLEDが点灯して電源ONが確認できます。

向かって左側が入力、右側が出力端子で、それぞれ4.4mmと3.5mmがあります。4.4mm入力で3.5mm出力といったミックスも可能なのは嬉しいです。(AK PA10はそれができませんでした)。

iFi Audio 4.4mmプラグもギリギリ入ったので、相当太いプラグでも大丈夫そうです。

個人的にかなり重要なポイントとして、ボリュームノブに最新のデジタル制御アナログボリューム(MUSES 72320ラダー抵抗IC)を採用しているのは特筆すべきです。

つまりノブ自体には音楽信号は通さず、位置信号でボリューム抵抗ICを制御しているのですが、回した時の感覚が良いというだけでわざわざALPSポットを使っているというのもこだわりが感じられます。

古典的なボリュームポットから、抵抗切り替え式、リレー抵抗ロジック式、デジタル式など、オーディオ用ボリュームは世代ごとに色々なアイデアが提案されてきましたが、現時点では今回C9iiが採用しているようなデジタル制御アナログボリュームIC式が最善だと思います。アナログでありながらステップの細かさや左右のバラつきの少なさなどに優れており、実際に使ってみてもC9iiのボリューム調整は実に快適です。

出力とか

C9iiはアナログアンプなので、出力電圧は入力に依存します。

1kHzサイン波で、無負荷時にボリュームを最大まで上げた状態でクリッピングする最大入力電圧はバランスで8.7Vpp(3.1Vrms)でしたので、下記の測定ではそれを使いました。公式スペックによると入力耐圧は5.6Vrmsまで許容できるみたいですが、その場合はボリュームノブを最大まで上げる前にクリッピングします。

1kHzサイン波を再生しながら負荷を与えて、歪みはじめる(THD > 1%)最大出力電圧を測ったグラフです。

出力に明確な影響があるのはゲインスイッチとNFB ON/OFFスイッチのみでした。クラスA/BやNutube/SSなどプリ回路側の機能なので、多少の違いは発生しますが、アンプの特性そのものを変えるほどでもありません。

青線がバランス、赤線がシングルエンドで、それぞれ実線がハイゲイン、破線がローゲインモードです。NFBをONにした時だけ出力が結構落ちるのは電流が分岐しているからでしょうか。出力インピーダンスに影響しそうです。

公式スペックによるとバランスの16Ωで4100mW発揮できるそうで、実測でもピッタリそのとおりです。電流出力が非常に強力なので、IEMイヤホンなど16Ω以下ではさらに高出力が引き出せますが、実際そこまでの音量が必要なことは稀でしょう。

無負荷時に出力を1Vppに合わせてから負荷を与えて電圧の落ち込みを測ったグラフです。

通常は横一直線の定電圧を維持できており、つまり出力インピーダンスは限りなくゼロに近いのですが、最大出力電圧のグラフでも気になったとおり、NFB ONにした時だけ出力インピーダンスが相当落ち込みます。具体的には、NFB OFFでは0.3Ωあたりが、NFB ONでは4Ωになります。マルチドライバーIEMイヤホンなどインピーダンス変動が激しいものを鳴らす場合は要注意です。

バランスのハイゲインモードのみで、他のアンプ類と最大出力電圧を比較してみました。

最大電圧はC9iiとFiio Q15が同程度ですが、40Ω以下ではC9iiが他社を圧倒しています。CayinのDAP N8iiや、Nutubeを搭載するアナログアンプiBasso PB5、AKのアナログアンプPA10などと比べてもC9iiの出力は圧倒的です。

とくに最近は大型ヘッドホンでもインピーダンスが低いモデルが多いので、それらでもC9iiなら頭打ちせず余裕で駆動できそうです。

音質

C9iiはアナログアンプなので、まず上流にどのようなソースを接続するかで悩まされます。

公式写真を見るかぎり、N8ii DAPもしくはRU7ドングルDACをラインソースとして使うことを推奨しているようです。

N8ii → C9ii

RU7

N6iii → C9ii

友人がN8iiを持っていたので試してみたところ、たしかに凄い相乗効果が得られたのですが、個人的にはオーバーキル気味というか、N8ii自体の個性が強すぎてC9iiの音質評価がむしろ混乱してしまうことになります。RU7もR2R DACだからか独特なサウンドが目立ちます。

N6iiiの方が相性が良い気もしますが、それでも押しが強い感じがするので、今回は別のソースを探すことにしました。今後N6iiiにライン出力専用モジュールが出たらC9iiとの組み合わせに良いかもしれません。

RS6→C9ii

私が普段ラインソースとして信頼をおいているHiby RS6も、もし私自身がC9iiを購入したのなら組み合わせて使うと思いますが、ディスクリートR2RのRS6とNutubeのC9iiとではサウンドの個性が重なり合ってしまうため、C9ii単体の試聴という点では別のソースを選びたいです。

DC07PRO

色々試してみて、ドングルDACのiBasso DC07PROをラインソースに使うのが一番良い結果が得られました。

最近このような用途でDC07PROの出番が多いです。ポータブルに限定しなければ音質面ではもっと優秀なソースもあると思いますが、DC07PRO自体がとにかくクリーンで無味無臭なので、C9iiのサウンドだけを引き出して評価するのに最適です。ラインレベルDACとしての性能は超一級なので、たかがドングルDACと侮れず、C9iiのポテンシャルを妨げている感じもありません。

同様の理由から、RME ADI-2DAC FSなど、独創性を主張しない純粋なラインソースと合わせることでC9iiの潜在能力が計り知れます。

ちなみに上の写真にある編み込みの4.4→4.4mmケーブルはCayinが売っているもので、比較的安価でデザインと使い勝手が良いので最近買いました。

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クラシックではPentatoneの新譜でTomáš Netopil指揮チェコフィルのドヴォルザーク「Legends & Rhapsodies」を聴いてみました。

プラハ放送楽団の方で長年チェコ楽曲を振ってきたNetopilなので、今回Pentatoneの高音質で聴けるのは嬉しいです。チェコフィルは巡業でドヴォルザーク交響曲ばかり求められて、さすがにうんざりだと思いますが、Legends Op.59は珍しい演目ですから気合が入っていると思います。

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ジャズではRainy Day Recordsから新譜でAzat Gaifullinの「Letters to Theo」を聴いてみました。

サックスのリーダーにトランペットも入れたクインテットで、タイトルから想像できるとおりゴッホを題材にしたコンセプトアルバムということですが、それを抜きにしても演奏自体は普通に楽しめます。ミンガスやエリントン的なハードなスゥイングからニュージャズ的なムードのある曲まで気の利いたアレンジばかりで、質の高いアルバムです。


C9iiの音質性能について最初に言っておきたい点が二つあります。まず、アンプ由来のノイズはほとんど聴きとれません。アナログポタアンというとシューッというバックグラウンドノイズが目立つモデルが多い中で、C9iiはその心配がなく、感度が高いIEMイヤホンなど幅広い用途で活躍してくれます。

そして二つ目に、Nutubeアンプとしては珍しく、物理的衝撃によるノイズも目立ちません。これまでのNutube搭載ポタアンやDAPというと、使用中に本体を叩くと「キーン」とガラスを叩いたようなノイズが音楽に混じって聴こえてくる問題がありました。真空管だから原理的に仕方がありませんし、むしろ本物の真空管を実感できて嬉しいという人もいますし、これが音楽信号に豊かな倍音の響きを加えている可能性もあります。どちらにせよ振動ノイズはポータブル真空管アンプの宿命だったわけですが、C9iiではそのあたりの対策が優秀で、普段の使用中に気になる事はありませんでした。

IE900

まず最初に、普段から聴き慣れたイヤホンのゼンハイザーIE900やUE Live、そして最近試聴して気に入ったUnique Melody Maven IIなどを鳴らしてみました。

C9iiは色々なサウンド設定がありますが、どの設定でも共通するC9ii自身の特徴みたいなものもあり、それがかなり良いです。音の芯が安定していながら、新鮮な軽さや明るさが感じられ、音楽を聴かせるのを得意としており、どんな楽曲でも引き込まれるような魅力を生み出してくれます。

派手なドンシャリや、倍音の美しさを盛るタイプでもなければ、シビアなドライさもありません。アナログポタアンというと歪みっぽいエネルギッシュに傾倒してしまいがちですが、C9iiはそれらとは異なり、音楽のプレゼンテーションを丁寧に構築してくれるあたりが珍しいです。

とくに中域の描き方が上手く、音像の周辺に十分な余白を与えながらも線が細くならない絶妙なバランスに仕上がっており、Cayinの音作りの腕前の賜物だと実感できます。測定スペックや高級IC部品などを羅列するだけのメーカーとは異なる次元で入念なサウンドチューニングを行っているのでしょう。そうでなければ、ここまで絶妙な塩梅は実現できません。

一番わかりやすい注目点として、フルートやクラリネットなどの木管楽器が自然で優雅に鳴ってくれます。試聴に使ったドヴォルザークの管弦楽アルバムでは、ヒロイックな4曲目や、ラプソディー11曲目冒頭など木管が活躍する場面が多く、普段は弦や金管に負けてしまうところ、C9iiでは大変綺麗に聴こえてくるため、チェコの牧歌的なイメージが彷彿とされます。

オーケストラ全体も正確な描写でありながら、埋もれがちな中域のアンサンブル楽器に空間を大きく使っている余裕があり、それらの複雑に入り組んだ音色に惚れ込んでしまいます。ヴァイオリンやトランペットなどの金属的なアタック描写とは別に、このように木管を美しく描くことができるアンプはかなり珍しいため、C9iiの凄さが際立ちます。

これまでに色々なアンプを試聴してきた中で、どれだけ解像力や情報量が優秀でも、演奏として成立しておらず、開発者が実際の生楽器演奏を聴いたことがないのかと思えるメーカーが意外と多いです。ユーザーが生演奏とは無縁の音楽を聴くのならそれで結構かもしれませんが、マイク無しのジャズセッションや室内楽などに触れる機会が多い人ほどアンプの良し悪しの違いが気になり、そしてC9iiの仕上がりに魅了されると思います。

他のメーカーとの比較では、たとえば中域重視の落ち着いた描写という点ではQuestyleとかの方向性と似ていますし、楽器の美しさではChord Hugo 2のサウンドが好きだけど、もうちょっと中低域の重さや安定感が欲しいと思っている人に最適です。逆にもっとポタアンらしいブースター的な充実したドライブ感を求めるならマス工房とかBrise AudioのTsuranagiの方が良いと思います。

また、C9iiは上流に依存するのでN8ii DAPとの純粋な比較は難しいですが、あくまで私の好みではC9iiの方が欲しいです。N8iiはものすごく濃い美音系DAPなので、他にAKなどカチッとした高解像DAPを持った上で二台目に買うなら良いのですが、メインのDAPとして使うには、毎日ステーキを食べているような感じで、私なら飽きてくると思います。その点C9iiはもうちょっとスッキリ上品に整っているため、数日間使っても濃すぎるとは感じませんでした。

Mach80 & UE Live

C9iiはとりわけWestone各種やUE Liveのようなイヤホンと合わせるメリットが実感できました。ポタアンとしては珍しく、サウンドに余白があり、厚さを強調しないためでしょうか。

どちらもプロモニター向けのイヤホンメーカーで、インパクト重視のエンジョイ系ではないため、全帯域の音のつながりや安定感を重視しており、とくに最近の派手なハイブリッド型イヤホンと比べるとメリハリが弱く凡庸すぎる感じもあります。しかしプロ系だからとオーディオインターフェースで鳴らしてもドライで退屈になってしまうなど、なかなか相性の良い組み合わせを探すのが難しかったのですが、そこへきてC9ii特有の音色の美しさと軽快さのおかげで私の理想に近いサウンドが実現できました。

Dan Clark Audio Aeon Noire

ヘッドホンでUE Liveと似たような厚くスムーズな傾向のモデルというと、Dan Clark Audio Aeon Noireが思い浮かびます。

こちらはさらに平面駆動型ということもありアンプの出力も試されるヘッドホンで、私もこのヘッドホンを購入して以来、手近なDAPで鳴らすとふわふわした不明瞭なサウンドになってしまい「なんでこんなヘッドホンを買ったんだろう」と後悔して、しかし強力な据え置きアンプにつなげると「やっぱり凄いヘッドホンだな」と再認識するというの何度も繰り返しています。そして今回C9iiでも、そのような据え置きアンプでの鳴り方に近い体験が得られます。

コンパクトな密閉ハウジングにありがちな響きの鈍さをスッキリと払拭してくれて、中域を主体とした親しみやすいサウンドに仕上げてくれます。

HIFIMAN Arya Organic

HIFIMAN Arya Organicのような開放型ヘッドホンもC9iiとの相性が良いです。こちらはアンプによっては音が軽すぎて振り回される感覚があるところ、C9iiで鳴らすと演奏をじっくり見据えるようなフォーカスが得られ、ヘッドホンそのものがワンランク上のモデルになった気がしてきます。

このように、C9iiは普段なら大きな据え置きアンプで鳴らすべきヘッドホンにも十分に対応してくれて、相性問題にとらわれずに頼れる機器として活躍する出番が多いです。

私が普段から愛用しているポタアンのAK PA10も音質面では十分満足出来ているのですが、一部のIEMイヤホンではノイズが目立ち、大型ヘッドホンだとパワー不足なこともあり、結局DAPか据え置きアンプのどちらかへ目移りするため、万能な汎用機とは言えません。つまりAK PA10と相性の良いイヤホン・ヘッドホンを選ぶような使い方になります。そこへきてC9iiは今回使ってみた全てのイヤホン・ヘッドホンで良い結果が得られたので、これ一台で何でも対応できる汎用機だと断言できそうです。

とりわけ大型ヘッドホンを鳴らしたい場合、まず気になるのが「据え置きヘッドホンアンプと同じクラスのサウンドが実現できるのか」という疑問です。

その点においては私なりの解釈があるので、それについて説明したいと思います。

まず最初に、据え置きアンプといっても全てが同じではないので注意が必要です。巨大なフルサイズシャーシでコンセント電源のヘッドホンアンプでも、中身のアンプ回路自体は簡素なICチップアンプだったりすることはよくあります。外観での見極めは難しく、重ければ高級だと信じている人を騙すために金属の重りを入れているようなメーカーもあるくらいです。

次に、実際に優れた据え置きヘッドホンアンプだとしても、サウンド設計において、実直なレファレンスモニター系のアンプと、色艶や響きを引き出す美音系アンプでは方向性が大きく分かれます。どちらが優れているというわけではなく、各メーカーの指標や対象ユーザー層が違います。

そして、ここからが本題なのですが、私の使い方としては、駆動性能に特化したレファレンスアンプという分野においては、未だに据え置きアンプの方に利点があると思います。逆に、音色の魅力や美しさをアンプに求めているのなら、最近はポータブルアンプでも優れた製品が増えてきました。

私自身も、様々な音源やヘッドホンを比較試聴する場合はViolectric V281やSPL Phonitor Xなどモニター系の据え置きアンプを使うメリットがあり、ポータブルアンプだと(C9iiを含めて)まだそのレベルで満足できるモデルは見つかっていません。据え置きのしっかりした余裕や安心感というのは、単なる抽象的な先入観ではなく具体的に実感できます。

その一方で、日々の音楽鑑賞における音色の気持ちよさを求めているのであれば、C9iiよりも高価な据え置きモデルだからといって優れているとは思いません。一昔前であれば、電源回路などの実装も含めて、ポータブルで実現できるサウンドでは超えられない限界が感じられたのですが、現在は優れた開発者ならポータブルでも据え置きと同じレベルの音作りが可能になったと思います。

近い将来、レファレンス用途のアンプにおいても同じように据え置きとポータブルの格差が無くなる時代も来ると思いますが、現状では、少なくとも私の場合はこのような感想に落ち着いています。

Ferrum Audioシステム

ひとつの指標としてFerrum Audioが思い浮かびます。非常に高価な据え置きヘッドホンアンプシステムですが、この際価格の事は一旦忘れて、純粋に音質のみで据え置き対ポータブルという観点から考えてみると、Ferrumはちょうど中間の立ち位置にいるメーカーだと思います。

パワーは十分すぎるほどあっても、硬派なレファレンス系かというとそうでもなく、音楽鑑賞に向けた暖かさや緩さも持ち合わせており、それでいて美音を押し出すような過剰な甘さでもありません。つまり、Ferrumを起点として、もっと硬派で真面目な描画を求めるのならViolectricなどの据え置きアンプを検討すべきで、逆にFerrumでも音色の魅力が足りないのならC9iiのようなポータブル機も視野に入れて損はありません。

Nutube真空管の効果

C9iiの全体的なサウンド傾向が把握できた上で、最後にいくつかの設定スイッチを切り替えて効果を確認してみます。

ちなみにこれまではすべてソリッドステートのClass ABという一番標準的なモードでの感想でした。

まず肝心のNutube真空管ですが、これは実際に大きな変化が実感できます。さらにClassic・Modern、Anode High・Lowもわかりやすい違いがあるので、使い慣れてくると「この音楽なら、このモードがいいかな」と直感で選べるようになってきます。

真空管のClassic・Modernについては、Modernはソリッドステートと比べて倍音の響きが増して色濃くなり、まさに真空管らしい美音効果が得られます。ただし個性が強くなり、そのうち飽きてくるので、普段はソリッドステートで、ここぞというときにModernを選ぶようにしています。

Classicモードの方は全然違う傾向で、音響がかなりスッキリして、魅力的な部分だけが浮き上がる効果があるので、上述のUE Liveなど響きの厚いイヤホンと合わせるといい感じです。ClassicとModernのどちらも、ソリッドステートと比べると音場展開がセンター寄りに集中して(クロストークが増すせいでしょうか)クロスフィード的な効果もあるため、とくに古いステレオ楽曲が聴きやすくなります。またジャズ演奏などでベースの低音が耳元を圧迫するような場面でも、真空管モードを選ぶと音源の距離が遠くなり、前方視野の音場空間の中に収まることで不快感が低減される感覚です。ただし音像が宙に浮く感じはあり、土台の安定感は損なわれます。

Anode High・LowとClass A・AB・Hyperは効果が似ており、影響する帯域が異なる印象です。普段はAnode Low・Class ABで使っていて、そこからAnode HighやClass Aに切り替えることで、どちらも情景が音で埋められる割合が高くなるというか、音場の余白が減って、音圧や主張も強くなる感じです。

Anode Highはヴァイオリンなどの中高域が鮮やかになり、楽曲によってはギラギラ感が目立ちます。一方Class Aはもっと全帯域にわたり空間展開が詰まって濃密になる感じです。Class Aは暑苦しく、その点Hyperではうまく調整されてるので、私はこちらの方が好きです。

そんなわけで、私の場合は、スケールの大きな交響曲とかを聴く場合はソリッドステートのClass ABを選び、ソロ演奏などシンプルな構成で音色を強調したい場合は真空管Anode High・Hyperを使うことが多く、イヤホンに合わせてModern・Classicを切り替えるという感じでした。

側面のNFBスイッチはONにするとサウンドがスムーズになるというか、ライフスタイル・カジュアル系っぽいマイルドなサウンドになるようで(出力インピーダンスが上昇するためでしょうか)、これが特別役に立つと思える場面はありませんでした。動画鑑賞などBGM用途には使えるかもしれません。

おわりに

今回Cayin C9iiを使ってみたところ、やはりアンプそのものの素性が大変良好なため、結局ソリッドステート・クラスABモードを無意識に選んでいる事が多く、Nutubeを使わないとコストパフォーマンス的にもったいない気もしました。

私自身は予算的にちょっと手が出せない価格帯なので、同じアンプ回路でNutube非搭載の低価格なモデルがあればよいのに、なんて思ったりもしますが、真空管モードが役に立つ場面もあり、多数の音質設定で色々なイヤホンや楽曲に対応できるのがC9iiの大きな利点なので、そのあたりの余裕も含めて考えれば価格も妥当だと思います。

また、現在CayinのラインナップにはドングルDAC以外で普及価格帯のDACアンプが無いので、個人的には、C9iiの技術を活かしたFiio Q15やiBasso D16のライバルになるようなポータブルDACアンプが欲しいです。

C9iiの話に戻ると、たかがポータブルヘッドホンアンプに、しかもDACすら積んでいないアナログアンプに30万円も出すのは正気の沙汰ではありませんが、実際のところ、サウンドや使用感においてC9iiは現時点で手に入る最高クラスに君臨するモデルだという実感が持てました。

近頃のCayinはサウンド設計においてライバル他社よりも一歩リードしている印象を受けます。スピーカー用アンプのベテランメーカーだけあって、ポータブルオーディオのハイエンド化にともない、上級技術の落とし込みというか、開発に活かせるノウハウが豊富なのかもしれません。低価格モデルばかり作っているメーカーがいざハイエンドを作ろうとしても上手く行かないのとは真逆です。

そんなわけで、普段持ち歩くポータブル機というよりも、据え置きシステムを引き上げて家庭内で持ち運べるフルシステムを検討している人におすすめしたいです。

私自身もAK PA10アナログポタアンを一年ほど使ってきた感想として、中途半端な据え置きシステムを買うよりも、持ち運びできるおかげで自宅の色々な場所で音楽をじっくり聴ける時間が増えたので、買ってよかったと思っています。

出先ではDAPやドングルDACを使って、家に戻ったら、充電しておいたC9iiに連結することで、さらにワンランク上のサウンドが即座に楽しめるという使い方が一番理想的だと思います。

とくに据え置きヘッドホンアンプというジャンル自体が近頃は停滞気味かつ価格も高騰しているため、そろそろ買い替えたいけれど本当にメリットがあるか懐疑的に思っている人は、既存の据え置きシステムはそのままにしておいて、あえてC9iiのような最高峰ポータブルアンプを買い足すことで、新たな音楽鑑賞のスタイルが見いだせるかもしれません。

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