2016年3月10日木曜日

Violectric HPA V281 ヘッドホンアンプのレビュー (私の新たな主力アンプです)

今回は、ドイツからやって来た大型ヘッドホンアンプ 「Lake People Violectric HPA V281」を紹介します。

前回の記事で書いたように、これまで五年間ずっとメインのヘッドホンアンプとして愛用してきたGrace Design m903を引退させたのですが、それに変わるアンプとして購入したのが、このV281です。

Violectric V281

すでにご存知かと思いますが、私は日々いろいろなヘッドホンで遊ぶことを趣味としているため、どんなに過酷な条件でも期待に答えてくれるだけの高パワー・高音質・そして透明性のあるヘッドホンアンプが欲しいと思っています。m903を手放そうと思い立ってから、かれこれ1年ほど後継機を探し続け、試聴を繰り返した末にようやくたどり着いたのがこのViolectric V281でした。


Lake People / Violectric

このV281ヘッドホンアンプを作っているLake Peopleという会社は、ドイツにあるプロ用レコーディング・スタジオ機器メーカーです。ドイツというとゼンハイザーとかが有名ですが、Lake Peopleはもっと小規模なメーカーで、製品のほとんどを本社内の工場にて熟練社員の手作業で生産しています。

Lake Peopleなんて変な社名ですが、本拠地のあるドイツ南西部の「コンスタンツ」という街を地図で確認すると、その由来は一目瞭然です。

有名な観光スポットです

ドイツとスイスの国境線に、ライン川に通ずる「ボーデン湖(コンスタンツ湖)」という大きな湖があるのですが、そこの湖畔にある小さな街に、Lake Peopleの本社兼工場があります。社名の通り、「湖の人たち」ですね。

それにしても、前回紹介したコロラド州のGrace Design社といい、この手の高音質なオーディオメーカーというのは、自然に囲まれた、良い環境にあるものですね。私でしたら、ネットが遅いとか、コンビニが遠いとかで、長くは住めないと思います。それくらいオーディオ開発に専念するためには雑念が無いほうが良いのでしょうか。といっても、どちらの社員も日本のメーカーとかと違って、スキー・釣り・バーベキュー三昧で人生を楽しんでいそうな気がします。

Lake Peopleのプロスタジオ製品

Lake Peopleの製品は、スタジオ向けのアナログミキサー、マイクプリ、マルチチャンネルD/A・A/Dコンバータなどを作っており、業務用ラックサイズで地味なラインナップです。これといってデザインに魅力の無い質実剛健といった印象なのですが、細かい配慮で使い勝手が良く、低価格で壊れにくため、そこそこ定評があります。

Violectricというのは、これらLake Peopleプロ用機器開発で培った技術を元に、家庭用オーディオ向けにターゲットを絞った製品につけられる、姉妹ブランド名です。

家庭用オーディオということで、ラックマウントの無骨なデザインは避けて、卓上やAVラックに配置するためのゴム足付きのシャーシになっています。また、アルミ削り出しのカッコいいフロントパネルや、黄金に輝く足(オプション)など、デザイン面での気配りもされています。内部の回路も音楽鑑賞用に特化された高音質設計なので(Lake Peopleのプロ用機器が低音質という意味ではありませんが)、単純にブランド名や外装の違いだけではなく、オーディオマニア向けにゼロから開発されたスペシャルモデルです。

流通面でも、プロ用スタジオ機器専門店ではなく、ハイエンドオーディオショップなどで販売することを想定しています。そうは言っても、スタジオ機器のDNAを継承した無骨なデザインであることには変わりありません。

Violectric製品

2016年3月現在、Violectricブランドの製品はD/Aコンバータの「DAC V」シリーズと、ヘッドホンアンプの「HPA V」シリーズがあり、これらをセットで使うことを想定しているようです。また、それ以外にも、ラインレベルプリアンプの「PRE V630」と、レコード用フォノアンプの「PPA V600」もあります。

Violectric DAC V800 V850

D/Aコンバータ製品は、PCM1792をシングルで搭載した「DAC V800」と、PCM1795をデュアルで搭載した「DAC V850」が販売されています。

どちらもUSBやS/PDIF、AES/EBUなど一通りの入力は揃っていますが、高価なV850のほうはXMOSインターフェースチップで音楽を32bit相当まで拡張したり、低ジッタークロックを搭載するなど、上位モデルらしく、それなりに手が込んでいます。

ちなみに、上位モデルV850にPCM1792よりも低スペックなPCM1795を搭載したことに疑問を持つかもしれませんが、このPCM1795というチップはPCM179xシリーズの中で唯一32bitフォーマット入力に対応しているため、32bitに拡張したデータを入力すれば、デジタルボリュームノブを使ってもビット落ちを回避するだけの余裕があるから、という主張だそうです。

なにはともあれ、外観からも想像出来るとおり、へんな小細工の無い、しっかりとしたDACだなという印象です。残念ながらDSDネイティブ再生には未対応です。

ヘッドホンアンプ

Violectricのヘッドホンアンプは、一番安い「HPA V90」から、今回私が購入した「HPA V281」まで、5種類のモデルが存在します。

2016年現在のViolectricヘッドホンアンプ勢揃い

公式サイトのネット通販では:
  • HPA V90 450ユーロ
  • HPA V100 650ユーロ
  • HPA V200 900ユーロ
  • HPA V220 1,400ユーロ
  • HPA V281 1,900ユーロ

といった価格設定(ドイツ税込み)です。

ここからさらに、各種追加オプションが搭載出来るモデルもあります。たとえばV100 以上のモデルでは、150ユーロで96kHz DAC、200ユーロで192kHz DAC機能が内蔵できます。また、DAC以外にも、上位機種のV220とV281には、後述するボリュームノブアップグレードも搭載できます。たとえば最上位モデルにフルオプションを追加すると2,600ユーロ(約32万円)にもなるので、アナログヘッドホンアンプとしては結構高価な部類です。

どのモデルもコンセント電源入力でトロイダルトランスを内蔵した本格的なデスクトップヘッドホンアンプです。シャーシのデザインは一貫性があり、デスクトップでも場所を取らないコンパクトなフォルムですが、最上位クラスのV281とV220は全高が二倍になっています。どのモデルも奥行きは想像以上にけっこう長いです。

一番安いV90のみフロントパネルがアルミブロック削り出しではなく、よくある一枚板パネルです。V100はブラックのアルミ削り出し、V200以上のモデルではフロントパネルをブラックとシルバーから選べますし、足もアルミ削り出しでブラック、シルバー、ゴールドから選べます。基本的にどのモデルも高品質な回路設計ですが、上位になるにつれてヘッドホン出力が高性能・高出力化します。

たとえば、公式スペックにて、32Ωヘッドホンを接続した際の最大出力は:
  • HPA V90 > 6.4V (1,300 mW)
  • HPA V100 > 7.4V (1,700 mW)
  • HPA V200 > 8.0V (2,000 mW)
  • HPA V220 > 9.5V (2,800 mW)
  • HPA V281 > 9.5V (2,800 mW)

ご覧のように、最下位のV90でさえ十分強力と言えるのですが、上位モデルになると、あらゆる低能率ヘッドホンでも駆動に困らない余裕を備えています。

最上位のV220とV281は同じパワースペックなのですが、V281はバランスヘッドホン出力を備えています。ちなみに、以前はV100と同じサイズでバランスヘッドホン駆動対応のV181というモデルがありましたが、現在はカタログから消えています。

機能面での違いをまとめてみました。こうしてみると、かなり上下関係がわかりやすいラインナップですね:


ちなみにこれらViolectricブランド以外に、業務用のLake Peopleブランドでもヘッドホンアンプを製造しており、G103・G105・G107・G109といったラインナップになっています。最下位のG103はViolectric HPA V90とほぼ一緒で、G109でViolectric HPA V100 と同等クラスになります。

ベーシックで低価格なLake Peopleヘッドホンアンプ

Lake Peopleブランドは業務用なので、コストパフォーマンスが高くてプロっぽいデザインが好みの場合は良い選択肢かもしれません。ただし、Violectricブランドのほうがリスニング向けということで、贅沢な回路設計やオーディオグレードの厳選パーツを使っているそうです。

現行モデルでは、ヘッドホンのバランス駆動に対応しているのは最上位のV281のみなので、結果的に私が購入したのはこのモデルになりました。

Violectric HPA V281

Chord Mojoとのサイズ比較。デカイです。

V281の巨大さは、実際に間近で見る期会でないとなかなか気がつきません。巨大と言っても、フルサイズのオーディオ機器のような扁平デザインではなく、靴箱とかレンガのような長方形です。変なたとえかもしれませんが、個人的には時代劇とかで見る千両箱を連想させるサイズ感です。

フロントパネルは170×112mmとまあコンパクトに見えるのですが、奥行きが320mmということで(さらにリアパネルにケーブル類を接続するので)、想像以上に配置に気を使います。

また、使用中はちょっと心配になるほど発熱するため、AVラックなどに詰め込む場合はパネル上部に空気を通す余裕が必要だと思います。

フロントパネルの中心で堂々と目立っているのが、ドアノブほどもあるサイズの巨大なボリュームノブです。V281はアナログヘッドホンアンプなので、デジタルではなくアナログボリュームです。このボリュームノブについては購入時にいくつかオプションがあるのですが、外観はどれも一緒です。

ちなみに細い六角レンチが同梱してあり、説明書を読むと、配送後になぜかボリュームノブが緩くなっていることがあるから、新品を開封したら、まずボリュームノブをレンチでしっかり絞めてね、というようなことが書いてありました。原因は不明だけれど、海外発送のほうがボリュームノブが緩くなりやすいみたいだから、多分飛行機の気圧の変化のせいだろう、みたいなプチ情報も真面目に書いてあるのが面白いです。

いわゆるダンボールです

中には本体とスチロールが無造作に入ってます

手元に届いた梱包は、粗末なダンボールに、発泡スチロールを誰かがちょうど良いサイズにカッターで切ったようなもので詰め込まれた、とても簡素なものです。エコですね。

ボリュームノブのオプションについて

ボリュームノブについては、本体価格からプラス210ユーロで「オプション1」、プラス420ユーロで「オプション2」が選べます。420ユーロというと大体5万円くらいなので、結構な投資です。

オプション無しの場合は、ごく一般的な高級オーディオ機器で広く採用されている、アルプス電気のRK27という可変抵抗ボリュームポットを搭載しています。

オプション1では、この可変抵抗ボリュームにモーターがついて、赤外線リモコンでボリューム操作ができるようになります。モーターとゴムベルトで回しているだけなので、いわゆるオーディオマニアに嫌われるデジタルボリュームや、ロータリーエンコーダになるわけでは無いので、単純に便利機能です。

さらに高価なオプション2では、可変抵抗ボリュームを排除して、独自設計のリレー制御抵抗回路を搭載しています。このリレー式ボリュームは、可変抵抗のようなスムーズなフィーリングではなく、カチカチとステップがあり、ステップごとに独立した固定抵抗に切り替わるため、可変抵抗(ボリュームポット)にありがちなガリノイズや、低音量時の左右バランス乱れ(ギャングエラー)が原理的に存在しない優秀な設計です。これもリモコンによるボリューム操作が可能です。

私自身は、あえて高価なオプション2ではなく、リモコン操作のオプション1を選びました。というのも、購入前に試聴デモで使った機体がオプション2だったのですが、このリレー式ボリュームというのが、回すたびにどうにもガクガクしており、切り替わる時にヘッドホンにパチパチとノイズが出るのが耳障りでした。

また、音質面でも、私の駄耳ではオプション1の可変抵抗式と、オプション2のリレー固定抵抗式で明らかな違いは感じられませんでした。そのため、スーッとボリュームが上下できて心地良いオプション1を選びました。将来的に後悔しても、あとの祭りです。

ちなみにリモコン操作は、ボリューム上下以外にも入力切替やミュートも可能なので、結構重宝します。

ところで、V281は重量級のシャーシデザインということで、どんな豪勢なリモコンが付属しているのだろうとワクワクしていたのですが、同梱されていたのは、明らかにチープなTV用汎用プログラムリモコンでした。

チープな汎用リモコンと、律儀にその説明書が同梱されていました

前回Grace Design m903でも汎用プログラムリモコンを使ったので、なんとなく既視感があります。m903の場合は、カッコいい純正リモコンが別売しているものの高価だったため、あえて汎用リモコンで我慢していたのですが、V281は初めから汎用リモコンでした。

ちなみにこれです↓
http://www.oneforall.com/remotes/urc7140-essence-4.html

One For Allって、ナイスな社名ですね。的確なネーミングセンスですし、三銃士みたいでカッコいいです。

初期設定では、この付属リモコンのほとんどのボタンはなんの意味も持たないため、せっかくなのでリモコンの説明書をちゃんと読んで、たとえばCDプレイヤーとかも操作できるように設定するのも良いかもしれません。

ところで、この手の汎用プログラム式赤外線リモコンの、オーディオ用にもっとシンプルでオシャレなやつって、あるんでしょうか?たとえばAstell & KernのRM01 Bluetoothリモコンみたいな高級デザインで、USBでプログラムできる赤外線のやつがあったら、結構売れそうな気がするんですけど。

赤外線リモコンでこういうオシャレなのって、だれか作ってませんかね

ともかく、V281のリモコンでボリュームを上げると、フロントパネルの大きなボリュームノブがスーッと自動的に回っていくのを見るのは爽快です。

フロントパネル操作

V281のフロントパネルです。アルミ削り出しのさりげない曲線彫りが綺麗ですね。ちなみにブラックとシルバーが選べるのですが、シルバーはなんとなく仕上げがザラザラして見栄えが良くなかったため、ブラックを選びました。足もゴールドやブラックを選べるのですが、あえて指定しなかったらシルバーで届きました。

ロゴが「V281」ではなく、「V2∞1」と書いてあるのが面白いです。

フロントパネル

ヘッドホン端子は、バランス用4ピンXLRが一つと、6.35mmステレオ端子が二つあります。ちなみにヘッドホン使用時にはどちらの出力端子もONなので、わざわざ切り替える必要はありません。また、説明書をよく読まないと気がつかない事なのですが、二つある6.35mm端子のうち、右側のは正相、左側のは逆相の出力回路になっています。これはつまり、バランスアンプのうちプラス側とマイナス側をそれぞれ6.35mm用に回しているということですね。これについては後述します。

フロントパネルにはボリュームノブとは別に、左右のステレオバランスを調整するBALノブもあります。このバランス調整はちょっとユニークで、めいっぱい片方に回しても完全な片チャンネルになるわけではなく、センター定位は維持したまま、左右のステレオ要素が偏るような、不思議な効果になります。センタークリックがあるので、使わなければ気にする必要はありません。

入出力選択スイッチは左上にあり、リモコン操作でも切り替え可能です。入力はXLR・RCA・DIGとありますが、DIG(デジタル)は追加のDAC基板を搭載していないと無音になります。

出力はHEAD(ヘッドホン)とLINE(リアパネルのライン出力)が独立しており、それぞれ個別にON/OFFができます。つまり両方ONにすることも可能です。また、ミュート時に点灯する赤いLEDもありますが、これはリモコンから操作可能です。

ライン出力は、初期設定ではボリュームノブに連動する可変タイプなので、たとえばパワーアンプやアクティブスピーカーに接続するプリアンプとして使えます。隠しコマンドで、LINEボタンを長押しすることによって出力を最大に固定することが可能です。この場合のゲインは出荷時に±0dBのスルー設定になっていますが、内部のジャンパで±12・6dBにも設定できます。

このように、アナログアンプなのであまり派手な機能な無いですが、ユーザーが必要としているであろう多くの設定が搭載されています。

個人的には、この手のヘッドホンアンプではよく見られる「クロスフィード」回路を搭載していればさらに良かったな、なんて思います。たとえば以前使っていたGrace Design m903にもありましたし、ライバルであろうSPL Phonitorなんかも特殊なクロスフィード回路を売りにしています。

リアパネル

リアパネルにはRCAとXLRのライン出入力端子があります。ライン入力にはゲイン調整用スイッチがあり、標準の±0dBから、±6または12dBの範囲で調整できます。

リアパネル

高品質で信頼性の高そうな入出力端子

ライン入力用のゲイン調整スイッチ(写真は±0dB)

入出力端子の上に見える黒い長方形の部分は、オプションのDACモジュールを装着するための余剰スペースです。シンプルでわかりやすいデザインですね。ちなみにコンセント電源の115V・230V切り替えジャンパは、本体内部にあります。一見自動判別のように見えますが、違うので、中古品を輸入する際などには注意が必要です。

また、ちょっと面白いのですが、コンセント電源には交換型ヒューズがついておらず、これも本体内部の基板に、スルーホール型の保護ヒューズがハンダ付けされています。説明書を読むと、「ヒューズが飛ぶようなら、なにか検査すべき問題があるはずだから、安易に交換するな」みたいなことが書いてありました。ずいぶん自信があるようですね。

DAC追加モジュール

V281には、追加でDACモジュールを搭載することができます。

さきほど紹介したボリュームノブのオプションと違い、DACモジュールは本体購入後に、いつでも追加パーツとして別途購入することが可能です。

DACモジュールは全部で6種類販売されており、同軸S/PDIF・光TOSLINK・USBの3タイプで、それぞれ96kHzと192kHz対応のモデルがあります。今時96kHz上限というのも古臭いので、買うとしたら誰もが192kHzバージョンを選ぶと思いますが、それでも入力コネクタを一種類しか選べないのは残念ですね。

192kHz対応USBタイプのDACモジュール

このDACモジュールは公式サイトに写真が大きく掲載されているため、どんな内容なのか把握できますが、200ユーロ(25,000円)ですし、まあ、こんなもんかな、という程度のシンプルな構成です。

DACチップはバーブラウンのPCM1798をシングルで、オペアンプのI/VとLPFはどちらもNE5532を使っているようです。USB入力インターフェースは台湾テノールの定番チップ、あとは電源用レギュレータ、それくらいで、DACとして機能するための最小限構成です。なんかバーブラウンとかから無償提供される評価ボードみたいですね。

96kHz版は150ユーロで、DACチップは電圧出力のPCM1793を搭載しており、さらに簡素化されています。

安いので、とりあえず買ってみても良かったのですが、実際使うかとなると微妙なので、今回は遠慮しました。結局のところ、ちゃんとしたDACが欲しければ、Violectric DAC V850・V800があるからそっちを買え、ということでしょうか。

このDACモジュールはリボンケーブル一本で接続されているので、もしViolectricにやる気があるならば、将来的にスペックアップされたモジュールを販売することも有り得ると思います。また、その辺に興味がある人であれば、自作で手製のモジュールを作ることも難しくはなさそうです。たとえばDSDネイティブ再生対応とか、高性能XMOS系のアップサンプリングとか、高精度クロックとか、最近になってUSB DACもめざましく進歩しています。それらを貪欲に導入していくのか、それともこれっきりの設計なのか、今後の対応が期待されます。

とは言っても、あえてDACを内蔵させるメリットがあるとしたら「省スペース」くらいでしょうか。

V281の内部

V281はコンセント電源を扱うので、ケースを開ける際には必ず電源コンセントが抜いてある事を確認するよう、注意が必要です。

前後のネジを外して、フタを開けた状態

天板は前後にある六角ネジを外すことで開きます。パネル裏面は放熱のためか細いフィン形状になっているのが良いですね。

ちなみに中に特殊な設定用ジャンパや、追加モジュール基板のスペースがあるため、ちゃんと公式マニュアルにも蓋を開ける方法が書いてあります。もちろん自己責任になります。

余談ですが、この手のプロ用オーディオ機器メーカーのマニュアルっていうのは、面白おかしく書いてあるのが多いですね。際どいジョークが盛り込んであったり、妙にフレンドリーだったりします。有名どころではスタジオミキサーのMackie社なんかがありますが、彼らに言わせると、マニュアルは面白く書いたほうが、ちゃんと最初から最後まで読んでくれるから、だそうです。たしかに、家電製品にありがちな退屈な(マニュアルじみた?)マニュアルは、読む気すら起こりません。

たとえばV281のフタを開ける手順についても、ご丁寧にも、上のネジを外すだけだと開けにくいから、下のネジもちょっと緩めたほうが良いよ、とか書いてあります。こんなマニアックな製品を買うのは、ちゃんとわかっている人だろうと想定しているのでしょう。

上下にアンプ回路が二段重ねになっています

奥行きが長いですが、色々詰め込んでありますね

フタを開けると内部の回路が見えますが、本当にぎゅうぎゅう詰めです。パッと見ただけで一目瞭然ですが、このV281というモデルは、下位モデルのV220とほぼ兼用のシャーシや基板を使っており、単純にステレオ2回路駆動のV220から、バランス駆動のための4回路にするため、アンプ基板が二段重ねになっているという、身も蓋もないデザインです。うな重の特上を頼んだら、ウナギが二段重ねになっていたという感じです。

電源トランスも二段重ねです

二段重ねのアンプ回路

つまりどういうことかというと、普通の6.35mmステレオ端子を使う場合には、4回路のうち2回路しか活用されないため、V220相当になるわけで、バランス出力を使わなければV281を買うのは無駄だということです。公式出力スペックなどもV220とV281では全く同じです。

説明書に丁寧なブロック図があります

アンバランス使用においてV281にメリットがあるとすれば、それは前述したとおり、左右に二つある6.35mmヘッドホン端子がそれぞれ別々のアンプ基板に接続されているため、駆動が独立しているということ(ボリュームは共通です)、また、それらはバランスのプラスとマイナス回路基板なので、右側端子が正相、左側端子が逆相(Inverting)になっています。

一定の波形であれば、正相と逆相(反転)はどちらも同じ音に聴こえます

スピーカーの世界では結構議論されているトピックですが、音楽信号の「正相、逆相」というのは、違いが無いという人もいれば、かなり神経質に拘る人もいます。音楽信号というのはプラスマイナスに振幅する波ですから、たとえプラスとマイナスが逆になったとしても変わらないことになります。実際多くのオペアンプ系ヘッドホンアンプは、プラスのライン入力がマイナスとして出力される、「反転」回路になっている製品もあります。

プラスかマイナスかというのは、スピーカーやヘッドホンのドライバが前に押し出されるか、後ろに引っ張られるかの違いです。音楽信号を、プラスマイナスを交互に行き来する「波」として考えた場合は、結局ドライバは前後に振動するわけで、プラスとマイナスが逆であったとしても、結果的には同じ動きをします。

実際の音楽の場合は、アタック部分においてドライバの動く方向が逆になります

しかし、たとえば大きな和太鼓の音など、低音の瞬間的な波形が「ドスン」と来るような場合は、その最初の瞬間でドライバが前に押し出されるか、後ろに引っ張られるかで、リスナーに届く音圧が違うだろう、という主張もあります。

つまり、低音の押し出し感などは、もしかしたらV281にある二つの端子でそれぞれ異なるかもしれません。

実際のところ、一流アーティストのメジャーアルバムをチェックしてみても、多くの場合プラスとマイナスが録音の段階で逆相になっているケースがあるので、気にしだしたら止まらない泥沼です。(録音スタジオで使われているアンプやミキサーなどで、一つでも反転回路だったら逆相になってしてしまうわけですし)。

たとえば、上記の波形グラフは、とあるアルバムから抽出したものですが、上の波形がアルバムそのままのもので、下の波形は私がソフトで逆転させたものです。では、どちらが正しいのでしょうか。

昔から、一部マニアはわざわざCDの波形を一枚一枚分析して、このアルバムは正相、このアルバムは逆相、とかマジックでマーキングして、それぞれ聴くたびに移送反転スイッチを切り替える、なんて手間のかかることをやっていたりします。そこまでやるかどうかは別として、V281の右端子は正相、左端子は逆相、というのを覚えておいて損は無いと思います。

ちなみに下位モデルのV220にも6.35mm端子は二つありますが、これらは単純に一つのアンプから分岐しているので、両方とも正相です。

リアパネルのアナログ入出力端子はV220と共通していますが、それ以降のアンプ回路は電源トランスも含めて二段重ねになっています。終段は各チャンネルごとにオペアンプ後にドライブ4、バッファ4で計8個のトランジスタを搭載しているため、バランス駆動の場合は左右合わせて32個のトランジスタが使われる贅沢な仕様です。

ヘッドホンアンプ回路は極めてオーソドックスです

アンプの基本構成はごく一般的なオペアンプ増幅にトランジスタバッファなので、言ってみればLehmann Linearを強化したような、スタジオ機器メーカーらしい非常にクラシカルで王道な設計です。バッファがUnisonic製の東芝2SA1837/2SC4793なので、ここが音質に結構影響してくるように思えます。面白いのは、増幅段にいまだにNE5534APという古典的オペアンプを採用していることです。

オーディオマニア的には、この部分をもっと高価な最新オーディオ用オペアンプに交換したいと思うかもしれませんが、ここまで高価なアンプでNE5534をわざわざコストダウンのために選んだというよりは、これはこれで、トータルな音作りの一環だと考えます。

つまりこのヘッドホンアンプを設計したエンジニアの勘を尊重するならば、むやみに交換するのも勿体無いです。ちゃんとソケットに乗っていますし、そのうち飽きてきたら遊ぶのも楽しそうですけどね。ちなみにNE5534以外にも、ライン入出力の差動受け用にはOPA2227を採用していたりなど、色々と使い分けています。

ここで鋭い人は気がつきますが、ブロック図でもわかる通り、スタジオ機器らしく、バランス入力も内部ではシングル化されます。

さらに言えば、この手のアンプでは、たとえヘッドホンのバランス出力があるからといって、DACなど上流から全部バランスケーブル接続じゃないといけない、なんてことはありません。バランスXLR出力のDACでも、V281の内部で同相ノイズを打ち消したアンバランスに変換されるので、どのみち1mとかの短いケーブルであればXLR・RCAで大差無いです。もちろんDACにバランス出力がついていれば、それを使うに越したことは無いです。ただ、大電流を扱うヘッドホンのバランス駆動と、ほとんど電流が流れないラインケーブルのバランス伝送は、全く別物として考えたほうが心休まります。

DAC基板用のリボンケーブルソケットと、取り付けポストが見えます

虹色のリボンケーブルがいくつか見えますが、リアパネル付近にひとつ余剰ケーブルソケットがあり、そこにDAC基板を追加できるようになっています。ライン入力基板の上に、DAC基板をねじ止めするためのポストがあります。私のV281にはDAC基板が無いため、フロントパネルの入力選択でDACを選んでも、無音になります。

基板上にユーザー切り替え可能なジャンパがいくつかありますが、基本的に普段は触らなくても良いものです。具体的には、まずコンセントアースと、背面XLR入出力のグラウンドをそれぞれ浮かせるか接地するか選べます。これらはアースループなどでノイズが発生する際のトラブルシューティングに使えます。さらに、リアパネルにあるライン入力のゲイン設定とは別に、内部でライン出力のゲインを-12、 -6、 0、 +6、 +12 dBの五段階に調整できます。

ライン出力のゲイン調整ジャンパ

とても面白いシークレット機能として、内部のジャンパを切り替えることで、フロントパネルの6.35mmヘッドホン端子を両方使ったバランス駆動に変更することができます。たしかResonessence Invictaも同じことができました。つまりソニーPHA-3のバランス端子みたいな使い方です(あちらは3.5mm端子ですが)。たとえば、6.35mm⇔3ピンXLR変換コネクタを使えば、3ピンXLRバランス接続も手軽に対応できますね。

ただし、この設定にすると、6.35mm端子を普通のステレオジャックとして使えなくなってしまうため、本当に必要な人以外には無意味な機能なのですが、こういった小細工ギミックも隠してあるのが嬉しいです。

左右バランスとボリュームノブ、モーターの基板

ボリュームノブはモーターオプションを追加してあるので、これが組み込まれています。ちなみにDAC基板はユーザーが別途購入して装着できますが、ボリュームノブのオプションは本体購入時に選択しなければなりません。後日モーターボリュームにしようとしてもオプション販売していないので注意が必要です。(頼めばメーカーでやってもらえるかもしれませんが)。


V281の出力

Violectric V281を購入した最大の理由は、その無尽蔵のパワーと、それに伴う「どんなヘッドホンでも駆動できる」という安心感です。

電源をONにしてから、シャーシの温度が安定するまでに20分くらいかかるので、この時間にサウンドの特性も若干変わってくるのかもしれません。私自身はそれほど気が付きませんでした。

ちなみに、V281のようなアナログアンプの場合、頭打ちになる音量の上限というのは、ライン入力に接続した機器(DACとか)の最大電圧と、アンプのゲインによる掛け算で決まります。つまりどんなに高出力なアンプでも、そこに接続するソースが貧弱であればその分音量が下がります。かと言って、あまり大きな信号をライン入力に入れてしまうと、今度は入力回路の許容限界を超えてしまいます。

最近のUSB DACのライン出力は2Vrmsが定着しているみたいですが、Chord HugoやMojoみたいに3Vrmsのものもあれば、多くのスマホや昔のCDプレイヤーみたいに0.7Vrmsのものもあります。何をつなげるかで、リスニングのボリュームノブの位置が変わるという程度のことです。

ライン入力の許容範囲が大きければ余計な心配はいりませんが(V281は8Vrms程度まで許容できます)、たとえばゼンハイザーHDVA600・HDVD800のようにこの辺の設計がシビアで、ちょっとでも入力ゲインを上げるとサウンドが飽和してしまい、音色が荒っぽくなるようなアンプもあります。

まずは最大出力電圧を測るために、ライン入力のプリゲインを+12dBに設定して、ボリュームノブは最大ポジション、この状態で、ヘッドホン出力電圧が飽和するまでライン入力DACの電圧を上げていきます。

V281の出力は・・・とにかく凄いです

ご覧のとおり、とんでもない高出力ですね。比較のためにグラフに載せたm903やChord Mojoが、どんぐりの背比べです。実はもっと(100Vp-p以上に)上げることも可能なのですが、これ以上ライン入力レベルを上げ過ぎると危険なので、とりあえず凄いということはわかってもらえる程度で収めることにしました。

ちなみにここまで出力を上げてしまうと、信号が飽和するよりも、アンプ内部の保護回路がシャットダウンしてしまうため、実際こんな馬鹿な使い方をすることは考えられません。それ以前に、接続したヘッドホンが燃え死にますね。ただし、公称スペックでここまで出せるというのだから、壊れずここまで出せることはちゃんと実証してみたくなるものです。

同グラフ上に赤線で、ライン入力ゲインのスイッチを±0dBに戻して、2VrmsでRCA端子に入力したグラフも載せてあります。これがごく一般的な使用例だと思います。

この「2Vrms入力、±0dBゲイン設定」のリスニング状態での最大出力電圧は15Vp-pということで、Chord MojoやGrace Design m903(デジタル入力で使用時)とほぼ同じ増幅レベルになります。この部分をズームアップしてみます。


Chord Mojoもよく頑張っていますが、V281やm903の出力は、負荷が20Ωになっても微動だにしない安定具合で、強力にヘッドホンをドライブします。最初のグラフのように、出力電圧はほぼ無尽蔵に上げられますが、普段の用途においては、Grace Design m903と同程度のボリューム感度で使えるようですね。

また、どれだけ電圧ゲインが上げられたとしても、結局20Ωを切ったあたりからV281、m903ともに電流リミットで定電圧を維持できなくなるので、実際この勾配部分がけっこう重要です。m903のほうが低インピーダンス駆動はちょっとだけ優秀ですね。

ついでに、当て馬要員として、優秀なDAPと名高いAK240も載せてみました。べつにAK240の非力さをバカにしたいわけではなく、ようするに、AK240を使っていて十分な音量なのであれば、その二倍、三倍もあるような高出力は必要なのか、という疑問があります。

オーディオ界隈でよく言われていることは、発揮できるパワーは多ければ多いほど、瞬発力やダンピングといった、アタック部分の制動性が良くなり、音に締まりが出るようです。

逆にパワー不足なアンプのほうがほんわかゆったり気味だったり、または音割れして荒っぽくなったりなど、そっちのほうが好みに合うという人もいるのが悩みどころです。

ちなみに6.35mmステレオ端子での計測なので、XLRバランスの場合はプラスマイナス双方に同様の出力が望めます。

音質について

V281の音質について書きたいのですが、ただ単純に「音場が広い」とか「高域が綺麗だ」などの聞き飽きた説明よりも、実際に私がこのアンプを選んだ経緯を兼ねて紹介しようと思います。

これまでのメインアンプGrace Design m903と、iFi micro iDSD

これまで自宅のメインヘッドホンアンプとして使っていたGrace Design m903は、高出力とともに、とても落ち着いた重厚なサウンドが特徴的でした。逆にそれが弱点でもあり、どのヘッドホンも太くどっしりとした感じになってしまうため、もうちょっと高域の伸びや、激しさも演出できるアンプが欲しくなっていました。

また、色々検討した末、最近流行りのバランス駆動を装備しているアンプに候補を絞りました。

バランス駆動にしたほうが確実に高音質になるというわけではありませんし、一般的なアンプと比べてバランスは二倍の回路コストがかかることを考えると、同じ予算であれば一概にバランスアンプのほうが良いとは言えません。

一般的な6.35mmステレオ端子であっても、ヘッドホンケーブルとアンプの設計さえしっかりしていれば、バランス接続と大差ない高音質が得られることは確実です。実際、世界中の多くの高音質スピーカーやヘッドホンはバランス接続とは無縁の世界です。

ではバランス接続のメリットはというと、たとえば二倍の電圧振幅とか、同相ノイズの低減とか、よく聞く理論上のアドバンテージは実際のところ微々たる効果だと思います。

しかし、個人的な偏見かもしれませんが、これまでの経験上、ラインケーブルやヘッドホンケーブルにおいて、バランス接続のほうがケーブルによる音質変化が出にくいと感じています。つまり、RCAケーブルやアンバランスのヘッドホンケーブルは素材や構造によって結構音質にクセがつくケースが多いのですが、バランスケーブルの場合は、それがどれだけ高価なケーブルであっても、そこまで大きな違いが感じられません。それだけケーブル特有のクセがつきにくく、ヘッドホンそのものの特性が味わえるということでしょうか。

最近では自作品・既成品ともに、バランス端子を装備したヘッドホンが増えてきていることは確かなので、新製品を買ったり借りたりしたときにバランス対応アンプがあれば実用上便利だなと思っているのが、バランス対応が欲しい一番大きな理由だったりします。

いろいろな候補を試しました

V281を購入する前に、このあたりの価格帯でいくつかライバルになる候補がありました。音質がそこそこ気に入ったのは、たとえばこんなのがあります:
  • ゼンハイザーHDVA600・HDVD800
  • ラックスマン P-700u
  • Bryston BHA-1
  • Auralic Taurus
  • Musical Fidelity MX-HPA

などです。どれもコンセント電源仕様で、気兼ねなく常時ONで使える卓上据え置き型アンプ、という感じのセレクションですね。

また、純粋なアナログヘッドホンアンプ以外にも、いわゆるDACアンプ複合機もいくつか試しました。たとえばOPPO HA-1、Fostex HP-A8、TEAC UD-503などです。これら複合機はどれも悪く無いものの、やはりコスト的な理由なのか、ヘッドホンアンプとしての性能は上記アナログアンプと比べて一歩劣るようでした。具体的には、解像感は高く、繊細なサウンドなのですが、音楽の力強さが感じられない味気ないものが多かったです。

最近はどれも似たような複合機が多いですね

また、複合機としては、最近発売されたMytek Brooklynもド派手なデザインに惹かれて気になっていたのですが、残念ながら試聴機に恵まれなかったため候補に入りませんでした。

派手なデザインのMytek Brooklynは中身もとても魅力的です

これよりも高価なヘッドホンアンプは、DAC複合機を中心にまだまだ上がたくさんあるのですが、予算的にも、機能面でも、今回DAC機能は一切考慮せず、純粋なアナログヘッドホンアンプとしての音質を再優先としました。

天下のゼンハイザーということで人気のHDVD800

まずは、ゼンハイザーHDVD800ですが、DAC機能がちょっとショボいため、もし購入したとしても、アナログアンプとしてしか使わないだろうなと思いました。その点DAC無しのHDVA600は不人気ながら、お買い得感があります。

DACはDSD非対応ということもありますが、それ以前にUSBインターフェースの完成度が低く、たとえばアンドロイドスマホのOTG接続に非対応らしく、試してみたところHDVD800内部のシステムがフリーズしてしまい、コンセントを抜いて数分待って電源再投入するまで動かなくなってしまうなど、細々としたトラブルに見舞われました。

DAC回路は無視して、アナログライン入力にてヘッドホンアンプとして使ってみたところ、随分とシャープで硬質なサウンドだと思いました。また、併用するソースによって音割れや荒っぽい歪みが感じられたので、色々と試してみたところ、背面にある入力ゲイン調整ダイヤルが結構シビアで、ちょっとでも高すぎるとすぐに入力が飽和してしまうという変なトラブルがありました。つまり、通常の使用時にも気が付かないだけで若干歪んでるんじゃないかという一抹の不安があります。

順当なライン入力レベルに調整してリスニングをしてみると、不思議なもので、色々なヘッドホンを使ってみて、どれもイマイチだなと思っていたのですが、いざHD800をXLRバランスで駆動してみたところ、とてもクリーンで解像感の高い、完璧にマッチしたサウンドでした。これが相性というものでしょうか。HD800ユーザーにとっては的確なアンプだと思います。逆に言うと、それ以外のヘッドホンではバランス・アンバランスを問わず、キツめの余裕のない音質が気に入りませんでした。

意外と知られていないBryston BHA-1
中身はBrystonらしい丁寧な仕上がりです

Bryston BHA-1は長年気になっていたアンプです。カナダのBrystonはヘッドホン主体のオーディオマニアには聞き慣れない名前ですが、スピーカー用のアンプなどでは古くから定評のある大手メーカーです。とくに20年以上続く4Bシリーズなどのパワーアンプは定番中の定番で、信頼性を重視した設計とメーカー標準の20年間保証というのも、長いキャリアのある老舗メーカーであるため説得力があります。

BHA-1はしっかりとした構成で入念に作りこまれたヘッドホンアンプで、パワーは若干低めですが、さすが伝統的オーディオメーカーだと納得できるド迫力のサウンドでした。バランス出力端子が4ピンXLRと3ピンXLR×2の両方備えているのも珍しいです。

しかし、Bryston社にありがちな、エネルギッシュで中高域の弾けるような音圧感がさすがに強烈過ぎて、ちょっとついていけないな、と感じました。逆に、Gradoとかでロックをガンガン鳴らすのが好きな人に、このアンプをぜひ聴いてもらいたいです。

Auralic Taurus MK II

Auralic Taurus MK IIは、最近ヘッドホンブームに乗じて台頭してきた新参ハイエンドメーカーAuralicによる製品で、DACやヘッドホンアンプといったパーソナルオーディオにフォーカスを置いている香港のメーカーです。Auralicの名前は知らなくても、ピカピカで高級そうなヘッドホンスタンドの中にヘッドホンアンプが内蔵されている、強烈なインパクトを誇るGeminiという製品を見たことがある人は多いのではないでしょうか。

Auralicといえば、GEMINIですね

余談ですが、このGeminiのような「ヘッドホンスタンド兼アンプ」というのは、いいアイデアなのに中々定着しませんね。私のようにヘッドホンを買いすぎて置き場に困っている人は多いと思います。たとえばBeyerdynamic A2アンプに、ボルトオンのヘッドホンスタンドが付属しているのには、ちょっと感動しました。

このベイヤーA2も、すごくいいアイデアだと思うのですが

Taurusに話を戻しますが、これはGeminiのような変則デザインではなく、ごく一般的な高級オーディオっぽいデザインのヘッドホンアンプです。32Ω負荷で4.5W出力という、スタイリッシュな外観からは想像できない高出力を発揮します。

Taurus内部を見ると、綺麗な設計です

このTaurusのセールスポイントは、ラインアンプに往年のスタジオミキサー銘器Neve 8078の回路を模したということです。たしかにNeveのミキサーは多くの有名レコーディングで使われた定評のあるスタジオ機器なので、それにインスパイアされたTaurusは、「スタジオのサウンドをそのまま自宅で」、という構想なのかもしれません。実際に、最近のレコーディングでも、この往年のNeveサウンドを欲して、あえてパソコン上で味付けを追加するソフトエミュレータなんかも販売されてるくらいです。

Neveだとかそういうのは別として、Taurusの内部回路はクリーンで整然としており、肝心のラインアンプ回路はシールドボックスに隠されており、どういう構成かは見えないようになっています。昔のレビンソンみたいでこういうのは好きじゃないです。

実用上は、リモコン操作できないという点はマイナスでしたが、さらに背面のライン出力がヘッドホン出力と連動しており、どちらかをOFFにできないというのはちょっと困りました。毎回ヘッドホンを抜くか、スピーカーのパワーアンプ電源を落とさないといけないのは不便です。

Taurusの音質は、非常にスムーズでまろやかなサウンドです。尖った部分が少ない、聴きやすい部類の音作りなのですが、若干周波数帯やダイナミクスの上下が圧縮されたような印象も受けます。なんとなく、頑張ってこういうサウンドにしました、という意図がひしひしと感じられるので、これに賛同できるかどうかで評価が変わると思いました。私自身は、もうちょっとメリハリや空間に広がりのあるオープンなサウンドのほうが好みです。

ラックスマン P-700u

ラックスマンらしいゴチャゴチャ感に笑ってしまいます

ラックスマンのP-700uは、購入候補として最後まで悩んだアンプです。値段的にもV281といい勝負ですし、どちらも機能面で引けを取りませんし、出力はアンバランス32Ωで1W、バランスで4Wということで、Auralic Taurus同様、とても強力です。

ライン出力はRCAアンバランスのスルー端子しか無いため、バランスXLRプリアンプとして使えないのが残念ですが、ヘッドホンアンプとしての音質は素晴らしかったです。

内部回路はラックスマンらしいゴチャゴチャした物量投入スタイルで、ちょっとやり過ぎ感もしますが、それが音質にちゃんと反映されているようでした。つまり、他社のアンプとくらべて圧倒的に艷やかで美しく、ふわっとした空気感の中でピアノや弦の響きが感動的なまでに響くのですが、それがどうにも作為的すぎて、なんかちょっと変だぞ、と悩んでしまいます。これが俗に言うラックスサウンドという所以かもしれませんが、やはり味付けの少ないストレートなヘッドホンアンプとはちょっと路線が違うように感じました。

とはいえ、この完成度は尋常ではないですし、他社が見よう見まねでコピーできるレベルではないので、さすがベテランの音作りは凄いんだなと思わせるだけの説得力がありました。きっと試聴した途端に一瞬で惚れ込んでしまう人も多いと思いますし、音楽を楽しむという意味では最善の選択かもしれません。

Musical Fidelity MX-HPA

中身は地味にちゃんと作られています

ラックスマンとともに、意外と最後まで候補として残ったのが、Musical FidelityのMX-HPAでした。

このMX-HPAヘッドホンアンプは他の候補と比べてコンパクトで、なんてことのない簡素なデザインなのですが、その音質は目覚ましい仕上がりでした。ライン出力が無く、プリアンプとして使えないのは残念ですが、このコンパクトさなら許せます。バランス端子は左右の3ピンXLRタイプで、6.35mmステレオ端子はそのセンターにある、いわゆるコンボジャックというやつです。

Musical Fidelityは英国の老舗オーディオメーカーで、80年代から、「アンプのパワーは多ければ多いほど良い」という主張を曲げていない猪突猛進系メーカーです。一昔前のパワーアンプは「目玉焼きが焼ける」と言われるほど熱くなることで有名で、私自身も過去に同社のパワーアンプを使っていたところ、クラスA動作による膨大な発熱によって、缶コーヒー並の巨大な電解コンデンサがパンクしてしまい、壮絶な死を遂げた思い出があります。もちろん最近の製品ではそんなことはなく、低価格エントリーモデルから超大型ハイエンドまで幅広く展開しています。

しかし、たとえばアンプのあとでスピーカーケーブルに直接繋げてパワーを余計に増幅する750Wアンプ「スーパーチャージャー」や、一円玉大の小型Nuvister真空管を搭載したNuVistaシリーズなど、たまにバカっぽい製品を展開するのが面白いメーカーです。

ヘッドホンアンプのMX-HPAは19Vrms、8Ω負荷で1.8Wと、コンパクトなサイズながら他のアンプと同等の高出力です。

サウンドはとてもフレッシュで歯切れよく、瑞々しいです。以前HIFIMAN HE1000を駆動したときに、とても好印象だったため、ずっと気になっていました。高域のキレは良好ですが硬質すぎないため、HDVD800などとは一味違った音楽性の高いアンプです。なんとなく往年のソニーを彷彿させます。その反面、若干低域の存在感が弱いというか、高域寄りに聴こえてしまうため、音源によっては聴き疲れしやすいと思います。ふわっとした空気感よりも主要楽器の凛とした色艶が綺麗に出るため、高解像なクラシックなどは素晴らしいです。

個人的に、機能面でライン出力やリモコンが無いなど、もうちょっと充実して欲しいことと、バランス端子が3ピンXLRなので、普段使う4ピンXLRには変換アダプタが必要なことなどを理由に、惜しくも断念しました。目立たない製品ですが、もし見かけたらぜひ試聴してみてください。

Lehmann Linear

高級ヘッドホンアンプの基本形です

様々なメーカーのヘッドホンアンプということで、最後にもう一つ紹介したいのは、Lehmann Linearです。以前はLehmann Audio Black Cube Linearと呼ばれていました。

このアンプは、私自身がもうかれこれ10年ほど使ってきた愛着のある製品で、ここ数年のハイエンドヘッドホンブームになる前には、もはやこれしかないと言われるほどの定番アンプでした。とくにゼンハイザー社がずっとオーディオショウなどのデモで使っていたレファレンスアンプとして有名です。HD800のデビュー時にもこれが使われていました。

私はGrace Design m903を購入してから、このLehmann Linearは職場のオフィスでBGM用に使う用途に格下げになってしまったのですが、それでもなかなか手放せない魅力があります。まず10年間ほぼ一度も電源を落としたことがなく、常時ONにしているのにビクともしない高信頼性は、私自身が保証します。出力は公称400mW/60Ωということで、現代の低インピーダンスヘッドホンでの利用は想定しておらず、基本的に高インピーダンスのスタジオモニターヘッドホンと合わせることを前提としていますが、それでもHD800などを十分に駆動するだけのパワーを備えています。

内部回路はオペアンプ受けでトランジスタバッファという、極めて定番の構成ですが、そのシンプルさ故に小細工がいらず、素直な特性を持っています。色々なヘッドホンアンプの味付けにうんざりしてきたら、このLehmann Linearを使うことで脳内をリセット出来るような安心感があります。

音質は繊細で見通しがよく、その反面リッチな感じはしないので、Grace Design m903とは対象的なサウンドでした。私にとって、このLehmann Linearが不朽の定番として鎮座しています。

V281

様々なヘッドホンアンプを試聴した上で、ようやくたどり着いたのがViolectric V281です。

やはり高価な買い物なので、「もっと良いヘッドホンアンプはきっとあるはずだ」と確信して色々と試していくうちに、購入に手間取ってしまいました。最終的に、無意識に自分のレファレンスとして脳裏に浮かぶのがV281だったので、それだけ心に残るサウンドだったということかもしれません。

内部のアンプ回路構成からも想像できるように、このV281のサウンドは、いわゆるモニター系というか、たとえばLehmann Linearがさらにワイドレンジでパワフルになったようなイメージです。

これまで試聴してきたヘッドホンアンプ勢が、それぞれ独特の個性が強かった(ように感じる)ため、逆にV281の音質特性は?、となると、説明が難しく感じます。

高域はGrace Design m903とくらべて遥かに伸びますし、低域もLehmann Linearよりも数倍深く感じます。Auralic Taurusで感じたような意図的なスムーズ感は皆無ですし、Bryston BHA-1の荒っぽさや、Musical Fidelity MX-HPA のようなフレッシュすぎる鮮烈感も控えめです。トータルバランスがとても高レベルでまとまっており、むやみに発散したり、逆に過度な音作りでガチガチに固めたようにも感じられません。自分にとって丁度いい、というだけのことです。

可もなく不可もなく、といった印象のV281なのですが、ではそれのどこが素晴らしいのか、実際どこに魅力を感じるのかというと、キーポイントは三つありました。

まずは、空間が広く、音像の位置関係が正確です。アンプ設計のおかげで左右の分離が良いということなのでしょうか。これはバランス・アンバランス問わず、そう感じました。音抜けが良いとか、壁のような限界を感じさせない、みたいな印象です。バックグラウンドノイズが少なく、背景が黒いということかもしれません。

よく味付けの濃いアンプでありがちな、不可思議な低音の回り込みや、ボーカルの極端な前のめり感が無く、どんなアルバムを、どんなヘッドホンで聴いても、くどい演出になりにくいと感じました。

ちなみにバランス接続可能なヘッドホンは、HD800、HD650、ベイヤーダイナミックT1、ソニーMDR-Z7など色々と手元にありましたが、総じてバランス接続のほうが、個々の音像がクッキリとして、良好な結果が得られました。とくに、HD800のようなサラッとしてしまいがちなヘッドホンや、MDR-Z7のように中低域がボワボワしやすいモデルでは、バランス接続によるメリットが感じられます。


V281の二つ目の魅力は、併用するDACなど、上流機器の違いがとても明確に現れる、ということです。

試聴などに使用したDACはケースバイケースで、iFi Audio micro iDSD、micro iDAC2、Chord MojoやHugoなど、いわゆるポータブル系USB DACがメインですが、XLR入力の方は、普段自宅でレファレンスとして使っているApogee Rosetta 200を常に接続していました。

V281以上に個性的で魅力溢れるサウンドということで、最後まで悩んだラックスマンP-700uですが、V281を選ぶにあたって、ひとつ決定的な判断材料がありました。

このV281を含めて、色々なヘッドホンアンプを試聴している際に、iFi Audioの「iTube」という商品を借りて試聴する機会がありました。このiTubeはユニークな商品でして、ACアダプタで駆動する真空管ラインバッファというものです。DACなどからRCAライン出力でこのiTubeを通すと、内部の真空管アンプによって音に味付けがされるという仕組みです。

このiTubeをV281の前段に入れて併用してみたところ、サウンドがとてもツヤツヤで美音になり、背景や空間ノイズがぐっと減って、主要楽器が浮き出るような効果がありました。そして、これってP-700uにちょっと近いな、なんて思ったりもしました。P-700uは真空管アンプではないのに、そう感じるのは不思議ですね。

ラックスマンP-700uを最終的に購入しなかった理由は、この味付けの強さなのかもしれません。上流にどんなDACを使っても、やはりP700uの美しいサウンドに仕上がってしまうという印象が強かったです。一方で、V281は上流の良し悪しやクセが結構顕著に出るので、色々なDACで味付けを楽しめますし、アンプの特性もそれだけ素直だということなのかもしれません。言うならば、音楽鑑賞のために誰かに勧めるのならばP-700uですが、私みたいに万能道具としてのヘッドホンアンプが欲しければV281、ということでしょうか。


V281の三つ目の魅力は、音色の特性に関することなのですが、これまで聴いてきたアンプの中で唯一このV281だけが、「あれ?これはちょっと不思議で凄いぞ」と感じる要素がありました。それは何かというと、低域から高域まで、これといって問題点の無いフラットなモニター系サウンドなのですが、その中で、楽器群の中域、たとえばヴァイオリンであったり、女性ボーカル、ギター、スネアドラムの芯となる部分が、いきいきとして生っぽい自己主張を備えていることです。特定の楽器ではなく、どんなジャンルのアルバムを聴いても、破綻することなく、そのような魅力が感じ取れます。

中域に芯がある解像感というのは、よくある高音重視のカリカリした解像感とは違って、複雑なアンサンブルでも太い中低域が濁らずに、各楽器の実在感を強調する「一音一音の重み」と「勢いの良さ」が両立出来て、初めて達成できるサウンドだと思います。

なぜ私がここまで驚いたかというと、通常は音作りというのは諸刃の剣で、退屈なフラットサウンドから逸脱して音楽性を追求しすぎるとクセが目立つ、という二者一択になりがちなのですが、このV281のようにそれらを上手に両立して音楽を引き立てているのは、極めて珍しい事だと思います。

この余裕を持った広々とした空間と、魅力を感じさせる中域の質感というのは、最新のオーケストラやオペラ録音を楽しむのに最適です。高音のシャリ付きや硬さを感じさせない上手な仕上がりは、古めのジャズ録音などを聴く場合にも不快感がありません。

この、「ルーツは実直でフラットなスタジオモニターだけど、そこにちょっとだけオーディオ的魅力も入れてみた」というマジックは、Lake Peopleというプロ用機器メーカーの中にあるViolectricというブランド、という構想そのものをズバリ表しているようにも思えます。

まとめ

自宅のメインヘッドホンアンプとして新たに購入したViolectric V281ですが、その音質・性能ともに目覚ましいパフォーマンスを誇る製品です。

m903はすでに別のオーナーの元へ旅立ってしまいました

中を覗くと、あまり派手さがなく(幾分か古めかしくもある)、しっかりと作られた王道アンプといった風格でありながら、どうやってこんな高音質を達成したのか、というところが開発エンジニアの腕の見せ所なのでしょう。

最近は、猫も杓子もDAC兼用のデジタル複合機を出している中で、純粋なアナログヘッドホンアンプとなると、意外とマニアックで選択肢の幅が狭い事に気が付きました。私自身も、DAC一体型が良いのか、DACとアンプは分けたほうが良いのか、未だに悩んでいます。

また、Chord MojoやiFi micro iDSDを筆頭に、コンパクトなバッテリー駆動のヘッドホン関連製品が続々と登場しています。最近のポータブル機は飛躍的な高出力化を遂げているため、市場にあるほとんどのヘッドホンをなんの苦労もなくグイグイと駆動出来るだけの出力余裕があります。

つまり、巨大な据え置き型ヘッドホンアンプが必要とされる意義というのは、もはや薄れているようにも思います。

しかし、今現在の時点に限って言えば、いまだにこれらポータブル機やDAC一体型複合機では辿りつけない高音質を得られるだけの優位性が、大型アナログヘッドホンアンプにまだあると感じました。きっと、あと数年したら、ポータブルDACアンプと、V281のような大型機との差はより一層縮まることでしょう。

「ヘッドホンはポータブルオーディオ」というスタイルが一般的になった今、一つの場所にじっくりと腰を据えてリスニングするという人は珍しいのかもしれません。

ところで、最近多くの人が高級DAPやヘッドホンを購入して盛り上がっていますが、実際にアルバムを初めから終わりまで数時間じっくりと集中してリスニングしている人はどれくらいいるのか気になります。単純な愛聴曲のA/B比較や、なにかしながら片手間のBGMではなく、何枚ものアルバムを通して、集中した環境で音楽を聴き楽しむというシーンで特別なメリットが感じられるのが、Violectric V281を含めて、今回紹介したような優れたヘッドホンアンプの要点だと思います。

音楽鑑賞は趣味性が最重要ですし、人それぞれ、自分に合った音色のヘッドホンアンプがあると思うので、やすやすと勝敗や上下のランク付けができるものではないですが、私にとってはベストを尽くして見つけた選択がV281でした。私の周りのヘッドホンマニアは、それぞれ全然異なるアンプを気に入って購入しています。真空管もあれば、乾電池とオペアンプなんてのもあります。

これまで自宅で使っていたGrace Design m903が五年間トラブルフリーで愛用できたこと、そして職場にあるLehmann Linearにおいては10年間ものあいだ毎日活用していることを踏まえて、Violectric V281の最終的評価が定まるのは、まだ当分先の話なのかもしれません。とりあえず、今のところ満足しています。