2016年9月5日月曜日

Fostex TH610 ヘッドホンのレビュー

フォステクスのヘッドホン「TH610」を購入しましたので、印象なんかを書き留めておきます。

Fostex TH610

2016年6月発売で、価格は75,000円という、そこそこ高価なヘッドホンです。大型の「黒胡桃無垢削り出し材」木製ハウジングを採用した密閉型デザインで、家庭での真面目なリスニング用途を目的とした製品です。メーカーとしても「プレミアム・リファレンス・ヘッドホン」と命名しています。

2013年に登場した「TH600」の後継機として、そして上位機種で18万円の「TH900」に迫る兄弟機ということで、注目される商品です。


TH610を購入した経緯とか

今回私がTH610を購入したのは、個人的にちょっとしたエピソードがあります。

私自身はフォステクスのヘッドホンが結構好きで、これまでにTH600、TH500RP、そしてTH-X00を購入して、今でも使っています。どれも優秀ながら若干チューニングにクセがあり、必ずしも万人受けするようなサウンドでもないので、あとちょっと追い込めば完璧なのに、惜しいな〜、なんて、毎回手にとって使うたびに、そんな印象を持っていました。

魅力は十分にあるものの、ある程度使っているとクセが目立ってきて、結局「お蔵入り」になってしまうようなタイプです。これまで最上位のTH900をあえて買わなかったのも、そんなイメージがあったからかもしれません。

手元にあるFostexを集めてみました

そんなわけで、もうすでに同じデザインで三台持っていますし、今回TH610発表のニュースを見た時も、どうせまたチューニングで味付けを変えただけだから、わざわざ買い足すことも無いかな、なんてスルーしていました。外観もTH-X00と似ているので、たぶん音も同じなんだろうな、なんて想像していました。

TH610の発売から数カ月後、秋葉原にて夏のポタフェスが開催されたので、会場でゆっくり時間をかけて、様々なメーカーのヘッドホンを試聴して周りました。そこで、せっかくだから、「全ブースの中で、偏見無しに、一番サウンドを気に入ったヘッドホンとイヤホンをそれぞれ一つづつ買おう」なんて、自分自身で勝手に心に決めていました。(もちろん予算は無限大ではないので、それは考慮しますが・・)。

そこで、イベント二日間で、色々と聴いて回った結果、フォステクスのブースで聴いたTH610が群を抜いて一番気に入ってしまい、それから他の何を聴いても気が変わることもなく、結局、購入に至りました。

フォステクスのブースで試聴しました

フォステクスのブースにあったHP-A8やA4BLアンプとのコンビネーションはとても素晴らしかったですし、持参したCowon Plenueを接続して聴いたサウンドも、同じく大満足でした。

純粋に自分好みのサウンドだったというだけであって、スペックとか絶対的性能がとか、そういった具体的な評価基準はありませんので、あしからず。

ちなみにヘッドホンとイヤホンをそれぞれということで、イヤホンについても、格別気に入ったやつを購入しましたので次回紹介します。

そんなわけで、当初は購入するとは考えていなかったTH610を、ちょっとした経緯で買ってしまうことになりました。やはり試聴というのは大事なんだということを再確認させられた、というエピソードです。(試聴すると結局散財してしまう、ということでもあります)。

TH Premium

フォステクス(フォスター電機)というと、スピーカードライバやイヤホンなどの製造メーカーとして、無数のオーディオブランドに製品を提供しているOEMメーカーとして有名です。本社は東京都立川のあたりにある小さな会社ですが、国内、海外を含め、名のしれた大手オーディオ・ヘッドホンブランドの商品が、実はフォスター電機製だったりする、影の功労者です。

フォステクスというと、スピーカーや自作キットなんかが有名です

そんなフォスター電機の自社ブランドがフォステクスなのですが、DTMなど自宅録音を目指している人にとっては、色々とお世話になる機会が多いです。特に、パソコンの傍らで使えるコンパクトなスピーカーなんかを探していると、フォステクスのやつが高確率で薦められますし、音楽鑑賞用でも、低コストで自作で色々楽しみたい人用のキット販売なんかもやってます。

公式サイトを見ると、色々企画しててワクワクさせられるというか、なんか明らかに金になりそうもないような事もコツコツとやってるな、と関心してしまう会社です。

T50RP mk3n

フォステクスのヘッドホンと言うと一番有名なのは「T50RP」などのスタジオモニターヘッドホンシリーズです。一万円台の低価格ながら、独自開発のRegular Phase (RP) ドライバという、ハイエンドブランドでよく使われている平面駆動型ドライバ方式を採用して、非常にリニアで原音忠実を体現した音作りが好評を得ています。

美しすぎるウッドハウジングのTH900

そんなフォステクスの中で、オーディオマニア向け高音質ヘッドホンのラインナップが、今回のTH610を含む「TH Premium」シリーズです。2011年にデビューした第一号の「TH900」が頂点に立つフラッグシップモデルとして、ベテランオーディオマニアでも納得する仕上がりを魅せつけてくれて、一躍ヘッドホン業界の中でも絶大な地位を確立しました。

鳴り物入りで18万円という高価なハイエンドに参入したTH900が、いきなり好評を得たのも不思議ではなく、フォステクスは以前からスピーカードライバ開発と製造では世界トップクラスの実績を誇っており、高級ヘッドホンにおいても、それまでDENONなどのプレミアムヘッドホンを作っていたノウハウがあります。そのためTH900が発売された時期に、当時ちょうど製造終了になったDENON AH-D5000・AH-D7000の実質的な後継機として、往年のファンからも歓迎されました。

未だに絶大な人気を誇るDENON AH-D7000

TH900は、外観のフレームや7N OFCケーブル、木製ハウジングなど、全体的な構想はDENONを引き継いでいますが、サウンドのチューニング自体は全くの別物と言っていいほど変わっており、よりフォステクスらしい独自路線の仕上がりが施されていました。

核となるドライバは従来からの50mmという形状は変わらないものの、「マイクロファイバー振動板」から、フォステクスが長年スピーカー用素材として培ってきたバイオセルロースファイバーの「バイオダイナ振動板」になり、ハウジングもDENONのマホガニー材から、より音響効果が高く、見た目も美しい「水目桜」という高級木材を採用しました。

私自身は、TH900はちょっと値段が高すぎるというか、桜材の漆塗りなどの製造コストが結構かかっているだろうと想像して、購入せずに、なんとなく敬遠していました。

↓この動画を見れば、値段の高さも納得できるかもしれません。



実際今になって、様々なハウジング素材を使ったヘッドホンを試聴してきた結果、やはり木材や、漆塗りなどの塗装というのは、外観の美しさのみならず、音響にもかなり影響を及ぼすみたいだ、という気になってきたので、TH900に関しても、決して否定的ではありません。単純に、私自身がヘッドホンの扱いが手荒なので、折角の漆塗りに傷がついてしまうのが怖いから買いたくない、という理由がけっこう強いです。

DENON AH-D7100と、AH-D7200

余談ですが、DENONの方は、AH-D7000の次に、Fostexとは別に独自路線でAH-D7100を発売しましたが、突飛な未来派デザインに、コアなファン層(おじさん達)が衝撃を受けたのか、あまり売れなかったみたいです。2016年末には、後継機AH-D7200というのが出るそうですが、デザイン的にはAH-D7000の意匠と、現行ポータブルモデルAH-MM400を融合したような、落ち着いたDENONらしいデザインですね。

TH610(左)とTH600(右)

TH900が発売された二年後の2013年に、フォステクスから、より低価格なモデルとして登場したのが、TH600でした。TH900の高音質っぷりはすでにマニアたちに認められていたのですが、さすがに高価すぎて手が出しにくかったため、18万円から半額以下の8万円に抑えられたTH600は、とても嬉しかったです。

TH600は、低価格ということで(それでも8万円もしますが)、ドライバの仕様が若干変更されていたことと、美しい桜木材ハウジングが、ストイックなマットブラック塗装のマグネシウム・ダイキャストになったため、音質そのものはTH900とはかなり異なる、ドライでハイスピードな、スタジオモニター系チューニングでした。

私自身はTH600はそこそこ気に入って発売当時から愛用していたのですが、やはり他社の密閉型ヘッドホンと比較すると、低域がちょっと軽めで分析的すぎるサウンドは、ゆったりとリラックスしたリスニング用途とはかけ離れた、人を選ぶタイプのヘッドホンでした。

TH610(左)とTH500RP(右)

TH600から、翌年2014年には、これらプレミアムシリーズのデザインに、RPシリーズで絶賛されている平面駆動型ドライバの技術を投入した、TH500RPというモデルが登場しました。これもそこそこ悪くなかったものの、やはりクセがあり人を選ぶタイプで、あまり市民権を得ることが出来なかったように思います。ようするに、フォステクスというと、頂点にTH900が鎮座しており、その下でなんかいろんな変なモデルがあるな、みたいなイメージがあるような気がします。

ちなみに、このTH500RPでは、平面型ドライバ搭載ということ以外にも、新たに楕円形の三次元イヤーパッドが採用され、これがTH900などの従来タイプよりもフィット感や密閉感がよく、そこそこ好評でした。

TH610(左)とTH-X00(右)

2015年には、正式なリリースではありませんが、米国のネット通販サイト限定で、Massdrop TH-X00というモデルが発売されました。

これは、基本的にTH600をベースとしていながら、ハウジングにマグネシウム・ダイキャストではなく木材を採用したことで、注目を浴びました。ドライバも変わっているのかもしれません。木製でありながら、製造がこれまでの日本製から中国製になったこともあり、価格が非常に安くなっており($400USDなので、約45,000円)、もしかすると次期正式ヘッドホンへ向けてのテスト販売かもしれないなんて話題になっていました。

このTH-X00は、初回ではマホガニー材を採用したことで、DENON AH-D7000の再来、なんてマニアが盛り上がっていました。また、TH900・TH600で使われていた真円(ドーナツ)型イヤーパッドではなく、TH500RPの楕円タイプに変更されていたことも興味深かったです。

TH-X00 Ebony (右)、TH-X00 Purpleheard(左)

TH-X00は初回販売が大好評だったため、その後エボニーやパープルハートといった高級木材のモデルも発売され、それぞれの木材による音色の違いを楽しめるということで、マニアコレクターに喜ばれました。私自身も、何度か比較試聴してみて、「たかが木材で、ここまでサウンドが変わるのか」、と驚かされました。ただし、このTH-X00は木材のサウンド変化は結構ですが、外観上、木目の選定やクリア塗装の質などは価格なりに雑でムラのある仕上がりだったため、ビジュアル的に木材を楽しみたい人達からは結構酷評されました。

EMU Teakヘッドホンのバリエーション

このTH-X00と時を同じくして、米国のプロオーディオメーカー「E-MU」社へのOEMモデルのE-MU TEAKシリーズが展開されました。外観はTH-X00と似ていますが、ハウジングの木材に「チーク」「ローズウッド」「エボニー」の三種類が選べる商品展開が魅力的です。

そんな感じで、ここ数年間、フォステクスはOEMや限定モデルを含めて、TH900・TH600 という基本形をベースに、若干のチューニングや素材を変えた発生モデルを続々展開することで、ヘッドホンマニアの話題を盛り上げてくれました。

また、フォステクス側としても、これらの市場評価をもとに、ユーザーが求めている「高音質」の妥協点を追い込むノウハウも、着々と腕を磨いてきたように思います。

TH610

ここまでのTH Premiumシリーズヘッドホンをざっと眺めてみると、今回発売されたTH610は、従来機TH600の価格帯を基準として、これまで培ってきた木製ハウジングと音作りの技術を投入してきた自信作だということがわかります。

クルミのTH610(左)と、マホガニーのTH-X00(右)

TH610のハウジングは、マホガニーでも、桜でもない、「黒胡桃無垢削り出し重硬材」と書いてあります。黒胡桃というのは、いわゆる「クルミ」「ウォールナット」ですね。見た目もそれっぽい(北欧系家具とかで流行ってそうな)落ち着いたグレーっぽい色調です。

TH610とTH600では、イヤーパッドが結構違います

イヤーパッドは、TH500RP以降で使われるようになった、楕円タイプになっています。また、これまでのTH-X00やEMUモデルなどと差別できるポイントとして、ケーブルが着脱式になりました。

TH900mk2


上位モデルTH900のほうも、同時期に「TH900mk2」として、着脱式ケーブルに仕様変更されました。こちらはケーブル部分の変更のみで、本体ハウジングやドライバなどは変更されていないということです。イヤーパッドも、他のすべてのモデルが楕円タイプに変更された中でも、TH900mk2は唯一、従来機と同じドーナツ型を使い続けています。せっかく大好評のTH900を、むやみに改変する必要は無い、ということでしょうね。

パッケージ

新品で購入したので、開封する楽しみがあります。化粧箱はテカテカした紙箱です。

カッコいい化粧箱

箱はかなりデカイです

ストリート系ヘッドホンというわけでは無いのに、なぜかストリートギャングがたむろしてそうな石畳みたいな写真が背景に使われています。

銀色のロゴ

中身の箱はしっかりとしており、収納ボックスとして十分に活用できます。銀色に光るロゴがカッコいいです。

中身はこんな感じで、シンプルです

ケーブルは着脱可能ということで、本体と別々のビニールに入っていました。それ以外はいつもどおりの黒いレザー調の収納袋と、紙の説明書のみで、とにかく地味です。

本体デザイン

先ほど申し上げたとおり、クルミ材ということで、かなり落ち着いた木目です。

ウッドらしさを強調したデザインです

これまでのTHシリーズとほぼ同じです
左右の木目はこんな感じでした

ちなみに、私が買ったやつはウッドの見た目がそこそこ悪くないものの、アタリハズレが結構あるらしく、友人が購入した別のTH610を見てみると、なんだか可哀想に思えるくらいツートンの不格好な木目パターンでした。私のも、年輪の節みたいなのが若干目立ちますので、パッケージ写真のようにはいかないようです。私は木材については詳しくないのですが、この辺のこだわりの無さは、日本製ではなく中国製というのも影響しているのでしょうか。くじ引き感覚なので、ルックスに過剰にこだわりすぎる人はTH900を買えということですね。

ヘッドバンドのデザインは変わってません

今回はなぜかL/Rの表記が無くなってます

ヘッドバンドや調整機構、ハウジングのヒンジ部分などは、これまでのモデルと全く一緒のようです。フィットは快適で、5時間以上装着していても、痛くなるようなことも無く、まったく不快に感じませんでした。この辺が、むやみに近未来的なデザイナー主導のイメージチェンジに走らず、長年同じデザインを使い続けているメリットですね。

ちなみに私のTH600の場合、ヒンジ部分がだんだんグラグラになってきて、定期的にドライバでネジを締め直す必要があったのですが、(一度、完全にネジが外れて脱落することがありました)、他のユーザーでそういった話を聴いたことは無いので、私が乱暴に扱いすぎているのかもしれません。

左:TH610 右:TH600

イヤーパッドは、TH500RP、TH-X00と同様の楕円タイプです。外径はTH600と同じで、互換性もありますが、より肉厚になっており、顔の輪郭に沿った三次元形状になっているのが特徴的です。また、耳の収まる空間がTH600よりもコンパクトになったことで、若干中低音が増す効果もあるみたいです。双方のイヤーパッドを交換してみると、そう感じました。

構造さえ把握すれば、パッドは簡単に着脱できます

ちなみにイヤーパッドは白いプラスチックのリングで、四カ所の爪で固定されているため、ハウジングから外す場合は、このリングパーツと合わせて反時計回りに回すと、カチッと外れます。再度装着するときにはカチッとなるまで時計回りに回せば良いのですが、四つの爪がちゃんとハウジングの穴に収まっているよう確認が必要です。

ケーブル

今回TH610とTH900mk2が着脱式ケーブルになったことで、嬉しいことが二つあります。まず、社外品の色々なケーブルを試すことが出来ますし、バランス化などの改造も容易になります。実際すでにフォステクス公式で、4ピンXLRタイプのバランスケーブルも別売されています。

付属ケーブルは、これまでどおり6.35mm端子です

もう一つの嬉しい点というのは、ケーブルのねじれが解消出来る、ということです。これまでのTH900やTH600などは、ケーブルがハウジングに固定されており、それはそれで実用上そこまで問題では無かったのですが、長期間使い続けていると、なぜかケーブルの付け根の部分がねじれたようになってきて、しまいには断線するんじゃないかと心配になるほどぐちゃぐちゃになってきました。

これまでのモデルでは、この部分がだんだんとねじれて、変な感じになります

これはたぶんケーブルを乱雑に束ねた際などに偶然絡まってしまうことと、そもそも布巻きの中のケーブルがツイストされているため素直にまっすぐにならないからだと思います。相当慎重に取り扱わないと、回避できません。しまいにはぐちゃぐちゃの輪っかみたいになってしまい、数ヶ月に一度、このねじれを治す作業を慎重に行う必要がありました。その点、TH610では、ケーブルがねじれているとすれば、単純に端子を外して、まっすぐに直せば良いので、簡単です。

ケーブルが着脱可能です

フォステクスが採用したケーブル着脱端子は、一見独自形状のようですが、よく見ると、ゼンハイザーHD600・HD650・HD25などで使われている2ピンタイプと全く同じです。2ピンタイプの弱点である、横から押されたときの接触不良を回避すべく、大きなフレームのようなベースでしっかりと固定する形状になっています。

ほぼHD600タイプですが、「R」文字の下の爪でカチッと留まる方式です

HD600などのケーブルと互換性があるのですが、ゼンハイザーの場合は単純に圧入するだけなのに対して、フォステクスのものは、端子にプラスチックの爪のようなもので「カチッ」と確実に接続するタイプです。実際HD650の純正ケーブルを試してみたところ、接続して問題なく音は出るのですが、端子がしっかりとホールドされずグラグラしており、簡単に脱落してしまいました。

すでにご存知かと思いますが、このHD600タイプの2ピン端子は、二つのピンの太さが微妙に違うことでプラスとマイナスを判別しているので、間違えて前後逆に接続してしまうと、ヘッドホン側の端子穴を壊してしまう事になりますので注意が必要です。さらに、TH610の場合、ゼンハイザー用ケーブルにおける「外側」(LとRと印刷してある側)が内側になりますので、余計に注意が必要です。

オヤイデのコネクタは若干緩いですが大丈夫そうです

ちなみに、社外品のHD600用ケーブルでは、フィットが緩いものと硬いものがあるので、個別のテストが必要です。手元にあるものをいくつか試してみましたが、フルテックのやつは緩くて脱落してしまいました。オヤイデの完成品ケーブルは、若干緩いので引っ張ると外れますが、リスニング中は問題ありませんでした。

このタイプは大きいですが、カチッと入ります

追記:

HD650用コネクタを色々と試してみたところ、やはりいくつかのタイプはTH610に接続するとグラグラして外れやすかったです。

コネクタをじっくり眺めてみると、TH610純正のやつは、端子の下のプラスチック部分がHD650用よりもほんのちょっと長いです。

社外品HD650ケーブルは、プラスチック部分が若干短いため奥まで入らない

カッターナイフでほんのちょっと削り取ることで、快適になりました

つまり、そのままでは奥までちゃんと挿入できずにぶつかってしまうものが結構多かったです。オヤイデ、アクロリンクタイプのやつでは、写真のようにカッターナイフ等でこのプラスチック部分の段差をほんの1mm弱下げることで、TH610でもしっかりカチッと装着できるようになりました。

グラグラな場合、テープを巻くのも良いかもしれません

それでも前後左右にグラグラするようでは端子に負担がかかるため、ピッタリになるまでアルミテープなどで厚さを調整すると良い具合になりました。

フォステクスの純正XLRバランスケーブルは3万円とかなり高価なので、買おうかどうしようか悩んでいたのですが(付属6.35mm端子を切ってしまうという手もありますが)、運良く、以前DMAAの方に作ってもらったHD650用バランスケーブルが、アコースティックリヴァイブのタイプのコネクタなのですが、カチッとしっかり接続できたので、これを使うことにしました。音質も素晴らしいケーブルなので、思いがけないラッキーです。

純正XLRバランスケーブル

色々入ってお買い得(?)なTH900mk2VP

ちなみにTH610に同梱されている純正ケーブルはとても高品質で音が安定しているので、むやみに社外品の高級ケーブルを買っても、必ずしも「音質アップグレード」になるという保証はありません。

予算的に余裕があれば、TH610と同時に、純正バランスケーブルも購入するのが最善だと思います(と言っても、ちょっと高すぎますね)。実際TH900mk2の方は「バリューパック(TH900mk2VP)」という名称で、バランスケーブルとセット販売されていますが、TH610ではそういうパックは無いみたいなので、残念です。

純正ケーブルは、良い意味で「普通」なサウンドというか、これまでのフォステクスらしいサウンドなので、様々な社外品ケーブルを使ってみても、完全に満足できるアップグレードにはまだ遭遇していません。

オヤイデのやつはちょっと軽くて響きが増す感じ、DMAAのはより濃厚でまったり、など、一長一短です。世の中には10万円もするようなケーブルもありますが、それだったらなにか別のヘッドホンとかを買い足したいです。

やはり純正ケーブルが基準点として正解なので、今回のリスニングにはそれを使いました。

HP-V8、HP-A8MK2、HP-A4BL

ちなみにフォステクスはヘッドホンのバランス接続化にあまり積極的では無いみたいで、好評を得ているヘッドホンアンプHP-A8(約10万円)が先日HP-A8MK2にモデルチェンジした際も、XLRバランス端子はあえて搭載しませんでした。

現状では、シンプルな下位モデルのHP-A4BL(約5万円)と、あとは、こんなの誰が買うんだ?と心配になってしまう、超弩級真空管ヘッドホンアンプHP-V8(88万円!)には、4ピンXLRバランス端子がついています。

音質について

今回は、主にパソコンのUSB接続から、iFi micro iDAC2と、Violectric V281アンプのコンビネーションで聴いてみました。25Ω・98dB/mWと、まあほどほどのパワーが必要なスペックなので、DAPなどでも十分な音量は得られますが、できれば据え置き型の大型アンプを使って余裕を持たせたい部類です。

TH610を一言で表すと、「フォステクスらしからぬ、絶妙なオールマイティー・チューニング」です。これまでのフォステクスというと、音の仕上がりにクセがあり、「あと一息」「惜しい」と思ったことが多かったため、このTH610の「普通に良い」チューニングには驚かされました。角が立たない、万人受けするような、ちょうどよいサウンドです。

具体的には、ウッドハウジングのおかげか、中域の密度が濃く、芯が太いスタイルですが、残響や共振が短く抑えこまれており、無駄なエコーや3D効果が排除されています。TH600のようなモニター系でドライな音色と、TH-X00のような中低域の充実感が絶妙にバランスされて、共存しているような、面白いサウンドだと思いました。

密閉型ということもあり、高域の空気感やヌケの良さは、あまり目立っていません。しかし、密閉型で高域をこれ以上盛りすぎると「キンキン」になってしまう心配があるので、このTH610くらいのサジ加減でちょうどよいです。スカッとするサウンドではありませんが、暗いとか息苦しいと思うことはありませんでした。

TH-X00やDENONのマホガニー材と較べて、TH610のクルミ材は若干密度が高く、硬い木材だということも貢献しているかもしれませんが、音の太さに対して、一音一音の響きの引き具合が素早く、無駄に響きが残留しないのが、サウンドを特徴付けているようです。

全体を見渡すと、暖かみのあるウッドトーンでありながら、集中して聴くと、遠くにある微小な楽器音なども取りこぼさず、ちゃんと分析的に聴けることに驚きました。つまり解像感が高いのですが、カツカツ、シャカシャカせずに落ち着いて聴いていられるのが優秀です。この特徴は、ゼンハイザーでもベイヤーダイナミックでも味わえないフォステクス特有の個性だと思うので、このTH610というヘッドホンの存在意義として十分な魅力を感じます。


山田和樹指揮、スイス・ロマンド管弦楽団の最新アルバムをDSDで聴いてみました。高音質で有名なペンタトーン・レーベルから出ているシリーズの新作です。

これまでに、ロシアのバレエ、ドイツのワルツなど、各国ごとのダンスをテーマにしたアルバムを定期的に出しており、今回はルーセルの「バッカスとアリアーヌ」、ドビュッシー「古代のエピグラフ」、プーランク「牝鹿」という、フランスから三つの組曲を選んできました。オケがスイス・ロマンドということで、ドビュッシーはアンセルメ編曲を選んだのも気が利いています。

すでにリリースされている各アルバムを聴いていると、この山田さんという指揮者は、要所要所をコッテリと歌い切るような自己陶酔系ではなくて、もっと会場全体の空気を誘導するような、場の雰囲気を掴む感覚が非常に上手です。とくにダンスを主体にした演奏では、あまり熱血すぎてルバート気味になったり、逆に緻密過ぎて機械時計のようになって、「踊れないダンス」になってしまう指揮者が案外多いのですが、この録音のように上手な指揮者の手に掛かると、流麗で優美な、人間味を持った舞踏がイメージできます。

とくに、ちょっとした小休止・パウゼからの立ち上がりなど、「間のとり方」のセンスが絶妙に良いため、こまごまとした組曲などでも集中力が持続して、一瞬の隙も無いような流れを作り上げています。無音も音楽の一部、ということでしょうか。気軽にかいつまんで聴こうと思っていたのに、アルバムの最後まで通して聴いてしまいました。

エネルギッシュで怒涛のルーセル、メランコリックで哀愁ただようドビュッシー、そして軽妙で粋な演出のプーランクと、まさにフランス音楽を体現するアルバムです。ペンタトーンはDSD録音を最初期から牽引する、クラシック界における高音質の代名詞のようなレーベルですが、たとえばBISやハルモニア・ムンディのような、クリアで解像感の高い録音手法ではなく、より音色の深さや雰囲気を大事にした、なんというか「アナログ的」なサウンドが特徴的です。クラシックマニアの想像する「DSDっぽい」サウンドというのも、案外ペンタトーンが作り上げたイメージが脳裏にあるのかもしれません。

そんな高音質アルバムをTH610で聴いてみると、ルーセルの曲が、普段ならサラッと聴き流して終わってしまう(フランス作風にありがちな)ところが、リズム感溢れるTH610のおかげで、重戦車のごとくエキサイティングな演奏になりました。ティンパニからフルートまで、帯域の「縦の線」がピッタリと揃っていることが、リズム感の良さに繋がっているのでしょう。並大抵のヘッドホンでは、こう上手くはいかず、サラサラか、ハチャメチャか、どちらかに傾いてしまいます。ラグビー選手のように、体格はがっしりしているのに、瞬発的な猛ダッシュと、左右の切り返しが俊敏なヘッドホンです。

ドビュッシーの曲は、彼らしく趣き深いフルートやオーボエなどのソロが中心に据えられているのですが、TH610は木製ハウジングのおかげか、味わいのある音色がオケに圧倒されず、主張してくれるのが好印象でした。こういったフワフワした曲では、普段使っているベイヤーダイナミックDT1770よりも、TH610のほうが音色の「色」がよく出て、マッチしていると思いました。DT1770はハープやヴァイオリンなどの歯切れ良さがメリハリを強調するので、ギュッギュッと空気を詰まらせる感触があります。


ブルーレイで、ジョン・デメイン指揮、サンフランシスコ・オペラのガーシュウィン「ポーギーとベス」を鑑賞してみました。

最近のハイレゾオーディオというと、FLACやDSDのダウンロード販売が主流なのですが、実はブルーレイというのも意外と侮れない存在です。

一枚のディスクにサラウンドとステレオ音源の両方が入っていることが多いですし、ステレオ音源は今回のように48kHz 24bitのこともあれば、96kHzの場合もあります。リビングルームに大型テレビとサラウンドスピーカーを設置している人であれば、それがメインでしょうけど、そうでなくても、たとえばすでにゲーム機とかでBDが再生できる環境があれば、ステレオ音源の方は、そこから光出力でDACに送って、ヘッドホンでハイレゾ鑑賞するなんていう楽しみ方も出来ます。

心に残る名曲が多く、ポップアレンジなどで有名な「ポーギーとベス」ですが、「アメリカの音楽」というのが、いかに高水準で魅力的かということが凝縮されている、傑作オペラだと思います。とくにオペラをどう楽しんで良いかわからないという人でも、この作品を見ることで、他の「名作」の楽しみ方を理解できるようになった、という入門としても有意義な作品です。

作品の内容がビギナー向けで稚拙だということではなく、ガーシュウィンのようなアメリカ作曲家の作風は、戦前のブロードウェイミュージカルなどを通じて、今現在我々が「ポップス」と称している音楽の根源なので、たとえば200年前のイタリア・オペラなんかよりも現代人には親近感が湧く、という意味です。

このサンフランシスコの録音は、なかなか演奏される機会が少ない完全オペラ版を体験する珍しい機会ですし、さらに映像、歌唱、演出など、全ての要素が100点満点をつけられるくらい完成度が高いです(日本語字幕も上出来です)。音質も素晴らしいです。

主役二人は、バリトンのEric Owensと、ソプラノのLaquita Mitchellで、どちらも相当パワーがある歌い方で、二人合わせて音域の幅も広いため、ヘッドホン鑑賞で全貌を再現するのは相当難しいのですが、TH610は難なくこなしてくれました。下手なヘッドホンが破綻するようなダイナミックな音のせめぎあいでも、TH610は常に冷静に着々と、声の発音と音色をリアルに再現してくれます。

オーケストラ空間の表現は、HD800とかのような、前方遠くにあるステージ、といった疑似オペラ座体験ではなく、むしろ音像は密閉型らしく結構近いです。とは言ったものの、空間の分離は素晴らしく、密閉型でよくありがちな乱れた音像ではなく、一音一音の位置や距離関係が非常に安定しています。イメージとしては、前方に向かう(奥行きの)遠さだけではなく、上下左右も含めた、前方球面上に展開される音場というか、プラネタリウムや、映画館の大画面みたいな印象を受けました。

オペラ録音の場合、ホールの二階バルコニー席ではなく、指揮者の真後ろあたりの間近な席で、オーケストラ全体の音圧を体感しているような感じです。それでいて、流れに翻弄されるのではなく、一音一音が聴き取りやすいので、なんだか指揮者のアシスタントとしてリハーサルに同席しているとか、録音プロデューサーとして、モニター室のスピーカーでミックスダウンを聴いているとか、そんな風な、音楽を間近で体感するような感覚でした。

とくにオペラとかは、生で聴きに行っても、このような没入感が味わえる体験はそうそうありません。たいがい、ピット内のオケはワサワサ、遠くのステージ上でなんだかモコモコ、ボソボソ歌ってる、といった悪い音響にイライラさせられることが多々あるのですが、(そして、多くのヘッドホンでもそんなイライラがあるのですが)、TH610では、そのような本来のリアリズムは消し去って、演劇そのものの臨場感とリアリティに没入できます。これはゲームや映画などでも共通する魅力だと思います。

せっかくなので、すでに所有しているTH600とTH-X00と比較してみました。

大雑把な印象としては、TH600は高域寄りでドライ、TH-X00は低域寄りで豊か、といった感じです。TH610はそれら両モデルの中間のようなサウンドなのですが、それぞれを真剣に聴き比べてみると、なぜTH610が優れているのか、もっと具体的な理由がわかってきました。

まずTH600との比較ですが、TH600はスカスカで低音が全然出ていない、というわけではありません。周波数バランスでいうと、人並みに十分低音が感じられます。では何が問題なのかというと、TH600の場合、中域以上(たとえばヴァイオリンとか、女性ボーカルとか)は、とてもメリハリが効いており、クリアで分析的なのに、いざ低域になると、かなり雑になる印象です。コントラバスやキックドラムなど、低音の楽器が鳴っているかどうか、というと、たしかに鳴っているのですが、それらがちゃんとしたドスンと体感できる独立した低音としてではなく、なぜか中音域に被さってしまうような、分離の悪さがあります。低い周波数の基調音よりも、倍音成分がハウジングと共振して、それらが聴こえてしまうのでしょうか。理由はわかりませんが、「低音は聴こえるけど、邪魔」になってしまい、空間的に言うと、たとえばオーケストラ左右のチェロやヴァイオリンなどにティンパニやコントラバスが覆いかぶさるような、全体的に腰の高いサウンド空間が形成されてしまいます。それ故に、主観ですが、どっしりと腰の座った音楽鑑賞に向いていないと感じるのかもしれません。

一方、TH-X00の方は、木製ハウジングのおかげか、もっと低い周波数で楽器がズシンと鳴るような感じで、量、質感ともに、満足できる部類です。空間的にもチェロやヴァイオリンの邪魔をせず、独立した低音楽器として成立しています。これは、DENONなんかと似通った特性なので、それを求めていたファンには満足できる仕上がりだと思います。しかし、TH-X00の問題点は、この低音もさることながら、中域以上(ヴァイオリンや女性ボーカル)も、ハウジングのせいか、音のメリハリが失われて、「滲む」ようなモヤモヤ感が生まれてしまいます。低音から高音まで、全ての音色が、ハウジング共振にいいように弄ばれているような感じで、空間全体が不思議な3Dサラウンド的な響き渡る演出になってしまいます。これは、退屈で平面的な音楽をエキサイティングにするエフェクトとしては上出来なのですが、いざ真面目に上質な録音を聴いて楽しもうとすると、邪魔になることが多いです。いわゆる「音楽ではなく、ヘッドホンを聴いているような」サウンドだと思いました。

ようするに、TH600、TH-X00のどちらも悪くないのですが、それぞれ独自のクセが強い、ということです。

それらを聴いた上で、TH610を改めて聴いてみると、本当に「おお、なるほど」と関心するような音作りの匠を感じさせてくれます。ようするに、双方の良い部分は完璧に継承していながら、反対に、悪い部分は解消されています。中域以上の音色はしっかりとメリハリが効いて、存在感があり、ぼやけず十分な硬さと音色の厚さが両立できています。さらに低音は特に素晴らしく、しっかりとした実在感のあるアタックがあるものの、押しの強い不快感は無く、音楽の一部としてバランスよく表現できています。「低音が厚いのに、不快にならない」、というのが、リスニング用ヘッドホンとして最善の仕上げ方ではないでしょうか。

また、TH610は、木製ハウジングでありがちな、特定の「悪い」周波数というのがあまり感じられず、低域から高域まで、全ての音域の全ての楽器が、同じような挙動で鳴ってくれるため、とても落ち着いたというか、どんな楽曲でも破綻しないような安心感があります。立ち上がりから残響まで、きちんとタイミングがとれており、一音一音がちゃんと鳴るべき時に、鳴るべき場所で鳴ってくれます。悪い点を挙げるとすれば、若干中域が厚くなりがちかな、と思うくらいです。

そこそこ制限されている密閉空間の中でも、中高域は頭上に広がっていき、低音楽器は耳から下のほうに広がっていくような、距離は近いものの、分離がしっかりとれている優秀な演出です。とくにTH600やTH-X00では聴き取りにくいと感じた場面でも、TH610ではそれほど解像感が向上したと感じられないのにもかかわらず、なぜか見通しがよく、ちゃんと弱音も聴き取れるという不思議な体験でした。

上位モデルには、大人気のTH900が存在しますが、では、そこまで良くなったTH610ならTH900に一歩近づいたのでは、と思うかもしれませんが、これら二つのヘッドホンは、音の仕上げ方が根本的に違うと思いました。

簡単に言うと、TH900は、全体のバランスはTH610よりも軽快で、高域のヌケや伸びの良さが圧倒的に優れており、そこにクセというか個性があります。木材とかドライバ性能とか、色々な理由はあると思いますが、この高域の表現力は独特で、固くもなく柔らかくもなく、AKGでもゼンハイザーでもなく、フォステクス特有の音色です。TH900が人気を博している大きな魅力のひとつが、この若干押しの強い高域で、密閉型でありながら、他社ではいまだ達していない絶妙な音色の引き出し方だと思います。

開放型ヘッドホンであれば、HD800など平均点の高い万能選手が色々とありますが、密閉型となると、個性と独自色の強いモデルばかりです。たとえば、Ultrasone Editionシリーズや、オーディオテクニカATH-W5000、A2000Zなど、ベイヤーダイナミックT5pや、Audeze LCD XC、なんて、どれも高性能なことは認めますが、クセも強いです。そんな中で、TH900は、絶妙な音作りのおかげで、ロングセラーとして成功した珍しい例だと思います。

TH610が、これまで数々のマイナーチェンジを繰り返して完成形に近づいた高性能な高級セダンだとしたら、TH900は、そこに個性的な楽しさをプラスした、スーパーカーみたいな存在です。誰しもが日常用途でスーパーカーを必要としているわけではありませんし、その価格の大部分が音色やデザインなどの芸術性における付加価値なので、一目惚れする人もいれば、自分の用途では身分不相応だと感じる人もいます。それに対してTH610は、誰にでも勧められる高級ヘッドホンにおける万能な回答として、派手さは無いものの、存在意義は強いです。

おわりに

フォステクスTH610は、密閉型といっても、ポータブル用途とか、出先でのリスニングには全くオススメできませんが、家庭の据え置きアンプと合わせて、ゆったりと音楽や映画、はたまたゲームなんか、どんなシーンでも快適に高音質を味わえる、汎用性が高く、買って損のないヘッドホンです。特出した鮮やかなクセが無いのが唯一の弱点でしょうか。

家庭用ヘッドホンというと、TH610のような密閉型よりも、HD800のような開放型の方が「ランクが高い」みたいな暗黙のルールみたいなものがありますが、実際はそうとは限りません。

たとえば私がメインのリスニング用として使っているAKG K812やベイヤーダイナミックT1などと比較しても、それら開放型(及びセミオープン型)の音楽表現の手法と、密閉型のTH610では根本的に別物として楽しめます。

具体的には、開放型のほうが前方にリアルなコンサートステージ空間を形成して、自分自身は一歩退いた場所でそれを観客として鑑賞しているような雰囲気が味わえます。(Gradoとかは例外ですが)。一方TH610は、より楽器の音色やハーモニーの混ざり合う雰囲気に体全体が没入できるような、サウンドとの一体感が素晴らしいです。ポピュラーからクラシック、ジャズまで、何でも合いますし、また映画やゲーム音楽などでは、それらをスクリーン越しに鑑賞しているというよりは、自分がそのシーンに存在しているかのような没入感があり、この感覚はHD800やK812、T1などでは希薄です。

また、実際、家庭でのリスニングと言っても、開放型は音漏れが盛大ですし、遮音性も無いに等しいですので、エアコンの音や、家族、近所の騒音などもシャットアウトして音楽に没頭するには、密閉型のほうが好ましいという人も多いです。特に自宅が広々とした海外と比べて、日本の家庭事情においては、DENONのAH-D7000など密閉型高級ヘッドホンが大人気だったのも、そういった事情があったと思います。

TH610は、キラっと何かが特出して光るような魅力はありませんが、全体の仕上がりがとても上手で、これといって悪い部分のダメ出しができない、密閉型ヘッドホンとして理想的な完成形だと思いました。

長時間のフィット感も快適ですし、今回新たに導入された交換型ケーブルによって、ちょっとした味付けの違いなんかも楽しめるため、末永く愛用できる万能モデルです。派手ではないため、あまり話題に上らない地味なヘッドホンですが、毎度奇抜なことで注目を浴びるのではなく、地道な開発努力で、「継続が勝利につながる」という言葉が当てはまるような、フォステクスらしいヘッドホンだと思いました。