2016年9月13日火曜日

Unique Melody Mavisのレビュー

Unique MelodyのMavisというイヤホンを購入しましたので、ちょっと紹介しようと思います。

ユニバーサルタイプのIEMで、ダイナミック型ドライバを2基と、バランスド・アーマチュア(BA)型ドライバを2基の、合計4ドライバを搭載したハイブリッド型イヤホンです。

Unique Melody Mavis

近頃、様々なメーカーから高級・高音質イヤホンが続々登場していますが、それらを散々試聴した中で、このMavisというモデルのサウンドに独特の魅力を感じたため、つい心惹かれて買ってしまいました。

2015年9月発売なので、これを書いている時点では比較的新しいモデルなのですが、日進月歩のイヤホン業界においては、もうすでに話題性が薄れてきているようにも思います。個人的には同社のMaverickと同じくらい(もしくはそれ以上)人気が出ても良いイヤホンだと思うので、このまま風化させないためにも、買ったからには是非紹介したいと思いました。

ミステリアスな外観に勝るとも劣らない独創的な音色で、ダイナミック型ともBA型とも異なる、ハイブリッドだからこそ成し得た面白いイヤホンです

購入した経緯とか

前回、フォステクスTH610ヘッドホンを紹介した際にもちょっと触れたのですが、このUnique Melody Mavisを購入するにあたって、明確な理由がありました。
(http://sandalaudio.blogspot.com/2016/09/fostex-th610.html)

ちょっと前に、秋葉原のポタフェスイベントに行った際、せっかく企業ブースで色々なメーカーの商品を試聴するのだから、イベント中に出来る限り多くのイヤホン・ヘッドホンを聴いて回って、その中で一番気に入ったヘッドホンとイヤホンをそれぞれ一つづつ買おう、なんて勝手に心に決めていました。ネットレビューなんかを信用するよりも、よっぽどサウンドを直感的に評価できると思ったからです。

そんなわけで、ヘッドホンの中では、フォステクスのTH610をとても気に入って購入したわけですが、一方イヤホンのほうで一番気に入ったのが、このUnique Melodyシリーズでした。

ちなみに、フォステクスTH610とUnique Melody Mavisを気に入ったからといって、双方のサウンドが似ているというわけではなく、むしろ真逆と言えるくらい大きくかけ離れています。

TH610を気に入った理由は、トータル性能の平均点が高く、大きな欠点が無い、バランスの良さだったのですが、このMavisの場合は、決して完璧では無いものの、これまでどのようなイヤホンでも感じた事が無いような強烈な個性が脳裏に焼き付いてしまい、それが忘れられずに、洗脳されたかのようにふらふらと購入に至ってしまいました。

とは言ったものの、場の雰囲気に流された衝動買いというわけではなく、イベント後に何度かショップで試聴を繰り返した末に、「やっぱりスゴイな」という事実を確信して、結局買ってしまいました。

Unique Melody

中国のUnique Melody社というと、Maverickというイヤホンが大ヒット商品として知られていますが、それ以外にもMacbeth、Mason、そして今回紹介するMavisといったイヤホンがあります。

どれもMから始まる名前で混乱します

ユニバーサルIEMとは別に、カスタムIEMバージョンもあったり、さらにカスタム限定のMerlinやMiracleなど、どれも名前がカッコいいのですが、全部Mから始まりますし、どれがどれだか覚えにくいですね。

私の友人で、雑誌レビューで絶賛されていた「Maverick」を買うつもりが、お店で名前を間違えて「Mason」を買ってしまったという人がいます。(結局それを気に入って使っていますが)。

上からMacbeth、Maverick、Mason

ユニバーサルIEMタイプに限定すると、2016年9月現在では:

Macbeth (7万円): 非公開 (1 ダイナミック + 1 BA?) (2015年)
Mavis (12万円): 2 ダイナミック + 2 BA (2015年)
Maverick (14万円):1 ダイナミック + 4 BA (2014年)
Mason (17万円): 12 BA (2014年)

といったラインナップです。搭載ドライバの数がそのまま価格設定に反映している感じですね。ちなみに近いうちにMasonがMason IIにモデルチェンジされるらしいです。

Unique Melody社はカスタムIEMを主体にビジネスを展開しているのですが、日本での販売代理店ミックスウェーブとの共同開発という形で登場した上記ユニバーサルIEMシリーズ(特にMaverick)が大好評を得たことで、一躍脚光を浴びるようになりました。これらのモデルはほぼ日本限定の商品なので、海外ではほとんど名前が知られておらず、知る人ぞ知るマニアックなイヤホン、みたいな扱いになっています。

中でもMaverickを買ったユーザーが、そこからさらにアップグレードのために、同社カスタムIEM版にも手を出してしまう、といった相乗効果が生まれているのも、メーカーとして上手く行っていると思います。

カスタムIEM版のMaverick Custom

このUnique Melodyというメーカーのイヤホンが面白いのは、Mason以外のモデルはどれもBA+ダイナミックドライバ搭載のハイブリッド構成であること、そして、あえてラインナップ広げるための(BA型IEMメーカーにありがちな)過剰な製品展開などはせずに、各モデルがそれぞれ独特なサウンドのコンセプトを持って作り出された、一種の芸術工房的な、ユニークなアプローチをとっています。Unique Melodyという社名は伊達ではありませんね。

もう一つ気になるポイントは、過去の新製品リリースがほぼ一年周期で行われており(どれも10月頃に発売)、2014年のMaverick・Mason、2015年のMacbeth・Mavis、といった風に区別できます。これまで登場したモデルはそれぞれが独立した製品で、後継機というわけではないのですが、ノウハウの蓄積や技術革新が着々と行われており、年を重ねるごとに、より面白く、より完璧なイヤホンが創りあげられる土台が固まってきています。近いうちにMason IIが出るらしいですし、それ以外のモデルは今後どうなるのか楽しみです。

パッケージと本体

中国のメーカーらしい、シンプルな黒い厚紙ボックスなのですが、それが派手な金色の包装紙に包まれているのがユニークです。これは安上がりでも喜ばれる効果的な演出だと思いました。

包装紙を使うのはユニークな試みです

中身は中華ブランドでよく見る黒い厚紙ボックスです

中身は本当に簡素で、イヤーチップが入っている紙箱と、本体が入っている収納ケースのみです。

こんな感じに収納されています

付属アクセサリ類

かなりしっかりしたアルミケースが付属しています

アルミケースへの収納は結構めんどくさいです

収納ケースはJH Audioとかと似たような、アルミのネジ込み式ハードケースです。

本体に対して若干ケースのサイズが小さいので、常用するにはちょっとめんどくさいですし、ケーブルが変なふうに圧迫されるのも怖いので、私は使っていません。もうちょっと余裕を持たせてくれると良かったと思いますが、あんまり大きくても中でイヤホンがカラカラと動きまわってしまうのでダメですね。

小さな巾着袋みたいのも付属しています

本体はこんな感じです

イヤホン本体はかなり大型ですが、ドライバ数も少ないですし、意外と軽量です。装着感が絶妙に快適で、苦労せずにスッと耳に収まります。もちろん個人差はあると思いますが、私が買ったMavisを色々な人に貸してみても、みんなまず最初に「おっ、装着感がいいね」みたいな事を言ってくれますので、この手のデザインの中ではかなり良い部類だと思います。

作りは非常に精巧で、綺麗な仕上がりです

筆記体のMavisロゴがとても高品質でカッコいいです

シェルのフェイスプレートはカーボン調で、左側にはUnique Melodyの「UM」ロゴ、右側には小さくMavisと書いてあります。ちなみに、Mavisよりも低価格のMacbethはほぼ同じデザインながら、カーボン調ではなく黒の単色ですので、それなりに価格差を演出しています。

また、本体下部の、ちょうどイヤピースダクトの裏側にあたる部分に、二つの小さな穴が開いています。これはドライバ用の空気孔のようで、これが塞がれると若干音がおかしくなってしまいます。この部分の設計が、音響上かなり重要な役割を果たしているのかもしれません。

遮音性は想像以上に良好で、特に厚いシェル構造のおかげか、これまで使ってきたイヤホン勢よりも、低音をより多くカットしてくれます。とくに、道路のバスやトラックなどの「ブロロロロ」といった低音がかなり低減されるのには驚きました。耳を澄ますと、高域の「シャーッ」というノイズが若干聴こえるのですが(それでも目立つほどではありませんが)、ためしにドライバの空気孔を指で塞いでみると、そんな高域の環境ノイズがかなり減るので、つまり、ここから侵入しているみたいです。この穴は音響設計にて必要不可欠なわけですから、文句は言えませんね。

標準でコンプライみたいなやつがついてます

イヤピースの装着口は一般的なソニーサイズよりも若干大きい感じなので、チップの種類によっては取り付けが結構キツイかもしれません。私はコンプライ系は好きではないので、SpinFitを使っています。

イヤピースを外すと、音響ダクトが見えます

イヤピースを装着する穴を覗いてみると、大きな穴に、三つのストローみたいなプラスチックチューブが見えます。これがそれぞれドライバに繋がっており、音を届けているのでしょう。ここの形状や素材が結構音に影響を及ぼすらしいので、最近どのメーカーも色々試行錯誤しているみたいです。

一般的なカスタム用2ピンケーブルです

ずいぶん古臭い形状ですね

ケーブルのY分岐点もシンプルです

ケーブルはごく一般的な黒いビニール被覆で、端子は2ピンタイプです。いわゆる、よく見るような「カスタムIEM用ケーブル」といったところです。取り回しも、タッチノイズも悪く無いのですが、なんというかベーシックというか、素朴なルックスです。サウンドに関しも地味系で、個人的にはもうちょっとキラキラした派手な方が好きなので、後日、別途社外ケーブルを買ってみました。

NOBUNAGA Labsの3.5mm 4極バランスケーブルを買いました

私は現在使っているCowon Plenue S用に、3.5mm 4極バランスケーブルが欲しかったので、ショップなどで簡単に手に入る安価なものとして、ワイズテックNOBUNAGA Labs のアマテラスというやつを買いました。理由は、店頭でこれしか見つからなかったからです。銀メッキOFCなので、純正よりもキラキラ系サウンドで、見た目もカッコいいです。

サウンドについて

普段私はベイヤーダイナミックAK T8iEというダイナミック型IEMを愛用しているのですが、そのダイナミック型イヤホンらしいふわっとした空間豊かなサウンドとは対照的な、もっとアグレッシブで刺激的なイヤホンを探し求めていました。

また、先日紹介したCampfire Audio Andromedaも、高域の空間が絶妙にクリアで繊細ですが、アグレッシブとは程遠いサウンドです。

ようするに、「完璧なイヤホン」なんてものは、まだこの世の中に存在しませんので、無意味な優劣を競うよりも、それぞれの魅力を引き出すような使い分けが大事です。

ハイブリッド型はほんとうに面白いです

そこで今回、Unique Melodyの各モデルを全部入念に試聴してみたわけですが、その中で私自身が一番気に入ったのがMavisでした。

実は、まず大人気のMaverickに目が行ったのですが、これはたしかに人気が出るだろうなと納得できる、素晴らしい魅力を秘めているイヤホンだと思いました。

Maverickは「完璧なフラット特性を誇る」、というタイプのサウンドでは無いのですが、音楽の楽しさを上手に表現しています。同じ価格帯のハイブリッド型IEMでは、たとえばライバルにAKG K3003がありますが、あちらがキラキラして高域が刺激的、クリアな空気感と響きを重視した美音系であるならば、Maverickは中低域にも厚みを持たせて、どんな楽曲でも破綻せずにこなしてくれる汎用性があります。

ところが、私にとってMaverickは、大口径ダイナミックドライバを搭載しているせいか、低音の鳴り方がちょっと緩いというか、空間を包み込むような豊かに膨らむ感じが気になって、購入候補から外れました。それ自体はとても上手な仕上げ方で、万能選手だと思うのですが、たとえばゼンハイザーIE80やAK T8iEのようなダイナミック型イヤホンの低音表現と似すぎている部分があるので、それらと対照的なエキサイティングサウンドを求めている私にとって、Maverickは中途半端な存在でした。万能なハイブリッド型ゆえの「どっちつかず」が仇となった、みたいな感じです。

最高価格で12ドライバ搭載のMasonは、やはり17万円という値段相応に凄いのですが、結局購入には至りませんでした。なんというか「超弩級」という言葉がぴったり当てはまるような、凄まじいエネルギーとパワーを感じます。暴力的、と言うと失礼に当たるのかもしれませんが、良い意味で、押しの強さ、アグレッシブさに圧倒されます。

具体的には、Masonは12ドライバということもあり、音の粒立ち具合が尋常ではないです。大編成バンドやオーケストラでも、演奏者ごとにそれぞれ一基づつのBAドライバを与えられているかのように、グイグイとサウンドが迫ってきます。

エキサイティングサウンドが欲しいといっても、このMasonはちょっと過剰すぎました。その暑苦しい「音の壁」に耳が負けてしまって、これはちょっと情報が多すぎるな、と断念しました。

たとえばJH Audio Laylaや、Noble Audio Kaiser 10Uなんかもディテール重視ですが、Masonというのは、より中高域のアタック感が強く、それらほど分析的に鳴ってくれません。ハードロックやEDMなどで、音の壁に圧倒されたい、没頭したいという人は、是非Masonの凄まじさを体験してみてください。聴き疲れはしますが、その見返りは圧倒的です。

MacbethとMavis

そして7万円のMacbethと、12万円のMavisですが、これらは似たもの同士というか、最終的にこの二つのうちで、どちらを買うかで悩みました。

両機種に共通しているのは、どちらも2015年発売の、ハイブリッド構成だということです。シェル形状も似ており、中高域にかけての音色や響きは結構似ています。Macbethの方がダイナミックドライバが一つ少ないためか、低音がMavisよりも少なく、高域寄りのサウンドです。

ここで普通だったら、より低音が充実したMavisの方を買うことになるのですが、私の場合はその逆で、Macbethを初めて聴いた時からその音色に惚れてしまい、そのままMacbethを買うべきか、それとも、より高価なMavisに値段なりのメリットがあるのか、それを聴き比べるために長い時間を要しました。


ワーナーから、結構古いステレオ録音ですが、レオニード・コーガン、シルベストリ指揮パリ音楽院のチャイコフスキー・ヴァイオリン協奏曲を聴いてみました。ハイレゾとかではなく、ただのCDですが、音質は良いです。

コーガンは私が大好きなヴァイオリニストの一人なのですが、60年代に第一線で活躍したものの何故か音源の復刻リマスターに恵まれておらず、最近になってようやく日本限定のCD化があったり、公式音源ですら探すのに骨が折れるアーティストです。大御所オイストラフと同時期に活躍したソ連の大スターで、当時は両者ともコロムビア・HMVレーベルで録音を出していました。

オイストラフの図太いトーンとは対照的に、コーガンのヴァイオリンは攻撃的・刺激的で脳天を直撃するようなサウンドだと思うのですが、再生装置が不十分だと、どうにもヒョロくて厚みが足りず、キーキー耳障りに聴こえてしまいます。

MacbethとMavis、どちらのイヤホンにも共通している魅力は、楽器の明るい線の太さと、鮮やかさです。ヴァイオリンの音色にドキッとしました。刺激的でメリハリがあり、実在感がハッキリとしていて、弦の金属的な響きがギラギラ、ギュンギュンと輝いてリスナーを魅了します。

空間分離が非常に良好で、ソリストの音像は目の前に現れて、周辺のオケは遠く背景に広がってくれるため、仮想音像って言うんでしょうか、ホログラフィックで説得力のある奏者イメージが目の前に現れます。Masonとかよりも空間が圧迫せず、見通しが良いです。

トランペットとかの金管楽器も同様に素晴らしいので、とにかくなんでもセンター楽器の「音像」がクッキリ、ハッキリと出る傾向なのでしょう。このエキサイティングなライブ感を聴いただけで、「これは買わねば」と確信してしまいました。

実は、クラシックを聴いていると、Mavisよりも、Macbethの方が良いかも、と思う場面も意外と多かったです。

Macbethは高域寄りなこともあり、管楽器・弦楽器など、各セクションの鮮やかさが強調され、若干退屈で眠くなるようなヌルい録音であっても、常に新鮮でギラギラと色彩濃く演奏してくれます。究極の鮮やか系ドンシャリとでもいうようなサウンドでした。

そのままMacbethを買ってしまいそうになったものの、結局悩んだ末にMavisを選んだ理由は、Macbethでは聴こえない些細なディテールが、Mavisではちゃんと聴き取れる、というシーンが多かったからです。Macbethはやはり高域の鮮やかさという魅力で押し通すような、一点勝負なのかもしれません。

とくに、ヴァイオリン協奏曲の場合、ソロ・ヴァイオリンの鮮やかさは双方互角でも、背景に散りばめられたオーケストラの、細部のディテールを取りこぼさず引き出してくれるのがMavisだと思いました。これは歌手とバンドといった場面でも同じだと思います。

また、Mavisが良いなと感じたもう一つのポイントは、モノラル再生です。古いジャズやクラシックを聴く人は、モノラル録音を聴く機会が多いと思います。

モノラルというのは左右のサウンドが同じなので、完璧に整合性のとれたイヤホンを使えば、音像はセンターにピッタリ合わさるはずです。しかし、少しでも左右のドライバ特性に誤差があったり、特定の周波数帯域でハウジングが共振したりするなどの問題があると、モノラルなのに、ある周波数が片側寄りに聴こえる、とか、ステレオっぽく膨らんで聴こえたりします。「モノラル録音なのにステレオみたい」、というエフェクト効果は楽しく感じるかもしれませんが、これは本来あってはならない状況です。

Mavisは、これまで聴いてきたイヤホンの中でも、モノラル再生の鳴り方が特出して優秀でした。全帯域の音像がセンターにピッタリ集まっており、しかも縦長というか、なんというか障子の隙間から覗いているような、ピッタリ一直線に揃った、しかも細くなりすぎず、十分に分離している音像に驚きました。

この特徴は、たとえステレオ録音でも、歌手がセンターに堂々と陣取ってくれる、という結果を生むので、大きな魅力です。


Edition Recordsから、Jasper Høiby 「Fellow Creatures」を聴いてみました。2016年の新譜で、デンマーク出身のコントラバス奏者がリーダーのジャズグループです。

かなり先鋭的なオリジナル曲を披露しているアルバムなのですが、ウッドベースがリズム役に留まらず、超絶ソロを繰り広げています。そして、ピアノやトランペット、サックスといった楽器が、ベースのソロををふわっとしたハーモニーでサポートしており、普段聴き慣れているジャズの常識を180度ねじ曲げたような、スリリングな演奏です。楽器のダイナミックレンジも周波数帯も広いので、オーディオのサウンドチェックにも極上のアルバムです。

新鮮な高音質ジャズを聴いていると、Mavisは低域のフォーカスがとても締まっていることに感動しました。リスニング中に、「今Mavisを使っていなければ、絶対に聴き逃して(聴き流して)いただろうな」、と思える場面が何度もありました。

「低音楽器の解像感」とでも言うのか、たとえばコントラバスなど低音楽器の「メロディをそのまま耳で追える」感覚は、今までどのイヤホンでも感じたことのないような特別な体験です。「バンドにベースギターってほんとに必要か?」なんて思っている人は、是非このMavisを使ってみれば、きっとベースの大切さと面白さに気付かされると思います。

通常BA型であればボスッ・ボスッという空気の圧迫感のような低音であり、ダイナミックドライバであればズーン・ズーンと響き渡るような緩い低音が一般的なのですが(Maverickもそんな感じです)、Mavisではディープな低音像が、前方遠く、ピッタリとセンターに「実在する演奏者」として現れます。そして、一音一音が体に響きます。これはMaverickよりもコンパクトで瞬発力の高い低音ドライバを搭載しているからかもしれません。一般的なバスレフ型とかとは全く異なる、リアルでワクワクする鳴り方です。

よくダイナミックとBAの「ハイブリッド」型イヤホンというと、各ドライバの「繋がり」が悪い、なんて欠点として指摘されたりしますが、Mavisの場合は、それが逆に、うまい具合に各ドライバごとにそれぞれ演出に貢献している、ハイブリッドだからこそ可能な表現力を得ています。

とくに、ジャズのウッドベースや、オーケストラのティンパニのような、メリハリのある低音楽器では、Mavisの低音ドライバが、あたかも楽器奏者そのもののように、役割分担をこなしています。BAドライバが音楽の中高音域を鳴らしている一方で、ダイナミックドライバがベース奏者専属かのように、BAドライバの邪魔をせず、体にドスンドスンと響く低音楽器を演奏してくれます。ここまで低音の「質」をあからさまに見せつけてくれるイヤホンには今まで遭遇したことがありません。


Marc Buronfosse 「ÆGN」を聴いてみました。フランスのベースギター奏者がリーダーのバンドで、メンバーリストを見るかぎりではサックスやトランペットなどを含むオーソドックスなジャズバンドなのですが、実態はかなり意表をついた、電子音やエフェクトを多用した、新鋭エレクトロ系グループです。

このアルバムは、エーゲ海に浮かぶギリシャのパロス島にあるスタジオで行ったということで、ギリシャ神話にインスパイアされたかのような、ミステリアスな作風です。

アンビエントなECMっぽいヒーリング曲もあれば、キックドラムが強烈なクラブっぽい曲もあり、通して飽きずに電子音響の渦に飲み込まれます。途中デトロイトとかプログハウスやアシッドっぽい流れもあるので、ジャズというよりはFabric Londonとかのコンピレーションを聴いているような雰囲気になります。それでいて、シーケンサーのみの単調なリズムではなく、生楽器演奏を交えていることで、自然なリズムの「揺らぎ」が、オーガニックな音楽性を与えています。

ジャンルとかに拘らずに、純粋に「濃いサウンドの波」に身を任せたい人にオススメなアルバムですが、こういうエレクトロ系の音楽は、そもそも「リアルな正しい音場空間」なんて無いも同然なので、イヤホンがどれだけ擬似音響を演出してくれるかが勝負です。

ものすごく自己主張が強いシンセのうねり音、アタックが太くヌケが良いスネアやハイハット、そして体にズンズン響くキックドラム、そんな音圧の渦が、Mavisの手に掛ると、ぐちゃぐちゃにならず、ちゃんと解像して、しかも明快で巨大な音色のキャンバスを体感できます。

とくにハイハットというと「刺さる」サウンドの代名詞ですが、Mavisはそこを上手に処理してくれます。歯切れよく、スピード感があるのに、「キンキン」という響きが皆無で、よく言う「アナログ的」な太い音抜けの良さが優秀です。

個人的にMavisに一番似ていると思ったヘッドホンは、なぜかゼンハイザーのHD25シリーズが頭に浮かびました。とくに中高域にかけては、HD25特有のノリの良さとギザギザしたアタック感、中域の立体感などがけっこうよく似ています。それでいて、Mavisの奥深いリアルな低音の響きは、HD25では実現できませんので、個人的にはMavisのほうが好みです。あとはB&W P7とか、Grado PS500とかも連想します。音そのものはあんまり似ていないかもしれませんが、同じようなシーンで使いたくなりそうなヘッドホンです。



色々聴いていると、Mavisはもちろん良いことばかりだけではなく、悪い点もいくつか思い当たります。特出した魅力がある分だけ、欠点と思える部分も多いです。

まず一つ目は、サウンドの質感が「ゆったり」しておらず、つねにメリハリの効いたハイテンションです。表面がざらついているような鳴り方が、むしろ大型スピーカーで聴いているかのようなリアリズムを提供しているのですが、ようするに「繊細で艷やか」といったスタイルとは真逆です。

もう一つ問題だと思うのは、主要楽器の響きが非常に濃いのと対照的に、それらを取り巻く空気感や空間ノイズ、ホールの残響のようなようなものは影を潜めています。今回試聴した楽曲も、あえて協奏曲などソロ奏者が引き立つアルバムばかりでしたが、ここでたとえば交響曲のライブ録音のような、全体像を脳内でイメージするような録音だと、Mavisでは上手に空間音響が得られません。ザワザワしたホール会場のステージ上から音色が聴こえるといった距離感の表現が下手で、むしろ完全なる無音からポッと音が飛び出してくるみたいな演出になってしまいます。もしかすると、Mavisは金属ではなく3Dプリンター製のシェル素材ですし、低音ドライバの空気孔などのデザインも含めて、サウンドの無駄な反響を早急に抑えこむため、高域の倍音の伸びとか、過度な音響の広がりが抑制されすぎているのかもしれません。

なんというか文面での表現が難しいのですが、たとえばCampfire Audio Andromedaや、JH Audio Layla、さらにベイヤーダイナミックT8iEといったイヤホンの場合、使用中は、現実のリスナー周囲の環境を完全に遮断してくれて、目を閉じると、そのままボーッと録音の空間世界に没入するような印象です。映画館やホームシアターで、周囲が暗くなって、浮世離れした映像やサラウンド音響作品の世界に入り込むような感じでしょうか。先日紹介したFostex TH610のような密閉型ヘッドホンもそんな感じです。

一方、このMavisや、たとえばNoble Audio K10、Katana、64Audio ADEL (apex) なんかは、むしろリスナー周囲のリアル環境をそのまま普段通り感じ取れるまま、メインの楽器のみが、そこに現実かのごとく登場するような表現です。なんとなくポケモンGOのようなAR擬似空間みたいな体験といえば、ちょっと雰囲気をわかってもらえるでしょうか。

もちろん遮音性とかは、どれも優劣がつけがたいほど優秀なので、ここまで表現に違いが出るのが面白いというか、なにがどうなってそう感じるのか、人間の脳というのは不思議なものです。

おわりに

久しぶりに、個性的なイヤホンの音色に惚れて買ってしまいました。私みたいにいつも色々なイヤホン・ヘッドホンを聴きまくっていると、この手のクセの強いモデルは、どうしても購入をためらってしまうのですが、このUnique Melody Mavisは一発でノックアウトさせてくれました。

正統派の優等生イヤホンとは対照的な、「悪のヒーロー」みたいな通好みの魅力があります。ここでMavisの悪い部分に難癖をつけるよりも、他では味わえない魅力の虜になってしまうようでは、もはやイヤホンマニアの道まっしぐらですね。

それと、このMavisが、単純にクセの強い、チープなドンシャリ系イヤホンと比べ物にならないくらい優れていると思うのは、音像の安定感や、中高域の伸びや刺さりなど、一通り「ショボいストリート系イヤホン」にありがちな問題点を全て克服出来ているからです。

そして、Mavisはとくに低音の量感が強いにも関わらず、それが全く被らない、音響の邪魔をしないことが、他社のいわゆる重低音イヤホンとの「格の違い」を見せつけてくれます。低音が強いというと、あまりオーディオマニア的に良いイメージは湧きませんが、Mavisは、そういった「アンチ低音」「低音不要論」こそ正義と信じて疑わないエセマニアの盲信を一気に払拭できるような魅力を持っています。他のイヤホンメーカーも、後学のために、このMavisの低音をぜひ参考にしていただきたいです。

なんだかんだ言って、Mavisはやっぱりクセの強いサウンドですが、今日はどのイヤホンを使おうかと悩んだ時に、ついつい手にとってしまうような、「コレを使えば、きっと楽しいだろう」と、音楽の楽しさを連想させてくれるイヤホンだと思います。今後も無難で優等生的な万能イヤホンサウンドに陥ることなく(そういうのはいくらでも候補があるので)、さらに特出した魅力を推し進めたモデルを続々展開してくれることを願っています。