B&O E8とソニーWF-1000X |
ソニーが約25,000円、B&Oが33,000円くらいと、どちらもカジュアル用途としてはそこそこ高価ですが、最近イヤホン市場全体がかなり高級化しているので、これでも普及価格帯と言えそうです。
数年前のBluetoothイヤホンと比べると明らかに進化しているので、この機会に新調したいと考えている人も多いと思います。大袈裟な高級オーディオマニアの私でさえも、さすがにここまでコンパクトだと、つい欲しくなってしまいます。
ワイヤレスイヤホン
iPhone 7でアップルが3.5mmイヤホン端子を廃止して、ワイヤレスイヤホン「AirPods」に移行したのがちょうど一年前でしたが、そのおかげで、2017年のイヤホン業界は「完全ワイヤレスじゃないとカッコ悪い」という需要が急に生まれました。それ以来、イヤホン業界総出でワイヤレスイヤホンの開発に追われた一年だったようです。ジャンル的には数年前の「フィットネスリストバンド」ブームみたいに、いわゆるスマホ用ガジェットに分類されるわけですが、今回の購入層はすでにそこそこ良いイヤホンや、BOSEみたいなノイズキャンセリングヘッドホンは持っていると思うので、なかなか財布の紐が固いはずです。
そこに「完全ワイヤレス」という全く新しいキーワードで、またたく間に消費者のニーズを築き上げたことは、マーケティング的に空前の大成功だったと思います。
ワイヤレスイヤホンの話題がヒートアップしている中で、私みたいなイヤホンマニアからすると、業界の裏表が垣間見えてしまうのも、慎重になってしまう理由の一つです。
というのも、AirPods登場以降、世界中の一攫千金を狙う若手ベンチャー達が一斉にワイヤレスイヤホンに着手しており、薄っぺらい新規プレミアム・ブランドを立ち上げて、見掛け倒しの覇権争いを繰り広げています。
ワイヤレスイヤホンだけでも、ここ数ヶ月でKanoaやDoppler Labsなど、派手な広告で集金したあげく経営破綻したスタートアップ起業は数え切れないほどありましたが、どれもAirPodsの二番煎じなのに、画期的な最先端技術だと囃し立てる広告記事は見飽きました。開発者・メディア・消費者ともに、マーケットに踊らされている哀れなピエロみたいですね。陰ながら手堅く成功しているのは、JabraやJaybirdなど、昔からスポーツモデルや低価格ハンズフリー通話機器を作ってきた実績のあるメーカーばかりです。
結局のところ、Bluetooth通信チップと組み込みアンプ基板はCSRやQualcomm系列からキットで買えるので、あとはカッコいいハウジングに詰め込めば、アマチュアベンチャー企業ですら半年あればそこそこの商品が作れます。しかし実際に大手メーカーが開発で苦労するのは、ユーザーインターフェースとバッテリー周り、技適など各国の規格対応、そして世界中のスマホで実際動くよう動作テストを繰り返す、そんな地道な作業です。それらを考慮せずに不安定な試作品だけで見切り発車しているブランドがとても多いようです。
そうなってくると、数多くあるニューモデルの中でも、実績のある手堅いメーカーのほうが信頼がおけます。個人的に、この手のトレンドには率先して乗っかるソニーと、近頃カジュアルイヤホン・ヘッドホンで頑張っているB&Oがどちらも良さそうに見えたので、とりあえず手始めに試聴してみることにしました。
ソニー WF-1000X
ソニーといえば昔から省電力小型ガジェットの代名詞みたいなメーカーですから、今回WF-1000Xでも、このコンパクトサイズの中に、いち早くアクティブノイズキャンセリングを登載したことが大きなポイントです。専用ケースと本体 |
ノイズキャンセリングのライバルBOSE QC30では、バッテリーや電子回路のために巨大なカチューシャみたいなネックバンド部品が必要なのに、それをイヤピース内に全て詰め込んでしまった技術力の高さは、さすがソニーらしいです。
ソニーのワイヤレスノイズキャンセリングといえば大型ヘッドホンMDR-1000Xが好調に売れており、(最近マイナーチェンジでWH-1000XM2に改名しましたが)、技術的にもだんだん力をつけてきているので、BOSEが苦手な人達にとっては唯一の希望の光ともいうべき優秀なメーカーです。
先端の半円がアンテナだそうです |
今回WF-1000Xを手にとってみて、なんだか思わず嬉しくなってしまいました。本体のメタリックグレー、アンテナのクリアパーツ、充電ケースのヒンヤリとした金属質感など、何を取っても、なんだかギラギラと輝いていた往年のソニーを連想させる、ハイテクが凝縮されたサイバーなデザインです。
最近のソニーが推しているマカロンとマシュマロのピクニックみたいなライフスタイル系デザインではなく、初代PS3とか、さらに遡ってホームシアター・ミニコンポ、VAIO・超小型メモリーウォークマンなど、時代をリードするハイテクで他社を圧倒していた時代に回帰したような雰囲気です。おじさん世代にとってはこういうのがソニーらしいイメージだと思います。
B&O E8
B&O E8はデンマークB&O社らしく、エレガントな工業デザインが魅力的です。この中に複雑な電子回路が詰め込まれているとは意識させない、まるで碁石のようにスムーズで一貫性のある外観はさすがです。デザイン意匠はH6ヘッドホンや、最近ではH5イヤホンの流れを継承する、真円に大きなB&Oロゴが印刷されているだけのシンプルさですが、それでも、銀のリングの縁取りとフォントのカッコ良さだけでなんとななってしまうのは、さすが北欧ブランドらしいです。SONYとかPANASONICとか書いてあるのとはえらい違いです。
地味なデザインです |
マットブラックな質感です |
素材や色使いなど、しっかりデザインしてありながら、無駄が無く実用性を優先していることが、B&Oブランドが永年愛されてきた理由だと思います。
B&Oはそろそろ創業百周年を迎える、デンマーク屈指のオーディオメーカーですが、ほんの数年前までは、お金持ち御用達ブランドというイメージが先行していました。バウハウスの流れを汲む一流デザイナーが手がけたステレオシステムは、「みすぼらしいオーディオ家電を家に置きたくない」というような人達に絶大な支持を得てきました。オーディオマニアが敵視する、一見デザイン優先で中身がないメーカーのように思われがちですが、同社の「Beolab」ハイエンドシステムを一度でも聴いてみれば、そんな疑念も払拭されます。
そんなB&Oが数年前アップルストア等と提携して「Beoplay」というサブブランドにてイヤホンやポータブルスピーカーを展開すると発表した時は、ついに大衆主義に落ちぶれたかと思われましたが、その後続々と登場する商品もちゃんとB&Oらしいデザイン性を維持しており、今日に至っています。
とくに、無駄にプレミアム路線化せず、堅実なスマホアクセサリーとしての立ち位置に専念していたおかげで、今回のE8につながるBluetooth技術の実績を着々と得てきたのが大きな強みです。
ソニーWF-1000Xとの決定的な違いは、E8はアクティブノイズキャンセリングが非搭載、つまりただの耳栓式ワイヤレスイヤホンだということです。そのくせソニーよりも値段が高いのは、音質やデザインが優れているという説得力が必要です。
アクティブノイズキャンセリングが見送られたのは残念ですが、現行ラインナップの中でB&O E4というアクティブノイズキャンセリング登載イヤホンを見る限り、昔ながらの巨大なバッテリーパックを使っている旧式なスタイルなので、完全ワイヤレスは技術的にまだ先の話になりそうです。
スペックと装着感
公式スペックでは、B&O E8は本体バッテリーが4時間、収納ケースバッテリーで追加8時間で、合計12時間使えるそうです。イヤホンは左が7g、右が6g、ケースは45gです。
ソニーWF-1000Xは本体バッテリーが3時間、収納ケースで追加6時間の合計9時間です。イヤホンは6.8g、ケースは70gということで、B&Oよりも全体的に不利っぽいですが、ソニーはアクティブノイズキャンセリングを登載しているので、電池の持ちが悪いのは仕方がないでしょう。ちなみにNC OFFでも公式スペックでは3時間のままです。
なんにせよ、3〜4時間というのはさすがにまだ短いので、どのメーカーも再生時間を伸ばすことが今後の課題になりそうです。
もちろん階段で走ったりなど、過度の衝撃があると外れると思いますが、それは普通のイヤホンでも一緒です。装着中は普段以上に注意して歩くというようなことはありませんでした。
装着時に落としてしまうというよりは、とっさに外した時に、ちゃんと毎回ケースにしまわないと無くしてしまいそうなのが心配です。
SpinFitを装着 |
こちらもSpinFitを装着 |
どちらもソニーサイズの一般的なシリコンイヤーピースなので、私は普段自分の耳にピッタリ合うSpinFitのMサイズを使いました。
ゴムの羽根があります |
ソニーの方はイヤーピース付近にサイズ交換可能なゴムの羽根があり、これでサポートするようですが、私の場合はイヤピースのみで十分安定してくれたので、あまり必要性は感じませんでした。
ソニーらしく、XBA-100やEX750のように、長い棒状のものを深く挿入するような感覚で、本体ハウジングがピッタリ密着する感じはありません。そのため、耳孔を軸として、ゴム羽根で前後の傾きを支持しているのでしょう。
なんだかカスタムIEMみたいなフォルムです |
B&O E8は、見ればわかるとおりJH AudioやUnique MelodyなどカスタムIEMメーカーが作ったユニバーサル型シェルのような感じで、しっかり人間工学に沿った形状だと実感できます。パッと入れただけでピッタリ耳孔周辺に密着してグラグラせず極めて快適な装着感が得られます。重量配分も良い感じなので、重さで外れる感覚もありませんでした。
これまでのB&Oというと工業デザインで洗練されたシンプルなラインを重視するメーカーだと思っていたので、今回あえてオーガニックで複雑なモールド形状を提案してきたことは意外です。
ともかく、私の耳の場合はどちらも快適でした。ソニーは運転手とかが使う無線インカムっぽく、B&OはカスタムIEMっぽい装着感です。
ケース
どちらも収納ケースが充電器を兼ねています。イヤホン本体のバッテリーは豆粒ほどに小さいものですが、収納ケース内に大型バッテリーを登載しているため、出先でもそこから継ぎ足し充電できるというアイデアです。ケースを比較 |
それぞれのメーカーらしいデザインが現れているのが面白いですね。ソニーは限りなく薄くなるよう努力したことが伝わります。ビジネス用スーツケースや、ジャケットのポケットに入れてもスリムで目立たないということでしょう。一方B&Oはメガネケースのような丸いタマゴ型で、サイズはソニーよりも一回り小さく感じます。ザラザラしたレザーの質感も良く、リュックサックやハンドバッグにポンと投げ入れて使いたいような形状です。
どちらもケースとしては非常に優秀で、もちろんシリコンイヤーピースを装着した状態でもちゃんとケースに入るように、深さに余裕を持たせてあります。
ソニーらしいメカっぽいケースです |
こういうのがソニーならではのサイバー感です |
B&Oは無難でわかりやすいデザイン |
入れ間違えも無く、使いやすいです |
マイクロUSBケーブルで充電 |
どちらもマイクロUSBケーブルで充電できます。B&Oの説明書によると、ケースの電池はたったの365mAhだそうなので、スマホ用大容量バッテリーがあれば追加充電するのも良いかもしれません。
イヤホン充電中ランプ |
B&Oでひとつ面白いと思った点は、イヤホン充電中はオレンジのランプが点灯するのですが、それがちょうどフタのツメの部分にあるので、フタを閉じた状態でも隙間からランプが見えるという演出です。
Bluetoothの使用感
どちらも専用アプリをインストールすれば色々な機能設定ができるのですが、基本的な使い方ではペアリングするだけで十分です。今回は自前のSony Xperia XZにて使ってみました。音楽再生アプリはXperia純正のやつとOnkyo HF Playerです。ペアリングがちょっと面倒でした |
Sonyのペアリングは電源ON時に7秒長押し、B&Oは左右ボタンを長押しです。ソニーはNFC対応ですがセンサーは収納ケースの方にあります。
私がBluetoothイヤホンを嫌いな理由のひとつとして、ペアリングに必要以上に手間取る、というのがあります。なぜか自動ペアリング動作が不確実で失敗する事が多いです。ペアリング失敗はイヤホンを装着してから気がつくことが多いので、できれば装着中でもNFCでピッとペアリングできたらよかったのですが、まだ技術的に無理なのでしょう。
どちらもBluetooth Ver. 4対応で、コーデックはSBCとAACのみです。ソニーは自社規格のLDAC未対応なのが意外ですが、消費電力のせいでしょうか。そう考えると、まだハイレゾ相当に仲間入りできていない発展途上のモデルといえるかもしれません。
私自身は最近BluetoothイヤホンはSBC接続で十分というか、AptXの音飛びでイライラさせられていたので、大きなアンテナが搭載できないコンパクトイヤホンでは、より確実なSBCで妥当だと思います。
実際にスマホとペアリングして使ってみたところ、屋内でじっと座っている分には、5〜6メートル離れていても音飛びせず快適に使えました。一方、スマホをズボンのポケットに入れて駅前の繁華街で歩いてみたところ、どちらもプチプチと音飛びが起こることがありました。
スマホからの音楽データは左側イヤホンに送られ、そこから独自のRF信号で右側に送っているようです。親機と子機のような関係ですね。B&Oの方は左右を30cmくらい離すと右側の音が止まり、近づけるとすぐに鳴り出すといった感じで、挙動がシンプルで分かりやすいです。なんだか昔ながらの家庭用ワイヤレスヘッドホンみたいです。
一方ソニーは左右間で複雑なペアリングを行っているようで、たまに再生開始時に左だけしか鳴らなくて、わざわざ再起動すると治ったり、挙動が怪しく完璧とは言えません。スマホで「接続優先モード」にしても、駅前とか電波ノイズが多い場所で歩いていると、足踏みに合わせて右だけ音飛びしたり、気持ち悪い現象が起こることが多かったです。きっと内部では高度な処理をしているのでしょうけど、こういった日常的な使い方で少しでも不具合が起きてしまうと気持ちが萎えてしまいます。(しかもソニーのXperiaでペアリングしているのに)。
その点B&Oの方がいわゆる「平凡なSBC接続のBluetoothイヤホン」といった感じで、これといって不満はありませんでした。よくあることですが、無線をばらまいているオフィスビルの前を横切ると、いきなりブチブチブチとノイズが出ることはあります。
やはり、じっと座った状態でないと音飛びするというのはBluetoothの根本的な問題だと思います。電波の少ない田舎の田畑でもないかぎり、最近は市街地で「IoT」とかいう名目で多目的2.4GHzが一気に普及しているので、電波干渉による接続不良はどんどん悪くなっていますし、Bluetooth規格はその対策に追われていて、根本的な解決は難しそうです。近い将来、世の中の無線機器が増えすぎて、結局有線接続に戻ることになったりするかもしれません。
使用感
どちらのイヤホンも左右にそれぞれ一つボタンがあるのですが、ソニーはカチッと押す一般的なタイプで、B&Oはロゴ部分がタッチセンサーになっています。どちらも右側ボタンで再生停止ですが、ソニーの場合、音楽の音量はスマホ本体でしか操作できないのは不便でした。B&Oはボタン長押しで音量調整できます。
どちらもボタンで操作します |
いつものことながら、押しやすさではソニーの物理ボタンの方がずいぶん有利で、B&Oのタッチセンサーは確実性に欠けます。ちょっと触れただけで反応してしまいますし、本体そのものが小さいのでなおさら偶発的な誤動作が起こりやすいです。最近タッチセンサーが流行っているのはわかりますが、直感的ではなく、説明書を読まないと理解できないという意味で、ユーザーインターフェースとして根本的に欠陥があると思います。どちらにせよ使い慣れれば気になるほどの事でもありません。
ソニーはアクティブノイズキャンセリングを登載しているので、左側ボタンで、NC ON・Ambient Soundモード・NC OFFと切り替えられます。Ambient Soundモードというのは、BOSEとかでもあるような、外部の音をマイクで拾って出すモードです。アプリ設定次第ではこの状態でも音楽はそのまま鳴らすことができますが、音楽の音量が大きいとあまり効果に気が付かないかもしれません。
今回ソニーのギミックとして、スマホアプリで設定することで、ユーザーが歩行中か乗車中かなど判別してくれて、(歩行中にNCが効きすぎると自動車などに気づかず危険なので)車内ではNCモード、屋外ではAmbient Soundモードといった具合に自動的に切り替えてくれるモードもあります。
わざわざ心配してくれても、NCはそこまで効き具合が強くないというか、さすがに最新型ヘッドホンWH-1000X2Mなんかと比べると旧世代な印象です。ホワイトノイズもそこそこありますし、上位モデルにあるオートAI式NCも無いので、消音効果も劇的というほどでもありません。やはりこのコンパクトサイズでは技術的にこれくらいが限界なのかと思います。
実はB&Oの方が本体がピッタリ外耳に密着するため遮音性がしっかりしており、室内とかではアクティブノイズキャンセリング無しでも十分実用的だと思えました。もちろん屋外の騒音下ではソニーのNCの方が有利です。
B&Oの左側ボタンは「Transparencyモード」いう、外部の音をマイクで拾うモードのON・OFF切り替えです。スマホアプリで調整できるので、咄嗟に音楽を完全にミュートするような使い方もできます。マイクで拾った音は声の帯域を強調するように調整されているようで、粗くデジタルっぽいので、なんだか自分がサイボーグになったような気分が味わえます。
音質とか
それぞれ自前のXperia XZスマホから音楽を聴いてみました。どうせガジェット系アイテムだから音は悪いだろうと想像していたところ、良い意味で裏切ってくれました。どちらもかなりまともに音楽鑑賞が楽しめるレベルに仕上がっています。それでいて、ソニーとB&Oではチューニングが大きく異なります。
音質は意外と良いです |
Bluetoothイヤホンの最大音量は内蔵アンプのパワーで決まるので、ボリュームが大きすぎたり小さすぎるモデルも多いのですが、WF-1000X・E8ともに実用的でちょうどよい感じでした。屋外でクラシックなどを聴いても、最大音量で頭打ちすることもありませんでした。どちらもカナル型だから能率が高いというメリットもあるのでしょう。
まずソニーの方ですが、NC ON・OFFでそこまで音質が変わらないのが嬉しいです。どちらにせよ内蔵DAC・DSPアンプを通しているので、そこを上手に調整しているのでしょう。大音量で音楽を聴いていれば、NC ON・OFFの差に気が付かないレベルです。
ソニーWF-1000Xの音質は、あいかわらずソニーらしい、というか、これまでのソニーANCイヤホン・ヘッドホンユーザーにとっては親しみやすいサウンドだと思いました。簡単に言うと、低音から高音まで、そこそこ広い周波数帯域において、何も特出しない平坦な仕上がりです。とくに音楽の中核になる中域全般が、音量も定位も乱れずに一直線に整列している感じなので、良く言えばフラットで丁寧なプレゼンテーション、悪く言えば抑揚が無く淡々とした事務的なサウンドです。
空間の表現も同じく横一列に並んでいるため、前後の奥行きみたいなものはあまりありませんが、左右の繋がりがスムーズで抜かりなく、音楽の情報をきちんと再生できているという安心感があります。
ここまでは、数年前のソニーアクティブNCヘッドホンと共通した退屈なサウンドなのですが、WF-1000XはMDR-1000Xと同様に、「アクティブNCではないソニーイヤホン」っぽいサウンドにより近づいていると思いました。具体的には整然としたサウンドの両端で、ある特定の高音(女性ボーカルのちょっと上のあたり)でグッと情報量が増すことと、ある特定の低域で暖かみが盛り上がる部分があることです。
いわゆる「高域シャリシャリ、低域ドスンドスン」の派手なドンシャリサウンドとはちょっと違い、特定の帯域をピンポイントで明確な分量だけ味付けしていることが、ソニーらしいと感じる秘密なのでしょう。
高音に関しては、たとえば女性ボーカル、ヴァイオリン、フルートなんかの音色は目立った派手さは無いのですが、それよりもちょっと上の、たとえば歌手の息継ぎとか、ギターの弦に指が擦れる音とか、そんな高音の情報がクリアに聴き取れます。つまり、音色の響きをオーバーに盛り上げることなく、高解像な情報量でハイレゾっぽさを演出しているような感じです。
低音は重低音までズシンと体感させるのではなく、ベース楽器やオルガンなど、音色のある低音楽器に厚みを持たせるような感じです。イヤホン単体のハウジングで低音を増強しようとするとモコモコしがちなところ、内蔵DSPアンプを有効に駆使して丁度良い具合にチューニングできることが、パッシブ型の有線イヤホンと比べて大きなメリットだと思います。
全体的に見て、好き嫌いはあると思いますが、持ち前のDSPアンプ技術を活用することでイヤホン本来の弱点を修正し、上位モデルに匹敵するソニーらしいサウンドに仕上げることに成功している優秀なイヤホンだと思いました。
次に、同じ条件にてB&O E8を聴いてみました。一聴してソニーとは対照的な中域重視のサウンドで、音色のメリハリがしっかり強調され、太く立体感のあるサウンドです。個性が強いものの、味わい深く音楽が楽しめるイヤホンだと思います。
ソニーが横一列に整列しているとすれば、B&Oは音が目の前で存在感を主張するような派手さがあり、リスナーの興味をグッと惹きつけます。ソニーはどちらかというと情報量の多い打ち込み系が合っていると思いますが、ロックやバンド系音楽ではB&Oの方が人間味があって断然良いと思います。ソニーが細かい背景まで全部聴かせようとするタイプ、B&Oは何も無いところから歌手や楽器が堂々登場するタイプという感じです。
楽器の音がとても力強く、しっかり前に出ているので、過去のBluetoothイヤホンで感じていたような「線が細いのに騒がしい」感じがありません。BOSEなんかもそのへんのチューニングが上手だと思いますが、B&O E8はBOSEよりも音像のメリハリがハッキリしていて、とくに低音も歯切れよく、細かな質感も味わえるので、BOSEっぽいアバウトな物足りなさやもどかしさはありません。
B&O E8の弱点としては、ソニーと比べると左右音源のブレンドがあまりスムーズではないというか、それぞれが個別に鳴っていてセンターに穴があるパノラマサラウンド的な音像表現のように聴こえます。家庭用スピーカーに例えると、左右を離しすぎたような感じです。それはそれで臨場感があって良い面もありますが、もうちょっと丁寧にセンターでぴったり揃ってほしいと思うこともあります。
どちらのメーカーも、ワイヤレスイヤホンということで、屋外の騒音下などで使うことを想定した派手めなチューニングだと思います。つまり、静かなリスニングルームで精神統一してピアノソナタを聴くようなイヤホンとは根本的に演出が異なるので、そういった場面で聴くとクセを感じますが、実際にモバイル用途で使ってみることで、それぞれのメリットが実感できます。
ソニーの場合は、騒音下でも十分な高解像と豊かな低音が味わえるよう強調された音響重視のチューニングで、一方B&Oは騒音下でもノリの良いボーカルやギターソロのメロディなんかがしっかり追えるような演奏重視のチューニングです。どちらが優れているというものでも無いと思いますが、ソニーの方は上級モデルのハイレゾオーディオ相当のサウンドをコンパクトでも妥協せず届けたいというアプローチで、B&Oはリビングや書斎のスピーカーで聴くのと同じような楽しさのエッセンスを体現したいというアプローチなのかもしれません。
おわりに
B&O E8とソニーWF-1000Xという二つのワイヤレスイヤホンを聴いてみましたが、どちらも想像以上に完成度が高かったので感心しました。ソニーも数年前のアクティブNC型と比べるとずいぶん面白味のある良い音になったことに感心しましたが、個人的にはB&O E8のエキサイティングなサウンドの方が自分の好みに合うと思いました。
これまでに無数のBluetoothイヤホンを試してみても、どれも「やっぱり、同じ値段なら有線イヤホンの方が全然良い」という結論に至り、ワイヤレス化に対するメリットはあまり実感できなかったのですが、B&O E8では意外にも「これくらい良い音だったら、この値段でも妥当かな」と思えてしまいました。つまり私にとって、4万円までの価格帯において、ワイヤレスでも十分説得力のあるモデルがついに現れはじめたということです。
これはBluetoothモジュールのコストダウンというのもあると思いますが、それ以上に、内蔵DSPアンプの技術が進化することによって、有線パッシブイヤホンだけでは困難なレベルの音響チューニングが実現できるようになってきたのかもしれません。パッシブイヤホンでそれを克服するには、より高級なドライバーやハウジング素材など、結局コストアップを余儀なくされます。その費用対効果の境界線を、今回B&O E8が明確に提示してくれたと言えます。
今回のモデルはあくまで屋外モバイル用途なので、サウンドもそれ相応に仕上げてありますが、今後このアクティブ技術がホームリスニング向けイヤホンにも応用されるようになったら、面白いことになるかもしれません。大型ヘッドホンではすでにAKG N90Qという先駆者があります。スピーカーでは、ほとんどのスタジオモニターはアクティブ式ですし、家庭用スピーカーでもDSPアンプ搭載のアクティブシステムが少なからずハイエンドに君臨しています。(そういえば、B&OのBeolab 90や最近登場したBeolab 50は良い例です)。
ではソニーWF-1000Xはダメなのかというと、そうではなく、B&Oと比べて値段も安いですし、音質もこっちが好みという人も多いと思います。ただ、個人的にどうもグッと来なかったのは、使っていてどうしても発展途上の過渡期モデルのように思えたからです。
たとえばアクティブNCの性能が上位モデル相当の高度な技術には及ばなかったり、きっと社内上層部からは要望があったと思うのにLDACをあえて搭載していないとか、コンパクトサイズとバッテリー再生時間との兼ね合いで、かなり無理や妥協をしたモデルのように思えます。また、Bluetooth接続の安定性ももうちょっと改善してもらいたいです。
過去のソニーを知っているマニアからすると、ソニーならここからもっと頑張ってくれるという期待感があるからこそ、WF-1000Xはまだ時期尚早に思えてしまいます。もちろん数が売れなければ単発で終わってしまうので、多くの人に買ってもらいたいのですが、オーディオマニアとしては後継機に多大な期待をかけています。率直に言うと、半年後にMK2とかソニーなら出しかねない、ということです。
一方B&O E8は、より高価で、しかもアクティブNC非搭載というハンデがありながら、気に入った人からすれば、これはこれで十分良いじゃないかと思わせる完成度の高さと潔さを感じました。
結局今回どっちか買ったのかというと、まだ保留状態です。私自身は古臭いオーディオマニアなので、いまだに巨大なポータブルDAPをバッグに入れて、ケーブル式イヤホンで音楽を聴いています。Bluetoothというと、飛行機とかで使うBOSE QC35や、映画やゲームで使うサラウンドとか以外では、そこまで購入意欲が湧きません。