2020年5月8日金曜日

IEMケーブルの音質

今回はイヤホンのケーブルを変えると音が変わるのか、という話です。

近頃は新製品を試す機会が減ってしまったので、とりあえず穴埋め程度に自宅でオーディオマニアらしいネタを書いてみました。

ケーブル交換はオーディオマニアの楽しみです

先日Noble Audio Sageというイヤホンを手に入れて、ケーブルで散々苦労させられたので、広く知られた内容だと思いますが一応書き留めておきます。


オーディオケーブル

オーディオマニアといえばケーブルアップグレードをするのが定番になっており、「ケーブルアップグレードをしないのが一般人で、ケーブルアップグレードをするのがオーディオマニア」と定義できるくらいです。

10年前であれば、7N-OFCやOCCなど、銅線の品質が高いほうが良いという売り方が主流だったのですが、ネット販売が普及してきてからは虚偽や誇張を含む粗悪な製品が乱立しています。とくにPCOCC(古河電工の登録商標、現在は製造中止)といった名称や、結晶構造など科学的根拠において、売る側もよくわかっておらず適当に記載しているといった例も散見しますが、専門の測定機器や電子顕微鏡などが無いと判断できない事や、差止め裁判を起こしても雲隠れしてブランド名を変えられてしまうだけなので、野放しになっています。

そもそも高純度だから音が良いという確証がありませんし、高級素材なら高価でも納得できるという消費者意識が蔓延しているのが問題です。一方、多くの大手ケーブルメーカー(自社で設計や製造能力があるメーカー)は絶縁体や配置構造など、金属以外の部分で差別化や独自性を追求しています。

私の個人的な見解としては、良いケーブルは存在しないけれど、悪いケーブルは存在する、というポリシーです。

さらに経験上、大手メーカーの中堅価格帯が一番満足できるようで、ベーシックなエントリーモデルや貴金属をあしらった超高級ケーブルなどはクセが強すぎて常用できません。また、安価な無名メーカー品や、自作なども色々試しているものの、やはり独特のクセや個性が拭えず満足な結果が得られません。ではどのメーカーやどれくらいの価格帯が妥当かというのは人それぞれですが、DIY自作なり既製品なり、ちょっとした味付けを楽しむためにケーブルを変えてみるのは趣味として面白いです。

イヤホンの場合、スピーカーケーブルやラインケーブルと違って物理的に耳に装着する必要があるため、軽量で柔軟、風切り音やタッチノイズが少なく、紫外線や汗への耐性など、他とは違う特性が求められます。さらに、据え置きオーディオ機器と違って、ポータブル用途だとアンプが貧弱であるケースが多いため、ケーブルによる音質差がより顕著に現れるジャンルだと思います。

Noble Audio Sage

先日Noble AudioのSageというIEMイヤホンを海外から新品格安で買う機会があり、思わず手に入れてしまいました。

前から欲しかったIEMイヤホンです

このシリーズは公式サイトからすでに消えており、在庫限りで販売終了らしいので、とくにSageはとりわけ好きなモデルだったので、この機会に安く買えて嬉しいです。ちょっとくらい古くても、音が良い事には変わりありません。

最近Noble Audioは経営体制が変わり(The Wizard John Moultonの兄弟Jimが共同経営者になったので)、マルチBAタイプの停滞感を打開するためにラインナップの刷新を図っています。新シリーズはピエゾドライバー搭載のKhanから始まり、TUX5やM3など、今までにない新機軸のドライバー技術を続々導入たモデルで、これまで以上に挑戦的なブランドに変貌しています。(特にM3のユニークなドライバーはいつか聴いてみたいです)。

今回のSageを含む従来のNoble Audioラインナップは、ドライバーの数が3BA・4BA・5BA・6BA・9BA・10BAとある中で、Sageはわずか2BAなのに価格は5BAと同等という面白いモデルでした。「ドライバー数ではなく、音を聴いて選んでくれ」というデザイナーの意思が込められており、特に最上位10BAのKaiser Encoreと同じ方向性を目指したチューニングという意気込みです。

しかし現実は冷たいもので、同じ金を払うならBAドライバーの数が多い方が良いだろうと思うのが消費者心理なので、Sageはそこまで爆発的なヒットにはなりませんでしたが、密かな銘機だと思います。

Sage以前にもSavantというモデルがあり、こちらはドライバー数が非公開でした。発売当初は音の良さが絶賛されていたのに、いざネット掲示板に分解写真が上がって、中身がチープな2BAだと判明してからは、まるで手のひらを返したように音質も酷評の嵐という、イヤホンマニアの心理を象徴するようなエピソードでした。

SageはそんなSavantの後継として、初めから2BAと明言して、新型BAドライバーにより広帯域化、とくに中低域の力強さが向上したモデルです。

せっかく購入したので、もう販売終了ですが今更ながら開封画像を乗せておきます。

内箱

付属品

Noble Audioはやはりパッケージがカッコいいですね。プロフェッショナルっぽさと高級感を両立しており、下品になっていません。付属ケースが円筒形とペリカン純正1010ケースの二種類付属しているのも嬉しいです。

綺麗なデザイン

このシリーズは本体外側がアルミCNC削り出しで、3BAのTridentはゴールド、6BAのDjangoはパープルなど、モデルごとに色が異なり、NC加工は非常に精巧で色合いも綺麗です。内側はプラスチックですが、最上位KatanaとKaiser Encoreのみ金属製です。

パッケージもそうですが、以前イベントのインタビューにて、Noble Audioはクオリティへのこだわりが強すぎて量産に向いておらず、安価なユニバーサルタイプを売ってもほとんど利益が出せないと嘆いていたのが納得できます。

左が初期のタイプです

ところでSageの緑色は初期モデルだと濃い抹茶のようなマット調だったのですが、私が買ったものは色合いが薄く光沢があります。初期タイプの中古品を見るとかなり剥げやすいようなので、もしかしたら色付けの手法を変えたのかもしれません。どちらにせよ綺麗です。

イヤピース

イヤピースは一般的なサイズが使えますが、ハウジング形状が特殊なのでフィット感に関しては賛否両論あるようです。現在Noble AudioはFalconという完全ワイヤレス型イヤホンが大ヒットしていますが、このSageもケーブルが無いとなんだか完全ワイヤレスっぽい形状ですね。

私はAZLAイヤピースのMLサイズでちょうど良いです。JVCの方が耳穴への吸着は良いのですが、耳栓っぽすぎて不快になりました。

ケーブル

そんなNoble Audio Sageですが、付属ケーブルを使って聴くと、どうもサウンドが詰まったような端切れが悪い感じがします。そこでいくつか手持ちの社外品ケーブルを試してみたところ、ものすごく音が変わってしまい、しかもアンプやDAPとの組み合わせに大きく影響されます。

この事については既に広く知れ渡っており、日本の代理店は「日本限定仕様」として独自に別のケーブルを付属しているくらいです。今回私が買ったのは米国版なので、ちょっと原因を調べてみました。

米国仕様の付属ケーブル

DC抵抗

テスターで測れば違いがすぐにわかります。2ピン端子側をショートして、プローブ校正したテスターで抵抗値を測ってみると3.6Ωもあります。1.2mの往復なのでつまり1.5Ω/mということです。一般的なIEM用アップグレードケーブルは同じ長さで0.3Ω程度なので、大きな差がありますね。

ちなみに不良品というわけではなく、Noble Audio最上位のKaiser EncoreやKatanaの付属ケーブルも同じく3.6Ωでした。どんな安価な銅線を使ってもここまで抵抗値が高くなるのは考えにくいので、あえて意図的に高くしているようです。

インピーダンス

LCRメーターで100Hz~10kHzのインピーダンスもスウィープしてみたところ、このようになりました。グラフのAがNoble付属で、先程のテスターと同様にDCからずっと3.6Ωです。

Bは他社のIEMに付属していたケーブルで、見た目はそっくりですが1.7Ω程度でした。C~Fは手持ちのそこそこ良いアップグレードケーブル各種です。Beat Audio Supernova、Moon Audio Silver Dragon、Effect Audio Aresなど色々ですが、どれも同じ1.2mの往復インピーダンスに大差無いようですし、ほぼ横一直線なので、可聴帯域内の変なフィルター効果とかも無さそうです。(若干右肩下がりですが、低インピーダンスでのプローブ校正が困難なのも考慮すると誤差程度です。しかもどれも傾向が同じです)。もちろんケーブル長さが二倍になれば抵抗値も二倍になります。

Sage

次に、Noble Audio Sage本体のインピーダンスを測ってみます。100Hz~10kHzまで、100mVppサイン波テスト信号でのインピーダンスです。100mVppはちょうどリスニング音量に近いので選びました。

このグラフのAはNoble付属ケーブルを使った場合で、Bはいくつか重なっていますが、二種類のアップグレードケーブルと、ケーブル無し(つまりIEM本体の2ピン端子から直接)での測定です。

ようするに一般的なアップグレードケーブルであれば、イヤホンのインピーダンスに比べてケーブルのインピーダンスが低いため、ケーブル無しとほぼ変わらない結果になるということです。

Noble付属ケーブルだと、低域などは(つまり位相差が少ない部分は)ケーブル分がほぼそのまま上に乗っている感じです。

このグラフを見てわかるとおり、Sage本体は2BAらしくインピーダンス変動が極めて大きく、しかも低域は3.4Ωと非常に低いです。付属ケーブルを装着することで見かけ上イヤホンの最低インピーダンスが7.3Ωに上がるという事です。

インピーダンス

いくつかの要点で数字を見ると、ケーブル無しではクロスオーバー周波数の2.2kHzで18Ω、10kHzで32Ωです。10kHz以上はそのまま上昇していくのはBAドライバーの典型的な傾向です。

ちなみにSageの公称インピーダンスは明記されていませんが、ここまで変動が激しいと、メーカーのカタログスペックに書いてあるインピーダンス値はあまり参考にならない事がわかります。

アンプとの組み合わせ

アンプによって音が大きく変わるので、二つのDAPを例に挙げます。

サイン波テスト信号で、無負荷時に音量を100mVppに合わせてから、負荷を徐々に与えていったグラフです。先程と同じように、100mVppはSageでのリスニング音量に近いので選びました。あまり無理に音量を上げすぎるとアンプが歪みはじめて正確な測定ができなくなるので、できるだけリスニングに近い音量を使うのが理想的です。

(実際はデジタルボリュームの都合でピッタリ100mVppではなく99.7とか101.2だったのですが、グラフではわかりやすいように右端を100mVppにノーマライズしています)。



グラフの1がAK240、2がHiby R6PROで、それぞれbがバランス出力です。AK240はバランス出力だと出力の落ち込みが悪化することがわかります。R6PROはシングルエンドとバランスの差がほとんど無くグラフ線が重なっています。

これまでブログに載せてきたDAPやアンプレビューを参照してみるとわかりますが、他のDAPやヘッドホンアンプも大体似たような感じです。Chordなど3Ωでもピッタリ定電圧維持を目指すメーカーがある一方で、ソニーなんかはAKに近いですが、きっとソニーに言わせればそもそも3Ωのイヤホンなんて絶対作らないと反論されそうです。Fiioなどモデルごとにアンプ設計や特性がバラバラなメーカーも多いです。

ちなみに念の為テスト信号は100Hz、1kHz、10kHzでそれぞれ測ってみたのですが、グラフ上では判別できないくらいピッタリ重なっています。100Hz以下だとDCブロッキングやサーボ、10kHz以上だとローパスフィルターなど、アンプ設計の影響が現れるかもしれないので、今回はあえてこの周波数範囲に制限しました。


横軸が0-600Ωだと見にくいので、今回重要な0-35Ωまでをズームインしてみます。

ちなみによくアンプの「出力インピーダンス」として書かれているスペックは、グラフの直線部分(たとえば20-30Ωのあたり)の傾きとして算出できますが、それ以下だと指数的に出力電圧が下がっていくので参考になりません。こうやってグラフで見るのが一番わかりやすいです。



先程測ったSageの100Hzでのインピーダンスをグラフに重ねます。アップグレードケーブルだと3.4Ωで、Noble付属ケーブルを使うと7.3Ωでした。

グラフを見るとわかるように、R6PROであれば3.4Ωでもほぼ100mVをキープできていますが、AK240では出力電圧が一気に落ちる領域に突入してしまいます。

さらにAK240ではバランス出力のほうが不利な事もわかります。皮肉な言い方をすれば、シングルエンドとバランスの音質差が顕著に現れるという事です。



これらのデータを元に、DAPで100mVpp信号を再生中にSageを接続すると、ケーブルを経てSageに与えられる電圧がどの程度なのかモデリングしたグラフです。

AがAK240、BがR6PROでそれぞれアップグレードケーブルを使った場合、そしてA*とB*の破線はNoble付属ケーブルを使った場合です。

R6PROとアップグレードケーブルを使った場合(グラフのB)は、全域でほぼ100mVpp近くをキープできていますので、これが一番理想に近いです。

ケーブルによる分圧

グラフのB*、つまりR6PROでNoble付属ケーブルを使った場合、ケーブルのインピーダンスが高いため、イヤホンとの分圧が無視できないレベルになり、イヤホンに届く電圧は低くなります。上の図のように単純な直列回路なので、もしイヤホンが3Ωでケーブルが往復3Ωなら、イヤホンへは半分の電圧しか届きません。

Sageは高域になるとインピーダンスが上がるので、グラフ上でもケーブルの影響が少なくなるのがわかります。

AK240ではさらにインピーダンスが低いと出力電圧の落ち込みが顕著なので、その影響が加わり、電圧が大幅に下がっています。

グラフのA*に注目すると、Noble付属ケーブルを使ったのでAK240側から見たインピーダンスは高くなって、アンプの出力落ち込みは緩和されたものの、ケーブルの分圧で結局イヤホンに十分な電圧が届かないという、ちょっと複雑な状況です。

R6PROでテスト

AK240でテスト

実際にR6PROとAK240で100Hz・100mVのテスト波形を再生して、Sageの2ピン端子の根本で測ってみると、予想通りの結果になりました。

テスターはRMS表示なので、サイン波100mVppは35mVrmsですね。(デジタルボリュームの都合でピッタリ35mVrmsに合わせられませんが)。



テスターで測ったRMS値をVppに変換して先程のグラフに星マークで重ねてみると、ちゃんとグラフと合います。



最後に、Sageの感度を133dB/Vだと仮定して前のグラフから計算すると、音量の変化はこのようになります。(どこかのサイトに掲載されていた実測値ですが、聴感上もそのくらいで合ってます)。

ちなみにdB/mWではなくdB/Vを使うのは、理想的な定電圧アンプを使えばフラットな特性が得られるという意味になるからです。そう想定するのが妥当ですし、そうでないとしてもイヤホンのチューニングの個性であってケーブルとは無関係の話です。

0.3Ωと3.6Ωのケーブルの差でこれだけ違いがあるのですから、他社の1Ω程度の付属ケーブルでもそれなりに影響が出る事が想像できますし、延長ケーブルで音が変わるというのも納得できます。

おわりに

今回はケーブルやアンプ次第でずいぶん音が変わるという話でした。

かなり極端な例でしたが、イヤホンは「インピーダンスが低い方が鳴らしやすい」なんてよく言われているものの、Sageのように低すぎるのも音質面で問題が起こるのがわかると思います。

他にもインピーダンスが極端に低いブランドといえばEmpire Earsや64Audioなんかが思い浮かびます(以前Wraithを測ったら最低2.7Ωでした)。その点、日本のメーカーなどは30Ω付近が多く、ちゃんと考えて作っています。DAPの特性を見る限りでは30Ωは理想的ですが、ドライバーのインピーダンスを自由に変更することはできませんので、そこがイヤホン設計の技術力の見せ所です。

Noble付属ケーブルはインピーダンスを7.3Ωまで嵩上げして、できるだけアンプが非線形な領域に入らないようにする効果はあります。しかしイヤホンとケーブルのインピーダンスが近いと(イヤホンを二つ直列につなげているのと同じような状況ですから)、分圧のせいでイヤホンまで全ての電圧が行き届きません。しかもイヤホンのインピーダンスが周波数ごとに一定ではないのが問題です。

同様の理由から、無駄に長い延長ケーブルを使ったり、イヤホンケーブル上にアッテネーターを挟む事のデメリットも理解できると思います。とくにイヤホンケーブルは細いのが問題なので、太いスピーカーケーブルであれば0.1Ω/m以下とかなので無視できます。ただし柔軟性が求められるヘッドホンケーブルの場合、外観は太くても中身の銅線は髪の毛のように細いという例もありますので注意が必要です。(たとえばHD650の3mケーブルは往復1.7Ωです)。

また、ほとんどのヘッドホンアンプは3Ωなんて極端に低いインピーダンスは想定していないため、今回の例のように低音が落ち込んだとして、それを補うためにイコライザーやボリュームノブを上げすぎると歪んで音割れしてしまうという二重のデメリットがあります。今回テスト信号は100mVppを使いましたが、それは私のリスニング音量を元に決めたまでで、もっと大音量で聴きたい人もいることは確かです。

そして、そもそもメーカーは付属ケーブルを基準にサウンドチューニングを行っているのか、という疑問が起こります。もしそうであれば、アップグレードケーブルに変える事でメーカーの本来意図したサウンドから離れてしまいます。しかしオーディオに限らずケーブルというのは理想的には0Ωであるべきだと思います。

さらに、イヤホンメーカーはサウンドチューニングに理想的なアンプを使っているのか、という疑問も起こります。もし例として挙げたAK240を使ってチューニングしたのであれば、より理想的な定電圧駆動に近いR6PROで鳴らした音のほうが間違いという事になります。

アンプごとの個性を楽しむべきというのも一理ありますが、一般的にオーディオアンプというのは汎用性が求められるので「個性」ではなく「優劣」で語るべきで、どんな負荷であっても定電圧を維持できるのが優れたアンプです。(そうでないならアンプとイヤホンをセットで売るべきです)。そこにさらに低ノイズ・省電力であることを両立するのがアンプ設計の難しいところです。

自動車に例えるなら、イヤホンのインピーダンスが低いというのは、急な斜面を上がるようなものです。上り坂でも失速しないパワフルなエンジンが良いのですが、ノイズがうるさくても燃費が悪くても駄目だという事です。


今回チェックしたのは一番基本的な「電圧の変化」のみですが、実際ケーブルやアンプの特性はもっと複雑で、追求すればキリがありません。そもそも今回の結論だけ見るとアップグレードケーブルならどれを選んでも同じ音になるはずですが、現実はそうではありません。

ケーブルだけ見ても、編み込み、絶縁体、端子間絶縁などの違いによって容量性負荷(キャパシタンス)による10kHz以上の高周波特性やクロストークなどの要素が影響しそうです。

たとえば、過去にも何度か触れましたが、ラインケーブルを片方外して左チャンネルだけに音楽を流しても、右チャンネルから僅かにシャカシャカと高音が聴こえる場合があり、これがケーブルやアンプ次第で結構違うので、実験してみると面白いです。

左右のクロストークが無い方が正しいのですが、クロストークが多いケーブルの方がセンターイメージが派手で迫力があるように思えたりします。とくに安いコネクターを使ったり、温度管理ができていないハンダ付けのせいで絶縁体が劣化して、端子間クロストークが増すなんて事はDIYにありがちです。メーカーが良かれと思って接点に塗布した振動・断線防止の接着剤が、湿度で水分を吸収して時間とともにどんどん導通しはじめる、なんて問題も実際に起っています。(意外とエージングの元凶だったりもします)。

アンプとケーブルの組み合わせにおいても、電磁波ノイズの拾いやすさ(長いケーブルはアンテナと同じなので)、0Vグラウンド基準の揺れ動き(とくにケーブルのマイナス側の抵抗値が高い場合)による帰還回路の挙動など、組み合わせ次第で色々思いつきます。

測定すれば様々な要因が見えてくると思いますが、では人間の聴覚ではどこまで小さな要素が聴き分けられるのか、という所で主観的な議論になってしまいますので、実際に色々聴いて試すしか手段がありません。

Sageの音質

せっかくなので、おまけとしてSageの音質についてちょっと書いておきます。

音が良い事には変わりありません

解像感の高さや空間の広さはフラッグシップKaiser Encoreなどに譲りますが、聴き応えのある力強さはSageの方が一枚上手です。

BAっぽいザラザラした粗い質感や刺さりは少なく、2BAと言われて想像するよりは、むしろダイナミック型と似ているかもしれません。ただしパーカッションなどのアタックがクリアに現れる点はBAに近いので、ダイナミックほど緩い雰囲気は出せません。

よく鳴るハウジング設計と自社製BAドライバーのおかげで、2BAでも薄さや帯域の狭さはありませんし、とくにクロスオーバー付近の繋がりの悪さが感じられないのが素晴らしいです。逆にもしこれ以上ドライバー数が増えたらハウジング内部が埋め尽くされて自由な響きが阻害されてしまうのでは、と思えるくらいです。

ハウジング空間を存分に使っているので、低音の鳴り方はダイナミックドライバーのような空気の余裕を持っているのですが、ふわっとした臨場感ではなく、楽器音の勢いの良さとして現れ、ロックやダンスミュージックなどもリズムがクッキリと充実した鳴り方が楽しめます。

イメージとしては、KRKやディナウディオのように、力強く迫力があるけれど、しっかりまとまっているアクティブモニタースピーカーのような印象です。密閉型ヘッドホンやニアフィールドモニターでパワフルに聴くのが好きな人にオススメです。


今回紹介したとおり、付属ケーブルでは音が詰まったような印象を受けます。低音が弱いというよりは、全体的に勢いが無く、色艶が淡々とした退屈な感じです。

Effect AudioのLionheart IIやAres II、あとは今回写真で写っていた旧AZLA付属のLabkableのやつなどなら、どれを使ってもほぼ同じ鳴り方で良好でした。付属ケーブルと比較して、サウンドの立体感というか、無音から音の塊が飛び出してくるような感覚が飛躍的に向上して、生き生きとしています。とくにチェロやキックドラムなどの輪郭がしっかりして、背景から飛び出して宙に浮く感じが爽快です。

一方で、Moon Audio Silver Dragon IEMやEffect Audio Thor Silver II、Beat Audio Supernovaを使ってみると、なぜかステレオ感が強調されすぎて、左右の音が自分の耳よりも後ろの方からザワザワと聴こえてしまい、どうも相性が悪いようです。逆相のような捻じれや違和感は無いのですが、前方センターのイメージが薄く、音に落ち着きがありません。どれも銀ケーブルなので、それが影響しているのでしょうか。他のイヤホンで使えばそこそこ優秀なケーブルなので、やはり高価だから良いと決めつけるより、色々試聴してみる事が肝心なようです。

Kaiser 10から始まったNoble Audioのアルミユニバーサルシリーズはそろそろ世代交代の時期ということで、一番気になっていたSageが最後に安く買えたのが嬉しいです。フラッグシップのKaiser EncoreとKatanaも同じくらい欲しいのですが、ちょっと値段が高すぎて手が出せません。しかも新生Noble AudioユニバーサルのKhanが結構良かったので、TUX5・M3もどんな音がするのか気になっています。Nobleといえば派手なカスタムIEMがメインで、ユニバーサルは忘れがちですが、品質の高さと独創性はトップクラスなので、ぜひチェックしてみてください。