2024年4月20日土曜日

Astell & Kern KANN ULTRA DAPの試聴レビュー

 Astell & KernのKANN ULTRA DAPを試聴してみたので感想を書いておきます。

AK KANN ULTRA

2023年11月発売、AKの中でも大柄なKANNシリーズの最新作で、約27万円だそうです。最近のAK DAPの中でも中堅に位置するようなモデルなので、どんな感じなのか気になります。

AK KANN

KANNシリーズというのも、2017年の初代モデルから、ずいぶんと紆余曲折を辿ってきたDAPだと思います。

その頃はまだポータブルDAPは「イヤホンを鳴らすための非力な小型デバイス」というイメージがあり、そんな中で大型ヘッドホンでも余裕で鳴らせるDAPとして登場したKANNは画期的な製品でした。デザインもこれまでの高級志向なAKとは一味違う無骨なワイルドさが魅力的で、初代KANNは私も発売時に購入して、かなり使い倒した記憶があります。

それ以降、FiioやiBassoなど中華系DAPメーカーによる高出力競争が激化したわけですが、振り返ってみると、それらもKANNが原点だったように思います。他社が1000mW、2000mWだと競い合っている中で、KANNも2019年の次作KANN CUBEにてさらなる巨大化を果たしましたが、それ以降2020年のKANN ALPHA、2022年のKANN MAXと、むしろ常識的なサイズに戻り、今回のKANN ULTRAもその流れが続いています。

ちなみに今回D/AチップはES9039MPROをデュアルで搭載しているそうです。ES9039MPROというのはES9039PROと同じチップで、MPROというとMQAデコーダーを内蔵しているタイプになります。前作KANN MAXはES9038Q2Mだったので、ES9038から9039へと一世代新しくなりましたが、それ以上に、モバイル向けのQ2MチップとフラッグシップのPROチップでは中身がまるで別物ですし、チップ単価も五倍くらい違います。

よくES9038やES9039といって一括りにしているのを目にしますが、世代の違いよりもむしろQ2MからPROへの方が相当大きなアップグレードになります。

Fiio M17と比較

Fiio M15Sと比較

並べて比べてみても、Fiioの高出力DAP M17よりも遥かに小さいですし、どちらかというと汎用モデルM15Sと同じサイズです。

DAPというのは、高出力アンプ回路のせいでシャーシが大きくなるというよりも、むしろ近年ストリーミングアプリを使う人が増えたせいで、スマホと同じような5インチ以上の画面サイズや大型のバッテリーが求められるようになり、どのDAPもポケットに入るコンパクトさは諦めて、必然的に大型化しているのが現状です。

一昔前に主流だった4インチ画面では、SDカードのファイル再生程度なら問題なくても、ストリーミングアプリではさすがに小さすぎて使い勝手が悪いです。

SP3000と比較

厚さ以外はほぼ同じです

底面

上面

実際AKの最上位モデルSP3000と並べて比べてみても、サイズはほとんど同じなので驚きました。

KANN ULTRAのほうが6mmほど厚みはありますが、SP3000がステンレスシャーシで約500gなのに対してKANN ULTRAはアルミなので390gとむしろ軽いです。つまりSP3000を携帯できるならKANN ULTRAも苦労しません。

デザイン

KANNシリーズは無骨なオーバーサイズ感がテーマになっているようで、今作もそのイメージを継承しています。

直線的、鋭角に削り出したようなシャーシに、背面のボリュームノブはまるで岩石を削り出す重機のような奇抜なデザインです。

エッジが効いたデザインです

印象的なボリュームノブ

ボリュームノブは底面から若干浮いているので、本体をテーブルに置いても擦らずに操作できます。ユニークなデザインのわりに、実用上これといって不具合が無かったのは意外でした。

ノブの直径がとても大きい、つまり円周が長いため、感覚的には本体側面のスライダーを上下に動かしているような操作感で、普段のAK DAPのものと比べると微調整は行いやすいですが、急激なボリューム変化は不得意です。

左側面にはトランスポートボタン、底面にはUSB CとマイクロSDスロットという具合に、他の部位は一般的なレイアウトになっています。

上面には電源ボタンと、ヘッドホン出力用とプリ・ライン出力用の二系統の3.5mmと4.4mmが用意されています。

挿し間違える心配があるので、デザインでもうちょっとわかりやすく区別してもらいたかったです。ライン出力を普段使わない人は、アマゾンとかで売っているイヤホンジャック用ゴムプラグを挿しておくと良いかもしれません。

ところで、私を含めて、昔からのAKファンは今回KANN ULTRAのヘッドホン端子を見て驚いたかもしれません。

まず2.5mmが廃止になり4.4mmに統一されました。AK PA10やHC4などDAP以外の製品ではすでにそれが伺えましたが、DAPも4.4mmということで一段落ついたようです。

さらにライン出力端子が用意されているのも意外です。これまでのAK DAPは、モード設定でヘッドホン出力をレベル固定するのみで、純粋なライン出力ではなくヘッドホンアンプ回路を通した信号でした。それでもライン出力として十分な性能を満たしているという意思表示と、アンプを含めた(つまりメーカーが意図した)音作りが得られるというメリットもありましたが、ところが今回KANN ULTRAでは別途ライン出力端子が用意されています。

ちなみに前作KANN MAXでは、私が試聴した時点では、2Vを選んでもAKプレーヤーアプリからTidalなど別アプリに移ると勝手に4V出力になってしまうなど、アプリ間で出力設定の引継ぎがうまくいかないバグがありました。車載や家庭用システムのラインソースとして買ったのに、知らずに4Vになって音が割れるなど実用上悩まされた人も多かったようです。後日ファームウェアアップデートで修正されたかは不明です。

ライン出力モード

そんなわけで、今回ライン出力が別系統になったので確認してみたところ、そのようなバグは無く、アプリを切り替えても設定した正しい電圧が出力されるようです。

さらにソフト上でPre Out(ボリューム可変)とLine Out(ボリューム固定)が選べるようになっており、Line Outのみ出力電圧の切り替えが可能、Pre Outで最大まで上げると2V/4Vになるようです。

インターフェース

インターフェース

それ以外のインターフェース部分に目立った変更はありません。とくにプレーヤーアプリはSP3000など現行AK DAPと同じデザインになっており、他のDAPメーカーと比べると、フォントやレイアウトなどのデザインセンスが一枚上手です。ジャケット観覧がCDケース風なのも良い演出です。(SP3000でも言いましたが、できればDSDはSACDケース風にしてもらいたいです・・・)。

細かい点ですが、個人的に、ジャンルを選択するとアルバムではなく全トラックがアルバム順に一覧表示されるのは使いづらいと思いました。オペラなど、一枚で40曲以上あるアルバムも多いので、それが何百枚もあるとスクロールが面倒です。

もちろんサブスクリプションストリーミングアプリを使っている人なら、せっかくのファイル再生アプリも使う機会がありません。私はあいかわらずmicro SDカードにファイルを入れて聴いているので、各メーカーの再生アプリの作り込みはDAP購入時の大きな判断材料になります。

ファームウェア
ショートカット

試聴時のファームウェアは1.26でした。ストリーミングアプリを使う場合も共通する点として、画面上部からのスワイプダウンショートカットにいくつかユニークな項目があります。

とくにヘッドホン用途ではステレオクロスフィード機能があるので、古い楽曲などで左右の振り分けが極端すぎる場合には役に立ちます。ただしSPLなどのアナログクロスフィードと比べると高音が目立ち低音が痩せる感覚があるので、EQと合わせて使うのが良いかもしれません。

DARはDigital Audio Remasterの略で、こちらも最近のAK DAPから導入された独自機能です。D/Aチップのオーバーサンプリングフィルターに頼らず、AK独自のアルゴリズムでDSD256(11.2MHz)もしくはDXD(PCM352.8/384 kHz)にアップスケールしてからD/Aに送るというギミックです。

D/Aチップに依存しないAK独自のサウンドを作り込むのに貢献しますし、ストリーミングアプリで圧縮音源を再生している際にも有効なので、活躍する場面も多いと思います。音質の変化については後述します。

ちなみにSP3000の時にも指摘しましたが、ショートカットからはDARのオンオフ切り替えしかできず、DSDとDXD切り替えは設定メニューで行う必要があるのが面倒です。聴き比べを容易にするためにもショートカットからOFF/DAR(DSD)/DAR(DXD)みたいな切り替えにしてもらいたいです。

出力

いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波信号を再生しながら、負荷を与えて音が歪みはじめる(THD > 1%)時点での最大出力電圧を測ってみました。

KANN ULTRAはゲイン設定がSuper・High・Mid・Lowの四段階、そしてバランスとシングルエンドでそれぞれヘッドホンとライン出力端子が用意されているため、全部確認するの手間がかかります。


青線がバランスで赤線がシングルエンド、それぞれ四段階のゲイン設定で、バランスのMidがシングルエンドのSuperとほぼ同じ電圧になるのがわかります。(グラフがカクカクしているのはボリュームのステップによるものです)。

それにしても、バランス出力のSuperだと無負荷時に最大42Vppつまり15Vrms近くも発揮できているのはすごいです。

High、Midはソフトリミットのようですが、Lowモード(一番下の青線と赤線)のみアンプの挙動が物理的に変わるのも面白いです。

さらに面白いのがライン出力端子です。こちらは設定でPre Out(ボリューム可変)とLine Out(ボリューム固定)モードが選べるようになっているのですが、これらはただボリューム操作の有無だけでなく、出力特性も大きく変わっています。

無負荷時にPre Outモードでボリュームを最大にするとLine Outモードの4Vrmsと重なります。ところが、Line Outモードは負荷が増すと電圧が維持できなく落ち込んでくるのに対して、Pre Outモードではかなり粘っており、50Ω以下ではヘッドホン出力よりも高出力を引き出せています。

あえて意図的にこのようにしたのか、それともボリューム調整回路がバッファーの役目も果たしているのか、理由は不明ですが、ラインソースとして使う場合も、モードを切り替えて聴き比べてみるのも面白いかもしれません。

ちなみに、50Ω以下ではヘッドホン出力よりもPre Outの方が高出力なのだから、ヘッドホンもそちらで鳴らした方が良いのではないか、と思う人もいるかもしれませんが、実際はうまくいきません。

最大出力はPre Outの方が高いものの(バランス32Ωでヘッドホン出力は50mW、Pre Outは150mW程度)、上のグラフを見てわかるように、Pre Outは出力インピーダンスがかなり高いです。

上のグラフは無負荷時にボリュームを1Vppに合わせてから負荷を与えていったものですが、ヘッドホン出力はバランスとシングルエンドのどちらも1Vppをしっかり維持しており、出力インピーダンスが1Ω付近に収まっているのに対して、Pre Outでは落ち込みが激しく、出力インピーダンスはバランス接続で6Ωくらいです。(ちなみにLine Outモードではバランスで30Ω程度です)。

つまり、低インピーダンスなイヤホン・ヘッドホンを鳴らす場合、Pre Outの方が高い音量まで歪まずに上げることができるかもしれませんが、しかし直列インピーダンスの影響で周波数特性が乱れてしまいます。

その点、ヘッドホン出力の方は、高インピーダンスヘッドホンで15Vrmsという高出力を発揮できる一方で、出力インピーダンスは極めて低く作られているので、低インピーダンスのIEMイヤホンなどでも正確に駆動ができそうです。

いくつかのDAPやヘッドホンアンプと最大出力電圧を比較してみました。それぞれバランス接続でゲインが一番高いモードでのグラフです。

こうやって比べてみると、KANN ULTRAはかなり異色な存在であることがわかります。(ちなみにKANN MAXはグラフがほぼ重なるので除外しました)。

42Vpp(15Vrms)という高電圧は、なんとFiio M17よりも高いのですが、しかしそれはヘッドホンのインピーダンスが300Ω以上の時に限定されます。

インピーダンスが300Ωを下回ると電流の限界で定電圧が維持できなくなるので、一気に落ちこんでしまいます。

単純に最大電圧、つまり音量だけ比べるなら、200Ω以下ならAK PA10の方が高出力ですし、100Ω以下ならiBasso DC06PROのような一般的なUSBドングルDACの方が高出力が得られます。

KANN ULTRAは高出力というイメージに囚われやすいですが、とりわけインピーダンスの低いIEMイヤホンなどでは不利であることがわかります。

たとえば前回試聴したEmpire Ears Ravenというイヤホンは全域で2Ωという非常に低いインピーダンスでした。この2ΩのイヤホンをKANN ULTRAで鳴らすとしたら、ゲインモードSuper、High、Mid、Lowで、それぞれバランスでボリュームが69、74、82、94、シングルエンドで78、84、91、103(最大は150)を超えると音が歪みはじめてしまいます。

これはフルスケール信号での話なので、実際の音楽信号はもっとヘッドルームがあると思いますし、たとえばRavenは能率は高いので、私が聴く時は比較的静かなクラシックの録音でもバランスのLowゲインでボリューム70くらいで、歪むまで十分なマージンがあります。

注意が必要なのは、インピーダンスが低いのに駆動能率も低くて鳴らしにくい、一部の平面駆動型ヘッドホンなどです。この場合は、自分のヘッドホンを普段聴く音量で大体何ボルトくらい必要なのか知っておくと便利です。さらに、音量は個人差がかなり大きいので、そのあたりも自分の常識が他の人と比べてどうなのか理解しておく事も重要です。

音質とか

せっかくのKANNシリーズということで大型ヘッドホンを鳴らしてみようと思ったわけですが、身近にあったHEDDPhone Twoは42Ω、Dan Clark Audio E3は27Ωと、最近の平面型ヘッドホンは総じてインピーダンスが低いです。

HEDDPhone Two

Dan Clark Audio E3

他のヘッドホンを探してみても、かろうじてFocal Utopiaが80Ω、Tago Studio T3-01が70Ωといった具合に、ダイナミック型でも一昔前みたいな250Ωや600Ωといったヘッドホンはほとんど見なくなりました。私が普段聴いている音量程度では歪むということもありませんでしたが、KANN ULTRAの15Vrmsの高ゲインを実践できる機会も無さそうです。

一応確認のために、600ΩのベイヤーDT880と、400Ωで非常に低能率なAKG K340静電ヘッドホンを鳴らしてみたところ、どちらも十分な音量が得られました。しかしどちらも相当古いモデルなので、近頃は活躍する場面もめったにありません。

Focal Utopia

Tago Studio T3-01

DT880 600Ω、K340

そんなわけで、出力の話は別として、音質面をじっくりと試聴してみたところ、実はKANN ULTRAの魅力は高出力ではなく、むしろ特徴的なサウンドそのものにあると思えてきました。

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ジャズのリマスターを精力的に頑張っているCraft Recordingsから、Shelly Manneの1959年Contemporaryライブ盤「At the Black Hawk 1」を192kHzハイレゾで聴いてみました。

サンフランシスコBlack Hawkでのライブ録音で、音質はかなり良好です。当時のContemporaryウエストコート主要メンバーが全員集合しており、スタジオ録音ではスタイリッシュすぎて退屈になりがちなところ、ライブは威勢のよい白熱した演奏が楽しめます。


色々なスタイルの音楽を聴いてみた上で、意外と今作のような古いアナログ録音にてKANN ULTRAのサウンドの特徴がわかりやすく現れるようです。AK SP3000やSE300と交互に聴き比べてみると、KANN ULTRAのサウンドシグネチャーみたいなものがはっきりと確認できます。

ジャズ以外でも、ロックやポップスなどの往年の名盤、とくに録音品質はそこまで良くなくても、演奏の素晴らしさで愛されているライブ盤で効果を発揮してくれます。

KANN ULTRAのサウンドを簡単にまとめると、ダイナミクスが強調され、メインの楽器が鮮やかに前に出てくるような鳴り方です。押しが強いというのではなく、録音ノイズが一段下がって、演奏の力強さが一段上がる、まるでダイナミックレンジを拡張したような感覚すらあります。

古い楽曲は、スピーカーでは問題ないのにヘッドホンで聴くとテープノイズなどの雑音が耳障りになる事はよくあります。KANN ULTRAはそのようなアルバムを得意としており、しかもただマイルドに刺激を抑えるのではなく、コントラストが増して、気兼ねなく演奏の魅力を引き出してくれます。

同じアルバムをSP3000で聴いてみると、どの場面でも「シューッ」というテープノイズが目立ち、演奏自体も比較的抑揚の浅い単調な聴こえ方になってしまいます。私はSP3000を最高峰のDAPとして信頼をおいているので、実際こちらが本来の正しい聴こえ方に近く、レファレンス級プレーヤーとして録音の隅々まで解像している証なのかもしれません。しかし聴いている時の楽しさでいうとKANN ULTRAの方が一枚上手です。

前作KANN MAXもダイナミクスを強調するような音作りが感じられましたが、あちらは全域にわたって均一な効果で、音楽の迫力をノーマライズするような、どちらかというとiBassoとかに近い印象がありましたが、KANN ULTRAはもうちょっと歌手やソロ楽器の中高域の鮮やかさに特化しており、なんとなくソニーに近いかもしれません。どちらにせよ、録音品質はあまり気にせず古い楽曲も楽しめるあたりは共通しています。

高音は鮮やかで爽快でありながら、金属っぽいエッジやホワイトノイズの不快感は低減され、低音もリズム感豊かにしっかりとビートを刻みながら、不安定なゆらぎやハムノイズのような不快感が低減されています。つまり音楽に肝心な範囲のみに限定して強調しているような感覚があります。

ヘッドホンはもちろんのこと、感度の高いIEMイヤホンでも同様の効果が実感できます。高出力なアンプほどバックグラウンドノイズが目立つ心配がありますが、KANN ULTRAは逆にノイズ感が少なく、音色のメリハリが強調された鳴り方なので、たとえば私が普段使っているUE Liveのように響きが厚めのイヤホンをクッキリさせるのに有効です。

実際ここまで聴こえ方が違うと、なにかEQやエフェクト設定をオンにしてあるのかと確認してみたのですが、そういうわけではなく、これが本来の鳴り方のようです。試聴に使ったのは192kHzハイレゾ録音なのでDACフィルターのモードというわけでもありません。

DAR

ちなみにKANN ULTRAにはDigital Audio Remaster (DAR) という機能があり、これは最近のAK DAPにて新たに導入された、再生中の楽曲をDXDもしくはDSD256相当にアプコンするというギミックです。設定メニューでDXDとDSDのどちらか選べます。

これまでのKANN ULTRAの感想はもちろんDARがオフの状態でしたが、これをオンにするとさらに面白い効果が体験できます。とくにDSD256 (11.2MHz) モードの方が効果がわかりやすいと思います。KANN ULTRA特有のダイナミックレンジの広いサウンドはそのままに、楽器に艷やかな質感が加わります。ウェットな鳴り方という表現が一番近いかもしれません。逆に鋭角な骨太さは損なわれます。

ただし、DARがオンの状態で長時間聴いていると、どの曲も同じような艶っぽさで、変化に乏しく感じてしまいます。見渡すすべてが金メッキされている感じでしょうか。ギミックとしてたまにオンにすることで、普段とは一味違った体験を得るには効果的だと思いますが、今回の試聴ではDARはオフで聴きました。

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AlphaレーベルからVéronique Gensの最新作「Paysage」を聴いてみました。

オペラのキャストとして活躍する一方で、ソロアルバムを毎年のペースで出し続けているのに、未だにこれだけ素晴らしい曲を揃えられるのは、フランス歌曲の奥深さを物語っています。

とりわけ今回はデュボアやサン=サーンスなどフランス歌曲では珍しいオケ伴奏の作品に注目しており、ジャケットのロゴでもわかるとおり、マイナーオペラ復刻で有名なPalazzetto Bru Zane、そしてバイエルンラジオとのコラボ作品となっています。


KANN ULTRAのダイナミックなサウンドは、今作のような最新クラシック録音でも実感できます。フランスの管弦楽にありがちな、弦セクションが波のようにゆらぐ感覚も、KANN ULTRAで聴くことで波の高低差が大きくなり、歌唱の細かなニュアンスも心情の変化が強調されることで、眠気を誘うのとは真逆の、楽曲の世界への没入感が強まります。とくに、せっかく高価なヘッドホンを買ったのに味気なくて退屈だと薄々感じているなら、KANN ULTRAで鳴らすと満足感が増すと思います。

空間の描き方はそこまで派手ではなく、比較的コンパクトにまとまっており、不自然に発散するような3D立体音響ではありません。むしろヘッドホンの低音が過度に広がらずコントロールできているあたりは据え置きアンプの感覚に近いです。高音側も、さきほどのアナログ録音でホワイトノイズが低減されたように、このアルバムでも歌手やヴァイオリンなどの音色が美しく描かれる一方で、それを超えた空気感はそこまで目立ちません。ダイナミックでありながら、広帯域というよりもむしろ演奏の肝心な範囲に限定して、その中で際立つような美しい鳴り方を目指しているようです。

そのあたりが逆にKANN ULTRAの弱点にもなるようです。演奏の聴きごたえに特化しているため、なんとなく土台が弱いというか、浮足立ったような感覚はあります。とくにSP3000と比べるとコンセプトの違いを実感します。

ノイズを含めた響き成分がスッキリと管理されすぎているため、音像を支える情景や雰囲気が希薄なのかもしれません。とくに歌手に注目すると、真っ黒の背景から声だけが浮かび上がってくるというか、腹からといよりも喉から出ているような上ずった感じもあり、そのあたりが強いコントラストを生んで、ダイナミックな聴き応えに貢献している気がします。

一方SP3000では、情景を含めた音響全体の一部として歌手が存在しているため、自然な雰囲気やざわめきの臨場感みたいな再現はとても優秀なのですが、メリハリやコントラストという点では一歩劣ります。

こうやって聴き比べてみると、SP3000とKANN ULTRAのサウンドは同じ定規で比較すべきではない、つまり、価格差に比例する高音質、低音質というわけではないと思えてきます。また、KANN ULTRAの存在意義みたいなものも見えてきます。

個人的に悩む選択肢です

他のDAPと比較してみると、このサイズのライバルとしてはFiio M15Sを結構気に入っているので、どちらが良いか悩ましいです。

M15の方が真面目にどっしりと構えるようなサウンドで、低音の膨らみから高音の空気感の広がりに至るまで、王道のアナログポタアン的な、若干粗っぽく厚みのある鳴り方です。その点では上位機種M17よりも個人的に好みのサウンドです。ヘッドホンを鳴らしても、私が昔から聴き慣れた想像通りの鳴り方といった感じで、なんの過不足もないしっかりした駆動が得られます。

そんなM15Sの鳴り方に慣れてからKANN ULTRAに切り替えてみると、同じ演奏が鮮やかに飛び出してきます。ジャズならサックスやトランペットのソロで金属的な輝かしい音色が堪能でき、クラシックの歌曲集なら、優雅な管弦セクションやハープの伴奏の上で、歌手の艷やかな歌声が浮かび上がってきます。

ここがオーディオファイルとして判断が難しいところです。日々あれこれと機器を入れ替えている人は、M15Sの方が正しく、欠点が少ない、録音波形のすべてを均等に提示する、優れたDAPだと思えます。しかし、それを気にせず、純粋に好きな楽曲を聴き比べたら、KANN ULTRAの方が良い音だと感じると思います。音楽鑑賞のためのプレーヤーとしては、本来こちらのほうが正しい評価方法だと思えてきます。

私みたいに中途半端な人が一番厄介で、M15Sは「良いDAPだけど、もうちょっと華やかさが欲しいな」と思えて購入に踏み切れず、一方KANN ULTRAは「魅力的だけど、これではイヤホンレビューをする時も全部KANN ULTRAっぽいサウンドになってしまうのでは」と心配してしまいます。そうやって欲深くなると、結局高価なレファレンスDAPに個性派ポタアンを付け足すなど迷走しがちです。全てを求めるのは不可能だとわかった上で、では日々のパートナーとしてどれを選ぶのかでユーザーの個性が現れると思います。

おわりに

KANN ULTRAはAK DAPの中でもレファレンス的な完璧さとは一味違う、鮮やかな表現力に特化したモデルです。

録音の良し悪しを気にせずに、演奏の音色を新鮮な鳴り方に仕上げてくれますし、無難なイヤホンやヘッドホンでも明るく綺麗に調整してくれるため、日々の音楽鑑賞にてシーンを選ばずに活用できます。さらなる広帯域・高解像を目指すならSP3000のような上級モデルもありますが、それらを選ぶことで失う部分もあります。

あらためてKANNシリーズについて考えてみると、これはなかなか世間の理解が難しいDAPだと思います。

初代KANNは10万円程度で買える質実剛健な高コストパフォーマンス機だったわけで、今回KANN ULTRAの27万円という価格設定は、物価高騰を踏まえても、ずいぶん高価に思えてしまいます。

さらに、最近は他社からもパワフルなDAPが続々登場しているので、それでもKANNシリーズはヘッドホンも鳴らせる万能機としての存在意義があるのかと疑問に思えて当然です。

そこで、私の勝手な解釈になりますが、KANNシリーズがヘッドホンを鳴らすのが得意というのは、単純に出力が何ワットという話ではなく、「ヘッドホンも良い音で楽しめるサウンドチューニング」という観点から考えてみると、その意図が明らかになり、これまでのKANNシリーズの進化の変遷にも説得力が増します。

しかし音質というのは抽象的ですし、実際に聴いてみないと理解が難しいので、それがKANNシリーズの立ち位置を不明瞭にしている要因になっている気がします。

具体的には、たとえば60万円のSP3000を検討するような人は、DAPはイヤホン用に特化して、ヘッドホンで聴くなら別途据え置きアンプシステムを揃える手間を惜しまないガチのマニアだと思います。音楽鑑賞の究極を求めて、無音の部屋で録音の細部までしっかりと鳴らし切るような聴き方を求めているので、SP3000もそれに応えるような音作りです。

その一方で、ヘッドホンもイヤホンも一つの優れたDAPで完結させたいと思う人もいるわけで、さらに、たとえば車載オーディオの騒音下や、年季の入った家庭用オーディオシステムのラインソースとして活用するなど、比較的凡庸になりがちなサウンド環境でも、新たなDAPを導入するだけで一気に音質アップが実感できる、「魅せる」鳴り方が求められており、KANN ULTRAはまさにそのようなライフスタイル用途に特化した音作りです。逆にSP3000を導入しても相性が悪いです。

ライフスタイルというと、BGM風の無難なサウンドを想像する人もいるかもしれませんが、実際はそうではありません。

極論を言ってしまえば、SP3000のようにレファレンスを目指す機器というのは、どの製品もすべて同じ音に収束すべきで、違いが無いからこそレファレンスと定義できるわけです。現状それらのDAPを聴き比べると音質の違いはありますが、それはまだ完璧に到達していないからという見方もできます。

一方ライフスタイル系とは、現実的な利用環境でユーザーが「これは良い音だ」と実感できるようなサウンドを作り込む事を念頭に置いており、メーカーごとに独自色があり、ファンやリピーターが生まれやすいという利点もあります。

このあたりが、スペック比較だけでなく、実際に音を鳴らして聴いてみないとわかりにくいところです。スペック的には耳鳴りするくらいの大音量が出せるDAPであっても、ではサウンドチューニングは日々の優雅な音楽鑑賞に向いているかというと、そこまで深く考えていないメーカーが意外と多いです。

その点KANN ULTRAは全体的な設計でSP3000とは明らかにコンセプトを変えており、多目的、ライフスタイル的な、ユーザー目線での音質の充実を狙っていることが実感できます。

このあたりは、自動車の選び方とよく似ています。確かにパワーは重要ですが、デザインや機能の使い勝手も含めて、道具としての魅力があるかで判断されるわけで、さらにそれ以上に、最終的に購入を決める際には、実際に試乗した時の感覚、KANN ULTRAで言うところの「良い音」に重点が置かれます。ネットで入念に調査してベストな候補を決めたのに、いざ市街地や高速道路で試乗してみたら、なんとなくフィーリングが合わない、という経験がある人も多いと思います。

自動車の例で続けると、KANNシリーズは4WDのSUVと同じような変遷を辿っているように思えるのも面白いです。デビュー当初のパワフルでワイルドなイメージはそのままに、ユーザーは座席や積載量などの実用面で選ぶようになり、その結果、モデルチェンジごとに、デフロックやルーフラックなどのアドベンチャー機能よりも、ライフスタイルで求められているモデルへと修正されていったような印象があります。

冒頭の、27万円というのは高いのではないか、という話に戻ると、KANNシリーズは単なる高コストパフォーマンスではなく、万能機を求めているユーザー目線で魅力的に感じるサウンドチューニングを追求しており、その最新の回答がKANN ULTRAなのだと思います。つまりSP3000とは異なるベクトルで、KANNシリーズも音質向上のために高級化しているようです。

AK DAPというと、昔から、スペック的に想定するライバル機と比べると割高に見えるのに、いざ店頭で比較試聴すると、ツボにはまれば妙な説得力が湧いてしまう、というタイプのメーカーなので、KANNシリーズもそんなAKらしさの一翼を担う存在に成長しているのでしょう。


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