2015年6月24日水曜日

JVC HA-FX1100 ウッドドームユニット搭載イヤホンのレビュー

JVCのイヤホンHA-FX1100を購入しました。JVCのイヤホンの中でも木材を使ったウッドドームユニット搭載シリーズが最近大人気ですが、HA-FX1100はその中で一番高価なモデルです。

JVC HA-FX1100 

個人的にバランスド・アーマチュア(BA)型よりもシングル・ダイナミックドライバ型のイヤホンが好きなのでいくつか所有していますが、JVCのウッドシリーズは以前から気になっていながら購入するのは今回が初めてになります。


HA-FX1100はJVCの「ウッドドームユニット搭載イヤホン」の最上位機種で、発売時の価格が57,000円という高級イヤホンです。実際の木材を薄く削って作成した11mmのドライバを搭載しているということで注目を浴びている商品です。

JVCケンウッドという会社は、非常に音質の良い製品を着々と開発しているのに、インパクトが足りないというか宣伝下手でいまいちその良さがハイエンドオーディオマニアに浸透していない、かわいそうなメーカーのように思えます。ヘッドホンにおいてはHP-DX1000という銘器がありますし、イヤホンではHA-FXD80やHA-FXT200など、低価格で面白い製品が揃っています。またJVCというとビクタースタジオの丁寧なデジタル録音やリマスター処理において一目置かれているK2テクノロジーが有名です(とくにジャズのK2リマスターは本当に素晴らしいと思います)。

このように音質に関しては非常に定評のあるJVCですが、HA-FXウッドドームシリーズにおいてようやくハイエンドイヤホンとして正当な評価を得られたことを嬉しく思います。今後さらに突き進んだオーディオ製品をたくさん開発して欲しいです。とくにポータブルDAC・ヘッドホンアンプのSU-AX7が好印象だったので、スタジオ機器をベースにした大型D/Aコンバータやヘッドホンアンプなんかぜひ聴いてみたいものです。

ダイナミック vs. BA型について

高級イヤホンというと、バランスド・アーマチュア(BA)型のドライバを複数搭載したモデルが一般的ですが、最近になって従来のダイナミック型の良さが見直されてきたように思えます。

バランスド・アーマチュア型というのは、ドライバユニットを供給元から仕入れて、カラフルなプラスチック製のシェルに組み込めば簡単に高級イヤホンが作れるため、2000年あたりから世界各地で無数の新興メーカーが乱立しました。しかし2012年までは特許の問題があり、多くのメーカーが同じ供給元からドライバユニットを購入して組み込んでいたので、結局シェルのチューニングのみで、どれも似たり寄ったりという事実がありました。

最近になってソニーなどの大手は自社開発のBAドライバを採用していますし、OEM供給元も色々と増えてきたので、BA型イヤホンの音色の範囲も広くなり、価格も下がってきました。しかし最終的にはBAドライバの問題点である「周波数レンジの狭さ」に直面するため、低域から高域までフラットに鳴らすには複数のドライバを搭載することを強いられます。

多くのメーカーは、このBAの根本的な問題を逆手に取って、8ドライバ、10ドライバなど、とても多くのドライバを搭載することによって広帯域化とともに商品コストやプレミア感を上げることに成功しています。また、ソニーなどのように、いくらBAドライバの搭載数を増やしても「ハイレゾ」のような高い周波数域は再生できないということを認識して、あえてBAとダイナミック型ドライバのハイブリッド方式に方向転換したメーカーもあります。

たしかに8ドライバ、10ドライバといった10万円超のBAイヤホンは素晴らしい音色を奏でる商品が多いですが、たとえば今回とりあげるJVCなどのダイナミック型イヤホンと同じ3〜5万円程度の価格帯ですと、BA型では3〜4ドライバの商品が一般的だと思います。

一つのイヤホンに複数のドライバを搭載するということ自体はスピーカー業界では当たり前に行っていることなので、べつに問題だとは思いません。しかし依然として各ドライバの周波数域の繋がり、つまりクロスオーバーや位相管理といった面での課題が多く、これについては上手な回答はまだ見つかっていないようです。スピーカーのように室内の反響も含めた曖昧な音作りであればある程度妥協できるのですが、イヤホンのように鼓膜の間近で音を発している装置に位相乱れなどが顕著だと、空間的な不自然さが目立ちます。こういったイヤホンでは、音の解像度は非常に高いのに、全体的な楽器や音場のリアリズムに乏しいといった印象を受けます。

これに対して、ダイナミック型のイヤホンやヘッドホンは、上手に設計すれば低域から高域までインピーダンスや位相が非常に安定した特性を得られるので、良質な録音を再生すればリアリティに富んだ自然な音場感を得られるメリットがあります。

こういった点では、端的に言うと、外出先で大型ダイナミック型ヘッドホンの代用品として活用するならばダイナミック型のイヤホンが妥当だと思いますし、逆にヘッドホンとは別の楽しみ方を味わいたいならば、複数BAを搭載したイヤホンが面白いのではないでしょうか。

JVC HA-FX1100

前置きが長くなりましたが、JVCのウッドドームイヤホンは2007年に登場したHP-FX500から、着々と進化を遂げて好評を得ている、かなり息の長いシリーズです。それまでヘッドホンでウッドハウジングを使った商品(JVCの銘器HA-DX1000など)はいくつもありましたが、実際にイヤホンの振動板まで木材を使うといったアイデアはJVCが世界初だと思います。

2009年には後継機のHA-FX700が登場し、2014年にはこれをベースにHA-FX650、750、850という3兄弟に展開されました。それぞれ8.5mm、10mm、11mmと上位モデルになるに従ってドライバサイズが大口径化して、また最上位の11mmドライバを搭載するHA-FX850にはMMCXコネクタの交換型ケーブルが採用されました。

これらの3機種は非常に人気が高く、ショップの売上ランキングでソニーなどと争い上位をキープするほど大好評のシリーズです。そういったこともあり発売から半年後に「スペシャルモデル」として登場したのがHA-FX1100です。タイミング的にあまりにも間隔が短かったため、HA-FX850を購入した人たちは多少なりともショックを受けたようです。

ハウジングに黒い木材と真鍮を使っており、非常に精巧な仕上がりです

HA-FX1100の基本構造はHA-FX850をベースにしており、同様の11mmドライバを採用しているのですが、内部のチューニングを若干変更しており、ケーブルも6N-OFC布巻きの高級品に変更されています。定価35,000円のHA-FX850から、HA-FX1100は55,000円ということで、プラス2万円の価値に見合ったアップグレードとは言い切れないですが、それでも欲しいマニアのために作られた、一種のリミテッドモデルのような存在です。

個人的にはHA-FX850を試聴した際に非常に気に入ったので、いつか購入しようと考えている矢先にHA-FX1100が登場したため、迷わずこちらを選択しました。また、HA-FX850でよく言われていた中低域過多でウォームなチューニングも、HA-FX1100では若干おとなしめに再調整してあるとレビューで読んだので、これも重要なポイントでした。そして、eイヤホンの動画特番でインタビューに応じていたJVCの開発者さんたちが真面目に楽しく製品開発をしているような雰囲気を感じられたのが好印象でした。

木材という自然素材を採用するということで、経年劣化や湿度による故障などが心配になりますが、個人的にはこういった問題はまだ耳にしていません。そもそもBA型イヤホンでも汗や湿度によるサビ、酸化現象が問題になっているので、どちらにせよ大事に扱う必要があることには変わりません。

MMCXコネクタ
3.5mmのL字型プラグ
布巻きケーブル、クリップ(着脱可)


ケーブルは太い布巻きタイプで、MMCXコネクタ部分は太いので他のイヤホンへの流用は難しいかもしれません。入力端子はL字型の3.5mmで高級なデザインです。HA-FX850はストレートタイプのコネクタだったのですが、L字の方が良いということで変更になったそうです。

イヤピースは付属の低反発ウレタンを使っています
イヤピースはコンプライ400番サイズです

イヤピースに関しては、コンプライでいうと400番サイズなのですが、自分に合ったものを見つけるのに非常に苦労しました。HA-FX1100はウッドハウジングに金属を多用しているため非常に重く、適当なサイズのイヤピースを選択しないと自重で外れてしまいがちです。私はMサイズでちょうどでした。

実はHA-FX1100で一番困ったのがこの装着感で、外れやすいというわけではないのですが、ちょっとした左右のズレによって空間表現が崩れてしまうため、どうも音像の安定感が悪く、常にイヤピースを動かしてベストな位置を探っていることが多いです。ケーブルを耳の上を通す「シュアー掛け」ならばこの不安定感の問題も改善されると思いますが、形状がシュアー掛けに適していないので難しいです。また、ケーブルの自重も結構あるので、歩いている際には付属の洋服クリップは必要不可欠です。

同梱しているシリコン系のイヤピースはJVC独自の「スパイラルドット・イヤピース」というタイプで、外観は一般的なのですが内部にゴルフボールのような凹みが配置されており、これが音響的に良いらしいです。交換用として単品でも販売されていますが、これを他社のイヤホンに装着すると「音が良くなる」とアマゾンなどで大好評です。個人的にはHA-FX1100にはこのスパイラルドット・イヤピースはあまり好ましくなかったので、同梱の低反発ウレタン製イヤピースを使っています。このウレタンはコンプライのようなものではなく、ゼンハイザーIE80などの付属品と似ている、表面がツルツルしているタイプです。







HA-FX1100のケースは高級なレザー調のもので、蓋はマグネットでしっかりと閉じます。中にはスポンジのモールドがあり、ここにイヤホンを押しこむのですが、これが意外と使いやすく、これまで手にしてきた専用付属ケースの中では一番好印象でした。ケーブル格納スペースは結構余裕がありますし、マグネットなので間違ってケーブルを潰したりできないのは良いです。電車の中など慌ただしい中でもあまり手こずらずにイヤホンを収納できるので重宝しています。

音質について

JVC HA-FX1100の音質ですが、開封後に真っ先に感じたことは、低音が強烈でインパクトがあるため、楽曲によっては低音に押され気味でわけがわからない状況に陥ってしまいました。このモデルはエージングで結構変化が現れるようで、初めは非常に硬くて不快だった低域も、100時間くらい鳴らしこんだ後だと柔らさかや質感が出てきました。量的には多いままですが、エージング後はだんだんと聴きやすくなってきました。

この低域もただ強いだけではなくとても個性的な鳴り方でして、いわゆる一般的なバスレフっぽいボンボンと空気が鼓膜を振動するような低音ではなく、低音楽器そのものが耳の間近で演奏されているようなハリと躍動を感じさせます。これは多分、コントラバスなど低音楽器から発せられる倍音成分も端正に整って出音されているので、音というよりも楽器そのものの存在感が正しく表現されているのだと思います。

つまりウッドベースやティンパニなど生楽器の演奏は非常に琴線に触れる響き方なのですが、電子楽器のキックドラムなど、倍音成分が乏しい機械的な「低域だけの音」だと、音圧だけが際立ってしまい違和感が強いです。つまりHA-FX1100は生演奏のリアリズムを増幅するような鳴り方なので、リアリティが薄い楽曲においては耳障りに感じられる音作りだと思いました。

低域のことばかりですと、それだけのイヤホンかと思われますが、実際には高域の瑞々しさやヴォーカル帯の存在感など、どれをとっても一級品ですし、一言で表せば「味わい深い」音色です。ウッドコーン振動板のおかげか、刺さるような鳴り方はしないのにヴァイオリンなどは弓が擦れる音まで生々しく聴こえますし、演奏者の息遣いも手に取るようにわかります。これが3ドライバなどのBA型イヤホンだともう少しエッジが効いた分析的な表現になると思うのですが、HA-FX1100の場合はさらにリアルに鳴ります。とくにトランペットやサックスなどのブラス系楽器は、楽器そのものの色濃い響きが印象的です。想像ですが、ハウジングに真鍮を多用しているらしいので、もしかしたらそのせいでブラス(真鍮)楽器が本物のように鳴るのかもしれません。

抽象的な表現になりますがイヤホンを通して録音を聴いているというよりは、イヤホンそのものがハイハットになったり、トランペットになったり、といったような不思議なリアリティを感じられます。楽器との一体感というか、録音というヴェールを取り払ったような気持ちにさせてくれます。また、これが大音量になっても破綻しないため、ライブハウスで自分の耳元で生楽器を演奏しているかのような不思議な快感が得られます。これはどのような繊細で高解像なBA型イヤホンでも今まで味わったことのない体験です。ヘッドホンで例えると、グラドの高級モデル(PS500など)と似ているような印象を受けます。

ここまで生っぽい鳴り方をすると逆にマイナスに思える点も多く、たとえばHD800などの高級ヘッドホンのような一歩下がったサウンドステージや見通しの良さはHA-FX1100は不得意だと思います。

HA-FX1100の音場感は他のイヤホンと比べる広いのですが、音像を遠くに配置するというよりは、間近で鳴っている音の残響が遠くに広がっていくような印象です。コンサート会場でいうと、二階バルコニーのA指定席というよりは、ステージ間近のフロア席といった感じです。そういった意味ではフルオーケストラではサウンドが近すぎて圧迫感があり、アンサンブルを広く見渡す余裕が無いのですが、ソロ曲から四重奏くらいまでの室内楽では小さなリサイタル室で自分だけの演奏会を披露してくれているような没入感があります。

個人的な印象では、この中高域の演出がHA-FX850からステップアップしているように感じました。HA-FX850の特性は非常に似ているのですが、トータルバランスで見るとやはり低域過多で、HA-FX1100と比較するとメリハリや繊細さが不足しているように思います。とくに大きく変わっているようには思えないのに、トランペットやヴァイオリンの張り出しがHA-FX850ではどうということの無かった録音でもHA-FX1100では魅力的になります。

他社のシングルダイナミック型イヤホンと比較すると、例えばゼンハイザーIE800はもっとドライでモニター的な鳴らし方を得意としています。IE80は低音が強いイヤホンなのでHA-FX1100と同類かとおもいきや、じつはHA-FX1100のほうが生々しいリアル感が強いです。試聴比較するとIE80のほうが地味でまとまりの良い、おとなしいイヤホンに思えます。ヘッドホンでいうとIE80がHD650で、HA-FX1100がGradoのようです。

ソニーのMDR-EX1000もファンの多いシングルダイナミック型イヤホンですが、広々とした空間表現や複雑なオーケストラ演奏などではEX1000の圧勝ですが、HA-FX1100のほうが美音を強調した音楽性の高いイヤホンです。EX1000は悪い音源では耳障りになりがちなシビアな特性ですが、HA-FX1100は厚化粧とまでは行かないとしても、生楽器の質感を強調した色濃い演出をしてくれます。

まとめ

HA-FX1100は非常に個性的なイヤホンだと思いました。値段相応の価値はあると思います。音作りは演奏の全体を見渡す音楽的なサウンドというよりは、生々しい楽器の音色を楽しむといった方向性だと思います。音色を濃厚にさせる若干コンプレッション気味の演出なので、ジャズや室内楽系のクラシックなど、ダイナミックレンジが広くディテール重視の楽曲にはよくマッチすると思います。反対に、平均音圧が高く常に低音がボンボンと鳴っているようなポピュラー楽曲では聴き疲れしてしまいます。ヘッドホンに例えると、グラド系のヘッドホンがお好みの方にはおすすめできるイヤホンだと思います。