Fidelio X1は2013年に発売されたフィリップスの最上位ハイエンドヘッドホンで、X2は2015年に登場した後継機です。外見上は色が変わったくらいでほぼ違いはありませんが、中身はかなり変更されているので今回は比較のため両方取り上げてみようと思います。
Philips Fidelio X2 |
音楽鑑賞のための「理想的で完璧なヘッドホン」なんてものがこの世に存在するとしたら、このFidelio X2のことなのではないか、と思わせるくらい素晴らしいヘッドホンですので、ぜひ参考にしていただけると幸いです。
フィリップスはオランダが誇る総合家電メーカーで、電動髭剃りが有名なのはもちろんのこと、最近では超音波歯ブラシのソニケアや、油を使わないノンフライヤーが流行ったりなど、ヘルスケア・生活家電に力を入れている大手企業です。
実はフィリップスはものすごく長い歴史を持った会社で、今から100年以上前にエジソンが白熱電球を発明した直後から真っ先にオランダで電球の商品化・大量生産を行い、ヨーロッパ全土そして世界中の電球を製造するに至り、いわば電気の到来とともに「地球に文明の光をもたらした」非常に重要な会社です。その後、総合電機メーカーとして莫大な資金と技術力を持って、発電所から電子顕微鏡まで、ありとあらゆるものを作ってきた実績のある、日本でいうと三菱電機や日立のような存在です。
大手電機メーカーとして、やはりオーディオ・ヴィジュアルという分野は欠かせないため、フィリップスも一時は盛んに大型テレビや高級オーディオ商品を開発していましたが、2000年あたりでホームシアターブームが下火になってきた頃にハイエンド・オーディオ製品から撤退することになりました。この辺の流れも日本の三菱なんかと似ています。その当時はCDなどのデジタルオーディオといえばフィリップスの独壇場だったため、今現在USB DACやパソコンでの音楽鑑賞が主流になってきた時代にフィリップスが前線に立っていないことはとても残念に思います。
据置型のハイエンド・オーディオ製品から撤退した後も、フィリップスはイヤホン・ヘッドホンの開発だけは着々と続けており、とくに家電量販店などで透明のブリスターパックで陳列されている低価格帯のイヤホン類は、その基礎設計の良さと大量生産のおかげで「フィリップスは安い割に音が良い」といった定評があります。
たとえば2004年に発売された2千円台のイヤホンSHE9700は、この価格からは信じられないくらい音が良いという口コミで今でも売り切れ店が続出するほどのベストセラーですし、5千円台の上位機種SHE9800や各種スポーツモデルなども、派手さは無いものの堅実なクオリティで人気があり、「1万円以下のイヤホンならフィリップスを買えば失敗は無い」、と断言できるほど信頼のおけるメーカーです。基礎設計や戦略を手堅く行っていれば、むやみな新製品商法を行わなくてもロングセラーが見込めるという良い例です。
そのフィリップスが、最近のiPod、iPhoneにおける高級ヘッドホンブームを見て、ようやく重い腰を上げて「もう一度ハイエンド・オーディオをやってみよう」、と立ち上げたのが「Fidelio」シリーズです。ハイエンドといっても従来の何百万円もするような大型システムではなく、イヤホン・ヘッドホン・Bluetoothスピーカーなど最近のモバイルユーザーに特化したジャンルの製品を基点に、高品質で音質重視なものを「Fidelio」ブランドと命名し展開しています。概念としては、前回ブログで取り上げたデンマークのB&Oのようなプレミア感を意識しているのかもしれません。
Fidelioと名のついた商品は、基本的にフィリップスのオーディオ製品の中でも専属チームによって開発され、社内での音質理念に見合った製品、ということらしいです。特にイヤホン・ヘッドホンにおいては、5千円の一番安いイヤホンFidelio S1から、今回取り上げる4万円クラスの大型ヘッドホンFidelio X1・X2まで、10種類以上の商品を展開しています。
Fidelioブランドについて雑誌の記事などで取り上げられる際に必ず言及されるのが「黄金の耳・ゴールデンイヤー」なるフィリップスの社内資格制度で、これらの製品の開発担当になるためには、社内で制定された厳格な聴感トレーニングや試験過程をクリアしないといけないため、開発陣は音質のエキスパート集団だという触れ込みです。これについては、微小な音の違いをブラインドで聴き分けたり、音色に関する表現・語彙を標準化したりなど、かなりまっとうな事をやっているようで、新人育成やチームの共通意識を築き上げるといったメリットもありそうです。
日本のオーディオメーカーでももちろん一流のベテラン技術者は多数存在しますが、日本は現場での「叩き上げ」精神が強く、このように企業内で音質に関する教育に力を入れている会社は稀ではないでしょうか。製品開発の過程で要求される測定スペックを出すことは基礎設計ができればさほど苦労しませんが、その後の試聴による「良い音」を追求する段階においての微妙な設計変更には経験者のノウハウが重要になってきます。日本ではたとえば著名評論家の「鶴の一声」で音色が決定してしまうという悪しき習慣がありますが、それとは逆にフィリップスでは社内での多数決制度を実施して「誰が聴いても良い音」を達成しないと商品化できないそうです。
こういった製品に関する考え方の違いは、ラックスマンやアキュフェーズ、マランツなど日本のメーカーは各社とも個性豊かな製品を開発しており、いわゆる「ハウス・サウンド」とも言えるメーカーごとの音色みたいなものを尊重していますが、フィリップスはその真逆の平均的な音の良さを追求しており、どちらが正しいといったものではないと思います。
ともかくオーディオ製品というのは過程よりも結果が全てですし、フィリップスのような大手企業がオーディオに熱意を持っていてくれるのは非常に喜ばしいことです。
X1の音質については後ほど触れますが、2-3万円台という価格で検討すると他に類を見ない高音質を誇り、非常にコストパフォーマンスの高いヘッドホンです。しかしこのX1には仕様上いくつかの小さな問題点があり、それらがレビューなどで必ず評価を下げるネックになっていました。今回これらの問題点を解消するためにバージョンアップした後継モデルがX2になります。X2は2015年に発売して間もないため値段は現在4万円台を移行中ですが、X1の例を見る限り将来的に徐々に下がってくるかもしれません。
X1の問題点というのは具体的に大きくまとめて4つあります。まずいちばん致命的だったのがヘッドバンドの伸縮幅が狭く、頭の大きい人ではまともに装着できないことです。私も普段他社のヘッドホンでは調整位置は中間くらいで丁度良いのですが、X1に限っては最長限界ギリギリの状態でした。とくにアジア人は頭が大きく耳の位置も欧州人と比較して顔の低い位置にあるため、こればかりはオランダのフィリップスによる視野の狭い設計ミスと言えます。X2ではヘッドバンドの大きさを拡張して余裕を持たせてあります。
次の問題は、同梱のケーブルが不評だったことです。幸いにもケーブルは着脱可能なのですが、多くのX1ユーザーが社外品のケーブルに交換する事によって音質向上が得られたため、 同梱ケーブルが悪名高くなりました。具体的にはケーブルの抵抗値が高く、音色が暗くなると言われています。X2になってケーブルの仕様が変更され、これも改善されました。
次は、X1はイヤーパッドが着脱できず、交換が不可能だということです。パッド自体はしっかりとした上質なものなので、フィリップスとしては耐久性を考慮しても交換する必要は無いと判断したのでしょうけれど、実際のところ、万が一の際に交換できないというのが消費者の不安につながり購入を控える口実になってしまうという、一種のマーケティング的な失敗だったと思います。X2ではパッドが簡単に着脱交換可能な設計になっています。
最後に問題とされたのは、全体的な音色の暗さで、こればっかりは音作りと個性の範疇なのでとやかく言えませんが、フィリップスとしては聴き疲れしないマイルドな音調を狙ったのでしょうが、レビューの多くは「音色が暗い、篭っている」といった評価を下しています。これは上記のケーブルに由来する部分も多いのですが、音作りに関してフィリップス社内の見解とユーザーレビューの評価に差異があったわけです。これについてもX2では新開発のレイヤードモーションコントロールというドライバ技術によって改善されています。
以上にX1でよく耳にした問題点を上げましたが、ここで皆さんに気づいてもらいたいのは、フィリップスのFidelio開発陣は本当によくユーザーの生の声を聴いているようで、X1発売後から炙りだされた不満点のほぼ全てにおいて、X2で見事にピンポイントで克服できているということです。ここまで熱心な対応というのはオーディオ業界史上でも極めて珍しいというか、尊敬に値する行為だと思います。
X2の外箱にはちゃっかりハイレゾマークが付いています。初期ロットのX2にはこのマークは無かったので、最近になって追加したのでしょう。フィリップス商品のパッケージにはどれも左上に見られるような白枠の商品情報欄がありますね。統一感があって良いです。
X2の内箱を開けるとヘッドホンがそのまま入っており、付属品は3mケーブル一本と6.25mmアダプタのみ、そしてその下にカラーのパンフレットが入っています。せっかく高級なFidelioシリーズということなので、もう少し付属品を充実させて欲しかったです。とくに収納用ケースやK701のようなミニスタンド、1.5m程度のショートケーブルなどがあれば喜ばれると思います。
Fidelio X1とX2の比較です。写真左側のモデルがX1で、右側の黒いほうがX2です。一見して全体的な構造はほぼ同じなのですが、X2はヘッドバンドが大きくなっています。
ドライバは開放型なので金属メッシュに覆われており、周辺のハウジングはアルミ部品の組み合わせで作られています。X1ではあまり目立たなかった文章が、X2になってハウジング側面に大きく印刷されています。「HIGH DEFINITION PHILIPS FIDELIO X2」「50MM HIGH POWER NEODYMIUM DRIVER」と当り障りのないことが書いてあります。
ハウジングはかなり上質に製造されており、アルミの重厚な手触りが良好です。X1では銀のメタルと黒塗装のコンビネーションで、なんとなく工業機械のような手作り感があったのですが、X2では全体的に黒を基調に、それぞれの素材によるコントラストを重視したセンスの良い配色になっています。
ヘッドバンドも黒のレザーに、ブラックメッキを施したアーチを採用しており、ハウジングの黒塗装とハンガー部分のアノダイズド加工によるどっしりとした印象が素晴らしいです。下手に安いプラスチックパーツや、メタル調塗装を行っていないのが良いですね。
先日レビューしたUltrasoneやB&Oなども同様ですが、むやみに赤や青などの派手な差し色を入れずに、同色系で統一しながら素材の良さを活かすデザインは、ユーザーが手にとってじっくりと観察することで改めて満足感があります。
ヘッドバンドは厚く手触りの良い革を使っており、PHILIPS Fidelioの押し印があります。実際に頭に接触する部分は柔らかいスポンジ入りメッシュ素材を使っており、AKG K701シリーズのようにゴムの伸縮によって自動調整するように設計されています。この部分がX1では余裕が少なかったのですが、X2で調整幅が拡大されています。
装着感は非常に良好で、3時間を超える長時間の使用でも全く不快感を感じさせません。もちろん頭のサイズにもよりますが、X1では問題なく装着出来たとしても若干ヘッドバンドに引っ張られるようなテンションを感じていたところ、X2ではその違和感がありません。この点、K701シリーズのコブ無し(K712など)やオーディオテクニカのウイングサポートよりも良好な装着感だと思いました。
イヤーパッドは蒸れが少ない通気性のベロア素材で、内部には低反発ウレタンを使っています。サイズはAKGやベイヤーと似たような感じでフィット感に問題はありませんでした。
X2からイヤーパッドが交換可能になったということですが、着脱は単純に引っ張るだけの簡単な作業です。パッドとプラスチックのフレームが4つのピンで固定されており、方向性があるためフレームにガイド用の刻印がついています。
パッド固定用のピンには木工用ボンドのようなものが付着しており、初めてパッドを外した際にこれが伸びて糸をひいていたためティッシュで除去しました。勝手な想像ですが、もしかすると、X1のパッドも同様の組付け方式で単純に強固な接着がされているのかもしれません。
パッドを外した状態でハウジングを見ると、50mmドライバが角度をもって取り付けてあり、定位感に貢献しています。この形状はX1とX2どちらもほぼ変わらないようです。
ドライバ自体はガーゼの下に隠れておりよく見えないのですが、50mmネオジウムマグネット式で一般的な円形ダイアフラムのようです。ポリマー振動板に放射状リブが入っており、AKGのXXLやオーディオテクニカのCCAWなどと一見似ています。
今回Fidelio X1からX2になって大きく変わったのがこのドライバです。X1では一般的なポリマー振動板だったのですが、X2では二枚のポリマー振動板の間にジェル素材をサンドイッチした、複合素材を使っています。このような多層構造の振動板は大型スピーカーなどでは一般的な技術なのですが、ヘッドホンのような小型ドライバで採用するのは極めて稀です。
振動板を多層化することによって特性のチューニングが容易になり、単一素材にありがちな共振モードや捻じれ特性などを抑えこむことができるのですが、剛性や駆動マスの問題から小型化が難しいです。最近ヘッドホンでの主流はポリマー振動板の表面に金属をメッキ蒸着することで複層化しているメーカーが多いですが(ソニーのチタンコート液晶ポリマー振動板など)、フィリップスはさらに一歩進んだ複雑な構造を取り入れており関心します。フィリップスはこの技術をレイヤード・モーション・コントロール・ダイヤフラムと名づけています。
そもそもX1の同梱ケーブルは布巻きで太く、6.25mmプラグのみ、しかも3mと非常に長いため使い勝手が悪いです。そのため私自身もオヤイデのケーブルに交換して使っていました。たしかに純正ケーブルよりも明るくきらびやかな音色になります。
ヘッドホン側のケーブル端子はごく一般的な3.5mmステレオジャックで、他社製ヘッドホンなどでありがちな奥深い窪みなども無いため市販されているほぼすべての3.5mmケーブルが流用できます。
Fidelio X2に同梱されているケーブルは、端子が6.25mmから3.5mmのミニジャックに変更されたこと以外では、布巻きで3mなので一見X1と全く同じケーブルのようです。ヘッドホン側のコネクタはどちらも同じ3.5mmのタイプです。
ちなみにヘッドホン側の端子はボディ部分が短いことに注目が必要です。社外品の3.5mm交換ケーブルを使用する場合、コネクタのボディが長いと、使用時に自分の肩にぶつかってしまうため、ケーブルを壊してしまう可能性があります。交換ケーブルを探す際にはできるだけボディが短く小さいもの(もしくはL型など)を選ぶと良いです。
実際にX1からX2になってケーブルが変更されているのか興味があったため簡単にLCRメーターで比較してみました。1kHz基準でインピーダンス測定を行った際にX1同梱のケーブルは約1.8Ω、X2のケーブルは0.7Ωでしたので確かに違いがあります。100kHzでX1が3Ω-70μF、X2が2Ω-70μF程度なので高域の位相特性はほぼ変わりません。
参考までに、たとえばソニーMDR-Z1000に付属している3m 7N-OFC リッツ線は1kHzで0.7Ω、100kHzで2Ω-84μFだったので、X2のケーブルは一般的なレベルといえます。これくらいの数字だと、実際に抵抗が低いほど音質が良くなるとは限らないですし、高域特性もほぼ同等です。シールドへの容量結合もさほど変わりませんでした。そもそも線材の特性というよりはコネクタや半田の仕上がりも重要になります。
ともかくFidelio X2のケーブルもかなりクセがあり取り回し辛いので、できればもうちょっとやわらかくて短いケーブルにアップグレードしたいところです。
ではこれよりも上位価格帯のゼンハイザーHD800やベイヤーダイナミックT1が不要なのかというと、そういった意味ではありませんので解説しようと思います。
まず全体的な音質の傾向としては、平均的な開放型ヘッドホンの特性を持っており、周波数帯バランス、サウンドステージ、解像感などすべて合格点です。これといって個性が無いと言ってもよいかもしれません。
数年前にFidelio X1を試聴した際に真っ先に感じたことなのですが、このヘッドホンの開発スタッフは、ほんとうによくヘッドホンの勉強をしたんだな、と思いました。これは勝手な想像なのですが、現在世界中で「レファレンス」と言われ、まさに殿堂入りしている開放型ヘッドホンは、ゼンハイザーのHD600・HD650と、AKGのK701シリーズということで異論は無いと思います。もちろんここ数年間で他社からも多くの良質なヘッドホンが続々登場していますし、過去にはソニーのQualiaやAKGのK1000、またはStaxの静電駆動型など、異色の超高価なハイエンドヘッドホンがいくつか存在します。しかし、実際多くのヘッドホンマニアの多数決をとれば、最終的にはHD650とK701が、その後のハイエンドヘッドホンの流れを生み出した一種の基準点だと思います。
私を含めて多くのヘッドホンコレクターは新製品に目がなく、数多くのヘッドホンを所有してきましたが、大抵HD650かK701系のどちらか、もしくは両方を必ず手元においてあります。最近はハイエンドヘッドホンの高価格化が進んでいるので、現在の「レファレンス」というとゼンハイザーのHD800やベイヤーダイナミックのT1なども今後こういった殿堂入りに含まれるのかもしれません。個人の好き嫌いはともかく、絶対的多数決において高価ながら永年売れ続けているヘッドホンというのは、一時の流行り廃りとは一線を画する存在だと思います。
今回のFidelio X1、X2とHD650とK701がどう関係しているのかというと、個人的な見解ですが、Fidelio X1、X2はこれら2つの得意不得意を勉強して、良い部分だけを融合したような音作りを目指していると思ったからです。
具体的には、HD650が得意としている中低域の濃厚なリアリズムや、音楽の邪魔にならない重低音、そして狭いながらも手に取るような存在感の空間分離などが、Fidelio X1、X2で再現されています。HD650で問題視されている高域のヌケの悪さや質感の低さは、逆にAKG K701からあやかったようなツヤのある高域を演出しています。
さらに、HD650やK701よりもFidelio X1、X2が優れていると思う点はもうひとつあり、それはスピーカー的な前方定位です。解像感の高いモニターヘッドホンを愛用しているユーザーには敬遠されている要素ですが、最近のリスニングヘッドホンのトレンドとしてあえてステレオの分離感を強調せずに、自分の目の前にステージが浮き上がるような演出を好んでいる傾向があります。Fidelio X1、X2もそのような音作りであり、具体的にはベイヤーダイナミックT1に近い音場感と前方定位だと思います。これはとくに、古いステレオ録音など、スピーカーを前提とした音作りのためヘッドホンでは分離が強すぎて耳障りに感じる音源を聴く際に改めて重宝します。また、ライブ音源などではアーティストが脳内ではなく自分の目の前にいるような感覚を得るためには必要不可欠です。
これまで挙げてきたFidelioの音色特性は、X1とX2の両方に当てはまるものです。実際に同じケーブルを使ってX1とX2を交互に付け替えてみると、両者の全体的な演出は非常に近いため驚きます。しかし、時間をかけて音楽鑑賞を兼ねて比較試聴を続けていると、X1からX2になって明らかな音質向上が感じられます。
具体的には、X2になって全体的なワイドレンジ化、そして中域の分離や生々しさが向上しています。派手さは無いものの、音の粒立ちが際立っており、X1では若干奥まって質素に聴こえていた部分でも、X2ではリアルさが増します。また、超低域から超広域までレンジが拡張されたのですが、その反面、高域がギラつくなどの余計なクセが付いていないため、目立った変化として気に障りません。こういった部分を失敗せず上手に料理できていることに技術力の高さを感じます。
ここまで、ほぼ理想的なヘッドホンのように扱ってきたFidelio X2ですが、ではさらに高価なハイエンドヘッドホンとの違いは何でしょうか。
まず最初に区別する必要があるのは、Fidelio X2はモニターヘッドホンとしては不合格だと思います。そもそもこれらは別々のジャンルですが、モニターヘッドホンを音楽鑑賞用に利用する一部のユーザーもいます。モニターヘッドホンについては誤解が多いですが、ソニーやオーディオテクニカ、ゼンハイザーなどの一般的なモニターヘッドホンはフラットな特性ではなく、音楽の粗探しを容易にするために中高域を持ち上げ、ダイナミクスを底上げした音作りです。これはヘッドホンのレビューなどでよく言われる「フラット」という概念がそもそも存在しないことも意味します(測定マイクの位置や補正カーブなど、各社それぞれフラットの定義に差異があります)。そういった意味でFidelio X2はあえて音楽に不必要な要素は隠すような特性があり、金属的な刺さる音や破裂音などは控えめにしてあります。普段DJヘッドホンなどに慣れており、Fidelioではエッジやインパクトが足りないと思うリスナーもいると思います。
ではHD800などの10万円クラスのヘッドホンとの違いはというと、一言でいうと、個性だと思います。10万円超のヘッドホンは、ほぼどれもFidelio X2のような特性はクリアしており、さらに付加価値として独自性の強い個性があります。たとえばHD800では、広大なコンサートホールのようなサウンドステージと、見通しの良さが挙げられます。これはFidelio X2では到底敵いませんが、クラシックのオーケストラならともかく、古いジャズ録音などを聴く場合にはあまり意味が無い要素だと思いました。ベイヤーダイナミックT1はFidelio X2よりも数倍優れた眼を見張るような解像感や繊細さを持っています。特に最新のハイレゾ楽曲を試聴する際にはFidelioでは気づかないような微小なテクスチャまで表現できる素晴らしさがあります。他にも、最近個人的によく使っているソニーMDR-Z7は密閉型に由来する濃厚な音楽体験が楽しめますし、Audez'e LCDシリーズは小宇宙のようなサラウンド体験、Gradoはソロ楽器の美音に一点集中しています。このように、各メーカーの10万円クラスのヘッドホンにはそれぞれの嗜好品としてのメリットがあり、それがユーザーごとの好き嫌いになるのですが、Fidelio X2は凡庸でありながら普遍的な良さがあります。
また、これらの多くのヘッドホンはかなり高出力なアンプを使わないと威力を発揮できませんが、Fidelio X2はある程度のDAPがあれば十分に音楽を楽しめます。
まず音楽の粗探しや周波数を比較試聴するわけではないので、高解像な密閉型モニターヘッドホンを勧めるのは野暮です(高級セダンを探しているのにスポーツカーを勧めるようなものです)。また、これより高額なヘッドホンはアンプなどの初期投資が必要なものが多く、価格的にも入門機には不適切です。さらにこれより安いクラスのヘッドホンは、どれもクセが強く、低域重視、高域重視など特徴が目立つため、結局後日アップグレードのスパイラルに陥ってしまいます。数年前でしたらHD650かK701を勧めるのが常套手段でしたが、2015年現在ではそれに代わってFidelio X2がベストチョイス候補に上がったように思います。
無個性と言えるかもしれませんが、開発者の熱意と努力が感じられる非常に優秀なヘッドホンですので、ぜひ手にとって試聴してみることをおすすめします。
Fidelioブランドについて雑誌の記事などで取り上げられる際に必ず言及されるのが「黄金の耳・ゴールデンイヤー」なるフィリップスの社内資格制度で、これらの製品の開発担当になるためには、社内で制定された厳格な聴感トレーニングや試験過程をクリアしないといけないため、開発陣は音質のエキスパート集団だという触れ込みです。これについては、微小な音の違いをブラインドで聴き分けたり、音色に関する表現・語彙を標準化したりなど、かなりまっとうな事をやっているようで、新人育成やチームの共通意識を築き上げるといったメリットもありそうです。
日本のオーディオメーカーでももちろん一流のベテラン技術者は多数存在しますが、日本は現場での「叩き上げ」精神が強く、このように企業内で音質に関する教育に力を入れている会社は稀ではないでしょうか。製品開発の過程で要求される測定スペックを出すことは基礎設計ができればさほど苦労しませんが、その後の試聴による「良い音」を追求する段階においての微妙な設計変更には経験者のノウハウが重要になってきます。日本ではたとえば著名評論家の「鶴の一声」で音色が決定してしまうという悪しき習慣がありますが、それとは逆にフィリップスでは社内での多数決制度を実施して「誰が聴いても良い音」を達成しないと商品化できないそうです。
こういった製品に関する考え方の違いは、ラックスマンやアキュフェーズ、マランツなど日本のメーカーは各社とも個性豊かな製品を開発しており、いわゆる「ハウス・サウンド」とも言えるメーカーごとの音色みたいなものを尊重していますが、フィリップスはその真逆の平均的な音の良さを追求しており、どちらが正しいといったものではないと思います。
ともかくオーディオ製品というのは過程よりも結果が全てですし、フィリップスのような大手企業がオーディオに熱意を持っていてくれるのは非常に喜ばしいことです。
Fidelio X1〜X2について
X1は2013年に発売されたヘッドホンで、当時の売値が5万円前後というフィリップスとしては破格のハイエンドモデルでした。大型50mmドライバを採用した開放型デザインで、家庭での音楽鑑賞に特化したリスニングヘッドホンのフラッグシップ機として投入されました。以降、大量生産の恩恵で価格は徐々に下がっていき、現在では日本で3万円台、米国では2万円台で購入できます。X1の音質については後ほど触れますが、2-3万円台という価格で検討すると他に類を見ない高音質を誇り、非常にコストパフォーマンスの高いヘッドホンです。しかしこのX1には仕様上いくつかの小さな問題点があり、それらがレビューなどで必ず評価を下げるネックになっていました。今回これらの問題点を解消するためにバージョンアップした後継モデルがX2になります。X2は2015年に発売して間もないため値段は現在4万円台を移行中ですが、X1の例を見る限り将来的に徐々に下がってくるかもしれません。
X1の問題点というのは具体的に大きくまとめて4つあります。まずいちばん致命的だったのがヘッドバンドの伸縮幅が狭く、頭の大きい人ではまともに装着できないことです。私も普段他社のヘッドホンでは調整位置は中間くらいで丁度良いのですが、X1に限っては最長限界ギリギリの状態でした。とくにアジア人は頭が大きく耳の位置も欧州人と比較して顔の低い位置にあるため、こればかりはオランダのフィリップスによる視野の狭い設計ミスと言えます。X2ではヘッドバンドの大きさを拡張して余裕を持たせてあります。
次の問題は、同梱のケーブルが不評だったことです。幸いにもケーブルは着脱可能なのですが、多くのX1ユーザーが社外品のケーブルに交換する事によって音質向上が得られたため、 同梱ケーブルが悪名高くなりました。具体的にはケーブルの抵抗値が高く、音色が暗くなると言われています。X2になってケーブルの仕様が変更され、これも改善されました。
次は、X1はイヤーパッドが着脱できず、交換が不可能だということです。パッド自体はしっかりとした上質なものなので、フィリップスとしては耐久性を考慮しても交換する必要は無いと判断したのでしょうけれど、実際のところ、万が一の際に交換できないというのが消費者の不安につながり購入を控える口実になってしまうという、一種のマーケティング的な失敗だったと思います。X2ではパッドが簡単に着脱交換可能な設計になっています。
最後に問題とされたのは、全体的な音色の暗さで、こればっかりは音作りと個性の範疇なのでとやかく言えませんが、フィリップスとしては聴き疲れしないマイルドな音調を狙ったのでしょうが、レビューの多くは「音色が暗い、篭っている」といった評価を下しています。これは上記のケーブルに由来する部分も多いのですが、音作りに関してフィリップス社内の見解とユーザーレビューの評価に差異があったわけです。これについてもX2では新開発のレイヤードモーションコントロールというドライバ技術によって改善されています。
以上にX1でよく耳にした問題点を上げましたが、ここで皆さんに気づいてもらいたいのは、フィリップスのFidelio開発陣は本当によくユーザーの生の声を聴いているようで、X1発売後から炙りだされた不満点のほぼ全てにおいて、X2で見事にピンポイントで克服できているということです。ここまで熱心な対応というのはオーディオ業界史上でも極めて珍しいというか、尊敬に値する行為だと思います。
パッケージ
Fidelio X1とX2のパッケージは一見同じように見えますが、X1は菓子箱のようになっており、X2は二重構造になっています。Fidelio X1とX2の外箱 |
X2の外箱にはちゃっかりハイレゾマークが付いています。初期ロットのX2にはこのマークは無かったので、最近になって追加したのでしょう。フィリップス商品のパッケージにはどれも左上に見られるような白枠の商品情報欄がありますね。統一感があって良いです。
X2には内箱があります |
内箱を開封するとヘッドホンが入っています |
ヘッドホンの下にはパンフレットがあります |
X2の内箱を開けるとヘッドホンがそのまま入っており、付属品は3mケーブル一本と6.25mmアダプタのみ、そしてその下にカラーのパンフレットが入っています。せっかく高級なFidelioシリーズということなので、もう少し付属品を充実させて欲しかったです。とくに収納用ケースやK701のようなミニスタンド、1.5m程度のショートケーブルなどがあれば喜ばれると思います。
デザイン
左:Fidelio X1 右:Fidelio X2 |
Fidelio X1とX2の比較です。写真左側のモデルがX1で、右側の黒いほうがX2です。一見して全体的な構造はほぼ同じなのですが、X2はヘッドバンドが大きくなっています。
ドライバは開放型なので金属メッシュに覆われており、周辺のハウジングはアルミ部品の組み合わせで作られています。X1ではあまり目立たなかった文章が、X2になってハウジング側面に大きく印刷されています。「HIGH DEFINITION PHILIPS FIDELIO X2」「50MM HIGH POWER NEODYMIUM DRIVER」と当り障りのないことが書いてあります。
Fidelio X1 |
Fidelio X2 |
Fidelio X2 |
ハウジングはかなり上質に製造されており、アルミの重厚な手触りが良好です。X1では銀のメタルと黒塗装のコンビネーションで、なんとなく工業機械のような手作り感があったのですが、X2では全体的に黒を基調に、それぞれの素材によるコントラストを重視したセンスの良い配色になっています。
ヘッドバンドも黒のレザーに、ブラックメッキを施したアーチを採用しており、ハウジングの黒塗装とハンガー部分のアノダイズド加工によるどっしりとした印象が素晴らしいです。下手に安いプラスチックパーツや、メタル調塗装を行っていないのが良いですね。
先日レビューしたUltrasoneやB&Oなども同様ですが、むやみに赤や青などの派手な差し色を入れずに、同色系で統一しながら素材の良さを活かすデザインは、ユーザーが手にとってじっくりと観察することで改めて満足感があります。
ヘッドバンドは厚く手触りの良い革を使っており、PHILIPS Fidelioの押し印があります。実際に頭に接触する部分は柔らかいスポンジ入りメッシュ素材を使っており、AKG K701シリーズのようにゴムの伸縮によって自動調整するように設計されています。この部分がX1では余裕が少なかったのですが、X2で調整幅が拡大されています。
装着感は非常に良好で、3時間を超える長時間の使用でも全く不快感を感じさせません。もちろん頭のサイズにもよりますが、X1では問題なく装着出来たとしても若干ヘッドバンドに引っ張られるようなテンションを感じていたところ、X2ではその違和感がありません。この点、K701シリーズのコブ無し(K712など)やオーディオテクニカのウイングサポートよりも良好な装着感だと思いました。
イヤーパッドについて
Fidelio X2のイヤーパッドを外した状態 |
イヤーパッドは蒸れが少ない通気性のベロア素材で、内部には低反発ウレタンを使っています。サイズはAKGやベイヤーと似たような感じでフィット感に問題はありませんでした。
X2からイヤーパッドが交換可能になったということですが、着脱は単純に引っ張るだけの簡単な作業です。パッドとプラスチックのフレームが4つのピンで固定されており、方向性があるためフレームにガイド用の刻印がついています。
パッドを外した状態のハウジング |
パッド固定用のピンには木工用ボンドのようなものが付着しており、初めてパッドを外した際にこれが伸びて糸をひいていたためティッシュで除去しました。勝手な想像ですが、もしかすると、X1のパッドも同様の組付け方式で単純に強固な接着がされているのかもしれません。
パッドを外した状態でハウジングを見ると、50mmドライバが角度をもって取り付けてあり、定位感に貢献しています。この形状はX1とX2どちらもほぼ変わらないようです。
ドライバ自体はガーゼの下に隠れておりよく見えないのですが、50mmネオジウムマグネット式で一般的な円形ダイアフラムのようです。ポリマー振動板に放射状リブが入っており、AKGのXXLやオーディオテクニカのCCAWなどと一見似ています。
今回Fidelio X1からX2になって大きく変わったのがこのドライバです。X1では一般的なポリマー振動板だったのですが、X2では二枚のポリマー振動板の間にジェル素材をサンドイッチした、複合素材を使っています。このような多層構造の振動板は大型スピーカーなどでは一般的な技術なのですが、ヘッドホンのような小型ドライバで採用するのは極めて稀です。
振動板を多層化することによって特性のチューニングが容易になり、単一素材にありがちな共振モードや捻じれ特性などを抑えこむことができるのですが、剛性や駆動マスの問題から小型化が難しいです。最近ヘッドホンでの主流はポリマー振動板の表面に金属をメッキ蒸着することで複層化しているメーカーが多いですが(ソニーのチタンコート液晶ポリマー振動板など)、フィリップスはさらに一歩進んだ複雑な構造を取り入れており関心します。フィリップスはこの技術をレイヤード・モーション・コントロール・ダイヤフラムと名づけています。
ケーブルについて
今回Fidelio X1がX2にモデルチェンジされた際に注目されたポイントの一つに、ケーブルの変更があります。HeadFi掲示板などで定説とされていたのは、X1の音色が全体的に暗く篭っているのは、同梱されている純正ケーブルのせいということになっています。Fidelio X2のケーブル接続端子 X1も全く同じです |
そもそもX1の同梱ケーブルは布巻きで太く、6.25mmプラグのみ、しかも3mと非常に長いため使い勝手が悪いです。そのため私自身もオヤイデのケーブルに交換して使っていました。たしかに純正ケーブルよりも明るくきらびやかな音色になります。
ヘッドホン側のケーブル端子はごく一般的な3.5mmステレオジャックで、他社製ヘッドホンなどでありがちな奥深い窪みなども無いため市販されているほぼすべての3.5mmケーブルが流用できます。
Fidelio X2同梱の3mケーブルとアクセサリ |
Fidelioロゴ付きのプラスチックパーツは、ケーブルまとめ用です |
Fidelio X1とX2のケーブル比較 |
Fidelio X1は6.25mm、X2は3.5mmコネクタです |
ヘッドホン側の接続はどちらも同じ3.5mmです |
Fidelio X2に同梱されているケーブルは、端子が6.25mmから3.5mmのミニジャックに変更されたこと以外では、布巻きで3mなので一見X1と全く同じケーブルのようです。ヘッドホン側のコネクタはどちらも同じ3.5mmのタイプです。
ちなみにヘッドホン側の端子はボディ部分が短いことに注目が必要です。社外品の3.5mm交換ケーブルを使用する場合、コネクタのボディが長いと、使用時に自分の肩にぶつかってしまうため、ケーブルを壊してしまう可能性があります。交換ケーブルを探す際にはできるだけボディが短く小さいもの(もしくはL型など)を選ぶと良いです。
ケーブルのインピーダンスを測定 |
参考までに、たとえばソニーMDR-Z1000に付属している3m 7N-OFC リッツ線は1kHzで0.7Ω、100kHzで2Ω-84μFだったので、X2のケーブルは一般的なレベルといえます。これくらいの数字だと、実際に抵抗が低いほど音質が良くなるとは限らないですし、高域特性もほぼ同等です。シールドへの容量結合もさほど変わりませんでした。そもそも線材の特性というよりはコネクタや半田の仕上がりも重要になります。
ともかくFidelio X2のケーブルもかなりクセがあり取り回し辛いので、できればもうちょっとやわらかくて短いケーブルにアップグレードしたいところです。
音質について
肝心の音質についてですが、冒頭で述べたとおり、音楽鑑賞という用途に限って言えば、Fidelio X2はほぼ完璧で理想的なヘッドホンだと思います。ではこれよりも上位価格帯のゼンハイザーHD800やベイヤーダイナミックT1が不要なのかというと、そういった意味ではありませんので解説しようと思います。
まず全体的な音質の傾向としては、平均的な開放型ヘッドホンの特性を持っており、周波数帯バランス、サウンドステージ、解像感などすべて合格点です。これといって個性が無いと言ってもよいかもしれません。
数年前にFidelio X1を試聴した際に真っ先に感じたことなのですが、このヘッドホンの開発スタッフは、ほんとうによくヘッドホンの勉強をしたんだな、と思いました。これは勝手な想像なのですが、現在世界中で「レファレンス」と言われ、まさに殿堂入りしている開放型ヘッドホンは、ゼンハイザーのHD600・HD650と、AKGのK701シリーズということで異論は無いと思います。もちろんここ数年間で他社からも多くの良質なヘッドホンが続々登場していますし、過去にはソニーのQualiaやAKGのK1000、またはStaxの静電駆動型など、異色の超高価なハイエンドヘッドホンがいくつか存在します。しかし、実際多くのヘッドホンマニアの多数決をとれば、最終的にはHD650とK701が、その後のハイエンドヘッドホンの流れを生み出した一種の基準点だと思います。
私を含めて多くのヘッドホンコレクターは新製品に目がなく、数多くのヘッドホンを所有してきましたが、大抵HD650かK701系のどちらか、もしくは両方を必ず手元においてあります。最近はハイエンドヘッドホンの高価格化が進んでいるので、現在の「レファレンス」というとゼンハイザーのHD800やベイヤーダイナミックのT1なども今後こういった殿堂入りに含まれるのかもしれません。個人の好き嫌いはともかく、絶対的多数決において高価ながら永年売れ続けているヘッドホンというのは、一時の流行り廃りとは一線を画する存在だと思います。
今回のFidelio X1、X2とHD650とK701がどう関係しているのかというと、個人的な見解ですが、Fidelio X1、X2はこれら2つの得意不得意を勉強して、良い部分だけを融合したような音作りを目指していると思ったからです。
具体的には、HD650が得意としている中低域の濃厚なリアリズムや、音楽の邪魔にならない重低音、そして狭いながらも手に取るような存在感の空間分離などが、Fidelio X1、X2で再現されています。HD650で問題視されている高域のヌケの悪さや質感の低さは、逆にAKG K701からあやかったようなツヤのある高域を演出しています。
さらに、HD650やK701よりもFidelio X1、X2が優れていると思う点はもうひとつあり、それはスピーカー的な前方定位です。解像感の高いモニターヘッドホンを愛用しているユーザーには敬遠されている要素ですが、最近のリスニングヘッドホンのトレンドとしてあえてステレオの分離感を強調せずに、自分の目の前にステージが浮き上がるような演出を好んでいる傾向があります。Fidelio X1、X2もそのような音作りであり、具体的にはベイヤーダイナミックT1に近い音場感と前方定位だと思います。これはとくに、古いステレオ録音など、スピーカーを前提とした音作りのためヘッドホンでは分離が強すぎて耳障りに感じる音源を聴く際に改めて重宝します。また、ライブ音源などではアーティストが脳内ではなく自分の目の前にいるような感覚を得るためには必要不可欠です。
これまで挙げてきたFidelioの音色特性は、X1とX2の両方に当てはまるものです。実際に同じケーブルを使ってX1とX2を交互に付け替えてみると、両者の全体的な演出は非常に近いため驚きます。しかし、時間をかけて音楽鑑賞を兼ねて比較試聴を続けていると、X1からX2になって明らかな音質向上が感じられます。
具体的には、X2になって全体的なワイドレンジ化、そして中域の分離や生々しさが向上しています。派手さは無いものの、音の粒立ちが際立っており、X1では若干奥まって質素に聴こえていた部分でも、X2ではリアルさが増します。また、超低域から超広域までレンジが拡張されたのですが、その反面、高域がギラつくなどの余計なクセが付いていないため、目立った変化として気に障りません。こういった部分を失敗せず上手に料理できていることに技術力の高さを感じます。
ここまで、ほぼ理想的なヘッドホンのように扱ってきたFidelio X2ですが、ではさらに高価なハイエンドヘッドホンとの違いは何でしょうか。
まず最初に区別する必要があるのは、Fidelio X2はモニターヘッドホンとしては不合格だと思います。そもそもこれらは別々のジャンルですが、モニターヘッドホンを音楽鑑賞用に利用する一部のユーザーもいます。モニターヘッドホンについては誤解が多いですが、ソニーやオーディオテクニカ、ゼンハイザーなどの一般的なモニターヘッドホンはフラットな特性ではなく、音楽の粗探しを容易にするために中高域を持ち上げ、ダイナミクスを底上げした音作りです。これはヘッドホンのレビューなどでよく言われる「フラット」という概念がそもそも存在しないことも意味します(測定マイクの位置や補正カーブなど、各社それぞれフラットの定義に差異があります)。そういった意味でFidelio X2はあえて音楽に不必要な要素は隠すような特性があり、金属的な刺さる音や破裂音などは控えめにしてあります。普段DJヘッドホンなどに慣れており、Fidelioではエッジやインパクトが足りないと思うリスナーもいると思います。
ではHD800などの10万円クラスのヘッドホンとの違いはというと、一言でいうと、個性だと思います。10万円超のヘッドホンは、ほぼどれもFidelio X2のような特性はクリアしており、さらに付加価値として独自性の強い個性があります。たとえばHD800では、広大なコンサートホールのようなサウンドステージと、見通しの良さが挙げられます。これはFidelio X2では到底敵いませんが、クラシックのオーケストラならともかく、古いジャズ録音などを聴く場合にはあまり意味が無い要素だと思いました。ベイヤーダイナミックT1はFidelio X2よりも数倍優れた眼を見張るような解像感や繊細さを持っています。特に最新のハイレゾ楽曲を試聴する際にはFidelioでは気づかないような微小なテクスチャまで表現できる素晴らしさがあります。他にも、最近個人的によく使っているソニーMDR-Z7は密閉型に由来する濃厚な音楽体験が楽しめますし、Audez'e LCDシリーズは小宇宙のようなサラウンド体験、Gradoはソロ楽器の美音に一点集中しています。このように、各メーカーの10万円クラスのヘッドホンにはそれぞれの嗜好品としてのメリットがあり、それがユーザーごとの好き嫌いになるのですが、Fidelio X2は凡庸でありながら普遍的な良さがあります。
また、これらの多くのヘッドホンはかなり高出力なアンプを使わないと威力を発揮できませんが、Fidelio X2はある程度のDAPがあれば十分に音楽を楽しめます。
まとめ
ここまで私がFidelio X2を気に入っている理由は、単純に費用対効果の意味もあります。これは非常に重要なことなのですが、多くのヘッドホンマニアはすでに高価なヘッドホンや大型アンプを所有しているため気がつかないことかもしれません。たとえば初めてヘッドホンに興味を持って、単純に家庭で良い音で音楽を楽しみたい、といった人の場合(個人的によくメールで質問されます)、では私はどのヘッドホンを勧めるのかと考えると、現時点ではFidelio X2が最上位になります。まず音楽の粗探しや周波数を比較試聴するわけではないので、高解像な密閉型モニターヘッドホンを勧めるのは野暮です(高級セダンを探しているのにスポーツカーを勧めるようなものです)。また、これより高額なヘッドホンはアンプなどの初期投資が必要なものが多く、価格的にも入門機には不適切です。さらにこれより安いクラスのヘッドホンは、どれもクセが強く、低域重視、高域重視など特徴が目立つため、結局後日アップグレードのスパイラルに陥ってしまいます。数年前でしたらHD650かK701を勧めるのが常套手段でしたが、2015年現在ではそれに代わってFidelio X2がベストチョイス候補に上がったように思います。
無個性と言えるかもしれませんが、開発者の熱意と努力が感じられる非常に優秀なヘッドホンですので、ぜひ手にとって試聴してみることをおすすめします。