2015年8月5日水曜日

ゼンハイザーHD800 ヘッドホンのレビュー

ヘッドホンメーカーの最大手、ゼンハイザーのヘッドホン「HD800」のレビューです。

ゼンハイザーHD800

このヘッドホンに関しては、数年前からずっと所有していながら、これまで感想を書き留めるのを避けてきたような気がします。私自身は未だに意見がまとまらない状態なので、また数年後には印象が変わるかもしれません。それだけ奥が深いヘッドホンです。

2009年にデビューしたハイエンド・スタジオモニターヘッドホンで、その近未来的なデザインに勝るとも劣らない高音質でヘッドホン新世代の幕開けを宣言した、記念すべきモデルです。

今回AKG K812、ゼンハイザーHD800、ベイヤーダイナミックT1の三機種をつづけてレビューしており、音質に関しては後続の記事でそれぞれの比較を行いたいと思います。

↓ AKG K812のレビューはこちら
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/akg-k812.html

↓ ベイヤーダイナミックT1のレビューはこちら
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/t1.html

↓ 三機種の音質比較はこちら
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/hd800t1akg-k812.html



HD800は発売当時の価格が16万円なので、ヘッドホンとしては非常に高額な部類です。発売以来、世界各国のメーカーからこれ以上に高価なハイエンドヘッドホンが続々登場しましたが、未だにヘッドホン・リスニングにおける基準、つまり「レファレンス」を定義付けているのはこのHD800の存在が強いと思います。

ところで、このような高級ヘッドホンは、「スタジオモニター」と命名されていながら実際に録音スタジオで使われていなかったりするケースが多々あるのですが、HD800に限っては特にクラシック録音の現場撮影などで目にすることが多いです。

2015年現在では円安の影響で実売価格が安定しておらず、幾度かの価格調整を経て、店頭在庫次第で14〜18万円の間で販売されています。5年以上前のヘッドホンがここまで値崩れせずに価格を維持できているのは、総合的な音質の評価が高いことと、高度な製造技術が要求され需要に生産が追いつかない現状があります。

従来のフラッグシップ原点 HD580

なんとワイヤレス版もありました

近年におけるゼンハイザーのハイエンド・ヘッドホンの歴史は、1993年に登場したHD580を原点に、1997年には改良版のHD600、そして2003年にはHD650といった流れで、HD800が登場する2009年までの16年間、ほぼ同じデザインをベースにしたヘッドホンをフラッグシップとして提供し続けていました。

この間、ハウジングやドライバの基礎形状はキープしながらマイナーチェンジのみで音質改良を地道に行っていたことに感心します。そしてようやく16年来の完全新設計フラッグシップヘッドホンとして登場したHD800への開発陣の意気込みは尋常では無かったと思います。

ゼンハイザーいわくHD650と平行して全く新しいヘッドホンの新規開発プロジェクトは継続的に行われていたらしいので、少なくとも5年以上の極秘開発期間を経て、満を持しての登場だったようです。

HD650との比較

実際に一世代前の最上位機種HD650とHD800を並べてみると、明らかに別物に見えます。色々と観察してみて「ゼンハイザーらしさ」を継承している面影やデザイン意匠などがあるか探してみたのですが、全くと言っていいほど類似性が皆無です。

公式サイトによる新型ドライバの構造
公式サイトによるリング・ラジエータの解説

HD650からHD800に世代交代して一番大きく進化したポイントはドライバ技術です。どちらもダイナミック型ドライバなのですが、HD650では一般的な40mmのドーム型の振動板だったところ、HD800では新開発の大口径「リング・ラジエータ」形状を採用しています。具体的には、振動板がドーム型ではなくドーナツのようなリング状になっており、中心が空洞になっています。

ダイナミック型ドライバというのはドームの直径を大きくすればするほど性能がアップするのですが(単純に、押し出す空気の量が増えますから、低音などの再現性が向上します)、しかし、薄くて軽量な素材を大きくするとねじれなどが生じてしまい制御が難しくなります。硬い素材を使えば良いですが、そうすると重くなり駆動が難しくなります。

ようするに高音質を目指す場合、軽くて硬い素材を採用すればドライバを大口径化することができるので、例えば最近のソニーの場合は、液晶ポリマー振動板という軽量で硬い新素材を開発することで、MDR-Z7に業界最大の70mmドライバを導入するに至りました。

ゼンハイザーは既存のドーム状ドライバを大口径化するのではなく、形状を新たにドーナツ型にすることによって面積を広く取り、押し出す空気を増大させながら剛性を保ち、ねじれによる音質劣化を防ぐことを達成しました。これが新開発のリング・ラジエータです。据置型スピーカーの世界では以前から一般的に使われている技術ですが、ヘッドホンでは珍しい着目点です。また、ドライバの振動板が大口径化する事により、より広い面積から出音されるため、平面駆動に近くなるメリットもあります。

HD800はこのようにリング状の特殊な振動板を採用しているので、単純にドライバ直径では表現できません。少なくとも、HD650などに採用されている40mmドーム型ドライバと比較すると1.5倍程度の大きさになっています。

今回ゼンハイザーはHD800をドイツ本国で製造しています。これまでHD650やHD25などゼンハイザーの上位機種はすべてアイルランドの工場で製造されていたのですが、HD800だけはドイツ製造になります。過去にHD25など一部のモデルはドイツ製造バージョンがありましたが、これらとHD800は同じ工場なのかどうかは不明です。ちなみにHD800から後続する下位モデルのHD700はアイルランド製になっています。

パッケージ

外箱
内箱とパンフレット
内箱は収納ボックスとして使えます
パンフレットは多国語で3枚同梱

ボックスは一般的なゼンハイザーらしい化粧箱で、ドイツメーカーらしいメカメカしく余計な華が無いデザインです。

内箱は堅牢なボックスとなっており、そのまま収納箱としても利用できる優秀なものです。内部はシルク調の手触りで大事なヘッドホンを保護してくれます。ちなみにゼンハイザーの箱というと、HD650などでよくネタにされたボンドのような悪臭が有名ですが、HD800においてはそのような匂いは皆無でした。

付属アクセサリは何もなく、単純にヘッドホンと3mケーブルのみが入っています。スタジオモニター用ヘッドホンですし、この価格帯ならば収納バッグやスペアのケーブルなどを同梱してくれても良いと思うのですが、残念ながらこれだけです。

パンフレットはかなりの厚さがあるため内容に期待していたのですが、単純に多国語仕様で同じものが別言語で3枚入っていました。HD800に使用されている技術などが写真入りで紹介されています。

デザイン

新開発ドライバを大々的にフィーチャーしたハウジング

HD800で一番に特徴的なポイントは、非常に巨大なハウジングのデザインにあります。新開発のリング・ラジエータ型ドライバを見せつけるような大胆な構造で、明らかに開放型だということを宣言しています。実際にドライバは強固なグリルで保護されているため露出していても破損する心配はいりません。

前方から見ても特徴的なシルエットです

ドライバの外周には非常に細かい銀色の金属のメッシュ素材が配置されており、黒い骨組み以外は全てこのメッシュで構成されています。ドライバから発せられた音楽は、このメッシュの特性によりチューニングされて耳に届きますので、非常に重要なデザイン要素です。材質や穴の密度などにより、狙った周波数帯を通過や反射させるなどの一種のフィルタの役割を持っています。この部分は指で押すと柔らかい布のような質感なので、事故で破損させてしまいそうで心配になります。

ハウジング内部は保護メッシュで覆われています

このハウジングを内部から見ると、ゼンハイザーのロゴをあしらった布地の素材で全体が覆われています。イヤーパッドは大型でユニークな「D」のような形状をしており、耳がすっぽりと収まる十分な余裕があります。

パッドの素材は目の細かいヌバックのようなベロア素材で、薄いスポンジのわりに肌触りは良好です。このパッドは消耗が速いようで、長年使っているユーザーのものを見ると立毛がすり減ってその下の生地が露出しているものがあります。取り外し可能なので、常用する場合は3〜4年で交換が必要なようです。

イヤーパッドと保護メッシュが取り外せます
簡素なプラスチックのはめ込み式です

イヤーパッドは引っ張るだけで簡単に取りはずしが可能で、同時に内部の布地素材も外れます。パッドの裏側を見ると、ペットボトルのような素材で固定されており、これのツメをパチパチとハウジングにはめていくだけの単純な構造です。

精巧な新開発ドライバが見えます

布地素材を取り外すことで新開発のリング・ラジエータ型ドライバが露出されます。金属のリングにネジ止めされており非常に手の込んだ構造のようです。

余談ですが、この布地素材や、ドライバ外周の金属リング、そして写真でその手前に見える黒いプラスチックの部分が音質に悪影響を与えるという噂があり、この部分に手を加えて改造するマニアックなユーザーが少なからず存在するようです。

具体的には、この金属リングと黒いプラスチック部分を厚いフェルト素材やゴムテープなどで覆ってしまうことで、高域のレスポンスをチューニングできるらしいです。Head-Fi掲示板などでは有名な改造で、それ専用のパーツを作成・販売しているユーザーもいます。

個人的にはヘッドホンは実用上問題無ければ可能な限りオリジナルの音質で楽しみたい性格なので(気に入らなければ他のヘッドホンを使いますし)、あまり個性を殺すようなことは気が乗らないですが、元に戻せる改造なので試してみる価値はありそうです。

下記の写真はマニアックで有名なInnerfidelityさんのサイトから拝借したのですが、リンク先に詳細な自作日記や測定グラフがあるため参考にしてください。


http://beta.innerfidelity.com/content/diy-modification-sennheiser-hd-800-anaxilus-mod-page-2

ヘッドバンド

HD800のヘッドバンドはカチカチと調整するスライダー式なのですが、一般的なHD650などとは若干異なる形状をしています。

ヘッドバンドの調整機構は黒いパーツがスライドします


ヘッドバンドの黒いパーツがパッドの上をスライドするようなデザインになっており、調整用の目盛りはヘッドバンド最上部のステンレス部分に刻んであります。このステンレスパーツにゼンハイザーの刻印と、シリアル番号がマーキングされています。

ヘッドバンドを最短にした状態

ヘッドバンドを最長にした状態

このへんのマッシブなデザインがユニークです


ヘッドバンドの調整幅は非常に広く、かなり大きな頭でもフィットに問題は無いと思います。私自身はちょうど中間くらいで合わせています。

ヘッドバンドとハウジングを接続するハンガー部品は大型で存在感があるのですが、プラスチックなので非常に軽量です。ハウジングはボールジョイントのようなヒンジで固定されているため、装着時のフィット感は非常に良好です。大型のイヤーパッドは耳の外周というよりは、顔の側面全体を覆うほどのカバー率なのですが、そのおかげで側圧や蒸れといった不快感はほぼ皆無です。

個人的には、あまりにもハウジングが大きいため装着位置がピタリと定まらないことに若干の不満があります。装着位置により耳穴とドライバの軸線がズレるため、音色や左右バランスにも影響があります。

HD700との比較


HD650とのシルエット比較

HD700とのシルエット比較


ついでですので、HD650やHD700と並べて比較してみました。

HD800とHD650は全く似ていないのですが、後発のHD700はHD800の意匠を受け継いでいることが明確です。

HD700についてはまたいつか感想を記事にまとめたいと思いますが、全体的なデザインはHD800と類似しています。開放的なドライバ配置や周囲にメタルメッシュ、ハンガーへの接続ヒンジや、印象的な「D」形状のハウジングなど、個々のポイントは似せて作られています。

サイズ感においてはHD700とHD800では親子ほどの差があり、また実際によく観察してみると全く別物だということがわかります。HD700のヘッドバンド形状や調整スライダー、ハウジングのサイズ感など、どれをとっても、HD800ではなく「プリン色」で有名なHD598シリーズの意匠を受け継いでいるようです。

音質面でもHD800の廉価版を期待してHD700を購入すると痛い目に会うので、そのへんについても今後レビューしたいと思います。

ケーブル

左右のケーブル端子は特殊形状です

純正ケーブルを装着した状態

純正ケーブルは取り扱いが非常に面倒です

HD800のデザインで唯一不満がある部分があるとすれば、それはケーブルです。同梱されている純正ケーブルはそれなりに良い品質のもので、布巻きの銀コートOFC素材なので音質的にも優れていると思うのですが、とにかく扱いが面倒です。

ケブラー補強されているということで非常に太く、内部の配線が捻ってあるため、自然とグチャグチャに絡まります。同じような3mケーブルでも、ベイヤーダイナミックT1やAKGのものは簡単にほどけて巻き取れるので不快に感じたことはありません。

ケーブルは着脱式で、独自規格の珍しいコネクタを採用しています。2ピンの金属ソケットで、左右両出しなので必要であればバランスケーブルに交換することも可能です。

ケーブル接続端子は一般的なヘッドホンのようなハウジングの下ではなく、ドライバ付近のハウジング中央にあるため(それだけハウジングが巨大なのですが)、装着時にケーブル端子が肩にぶつかったりする不快感はありません。意外と多くのヘッドホンでケーブル端子が肩にぶつかる問題を経験しているので(AKG K812やベイヤーダイナミックT1もこの問題があります)、このHD800のようなデザインは非常に嬉しいです。


ケーブル分岐はHD700(下)の方がカッコイイです

コネクタもHD700(上)のほうが個性的です

実際に私自身がHD800を使用する機会が減ってきたのは、このケーブルを扱うのが面倒くさいからかもしれません。ちなみにHD700のケーブルも、コネクタのデザインはHD800よりも優れているのですが、更に使い勝手が悪化しているため、もはやリケーブル無しでHD700を使うことも諦めました。

HD650でも音質向上のためリケーブルの必要性を感じたので、ゼンハイザーは全般的にケーブルの選定が下手なような気がします。そういえばHD598でも長すぎて・・、Amperiorではリモコンが・・、IE80では耳掛けが・・、などと思い出すとキリがなく、個人的にゼンハイザーのヘッドホンだけは毎回なぜか社外品ケーブルを探し求めている気がします。

HD800のケーブルについては、音質の面でも改善の余地があるという噂を掲示板などで散見しており、とくに純正ケーブルでは高域がキツいと感じているユーザーが多いようで、これまで遭遇したオーナーの大半はなんらかのリケーブルを施していました。

ポピュラーなヘッドホンであるため社外品ケーブルの選択肢は幅広く、なかにはHD800本体以上に高価格なケーブルなんかも販売されています。また、ゼンハイザー純正でも4ピンXLRバランス端子用のアップグレードケーブルを販売しています。

FURUTECH ADL iHP-35Hケーブル
非常に上質なデザインです

個人的に純正の3mは長すぎるため、1.5m程度で取り回しが楽で安価なケーブルを探しており、結局フルテックADLのiHP-35Hという2万円弱のケーブルを購入しました。

通常ヘッドホンのケーブルはオヤイデを購入することが多いのですが、今回はフルテックADLの製品がとても魅力的だったため気がついたら購入していました。

接続端子は純正より綺麗です
コネクタはコンパクトです
ADL iHP-35Hケーブルを装着した状態

このADL iHP-35HはHD800専用ケーブルで、ラインナップにはHD650用なども販売されています。胴体はフルテックが誇るα-OCC素材で、コネクタは自社製のカッコいいデザインでロジウムメッキされているそうです。α-OCCとはPCOCCのような銅導体にフルテックが得意とする低温クライオ処理を施したケーブルです。

クライオ処理などに関しては実際効果があるかなどは不明ですが、単純に考えれば結局は高品質な銅のケーブルなので、変なギミックのあるオカルトケーブルよりは実用上問題が少なそうです。とにかく取り回しが楽で、変な音質劣化が起こらないケーブルとして非常に満足しています。

純正と違い、分岐部分には調整スライダーが入っています

音質的には純正ケーブルと比較して悪くなったと思える部分は皆無で、若干中域の厚みが増したようなので好印象です。

ちなみに今回の記事においてHD800、K812、T1の比較試聴ではリケーブルではなく純正ケーブルを使用しました。

音質について

HD800の音質についての感想は、AKG K812、ベイヤーダイナミックT1を交えて後続する記事にまとめようと思います。

↓ 音質の感想はこちらです
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/hd800t1akg-k812.html