ベイヤーダイナミックT1 |
T1は2009年に登場したセミオープン型モニターヘッドホンで、発売当時の価格が13万円、現在の店頭販売価格が約10万円程度のハイエンドモデルです。ベイヤーダイナミックというと、硬派なスタジオモニターヘッドホンが有名ですが、このT1はそれらの系統を踏襲しながら更に上を目指したフラッグシップ機という位置付けです。
今回はスタジオモニターヘッドホン ゼンハイザーHD800、AKG K812、そしてベイヤーダイナミックT1の三機種を続けて紹介しています。
↓ AKG K812はこちら
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/akg-k812.html
↓ ゼンハイザー HD800はこちら
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/hd800.html
↓ 三機種の音質比較はこちら
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/hd800t1akg-k812.html
ベイヤーダイナミックについて
以前T51pヘッドホンを紹介した際に軽く触れましたが、(↓T51p・DT1350の感想はこちらです)
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/04/beyerdynamic-t51p-dt1350.html
マイクといっても歌手やアーティストが録音で使うものに限らず、飛行機のパイロットや会議室の音響設備、大型コンサートホールのワイヤレス・システムなど、音楽に限らず「音声」を扱うことに長けたメーカーです。従業員数が数百人の小さな会社ですが、大規模なイベント会場やオリンピック・ワールドカップ級のスポーツスタジアムなどの音声中継設備において世界中で活躍しています。
こういった見えない場所で活躍しています |
そういった意味でも、ベイヤーダイナミックが展開しているヘッドホンも過酷な現場で活躍できる質実剛健なモデルが多く、音楽鑑賞を主としたゴージャスなメーカーとは一線を画する、質素でプロフェッショナルな面立ちが印象的です。
古臭いデザインのDT100も現行モデルです |
現行デザインのDT880 |
1937年発売のDT48も販売を続けています |
ベイヤーダイナミックのヘッドホンは商品サイクルの息が長いことでも有名で、まだ需要があるのか不明ですが、1937年に発売されたDT48というヘッドホンは未だに現行モデルとして販売され続けています。
1980年に登場したDT880シリーズというスタジオモニターヘッドホンは形を変えながら現在でも好評を得て販売されています。(DTはダイナミック・トランスデューサの略でしょうか)。
ベイヤーダイナミックのDT880シリーズは1980年に登場したセミオープン型DT880と、その数年後の1985年に登場した発生モデルの密閉型DT770、開放型DT990の3機種で構成されており、発売当初では革新的な高解像度ヘッドホンとして「静電型ヘッドホンに迫るダイナミック型」という立ち位置でした。
これらDTシリーズはどれも基本的に同じアラウンド・イヤー型の円形ハウジングで、グリル形状によりDT770、DT880、DT990の3機種に分かれており、それぞれ音質や傾向が違うため各モデルごとに固定ファンが存在します。
DTシリーズは年々デザインにマイナーチェンジが施され、初代の600Ωモデルから、iPod・ポータブルオーディオに対応するため250Ωと32Ωといったライトユーザー向けのモデルも追加され、さらにカールコード仕様のProモデルなど、無数の発生バリエーションが存在します。
DTシリーズのManufaktur |
最近ではBeyerdynamic Manufakturといって、ヘッドホンの配色などをオンラインで自己流にアレンジしてカスタムしたものをドイツの工場から直送してくれるサービスも展開しています(Nike iDみたいなものですね)。
2000年頃ではハイエンドモニターヘッドホンというとゼンハイザーHD650、AKG K701、そしてベイヤーダイナミックDTシリーズといった3機種が競い合っているような状況でした。今回これら三社の新型ヘッドホンを比較試聴するというのも面白いめぐり合わせです。
ベイヤーダイナミックT1
録音スタジオとホームユーザーの両方から定評があるDT880シリーズヘッドホンですが、そろそろ基礎設計の部分で古くなってきた印象があったため2009年にベイヤーダイナミックが新たに投入したのが新世代のヘッドホン「T」シリーズで、その第一弾が「T1」ヘッドホンでした。公式サイトから、テスラドライバの背面写真 |
Tとは「テスラ」の略で、テスラとは磁力の単位なので、磁石の性能が重要なダイナミック型ヘッドホンとして妥当なネーミングです。「T1」とは「T」シリーズの1号機という意味とはべつに、1テスラという強力な磁石を採用した新開発ドライバを導入したという意気込みを表しています。
公式サイトから、テスラドライバの構造図面 |
強力な磁石を採用することによりドライバの駆動が俊敏で力強くなり、磁力が弱いものと比較すると正確な原音再生が確立できるとのことです。最近ではAKG K812やFostex TH900など1.5テスラといったさらに強力な磁石を使ったヘッドホンもありますが、このレベルになると単純に高磁力 =高音質とは言えなくなってきます。
ベイヤーダイナミックが新開発したテスラドライバは構造的には一般的なドーム型振動板のダイナミックドライバなのですが、多くの特徴的な技術を盛り込んでいます。
振動板自体はサンドイッチ・レイヤー・メンブレンと書いてあり、ポリマー系の三層構造で、サイズ的にはおおよそ50mm程度のようです。
写真で見てもわかるように、ドライバのフレーム(バスケット)が非常に重厚な金属の削り出しで作成されており、外周に沿って無数の小さな通気口が配置されています。このフレーム自体がハウジングの一部として空気の流動を抑制したり、音色を反射するので、音質的なチューニングにも重要な要素になります。
フレームには大型のマグネットが埋め込まれており、上記図面の赤い矢印でもわかるように、フレーム全体が巨大なマグネット・ポールピースを構成しています。これは一般的なヘッドホンのドライバと比べて、振動板に対してマグネットが異常に大きい構造ですので、非常に制動力の効いた高レスポンスな性能が期待できます。
また、マグネットが強力ということは、剛性が高いしっかりとした振動板を駆動するだけの力強さを備えているため、振動板のねじれや歪みを回避することが可能になります。
ゼンハイザーHD800やAKG K812も、それぞれドライバの大口径化に伴う駆動力アップや、振動板のねじれや歪みへの対策が重要な課題となっていましたが、ベイヤーダイナミックもテスラドライバにて、同様の問題を同社らしい手堅い技法で解決したようです。
今回比較するヘッドホン3機種の中で、T1とHD800がどちらも2009年登場なので、当初はどちらが優れたヘッドホンなのか加熱した論議が繰り広げられていました。現在でもほぼ同じような価格で手に入るので、どちらを買うか悩みの種です。
DT880とT1はデザインがよく似ています |
HD800が近未来的なデザインだったのに対してT1は過去のDTシリーズとほぼ変わらない外観だったため、HD800の影に隠れてメディアなどでさほど注目されなかったようです。しかし音質についてはDTシリーズとは別物と言っていいほど一新されているため、まさに内容で勝負のベイヤーダイナミックらしい正統派ヘッドホンといえます。
ちなみに、DTシリーズにおいてはクローズドタイプのDT770、セミオープンのDT880、オープンタイプのDT990といったラインナップでしたが、T1はセミオープン型ということでDT880の後継機とも考えられます。
DTシリーズで最初に登場したのがDT880で、残りの二機種は後続して発売されましたが、T1の場合も発売後にクローズドタイプのT70、そしてオープンタイプのT90といった発生モデルが登場しています。
T70とT90は5万円台の価格帯なので、10万円台のT1とは若干クラスが異なりますが、5万円台でセミオープン型の「T80」といったモデルは現在発売されていないため(将来的に出るかもしれませんが)、やはりT1というモデルはDT880の直系と考えて良さそうです。
パッケージ
残念ながら外箱は処分してしまったため手元に無いのですが、ベイヤーダイナミックらしく外箱の中に収納ケースがそのまま入っています。以前からDT880やT51pなど、どのモデルも収納ケースに気合が入っていたベイヤーダイナミックですが、今回T1においては更に拍車をかけたケースが入っています。
大型のアルミ製収納ケース |
内部はDT880ケースのようなスポンジ製 |
ケース内はスポンジ製で、T1がすっぽりそのまま入るデザインです。ケーブルの収納場所に困りますが、6.35mmコネクタを差し込むスロットがあるため、コネクタで本体に傷をつけることはなさそうです。
このアルミケースは2015年のマイナーチェンジで廃止になり、新設計のケースに変更されました。それについては別の記事で後述します。
デザイン
まさしくスタジオヘッドホンらしいデザインです |
前方から見るシルエットはさほど張り出していません |
T1のデザインは一見して明らかに「スタジオヘッドホン」といった形状をしており、奇抜な要素が一切ありません。今回ブログでいろいろと感想を述べようかと思ったところ、これといって書くことが思い当たらなくて困ってしまうほど「普通」なデザインをしています。
ハウジングは円形のドーム型で、セミオープン型ということでアルミの外枠と金属メッシュのような素材で構成されています。
金属メッシュは非常に精巧なデザイン。 |
この金属メッシュがじつに精巧な作り込みで、実際に手にとってじっくり眺めてみると、細かな造形でジグザクのラインを形成しています。
写真でもわかるように、見る角度によってうっすらと浮かび上がるBeyerdynamicのロゴなど、地味ながら遊び心があり見栄えするデザインです。重量は350グラムということで(DT880は290グラム)想像以上にずっしりとした手触りで、しっかりとしたハウジング設計を期待させる高級感があります。
ヘッドバンドのハンガー調整機構 |
ヘッドバンドには光沢のあるリボンがアクセントになっています |
DT880との比較 |
ヘッドバンドはDTシリーズ譲りの金属ハンガーパーツを上下させるタイプで、今回T1はケーブルが両出しのため、DTシリーズやT70、T90で見られる左右の橋渡し用の配線がありません。調整機構のパーツも極めてシンプルで、DTシリーズで見られた謎のステンレス板のパーツもありません。
ハンガーは肉抜き加工やT1のロゴなどDTシリーズよりも凝った作りになっています。ヘッドバンドの素材もDTシリーズのビニールゴムのようなものから、レザーとBeyerdynamicロゴが織り込んである光沢素材のリボンで高級感がアップしています。
ヘッドバンド調整幅は一般的なサイズ感で、自分の頭ではほぼ中間位置で合わせています。調整機構はあまりカチカチといった音もせずグラグラなのですが、実際に装着した状態だと勝手に上下したりはしないので、実用上問題はありません。
DT880は録音スタジオなどで不特定多数のユーザーに使いまわされ酷使されることを考慮した、耐久性重視のデザインなのですが、T1はもう少し所有者の満足度が高い作り込みです。
T1のイヤーパッドは一般的なベロア調ドーナツ型です |
イヤーパッド裏側には無数の通気口があります |
DT880のイヤーパッドはT1とほぼ同じです |
イヤーパッドはDT880シリーズゆずりのベロア調素材で、最近流行りの三次元縫製などではなく、単純なドーナツ型のスポンジです。
イヤーパッドの取り外しは簡単で、DTシリーズなどと互換性があります。DT880のパッドと比較してみると色以外ではほぼ同じようです。ちなみにこのベイヤーダイナミックのイヤーパッドはAKG K240シリーズのものと似たようなサイズなので、若干無理をすれば互換性があります。
イヤーパッドの裏側には無数の通気口が開いており、これも音質に影響してくるのかもしれません。DT880のパッドにも同じ穴が開いています。
T1のドライバは斜め前方配置で、ハウジング内はメッシュで覆われています |
DT880のドライバは平行配置で、二層のスポンジに覆われています |
イヤーパッドを外してみるとわかるのですが、T1とDT880のハウジングは外観が似ていても、内部の設計は大きく異なります。DTシリーズではドライバは耳に対して平行にマウントされており、薄いガーゼ状の膜の上にスポンジ、そしてさらにその上に大きいスポンジと多層構造になっています。このスポンジの厚さや密度で音色のチューニングがされているため、湿度や経年劣化でスポンジの特性が変化すると、それだけ音色も変わってきます。
一方T1はドライバが耳に対して斜め前方になるような複雑な形状をしており、ドライバ以外の部分も薄いメッシュ素材で覆われています。つまりドライバからのダイレクトな出音以外のハウジングからの反射音は極力控えるデザインです。セミオープン型ということで完全に開放しているわけではなく、ハウジングからの反響を一部反射させることにより音色のバランスを調整しています。
セミオープン型は完全開放型と比較して外部への音漏れが少ないというメリットがありますが、それ以外でもハウジング内での音の吸収や反響を有効利用することで、高域のキツさを低減させたり、中低域の量感を補って音色に深みを出したりすることが可能です。しかし設計次第では篭ったようなエコーが強調されてしまうため設計者の匠が要求されるデザインです。
公式サイトから、T1ドライバの背面写真 |
T1のドライバは斜め前方に配置されていますが、実は同じテスラドライバを採用している下位モデルのT70、T90ではDTシリーズと同様に耳に対して平行にマウントされています。つまりT70、T90はほぼDT770、DT990をテスラドライバに入れ替えただけのモデルといえます。その点T1はDT880とは設計が根本的に違うのが面白いです。
T1のケーブルは3メートル左右両出しで、直接ハウジングに固定してあるため着脱できません。リケーブルのためにハウジングを分解改造している方もいるようですが、個人的には純正のケーブルで問題無いと思っています。純正ケーブルは太いですが柔らかくクセがつきにくいため、取り回しや収納時にくるくると束ねる際に不都合がありません。
ちなみにこのケーブルは2015年のマイナーチェンジで着脱可能な新設計に変更されました。それについては別の記事で後述します。
コネクタはノイトリックの6.35mm |
ところで私の所有しているT1はかなり初期(シリアル番号1,000番台)のモデルなのですが、現行モデルとは若干ケーブルが違います(というか、全体的な作りや質感が違うようです)。私のモデルではケーブルが太くサラサラした質感で、ドイツのケーブルメーカーSommer Kableの刻印があります。SC-Peacockというステレオライン用ケーブルで、市販の切り売り業務用ケーブルを使用しているようです。
最近試聴したT1のシリアル10,000番台モデルでは、ケーブル表面がツルツルしており、ケーブルメーカーの刻印が消えています。単純にOEM供給扱いで刻印を削除したのか、ケーブル自体が変更されたのかは不明です。
なんにせよ、このケーブルは左右両出しで、コネクタは一般的なノイトリックNP3X系の6.35mmステレオプラグを採用しているため、もしXLRバランス接続にしたい場合はコネクタ部分で分解してノイトリックNC4MXなどに付け替えればよいだけです。
創業90周年記念モデル
90周年記念モデルはバランス接続でした |
T90の90周年記念モデルも同時発売 |
2014年にはベイヤーダイナミック社の創業90周年記念ということでT1 90th アニバーサリーという限定モデルが販売されましたが、これはケーブルがCardasの高級品に変更されており、コネクタも4ピンXLRバランス接続になっていました。
この限定モデルは600台と非常に限られた台数しか生産されておらず価格も20万円前後と高額だったため、実際に現物を見たことはありません。
同じく下位モデルのT90も90周年限定モデル「Jubilee」が販売されましたが、あちらは単純にT90の色違いだったようです。クロムメッキのハウジングはカッコイイのですが値段が通常モデルより1万円以上高価なので残念ながら手を出していません。
ともかく、ベイヤーダイナミック創業100周年は間近なので、また限定モデルなどで盛大に盛り上がってほしいです。
音質について
T1の音質についての感想は、AKG K812、ゼンハイザーHD800を交えて後続する記事にまとめようと思います。↓ 音質の感想はこちらです
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/hd800t1akg-k812.html