2016年5月28日土曜日

Fostex T50RP T40RP T20RP mk3nの試聴レビュー

Fostexの大人気ヘッドホンRPシリーズが「mk3n」にフルモデルチェンジしました。

2015年下旬にはまず先行してセミオープン型のT50RP mk3nが発売し、2016年4月になって開放型のT20RPと密閉型のT40RPがそれぞれmk3nになりました。

三兄弟揃い踏み

今回これらを全部同時に試聴できる機会があったので、それぞれの違いなんかの感想を書き留めておこうと思いました。ちなみに、折角なので、自分の所有しているTH500RPも持参して比べてみました。

このRPシリーズは3モデルとも標準価格が20,000円なので、上下関係ではなく純粋に音質の好みで選べるという、悩ましくも厄介なラインナップになっています。先行して発売した、一番人気であろうT50RP mk3nは、現在実売で15,000円くらいになっています。


RPシリーズ

FostexのRPシリーズというと、ドライバに平面振動板を使っていることが大きな特徴です。世間一般のダイナミック型ドライバ(円形のコーンやドーム状のやつ)とは異なり、平面磁石の上に薄いフィルム状の板を貼って、それに音楽信号の電気を通すことで振動させて音を出すというユニークな構造です。

Fostexが誇るRP振動板

コーンやドーム状のドライバとくらべて音の出方が平面的で素直になるので、原理的にはそれらよりも高性能で低歪みなヘッドホンが作れます。しかし実際は、音楽の電気信号で薄いフィルムを正確に振動させるのが困難なため、なかなかノウハウがないと満足なものが作れません。

Fostex的には「位相が狂わない」という意味で「Regular Phase」のRP振動板と呼んでいるようです。今回mk3となったRPシリーズでは、外観はほぼ旧モデルと一緒ながら、新たに磁気回路や振動板の設計を見なおして、より一層の高性能化を果たしたみたいです。

Fostex社はダイナミック型と平面型の両方において世界でもトップクラスのメーカーで、数多くの他社製イヤホン、ヘッドホン、スピーカーなどのドライバを開発製造している、ヘッドホンブームの影の立役者と言える重要な会社です。

そのため、平面振動板の開発においても長年のキャリアがあり、着々と地道に改良を続けています。たしか初代のT50RPが2002年ごろに登場して、mk2が2007年ごろだったと思ったので、今回のmk3は8年ぶりのモデルチェンジです。

旧モデルのT50RP mk2

ちなみに平面駆動型ヘッドホンというと、10万円以上もするようなHIFIMANやAudezeといったメーカーもありますが、総じてダイナミック型のヘッドホンとくらべて鳴らしにくい、という問題があります。アンプの出力電圧が十分でないと満足な音量が発揮できないので、注意が必要です。

また、最近日本でも有名になってきたEtherヘッドホンを作っているMr Speakersというアメリカのヘッドホンメーカーも、もとはといえばMad DogやAlpha Dogといった、Fostex T50RPをベースにして豪華なハウジングやヘッドバンドを搭載したデラックスカスタムモデルを製造販売するメーカーとして発祥しました。

T50RPを超絶チューニングしたMr Speakers Mad Dog

2万円弱という安価なFostex RPシリーズですが、そのポテンシャルは非常に高く、なおかつ他社ではなかなか真似できない振動板の独自技術ということで、注目度が高いヘッドホンです。安価な上に改造による音質向上が顕著なため、もしかすると世界一改造ベースとして使われているヘッドホンかもしれません。(Googleで検索すると、大量の改造品が見られます)。

デザイン

今回mk3にモデルチェンジしたわけですが、デザイン的には従来のmk2とくらべてほとんど変わっていません。目立つ変更点は、ヘッドバンドのアーム部分が銅からシルバー色になったことと、ヘッドバンドがゴム製からレザー調になったこと、そしてケーブルがブラックからオレンジになったことです。

mk3はオレンジ色のケーブル

特にこのオレンジ色のケーブルは遠くからでもよく目立つので、mk3の証として重要なポイントです。ちなみにオレンジのケーブルは3.5mm端子の1.2mショートケーブルで、また別にブラックカラーで6.35mm端子の3mロングケーブルも付属しています。

着脱可能な3.5mmケーブル

着脱はツイストロック

ケーブルは左側片出しで、ハウジング側面で3.5mm端子がツイストロックタイプになっている珍しい形状です。オレンジケーブルは両端ともが同じ形状のツイストロックできる3.5mm端子になっています。

T50RPはセミオープンで、T20RPが開放型、T40RPが密閉型なのですが、ハウジングの印刷ロゴを確認しないと、どれがどれだか全くわかりません。

しっかり目を凝らしてみると、ハウジングの通気口みたいな部分がそれぞれ異なっています。セミオープンT50RPはスポンジっぽいのが入っており、開放型T20RPはメッシュ、密閉型T40RPは蓋がしてあります。

セミオープンT50RPはスポンジっぽいの

開放型T20RPはメッシュ
密閉型T40RPは通気口が塞がれている

実際各モデルの違いはこの通気口部分のみなのかわかりませんが、開放型T20RPを買ってこの通気口を塞いだら密閉型T40RPになるのでしょうか?(指で塞いでみましたが、T40RPと同じサウンドにはなりませんでした)。変な話ですが、わざわざ三種類別々のモデルを出さなくても、最近流行りの可変通気ポートとかで、ベイヤーダイナミックCustom Oneとかみたいに切り替え可能になってたら面白いと思うのですが・・。

ハウジングやヘッドバンドは2万円以下のヘッドホンらしく、ペラペラで安っぽいデザインです。FostexはTHシリーズというプレミアムなヘッドホンラインナップも充実しているので、もっと高級なスタイリングが欲しければそっちを買えということでしょう。実際、このT50RPのチープなデザインがストイックな業務用っぽくて高評なようです。

ヘッドバンドの調整はメタルの棒を上下するだけのシンプルな機構ですが、意外とフィット感は良好でした。ただし、このヘッドホン自体は遮音性が皆無なくらいにスカスカなので、たとえ密閉型T40RPを買ったとしても、騒音下での作業には全く役にたたないと思います。そもそもプラスチックのハウジング自体がスカスカなので、遮音できなくて当然のデザインです。つまり、3モデルのどれを選ぶかは、遮音性とか音漏れはもう無視して、純粋に音質の好みで選んだほうが良いと思います。

イヤーパッドは、非常に薄っぺらいスポンジ入り合皮パッドです。これもチープながらフィット感は良好で、不快な感触はありませんでした。ただし耳にスポッと吸着するようなモチモチ感はありませんし、クッションはとても薄いので長時間の作業では耳が痛くなってきそうな予感がします。

ちなみに、このT50RPシリーズといえば、最近ではShureヘッドホンのイヤーパッドを装着するという改造がとても流行っています。ネットの掲示板などで広まったのだと思いますが、T50RPが大人気のアメリカでは、T50RP mk3発売と同時にShure SRH1540などの交換用イヤーパッドが品切れになって困っている、なんて話も聞きました。現在もこの交換パッドは品薄状態が続いています。

Shure(左)とFostex純正(右)イヤーパッドのフカフカ具合

Shureイヤーパッドをつけると快適ですが、音質は・・

たしかに、Shureのパッドは独特のマイクロファイバータオルみたいな肌触りと、分厚いスポンジのおかげで、装着感は非常に良いです。柔らかいバスタオルにくるまったような優しい肌触りが楽しめます。今回私も試してみたのですが、たしかに手軽にパッド交換できて、装着感も数段良くなりました。しかし、音質がかなり変化してしまい、「これはダメだ・・・」とすぐに純正パッドに戻してしまいました。クッションが厚く耳とドライバの距離が開くため、低音がイヤーパッド内でエコーというか反響してしまい、まさに「風呂場のカラオケ」状態のモコモコした低音が発生してしまいます。プロフェッショナル的に正確なモニタリングを想定しているRPシリーズに、このモコモコ低音はダメでしょう。

鳴らしにくさ

RPシリーズは平面振動板ヘッドホンの例に漏れず、十分な音量を出すのに結構苦労します。今回はFiio X5-IIを使ってみたのですが、このDAPの最大ボリューム120のうち、100くらいに合わせないと満足な音量が得られませんでした。普段イヤホンとかだと50くらいで十分です。X5-IIでボリューム100というと電圧的には1Vrmsくらい必要なので、スマホや貧弱なDAPでは到底ムリでしょう。

スペック上では、3モデルともインピーダンスが50Ωで能率が91〜92dB/mWなので、これは大型ヘッドホンの中でもかなり鳴らしにくい部類です。AKG K701とかといい勝負です。安いヘッドホンだからエントリーモデルだろうと思って買うと痛い目に合います(アンプが欲しくなってしまう、という意味で)。そういう入門用にはやはりオーテクのATH-M50xとかのほうが良いと思います。

どのモデルも聴感上の音量は同じくらいなので、聴き比べをしている時もボリュームノブは毎回調整しなくても大丈夫でした。実はプレミアムモデルのTH500RPのほうが能率が高く、ボリュームを一割くらい下げて聴きました。

海外で好評発売中のFostex TRシリーズ

ちなみにFostexは最近新たに40mmダイナミック型ドライバ搭載のTRシリーズというヘッドホンも発売しましたが、こちらも入門機っぽく見えるくせに93dB/mWと非常に能率が悪いですので、あいかわらずプロ精神というかマニアックな路線を突き進んでいますね。

音質について

普段聴き慣れているT50RP mk2の後継機ということで、まずはT50RP mk3nを聴いてみました。

Fostexというと、スピーカーやヘッドホン用ドライバの開発製造に関しては大変素晴らしいのですが、なんというか、これまでずっと「ハウジング設計が下手」、というイメージがつきまとっていました。ドライバの素の特性は優秀なのに、どのモデルもハウジングにへんなクセがあって、それが強調されて好き嫌いの分かれる個性の強いサウンドに仕上がっています。

そのため、過去のT50RPなども一般ユーザーによるハウジング改造や作り直しなどが盛んになって、Mr Speakersのような改造専門メーカーも設立されることになるとは皮肉なものです。

とくにT50RPにおいては、ドライバのリニアな音の繋がりと素直さは認めるものの、初代、mk2型ともにハウジング反響による余計な「箱鳴り」というか、暴れる感じが拭えず、耳障りに聴こえることもありました。「惜しいけど、安いからいいか」といった程度のヘッドホンという印象があります。

今回のmk3nでは、この暴れる部分がかなり改善されており、ハウジング由来の反響やクセはほとんど感じられないレベルにまで高水準に収まっているように思えました。

T50RP mk3nの全体的なサウンド傾向は、しっかりと高音域が良く伸びる感じで、低音はあまり強調されず、明らかに「モニター調」といった感じです。肉厚なボリューム感とかは皆無で、ピュアで繊細な仕上がりです。前後左右の空間はあまり広くなく、ある一定の距離感を保った分析的な聴き方ができる優秀な音場だと思います。

セミオープン、密閉型、開放型の3モデルを展開するということは、ベイヤーダイナミックDT770、DT880、DT990がライバル的なポジションにいると思います。

ライバルのベイヤーダイナミックDT880

今回はDT880 PROというセミオープン250Ωのモデルを聴いてみました。3万円くらいなので、T50RPよりはちょっと高価ですね。

音量や全体的なプレゼンテーションは結構似ていて驚きました。また音量もほぼ同じくらいだったので、かなり良い勝負だと思います。DT880はごく一般的なダイナミック型ドライバですが、位相の安定具合や音色の素直さなど、RP振動板のような平面ドライバと似通った要素を備えているのが不思議なものです。

DT880のほうが優れていると思ったのは空間の前後感と立体感です。距離というものが上手に伝わりますし、高域の楽器がスーッとステージの奥へ伸びていくような空気感も堪能できます。

一方、T50RPは空間がそこまで彫りが深くないのが残念ですが、その代わりに中高域の勢いの良さというか、生々しさは一枚上手です。特に、スネアドラムの音に聴き惚れてしまいました。単なるバシンバシンというアタック音だけではなく、打音と張り具合、弾みかたや減衰など、そういう要素が手に取るようにリアルに聴こえて、これはすごいなと感心しました。

DT880以外でもう一つ、なんとなく比較してみたいと思ったのは、オーディオテクニカのATH-R70xでした。これはコンパクトな完全開放型ヘッドホンなので、T50RPとはちょっと系統が違うと思うかもしれませんが、同じような購入層が興味を持つモデルのような気がします。

オーディオテクニカATH-R70x

ATH-R70xは38,000円くらいなので、これもT50RPよりも高価ですね。さすが高いだけあって、たしかにATH-R70xの方が全体的なサウンドの仕上がりは優れていると思いました。これを聴いてからTH50RPを聴くと、どれだけ低音の量感や質感が不足しているかよくわかります。耳の慣れというのは怖いもので、どちらもそれだけを聴いていれば、それが「フラット」に聴こえるのですが、いざ比べてみると、明らかにATH-R70xのほうが低音の情報量が多いです。単純にドスドスと振動するような低音効果ではなく、豊かな音色を持ったサウンドに感心しました。

Fostex TH500RP

次に、Fostex TH500RPを聴いてみます。これはT50RPなどと同じようなRP振動板を搭載した、7万円台のプレミアムモデルです。2014年に発売されたヘッドホンで、私は発売日に真っ先に購入した記憶があります。RP振動板らしく、悪くない仕上がりなのですが、けっこうクセがあって一般受けしないタイプの音作りです。これもまたFostexのハウジング設計がヘンだと言われる所以でしょうか。

T50RP mk3n(左)とTH500RP(右)の振動板は似ています

TH500RPを聴くと、やはりT50RPというのはプロフェッショナルモニター用ヘッドホンなんだなとつくづく実感します。というのも、プレミアムモデルのTH500RPは、大型ハウジングと豊満なイヤーパッドの効果もあり、低音が非常に緩く広がって、高域も刺激が抑えられてマイルドに仕立ててあり、良くも悪くも「娯楽用」のヘッドホンのように感じます。対照的にT50RPは全てにおいてシャキッと姿勢を正したような優等生サウンドで、低音は一切膨らまず、高音が刺さる録音であればあえて刺さらせる、というぶっきらぼうな性格です。

TH500RPが悪いというわけではなく、私自身は、たとえばパソコンのゲームとか、古いアナログLPレコードとか、そういったあまりシビアで聴いてはダメな音源用によく使っていますし、大型の真空管アンプとかで若干味付けを加えると、スタジオモニターヘッドホンでは味わえない色艶の濃いサウンドが得られるため、そこそこ評価しています。

先ほどのShureイヤーパッドの例のごとく、サウンド傾向はイヤーパッド形状などで大きく変化したりもするので、優劣をつけるのは難しいです。

T20RPとT40RP mk3n

T50RP mk3nの話ばかりですが、T20RP、T40RP mk3nも同じくらい長く試聴してみました。聴きながら気づいたことを適当に感想を書いているので、ついつい話が長くなってしまいます。

まず一番最初に感じたことは、各モデルのサウンドはそこそこ似ており、それぞれの音質差はほぼ味付け程度の違いだということです。つまり、結局どれを選ぶか悩むことになると思います。

とは言ったものの、やはり聴きこめば違いが明らかになってきます。これまでずっとT50RPのサウンドを聴き慣れているせいもあってか、個人的な意見としては、一番無難でトータルバランスが優れているのはT50RP mk3nだと思いました。残りの2モデルは各自の個性が強調されるような感じです。つまりT50RPを聴いた後だと、他はモデルはなんかちょっとクセがあるように感じてしまいます。

まず開放型のT20RP mk3nですが、このヘッドホンはT50RPよりもソフトタッチで、フォーカスが甘いです。アタック感がそこまで強調されておらず、T50RPで感じられたドラムの張りや打撃音とかはマイルドになっています。一音一音の繋がりが優秀で、ふわっと一歩下がった距離感があり、それでいてクリアさはそこそこ保っているため、じっくりと音楽空間に浸るような聴き方に合っていると思います。高域もよく伸びますが、ピアノのトリルとかが若干膨らむので、高域にちょっとしたピークがあるらしく、たとえばDT880のように遥か遠くへ消えるまで伸びるといったスタイルとは若干違います。

T20RPのもう一つのポイントは、低音が若干盛ってあるということです。ドシンというハードな低音ではないですが、T50RPよりも立体的に浮かび上がってくるような空気を感じます。定位感は出ていないので、効果音的にマイルドなサブウーファーを追加したような印象です。ボフッという質感の、布団を叩いたようなアタック具合なので、良いか悪いかというよりは、T20RP特有の個性といった程度のものです。

密閉型のT40RPは、リラックス系のT20RPとは真逆で、中域の激しいインパクトが印象的でした。リズム感がタイトというか、締りがよく、特にヴァイオリンやギターなどが刺激的に前に出てきます。中域全般が強調されているので、女性ボーカルとかは際立ちますが、若干鼻を摘んだようなクセも聴き取れます。このピーキーな強調され具合が気に入ればエキサイティングですが、嫌いであれば鼻にかかるホンキートンクっぽいクセが気になります。

T40RPは低音に関しては非常に締りがよく、量感は薄いもののアタック感が良く出ているため悪くはないのですが、やはり中域の押し出しに圧倒されてしまいます。ヴァイオリンやチェロが活き活きとしているヘッドホンなので、チェロソナタみたいなシンプルな構成の録音を目一杯味わいたい場合には役立つヘッドホンだと思います。

まとめ

三兄弟が揃ったRPシリーズ mk3nですが、全体的に旧モデルからのレベルアップが実感できました。各モデル特有の個性はありますが、どれも設計や素材による悪いクセや不具合ではなく、意図的な音のチューニングとして作られています。

個人的にはやはり一番メジャーなT50RP mk3nが一番良いと思いました。トータル性能が高いというか、もっと上位クラスのモニターヘッドホンと似通ったサウンド傾向なので、万人受けする優秀な設計です。また、モニターヘッドホンとしては比較的生々しさやライブ感も充実しており、特にRP振動板らしく、打撃音が潰れず一音一音の奥まで覗き込めるような素直な質感にはつくづく感心します。プレミアムモデルのTH500RPと較べても、単純な上下関係ではなく、全く異なる音作りとして完結していることに気が付きました。

T20RPとT40RPは変わり種として各自の個性が強いですが、どちらもモニターヘッドホンの範疇での話なので、極端に破綻しているわけではありません。リラックスして録音全体の空気感が味わえる開放型のT20RPと、一点集中型でメインアーティストがグッと惹き立てられる密閉型のT40RP、どちらもきっとツボにハマる人がいるでしょう。

そもそも、2万円弱という価格帯でここまでクオリティが高いヘッドホンが手に入るという事自体が驚異的だと思います。