発表とほぼ同時に、旧型モデル(初代AK T8iE)との入れ替えが始まりました。初代AK T8iEが発売されたのは2015年11月のことだったので、わずか半年でMk IIへのモデルチェンジとなった、異例の事態です。
AK T8iE MkII |
初代AK T8iEは、私自身が日々愛用している、素晴らしいシングルダイナミック型IEMなのですが、私を含めてAK T8iEオーナーは「Mk II発表」のニュースを見て、驚いたのと同時に、「ああ、やっぱりな・・」という諦めのような気持ちを感じたと思います。
ベイヤーダイナミックが誇るテスラテクノロジーを搭載した、同社初の高級イヤホンということで、期待が高く、実際の音質も想像以上に凄いのですが、発売当時からオーナーを悩ませていた問題点をいくつか体験してきました。今回のMk II発売は、これら問題点を改善するために出た「対策品」というわけです。つまり、買うなら今です。
AK T8iE
旧モデルの初代AK T8iEについては、発売当時に購入して、このブログでも簡単に紹介しました。(→ http://sandalaudio.blogspot.com/2015/10/beyerdynamic-astell-ak-t8ie.html)その当時に感動した素晴らしい音質は、半年間使ってきた今になっても一切色褪せること無く、毎日のメインイヤホンとして愛用しています。
初代T8iEはずっと使い続けています |
私がこれまで聴いてきたイヤホンの中で、とくにシングルダイナミック型としては最高レベルの音質だと思います。発売から今まで、数多くの新型イヤホンを試聴してきましたが、まだ目移りしていません。
しかし、今回Mk IIが発売されたのも、初代T8iEにいくつかの問題点があったからです。私自身も、せっかく良い音なのに、この問題点に悩まされました。
問題点① 故障率
初代AK T8iEの一番大きな問題点は、故障率が非常に高いということです。多くのユーザーが不良品を掴まされました。具体的には、新品開封時には問題なく使えるのですが、数日間、数週間と使っている間に、ある日突然、片方のチャンネルが死んでしまう、といった感じです。
ネット掲示板などでは色々な憶測が流れましたが、多分MMCX端子からドライバまでの配線にショートまたは接触不良が起こりやすいのだろうという意見が多いです。実際の原因はなんであれ、「音は良いのに、すぐ故障する」というレッテルが貼られてしまいました。
私も発売当時に正規のショップから購入したのですが、まず一台目は2ヶ月ほどで左チャンネルが急に死亡してしまい、保証修理のためにショップに送り返しました。はじめはケーブルとMMCXコネクタの接触不良だと思っていたのですが、内部配線が問題らしく、最初はハウジングをトントンと叩くと音が復活したものの、最終的には完全に死んでしまいました。
交換品は返品後一ヶ月ほどで手元に届き、どうせ偶然の初期不良だから、二台目は大丈夫だろうと思っていたところ、二台目も数週間ほどで、右チャンネルが死亡しました。
この二台目は、受け取った当初から、どうも左右のステレオバランスがおかしいな、と思っていたのですが、それが徐々に悪化していって、最終的に無音になって死んだ、といった感じです。ステレオバランスといっても左右の音量が明らかに違うというよりは、右チャンネルのほうが高域が出ていないような、モコモコした音になることがたまに感じられて、変だな、と内心思っていたわけです。これくらいの些細な音色の違いだと、ショップに返品してもどうせ「症状は確認できず・・」とか言われそうだったので、とりあえず様子をみようと思って使い続けていたら、徐々に音が途切れて、数日後には死亡しました。
これはいかん、ということで、Head-Fi掲示板で聞いてみたら、結構多くの人が不良品に悩まされていたらしく、「対策品が出たらしい」とか「シリアル番号がXXXX以降は大丈夫らしい」とか、色々な憶測が飛び交っていました。
やはり一番の問題は、ショップなどが製造元であるベイヤーダイナミックに問い合わせても、「この製品はAstell & Kern名義なので、ベイヤーダイナミックとしてはノーコメント」と門前払いを食らってしまい、一方でAstell & Kernに問い合わせても、「そのような事実はありません。現在調査中。」といった一辺倒な答えしか帰ってこないという状態でした。
とくにHead-Fi掲示板には大手オンラインショップの店員さんなどが積極的に書き込んでいるので、彼らも事態の収集に相当困惑していたようです。
問題が言及され始めた当時は、「初期ロットのみの不良なので、シリアル番号17000以降は対策済み」というウワサが流れたのですが、私の場合は、最初に手に入れたモデルのシリアル番号は104✕✕で、次の交換品は172✕✕でしたが、どちらも故障しました。
結局、この二台目のやつは修理に出して2ヶ月以上戻ってこなくて、一体どうなっているのか不思議に思っていたところ、ようやく三台目の交換品がやって来ました。
空箱だけ三つ揃ってしまいました・・ |
3つ目はグリーンのステッカーが貼ってありました |
この三台目はシリアル番号が148✕✕ということで、番号が前回より戻っているので変だな、と思っていたのですが、パッケージに丸いグリーンのステッカーが貼ってありました。(写真ではパッケージに貼ってありますが、実際はパッケージの保護ビニールに貼ってありましたので、ビニールが捨てられた中古品では判別が難しいです)。
詳細は不明ですが、Head-Fiのユーザー勢によると、グリーンのステッカーが貼ってあるのは、別のユーザーが故障で返品したユニットをベイヤーが分解修理して、不具合箇所を改善した、いわゆる「対策品」で、ようするに新品ではなく「リファビッシュ品」だという話を聞きました。実際はどうなのかはわかりません。
交換品が新品ではないかも、というモヤモヤ感はありますが、このグリーンのステッカーが貼ってあれば大丈夫だ、ということらしいです。
T8iEについての話題が一番盛んな香港のイヤホン掲示板でも、緑ステッカーのロットが出回った時には、祭りというか、ようやくの対策品到来に喜んでいるユーザーが多かったです。
箱だけ三つ揃ってリッチな気分です |
ちなみに、私は故障品を返品するときに、箱に入れずにイヤホンとケーブル類のみを送り返していたのに、毎回交換品はパッケージに入ったものが帰ってきたので、本体は一つだけなのに、空き箱だけ三つも揃ってしまいました。捨てるにも勿体無いですし、どうしようか悩んでいます。
現在この三台目を受け取ってから二ヶ月ほど使っていますが、今のところ不具合は起こっていないです。
それ以来、毎日AK T8iEの音色を楽しんでいますが、やはり問題だと思うポイントは二つあります。まず、このAK T8iEを購入してからの六ヶ月間、実質的にまともに使えた期間よりも、故障中か送り返して手元に無い期間の方が断然長かったため、これは商品として困ります。
二つ目は、不具合はいつ発生するかわからないので、もし不運にも保証期間が過ぎた後に壊れたユーザーの場合はどうなるのか、ということです。
たとえ対策品といえども、購入後、一年、二年経ったあとに急に死亡する可能性を考えると、購入を敬遠する人は多いでしょう。そういった意味で、Mk IIというのは既存ユーザーを捨てた再スタートのように見えます。
Head-Fi掲示板でも、「オレは今三台目!」とか「今壊れた!」とか、色々なユーザーの悲鳴が飛び交っていますので、けっこうな頻度で壊れているようです。実際の故障率はわかりませんが、一人のユーザーが何回も故障を経験しているケースが多いようなので、偶然としても確率は高そうですね。
問題点② MMCX端子
初代AK T8IEの二つ目の問題は、MMCX端子のデザインがあまりよろしくない、ということです。このMMCX端子がクセモノです |
数多くのイヤホンメーカーとの互換性があるMMCX端子をベイヤーが搭載してくれた事は大変嬉しいのですが、その形状が若干特殊で、多くのケーブルとの組み合わせで接触不良を起こします。
ケーブル側の問題であれば良かったのですが、ハウジング側端子の問題らしく、どうしようもありません。たとえばFurutech ADLやALOのケーブルはOKでしたが、WestoneやFiioのケーブルではブツブツと音が途切れます。なんかセンターピンがうまく接触していないような感じです。
私自身はあまり多くの交換ケーブルを持っていませんが、テストした6種類のケーブルのうち、3つはOKで3つはダメだったので、成功率はあまり高くないです。これらのケーブルは全てShureやWestoneなど手持ちのIEMで問題なく使えています。
つまり、初代AK T8iEをリケーブルしようと思っても、テストせずにケーブルを購入するのはリスクが高いです。
初代AK T8IEの問題点③ ケーブルの音
初代AK T8IEの三つ目の問題は、付属している純正ケーブルが音質的にあまりよろしくない、ということです。初代AKT8iEの付属ケーブル |
AK T8iEデビュー当時から、多くのレビューなどで、「音がぼやけている」「低音がボワボワしている」といった問題点が指摘されていました。大型ヘッドホンのような巨大な音場が感じられますが、フォーカスが甘く、とくに低音が非常に強調されています。
じつはこのサウンド傾向は、ケーブルに依存していた部分が大きいようです。
付属しているケーブルはヒョロいモヤシのようなやつで、「ほんとうにこんなので大丈夫なのか?」と心配になるほどです。実際多くのIEMメーカーが過剰なほどにケーブルの品質にこだわっている中、簡素なケーブルは実にベイヤーらしいかも、なんて思っていました。
ところが実際この標準ケーブルは、どうも低音を過剰にふくらませる(というか高音の解像感が悪い)ようで、社外品のケーブルに交換することで、目覚ましい進化が感じられました。
ケーブルによる音質変化については色々と議論がなされていますが、たとえば以前ゼンハイザーIE80にて測定して報告したような、明らかな左右クロストークの問題は、AK T8iEでも感じられました。それだけでも、社外ケーブルに交換する絶対的なメリットはあります。(→ http://sandalaudio.blogspot.com/2016/02/ie80.html)
とは言ったものの、編みこみPCOCCなどの一般的なMMCXケーブルを使ってみることで、AK T8iEの低音の膨らみはかなり抑制されますが、高音の響きはあまり伸びやかではありません。全体的に濃厚で重苦しいサウンドとも言えます。
ALO Tinselケーブルが良かったです |
色々なケーブルを試してみた結果、ALOの「Tinsel」というケーブルがかなり相性が良かったため、現在はこれを使っています。Tinselは2万円くらいで、線材は銀メッキOFC、針金のように細いケーブルです。
ヘッドホンなどの極太ケーブルと比べるとインピーダンスが数Ωと結構高めで、サウンドの傾向は若干シャリつくというか、高音がかなりキラキラするタイプです。ALO Campfire Audioのイヤホンに付属していたものと同じタイプです。(Campfireの現行モデルは別のケーブルが付属しています)。
一般的なIEMで使うと、高域がシャリシャリしすぎるため、あまりオススメできないケーブルなのですが、もうちょっと高域のポテンシャルを伸ばしたい初代AK T8iEにとってはベストパートナーでした。音に締まりがあり、より透明感があり、広大な音像を維持しながら澄んだ響きが味わえます。これがAK T8iEの本来の姿だ、と言えると思います。
それと、社外ケーブルを使うことで装着感もかなり改善されます。AK T8iEはシェルの形状がシュアー掛けを想定しているのに、付属ケーブルは耳かけ用の形状記憶ワイヤーが無いため、ケーブルが耳から外れやすいのが問題でした。ワイヤー入りのケーブルを使えばこの問題は解消されます。
余談になりますが、さらに言うと、付属のシリコンイヤピースも独特の浅くて広い形状なので、個人的にどうしてもフィット感が悪く、低音がぼやける理由の一つでした。色々なシリコンイヤピースをテストしてみたところ、ありきたりですが、JVC スパイラルドットイヤピースと、SpinFitが二強だと思います。
スパイラルドットは穴口径が大きいためサウンドの出音がストレートで、何の障害もなくダイレクトに耳に流れてくるような印象です。AK T8iEのサウンドが一番無濾過で楽しめるイヤピースだと思いました。しかしフィット感は浅くて、安定性が悪く、左右のバランスがズレて度々調整し直すイライラがありました。
SpinFitは穴口径がソニーのような細い感じなので、サウンドは若干絞られるというか、モニター調になったような締りを感じます。フィット感は最高で、さすが高くても売れているだけあるな、というか、AK T8iEの形状が耳穴奥へとピッタリ合わないところを、SpinFitが補ってくれて、「音を鼓膜まで導いてくれる」感覚が最高です。特に不快感や圧迫感が無いのに、使用中に一切の左右バランスの乱れが感じられないのは驚きました。
AK T8iE MkII
ここまで初代AK T8iEの不具合について見てきた上で、今回登場した「Mk II」のパンフレットを読むと、「ああ、なるほどな」と納得できると思います。AK T8iE MkII |
AK T8iE MkIIで変わったポイントは:
- 新たなボイスコイルを搭載。幾何学的に最適化されたコイルを採用するなどの工夫で、大音量時の振動板の駆動を最適化し、さらなる歪みの抑制が可能
- MMCXコネクターも従来モデルから変更。高純度な金メッキを施し、プラグの中の形状も工夫することで接合性能を高めることで、高信頼性に加えてオーディオパフォーマンスを向上させる低い抵抗値も実現
- 一般的な銅線ではなく、ハイグレードなシルバーメッキ銅ケーブル素材を採用。シルバーメッキ銅線はストレート導体とスパイラル導体をそれぞれ用い、さらにはケーブルの高耐久性を実現する強靱なアラミドファイバーコア、FEPインシュレーターなども備えた
といった内容で、さらにベイヤーの広報写真で「全個体に対して入念な検査も実施される」というポイントも書いてありました。
ようするに、上記の問題点①②③への対策と、さらにこの機会にボイスコイルを若干改善した、ということになります。
おわりに
ダイナミック型イヤホンとしては最高峰に素晴らしい音質を誇っているだけに、不具合の問題が残念だったAK T8iEですが、今回のMk IIで汚名返上というか、新たなスタートを切ることにしたようです。デビューから6ヶ月での「Mk II」登場というのは、異例の事態なので多くが勘ぐられてしまいます。ハウジングは共通なので、見た目では区別がつきません |
音質に関しては、初代AK T8iEが素晴らしかっただけに、新ボイスコイルを搭載したと言われているMk IIでも、そこまで大きな変化や音質向上は感じられませんでした。(試聴ブースで簡単にテストしたのみですが)。
Mk IIの方がかなりクリアで明朗なサウンドで、とくに中高域によりメリハリが増して、これまで言われていた低音の盛り上がりも抑えられています。やはりケーブルが変わったことが音質に多大な影響をもたらすので、Mk IIに初代AK T8iEのショボいケーブルを接続してみたところ、案の定初代っぽいぼやけたサウンドに逆戻りしてしまいました。
初代とMk IIをどちらも同じ新型ケーブルを使って比較してみると、ボイスコイル改善のおかげか、Mk IIの方が中域が若干目立っているように感じましたが、ほんの僅かの差です。エージングの差もあると思いますが、どうもMkIIのほうが腰が高い、「ソワソワした」感じのサウンドのように聴こえるので、ひとまず初代T8iEの方が私好みのサウンドです。
ケーブル端子は初代と同じです |
また、ケーブル自体も私が使い慣れているALO Tinselケーブルよりも、若干中域の鮮やかさが増して、高音のシャリシャリ感が少ない傾向なので、ALO Tinselほど極端な高域重視サウンドではありません。Mk IIの付属ケーブルとして、極めてベストに近い選択だと思います。
初代とMK IIは若干サウンドが異なるとはいえ、BA型IEMなどと比べると、やはりリラックス系の緩やかなサウンドが売りです。これまで使ってきたイヤホンの中で、一番「大型ヘッドホンのサウンドに近い」と感じるのは未だに揺るぎないです。
とくに最近JH Audio Layla IIを試聴してみたところ、本当に凄まじい高解像サウンドに驚いたのですが、あれはBA型IEMの究極系として、「あれはあれ、これはこれ」といった、根本的に異なるサウンドです。優劣は決められません。
また、今回のMk IIにて、MMCX端子もこれまで接触不良で悩まされた社外品ケーブルでも、問題なく使えるようになったのは嬉しいです。こういったトラブルは、やはり長年の製品開発経験が無いと、なかなか初回で完璧を目指すのは大変なのかもしれません。
これまでAK T8iEに興味を持っていて、購入するか悩んでいた人にとっては、今回のMk II発売は、かなり大きな後押しになると思います。初期不良問題はもう改善したでしょうし、万全を期して購入に望めます。
初代AK T8iEも、対策品であれば故障する確率は低いと思うので、Mk II発売と同時の処分品セールも狙い目かもしれません。しかしこの場合は社外品ケーブルを別途購入することをおすすめしますので、余計な出費が増えるかもしれません。
やはり一番の問題は、私のような初代AK T8iEのオーナーはどうすべきか、ということでしょう。純粋なドライバの音質変化はそこまで体感できるほど大きくないので、よほどシビアなユーザーでない限りはわざわざ買い換えるほどのメリットは無いと思います。
ただ、初代オーナーはほぼ実験台のモルモットにされたような感じなわけで、私みたいに購入してから半分以上の時間を返品交換に費やしていた人も多いので(身近にもう一人いました)、こういうののコミュニケーション不足はメーカーの信用が落ちます。
また、ケーブルに関しては、初代のやつは結構ショボかったので、初代オーナーでも新型ケーブルに交換できるようなオプション、もしくはMk IIに安価で「乗り換えアップグレード」できるようなオファーがあれば万事ハッピーなのですが、どうでしょうかね。新型ケーブルが手に入れば、社外品ケーブルを選ぶ苦労から開放されます。
言い忘れていましたが、AKとのコラボということで、2.5mmバランスケーブルが付属しているのも大きなメリットですね。こういうのは別売だど結構高いです。
なんにせよ、このAK T8iEというイヤホンそのものは、驚異的な高音質で他社を寄せ付けない素晴らしい製品なので、Mk II発売の機会に是非試聴してみてください。
特にEX1000、IE80、HA-FX1100などのダイナミック型IEMを使い続けてきた私のようなユーザーにとっては、ひとまず究極の到達点になるかもしれません。