2017年6月25日日曜日

オーディオテクニカ ATH-CKR90 & ATH-CKR100 の試聴レビュー

なんだか最近、買えもしないのに高価なオーディオ製品ばかり試聴してきたので、もうちょっと手頃で良いものはないかと物色していたところ、そういえば結構気に入ってたのに忘れていたアイテムがありました。

オーディオテクニカのイヤホン「ATH-CKR90」と「ATH-CKR100」、それぞれ実売で各2万円&4万円くらいです。

ATH-CKR90(左)とATH-CKR100(右)


2016年6月発売なので、もう1年前の製品になるのですが、ユニークな音質のわりにデザインが地味なせいかあまり話題に上らないのが惜しい逸品なので、いまさらながら紹介しようと思いました。


CKR

ATH-CKR90・CKR100ともに、一見ごく普通のダイナミック型イヤホンのようですが、実は二基のダイナミックドライバを「向かい合わせ」で配置してある「Dual Phase Push-Pull」というユニークな設計になっています。

二枚の貝殻を合わせたような構成なので、実際「それでちゃんと音が鳴るのか?」と疑ってしまうほど奇抜なアイデアなのですが、これが案外いい感じに作用しているらしく、しっかりと高音質を発揮してくれることに驚きました。

旧モデルCKS10の公式イラストから

そもそもドライバを二枚合わせたところで無駄なように思えますし、たとえば家庭用スピーカーなどでもあまり見たことが無いので、はたして意味があるのか疑問に思えるかもしれませんが、実はイヤホンにおいては説得力のある画期的なアイデアのようです。

原理的には、まず二つの向かい合わせのドライバの間をほぼ密閉空間にして、両方を同時に駆動することで、後ろのドライバの押す力と、前のドライバの引く力がぴったり一致するということが前提です。和太鼓みたいな感じですかね。

そうすることで、一般的なドライバと同じ出力と周波数特性を得るために必要なチャンバー空間がほぼ半分で済む、というメリットがあるそうです。バスレフのように空気の余裕を持たせなくても、コンパクトな密閉ハウジングで自己完結的に駆動してくれる、みたいな感じですかね。

さらに、一般的なダイナミック振動板の場合、コーンのような形状なので、押す方向と引き方向でそれぞれどの辺の周波数で歪みやすいとかの特性が変わってしまうのですが、前後逆に二枚合わせることで、お互いの歪みを押さえ込み、結果リニアになるというメリットもあります。

ただ、どんなに理想的であっても、ドライバのコストは二倍になりますし、出音面が一般的なコーン型振動板のように上手に拡散しないため、家庭用の大型スピーカーにおいてはあまりメリットが無いとも言われています。

前例としては、「ハウジングが小型で、歪みを押さえて、大出力が得られる」、ということで、サブウーファーなどで稀に使われています。

じゃあイヤホンで使ってみてはどうかと考えてみると、ハウジングはできるだけ小さくしたいですし、鼓膜から至近距離なので音の広がりはあまり気にしなくて良いですし、低音から高音まで歪みが少ないフルレンジシングルダイナミックが理想的ですし・・・なんて色々考えると、実はDual Phase Push-Pullのメリットが全て当てはまるため、アイデアとしては理想に合った解決策です。

もちろん、ドライバ二つ分の重量は問題ですし、しっかりと結合させるための優れた製造技術が要求されるので、そう簡単に真似できるものでもありません。もし下手な設計のせいで二枚がぴったり連動していないと、それぞれが別々に音を鳴らすため、位相ズレでシュワシュワと変な音になってしまいます。その辺はオーディオテクニカがダイナミックイヤホンに精通したベテランメーカーだからこそ実現できたのでしょう。

2014年のATH-CKR10

Dual Phase Push-Pullシリーズは、2014年のATH-CKR10・ATH-CKR9というモデルから始まり、今回のCKR100・CKR90は名前からしてそれらの後継機だと思うのですが、それにしても外観デザインを大幅に変えてきました。

個人的に、初期のモデルは、奇抜なアイデアに興味を持ったのですが、イヤホン本体のフィット感が悪く、結局購入を断念しました。装着してもバランスが悪くてポロポロ外れやすかったです。

また、音質もかなりシャープな「硬い」傾向で、リスニングより、どちらかというとモニターっぽいシビアさが気になりました。当時の個人的な印象としては、値段相応で悪くないけれど、あえてDual Phase Push-Pullという構造である良さがいまいちよく伝わらない、といった感じのイヤホンでした。

ATH-CKS1100

初代モデル発売から一年後の2015年にはATH-CKS1100というモデルが登場しました。こちらはオーディオテクニカの中でもSOLID BASSシリーズ扱いなので、よりコンシューマーリスニング用途にアレンジしたイヤホンだと思います。価格は3万円くらいで、このモデルからケーブルも着脱可能になりました。

SOLID BASSなんていうとピュアオーディオマニアは敬遠しそうですが、実際そこまで低音は過剰ではなく、それまでのATH-CKR10よりも豊かで楽しめるサウンドに仕上がっていました。普段聴いている音楽ジャンルによっては、モニターっぽいやつよりも、あえてこのSOLID BASSシリーズや、JVC XXシリーズみたいなリスニングに特化したサウンドの方が良かったりします。個人的には、あいかわらずフィット感が微妙だったので断念しました。

ATH-CKR90・100

そんな感じで、オーディオテクニカのDual Phase Push-Pullシリーズは、フルラインナップ展開することもなく、なんとなく「こんなものもありますよ」的な控えめのポジションで、着々と進化しているシリーズです。

オーディオテクニカ主力のATH-LSとATH-Eシリーズ

オーディオテクニカの中でも、いわゆる他社と競合するようなメインストリームというか王道ラインナップは、ATH-LSシリーズやATH-Eシリーズなんかが担当しているので、Dual Phase Push-Pullシリーズはむしろオーディオテクニカ独自の手法で、他社では類を見ない路線を追求したモデルだと思います。

CKR90は削り出しの質感が上品です

さりげないオーテクロゴ刻印が大人っぽいです

上位モデルCKR100は塗装と印刷が綺麗です

これまでのCKR10やCKS1100を体験していていると、デザイン面でCKR90・CKR100の大幅な路線変更に驚かされます。旧モデルのメカっぽいハイテクマニア系イメージから、今回はごく普通のイヤホンとして、高級な質感を高めようという努力が感じられる落ち着いたデザインです。

地味すぎて、あまり注意を惹かないかもしれませんが、実際に手にとって眺めてみると、そのクオリティの高さはすごいです。最近話題の10万円以上のIEMイヤホンとかでも、ここまで高品質に仕上がっているメーカーは少ないと思います。

上位モデルのATH-CKR100はハウジングが塗装されており、厚みのある飴のようなメタリックなので、デパートで売っているような万年筆とかを連想します。オーテクのロゴが白印刷されているのも良い感じです。個人的に一番気に入ったのは、本体下部のケーブル付近のゴムパーツがとても丁寧に仕上がっていることです。

ATH-CKR90はアルミのアノダイズド処理で、オーテクロゴの刻印がカッコイイですし、本体のザラザラした表面処理とは対象的に、側面は削り出しで銀色のリングが綺麗です。安価な下位モデルだと思わせないように意図的に質感を変えているようで、どちらも優劣付けがたい上品なデザインだと思いました。

搭載ドライバーは、CKR90が13mm+10.4mm、CKR100が13mm+13mmという構成です。素人の考えだと、わざわざ異なるサイズの振動板を合わせるよりも、どっちも13mm+13mmの方が安く量産できそうに思えるのですが、その辺は音響設計とか色々あるのでしょうか。

それ以外で価格に影響するような要素では、CKR90がアルミハウジング、CKR100はチタンハウジングです。さらにCKR100はドライバに「効率よく磁気を伝達する」純鉄ヨークを採用しているそうです。

ヨークというのはスピーカードライバの磁石を囲っている金属カバー部品のことで、磁力を振動板方向のみに集中させるためのフォーカスレンズみたいな役目の部品です(これが無いと、磁石がいわゆる棒磁石みたいに全方向に磁束が漏れてしまうので)。ただし、下手な金属を使うと振動板(コイル)の運動に磁場がついていけず音が歪んてしまうため、一般的に高級スピーカーになるほど、ヨークに高級な金属を使っています。

CKR100の場合、ヨーク以外にもドライバやチタンハウジングなど変更点は多いので、実際何がどこまで音質に効いてくるのかはわからないのですが、それら部品だけ見ても、さすがCKR90と比べて値段が高くなることに納得できるだけの違いがあります。

実用スペック的には、どちらもインピーダンスは12Ωと結構低めで、能率はCKR90が109dB/mW、CKR100が110dB/mWと、ほぼ同じです。実際に交互に聴き比べてみても音量や使用感はほとんど一緒でした。

内側にL/Rがハッキリ印刷されているのは嬉しいです

ゴロッとしてますがフィット感は良好です

装着感は想像以上に良かったです。ずんぐりした「どんぐり」みたいな形状なのですが、いざ装着してみると、意外と悪くないです。

とくに、旧モデルCKR10の変な形状に悩まされていたのですが、今回どちらのモデルもグイグイ引っ張っても本体が耳孔から外れにくかったのが嬉しいです。その辺はJVCのWOODシリーズHA-FX1100からHA-FW01へのデザイン変更なんかとよく似ています。

あいかわらずSpinFitが好きです

イヤーチップは一般的なソニーサイズなので、今回の試聴ではSpinFitを使いました。

実際、オーディオテクニカを含めた多くのイヤホンは耳掛け型IEMタイプが主流ですし、そういうのは苦手だという人も多いと思うので、無造作にパッと耳に装着できる手軽さは案外喜ばれそうです。

MMCXではなくオーテク独自のA2DCコネクタです

CKR90もA2DC端子の着脱式です
北米モデルだったのでワンボタンリモコン付きケーブルです

付属ケーブルは黒ビニールのヒョロっとしたやつで、若干心もとないです。本体が地味なので、ケーブルは見かけだけでももうちょっと派手にしてほしかったです。

ちなみに私が試聴したのはアメリカのATH-CKR100iSというモデルだったので、ケーブルにリモコンがついているのですが、日本で一般的に販売されているATH-CKR100はリモコンがついていません。やはり海外ではスマホ用リモコンは必須なんですかね。

ケーブルは着脱可能で、オーディオテクニカ独自のA2DCコネクターを採用しています。世間一般のMMCXコネクターと似ていますが全く別物なので注意が必要です。CKR100のみでなく、価格の安いCKR90も同じ着脱ケーブルなのが嬉しいですね。

このA2DCコネクターは、イヤホン・ヘッドホン用のケーブル端子としてベストに近い、かなり良い提案だと思うのですが、すでに世間ではMMCXや2ピンコネクターが普及しているため、あまり浸透しそうに無さそうなのがとても残念です。MMCXよりも接点がしっかりしていて、さらに摩擦が強いためグルグル回転しない優れたコネクターです。

オーディオテクニカから純正のアップグレードケーブルが販売されているのですが、今回は残念ながら手元に無かったので、試すことができませんでした。

音質とか

今回の試聴では、ポータブルDAPのPlenue Sと、大型ヘッドホンアンプのiFi Audio Pro iCANを使いました。

CKR90・CKR100ともにサウンドの個性が強いため、あまりDAPやアンプとの相性を選ばないようで、スマホなどでも十分満足に性能を引き出せるようでした。

また、ゼンハイザーIE80と比較してみたところ、実用上の駆動能率は大体同じくらいで、アンプのボリュームをほとんど変えずに使えました。

CKR90・CKR100どちらのモデルも、かなり特別で独特なサウンドなのですが、全体的な周波数特性なんかはずいぶん上手に調整されており、トータルバランスが絶妙に良いです。高音が、低音が、と不満を言わずに音楽鑑賞を楽しめるように仕上がっています。

それでいて、ありきたりな「この価格を考えれば十分なパフォーマンス」とかではなく、このイヤホンでしか味わえない独特な個性を放っています。

双方のモデルに共通していることは、音のメリハリがしっかりとしていて、芯が太く、他のイヤホンでは濁りがちな中低域が、非常にリアルに再現できている、ということです。たとえばIE80と聴き比べてみると、どうにもIE80はフォーカスの甘いフワフワモコモコしたサウンドに聴こえてしまいます(それはそれでリラックス系で悪くないのですが)。

とくに低音に関しては、CKR90・CKR100どちらのモデルも素晴らしいです。数あるダイナミック型イヤホンの中でも、かなり優れた低音の再現性に圧倒されます。単純に量が多いというわけではなく、力強いのに音抜けが良いという理想的な低音に近いです。そのため、耳元で無駄にボンボンと響かず、ドラムやベースのアタック音の音色と質感がしっかりと聴き取れて、とにかく聴くのが楽しいです。CKR100の方が若干生っぽさがありますが、CKR90も良い勝負です。

たとえばIE80やT8iEのような、空間的に正しい雰囲気の低音を再現しているのではなく、普段以上に低音楽器が音楽の中核として楽める対象になっています。

さらに、この力強さは中域まで途切れること無く続いているため、男性ボーカルやギターなんかも同様にしっかりと明確に、力強く鳴ってくれます。

とくに中低域に濁りや雑味が無いということが、マルチBA型ではなくシングルドライバーであることのメリットなのですが、一般的なシングルドライバーでは、ドライバーそのものは中高域寄りで、低音はハウジングのバスレフポートに依存するようなイヤホンが多いです。一方CKR90・CKR100はそのようなドスドス空気が流れるバスレフっぽさを一切感じさせないことが、通常のシングルダイナミックよりも優秀なポイントです。Dual Phase Push-Pullドライバーのおかげでしょうか。重低音から中域までしっかり豊かに聴き取れるのに、鼓膜への圧迫感が無いので不快に感じません。

CKR90も、下位モデルとは言わせないサウンドです

女性ボーカルからヴァイオリン、パーカッションなどの中高音域は、CKR90とCKR100で結構表情が変わる部分です。CKR100の方が高域は多めに出るようになっています。

個人的な感想としては、これが結構悩ましい部分だと思います。たとえばIE80とかT8iEみたいなダイナミック型イヤホンを期待している人は、CKR90の方が自然でマイルドなサウンドに仕上がっています。高域が弱いというわけではなく、これで人並みの無難なバランスだと思います。

CKR90はあえてドライバ構成を10mm+13mmにすることで高域特性を向上させたとカタログに書いてあったので、キンキンサウンドなのかと心配していたのですが、高音にトゲや不快感は無く、シャリシャリ・シャカシャカせずに音色を引き出しているので、声や楽器がしっかり味わます。その点は従来機CKR10などよりも良くなっているポイントです。

それに対して、CKR100の方は高音域がより強調されて、鳴り方もけっこう独特なので、好き嫌いが分かれるタイプだと思います。キンキンシャカシャカするという感じではありませんが、なんというか、いわゆる「オーディオテクニカらしい」サウンドと言えば分かりやすいかもしれません。開放型アラウンドイヤーヘッドホンATH-AD2000Xや、銀色の密閉型ヘッドホンATH-A2000Zなど、オーディオテクニカっぽいサウンドが好きな人であれば、このCKR100を聴けば「なるほど」と納得してもらえると思います。

オーディオテクニカっぽい、というのを一言で表現するのは難しいのですが、単純に高域が派手というのとは一味違う独特な鳴り方です。他社でよくある中高音の響きが艶っぽいとか空気感がといった感じとも違い、楽器の上の方の擦れたり弾いたりといったディテールがリアルに伝わってくるようなサウンドです。

演奏者の息継ぎや、弓が金属弦と触れた音、歌手とマイクの関係性、なんて情報が「ハッキリと」聴こえてくるというのが、オーディオテクニカらしい、CKR100の魅力だと思います。そういった細かい音が単純に「聴こえる」というレベルではなく、リアルすぎるくらいリアル、というのが、とくにオーディオテクニカっぽいところです。いきなり椅子が「ギシッ」と鳴ったので、自分が座っている椅子かと思ったら、実は録音内の音だった、といったリアル具合です。

これが逆にデメリットに感じることもあり、とくに音楽とは関係無い録音中の環境音も聴こえてしまうため、普段以上に「無駄な音」を意識してしまうイヤホンでもあります。ノイズや環境音と言っても、たとえば指揮者がウンウン唸っていたり、弦セクションがページをめくったり、床が揺れてマイクがゴロゴロと異音を放ったり、なんて、どこからどこまでが「音楽の一部」なのかは明確な定義は無いので、むしろこういうのが全部聴こえるというのが嬉しいという人もいると思います。たとえば、とあるジャズやクラシックの名盤で、ある場面で地下鉄が通るゴーッという音が聴こえれば、一人前のオーディオシステムの証拠である、なんて豪語している人であれば、CKR100はそんな要望を存分に満たしてくれます。

細かな情報を拾いやすいことが音楽鑑賞において良いか悪いか、という話は別として、そもそも他の多くのイヤホンではこれらの微細音がほとんど聴こえないので、CKR100が特別な存在であることは紛れない事実です。実は今回の試聴中も、私が普段から百回以上聴いているであろうテスト曲をCKR100で聴いてみたら、あるパッセージで聴き慣れないノイズが明確に聴こえたので驚いてしまいました。確認のために、愛用しているAK T8iEやCampfire Andromedaなどで同じパッセージを聴き直してみたところ、たしかに注意すれば同じノイズがうっすら聴こえましたが、これは普通なら絶対気がつかないな、という程度でした。つまりそれだけCKR100が特別なのでしょう。


ノイズやディテールが聴き取りやすい、ということと関連しているのですが、CKR90・CKR100で一番驚いたのは、空間表現のプレゼンテーションです。これは他社のイヤホンと較べても、かなり独特だと思います。

他社のイヤホンから切り替えるとすぐにわかるのですが、CKRでは左右のステレオ音像がクロスフィードかのごとくしっかり前方で結合しています。目をつぶって聴いていると、ちょうど目の前の、手でつかめるような近距離で、サッカーボール大の音像が浮かび上がっているような感覚です。

単純に左右の音源がもやもやと混じっているという風でもなく、各音像はしっかりメリハリがあってクリアです。なんだか左右のドライバの音波(?)がぴったり確実に鼓膜に届いているため脳がしっかりと音像を作れてるのかな、なんて想像します。これがDual Phase Push-Pullのメリットなのかもしれません。

高価なイヤホンでも案外ありがちな「左右別々に音が鳴っている」「中心に穴が空く」といった感覚とは正反対なので、DSPギミック無しでどうやってこのような効果が発揮できているのか、不思議な体験です。

ただし、そうは言っても距離感とは別の話なので、全体的に音像は近く、空間の奥行きや遠さはあまり感じられません。さらに、音像が前方に集まっているせいで、左右のサラウンド的広がりはあまり無いです。たとえばCKR100からT8iEに切り替えてみると、パーッと一気に音場が数メートル先まで広がるような感覚があります。

そんな感じで、CKR100はたとえばATH-ESW950のようなコンパクトオンイヤーヘッドホンに近いサウンドだと思いました。音楽がギュッと目の前に凝縮されているので、その分聴き込むことに集中できるようなプレゼンテーションです。

この特徴的な空間表現について、個人的に一つだけ不満なポイントがありました。この価格帯のイヤホンではよくありがちな事ですが、低音の音像位置の問題です。

低音の量感は過剰というほどでもないのですが、独特の空間表現のせいか、低音像の位置がかなり手前の方にあるような聴こえ方になってしまっており、そのせいで音場の前後位置がおかしなことになっています。たとえばバンド演奏であればベース奏者が常に歌手の手前に陣取っており、オーケストラであればコントラバスやティンパニが最前列で、ヴァイオリンなどがその後ろにいるような感じです。それが問題になるかどうかは楽曲によりますが、やはり戸惑うことがありました。

特にCKR90の方は、すべての音像が前方の眉間付近に集中しているため、ちょうど目線の高さの水平線上に、低音を中心に全ての音像が扇状に並んでいるような感覚でした。そのため、低音楽器の後ろに高音楽器が隠れてしまう問題が感じられました。

一方CKR100になると、この空間表現はけっこう変わります。CKR90では目線の高さにあった音像が、上下に分散されて、「高さ」の違いが生まれています。

CKR90と同じような距離感でありながら、低音はリスナーの目線の高さよりもちょっと下の顎骨付近から聴こえて、高音はもっと上の方のおでこの辺りから聴こえます。意図的というよりも、むしろ複雑な音響成分の組み合わせによる偶然のようなものなのかもしれません。多分錯覚なので、どういった原理かは不明ですが、実際そう聴こえます。

つまり、CKR100では上下方向に音像が散らばってくれるため、CKR90と比べて高音から低音まで全帯域で聴きとりやすさ、見通しの良さが向上しているように思えます。

ただし、音場の展開という意味では完璧とは言えず、たとえばオーケストラであれば、低音楽器が下で、高音楽器が上、というおかしなプレゼンテーションになってしまいます。たとえばオペラなどのように、前方の距離感や奥行きの臨場感が必要な録音では、ピットとステージが逆転しているかのように音場が混沌となってしまい、あまり楽しめませんでした。

たぶんCKR100特有の、録音中の環境ノイズがリアルに聴こえすぎるという特徴も、この空間表現の特異性が関連しているのだと思います。とくにジャズやクラシックなどの生録音だとけっこう気になることが多いので、その辺をメリットとするかどうかで評価が大きくかわります。

個人的に、特にCKR100の方は、ライブ録音よりも、もっとプロデュースが丁寧でしっかりと練り込まれた、ポピュラーやR&B系などのスタジオ・アルバムで本領を発揮してくれると思いました。音場の前後配置とかはあまり気にしなくてもよいですし、それよりも音色や歌声がしっかりと楽しめることが強みです。

とくに歌手が主体で、複雑なマルチトラックの伴奏が宙を舞うように目まぐるしく展開しているようなアルバムでは、CKR100特有の前方に浮かび上がるような音像と、帯域に穴の無い明確な鳴り方がとても良く合います。

おわりに

ATH-CKR90・CKR100はDual Phase Push-Pullドライバー搭載機として従来モデルよりも大幅な進化を遂げました。質感の高さや着脱可能ケーブル、絶妙なフィットと、デザイン面での完成度も非常に高いです。

サウンドはリスニング向けに満足できる仕上がりで、CKR90は万能選手として古典的ダイナミックイヤホンからの買い換えに良いと思いますし、CKR100はオーディオテクニカの大型ヘッドホンっぽさを彷彿させる「アイデンティティー」があるサウンドだと思います。

値段以上にクオリティの高いデザインも含めて、あえて世間のIEM競争から一歩退いたところで、「オレはこれが好きなんだ」と自身を持って主張できる人のための、大人のイヤホン、という印象を受けました。

他社のイヤホン勢と比較してみても、CKRシリーズは特出した存在だと思います。たとえばそろそろ古くなってきたゼンハイザーIE80から買い換えることを想定すると、マルチBAに移行するにも低音の鳴り方が息苦しい、IE800では繊細すぎてノリが悪い、Campfire Lyra IIはちょっと中域の癖が強すぎる、T8iEも空間重視でフワフワしている、なんて、たとえ10万円を視野に入れても、意外とそれぞれ独特な特徴が強すぎて、好き嫌いが分かれます。

とくにダイナミック型の場合、マルチBA型よりもメーカー独自のノウハウや製造技術が先鋭化しているため、海外手作りガレージメーカーよりも国産大手の方が面白いことをやっています。ロングセラーのソニーMDR-EX1000なんかが良い例ですが、たとえば中低域の響きをもうちょっと楽しみたいのならJVC HA-FW01・02なんかも良いですし、逆にむしろ切れ味やダイナミックな彫りの深さが欲しければCKR90・CKR100は極めて優秀です。

私を含めて、普段から何十万円もするような高級モデルの話題性に釣られて、ついそっちばかり注目しがちなのですが(それはそれで趣味としては楽しいのですが・・・)、CKRシリーズのようにユニークで画期的なイヤホンは、どんなにコアなマニアでも食わず嫌いせずに真剣に一聴してみる価値があります。

オーディオテクニカのDual Phase Push-Pullという技術は、ドライバやハウジングなどのコスト面から、なかなか低価格帯に落とし込むのは難しいテクノロジーだと思います。むしろ、CKR100の純鉄ヨークやチタンハウジングなど、素材や設計を追求することで、さらにレベルの高い高音質が引き出せるポテンシャルがある技術です。

最近のイヤホンブームはインフレが激しいですが、むしろ逆に考えれば、どんなに高価なモデルであっても音さえ良ければ売れるチャンスがある、という側面もあります。高価な方が絶対に良いというつもありはありませんが、たとえばCKR100においても、もし4万円という価格設定のせいでやり残したことがあるとすれば、それらを惜しみなく投入した上位モデルなんかがあったら、いったいどんなすごいサウンドになるのだろう、なんて想像したくなります。それくらい潜在能力の高いイヤホンシリーズだと思いました。