iFi Audio xDSD |
2018年4月発売で、イギリスでの発売価格は399ポンド、日本では54,000円くらいだそうです。
iFi Audioらしく、強力なヘッドホンアンプに、DSD512・PCM 768kHz、MQA対応DAC、そして新たにBluetooth受信機能もついているという、バッテリー駆動の小さな筐体に全部入りの魅力的な商品です。
iFi Audio
iFi Audioというと、オーディオ業界ではまだ新参者のような気がしますが、実は初代モデルラインナップのmicro iCANやnano iDSDの発売が2013年なので、かれこれ5年間も活躍しているベテランメーカーに成長しています。とくに、ヘッドホン用ポータブルDACアンプnano iDSD・micro iDSDはロングセラーの現役商品ですし、最近では廉価版のnano iDSD LEや、スペシャルチューンのBlack Labelが好調に売れています。
iFi Audioといえば、思い立ったものはすぐに商品化するというフットワークの軽さと、ハイテク分野の開発力の高さがあります。たとえば2013年に登場した初代nano iDSDは、その時点ですでにDSD256・DXD完全対応・大型ヘッドホンも鳴らせる強力なヘッドホンアンプという高スペックながら圧倒的な低価格を実現できており、大手他社が類似品を出すまでに、実に数年のリードがありました。今でもファームウェアアップデートでMQA対応などをスイスイこなしているところが、他のメーカーでは真似できない芸当です。
中核のラインナップがこのように盤石の体制で、まだモデルチェンジの必要性が来ておらず、そのかわりに最近はUSBノイズフィルターなどのアクセサリー類を続々発売して、複雑な商品ラインナップで我々消費者を翻弄しています。
今回発売されたxDSDというモデルも、過去モデルと比べて何が新しいのか、一体どういった意図があるのか、ちょっと不思議に思いました。
写真について
最初の試聴機は印刷が上下逆でした |
ところで、xDSDの国内販売前に英国から試聴機を入手したところ、製造ミスでフロントパネルの印刷が上下逆というおかしな事態になっていました。
その後、印刷が修正された量産版を手に入れたので、タイトル写真などは取り直したのですが、全部撮り直すのも面倒だったので、下記の一部の写真はまだ上下逆です。少数の英国初回ロットのみのミスで、日本への流通在庫は全て修正されているとのことです。
xDSD
ちなみにiDSDシリーズの上位モデルnano iDSD Black Labelは30,000円、micro iDSD Black Labelは75,000円です。(micro iDSDは通常版が5万円台に下がってきたので、実売ではBlack Labelと価格差があります)。
xDSD、nano iDSD BL、micro iDSD BL |
横に並べてみると、xDSDはnano iDSDとほぼ同じサイズで、厚さが25.5mmから19mmに、かなり薄型になっていることがわかります。スマホと重ねて使いやすくなりました。さらに、ボリュームノブが突き出していない分だけコンパクトに収まっています。
iFi Audioによると、このxDSDは新たな「X SERIES」の第一号で、方向性としてはnanoやmicroシリーズよりも高性能を凝縮したプレミアム感を出したいという事です。
公式サイトでも「X SERIES」が専用項目になってます |
たしかにこれまでのiFi Audioといえば、高音質なのに手触りがチープすぎて、見た目重視のオーディオマニアからは敬遠される印象があったので、とくにシャーシデザインが一新されたのは歓迎できます。
さらにxDSDはBluetoothを搭載していることも注目点です。実はこのモデルが初めてではなく、昨年「nano iOne」という「家庭用小型Bluetooth入力ライン出力DAC」というニッチすぎる商品を発売しているので、それで培った経験を活かしています。
xDSDは「ポケットサイズで、多色LEDで、Bluetooth搭載で」、色々考えてみると、Chord HugoとMojoを意識した存在なのかもしれません。サイズはMojoとほぼ同じで、厚さはMojoの22mmに対してxDSDは19mmと若干薄いですし、重量はMojoの180gに対してxDSDは127g、さらにMojoには無くて上位機種のHugo・Hugo 2にはあるBluetooth機能を搭載している、となると、戦略的には正しい方向性のモデルだと思います。
というか、どちらも同じ英国のメーカーで、どちらも発売価格が399ポンドです。Mojoは世界的ベストセラーになりましたが、まだまだ潜在需要はあると見込んでの企画でしょうか。
xDSDが登場したことによって、nano iDSD・micro iDSDの存在意義が失われたわけでもなく、まだ各モデルで数万円単位の大幅な価格差があります。今後それらと共存していくのか、もしくは「Xシリーズ」はどのように展開していくのでしょうね。
実際のところ、nano iDSDのような小型DACアンプを使っていて、もうちょっと上位モデルにアップグレードする気はあっても、micro iDSDでは物理的に大きすぎるという人もいると思います。さらに、最近は新規ユーザーでも妥協せずいきなり高価なモデルを買う傾向があるので、そうなるとxDSDが狙うプレミアム路線というのも、Mojoの好調が実証したように、的確なターゲットなのかもしれません。
パッケージ |
アクセサリー類 |
パッケージはいつものiFi Audioと同じ白い紙箱です。デザインは統一感があって良いのですが、いつも上蓋がピッタリすぎて開けづらいと思っているので、その辺をどうにか改善してもらいたいです。
アクセサリー類はiFi Audioでは見慣れたラインナップです。USBケーブル・アダプターは三種類が付属していますが、どれもフルサイズ端子なので、せっかくポータブル用なのだから、短い光ケーブルとか、OTG用のマイクロUSBやUSB C直結ケーブルなんかを付属してもらいたかったです。
USBフィルターばかりではなく、同社MercuryやGemini USBケーブルを応用したような、ポータブル用ハイエンドUSBケーブルも出してくれませんかね。
あとは、角型から3.5mm光デジタルアダプターもついています。そういえば、micro iDSDでも、実は同軸と光デジタル入力のどちらも使えるということを知らなかった、という人に何度も遭遇しているので、本体ラベルにOPTICALと書いておくとか、もうちょっと明確にしたほうが良いと思います。
S/PDIF入力はmicro iDSDのみの特権(nano iDSDの同軸は出力のみ)だったので、そのあたりもxDSDはコンパクトながら上位機種ということを示しています。
あと、付属品のバリバリ両面テープは、スマホとかと固定するために使うのですが、これがよくあるベルクロではなく、上下ともにキノコみたいな形状のやつです。(3M Dual Lockか、それの類似品)。これは次世代のベルクロとして凄く良いと思うのですが、存在が知られてないのか、なかなか流行りませんね。
フロントパネル |
波打つような本体デザインは、同社の大型アンプPro iCANの天板でも似たような演出があったので、悪くないと思います。
ダークなメタリックメッキ処理というのはオーディオ製品としては珍しい手法で、インパクトはあると思います。先ほど、写真を取り直すのが面倒くさいと言ったのは、このメッキのせいで指紋がとくに目立つので、毎回タオルで拭くのがかなり大変だからです。
説明書から |
フロントパネル左側に3.5mmヘッドホン出力があり、その隣にある二つのLEDは、上がkHz、下がINPUTです。kHzは再生中ファイルのサンプルレートによって色が変わるので、ちゃんとハイレゾPCMやDSDがネイティブで鳴っているか確認できます。INPUTは、USB、S/PDIF、Bluetoothで色が変わり、さらにBluetoothペアリング中は点滅します。
本体中心の大きなランプが電源ボタンで、その周辺がボリュームノブです。これまでのモデルではアナログボリュームでしたが、今回はエンコーダーです。
アナログボリュームポットの方が一部マニアには好まれますが、現実問題としてmicro iDSDでイヤホンを駆動するときなど、ボリュームを絞ると左右のボリューム誤差(ギャングエラー)がかなり気になりました。xDSDではエンコーダー制御のアナログ抵抗ICボリュームという、よくハイエンド機で使われている手法に変更され、少音量時でもギャングエラー問題が解消されています。
ところで、xDSDのボリュームノブは、ギザギザのプラスチックで、どう見てもタミヤ工作キットのギアーみたいなので、せっかくプレミアム路線を目指すのなら、もうちょっと高級感を出してもらいたかったです。
中心の電源ボタンは、慣れるまでちょっと使い方が難解です。
まず、長押しで電源ON・OFFです。電源投入時に、長押しする時間によって、LEDが青か緑になり、緑ならUSBとS/PDIF入力で、青ならBluetooth入力が使えるようになります。
次に使う時は前回のモードが最初に選ばれるので、ちょっと長押しするだけでOKで、モードを切り替えたいときには、さらにそのまま数秒間長押しする必要がある、ということです。
さらに、音楽再生中に電源ボタンを短く押すと、ミュート機能になります。これはポータブル用途では結構ありがたい機能です。
電源ボタンの右には「3D+」「XBass+」機能のLEDランプがあり、隣の黒いボタンでそれぞれONもしくは両方ON、両方OFFと、巡回して切り替わります。
3D+は、左右の信号を微妙に混ぜる、いわゆるクロスフィードエフェクトなので、左右のステレオ分離が派手すぎるアルバムではとくに効果があります。逆に、ステレオ音場が自然な録音だと、ほとんど効果が感じられません。イヤホンで聴いていてムズムズする、違和感があるアルバムなら、3D+をONにすると、まるで前方のスピーカーで聴いているような自然な音場展開が得られるので、いざという時に使うと気持ちが良いです。
micro iDSDでもあった機能で、それと同様、若干高域が持ち上がる感じがするので、個人的にはあまり使う機会はありませんでした。科学的にはなんであれ、ステレオ分離が異常なアルバムというのは、大抵高域がシャリシャリした音楽である場合が多いので、もうちょっと落ち着いたクロスフィードモードが欲しいと思っています。
XBass+は、低音ブーストエフェクトなのですが、これもmicro iDSDにあった機能です。低音ブーストといっても中低音をモコモコ増強するのではなく、本当に聴き取れるかスレスレの低音を持ち上げるので、実際そこまで低い低音は入っていないアルバムも多いですし、ヘッドホンの低音レスポンスにも依存します。これもあると便利ですが、無くて困るものでもないですし、私はあまり使う機会がありませんでした。
ちなみに、これらの切り替え用ボタンは、長押しするとBluetoothペアリングモードになりますし、さらに、これを押しながら電源を投入すると、3.5mm出力が電圧固定のライン出力モードになるという機能もあります。
背面は波模様がずいぶんカッコいいと思います。側面にさり気なくハイレゾステッカーが貼ってありますね。
USB Aと、光・同軸S/PDIFデジタル入力を備えており、アナログ入力はありません。両方使う場合、USB信号が優先されます。
iFi Audio OTGケーブル |
Audioquest Dragontailケーブル |
iFi Audioらしく、DAC入力用USBはA型端子なので、スマホOTGケーブルがそのまま挿入できるというアイデアです。一番有名なのはアップルiPhone用の白いやつ(CCKケーブル)ですが、iFi Audioも最近マイクロUSBとUSB CのOTGケーブルを発売しました。とくにUSB Cタイプはアップル以外では珍しいですし、ケーブルも柔らかく扱いやすいので、かなりオススメです。AudioquestもマイクロUSBとUSB Aタイプ(Dragontail)を作っています。
その隣には、DACフィルタースイッチがあり、これは好みに合わせて切り替えます。そこまで大きな差は感じられず、私は常時LISTENを選んでおきました。バーブラウンなので、SharpとSlowの事だと思いますが、あえて片方をMEASUREと呼んでいるのは、つまり測定での高スペックと、実際の高音質は違うということで、皮肉っぽいというか、面白いです。
これまでのモデルとの一番大きな違いは、充電がデータケーブル兼用のUSBバスパワーではなく、充電専用のマイクロUSBポートを搭載していることです。ポータブルOTG接続だと、スマホから電力を引かないようにという配慮だと思いますが、自宅据え置きで使う場合には、別途USB給電を用意しないといけないので、ちょっと面倒です。このへんもMojoやHugo 2など、Chordの設計に近いです。
オーディオ回路
今回は借り物なので、中身を開けてみる事はできなかったのですが、ネットニュースなどで基板写真を見るかぎりでは、ずいぶんコンパクト化されて、nano iDSDとの共通デザインはほとんど見られませんでした。完全の新設計と言えそうです。ネットで見つけた中身の写真 |
とくに、これまでXMOS USBインターフェースやD/A変換、アナログアンプなど、回路がセクションごとに区切られていましたが、今回はかなり複雑に混同されています。とくにXMOS、クロック、D/Aチップなどが全て数センチの範囲に集約されており、最短で配線されているのは好印象です。電源やBluetoothチップなどのノイズ源も別エリアに集約されており、ずいぶん上手に詰め込んだなという印象です。
USB入力は、これまでどおりDSD512・PCM768kHz対応です。全モデルで共通したXMOSインターフェースとファームウェアを使っているので、このあたりの合理性や、あえて価格ごとにわざと差別化や出し惜しみしないところが好印象です。
今回xDSDの発売と同時に、nano iDSD、micro iDSDなどもVer. 5.3ファームウェアアップデートが公開され、MQA対応が追加されました。ずいぶん昔にnano iDSDを買ったユーザーでも、まだ置き去りにされてないのは嬉しいと思います。
xDSDはデフォルトでVer. 5.3がインストールされていますが、必要であればMQA非対応のVer. 5.2もインストールできるということです。なんでも、DSD512・PCM768をテストするならVer. 5.2の方が良いらしいですが、どっちのファイルも持っていません。
MQAとか
余談になりますが、最近話題のMQAファイルに関しては、個人的にあまり興味が無いのでテストとかはしませんでした。そもそもの存在意義が、ハイレゾPCM(FLAC)のままだとデータ量が大きすぎて、インターネットのストリーミングビジネスが今後ハイレゾを押し出すには通信量を圧迫するから、それなら非可逆でいいから圧縮しちゃおう、というようなところなので、いわゆるMP3やドルビーデジタルと同じような利便性のための下位フォーマットです。圧縮するならハイレゾである必要は無いのでは、と思う人もいますが、それはストリーミング動画サービスの4K配信みたいに、ビジネスとして必要なものです。
そもそもネットストリーミングせず、FLACとかをダウンロード購入してDAPや家庭DACで聴いている私にとっては無用の長物です。
MQAのビジネスモデルは、ドルビーのような、エンコーダーとデコーダーのライセンス料という仕組みなので、そのあたりで賛同と反対の利害関係が交錯しています。
今回のiFiのようなMQAデコーダーを搭載したプレイヤーが無いと、MQAファイルはどうにも再生できないので、これは「再生するための権利」を一企業が握るという、新手のDRMではないか、と懸念する人も多く、先月のStereophile誌でも大きな記事になっていて、MQA側が、DRMではない、なんのプロテクトもかけてない、ただしデコーダーが必要だ、というような事をインタビューで答えてました。つまり暗号化ではないので、自前のデコーダーでも再生できますが、商品として機能を搭載する場合にはライセンス許可がいります、という事です。今のオーナーは良くても、将来的にMQA側の企業体制が変わり、「このメーカーはライセンスするけど、あのメーカーはダメ」という事になったら困る、というのが心配の元でしょう。逆にメリットとして、最近ハイレゾダウンロード業界は、一般への普及が広まるとともに、海賊版や違法コピーに悩まされて、売り上げが伸び悩んでいるらしいので、MQAが新たな風になってくれるのかもしれません。
個人的にMQAにあまり関わりたくない理由は、そもそも「圧縮する」という事が目的でありながら、そこをそれ以外の謎の論理付けで、スタジオマスターファイルをMQAで聴くと高音質になるとか、時間軸の滲みがなんとか、折り紙がとか、アバウトな情報が交錯していることで、雑誌インタビューとかもむしろ煙に巻かれたような気分になります。ようするにスタジオでハイレゾPCMをMQAエンコードすれば、MQAデコーダー搭載機でないと再生できないので、その間の経路が保証できるということであって、MQAデコーダーにそれ以上の何らかのDSPやクロック同期や音質改善機能がついているわけではありません。そのため、今回iFi Audioでも、ファームウェアレベルでMQAファイルの再生に対応できるようになりました。
また、余談になりますが、ここ数ヶ月で、ハイレゾCDという名前で、MQAエンコードされたCDというのをネットニュースなどで見るようになりました。これもMQAデコーダーを搭載したプレイヤーが必要になるので、どういったレーベル団体が協賛しているかで、オーディオ市場の流れみたいなものが見えてきます。未だに円盤メディアを大事にしている日本のおじさんマニアのためのアイデアだと思いますが、やはり、ハイレゾPCMという大容量を、CDというサイズに収めるための利便性のための規格です。
そういえば20年前くらいに、HDCDというのがありました。普通のCDなのに、HDCD対応プレイヤーを使うと、特殊エンコードされた部分が展開され、普通のCDの16bitから、20bit相当に高音質化されるという仕組みです。当時一部のメーカー勢がプッシュしてましたが、これも開発元PMD社の専用デコーダーICを搭載しないとダメという利権ビジネスで、あまり流行らずに廃れました。
オーディオ回路2
xDSDの話に戻りますが、D/A変換チップは、nano iDSD、micro iDSDなどと同じく、バーブラウン(TI)社のDSD1793をシングルで搭載しています。2004に登場したチップで、もう14年になりますが、それでもiFi Audio独自の制御によって、DSD256、PCM768kHzなどに完全対応しているのは凄いです。DSD1793は有名なPCM1792のバリエーションで(DSD入力専用ピンが追加されている)、スペック的にはほぼ同じ物です。
最近ではESSや旭化成などのD/Aチップの方が有名になっていますが、それらは機能的にはずいぶん進歩していますが(たとえばS/PDIF直入力や、高精度デジタルボリューム制御機能がチップに内蔵されているとか)、でも実際のオーディオスペック面では、バーブラウンの時代から現在まで、どうせアナログアンプが24bitデジタルの壁を超えられていないので、結局は音質の好みの問題になります。古いチップだから音が悪いとか、アンプの性能が落ちるわけではありません。
そういえば、また余談になってしまいますが、今月の「無線と実験」誌で、当時バーブラウンでPCM1792の開発に関わっていた方の回想記事がありました。D/AチップそのもののTHDやS/Nが127dBとか書いてあっても、実際にそれを実証するとなると電源やアナログ回路設計に相当苦労したそうです。さらに、そんなD/Aチップを搭載した市販のオーディオ製品では、実際にチップの性能限界まで引き出せているものは極めて稀のようでした。
たとえばxDSDのスペック表には、ダイナミックレンジが113dBAでTHD+Nが0.005%(つまり-86dBくらい)と書いてあります。ポータブルでは良いほうで、THD+Nが-100dBを超えるにはエソテリックとかの超高級据え置きDACになります。
たとえば真空管アンプとかは、最新の超ハイエンド品でもS/Nが95dB、THD+Nが-42dBとかが一般的です。それでも高音質だからと何十万円も払うオーディオマニアがいるという事実からも、こういったスペック数値は、音質に直結しているというよりも、メーカーがどれほどの技術力を持っているのか、どれだけD/Aチップの論理限界に近づけているのか、もしスペック数値が悪い場合は、その理由をちゃんと解説出来ているのか(リスニングで高音質だったから、あえてこういう手法を選んだ、など)、といった部分が重要になってきます。
近頃は、自社での音質追求や試行錯誤をスキップして、旭化成などチップメーカーのデータシートにあるレファレンス回路をそのままコピペして導入しているオーディオメーカーが多いです。iFi AudioがずっとDSD1793というD/Aチップを使い続けてきた事は、それだけ周辺回路設計の知識も熟知しているわけで、その成果がxDSDに反映されているのでしょう。
アンプ
D/A変換部分は、これまでとあまり大きな変更は無いようですが、アナログアンプ回路は色々と進化したようで、これがxDSDの注目点とされています。まず、昨年のBlack Labelモデルにて導入された、自社オリジナルの高級オペアンプ「OV4627A」を採用しています。どんなに高級なオーディオメーカーでも、結局中身には5円10円の量産品オペアンプを使っているので、そこから差別化を図るために、チップメーカーと交渉して、量産品で使われているアルミ配線などをOFCや金ワイヤーに変更した特注ロットだそうです。
micro iDSDでは、このオリジナルオペアンプを搭載したBlack Labelが登場した際に、それまで愛用していた通常版と聴き比べたのですが、ずいぶん大きな音質向上効果が感じられたので、通常版は手放してBlack Labelに買い替えました。
ところでxDSDのヘッドホンアンプ回路は、新たに「S-Balanced」と呼んでいますが、これについてはちょっと誤解を招く名前だと思います。iFi Audioはヘッドホンのバランス駆動(差動アンプ)に関してあまり乗り気ではないようで、xDSDも3.5mmのみです。これはChord社とかもそうですが、たぶんどのアンプメーカーも内心そう思っていながら、バランス化したほうが高く売れるのだからという微妙な状況だと思います。
バランス化はデメリットも多いのですが、左右グラウンドの分離によるクロストーク低減という大きなメリットがあります。しかしそれには、わざわざアンプを二倍用意しなくても、グラウンドを分離することで実現できます。
つまりxDSDのS-Balanced回路というのは、3.5mm TRRS 4極端子に対応しており、左右のグラウンド線を個別に左右チャンネルのアンプに戻すので、原理的にデュアルモノで、クロストークが低減できる、という仕組みです。
グラウンド分離はソニーも以前同じ事を提唱しましたし、オンキヨーDAPでもグラウンド分離の0Vドライブというのを導入していましたが、今回のような3.5mm 4極というと、スマホのリモコンマイクケーブルと同じ形状なので、誤動作する可能性があるので、普及しませんでしたね。
やはり初心者にとって、グラウンド分離なんかよりも、アンプが二倍、電圧が二倍、値段も二倍、というフルバランスの方が強そうで魅力的です。iFiもChordも「音質なんかよりも、とにかくバランス対応じゃないなら買わない」という人をどう説得するかで頭を抱えているようです。
Dita Dream用3.5mm 4極コネクター |
幸い私の場合、普段使っているCowon Plenue S DAPが3.5mm 4極バランス対応で、Dita Dream用に変換コネクターも持っているので、それで試すことができました。
3極と4極で交互に聴き比べてもみても、そこまで大きな違いは感じられません。なんとなく4極の方が前方空間の定位がしっかりするかな、なんて気にもなりますが、錯覚程度です。もっと低能率でパワーが必要な(つまりクロストークが起こりやすい)イヤホンなんかでは効果があるのかもしれません。たとえばxDSDで大型ヘッドホンを鳴らしたいのであれば、6.35mm→3.5mm三極よりも、4ピンXLR→3.5mm四極のアダプターがあると良さそうです。
ヘッドホンアンプ回路について、xDSDでもう一つ新機能として紹介されているのが「Cyberdrive」というやつです。なんだか凄いネーミングですが、具体的には、いくつかの設計コンセプトをまとめてそう呼んでいるようです。
さきほど紹介したように、ボリュームノブはエンコーダーで、その信号指示に応じて並列抵抗ICにてアナログボリュームレベルを調整する仕組みです。似たようなICはTI社のPGAやMAXIM社のMAX5400シリーズなど、最近とくにポータブル機で普及しはじめています。
古い世代のオーディオマニアは、エンコーダーというと、デジタルボリューム(データのビットを削る)と勘違いして、悪いものだと思いこむ人がまだいるのですが、最近では高精度な抵抗をデジタルで切り替えてエンコーダー制御する(従来のリレー抵抗ボリュームと同じ原理の)タイプが一般的になったので、不正確なロータリーボリュームポットよりも、正しく設計されたエンコーダーの方がはるかに高音質が実現できるようになりました。
少音量時のギャングエラーも解消されるので、たとえばmicro iDSDではヘッドホンの能率によって、ECOとNORMALゲインを手動で切り替える必要があったところを、xDSDではその必要が無くなり、より広範囲のボリューム調整ができるようになりました。
さらに、xDSDはマイクロUSB電源になり、給電システムが一新されたため、使用中に自由に充電することが可能になりました。micro iDSDでは、電源ON時にUSBケーブルを接続するとバッテリー駆動になり(つまり充電しない、OTGに適したモード)、一方、USBケーブルを接続した状態で電源ONにすると、充電しながら使える(つまりデスクトップパソコン接続モード)という風に使い分ける必要があったのですが(ちゃんと説明書を読まないと、知らない人も多いです)、xDSDではその必要が無くなり、スマホOTG接続時でも充電できるようになったのは嬉しいです。
これらの色々な電源・アンプ周りの新機能を総括して「Cyberdrive」と呼んでいるそうです。
ちなみに今回OTGリスニング中に充電ケーブルを挿しても、変なジリジリノイズとかは発生しませんでした。
ポタアンの鬼門であるCampfire Audio Andromeda |
ところで、xDSDのアンプ関連で、ひとつだけ気になったのが、これまでmicro iDSDやnano iDSD BLに搭載されていた、「IEMatch」スイッチが無い事です。
これは、とくに感度が高いマルチBA型IEMイヤホンなどのために、あえてヘッドホン出力に抵抗を挟んで音量を下げる、ブレーキのような機能でした。
IEMatchのメリットは、ボリュームノブを上まで回せるので、ギャングエラー問題を回避できるということと、アンプの潜在バックグラウンドノイズをカットできるということです。xDSDではギャングエラー問題が解消されたので、もうIEMatchは不要との判断でしょうか。
高感度でノイズに敏感なCampfire Audio Andromedaを使ってみたところ、xDSDのノイズ量は、micro iDSDやnano iDSDでIEMatchをOFFにした状態とあまり変わらないというか、静かな環境で無音状態で聴くと、わずかにサーッという音が聴こえます。こういうのを気にするユーザーにとっては注意すべきポイントかもしれません。
個人的に、Andromedaはmicro iDSDでIEMatchを使うと、出力インピーダンスが悪化するせいか、音色のバランスが悪くなり、変にヒョロっとした音になる感じで、あえて敬遠していました。外付け別売のIEMatchも持ってますが、これも同印象です。それならホワイトノイズを我慢したほうが音が良いと思います。もちろんノイズも音質劣化も無いことが最善なのですが。
出力
ヘッドホンアンプの出力電圧を測ってみました。
いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波を再生しながら、各インピーダンス負荷にて、歪みはじめるまでボリュームを上げていった時のPeak to Peak電圧です。
公式スペックで最大3.8Vrmsと書いてあるので、グラフ上でもピッタリ10Vppで合っています。これだけゲインがあれば、ほとんどの大型ヘッドホンでも駆動できそうです。据え置き型アンプでもこれより低出力なモデルは沢山あります。
モデルラインナップの値段順に、xDSDはちょうどmicro iDSDとnano iDSDの中間にピッタリ収まる特性になっています。(グラフはどちらもBlack Labelです)。ちなみにラベルを忘れましたが、緑の線はMojoです。
それと、micro iDSDはNormalゲインモードでの数値です。Turboモードにすると28Vまで上がってしまい、縦軸が見づらくなるので、あえて記載しませんでした。爆音すぎて、実際ほとんどのヘッドホンでTurboモードを使うことは無いと思います。
無負荷で出力を1Vppに合わせて、負荷に対する変動をチェックしてみました。ちなみに青がxDSDで緑がMojoです。どちらも横一直線なので、出力インピーダンスはほぼ測定不能なほど低いです。最近のヘッドホンアンプは、出力インピーダンスは低くないと売れないので、どれも優秀すぎて、あえて測る意味も無くなってきました。
音質とか
今回の試聴では、Astell & Kern KANN(写真は後日撮ったのでSR15ですが)からUSB OTG接続と、Questyle QP2Rからの光デジタル接続を主に使いました。イヤホン・ヘッドホンはDita Dream、ゼンハイザーHD800、フォステクスTH610など、普段使い慣れているやつです。xDSDはパワフルなので、どれを使っても音量や駆動力不足での不満はありませんでした。AK SR15からOTG |
DAPから光ケーブルでも使えます |
DSDやDXDなどを楽しみたければUSBが必須ですが、PCM 44.1kHzや96kHzなどであれば、USBと光デジタルで明確な音質差は感じられませんでした。他社のDACでは意外とUSBと光デジタルで音質が変わってしまうやつもありますが、xDSDは用途に応じて気兼ねなく使い分けられるのは嬉しいです。
KANNとのOTGについてですが、何回か接続テストをしていたところ、「KANNからは認識して接続しているのに、音楽を再生してもxDSDから音が出ない」という事が一度だけあり、そうなったら何度USBを抜き差ししても、KANNから再接続しても復帰できず、xDSDの電源を再起動することで音が出るようになりました。原因は不明です。
パソコンからのUSB接続も試してみましたが、USBドライバーなどはこれまでのmicro iDSDなどと同じで、すでに高い完成度を誇っているので、すんなり問題無く動きました。
ソニーからの新譜で、アダム・ララムのピアノによるブラームス・ピアノ協奏曲を聴いてみました。96kHzハイレゾダウンロードです。指揮者は山田和樹でオーケストラはRSOベルリンという面白い組み合わせです。
ララムはフランスのピアニストですが、これまでMirareレーベルではシューベルトやブラームスのソナタなどを得意としており、今作はメジャーレーベルで待望の協奏曲に挑みます。流れるような構成力をもつ山田の指揮と、ベルリン・フィルと対をなす西側主力RSOベルリンで、美しくスケールの大きい演奏が楽しめました。山田和樹といえば、今月Pentatoneレーベルでもラヴェル&ガーシュウィン・ピアノ協奏曲の指揮もやっており、それぞれレーベルの鉄板演目にて大活躍していて、嬉しいかぎりです。
xDSDの音質は、これまでのiFi Audioとは一味違います。よりパワフルでエネルギーの押し出しが感じられるような充実したサウンドで、これはこれでかなり良いと思います。
聴く前は、「どうせ中身はnano iDSDのオーディオ回路を使いまわして、ただBluetoothチップとかを追加しただけだろう」なんて想像していたのですが、聴いてみるとnano iDSDとは雰囲気が明らかに違います。
ピアノ協奏曲はオーディオ試聴にうってつけのジャンルです。ピアノは主役なので良い音で鳴らすのは当然ですが、あまりに厚化粧してしまうと、たとえソロピアノなら誤魔化せても、オーケストラもいると解像感が不足して破綻してしまいます。
xDSDはそういった課題を難なくクリアして、さすがヘッドホンアンプ設計を熟知したiFi Audioだけあって完成度のレベルが高いです。
まずピアノの音色が力強く、中域のフォーカスが定まっていて、迫力や躍動感があり、楽器そのものが飛び出してくるような感じです。無難なふわふわした鳴り方や、線が細い分析的サウンドというのとは正反対です。高域は良く伸びて派手すぎませんし、ドッシリした重苦しさもありません。
例えるなら「アナログポタアンを通した時のドライブ感」みたいなものに近いですが、それでいてxDSDはピアノ以外のオーケストラ演奏もちゃんと細かく解像してくれるのが優秀です。古典的なオペアンプポタアンとかだと、メイン楽器の自己主張に圧倒されて(一見高音質に思えるのですが)、背後の情報が聴き取れないということがありがちですが、xDSDではその心配がありません。
ちゃんとiDSDシリーズゆずりの解像感の高さは健在で、よりポータブルに求められる力強さが付加されたような音作りです。とくにBA型IEMやスタジオモニター系など、もうちょっと「芯が欲しい」ヘッドホンとの相性が良いと思います。
Eloquenceレーベルからの新譜CDで、テレサ・ベルガンザの復刻アルバムです。上の画像はLPオリジナルジャケットですが、このCDはDECCAステレオ最初期の艶やかなサウンドで、ギブソン指揮LSOとの「Berganza Sings Rossini」(SXL2132)と、夫フェリックス・ラヴィッラ伴奏の「Spanish & Italian Songs」(SXL6005)のカップリングです。
スペイン出身のベルガンザは60年に大活躍した歌手ですが、歌唱力が圧倒的すぎて、今聴いても恐ろしいくらいです。軽快なフレージングが正確で高速すぎて、当時はまだ音程補正ソフトなんかが無い時代なのに、まるでボーカロイドなどのロボットかと思えてしまうくらいです。こういった往年のレアアルバムを続々(低価格で)復刻してくれるEloquenceに敬意を払いたいです。
やっぱりmicro iDSD BLが一番好きです |
せっかくなので、nano iDSD BL、micro iDSD BLとじっくり聴き比べてみました。
個人的な好みとして、nano iDSD BLも値段を考えると悪くないのですが、xDSDの方がずいぶん優れていると思います。微妙な僅差とかではなくて、どんなアルバムでもちょっと聴いただけですぐにわかるくらい違いがあります。
nano iDSD BLのサウンドは、xDSDと比べるととにかくシャープでスリム、線が細く、冷たい印象があります。研ぎ澄まされた刀といった感じでしょうか。これは以前からiFi Audio特有のキャラクターとして、好みが分かれるポイントでした。ただし、明確な不具合があるとか、変な味付けを上乗せしているというのではなく、全ての脚色を取り除いた、磨き上げすぎて風味が無くなってしまったサウンドだと思います。たとえば、歌手の高音域は、シャープといってもキンキン倍音が耳に刺さるのではなく、かなり高いところまで苦労無く伸びていきます。ただ、その音に味わいが無くつまらないという事です。
xDSDでは、そんなnano iDSD BLのサウンドを下地として、そこにダイナミックさを加えたように聴こえます。色彩豊かになったというよりは、明暗のコントラストがハッキリ出るようになり、強弱の「強」の部分がとくに充実します。ただ単に音量がうるさくなるのではなく、活力や実体感があるというか、上手く説明できないのですが、たぶん歌手の声を構成する全ての周波数要素がしっかり出し切っているということかもしれません。
試聴したアルバムでは、歌手の細かなアクセントや声量の強弱の使い分けで、この歌詞の部分ではちょっと張り上げて感情を出して、この部分では控えめに穏やかに、といったコントラストが、xDSDで聴くとわかりやすくなります。つまり、歌詞の意味や表現に対して、より深い親近感を得ることが出来ます。nano iDSD BLでは、それら全ての歌詞が、全部「同じ歌手が歌っている同じ曲」というだけにしか感じ取れません。
次に、上位モデルのmicro iDSD BLと比べてみると、私自身はやっぱりxDSDよりもmicro iDSD BLの方が好きです。個人的に長らく使っていて愛着がありますが、改めてmicro iDSD BLの凄さに感心しました。
価格ごとに段階的に高音質になっていくというのではなく、nano iDSD BLをスタート地点として、xDSDとmicro iDSD BLはそれぞれ別方向に進化しています。xDSDがコントラストや迫力であるとすれば、micro iDSD BLは広大な音場展開が凄いです。
xDSDに不満があるとすれば、それは音場がそこまで広くなく、nano iDSD BLとほぼ変わらないという点です。距離感が狭く、しかも位相管理が正確なので、無駄に左右にサラウンドっぽく広がらず、音色が前方センターに凝縮されるような鳴り方です。nano iDSD BLは音質がスリムなので、空間が狭くても見通しが良いのですが、xDSDではもうちょっと空間展開が欲しくなります。
micro iDSD BLは、nano iDSD BLと同じくらいスリムな音質ですが、前方の距離や左右上下の展開が一気に広がり、歌手や楽器の背後に広大な空間が生まれます。設計上何が変わると、こんな効果を生み出せるのかはわかりませんが、価格差に対して十分な説得力があります。
Resonanceレーベルからウェス・モンゴメリー「In Paris」2xHDハイレゾリマスター版を聴いてみました。DSD256まで売ってますが、KANNからのOTGだとDSD128が上限なので、それで聴きました。DSD256を買えば下位フォーマットも無料でダウンロードできるようなショップは、こういう時に便利ですね。
ラジオ局テープの発掘復刻がメインのレーベルなので、作品ごとにあたりはずれの振れ幅が大きいのですが、この「In Paris」はその中でも音質・演奏ともに素晴らしい名盤だと思います。1965年海外遠征ライブということでウェスのソロも気合が入っており、数曲にジョニー・グリフィンがゲストに入り、充実しています。
先月すでにCD版を購入して、すごく気に入っていたので、後発でハイレゾ版が出ても憤慨せずに喜んで買い直してしまいました。2xHDレーベルのハイレゾ版は、CDからのリマスターではなく、オリジナル音源をアナログリマスターして高レートDSDレコーダーに取り込んでいるということで、CD版とは全く音質が異なります。CD版はCDっぽい枠組みの中で完成されていますが、こちらはより太く厚く、アナログ・レコードのような雰囲気にあふれています。
こういった音源では、xDSDの音質の良さが際立ちます。DSD128といっても古いアナログテープ復刻ですから、絶対的なスペックよりもどれだけ音楽が楽しめるかが重要です。
一方micro iDSD BLでは、たとえば最新クラシックのDSD256とかだと圧倒的な空間展開と残響の臨場感に感動できるのですが、1965年のジャズだと、やはりテープノイズやA/D変換の味付けなどが気になってしまいます。演奏会場のマイクやテープレコーダー、再生に使われたテープレコーダーからコンプレッサー、イコライザー、そしてDSD A/Dコンバーターなど、信号が通過したその一つ一つの過程によって何層にも重なって音を造り上げていることが感じ取れるかのようです。
それはそれで凄いことだと思いますが、リスナーは生演奏でウェス・モンゴメリーのギターを聴きたいわけで、xDSDの方が、それを実現する方向に近いです。
持っていないけど、レファレンス的存在なK10 Encore |
Dita Dream以外では、よく試聴にNoble Audio Kaiser 10 Encoreを借りて使うことが多いです。高くて買えないのですが、しっかり駆動すれば本当によく鳴ってくれるので、まさにレファレンス的な存在です。
xDSDとKaiser 10 Encoreで聴くウェス・モンゴメリーは、ギターアンプの音がとてもリアルに近く、ウェス特有のトゲの無いゴリッとした歪み方や、箱鳴りの高音の甘い倍音、ブォーンと低音でスピーカーコーンが震える感じなど、まるで目の前にギターアンプが存在するかのようです。実際のライブでの機材は不明ですが、脳内で「ウェスの指先がギブソンL5を奏でると、スタンデールの15インチが鳴り響いて」なんて妄想できる世界観が生まれます。
先ほどxDSDは色彩豊かというわけではないと言ったのですが、たとえばライバルであろうChord Mojoと比べると、その点でハッキリ好みが分かれると思います。
Mojoの方が、ピアノのハロルド・メイバーン率いるリズム・セクションが魅力的に感じます。全体の色彩が濃く、輪郭よりも内面が豊かになり、xDSDがポスターイラストならMojoは水彩画のようです。ギターと伴奏が対等な立場になり、それぞれがお互いに邪魔をしない程度に、破綻せず音色豊かに演奏を繰り広げます。アンサンブルという点ではMojoの方が優秀です。Mojoは、全体の情報量や解像感が高いのに、それが高域の派手さみたいな嫌らしさに繋がらないところが優秀だと思います。一方で、もうちょっと主役を引き立てて、派手であるべきところは派手にするといったメリハリや勢いのよさは不足していると思います。
どちらが優れているかというと、好みが分かれるとしか言いようがありませんが、たとえば試聴に使ったNoble K10 Encoreなどでは、外出時の移動中とか、とにかくリード歌手やギターとかを思う存分味わいたいという点ではxDSDが最適で、自宅の静かな環境で、しみじみと音楽を味わいたい、派手さよりも、アンサンブルのインタープレイとかを見据えたいというならMojoだと思います。
Bluetooth
xDSDはBluetoothも受信できるので、KANNとペアリングして使ってみました。KANNはAptX HDに対応していますが、xDSDはAptXまでです。AK KANNからBluetoothも試してみました |
ペアリングも音楽再生もすんなり行えました。信号も結構安定しているようで、たとえば小型Bluetoothイヤホンとかだとバチバチ音飛びするような場所(駅前とか)でも途切れなかったので、これなら常用できるというレベルです。
音質面ではやはり有線の方が明確に優れていますが、移動中に手軽に使うならこれでも十分かなと思えます。
同じ楽曲を聴き比べても、Bluetoothでは透明感や自然な広がりが損なわれてしまい、音像の大まかな輪郭をなぞっているようなサウンドになります。
Bluetoothに限らず、圧縮音源ではよくある傾向だと思いますが、周波数帯域や微小信号の解像感なんかを比較するだけではそこまで悪いとは思えないものの、いざ長時間聴き続けると聞き疲れするような印象です。とくに高域が、空気感の代わりにスースーする感じは、なんと表現すれば良いのか、たとえばWindowsのiTunesでサンプルレート変換状態で(96kHz音源を44.1kHzで)聴いているような感じです。
カジュアルな使い方ならそこまで気にするレベルでもないので、普段は主に有線接続を使って、ちょっとした使い道(例えばスマホで動画を見るとか、居間のテレビとペアリングするとか)ならBluetoothと、用途次第に柔軟に使い分けられるのは大きなメリットだと思います。
Bluetoothはたしかに便利ですが、たとえばそのためにChord PolyやHugo 2を買うのはもったいないと思います。一方で1-2万円くらいまでの安価なオーディオ機器だと、ボトルネックはBluetooth以前に、ショボいアンプ回路や不安定電源といった部分だったりします。
つまりxDSDくらいの値段で、高音質DACアンプに、別途Bluetooth受信機を買う値段を考えると、パッケージとして過不足が無く、十分お買い得感があります。
おわりに
xDSDを試聴してみたら、これまでのiFi Audioからちょっと路線変更とも思えるサウンドに若干困惑しましたが、じっくり聴いてみると、iFi Audioならではの良さを維持しながら、より充実した力強さをもたらしてくれたように思えました。とくにnano iDSDユーザーにとっては明らかな音質向上が体感できると思います。またmicro iDSD BLの方が高音質ハイレゾ録音などでの空間再現性は有利ですが、古いCD音源とかはxDSDの方が演奏重視で楽しめます。
これまでのiFi Audioというと硬いとか音が細いと指摘されていた部分をちゃんと的確に対処しており、たとえばハイエンドイヤホンと合わせたモバイル用途などと相性が良いと思います。
機能面ではそこまで奇抜では無いものの、必要なスペックを全部押さえてコンパクトサイズに凝縮しており、しっかり過去作の不満を勉強して改善に尽くした、案外真面目なモデルだということです。
据置きシステムメインのオーディオマニアにとっても、カジュアル用途に十分使い込める充実感があると思いますし、逆に、最近スマホとBluetoothから本格的にヘッドホンオーディオに入ってくるユーザーも増えてきたので、その次のステップとしてお店側も薦めやすい商品だと思います。
とくに最近は入門者でもいきなり高価なモデルから入る傾向があるので、これまでだったら2万円のnano iDSDを薦めていたところ、今ならまずxDSDを買っておけば失敗は無いだろうと言えるのかも知れません。
実はこの手のポータブルDACアンプというと、意外と価格帯ごとの選択肢が少ないです。
ライバルで最有力候補はChord Mojoですが、サウンドは両極端というほど異なるので、どちらか片方は好きになれると思います。
しかし、他社を見ると、ソニーはPHA-3の後継機をそろそろ出してほしいですし、OPPOを残念ながら撤退したので名器HA-2SEはもう終了です。低価格帯はFiiOが頑張っていますが、それ以外のたとえばTEACやDENONなんかは最近音沙汰無しです。
もちろんDAPという手もありますが、iPhoneの3.5mm廃止や、定額ストリーミングサービスの好調など、一連の流れを見ると、スマホ連携の需要は高まっていると思います。
業界全体としても、このまま度を越した高額化で自滅するよりも、たとえば3万円のBluetoothヘッドホンを気軽に買っている人達を、次なるステップに上手く引き込むことが、大きな課題だと思います。
そんな風に2018現在のオーディオトレンドを考えてみると、xDSDというのは奇抜さは無いものの、よくニーズを見据えた、絶妙なポジションに投入された優秀なモデルだと思います。