2020年4月22日水曜日

オーディオテクニカ ATH-AWKT ATH-AWAS ヘッドホンの試聴レビュー

オーディオテクニカの密閉型ヘッドホン「ATH-AWKT」と「ATH-AWAS」を試聴してみたので、感想とかを書いておきます。

ATH-AWKT・ATH-AWAS

どちらも2019年11月に発売した兄弟機で、今回ようやく双方同時にじっくり聴き比べる事ができました。魅力的なウッドハウジングは、AWKTが黒檀で約20万円、AWASがアサダ桜で約15万円ということです。ハウジング木材だけでなく、ドライバーやチューニングもそれぞれ変えているということで、サウンドの違いが気になります。


オーディオテクニカ・ウッドシリーズ

オーディオテクニカといえばウッドハウジング、というくらい同社を象徴する密閉型ヘッドホンシリーズの代名詞となっています。

ATH-W5000

初代は1996年の「ATH-W10VTG」というモデルだそうですが、個人的には2002年の「ATH-W1000」と2005年の「ATH-W5000」が現在の形の原型になったモデルとして印象に残ります。とくにATH-W5000はつい最近まで新品購入できた超ロングセラーなので、店頭で見たことがある人も多いと思います。

ATH-L5000

ATH-W1000の後継機は2009年にATH-W1000X、2014年にはATH-W1000Zといった具合に、オーディオテクニカのヘッドホン全般に言えることですが、モデルチェンジ頻度が非常にゆっくりで、末永く愛用しているユーザーが多いです。ちょっと特殊なバリエーションとして、2018年には木材の上にレザーを被せたATH-L5000という超高級モデルも出しています。

ATH-WP900とATH-ESW950

ウッドシリーズは今回のような家庭用アラウンドイヤー密閉型がメインですが、ポータブル向けにコンパクトオンイヤー型のATH-ESWシリーズや、最近ではコンパクトアラウンドイヤー型ATH-WP900なんかも出ました。

それら全てに共通しているのは、ハウジングに厳選された木材を使い、入念な上塗りや研磨加工で高級機にふさわしい美しい仕上がりも重視している点です。

密閉型デザインということはハウジング内部の反響は必然的に避けられないため、木材の個性的な響きによる音色への貢献も大きな魅力で、単に外観の美しさだけでなく、むしろ楽器のように、形状や空気の流れなども含めた高度な設計が求められます。オーディオテクニカは他にもプラスチックや金属製ハウジングのモデルも出しており、それぞれ素材の特徴を活かすようなチューニングを行っています。

簡単に言うなら、金属ハウジングは高音や低音がシャープで金属的なエッジが加わり、一方ウッドハウジングは響きの豊かさや倍音成分の美しさをゆったりと味わうような感じです。どちらが優れているという単純なものでもないため、長年ずっと平行して開発しているのでしょう。

とりわけウッドシリーズは、ビジュアル面での魅力と、リリース頻度が少ない事もあり、出たモデルは全部買うというコレクターも多いです。ATH-W3000ANVやATH-ESW10JPNなど現在でも中古で高く取引されている限定モデルもあります。


今回登場したATH-AWKTとATH-AWASはどちらも日本製で、形状や性能スペックはほとんど同じなのですが、ハウジングがKTは黒檀、ASがアサダ桜で作られています。日本人にのみわかりやすいネーミングですね。

ハウジングのみでなく、ドライバー設計を含めたチューニングも異なります。それぞれドライバーを作ってから相性が良い木材を選んだのか、それとも木材に合わせてドライバーをチューニングしたのかは不明ですが、5万円の価格差は木材の希少性やドライバーを含む部品コストの違いによるものであって、単純に安い方は性能を落とした廉価版というわけではありません。つまり音色が違うので、どちらを選ぶかは実際に音を聴いて決めるべきだと思います。

パッケージ

ヘッドホン本体は同じサイズなのですが、AWKTの方が高価なためかパッケージも大きいです。並べて比べてみるとずいぶん違います。

AWKTとAWAS

ATH-ADX5000の時も思いましたが、さすがにここまでパッケージが大きいと収納に困りますので、あえて箱の小さいATH-AWASの方を選びたくなるくらいです。これくらい高級なヘッドホンを買うような人は、それだけ広い家に住むべきという事でしょうか。

内箱が・・・

白いスリップケースを外して開封してみると、AWKTはさらに内箱があります。この内箱はAWASの外箱とほぼ同じサイズなので、無駄なように思えますが、実はAWKTのみ、さらにその中に木箱が入っています。

木箱
ようするに、内箱のみだと事故で木箱の角を壊してしまうリスクがあるため、緩衝材と外箱で保護してあるというわけです。一方AWASの方はただの厚紙箱なのでそこまで気を使っていません。

実際のところ、AWKTとAWASの価格差のどれくらいが木箱のコストなのか、なんて思えてしまいます。逆に考えれば、AWKT本体の製造コストがどうしても高くなってしまったため、AWASとの価格差を納得してもらうために木箱で箔付けをした、というふうにも捉えられます。

ケーブル

木箱以外の中身は一緒で、本体下の布バッグにケーブルが二本付属しています。6.35mmシングルエンドと、4ピンXLRバランスケーブル、どちらも3mです。

A2DC端子でケーブル着脱可能になってからのモデルでは、ATH-ADX5000は6.35mm (3m)のみ、ATH-AP2000Tiは6.35mm (3m) と4.4mm (1.2m)、ATH-WP900は3.5mm (1.2m)と4.4mm (1.2m)といった具合に、かなりバラバラで、とくにATH-ADX5000では4ピンXLRは高価な別売品だったので、今回両方のモデルに付属してくれるのは嬉しいです。

6.35mmと4ピンXLR

4ピンXLRです

これまでオーディオテクニカは4.4mmバランス端子をプッシュしていたので、今回あえて4ピンXLRを選んだのも面白いです。

実際これらの大型ヘッドホンはポータブルDAPではなく自宅の据え置きヘッドホンアンプを使う人が多いでしょうし、それらで4.4mm端子はレアなので(思い浮かぶのはQuestyleやiFi Audioくらいでしょうか)、一般的に普及している4ピンXLRを選んだのには納得できます。

付属品とADX5000用別売ケーブル

ちなみに今回付属しているバランスケーブルと、別売品の純正4ピンXLRバランスケーブル(AT-B1XA/3.0)ではデザインが違います。付属品はゴム被覆で、別売品は布巻きで太いです。どちらも取り回しやすさは良好で大差ありあません。

公式サイトを見ると、AWASでは「OFC」、AWKTと別売品は「6N-OFC」と書いてありますが、布巻きの別売品はともかく、AWASとAWKTはケーブルを並べて比べてみても見分けがつかないくらいそっくりなので、実際に線材が違うかどうかは不明です。ちょっと聴いた感じでは違いはわかりませんでした。

WP900・AP2000Ti・AWKT

ところで、A2DCコネクターは剛性が高く、カチッとはまるので、優れた端子だと思うのですが、互換性に問題がありがちなのが困ります。今回もAWKT/AWAS付属ケーブルをATH-AP2000Tiに接続しようと思ったらダメでした。(無理やり押し込めば音は鳴りますが、カチッとロックしませんし、斜めに入るのでちょっと心配です)。

上の写真でもちょっと分かりづらいですが、金色の端子の下の黒いリング部分の直径が微妙に違い、本体側の穴はガタガタしないようにモデルごとにピッタリ収まる穴径になっているため、この黒いリングが太いケーブルを、穴が細いヘッドホンに接続することができません。逆は可能です。

互換性が悪いです

AP2000Ti→AWAS→WP900の順でケーブルの黒いリングが太くなっていきますので、写真の例では、WP900にAWASのケーブルはOK、AP2000TiにAWASのケーブルはダメ、AWASにWP900のケーブルはダメ、といった感じです。

AWAS・AWKT・ADX5000のケーブルは黒いリングの直径が同じなので互換性があります。

つまりADX5000用の別売4ピンXLRバランスケーブルもAWAS・AWKTに接続できますが、公式サイトには「ATH-ADX5000専用」とのみ書いてあるなど、せっかく優秀な端子なのに、このあたりの互換性が怪しいのが大きなデメリットです。ちょっと古めのアップグレードケーブル「HDC114A/1.2」なども、今のところ公式適合表が更新されていないので戸惑う人が多いでしょう。

ヘッドホン本体

ハウジング木材とドライバーが異なるだけで、全体的なデザインやフォルムは全く一緒のようです。事前に「黒っぽいのが高価、赤っぽいのが安価」と把握しておかないと、どっちがどっちか混乱しそうです。

イヤーパッド

木材以外では、イヤーパッドで見分けがつきます。AWKTはシープスキン本皮でAWASは合皮だそうです。

厚みやサイズは一緒なので、装着した時の感触はそこまで変わるわけではありませんが、本皮の方が寿命が長く、合皮のように加水分解で劣化しないので、上級モデルとしては嬉しい選択です。

パッドの互換性はあるので、AWASを買った人も交換部品としてAWKT用本皮パッドが購入できれば嬉しいですね。

イヤーパッド

ATH-AWKT

ATH-AWAS

イヤーパッドは外周と内周ともに真円で、パッドを引っ張ってフレーム外周に被せる、ごく一般的なデザインです。前後でフレームの厚みが違うので、これで装着時の傾斜角度をつけています。

パッドを外すとドライバーが見えます。どちらも53mmダイナミックドライバーなので、一見同じようですが、設計はかなり違うようです。

公式サイトによると、AWKTは「ドイツ製パーメンジュール磁気回路・チタニウムフランジ」、AWASは「強磁力マグネット・一体型純鉄ヨーク」と書いてあります。さらにAWASのみ振動板がDLCコーティングされています。

パーメンジュール磁気回路は2004年のATH-AD2000など以来、古くからオーディオテクニカの上級モデルに採用されている技術です。各モデルの解説イラストごとに定義が曖昧なのですが、今回も旧作と同じだとすれば、永久磁石の前の部品(つまりヨークのポールピースとトッププレート)がパーメンジュール(鉄とコバルトの合金)で、背面(バックプレート)は鉄で作られているのだろうと思います。

せっかくなので、余談になりますが・・・
パーメンジュールは鉄と比べて飽和磁束密度が高い材料なので、強力な永久磁石と組み合わせた場合、ポールピースギャップ(振動板ボイスコイルが前後に動く隙間)に高い磁場を発生させることが出来ますが、デメリットとしては、鉄と比べて保磁力が高く(つまり振動板の動きによる交流磁場の影響を受けやすく)、さらに製造品質によって特性のばらつきや部分ムラが出やすいため、扱いが難しい素材です。単にパーメンジュールというだけでなく、どれくらい高品質なパーメンジュールかというのが重要なので、そのあたりがオーディオテクニカのノウハウであり、あえて「ドイツ製」なんて書いている理由でもあります。(日本製が悪いというわけではないでしょうけど)。

一方、AWASの純鉄はパーメンジュールと比べて飽和磁化の上限はそこまで高くないものの、透磁率がとても高く、保磁力が低いため、交流磁場の影響を受けにくく、レスポンスが速い特性が得られます。こちらも製造時の鉄の純度が高いほど特性が良くなるので、高い技術力が要求されます。

ようするに単純に永久磁石が何テスラ、何ガウスと、強力であるほど音が良くなるというような安直な話ではなく、それをどれだけ効率よくポールピースのギャップ磁場として集中させ、信号に対してコイルと振動板をどれだけ忠実に動作させる事ができるか、というのが設計の難しいところです。

さらに脱線して、全然関係の無い余談になりますが、ついでに・・・
十年ほど前に、ヘッドホンのドライバーの後ろに強力なネオジム磁石を貼れば音が良くなる、というようなDIY改造が流行った事がありました。ようするに大手ヘッドホンメーカーが古臭いフェライト磁石を使っているのはケチだから、自分で強力な磁石を買って追加すれば音が良くなるはず、という空論です。やってみると確かに音が激変し、ノイズが減って、出音がクリーンになったと大絶賛で「数千円のヘッドホンを数万円の音質にする裏技」として流行りました。しかし考えればわかることですが、ヨークの後方に強力な磁石を置くことによって本来の磁気回路バランスが崩れて、ポールピースの動作点が後ろに移動することになるので、コイルと振動板が「詰まった」状態になり、自由な前後運動が出来なくなります。低音の自然な揺らぎや微細音が出にくくなるので、ノイズが減ってクリーンになったように錯覚するのは当然ですが、本来の正しいリニアな鳴り方ではありません。

余談が長くなりましたが、ようするに何が言いたいのかというと、強力な磁場というのは大電流で大振幅が必要な時には重要かもしれませんが、ヘッドホンドライバーの設計は総合的な技術と品質が最重要なので、ATH-AWKTとAWASのドライバー設計のどちらが優れているかというのは簡単には数値化できません。製造コストの差が本体価格に反映されるのは事実ですが、それぞれ音質へのメリット・デメリットがありますし、ハウジングとの相性もあります。

振動板に関しても、値段が安いATH-AWASのみDLCコーティングされているのが不思議に思えますが、これも音質の相性で判断したのだろうと思います。DLCコーティングは2017年のATH-MSR7SEくらいから採用された比較的新しい技術で、非常に硬いダイヤモンド構造の炭素膜をプラスチック振動板表面にコーティングするため、振動板の歪みが低減されますが、DLC以前と以後のモデルでは確かに音の感触が違い、DLC有りだと若干硬質で耳障りだと感じる人もいます。

他にも様々な要素が絡んでくるので簡単に決めつける事はできませんが、たとえば往年のオーディオテクニカヘッドホンを愛用してきた人にとってはDLC無しの音が親近感が湧くと思いますし、さらにATH-ADX5000ではDLCではなくタングステンコーティングだったり、必ずしも全てにおいてDLCコーティングが最善というわけではありません。

ATH-AWKT

ATH-AWAS

ハウジングの木材はたしかに綺麗です。ギラギラした派手なインパクトはありませんが、セミグロスのさらっとした質感は指紋が目立たず、光が鈍く反射するので暖かみがあります。

AWKTの黒檀は黒と茶色の縞模様が魅力的で、今回の試聴機はいい感じです。個体差で当たり外れがあるので、広報写真で見られる虎模様は相当厳選されたものでしょう。AWASのアサダ桜はそこまで杢目が目立ちません。広報写真ではもっと派手な赤っぽい色に見えるものの、実際は結構落ち着いた茶色です。

私は木材に魅力を感じる方なので、個人的にはギターが好きな事もあってATH-WP900のメープルのサンバーストラッカーがツボにはまり、購入してしまいました。それと比べるとこれらはちょっと地味めで落ち着いた、悪く言えば仏具店に置いても不自然でないような年寄りくさい感じです。

他社だとDENON AH-D9200・7200は家具のようにサラッとしたサテンフィニッシュが魅力的ですし、フォステクスTH900はラメ入り漆塗りの光沢が素晴らしく、Gradoは民芸品のような荒削り感が楽しいです。各社それぞれ趣が違うのが木材の面白さですが、とりわけオーディオテクニカやフォステクスTH900は仕上げが入念なため、荒く扱って傷をつけるのが心配な面もあります。

A2DC端子

ケーブルは着脱可能で、オーディオテクニカ独自のA2DC端子です。先程述べたように、カチッとロックする優秀な端子なのですが、他のモデルとケーブルを入れ替える際には互換性に注意が必要です。社外品ケーブルを検討する場合もちゃんと装着できるか事前にケーブルメーカーへ問い合わせてみることをオススメします。

ヘッドバンド

ヘッドバンドのデザインはATH-ADX5000と同じマグネシウム合金製で、表面がスエード巻きからレザー巻きに変わりました。クッションは薄いですが、軽量で頭の形状に沿っているため長時間装着しても痛くなりません。

本体重量は約400g程度ですが、そのほとんどを厚いイヤーパッドの側圧で受けているため、頭頂部にそこまで荷重は感じられません。以前のオーディオテクニカ(3Dウィングサポートタイプ)はヘッドバンドがグニャグニャして不安定だったのと比べると、この新しいデザインはかなりカッチリしています。

広げた時にハンガーが並行以上に回転できません

装着感に関しては、個人的に多少の不満もあります。顔幅に広げた際にハウジングに十分な回転角度が得られず、左右パッドがほぼ平行になってしまい、耳の下に隙間が出来てしまいます。

特に海外のヘッドホンではよくある現象で、日本のメーカーでは珍しいのですが、もうちょっとハウジングのヒンジが回転してくれれば済む事なので残念です。

パッドに隙間ができることで低音が逃げてしまい、さらに耳穴とドライバーの相対角度もおかしくなってしまいます。長く使えばハウジング上半分だけが潰れてきて密着するようになると思いますが、優れた設計えあればその必要は無いはずです。今回は意図的に手でハウジング下を抑えて密着させることで良好なフィットとサウンドが得られました。

もちろん顔が細く耳の位置が高い人なら問題ありませんが、幅広い人種や顔形状に対応していないと、人それぞれサウンドの印象が変わってしまい、共通した感想が得られないということになってしまいます。

とくにATH-ADX5000やATH-AP2000Tiなどでは個人的に装着感に問題は無かったので、とりわけ私の頭形状が特殊だということでもなさそうですし、今回このモデルのみ正しくフィットすることが出来ず戸惑いました。

ATH-W1000Z

ATH-L5000

これまでのウッドシリーズモデルATH-W1000ZやATH-L5000などではまだ3Dウィングサポートという古いタイプのヘッドバンドを使っており、こちらは逆に、顔の幅が狭く耳の位置が高い欧米人だと十分なテンションが得られないため、ハウジングがズルっと耳の下まで滑り落ちてしまい、アメリカなどでは不評もよく耳にしました。今回AWKT・AWASのヘッドバンドは真逆で、欧米人の方がフィットして、日本人にはあまり合わないように思います。

ATH-AP2000Ti

ATH-AP2000Tiは2018年の完全新設計モデルですが、ヘッドバンドデザインが根本的に違い、ヒンジの回転角度が広く余裕があり、イヤーパッドも下半分が厚く、隙間が出来ないように入念に設計されている事がわかります。

想像ですが、多分ATH-AWKTとAWASはATH-ADX5000のヘッドバンドとATH-W5000のハウジング形状をそのまま流用して組み合わせたせいで、フィットの許容範囲に制限が出来てしまったように思えます。フィットは個人差がありますが、一般的なヘッドホンと比べて許容範囲が狭いと感じたので、とくにATH-W5000など過去作を愛用している人でもまず試着してみることが肝心です。

インピーダンス

インピーダンスと位相グラフです。参考までにATH-AP2000Tiのも重ねてみました。

インピーダンス

位相

公式スペックではATH-AWKTが48Ω、AWASが40Ωと書いてありましたが、実際に測ってみるとだいたい合ってます。

ATH-AWASとATH-AP2000Tiのグラフがほぼ重なっているので、これらが似たようなコンセプトで設計されており、ATH-AWKTは随分違う事がわかります。もちろん単なる電気的特性が似ているというだけで、音が同じというわけではありません。できればATH-W5000とかと比べてみたかったのですが、残念ながら手元にありませんでした。

どれも4kHzあたりにちょっとしたインピーダンス変動があるのがオーディオテクニカらしい特徴です。低音側はATH-AWKTのみ80Hzを中心に山がありますね。低音の量が多いというわけではなく、ハウジングなど構造上の共振点によるクセを表す事が多いです。実際に周波数スウィープをするとこの付近でハウジングがブルブルと共振するのが感じられます。

音質とか

今回の試聴では、6.35mmでChord Hugo TT2と、バランスケーブルでQuestyle CMA Twelve Masterヘッドホンアンプで鳴らしました。

Questyle CMA Twelve

Chord Hugo TT2

3mケーブルということは屋内で腰を据えた音楽鑑賞を想定していると思うので、これくらいしっかりした据え置きアンプで鳴らすのが妥当だと思います。

公式スペックではAWKTは48Ω・102dB/mW、AWASは40Ω・99dB/mWということで、同じボリューム位置ならAWKTの方が若干音量が高いですが、その差はわずかです。

単純計算で120dBSPLを出すにはAWKTで5Vpp、AWASで6.3Vppくらいなので、最近のパワフルなDAPなら十分余裕があると思いますが、AWASとウォークマンだとギリギリ厳しいので(NW-ZX507のバランス接続で40Ωだと最大5.7Vpp)、これも4.4mmバランスケーブルを付属しなかった理由かもしれません(音質ではなく最大音量の話です)。


フランスのサックス奏者Sophie Alourの新譜「Joy」を聴いてみました。ジャケットに「invite Mohamed Abozekry」と書いてあるように、エジプトの有名ウード奏者モハメド・アボゼクリとのコラボです。

一年ほど前から両者でツアーを行っていたので、アルバムはその集大成みたいなものです。オリエンタルなテーマにアボゼクリは水を得た魚のように超絶技巧のウード演奏を繰り広げ、その音色の美しさと展開の上手さに圧倒されます。Alourは前作「Time for Love」ほどソロは吹いておらずテーマ反復が多いので、あまり乗りきれていない感じはしますが、そのおかげかグルーブ感が強くて聴きやすいアルバムに仕上がっています。Youtubeに宣伝があります


まず値段が安いATH-AWASから聴いてみましたが、このヘッドホンはずいぶんバランスが良く、落ち着いたサウンドです。

往年のオーディオテクニカのような強いクセは無く、たとえばフォステクスTH610など、いわゆる安定志向の密閉型ヘッドホンと同じようなジャンルに該当すると思います。TH610ほど暗く重くなく、もうちょっと全体的な躍動感や派手さがあるので、それとベイヤーダイナミックT5p 2ndなどの中間くらいの、幅広いジャンルに対応できるスタイルのヘッドホンです。

ウッドハウジングといって想像するような芳醇な(騒がしい)響きではなく、かなり落ち着いていて、ハウジングの存在をあまり意識しません。プラスチックやメタルハウジングのようなクセすらも感じられないので、桜材のウッドハウジングが反響を上手に処理してくれているのでしょう。音漏れも非常に少ない密閉型でありながら、ハウジングのクセが目立たないという点が、やはりTH610と共通しています。こういった密閉型ヘッドホンは他にはあまり思い浮かびません。たとえばDENON AH-D7200・9200はもっとウッドっぽさが中域の音色に現れています。

ここで言うクセや個性というのは、特定の狭い帯域だけ吸収・反響したり、位相が捩れることで、一部の楽器の倍音成分だけ前に出てきたりなど、本来とは違うプレゼンテーションになる事です。もちろん技術的には位相なども完璧に一直線な方が優れているかもしれませんが、実際はちょっとくらい味付けがあったほうが商品としての魅力があります。

AWASは空間展開はあまり広くありませんが、余計な響きが飛び回らず、出音の定位が安定しています。自分の目の前に四角い枠があって、その中で全ての情報が正確に表現されている感覚です。つまり疑似サラウンド感みたいなものはあまりありません。

周波数特性も厚みのあるフラット傾向で、他社と比べてもこれといって目立つピークやクセは思いあたりません。低音の振動や高音のシャリシャリ感を極力抑えた優等生のような性格です。

ではAWASはモニターヘッドホンかというと、ベイヤーダイナミックDT1770PROやShure SRH1540ほど細やかな分析的サウンドではないので、悪い音源でもあまりシビアにならない緩さがあります。またソニーMDR-Z1Rなどのようにバスレフダクトを多用した迫力重視の作りでもありません。

要約すると、AWASは他社の密閉型ヘッドホンと比べて平均点を狙ったような絶妙なチューニングです。汎用性は非常に高いのですが、逆に言うと高音のキラキラ感とか、低音の弾みといった、ウッドっぽい特出したクセや個性も少ないので、店頭で試聴して一目惚れするというような事はあまり無いと思います。むしろ、他のヘッドホンを色々試聴してみて、どれも一長一短でなかなか一台に絞れない時こそ、AWASが最善の選択肢になるかもしれません。

ATH-AWASは完璧というわけではなく、上記の特徴に関連して、弱点だと思えた点もいくつか思い当たります。

まず、サックスや男性ボーカルなどより下(大体400Hz以下)の、低域全般の解像感が若干緩いです。パーカッションやベースなど低音楽器はあまりオンオフのメリハリや躍動感がなく、流れるように鳴っているといった感じです。響きが間延びするというよりは、立ち上がりが緩いといった感じなので、聴いていて低音がこもっているという印象はありません。低音の量は最近のヘッドホンらしく豊かにしているので、これでさらにパンチを強めたら不快になるだろうから、あえて緩く仕上げているのかもしれません。

長時間聴き続けるならこれくらいのほうがゆったり落ち着いていて良いのですが、いざベースラインだけに集中して聴こうと思っても、ちょっとぼやけていて楽器の質感が掴みにくいです。いわゆる家庭用の中級フロアスタンディング型スピーカーの低音、みたいなイメージが浮かびます。

AWASで気になった二つ目の弱点は、アタックのピークがどれも似たような音に聴こえるという点です。たとえばドラムやパーカッションの打撃音、弦を弾く音、歌手の滑舌などのアタックに集中して聴くと、かならず頂点部分がパチンパチンと、例えるならクレジットカードを弾くような音っぽく聴こえるので、一度気になりだすと常にそれを意識してしまいます。

このアタック部分というのは楽器や歌手を特徴づける「指紋」みたいな大事な要素です。生声や楽器の個性はもちろんのこと、録音マイクの特性や、コンプレッサーなどマスタリング処理の影響もあります。生演奏の最大の魅力は、この過渡特性のバリエーションの豊かさだと言っても過言ではありません。(音源打ち込み系の音楽はこれが乏しいです)。

後述しますが、AWASとくらべてAWKTが最も優れているのは、この過渡特性の表現力だと思います。黒檀やパーメンジュール磁気回路が効果を発揮しているのか、もしくはAWASはDLCコーティングが悪さをしているのでしょうか。

上記で挙げたAWASの二つの不満点は、どちらも生の質感の解像や表現力に関するものであって、むしろ周波数特性や空間定位などのベーシックな部分を常識的な枠組みに収めるための妥協とも思えます。

質感を強調しすぎると逆に、質感が悪い音楽(ミックス時の位相差や過渡特性に配慮していない雑な作品)では暴れてしまうので、そのバランスが難しいです(Gradoなんかが極端な例です)。ようするに、幅広い音源に対応して、多くの人が聴きやすく満足に感じられる密閉型ヘッドホンとしては、AWASはかなり優秀なヘッドホンだと思います。普段使いで不快に感じる要素が非常に少ないです。

その一方で、生楽器の質感のみを求めると、AWASではちょっと物足りなく感じてしまいます。そうなってくると、AWKTを含めた他のヘッドホンが視野に入ってきます。


Véronique Gensの新譜は毎回企画が面白いので必ず買っているのですが、今作「Nuits」も素晴らしいです。

タイトル通り「夜」をテーマにダークで妖艶な曲ばかり集めたアルバムですが、ベルエポック全盛期のサロンをイメージして、伴奏は「ピアノ+弦楽四重奏」という特殊な編曲で揃えています。つまりピアノ伴奏とオーケストラ伴奏の中間になる規模で、声を無駄に張らずに豊かな情景を描ける絶妙な構成です。たびたび歌手が退席して弦楽四重奏の楽章を挿入したりするのも、実際の当時のプログラムみたいでセンスが良いです。Youtubeに宣伝があります


ATH-AWASのサウンドを踏まえた上で、次にATH-AWKTを聴いてみると、想像以上に異なるサウンドであることに驚きます。ちょっとした味付けの違いといったレベルではなく、全く別のヘッドホンです。

面白いのは、これら二機種を聴き比べた人に、どちらが好みかと聞くと、意見が真っ二つに分かれる事です。

AWKTのサウンドは明らかにATH-W5000の進化形だと思います。よりモダンになったというか、W5000の良さを潰さずに、弱点だけを的確に改善したような印象を受けます。

W5000のサウンドというのは往年のオーディオテクニカらしさを代表する音作りなので、同世代のW1000Xや開放型AD2000Xなどとも共通点が多いです。

第一に、中高域以上がかなり目立ちます。鼓膜を刺激するというよりは、空間が頭上に広がり、情報量が一気に増えるような印象です。さらに中低域もスッキリしているため、AWASの周波数特性と比較すると、かなり軽めで高音寄りというふうに感じます。

ただし実際に低音の量が少ないというわけではないようで、例えばドラムマシーンのキックドラムが100Hzくらいでドスドス鳴るようなダンスミュージックでは、AWKTとAWASでは鳴り方や重さがほぼ同じに聴こえます。

一方、生の低音楽器で使われるような100-400Hzくらいの帯域では、AWASでは間近だった音が、AWKTではちょっと距離感が出て分散するようになるので、より軽く見通しが良くなり、個々の楽器音の質感を聴き分けられるようになります。

高音も空気感や臨場感といった響き成分が広く分散することで、楽器そのものの質感がより明確に現れます。ただし、低音側ではAWASと同じ量の低音が分散されたのに対して、高音側はAWASには無かったプラスアルファが加わった感じなので、相対的に高音寄りで目立つように聴こえます。

とくにヴァイオリンやピアノの奏者や楽器ごとの特徴、歌手の声質といった部分がわかりやすく出てきてくれます。先程AWASで述べた、アタックの質感がどの楽器も同じように聴こえるという弱点も、AWKTでは見事に解消されています。両者を比較すると、AWASではアタック音に一定の鳴り方が定められているように聴こえるのに対して、AWKTではもっと際限なく上まで自由に鳴っている感じです。

これについては、単純にAWASは限界が低い、という話ではなく、賛否両論あると思います。ようするにAWKTはドライバーやハウジングの特性を活かして高音の質感を盛っていると感じる人も多いでしょう。つまり個性に乏しい歌手でも、AWKTを通すことで高音の質感がより豊かになって魅力的に聴こえます。この「音作り」が作為的で下品にならないようにするのが難しいわけですが、そこでW5000に代表される熟練設計との共通点が感じ取れます。

W5000は優れたヘッドホンですが、もう15年前のモデルということもあり、各社の最新モデルと比較すると、やはりクセが強くバランスの悪さが目立つサウンドです。高音の質感の良さはAWKTと比べても遜色ありませんが、中域以下、つまり男性ボーカルくらいから下がかなり不自然です。ある帯域は拡声器のように前に荒っぽく、またある帯域は奥まって聴き取りづらい、といった感じに表現や定位が落ち着かないため、どっしりとした安定感がありません。一つの楽器、一人の歌手の低音から高音まで一貫性を持たせて、音像を定位置に安定させるというのが、最近の密閉型ヘッドホンにて一番進化が感じられる部分です。その点W5000は古さを感じます。

AWKTはそんなW5000とくらべて中低域の安定感が改善されており、演奏者の実在感と周囲にある空間響きを正しく感じる事ができるようになります。これもAWASの方が実直で正しいのかもしれませんが、マイルドで地味なので、AWKTの方が若干作為的であっても魅力を感じます。

AWKTに弱点があるとすれば、やはり周波数バランスが「オーディオテクニカらしい」中高音寄りで、長時間聴いているとうるさく感じることです。これまでW5000やW1000X、AD2000Xなどが大丈夫だった人なら問題ないと思いますが、よく「老人向け」なんて呼ばれる所以でもあります。

また、AWKTの高音の空間展開やアタックの過渡特性といった要素はヘッドホンアンプやDACによって大きく影響を受けやすいです。

W5000と同様に、このクラスのヘッドホンのオーナーであれば、真空管アンプなどで自分好みの鳴り方を追求する楽しみもあるだろうと想像します。今回の試聴でも、Chord Hugo TT2のフィルター設定やM-Scalerのメリット、Questyleとの性格差など、上流機器の違いがわかりやすいのはAWKTの方です。AWASはどんなアンプを使っても同じように安定して鳴ってくれます。AWKTとAWASの楽しみ方の違いは、たとえばフォステクスTH900とTH610の関係性とも似ています。毎日常用するならTH610ですがオーディオマニア的に遊び甲斐があるのはTH900です。

ATH-WP900 ATH-AP2000Ti

同時期に発売されたATH-WP900・ATH-AP2000Tiとの違いについてもちょっと触れておきます。

ATH-WP900はウッドハウジングにDLCコーティング53mmドライバーということでATH-AWASとよく似ています。ポータブルモデルなので全体的に薄くコンパクトですが、アラウンドイヤーパッドなので装着感は遜色ありません。

AWASと比べると、WP900は耳周りの空間やハウジング反響面までの距離が狭いせいか、サウンドはかなりパンチが効いていて、楽器音が弾むような躍動感があります。広い空間情景を軽快に展開するという感じとは真逆の、無音空間から楽器の美しい音色が次々と飛び出してくるようなサウンドです。低音のレスポンスが力強いので、従来のATH-ESWシリーズのようなシュワシュワした軽さはありません。それでいてコンパクト密閉型にありがちなモコモコ感や詰まったような感じがしないため、音響設計が優秀であることが実感できます。

非常に優れたヘッドホンですが、ポータブルとしては物理的にサイズがちょっと大きすぎ、家庭用据え置きヘッドホンとしてはAWAS・AWKTくらいゆったりとした空間の広がりや臨場感も欲しい、モニターヘッドホンとして使うには派手すぎて必要以上に美音に聴こえてしまう、といった具合に、なかなか使い所が難しいのですが、デザインと音の良さに惚れて衝動買いしてしまうようなヘッドホンだと思います。


AP2000Tiも同じく密閉型ですが、ウッドではなくチタンハウジングを採用しており、イヤーパッドの形状なども含めてデザインが根本的に異なります。

AWASと比べてAWKTは低域と高域の広がりや質感を高めたサウンドでしたが、AP2000Tiはそれとはまた異なる意味でのドンシャリというか、低域と高域の両極端を強調する超ワイドレンジな性格です。

つまり、AWKTのように女性ボーカルや弦楽器、ピアノなどの美しさを助長するのではなく、それよりももっと上のパーカッションや息継ぎなどのプレゼンス帯域が目立ちます。下手な録音は刺さりますし、古い録音のテープノイズや圧縮音源のシャリシャリ感なんかも気になります。

低域側も、ピアノやチェロ・コントラバスではなく、ダンスミュージックのキックドラム付近に力強い重さが加わります。つまり生楽器を超えたモダンなスタジオプロダクションで全力を発揮できるのがAP2000Tiだと思います。もしAWAS・AWKTでは味気ないと思ったならAP2000Tiを検討してみるべきです。

さらに、比較的シンプルな生楽器録音であれば、プレゼンスや重低音はそもそも多く含まれていないため、それらが強調されることは無く、AP2000Tiのフラットな部分が引き出せるというメリットもあります。ただしちょっとでも派手目な録音になるとAP2000Tiのドンシャリ感が目立つようになるので、その境界線が際どいです。

このようにオーディオテクニカの一社だけでもこれだけ選択肢があるのが密閉型ヘッドホンの面白いところです。開放型であればATH-ADX5000だけでほぼ完璧で、それ以上は望めないくらいなのですが、密閉型ヘッドホンはハウジングの響きという個性が求められるため、どのみち正解は無いのでしょう。もしADX5000並にスッキリした密閉型ヘッドホンが開発できたとしても、それはそれで味気なくて人気が出ないだろうと思います。

おわりに

オーディオテクニカATH-AWKTとATH-AWASを聴き比べてみましたが、これはかなり好みが分かれそうです。なぜハウジング木材のみならずドライバー技術も変えるなんて面倒くさい事をしたのか不思議に思いましたが、音を聴いたあとは十分納得できます。

より高価なAWKTはこれまでのオーディオテクニカらしい派手さと中高域の広がりを見せつけるようなサウンドで、ATH-W5000の正統進化型という印象がピッタリです。一方AWASはより現代的な落ち着いたサウンドを目指しており、ATH-ADX5000以降の新しいオーディオテクニカを象徴しています。

どちらが良いのか

ヘッドホンマニア的に、それぞれ推奨できるユーザー層を想像してみると、まずATH-AWKTは、オーディオテクニカの旧作を含めて、すでに数多くのメーカーの高級ヘッドホンを所有している人におすすめできます。万能なレファレンスを求めているのではなく、他社では絶対に味わえない「オーディオテクニカらしい」魅力を存分に味わえることで、コレクションに加える価値のある逸品です。

相性が悪い楽曲なら他のヘッドホンを使えば良いだけで、このヘッドホンがピッタリとハマる楽曲ではものすごい効果を発揮してくれます。とくにATH-W5000をすでに体験済みなら、最先端技術で蘇ったバージョンアップとしても手に入れる価値があります。W5000同様、末永く愛用できると思います。

オーディオテクニカのヘッドホンとレコード針は設計部署が全然違うと思いますが、それでもなんとなく、同社の針の代名詞AT-OC9が最近フルモデルチェンジで蘇った事と共通点を感じます。つまり他社では味わえない独特の軽く美しい響き、そして相性の良し悪しが明確に出る性格が好評であり、それが新作で現代的にリファインされたというのがよく似ています。

とくに特定のジャンルに専念して聴いているような人ならば、それが歌謡曲であれ、メタルであれ、AWKTで聴くことで、普段聴き慣れたヘッドホンでは得られない特別な体験ができるかもしれません。


では、ATH-AWASはというと、値段が安いから廉価版というわけではなく、こちらはヘッドホンコレクターになる意図が無く、一台のヘッドホンで様々なジャンルをカバーしたい、とにかく汎用性のある高級機を所有したい、という人におすすめできます。

初心者向けという意味ではなく、相性や個性を気にしたくない、ヘッドホンは実直で聴きやすく、毎日長時間の利用でも疲れないサウンドであってほしいという人向けです。五角形グラフで表せば全方向同点、みたいな感じです。

ただし、汎用性というのが必ずしも良い意味というわけではなく、AWASの弱点は「他社からも似たようなヘッドホンは色々ある」という点です。

もちろん全く同じ音ではありませんが、チューニングの仕上がりはかなり現代寄りというか今風なので、そこまでユニークさはありません。同価格帯で例を挙げるならフォステクスTH610とベイヤーダイナミックT5p 2nd Genの中間くらいの印象です。この価格帯で色々決めかねている人なら、AWASは良いとこ取りで満足できるかもしれません。

つまりAWASの最大の魅力は、最近のトレンドに沿った集大成的な完成度の高さです。15万円という価格もまさに的確で、ウッドハウジングはTH610よりも丁寧で美しいですし、4ピンXLRバランスケーブル付属というのもこの価格帯では嬉しいボーナスです。

こういうのも良いかもしれません

ATH-AWKTとAWASの違いでもうひとつ挙げられるのは、ヘッドホンアンプとの相性です。

AWKTはアンプの味付けにかなり左右されやすいですので、多くのアンプを試して試行錯誤することで、自分の理想にピッタリ合うサウンドに出会えるポテンシャルがあります。もちろんアンプ以外にもDACなど上流ソースを吟味するオーディオマニアならではの楽しみがあり、下手なアンプで鳴らすと気になるクセも、アンプをアップグレードすることで生まれる相乗効果によってそれがプラスに変わる事もあります。

AWASはどのような上流構成であってもそこそこしっかりと鳴ってくれるため、ハイエンドな物量投入タイプよりも、広帯域・低ノイズなプロ系アンプやオーディオインターフェースとの相性が良さそうです。

では私ならどっちを選ぶか、となると簡単には決められません。AWKTはまるで「桐箱に入った茶道具をたまに地袋から出して鑑賞する」みたいな特殊な使い方になってしまいそうですし、一方AWASはすでに持っているTH610やT5p 2ndと用途が被ってしまいそうです。

結局、私の場合、最新ラインナップの中では、珍しいコンパクトサイズでビジュアルが好みだったATH-WP900を選んで買ってしまいました。

ちなみにオーディオテクニカのヘッドホンで個人的に一番多用するのはATH-R70xです。本当にありとあらゆる雑用に何百時間も使っています。また、ATH-AP2000TiやATH-ADX5000もいつか手に入れたいモデルです。今後の要望としては、4万円のATH-R70xと26万円のATH-ADX5000の中間に収まるような、新たな開放型ヘッドホンのラインナップを期待したいです。

そんな感じに、オーディオテクニカのヘッドホンと言ってもウッドからプロフェッショナルまで様々なシリーズがあり、以前のような明確なモデルナンバー順の上下関係みたいなものは薄れています。しかも現在は伝統的なサウンドデザインと新進気鋭のアイデアが交差する過渡期で、モデルごとの個性が豊かなので、きっと自分の気に入るヘッドホンが見つかると思います。特に今回の二機種についても先入観を捨ててじっくり聴き比べてみる価値があります。