2024年2月2日金曜日

2023年によく聴いたクラシックの高音質新作アルバム

例年通り、2023年に聴いたクラシック新譜の中でもとりわけ演奏内容と音質が良かったものをいくつか紹介します。

2023年も色々聴きました

クラシックをあまり聴かない人も、オーディオ機器のテストに活用するなどで、その魅力に目覚めてもらえると嬉しいです。

2023年のクラシック音楽

毎年書いているこの記事も、2022年はちょっと諸事情により取り下げることになってしまったので、二年ぶりになりますが、今回はそのあたりにも気をつけてまとめようと思います。2022年のも文章は残っているので、いつか再編集して上げることができればとは思っています。

サブスクリプションストリーミング全盛期の2023年でも、私の一年を振り返ってみると、あいかわらずクラシックの新譜だけで400枚近く購入しました。

タワー限定SACDとかを除いて、物理盤で買うことはほとんど無くなりましたが、まだまだFLACやDSFのダウンロード購入が多いです。気に入ったアルバムは支援の意味も込めてレーベル直営サイトから購入するよう心がけています。

とは言ったものの、今回紹介するアルバムのほとんどはストリーミングでも聴けると思うので、興味がわいたら手軽に聴いてみてください。

その一方で、たびたびリマスターされている過去の名盤などは、ストリーミングだと新旧バージョン違いが整理されていない問題があるので、そのあたりは注意が必要です。ジャケット絵は2000年代の最新版CDのを使っているのに、内容は80年代の初期版CDや、誰かがLPレコードからデジタル化したブートレグ版だったりすることが結構あります。

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2023年のクラシック音楽では、個人的に大きなニュースが三つありました。

まず2023年7月号を最後に雑誌「レコード芸術」が休刊になったのは驚きました。いわゆる「レコ芸」、クラシック音楽専門誌として1952年の創刊から一つの時代が幕を閉じたわけです。

実際のところ、毎号の内容を追っている人なら、それもしかたないと薄々感じていただろうと思います。こういう雑誌は大手レコードレーベルのお膝元でこそ存続できていたので、現代のように多数のインディペンデントレーベルが存在している中で、独自にリリースを先取りして批評するというのは不可能に近いです。編集部に意欲があっても、古参の評論家は自分の方から開拓していく新時代に馴染めないでしょう。

そのため、相変わらずユニバーサルやワーナーの大御所か若手新人美形スター演奏者ばかりが取り上げられ、それ以外のコラムは相変わらずケンペやクライバーの話など、紙面の時間が止まってしまった印象すらあります。

そして、そんな老人向けの記事に感化されたクラシックファンも、現役で活躍している若手以降の中堅アーティストやインディペンデントに注目せず、相変わらず新人の追っかけか、古い巨匠名盤の聴き比べに陶酔してしまうという悪循環です。

それでも、雑誌というのはネットレビューと違い、レーベルとの強固な関係のもとでアーティストとの対談インタビューを行ったりなど独自の有用性がありました。逆にいうと、アーティストがYoutubeやソーシャルメディアで自主的に自然体で発信できる環境が生まれたことで、超一流の音楽家でもフランクな人間性みたいなものが実感できるようになり、雑誌でプロモーションを兼ねてお膳立てされた優等生的な対談インタビューというのは前時代的な風習になってしまったのかもしれません。

私にとって、真面目なクラシックの雑誌は2015年にInternational Record Reviewが廃刊した時点で終わったと思っていますが、それでも英Gramophoneは相変わらず定期購読しています。レビューはずいぶん偏っていても、2023年3月の創刊100周年記念号なんかは相当読み応えのある歴史記事が充実していましたし、毎年のAwards表彰式とは別に、12月号で行っている、評論家がそれぞれ年間ベストの一枚を紹介する記事(Critics' Choice)は忖度無しで、意外な発見があって楽しみにしています。

Hyperionがストリーミングで表示されると不思議な気分です

つづいて2023年のニュースでは、高音質インディペンデントの代表格Hyperionレーベル(https://www.hyperion-records.co.uk/)がようやくストリーミングに参入しました。

全カタログを一気に載せるのではなく、毎月20枚ほどの小出しにしている様子です。

演奏と音質の両方で王道かつ最高峰のレーベルなので、馴染みのない方はぜひ聴いてみてください。名盤があまりにも多すぎるので、Presto Classicalなどの専門店サイトでベストセラー順に観覧してみるのも良いかもしれません。

Steven Osborneの個人的ベスト二枚
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Stephen Houghの個人的ベスト二枚
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私自身はHyperionレーベルの中でもSteven OsborneとStephen Houghの録音が好きです。二人のスティーブン、どちらもピアニストで、それぞれ得意分野で担当が別れているようです。私としてはOsborne寄りですが、現役ピアニストのランキングを作るならどちらもトップ争いに置きたいくらい好きなので、彼らのアルバムを聴いてもらえたら幸いです。

これまでHyperionレーベルは、ハイレゾダウンロードでさえも自社サイトとPrestoなどクラシック専門店のみで販売するといった徹底ぶりでしたが、やはり時代の波には敵わないということでしょうか。

Hyperion以外にも、まだまだストリーミングでは聴けないインディペンデントは多いので、今後他のレーベルも追従するのか気になるところです。

BIS初期の傑作から、壮大なプロジェクトまで
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三つ目の、もっと大きなニュースでは、アップルがBISレーベルを買収して傘下に収めました。

BISは古くからインディペンデント最大手として絶大な支持を得てきた大御所レーベルなので、このニュースはちょっとした衝撃です。

スウェーデンで1973年に発足、最初期はヴァンスカとラハティ交響楽団シベリウス全集のヒットが世界進出のきっかけだったと思います。それ以降も、鈴木雅明が全55巻バッハのカンタータ集を完成させるなど、長期のプロジェクトを敢行する力量があります。

さらにBISが良いのは、こういった巨大プロジェクトを終えたあとも、ヴァンスカはミネソタに移ってからの傑作の数々、鈴木は他のバッハ作品やそれ以降の時代にも進み、息子の鈴木優人に世代交代するなど、ずっと継続してBISでアルバムを出し続けるという、ファミリー的な関係性や居心地の良さが伺えます。

今や総リリース数は2000タイトル以上、クラシックの主要レパートリーを網羅している巨大なレーベルです。専属の録音チームが各国を巡り、RMEなどと提携して高音質ハイレゾPCM録音の最先端を担ってきたことでも有名です。

アップルにとってBISを買収するのは赤子の手をひねる程度の事だったと思いますが、他でもないBISを選んだというのが面白いです。

この理由については、ニュース記事などでいくつかの憶測を読んだところ、要約すると、アップルがコンテンツ誘導によるコスト削減を狙っているという話に説得力があります。

アップルは2023年初頭にApple Music Classicalというクラシック専門のストリーミングサービスを開始しました(日本では2024年1月予定)。元々はPrimephonicという会社をアップルが買収して始めたサービスです。

これについては賛否両論あり、今のところ検索やソート能力に関しては生粋のクラシックファンには不十分なサービスだと思います。(サービス開始時にすごい発表があるということでワクワクしていたら、昨今話題のイラストレーターに依頼して、新たに作曲家の肖像画を創作してもらったという、なんとも音楽の本筋から逸脱した、音楽を聴いていない人が考えそうな、クラシック愛好家にとってはどうでもいい事を自慢げに発表しているのを見て、落胆した人も多かったと思います)。

クラシック初心者が主なターゲットとなるので(クラシックファンならPrestoとかで十分なので)、たとえば単純に「ベートーヴェンの5番」と検索するとカラヤンが上位に来て再生され、そのたびにユニバーサルミュージックに配信ロイヤリティを払うことになるわけです。

そこで、BISを傘下に収めることで、BISのアルバムが自動的に検索上位にくるようにすれば、ロイヤリティがアップルの手元に残るというわけです。動画配信サービスも自社コンテンツを推すビジネスモデルが一般的ですし、「ランキング」ではなく「おすすめ」の順に表示されるのも、そういった理由からです。

これは一流の名盤です
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ちなみに私が読んだ記事では、カラヤンなどの一流の録音ではなく、BISの二流の録音を押し付けることで、アップルによってクラシックがダメになる、なんていう論調もあったのですが、私の意見はむしろ真逆で、良い方向に進むことを期待しています。

Harmonia Mundiはピリオド楽器とかの風変わりな演奏ばかりですし、Naxosはハズレが多すぎ、Chandosはイギリス臭すぎるといった具合に、個性的なレーベルが多い中からアップルが買収する候補を考えると、高音質ハイレゾデジタルで、室内楽から交響曲まで(オペラ以外の)主要なレパートリーを安定して網羅しているBISを選ぶのは当然です。

ベートーヴェン5番と検索して、カラヤンではなくとも、BISのヴァンスカ指揮ミネソタ管弦楽団のベートーヴェン交響曲集であれば、近年稀に見る高音質で活気のある名盤だと思うので、これがレコメンドされるなら二流と感じることは全くありません。

私にとってBISの決定版
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他のレパートリーでも、BISのアルバムは必ずしも評論家推奨のトップではないかもしれませんが、「そういえば、あれも良いよね」とマニアが認めるような名盤ばかりです。

アップルによるBIS買収は自然の流れという側面もあります。インディペンデントの多くは、デジタル録音編集が身近になった70年代後半に発足しており、今日に至るまで創業者とその一家が経営しているところが多いです。

それらがちょうど引退と世代交代の時期になり、ユニバーサルやワーナーなど大手レーベルに吸収されたり、Outhereなどの配給会社に委託したりなどの中で、BISの社長も80歳の節目にアップル傘下に入ったのも納得できます。

さらに身も蓋もない話をすれば、これらレーベルは主要レパートリーの全てをハイレゾデジタルで収録し終えてしまった頃合いなので、もはや超ニッチで数百枚しか売れないような無名作曲家か、イケメン新人のヒットに依存するしかなく、先が見えないという事情もあります。

BISにはこれからも新譜をどんどん出してもらいたいという願いはあるものの、またベートーヴェン交響曲集とかを繰り返す必要は感じられません。奇妙な版違いとか復元とかならなおさらです。どうせなら、この機会にアップルの資本でオペラに進出してくれませんかね。

動画配信サービス

私の身の回りのクラシックファンの話を聞くと、ベルリンフィルの動画配信サービスと契約している人が結構多く、しかも概ね好評なようです。

ライブ配信で生の公演を体験することもできますし、過去のアーカイブも徐々に充実してきています。音質も映像クオリティもブルーレイとDVDの中間くらいで、クラシックファンでも満足できる仕上がりです。

私もやぶさかでないものの、契約したところで、どうせじっくり腰を据えて見る時間も無いので遠慮しています。

IIJが配信パートナーだそうです

そんなライブ配信を見ると、楽譜の進行に合わせてソロ奏者へカメラが切り替わっていくなど、まるでスポーツ中継のような熟練の技が求められるため、常任のバランスエンジニアとマルチカメラのリアルタイムのスイッチャーを操作するスタッフが必要になり、そのあたりが大変そうです。

経営としてうまくいっているのかは不明ですが、こういったサブスクサービスの試みとしては成功している部類だと思います。こういうのに詳しくない年配のクラシックファンの友人も、テレビを買い替えたらホーム画面にプリインストールされていて、それで契約したという人がいたので、なるほど良い戦略だと思いました。

配信からアルバム化することもあります
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ユーザーに聞いた不満点としては、アーティストの契約事情からか、ライブ配信後はアーカイブに残らない演奏が結構あること、そしてベルリンフィルのサービスなので、当然ながらベルリンフィルだけしか無いという点が挙げられます。

せっかく配信インフラが常設されているのだから、同じホールで別のオケのツアー演奏や、ソロのピアノリサイタルなどもどんどん配信してくれればと思うのですが、やはり契約関連の問題があるのでしょう。

他国のオケも同じようなものを提供してくれればとも思いますが、あそこまで丁寧なサービスを構築する初期費用は相当なものだと思いますし、天下のベルリンフィルだから十分な収入が見込めるという部分もあります。

DXD、DSD256

そんなわけで2023年の新譜紹介に入りますが、まずは、せっかく超高サンプルレートを再生できるDACを持っているのに活かす機会が無いという人のために、DXD(PCM384kHz)やDSD256の超ハイレゾ音源を紹介します。

私の場合、持っているDACがDSD128までしか再生できないものもあるので、最近はDSD256の作品でもDSD128で買う事が多いです。その方が安いですし、ファイルサイズも半分です。

正直、DSD64からDSD128では、ローパスフィルターが一気に可聴帯域外に移るので、明確な音質差が感じられるのですが、DSD128とDSD256ではそこまでメリットが感じられません。もちろん再生機器の性能にもよると思いますが、聴き比べて違いがあったとしても、どちらが良いかという判断までには至らない事が多いです。

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せっかく超ハイレゾを楽しむなら派手なオーケストラ演目が良いと思うので、LSO LiveからFrançois-Xavier Roth指揮のツァラトゥストラをおすすめします。

ロトというと精密なタイミング描写が得意な指揮者で、LSO Liveレーベルも最近はかなり録音技術が向上しているので、広大な空間音響で再生機器のポテンシャルを引き出せます。

ちなみにDSDとDXDのどちらで買うべきかは、たとえばNativeDSDショップで購入する際は、このアルバムだとOriginal Recording Format: DSD256と書いてあるので参考になります。

NativeDSDショップでも、PCM 96kHzからアプコンしている作品も意外と多いので、その場合は他のショップで96kHz版を安く買っています。

アプコンされたファイルを買った方が音が良いということもあるかもしれませんが、値段が結構高いですし、私が使っているChordとかdCSのようなDACは内部のオーバーサンプリング演算処理に自信を持っている感じなので、音源はネイティブフォーマットで買って、あとはDACに任せるようにしています。

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PentatoneはDXDでヤノフスキのシューベルト8・9番が良かったです。爽快で広大な演奏です。

演奏は2023年までヤノフスキが監督をしていたドレスデンフィルです。ドレスデンというとシュターツカペレの方が有名ですが、こちらは別のオケで、最近の演奏はかなり上手いです。2017年に本拠地の市内ホールが大改修されてから再注目されるようになりました。

ヤノフスキでPentatoneというと過去のスイスロマンドやRSOベルリンでのフワフワした重い響きのイメージがあるかもしれませんが、やはりオケと環境が変わると鳴り方も大きく変わり、もう高齢な指揮者ですがテンポよく勢いのある演奏です。

録音もダイナミクスや解像感を過度に強調していないため、聴き始めは地味で不明瞭に感じるかもしれませんが、実はそれが超ハイレゾのメリットであり、良い再生装置を使えば情景の空気感を含めたすべての音響が体感できるようになります。CDの時代はそれができなかったので、聴かせたい楽器のだけをピンポイントで強調するような作風になりがちでした。


ちなみに先日、奇遇にも本拠地ホールに行ったので、その時に撮った写真ですが、Kulturpalast(文化の宮殿)という名前からもわかるように旧共産圏の雰囲気をあえて残したまま改修しており、外壁に巨大フレスコを掲げ、地上水道管を景観の一部にするなど、史跡を有効活用した面白い建物でした。このあたりもザクセン王国風のゼンパーオーパーを本拠地にするシュターツカペレと対照的で、なんとなく演奏にも現れている気がします。

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室内楽では、Channel ClassicsからRachel Podger & Kristian BezuidenhoutでCPEバッハのヴァイオリンソナタ集、LAWOレーベルからAmalie Stalheim & Christian Ihle Hadlandのストラヴィンスキー・プーランク・ドビュッシーのチェロ作品集なんかは良かったです。

フルオーケストラのような複雑なマイク構成を必要とせず、テイクの取り直しも容易なので、このようなコンパクトな室内楽の方が超ハイレゾ録音に向いています。しかし逆に言うと、下手な演奏家でも高音質を売りにすれば一定数オーディオマニアが買ってくれるので、駄作が多いとも思います。優れた演奏と録音フォーマットは必ずしも比例しないということです。

そんな中で、ノルウェーのLAWOとオランダのChannel Classicsはどちらも古くから一流アーティストによる超高音質録音で定評があるレーベルなので、どのアルバムを聴いても失敗がありません。

Channelは最近ロゴが変わったので、一見偽物かと警戒したものの、中身は以前と変わらず優秀です。PodgerはChannelの顔としてヴァイオリン作品を一手に担ってきたベテランで、同レーベルでのモーツァルトのシリーズはSACD初期の作品としてDSDの凄さを披露するデモ盤としても有名でしたが、あれからもう20年近くなるとは感慨深いです。今作ではHarmonia Mundiで活躍するBezuidenhoutとのペアでCPEを選んでおり、相変わらずのテクニックと、彼女特有の音色の華やかさみたいなものがCPEにぴったり合っています。

LAWOのStalheimはまだ作品数も少ない新人ですが、派手なアピールをするでもなく、楽器の音色に重点を置いた深みのある演奏が楽しめます。私自身あまりガシガシ弾くタイプのチェロ奏者は好きではないので、その点今作のような、まるでフルニエを彷彿とさせる風流な演奏はとても良いです。ピアノのHadlandの流麗なピアノも相性が抜群です。キラキラと空間に広がる情景を描いており、チェロとの対話も絶妙です。

余談になりますが、LAWOはノルウェーのレーベルで、今作も二人ともノルウェーの現役アーティストを起用、他のアルバムもノルウェーやスカンジナビア中心にローカル色の強いレーベルでありながら、プロダクションがしっかりしており、海外の流通網に乗せ各雑誌に批評を委ねるなど、世界的な販売戦略がしっかりしているのが素晴らしいです。日本のレーベルも国内消費だけに頼らず海外市場に展開するメリットは大きいと思います。

LAWOの公式サイトは昔ながらの率直なデザインが良いです。(https://www.lawo.no/)タイトルページに新譜一覧があり、それぞれ受賞歴、PDFブックレット、試聴、オンラインショップと明確なリンクが貼られており、ページ下部にはソーシャルメディアの最新情報といった単純明快かつ必要な情報が全て揃っている構成です。多くのレーベルサイトは変なフラッシュ動画みたいなのが全面に表示されて、新譜リストが見つからず、録音情報も記載されておらず、一体何を売っている会社かすらわからないなんて事も多いので、あらためてLAWOを見習ってほしいです。

声楽と合唱

日本のクラシックファンのあいだでは、オーケストラやピアノソロには熱中するのに、声と合唱にはほとんど手を付けていない人が多いようです。

学生の合唱コンクールとか、年末に第九を歌うなど、いわゆる手習いとしては普及していても、その先に進み、本当にすごい声楽作品の作曲技法や、超一流の演奏を積極的に体験したいという人が極めて少ないです。

そのため、今回は2023年の良盤から、スタイルの異なる合唱アルバムを何枚か紹介していきたいと思います。普段聴き慣れたクラシックの枠組みを超えて、こういうのも聴いてみてください。

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まず2023年に聴いた全アルバムの中でも録音の凄さでトップかもしれないのが、HyperionレーベルからMaris Sirmais指揮ラトビア国立合唱団の「Credo」です。ぜひ96kHzハイレゾPCMで聴いてみてください。

開幕からリヒャルト・シュトラウスの「ドイツモテット」です。ロマン派合唱の最高峰と名高いものの、あまりに難しすぎてほとんど録音される機会が無い希少な作品です。メタモルフォーゼンの対になるような、それぞれの歌手が別々の動きを指示される壮大な対位法構成で、同時期のアラベラなどを彷彿とさせる美しいメロディが重なり合います。

さらに6曲目メシアン「イエスの永遠性への賛歌」のアレンジも神秘的というか宇宙的な合唱の精巧さに圧倒されます。

このようなアルバムを聴くと、これまで教会などでの生演奏でしか体験できなかったような複雑な多重音響が、ハイレゾ録音と高性能ヘッドホンの時代になってようやく自宅で楽しめるなったように感じます。

クラシック全般に言える事かもしれませんが、うわべのメロディを追うだけではなく、その奥にある複雑な和声やポリリズムも含めて体感することで感動が生まれるので、その点では高性能オーディオ機器が本領発揮できるジャンルです。

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二枚目はApartéレーベルからMathieu Romano指揮Ensemble Ades / Les Siéclesでストラヴィンスキーの「結婚」です。

こちらも録音自体が珍しい演目ですが、個人的にストラヴィンスキー後期の圧倒的名作だと思っています。高度な歌唱技術が求められるため真面目で丁寧な録音が多い中で、この新譜は民謡風のアレンジを効かせており、リズムの取り方もセンスが良いです。

開幕でテーマやドローン的なハーモニーを提示してから、登場人物が増えていくにつれてリズムや和声の音楽的要素が加わり、終わりに向かってどんどんダイナミックに盛り上がっていく作風です。

音楽の感情表現というと、「メロディラインと歌詞」に重点を置く現代のポピュラー音楽とは対照的に、「多重リズムと和声の移り変わり」で感動を描くあたりはこの時期のクラシックならではの魅力です。

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Rondeau Productionというマイナーレーベルから、Keno Weber & Hannoversche Hofkapelleのフォーレの宗教音楽集というのも想像以上に楽しめるアルバムでした。

フォーレというと軽妙なサロン音楽、宗教音楽ではレクイエムが有名なくらいですが、生前はオルガンや合唱指揮者として知られていました。

それでも、フォーレの合唱曲というと、なんとなく杓子定規で退屈だろうという先入観があって、しかもジャケットも地味なので侮っていたところ、いざ聴いてみると相当楽しいです。イメージとしてはプーランクがもっと接しやすく快活になった感じで、曲ごとのバリエーションも豊かで飽きさせません。しかもマイナーレーベルとは思えないくらい合唱の腕前も録音品質も一級品です。

2023年のオーケストラ高音質盤

続いて交響曲などオーケストラ録音です。ちょっと前まではスタジオとライブ録音に二分されていましたが、最近は録音品質が良すぎて、聴いていてもどちらかわからないことの方が多いです。

ベルリンフィル配信サービスの例のように、音響の良いホールにマイク機材を常設して、公演をそのまま収録すればアルバムになるのがクラシックの利点です。もちろん観客の咳や拍手などを編集する必要はありますが、とりあえず録り貯めておいて、内容が良ければ手直ししてリリースするという手法は、往年の時間に追われたスタジオセッションと比べて、名演が世に出る機会を増やしてくれています。

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2023年のオーケストラ録音でまずおすすめしたいのが、LINNレーベルからCristian Măcelaru指揮WDRのバルトークです。

マチェラルは現在WDRケルンとフランス国立管の監督を兼任している新進気鋭の指揮者で、今作「かかし王子」と「舞踏組曲」も手勢WDRとの録音です。

このアルバムが特に面白いのは、再生機器の違いにとても敏感なので、たとえばDACやアンプ、ヘッドホンの聴き比べに役に立ってくれます。とりわけ5曲目「波の踊り」を聴いてみてください。厚いレイヤーの重なる曲なので、オーディオ機器の性能や特性次第で解像感や空間描写、そしてどの楽器が強調されるかなど、違いが目立ちます。

演奏の解釈も素晴らしく、ルーマニア出身のマチェラルだからかバルトークのバレェのリズムの取り方や和声の雰囲気をとても上手く表現してくれています。

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上のLINNレーベルのバルトークを聴いたら、こちらのBR Klassikと聴き比べてみるのも面白いです。

こちらは1923年という時代をテーマにしたオムニバスなのですが、その中でバルトークの舞踏組曲が入っており、しかも同じマチェラルが指揮、ほぼ同時期の演奏、唯一の違いはオケがWDRケルンではなくBR(バイエルン)という、奇しくもドイツラジオ局の東西対決みたいな聴き比べになります。私はLINNのWDRの方が好みです。

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もう一つ、聴き比べると面白い二枚を紹介します。サン・サーンスの交響詩集で、かたやProsperoレーベルのIvor Bolton指揮バーゼル、もう一方はHarmonia MundiのFrançois-Xavier Roth指揮Les Sieclesです。

ロトの方が演奏が鮮やかで、まさに近代的なハイレゾ作品、しかも動物たちの謝肉祭も入っているため全体的におすすめですが、Boltonも重厚で流れるような演奏がまた違う解釈の側面を見せてくれます。どちらが良いというよりも、近頃は意外と録音が少ない演目で、こうやって二種類も楽しめるのは嬉しいです。

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聴き比べというと、ここ数年で多くのブルックナー交響曲プロジェクトが進行しており、2024年が生誕200周年というのもあってか、どれも全集が完成しつつあります。

まだ単発かシリーズ化するかわからない時点で最初の一枚を買ってしまうと、そのうち揃えるようになってしまい、いざ全集が完成すると格安ボックスセットが出て憤慨するというのがよくあるパターンです。

GramolaのRemy Ballotはブルックナーが生前在籍していたリンツの聖フロリアン教会での演奏という魅力があり、CapriccioのMarkus PoschnerとORFのRSOウィーンは版違いを別売しているのでかなり混乱させられます(4番は1986・1978・1988と3種も出してます)。

ティーレマンはソニーからウィーンフィル、ProfilからSKドレスデンと二つの全集を同時進行しているのが凄いです。個人的には、ウィーンは行儀が良すぎて特徴が薄いというか、あえてこれを聴く気になるほどでもありません。ドレスデンの方は長年主任指揮をやっていただけあって、もうちょっと我を通しており、ライブの熱量も体感できるので、そっちの方が好みです。

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他に2023年の主要な交響曲作品では、BISからOsmo Vänskäとミネソタのマーラーが二年ぶりに再開しており、重大な8、9番が登場しました。あと残すは3番だけです。

さらにPentatoneからSemyon Bychkovとチェコフィルのマーラーも進行中で、2022年の4、5に続き、1、2が出たので、マーラー好きには贅沢な一年になりました。

Bychkovはチェコということもあり、隠れたメロディを引き出すような演奏です。抑揚はそこまで強調していないため、ダイナミックさやスケールではVänskäの方が良いですが、緩徐楽章の歌うような演奏が魅力的です。Vänskäはシリーズを通して精密な機械細工のようなコントロールが感じられ、鋭さと力強さを持ちながらも大味にならず満足度が高い演奏です。

どちらも往年のバーンスタインやバルビローリのような感情が爆発する熱演とは一味違いますが、現代のオーディオの性能を活かし切る凄い演奏であることにはかわりありません。

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もうひとつ、個人的におすすめしているシリーズで、OndineからRobert Trevino指揮バスク国立管のラヴェル管弦楽集が、2021年から続いて二作目が出ました。

ラヴェルの出身地バスクのオケと、アメリカの新鋭指揮者という組み合わせが、まさにラヴェルの民族文化とスマートな都会派の融合を体現しており、演奏も王道な有名オケとは一味違った自然な親しみやすさを描いています。

ラヴェルでもう一枚、RCAからPaavo Järviとパリ管のアルバムも期待以上に凄い出来栄えでした。

Pヤルヴィは父と同様に器用貧乏というか手広くやりすぎているイメージがあったのですが、このアルバムでパリ管を大きく立体的に動かす手腕はさすがだなと感動しました。上のTrevinoの洗練されたコンパクトな演奏とは対象的に、こちらは大時代というか、DGGの小澤を彷彿とさせるような、ホログラフィックでスケールの大きいサウンドを作り出しています。

これら二枚は指揮者の違いというだけでなく、パリとバスクという文化の違いも体現しているかのように思いを巡らせてしまうのも、聴き比べの面白いところです。

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2023年は協奏曲のアルバムではそこまでパッとした作品は思い浮かばなかったのですが、次にソロピアノ系アルバムを紹介する流れで、MirareレーベルからNathanaël Gouin「Caprice」はちょうどよい橋渡しになってくれます。

タイトルどおり奇想曲をテーマとしたアルバムです。開幕はAleksandar Markovićが指揮するポーランドSinfonia Varsoviaとのラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲」の強烈なインパクトから始まり、続いてソロピアノに入ってバッハ、ブラームスと続き、後半はフランスのアーン、フォーレ、オアナ、アルカンと奇想曲のスタイルを続けていきます。(オアナは20世紀のフランス作曲家です)。

このように奇想曲というノンジャンルでまとめることでバリエーション豊かな選曲になり、途中で退屈することもなく色々と楽しめる一枚です。

ソロピアノ

ピアノ独奏は相変わらず大量の新譜がリリースされており、あたりはずれの格差が一番大きいジャンルだと思います。

そんな中で、これまでのベストを超える演奏に遭遇できる機会はとても稀なのですが、それでも近年の若手ピアニストは往年の巨匠を超えるような凄い演奏を聴かせてくれることもあり、面白さが絶えないジャンルだと思います。

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まず2023年で一番印象的でよく聴いたのは、Fuga LiberaレーベルからKonstantin Emelyanovのドビュッシー、プロコフィエフ、バーバーでした。

モスクワ音楽院出身の生粋のロシアピアニストで、前作チャイコフスキーはメロディヤから出していましたが、現在の時勢を踏まえてOuthereグループのFuga Liberaに移ったのは賢明です。政治的なこととは別に、新鋭ピアニストの活躍の場が制限されるのは大きな損失です。

録音はモスクワ音楽院の大ホール、前作と同じくヤマハCFXを使っており、暗いジャケットとは対象的な明るく華やかな高音が魅力的です。

演奏者本人のブックレットノートによると、このアルバムは三人の作曲家の時系列に沿って、旧時代から新時代への移り変わり、それぞれの時代の最先端の作曲技法による表現の変化を示したいようです。

映像の発展になぞらえて、ドビュッシーの「映像」は淡くフォーカスの甘い表現、プロコフィエフ「束の間の幻影」では象徴的な輪郭が明確になり、バーバーのピアノソナタではそれらを踏まえた上で厳格なソナタ形式に落とし込むという、作曲の洗練の歴史を描いています。

とりわけバーバーのソナタは私もそこまで馴染みなかったのですが、演奏される機会が少ないのが不思議なくらい、親しみやすく構成も素晴らしい作品です。もしくは、Emelyanovの優れた演奏を体験して初めて魅力に気がつくことができたのかもしれません。(彼は音楽院の卒論テーマにこのバーバーを選んだそうです)。アルバム全体を通して本当に素晴らしい一枚です。

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メシアンが好きな私にとって、ソロピアノの大作「幼子イエスに注ぐ20の眼差し」の新譜が出る事自体が大変嬉しいのですが、ここ数年でHelmchenやChamayouなど錚々たる録音が登場しており、2023年も新たにOUR RecordingsからKristoffer Hyldigによる全曲録音が出ました。しかもDXDなのが嬉しいです(ピアノでそこまで必要かは別として)。

デンマーク出身のHyldigはまだ新人ですが、彼のこれまでのリリースを見てもNaxosでメシアンをやっており、自身が参加している室内楽グループもMessiaen Quartet Copenhagenというくらいメシアン愛好家のようで、今作の演奏にもそれが染み渡るように伝わってきます。

上述のChamayouなどと比べると、なんとなくマイルドで野暮ったい印象も受けるのですが、それが逆に心温まる感じもします。宇宙空間のような広大なスケールのメシアンも良いですが、今作のような内面から湧き上がる演奏も良いです。

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La Dolce VoltaのWilhelm Latchoumiaによるヴィラロボスも想像以上に凄いアルバムでした。

ヴィラロボスというとNaxosなどの本場ブラジル演奏家でないとダメだという人もいますが、今作ではフランスはリヨン出身のLatchoumiaの演奏により、かなりフランス寄りの印象が強まっており、実際のところ作曲生活の多くをパリで過ごしたヴィラロボス本来の意図に近いのかもしれません。

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HyperionからMarc-André Hamelinのフォーレ集も意外と良かったです。夜想曲と舟歌という題名で、フォーレの荘厳な合唱音楽とは打って変わって、ショパンなどを連想するようなメロディアスで親しみやすい曲ばかりです。

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BISのRonald Brautigamはフォルテピアノなので、重厚長大になりがちなD899・D935が颯爽とした軽快な演奏になり、過度な響きに埋もれず複数の線を追っていけるので、意外と聴きごたえがあります。

他にも良かったアルバムを挙げていったら、きりがなくなってしまったので、主要なレーベルから一枚づつ簡単にリストアップしておきます。

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Mirare、Aparte、Signum、ATMAと異なるレーベルから、多くの素晴らしいピアニストが排出されています。

演目もMasleevはチャイコフスキーの四季、Chiovettaのシューマン、Despaxのフランス物、Bertinのメトネルと多義にわたり、それぞれ思い思いのプログラムを組んでおり、まるで毎晩コンサートホールに出向いて異なるリサイタルを聴きに行っているような気分になります。ちなみに、新譜一覧を見ると、ピアノは男性ばかりで、弦は女性が多いようなのですが、これは実際の音大生や演奏家の割合もそうなのか気になります。

バロック

近頃のバロックアルバムは、昔のような「音が細い一本調子の」ピリオド演奏の印象から大きく変わって、よりダイナミックで力強く、演奏者の意向が反映されるような演奏が増えています。

一大ジャンルとして成長したおかげで、従来のような学術的な権威主義だけでなく、それを踏まえた上で、次世代の音楽家が一歩先の演奏を目指している印象を受けます。

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そんな「一歩先の演奏」好例として、二枚のバッハ鍵盤協奏曲を紹介します。PentatoneからFrancesca Corti、RicercarからSteven Devineのどちらもシリーズの途中で、この二枚ではBWV1059編曲が被っています。

Pentatoneの方のil pomo d'oroは今一番勢いのあるバロックオケで、Eratoにてオペラの数々に貢献しており、派手で激情的な演奏やケレン味溢れるテンポ操作によってバロックに新たなファンを獲得しています。Cortiのチェンバロもそれに負けじとダイナミックなサウンドが楽しめます。

真面目なレーベルとして知られているRicercarの方はバロックオケのベテランOAEによる純度の高い澄み渡るような演奏で、Devineのチェンバロも寄り添うように小気味よい端正な弾き方です。こちらの方が気品のある演奏ですが、どちらを取っても一昔前の食卓で流すBGM風や打ち込み音楽のような鍵盤演奏とは隔世の感があり、それぞれ独自の方向性で演奏を楽しんでいる事が伝わってきます。

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フランスバロックオペラも複数のシリーズが並走しており、リュリやラモーのメジャー作品から、それ以外のレアなものまで選択肢が増えてきました。

Chritophe Rousset & Les Talens LyriquesはAparteとChâteau de Versailles Spectacles(ヴェルサイユ宮殿スペクタクル)という仰々しい名前のレーベルに分けてリリースされており、2023年はリュリの「テゼ」と「プシシェ」、2024年1月には「アティス」と、かなりのスピードでカタログを埋めています。

私はフランスバロックが結構好きなので率先して聴いていますが、日本ではあまり馴染みのないジャンルだと思います。肝心なのは、どのストーリーも大抵の流れは同じなので、あまりそこは気にせずに、主要キャストの歌声に専念することで、ブックレットを片手に「次は誰が歌うのか」という楽しみが続きます。

また、序章はどれもメインストーリーとは一切関係無いので、慣れたら飛ばしてActe Iから、もしくは好きな章だけ聴くのも良いと思います。

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私の場合、フランスバロックオペラのファンになったのは、GlossaレーベルのGyörgy Vashegyi & Orfeo Orchestraの録音を聴いたのがきっかけです。2023年のルクレールの「シラとグロキュス」のような、そこまで有名でない作品でも、Vashegyiの指揮というだけで聴いてみたくなってしまいます。

今作もキャストはWanroijやGensといった有名どころで(Duboisはあまり好きではないのですが・・・)Vashegyiのオケは他と比べると粘りがあるというか、深みが感じられるため、よくありがちな表面をなぞるだけの軽い演奏とは一線を画する体験ができます。

ヘンデル

ここ数年、複数のレーベルから並行してヘンデルのオラトリオやオペラがシリーズ化しているのが嬉しいです。私自身そこまでヘンデルのファンではないので、基本的にどの作品も同じように聴こえるのですが、同じ作品でも演奏家が変われば雰囲気もずいぶん違います。

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とりわけ、このJohn Nelson指揮The English Concertの「メサイア」はぜひ聴いてみてください。往年の名盤の数々を凌ぐ決定版だと思います。

メサイアなんてベタすぎて買わないなんて人も多いかもしれませんが、実際有名なハレルヤコーラス以外で全編通して聴いている人はそこまでいないと思います。このNelsonの録音は新鮮かつ美音を極めており、開幕Michael Spyresのテノールソロを聴いただけで、その美しい歌唱に惚れ込んでしまいます。合唱も語り方や物語性を重視しており、まるで各場面の情景が浮かんでくるかのようです。

私もリリース当時はスルーしていたものの、仲のいい友人の指揮者かつヘンデルの熱烈なコレクターがこのメサイアを勧めてくれたので、とりあえずストリーミングで聴いてみたところ、あまりの面白さに急いでダウンロード版を購入しました。

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AvieからはJeannette Sorrell & Apollo's Fireの「エジプトのイスラエル人」、RicercarからLeonardo García Alarcónの「ソロモン」、LinnからHarry Bicketの「セルセ」と、これだけ色々と対抗するかのようにリリースされると、さすがに注目を促します。

音質はどれも極上なのはもちろんのこと、オンマイクでミュージカル的なSorrell、古楽器のエレガントな雰囲気のAlarcon、ドラマチックな迫力のBicketと、それぞれ楽しみ方が違うので飽きさせません。個人的にはLinnのBicketのシリーズを気に入っています。オケがメサイアと同じThe English Concertなのは奇遇でしょうか。

どれも長尺なので、全編通してストーリーを追うのは辛いかもしれませんが、とりあえず適当に流しておけば、音楽の美しさに度々惹かれてしまうだろうと思います。

室内楽

ピアノソロ以外の室内楽も充実した一年で、紹介したいアルバムが多すぎて逆に困るくらいです。候補に残った20枚以上の中から10枚くらいに絞るのも苦労しました。

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まず演奏と音質の両方で2023年ベストだと思うのが、ArtalinnaレーベルからTrio Laetitiaのブリッジ、メンデルスゾーン、スタンデールベネットのピアノトリオ集です。

スタンデールベネットはメンデルスゾーンの同期で交流があり、ブリッジは数世代後ですが、どれもロマン派に属する親しみやすい作風です。

このアルバムはたぶん44.1kHzでしか配信していないと思うのですが、それでも音質は極上なので、必ずしも96kHzやDSDなどが必須ではないという証明になります。むしろ44.1kHzの方がDACのオーバーサンプリングフィルターなどで鳴り方の雰囲気を変える事ができる楽しみもあります。

パリのArtalinnaはこれまでに何枚か買ってみたものの、演奏の解釈が独特なアーティストが多く、決してメインストリームとは言えない芸術肌なレーベルです。

そんな中で、このイタリアのトリオは事前に知りませんでしたし、選曲も渋すぎますが、演奏を聴いて虜になってしまいました。次から次へと美しい旋律が見事に演奏され、トリオの連携も抜群に良く、最後まで飽きさせず引き込まれてしまいます。

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ピアノトリオではもう一枚、AlphaレーベルからBusch Trioのラヴェルとショスタコーヴィチをおすすめします。

ありふれた演目なので、同様のアルバムは他にもたくさん見つかると思いますが、このラヴェルの開幕数秒を聴いただけで只者ではないと感じてもらえると思います。ハイレゾ録音の極地とも思えるような高解像かつ鮮明な楽器の音色が描かれ、トリオの演奏もそれを助長するように生気に溢れています。

このBusch Trioの作品を遡ってみると、シューベルトやドヴォルザークなども同様に素晴らしく、往年の重厚な演奏や、近頃多い鋭角で不安定な演奏とも根本的に違う、なにか新たなスタンダードとしての完成形を感じさせてくれます。

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トリオでさらにもう一枚、SOMM RecordingsからMinerva Piano Trioでストラヴィンスキーのプルチネルラ組曲、ラヴェルのダフニスとクロエ編曲も良盤でした。

タイトルの「Dance!」というとおり、バレエ作品の編曲というコンセプトなので、ソナタ形式にとらわれず自由に演奏する楽しさが伝わってくるような一枚です。

個人的なポリシーとして、バレエ組曲はリズム感が崩れていると失格だと思うのですが、その点このアルバムはどの場面を切り取っても実際にステージ上の踊りが想像できるような演奏なのが良いです。

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ヴァイオリンソナタでは、GramolaからThomas Albertus IrnbergerとMichael Korstickのプロコフィエフがとても良かったです。

このペアは同レーベルでベートーヴェンをやっており、そっちはあまり好みに合わなかったのですが(というかライバルが多すぎます)、このプロコフィエフは格段に面白みが増していると思います。

KorstickというとCPOやOehmsでのソロピアノ作品の数々が印象にあり、特にOehmsベートーヴェンの後期ピアノソナタのSACDは私の中でトップ3に入るくらいの名盤だと思うのですが、このアルバムで久々に名前を見て嬉しくなりました。

Irnbergerの学術肌で几帳面なヴァイオリン演奏はプロコフィエフの飛び跳ねるような作風に翻弄されず的確に解釈してくれますし、Korstickは伴奏という枠を超えて、一人でオーケストラのような重厚でスケールの大きい情景を描いてくれます。

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さらにヴァイオリンソナタでは、奇遇にもシマノフスキの「神話」が二枚も出ました。

Onyxからは、現役最高峰の一角を占めるJames Ehnes & Andrew Armstrong、BISは新人Sueye ParkとBISベテランRoland Pöntinenという対象的なペアで、演奏スタイルもまるで正反対です。

譜面の解釈や細部への配慮ではEhnesの方が当然のように優れており、まさに模範的な演奏なのですが、しかし楽曲のナイーブなテーマとしてはParkの前のめりに突っ込むような演奏も説得力があり、それぞれが表裏一体で楽しめます。

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ヴァイオリンソナタでApartéレーベルからManon Galy & Jorge González Buajasánの「Nuits parisiennes」も一風変わった雰囲気の良作です。

20世紀初頭のパリをイメージした選曲で、ドビュッシー、ラヴェル、プーランク、ミヨーと、ジャケットからの想像できるような、当時の美しくデカダンな雰囲気を存分に伝えてくれます。

ヴァイオリンソナタのような大作のあいだに挟む小曲には、ハイフェッツへのトリビュートとして、彼による各作曲家の編曲作品を扱っており、アルバム全体の橋渡しになっています。超絶技巧を要求するアンコール曲のようなものばかりですが、それらもアルバムのダークな雰囲気を崩さないよう、過度にひけらかすような弾き方をしないあたりが素晴らしいです。

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チェロソナタでは、La Dolce VoltaからGary Hoffmann & David Seligのベートーヴェンが良かったです。

優れたライバル盤が多すぎる楽曲ですが、そんな中でも十分に健闘している一枚です。フランスLDVレーベルらしい肩の力の抜けた演奏はそのままに、ベートーヴェンをスイスイと弾いていく、非情に親しみやすい一枚です。

私はこの演目のアルバムを買う時は、必ずヘンデル変奏曲から聴いてみることにしています(このアルバムだと4曲目)。これを聴くことで、チェリストとピアニストそれぞれの技量や方向性が一致しているかといった部分がすぐにわかるので、その後に5つのソナタを聴くための準備になります。

片方だけ過度にロマンチックに伸ばしていたり、相手を考えずに執拗にテンポを揺らしたりしていると「これはダメだな」と思うわけですが、このアルバムに関してはそういう事は無く、派手さはないものの、双方向の対話を楽しんでいる印象を受けました。

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弦楽四重奏では、AlphaレーベルのInfinite Voyageは難解ですが諦めずに繰り返し聴いてみる価値があります。1976年に発足したEmerson String Quartetが2023年に正式に解散することになり、今作が最後の一枚ということで、様々な思いの詰まった一枚です。

四重奏と言っても、ソプラノBarbara Hanniganを起用してヒンデミットの「メランコリー」から始まり、ベルクの弦楽四重奏、HanniganとピアノにBertrand Chamayouを入れてショーソンの「終わりなき歌」、そして最後はシェーンベルクの弦楽四重奏二番、こちらも第三四楽章でソプラノが入るという、とてもイレギュラーな構成です。

特にシェーンベルクは長らく録音したかったということで、50年の活動の最後にこれを選んでいる事からも思い入れが伺え、実際に聴いてみると神秘的な体感すらあります。Alphaの素晴らしい音質で録音してくれたこともありがたいです。

歌曲

近頃は歌曲アルバムが充実しているのが嬉しいです。全集というよりはストーリーやテーマ性を持たせた独自の選曲リサイタル盤が多いので、ありきたりなピアノソナタや交響曲アルバムよりも新鮮で変化に富んだ楽しさがあります。

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歌曲というと難解なイメージがある人もいますので、女性と男性歌手それぞれで一枚づつ、王道で親しみやすい、入門に適したアルバムを紹介します。

まずEratoからMarie-Nicole Lemieuxのフランス歌曲集です。ベルリオーズ夏の夜、サンサーンスのペルシャ歌、ラヴェルのシェエラザードという大作揃いで、オケは山田和樹のモンテカルロなので、どれも変なクセの無い王道な演奏です。

Lemieuxは昔から大ファンで、Naiveレーベルの頃からリサイタル盤が出るたびに買ってきた歌手です。今回ようやく大作に挑んでくれて、しかもこの辺のジャンルが上手い山田の指揮ということで、まさに待ったかいがあったという感じです。まずラヴェルの一曲目だけでも聴いてみてください。冒頭の抑えた演奏からどんどんダイナミクスが増していく感覚に圧倒されます。

それにしても、山田はこういう演目が本当に上手いので、いつかペレアスやカルメル修道女とかのフランスオペラを録音してくれませんかね。

男性歌手のアルバムでは、PentatoneからPiotr Beczalaのラフマニノフ・チャイコフスキーです。こちらはHelmut Deutschによるピアノ伴奏です。

Beczalaというと、ヴェルディなどオペラアリアの熱唱のイメージが強いかもしれませんが、今作ではロシア歌曲をゆったりと歌い、ベテランとして懐の深さを見せつけてくれます。ポーランド出身ということもあってか、ロシアの熱情というよりはドイツリート的な深みのある解釈で、さらにDeutschの整然とした律儀なピアノのおかげもあり、じっくりと楽しめる一枚です。

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ちょっと挑戦的な演目になりますが、プーランクの「人間の声」が同時期に二枚もリリースされたのは意外でした。聴き比べてみると歌手ごとの解釈の違いが明確になります。

この演目はデュヴァルとプレートル、もしくはロットとジョルダンのが名盤すぎて、それらで満足している人も多いと思いますが、今回はかたやフランス物の鉄板Véronique GensにAlexandre Bloch指揮リール国立、もう一方は新人Julie Cherrier-Hoffmannと指揮者Frederic Chaslinの夫婦コンビという対照的なリリースなのも面白いです。

電話先の相手に向かっての独唱ドラマという近代的なアイデアから、なかなか馴染みにくい作品ではありますが、ストーリーと歌詞を追っていけば、歌手とオケによる感情の揺さぶりが伝わってきて、むしろ近代的であるからこそ、我々にとっては古典的な歌曲よりも直感的に楽しめるドラマだと思います。

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Brilliant Classicsから、Katalin KárolyiとKlára Würtzのピアノ伴奏によるバルトーク、コダーイ、リゲティ歌曲集も凄く良い一枚でした。

ハンガリー作曲家の歌曲というのは、言語の壁があるため定番レパートリーから外れており、今作のようにネイティブ話者による歌唱を味わえるのはありがたいです。しかもKárolyiはただ地元の名物歌手というわけでなく、William Christieとフランスバロックで鍛え上げてきた技工と感性を発揮して、異色に感じられがちなハンガリー楽曲に洗練された声楽の美しさをもたらしてくれます。

Würtzのピアノも声に寄り添うような綺麗な音色で、バルトークやリゲティで想像するような鋭角に叩く感じではないのが良いです。そういえば、オケ曲ではリゲティがコダーイ、バルトークと同類で語られることは珍しいのですが、このような歌曲においてはハンガリーやマジャールのルーツを再確認できます。

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RubiconレーベルのThe Poet's Echoは、実際の歌曲リサイタルのプログラムとして素晴らしいと思えた一枚です。

ソプラノGemma SummerfieldとバリトンGareth Brynmor Johnの二人によるプロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ブリテン歌曲集で、それぞれの曲がプーシキンという共通のテーマを持っています。プロコフィエフとショスタコーヴィチはピアノ伴奏、ブリテンはチェロ伴奏で、中間にショスタコーヴィチのチェロソナタをはさむというセンスの塊のような構成です。

ロシア物はロシア歌手に限るという人も多いと思いますが、今作イギリスの歌手も十分に健闘しています。アルバムタイトルの「The Poet's Echo」もブリテンがソ連滞在中に友人のロストロポーヴィチとヴィシネフスカヤ夫妻のために書いた作品なので(そのためソプラノとチェロ伴奏です)、そう考えるとイギリス歌手が歌うのも感慨深いです。

オペラ

グランドオペラ録音というのは、長尺で歌手のギャラも高いわりに、多くの人は有名なアリアの部分だけしか聴かないため、費用対効果が悪いジャンルだと思います。そのため、大手レーベルがわざわざオペラ収録に一念発起してくれると、それだけで嬉しくなります。

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とりわけ2023年は個人的にはPentatoneレーベルからMarek Janowski指揮「仮面舞踏会」が必聴の一枚でした。

ヴェルディの中でもトップの座を争うくらい好きな演目で、往年の名盤も多いですが(個人的なベストはDGGのガヴァッツェーニですが、後述するEMIムーティも良いです)、現役歌手陣で録音してくれる事自体が素晴らしいです。

とくに期待の新人Freddie de Tommasoは若く覇気のある主役にぴったりの声ですし、そろそろアリア集ばかりではなく彼のフルオペラが聴きたいと思っていたところで、まさに願ったり叶ったりの抜擢です。

オケも上述のLemieuxと同じモンテカルロですが、こちらの指揮は山田ではなく老練のJanowskiということで、同じオケが振り方でどう変わるのか聴き比べるのも面白いです。

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Pentatoneからはもう一枚、レーベルのスターMelody Mooreがアリア集を出しており、「Remembering Tebaldi」というタイトルどおり、黄金期の大歌手テバルディへのオマージュという企画盤です。

プッチーニやヴェルディからチレアやジョルダーノまで、ゆったりとした選曲で優雅に歌ってくれます。テバルディとは声質が結構違うので、そのまま模写しているというわけでは無いのは、かえって好印象です。あくまで個人的な好みになりますが、美しい歌声の部分では誰もテバルディの凄さには敵わないと思いますが、緊迫した怒りや焦りの情景はMooreの得意とするところで、演技力や気迫が伝わってきます。

指揮はPentatoneでは定番のLawrence Foster、これまでマルセイユやポルトガルのグルベンキアンなど様々なオケを使ってきて、今作ではトランシルヴァニア管というルーマニアのオケを起用しています。聞いたことがない名前なのに、やけに上手いので不思議に思っていたら、クルジュナポカ管弦楽団が最近改名したそうで納得しました。クルジュナポカ時代のChristian Mandealとのブルックナー交響曲集は傑作中の傑作です。トランシルヴァニアの方がドラキュラを連想して覚えやすいと思いますが。

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メジャーレーベルからは、やはりワーナーAntonio Pappano指揮のトゥーランドットが最大のリリースでしょうか。アルバムが出るまでアリアのシングルが小出しにされてイライラしていた人も多かったと思います。

上のPentatoneの「仮面舞踏会」以上に、トゥーランドットといえばデッカのメータのパヴァロッティとサザーランドや、後述するEMIモリナーリ=プラデッリのコレッリとニルソンといった往年の名盤のインパクトが強すぎて、他が霞んで見えてしまいますが、それでもカウフマンにパッパーノとサンタ・チェチーリア音楽院という強力な組み合わせで、アイーダ、オテロと続く優れた録音に仕上がっています。

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Dynamicからは、いつものイタリア物から一風変わってシュトラウスのアリアドネが出ました。Daniele Gatti指揮フィレンツェ五月音楽祭なので演奏は一級品です。主役に私が大ファンのKrassimira Stoyanovaを起用しているのも嬉しいです。もうずいぶんなベテランですが、ゆったりした歌唱のパートなので、風格のある歌声がうまくいっています。

シュトラウスは好きだけれど、この演目が苦手だという人は、ひとまず第二幕まで、もしくは終盤まで飛ばして、最後の一番良いところだけを聴いてもらえれば、そこから遡って様々な構成要素が理解できるようになり、最初から楽しめるようになると思います。

Dynamicはブルーレイの映像作品がメインになりますが、同時にFLACダウンロードも販売しているのが嬉しいです。映像だと何度も繰り返し見るのも面倒ですし、衣装や演出が趣味に合わないと逆効果だったりします。

このレーベルは編集技術が悪いのか、現地の会場の音響収録設備が悪いのかわかりませんが、たまに聴くに堪えないほど酷いものもあるのですが、今作や2022年のファルスタッフなど、だいぶ良くなっていると思います。それでも大手レーベルと比べると酷いものですが、オケのレンジは狭くともソリストのアリアなどは綺麗に録れている事が多いので、私の場合はポータブルスピーカーとかのカジュアルな環境で聴いて楽しんでいます。あとYoutubeを頑張っているようなので、ぜひ観覧してみてください。

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もうちょっとカジュアルかつ意外なリリースでは、CPOからWDRによるリンケのルナ夫人が全曲録音で登場しました。「ベルリンの風」がヴァルトビューネ屋外コンサートの定番だとか、名アリア集で一曲入っているくらいのマイナーなオペレッタなので、今になって高音質で出してくれたのは幸運です。80歳を超えたルネ・コロが脇役で友情出演しているのも驚きました。

オペレッタ繋がりで、Eratoから、近頃はリートが中心のDiana Damrauのオペレッタアリア集も良かったです。往年のシュヴァルツコップしかり、こういうライトな演目ほど、勢いにまかせず、確固たる技工と知識を持ってして、美しい歌唱が実現できるのだと思います。

SACD名盤復刻

リマスター復刻においては、あいかわらずタワーレコードの快進撃が止まりません。往年の名盤を高音質で続々と復刻しており、チェックが追いつかないくらいです。

利益はほとんど出ていないと思いますが、文化の保存という命題のもと、これからも無理のないペースで継続してもらいたいです。

Tower

タワーはアナログ名盤のDSDリマスターの他にも、近頃は日本ビクターやデンオンなどPCMデジタル録音初期の作品をリマスターする試みも行っています。賛否両論あるかもしれませんが、値段は当時のCDよりも安く、音が良くなっているものも多いので、つい買ってしまいます。

当時のデジタルマスターは48kHzなどだったりすることも多いですし、昔の拙い技術でCDの44.1kHzに収めるよりも、最新技術でリマスターした上でDSD変換した方が音が良いです。

2023年の復刻では、クーベリックの90年わが祖国は当時から圧倒的な推奨盤で、トップに挙げる人も多い名盤ですが、デジタル録音なので復刻で注目を集めることもなく、徐々に影が薄くなっていました。デンオンのORT処理でアプコンしてSACD化した今作はCD版よりも木管などの質感やオケの響きの空気感が良くなり、あらためてこの演奏の素晴らしさを体験できます。

Tower

タワーはさらにキャニオン・Exton SACDの再販も行ってくれており、手に入りにくかった盤もボックスで比較的安価に揃えられるのは嬉しいですし、当時の演奏を再評価する良い機会になります。

とりわけフェドセーエフやスヴェトラーノフといったソ連・ロシアでの録音を多数復刻しています。ソ連崩壊前後に日本のスタッフが現地に遠征して行ったデジタル録音なので、ソヴィエトオケの伝統がギリギリ現役だった時代を最高音質で記録してくれた、歴史的な快挙です。リリース発表されるたびに「またチャイコフスキーか」と思う一方で、いざ聴いてみると「やっぱり買ってよかった」となってしまいます。

Tower

タワー復刻は数量限定のロット生産なので、初期作品で手に入りにくくなっているものが多いのが難点でしたが、最近はそれらの一部を再販してくれているのが嬉しいです。

バルビローリのシベリウスやヨッフムSKDのブルックナーに続き、2023年はモリナーリプレデッリのトゥーランドットが復刻、入手困難のため中古で十万以上の高値がつくこともあり、欲しくても買えなかったので、再販でようやく入手できて感激しています。

コレッリとニルソンという凄いキャストの名演なのですが、なぜか本家EMIから復刻する気配が無く、公式では80年代の音のこもったCDしか手に入らず、オリジナルLPとの落差に嘆いていたものですが、このタワーのSACD復刻は声が鮮烈で張りがあり、CD旧盤とは雲泥の差、LPよりもクリアなサウンドが楽しめます。同時期のデッカのメータの方が有名ですが、こっちはイタリアオケという点でも気に入っています。

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タワーのSACD復刻の2023年新作では、主要レーベルからはDGGのムラヴィンスキーのチャイコフスキー、EMIはシュヴァルツコップの四つの最後の歌、デッカはケルテスのコダーイなんかが印象に残りました。

ムラヴィンスキーのはもう何度も復刻され、ユニバーサルからもSACDが出ていますが、タワーのはギラギラした音の尖りが緩和され、淡いコンサートホール的な描き方が楽しめます。しかも同時に録音された(ムラヴィンスキーのサブで同行していた)ロジェストヴェンスキーのハチャトゥリアンも入れてくれているのがタワーらしい嬉しい配慮です。

シュヴァルツコップとセルの名演は意外と復刻に恵まれておらず、EMI ART処理のGROCシリーズCDが定番ですが、タワーのは声がもっと前に出ており、太くくっきりした仕上がりです。私の勝手な憶測ですが、昔と比べてシュヴァルツコップがあまり注目されなくなったのは、EMIのCDによる倍音を剥いだような冷たさや硬さに由来する部分が少なからずあるように思うので、このタワー盤がそこに一石を投じてくれます。

ケルテスはウィーンフィルとのモーツァルトレクイエムとドヴォルザーク9番も合わせて発売されましたが、そんな中でもコダーイが格別に良いです。ウィーンとは気合が入りすぎて余裕が足りないような雰囲気が好みに合わないのですが、コダーイはLSOと息の合った自然な演奏が楽しめます(ドヴォルザークもむしろLSOとの方が好きです)。定番のハーリ・ヤーノシュと、演奏の機会が少ない孔雀変奏曲も入ってます。

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エテルナの復刻も精力的に行っているタワーですが、古い録音が多く、音質はあたりはずれが大きいのでギャンブル性があります。そんな中でとりわけ良かったのが、マウエルスベルガーのシュッツでした。明らかに売れそうにない地味なアルバムでも、こういうのこそエテルナの真髄だと思います。オペラでも有名なシュライアーやテオアダムなど一級のソリストに聖十字架合唱団の澄み渡る歌声が綺麗に録れています。

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タワーはオペラも小出しで継続しているのが本当にありがたいです。2023年はモーツァルト三作を同時に発売、中でもクリップスの後宮は意外な選択ですが、他に選択肢も少ない、決定的な名盤として聴いてみる価値があります。この当時の優雅なモーツァルトは現代のキャストではどうしても真似できません。

さらに極めつけはEMIムーティの仮面舞踏会です。こちらも超名盤なのにリマスターに恵まれていませんでした。ドミンゴというと重厚なベテランのイメージの方が強いかもしれませんが、この頃の新鮮な若々しい歌い方はまさに星が煌くようなスター性があります。コッソットの魔女も力強く音が通っていて、まさに豪華絢爛な傑作です。

オペラはレーベル本家もリマスターしたがらないので、こうやって少しづつでもタワーが高音質で復刻してくれているのは奇跡的な偉業だと思います。

毎年言っている事ですが、エテルナからベームのエレクトラ、カラヤンのマイスタージンガー、DGGからヴォットーのラボエームをぜひ同じクオリティで復刻してもらいたいです。

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タワーと並んでエソテリックも旧盤のSACD復刻を続けています。

2023年はタワーがミュンシュのパリ管での三枚をSACDボックスセット化、奇遇にもエソテリックもその中のブラームス1番のみSACDで発売したので、両者を聴き比べることができます。

このパリ管との一連の作品はブラームス以外も名演なので、内容の充実具合とコスパでは断然タワーが有利です。リマスターの仕上がりもだいぶ似ており、明確にどちらが良いという程でもありません。

エソテリックのSACD復刻は相変わらず選曲ポリシーが謎なので、気になったものだけ買うという風にしています。

タワー復刻と違って、エソテリックは自社のオーディオシステムのデモ用高音質盤という側面があるので、最近は90年代のメジャーなCD名盤をあえてSACD復刻するなど、そこまで興味をひく感じでもありません。

ゲルギエフの春の祭典や、アバドとベルリンのマーラーなど、いくつか買ってみましたが、もうオリジナルCDの時点で十分高音質なので、SACDで若干厚みや丸みは増すものの、高価な割にあまりメリットは感じられませんでした。SACDとCDではどちらが優れているかよりも、再生環境の得意不得意の方が大きな影響を与える気がします。

リヒテルとマタチッチの1974年グリーグ・シューマンは良いリマスターだと思いました。こちらもタワーから数年前に出ているので、聴き比べて楽しむに良いかもしれません。タワー版なら同時期の他のアルバムも含めた4枚組なので、そちらの方に魅力を感じてしまいます。

同様に、アシュケナージとプレヴィンのラフマニノフも出ましたが、デッカの公式ハイレゾで十分良いので、あまり目新しさは感じません。

そんなわけでエソテリックは「すでに持っている盤で十分満足できているから、焦って買うまでもないか」と思ってしまうリリースが本当に多いです。あえて復刻されていない高音質名盤を発掘してくれたら良いのですが。 


フェリアーとワルターの大地の歌はモノラルですしエソテリックとしては意外な選曲でした。この1952年のアルバムは名演と言われているものの、レコード当時から音があまり良くなく、CDもパッとしなかったので、このエソテリック盤がどうなるのか気になって買いましたが、やはり音は悪いままで、飛躍的に良くなるというほどでもありませんでした。

2022年のエソテリックはセルのベートヴェン5番、アバドのキジェ、ヨッフムのブルックナー5など、個人的にヒットのリリースが多かったのですが、2023年はそこまで盛り上がりませんでした。

他の復刻レーベル

タワーと並んで名盤復刻を頑張っているレーベルというとEloquenceがあります。ユニバーサルのオーストラリア支部が独自で行っている、大手傘下の復刻専門サブレーベルのはしりとも言えます。

最近はあのクリーム色の地味なジャケットではなく、ボックスセットで出すことが多くなっています。アルバム単位でFLACダウンロード販売もあるものの、それで買うと相当な出費になり、しかしCDボックスだとハイレゾじゃないというジレンマがあります。公式サイトで全集ハイレゾダウンロードとかを売ってくれませんかね。

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2022年はボールトやデームスのボックスなどが印象深いですし、2023年も1月から順番に、ガブリロフ、シゲティ、フェラス、アメリング、ドラティ、アンチェルと錚々たる顔ぶれで、レーベル公認の全集ボックスが続いています。ユニバーサル直轄なので、DGG、デッカ、フィリップス、マーキュリーなど、レーベルをまたいでの全集が作れるのが強みです。

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直近ではクレバースやシュミット・イッセルシュテットなど、本家レーベルから忘れ去られているアーティストもボックス全集になって、錚々たるアルバムの数々から当時は主力のスターだった事が思い出されます。

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デッカからは歴史的名盤のブリテン指揮戦争レクイエムが新たなハイレゾリマスターで登場しました。1963年録音なので60周年記念だそうです。

すでに50周年の時に96kHzでリマスターされているので、今回あらためてレーベル公式でもう一度出す意味がわかりません。同じリマスターを再販しているだけだったら無駄なので、直近のCD、50周年96kHz、60周年192kHzの三種類で、三曲目Dies Iraeの左チャンネルの波形を比べてみたところ、今回の新しい版だけ結構違います。

50周年のはCDに近く、今回の60周年版はずいぶんゲインを持ち上げています。おかげで小音量の細かい成分が聴き取りやすくなり、ハイレゾ感は増していますが、大音量部分は圧縮されており、フォルテとフォルテシモの差が少なくなり、騒音下やショボいスピーカーでもカジュアルに聴きやすくなった感じでしょうか。

従来のデジタル化では、アナログテープのノイズフロアが目立ってしまうため、ここまでゲインを上げることは無理だったところ、最新のノイズリダクション処理のおかげでテープノイズに埋もれたディテールを浮き上がらせる事が可能になり、このような新しいリマスターが行えるのでしょう。

結局SACDを揃えてしまいました

デッカ公式では、ショルティの指環も2022年から最新リマスターが始まり、2023年には四作が揃いました。ハイレゾPCM版と合わせてSACD版も出たので、どちらを買うか迷いましたが、数ヶ月間隔の小出しなので無意識に両方が揃ってしまいました。

SACDはラインの黄金で1万円だったので、その時点で悪い予感はしていたものの、残りは各16,000円という非情な値段です。

こちらもブリテンと同じように2015年に48kHzで24bitリマスターされているので、あらためて復刻するのも無駄な気もしますが、それぞれの聴き比べも面白いと思い、一例としてワルキューレ2幕序曲の左チャンネルを比較したものです。

上から順に、84年CD、97年CD、15年ハイレゾPCM、18年ステレオサウンドSACD、22年ハイレゾPCM、22年SACDです。SACDはDSD層を176.4kHz/24bitに変換してDAWに読み込んだもので、3dB補正していないのでゲインは若干低いです。

実効ダイナミックレンジでいうと、Adobe Auditionで上から順に69.95、67.75、64.5、23.75、71.25、60.55 dB、BS1770-3ラウドネスでは-13.09、-12.76、-10.29、-20.61、-7.62、-13.44 LUFSといった感じです。

こうやって確認できる音量以外にも、タイミング、解像感、ステレオセパレーションやノイズ除去など、マスタリングには様々な要素があるので、波形を見ただけでは良し悪しは語れません。たとえば84年と97年CDは波形ではほとんど同じように見えますが、実際に聴いてみると弦楽器や声の艶やかさが全然違います。

なんにせよ、ブリテン同様、今回の最新PCMリマスター版はギリギリまで音圧を上げているのがわかります。同時発売のSACD版もDSD化でゲインが低い以外はPCM版と同じようです。どちらが音が良いかというのは再生機器に依存します。

実際に最新リマスター版を聴いてみると、ラインの黄金だけはエッジが刺激的すぎて聴きづらかったのですが、それ以降はだいぶ良い感じで、歌唱や楽器が鮮やかになり、現場のスタジオモニターで聴いている感覚になります。ちょっと聴き疲れする感覚はあるので、私は97年CD版(紺色の箱のやつ)が一番好きかもしれません。

ステレオサウンドSACDのだけ異様にレンジが狭いですが、これは変換ミスではなく、実際に聴いてもレコードのように常に一定の音量でスムーズに流れていくような聴きやすくまろやかな仕上がりです。レンジが大きすぎても強弱が目立ちすぎて不利ですし、特に古い録音の場合、過剰にノイズ除去すれば見かけ上のダイナミックレンジはいくらでも増やせるので、そのあたりは加減の問題です。

他にも復刻で面白いリリースはいくつかありました。ダウンロードショップを巡回していると、たまに予期せぬ復刻盤が出ていて面白いです。

ショルティの指環つながりでは、HDTTからRCAラインスドルフLSOのワルキューレが出たのが嬉しいです。当時の米国は民生用オープンリールテープの文化があったおかげで、こういう復刻ができるのが面白いです。マスターテープから復刻するよりも当時の音作りに忠実だったりします。

このワルキューレは1961年にRCAの依頼でデッカのスタッフが行った録音、つまり1965年のショルティよりも数年早く、ニルソンを含む最高のキャストで、演奏と音質の両方でショルティを凌ぐという人も多いです(私もそう思います)。Eloquenceの丁寧なりマスターCDも良かったですが、HDTTの方が荒っぽいエネルギーが体感でき、つくづくテープが劣化消失する前にこうやってデジタル化してくれて感謝したいです。

おわりに

クラシック音楽作品は衰退するかと思いきや、2023年もしぶとく生き残っています。しかし今までどおりの通常運転というわけではなく、BISやHyperionの件など、やはり時代に沿って変わっていく部分もあるようです。

これからも、優れたアーティストたちが渾身の録音作品を残せて、それらの対価をアーティスト本人に還元できるような環境が整ってくれることを願うばかりです。さらに、現在の最高のアーティストによる演奏を自宅で楽しむことで、それが地元や旅先で生の公演に足を運ぶきっかけになれば、なお良いです。

クラシックにもBandcampみたいなソーシャルな運営モデルがあっても良いのでは、と思ったりするものの、それはそれで問題が多そうな気もします。

というのも、ストリーミングやハイレゾダウンロードショップを見ると、近頃は無名アーティストの独立系リリースで溢れており、むしろ選別というかキュレーションが必要になっている気配すらあります。

楽器とマイクがあればすぐにアルバムが作れるクラシックは、それだけ参入のハードルが低いとも言えます。そんな中で無名の天才を発掘するというのは稀で、演奏も解釈も、楽器の質も録音技術も、「本当にこれを売ってよいのか?」と思えるアマチュアな録音に遭遇する確率が増えてきました。音大卒業記念のデモテープや、市民ホールで身内だけを招待したリサイタルが、世界規模で販売できてしまうような感じです。

ロックだったら、多少演奏が下手でも心意気が評価されたりしますが、クラシックは演奏者本人ではなく、あくまで「楽曲の魅力」を伝えるための芸術なので、技術不足や間違った解釈は許容できません。

レコーディングスタジオも生き残りをかけて、定年後の音大の先生のアルバムを制作するとか、楽器メーカーが金持ちの顧客にアルバムを作ってあげるサービスなんてものもあり、意外とそういう作品がストリーミングやダウンロードショップに現れています。

そんな玉石混交の中では、どれを聴くべきか見極める能力も必要になってきます。幸いストリーミングであれば名盤の聴き比べも容易ですから、時間を惜しまず新旧さまざまな録音を聴きまくるのが大事です。

気に入った楽曲があったら、その中の一楽章だけでも良いので、五種類くらいの録音を聴き比べてみれば、おのずと自分の好きな演奏者やレーベル、どれくらい古い録音まで許容できるかなどの理解が深まっていくと思います。

今回は、可能な限り同じ楽曲のアルバムを二枚セットで紹介する事を心がけました。版や演奏解釈の違い、楽器の音色、録音場所の音響といった、様々な要素で聴き比べることができるのがクラシックの楽しみの一つでもあります。

多くのアーティストが様々な側面から作曲家と楽曲の素晴らしさを伝えようと努力している結果でもあるので、最初の一枚ではピンと来なかったり、自分の好みに合わない演奏があったりしても、何枚か異なるアルバムを聴いてみることで、最終的にすべての楽曲の魅力に気がつくことがクラシック音楽鑑賞の目標の一つだと思います。