密閉型スタジオモニターヘッドホンのロングセラー「DT770」の上位モデルという位置づけで、価格帯もDT770の2万円台から一気にランクアップして、現在7万円前後で販売されています。
ベイヤーダイナミック DT1770 PRO |
上質なルックスや、着脱可能なケーブルなど、DT770とくらべて、色々と値段相応のアップグレード感がありますが、一番の見どころは、フラッグシップ機「T1」ゆずりの「テスラテクノロジー」ドライバを搭載していることです。さらに今回DT1770では、新開発の「テスラテクノロジー 2.0」という技術が使われているそうです。
年末年始の新製品ラッシュの中、色々なヘッドホン関連商品を試聴する機会がありましたが、唯一気に入って購入したのは、このDT1770でした。開封してからそろそろ100時間以上鳴らしているので、音質についての感想も大体まとまってきたところです。
個人的にDT770、T70、T5pなど、これまでの密閉型ベイヤーダイナミックは好みではなかったのですが、今回のDT1770はかなり違う路線を攻めてきた印象です。
ベイヤーダイナミック
私はベイヤーダイナミックのヘッドホンが大好きなようで、これまでに色々なモデルを使ってきました。どのメーカーでも、新製品が出るたびに、別け隔てなく多方面で試聴しているつもりなのですが、いざ購入となると、なぜかベイヤーダイナミック率が高いです。もちろん試聴無しで買うことはほとんどありませんが、他社製品の場合は試聴後に「ふ~ん、こんな感じか、そのうち安くなったら買おうかな」みたいな感じに落ち着いてしまうのですが、なぜかベイヤーダイナミックは、新作を試聴したその場で「これは!今すぐ買わねば!」と心躍ってしまいます。
残念ながら、手当たり次第全てのモデルを買えるような予算も無いので、たとえば最新のT1 2nd Generationは購入していません。最近では、コンパクトヘッドホンT51pと、イヤホンAK T8iEは、試聴時に惚れ込んでしまい、すぐに購入決定しました。それと、発売当初から使っている初代T1と、DT880が手元にあるので、よく考えてみるとベイヤーダイナミックだけで大小さまざまなヘッドホンスタイルを網羅しています。
ベイヤーダイナミックのヘッドホンは、大きく分けて、「テスラテクノロジー」ドライバ搭載モデルと、そうでないモデルの二種類に分かれています。
これまでのベイヤーダイナミックの大型ヘッドホンラインナップをおさらいすると:
テスラテクノロジー
開放型:T90
半開放型:T1
密閉型:T70
ポータブル:T5p
従来型スタジオモニター
開放型:DT990
半開放型:DT880
密閉型:DT770
ポータブル:Customシリーズ
といった感じで、同等のハウジング形状でも、基本的に高価格モデルにはテスラテクノロジーを搭載しています。
ちなみにモデル名の「T」と「DT」は、「T」がテスラ系という印象がありますが、今回のDT1770やポータブルのDT1350など、「DT」でもテスラ搭載、という場合もあります。
実際ベイヤーダイナミックの公式サイトを見ると、「DT」というのはプロ用スタジオモニターに使われている名前で、それ以外のT1、T5p、T70、T90などは、家庭用の「ハイファイヘッドホン」というジャンルに位置づけされています。
つまり、テスラテクノロジーというのは、デビューからこれまで「家庭用ハイファイモデル」にのみ搭載されており、今回のDT1770でようやく、「プロ用」ラインナップに投入されたというわけです。(コンパクトなDT1350もありますが)。
「プロ用ヘッドホン」という名称は、家庭用とくらべて高音質という意味ではなく、大抵は:
- パーツ交換や、修理が可能
- メーカー保守部品の体制が整っている
- 過酷な環境に耐える堅牢性
- 特定の業界基準に合わせたフラットな音質特性
- 流通、販売ルートが楽器店主体
そのため、長年愛用してきたモデルが故障しても、低価格で早急に修理できるサービスが整っているメーカーやモデルである必要があります。もし新製品が発売されたあとでも、従来機も平行して売り続けているのであれば、それは「プロ用」として認められている証なのかもしれません。
私のような趣味本位のオーディオマニアでしたら、新製品が出るたびに、「このヘッドホンは低音のなめらかさが・・・」、とか、「このヘッドホンは高域の音場が・・」、なんて一喜一憂できるヒマがありますが、もし音楽を作る側が、毎回色々な個性豊かなヘッドホンを使ったせいで、仕上がったアルバムの音色が変わってしまったら困ります。
ベイヤーダイナミックでも、「プロ用スタジオモニター」DT770、DT880、DT990の3モデルは30年来のロングセラーになっています。
その一方で、たとえばハイファイ用ヘッドホンの最上位機種「T1」は2009年に発売されましたが、2015年にはT1 2nd Generationにモデルチェンジして、音色を劇的に変えてきました。もしスタジオモニターとして活用していたら、新旧で全然違う音で問題になりそうです。
また、音色の調整についても、以前「フラットな音色のヘッドホンとは?」という記事で紹介したように、家庭用ヘッドホンであれば、ある程度サウンドの色付けに自由度があるのですが、スタジオモニターの場合は、未だにDF補正などに忠実な音作りを主体としています。
パッケージ
DT1770はベイヤーダイナミックの中でも高額商品ということで、しっかりとしたパッケージになっています。相変わらずプロっぽい箱 |
見開きですが、窓は無く、ドライバの説明が書いてあります |
折り込みの説明書 |
案の定、梱包材は無く、ケースがそのまま入ってます |
化粧箱はこれまでどおりのプロ用機器らしい外観ですが、前面見開きになっており、テスラテクノロジーについての解説が書かれています。箱の中にヘッドホン収納ケースがそのまま入っているのは、ベイヤーダイナミックの伝統です。日本人って、渡来物においては、こういった「ドイツの工業製品」みたいなシンプルデザインが案外好きですよね。
四角い収納ケース |
従来のケース(左)よりは幾分か格好良くなってます |
今回の収納ケースは布地のセミハードケースで、ジッパーで開く形状になっています。従来のT1に付属していたアルミケースや、T70、DT770などのテカテカのビニールケースとは違う、新設計のようです。T1 2nd Generationのセミハードケースほど上質ではないですが、そこそこ高品質に作られていると思います。
ただし、このケースは取っ手も何も無い、ただの四角い箱なので、キャリーケースとしては使い勝手が悪いです。スタジオ機器ということで、四角いほうが収納は楽なのですが、せめてハンドルくらいは付けて欲しかったです。
ケースを開いた状態 |
従来のケース(左)との比較 |
ケースを開くと、ケーブルを収納するポーチ部分と、スペアのイヤーパッドを収納するための穴があります。ヘッドホン本体にピッタリ合ったスポンジのモールドになっていますが、DT1770は従来のベイヤー製ヘッドホンとほぼ同じ形状なので、使い回しは可能のようです。
(追記:現在販売されているDT1770は、後続のDT1990と同じタイプのケースが付属しているようです)。
デザイン
DT1770ヘッドホン本体のデザインは、ベイヤーダイナミックの伝統的な大型ヘッドホン形状を踏襲しており、装着感は従来のDT770やT70とほぼ一緒です。ベイヤーダイナミックはそこそこ低価格帯のヘッドホンでも全てドイツの本社工場製というのが嬉しいですが、このDT1770も当然のごとくドイツ製です。ベイヤーダイナミックらしくも、質感がグレードアップしたデザイン |
全体的なデザインは、従来機と全く一緒です |
ヘッドホン全体のデザインは、マットブラックを基調にした落ち着いたカラーリングで、手にとって見ると、なんともいえないシックな高級感があります。
じつは、DT770と比べると、ずっしりとした重量があるので、あまり軽快とは言えません。ちなみに公称スペックではDT770は270g、T70が417g、DT1770が388g(ケーブル無し)ということで、ケーブル込みではT70とほぼ同じ重量のようです。
オシャレになったヘッドバンド |
なぜか本社の住所が書いてあります |
マット塗装の上に、ピカピカのミラー印刷でロゴが刻印されています |
個人的にDT1770のデザインで一番気に入ってるのは、ヘッドバンドです。上部に白いステッチが施されており、これまでのベイヤーダイナミックと比べてかなりカッコいいと思います。また、ハウジングのロゴも、写真ではわかりにくいですが、鏡のような銀色に輝いており、細部までデザインに気を配っている雰囲気です。
総合的に見て、あえて最近主流のスーパーカーみたいな流線型デザインに流されず、伝統的なベイヤーらしい形状を守り通しており、従来のDT770をオマージュしたブラックカラーながら、とても上品に仕上がっていると思います。このスタイリングで是非DT880とDT990も上位モデルを発売して欲しいです。
着脱式ケーブル |
AKG K702などと同じMINI XLRで、互換性があります |
今回一番大きな変更点は、ケーブルが着脱可能になったことで、左側片出しで、コネクタはミニXLRなので、AKG K240やK702などとと同じケーブル形状です。3ピンXLRなのでバランス接続は不可能です。その点、T1 2nd Generationなどのコンシューマ機はバランス接続対応の両側出しケーブルなので、あえて用途に応じた設計を意識している印象です。
太いけどクセがつかないストレートケーブル |
まだ未開封のカールケーブル |
ケーブルは3mのストレートとカールの二種類が付属しており、どちらも3.5mmに6.35mmアダプタが付いているタイプで、端子はロゴ入りでしっかりとしたデザインです。どちらのケーブルも、たとえばAKGなどと比べて太くて硬いのですが、表面がさらさらしており、クセがつきにくいタイプなので、使用上不具合は感じませんでした。着脱可能なので、必要であればK702用などの社外品リケーブルを応用出来ますので、問題ありません。
イヤーパッドは二種類が付属しています |
ベロア調を装着した状態 |
イヤーパッドはレザー調とベロア調の二種類が同梱されており、好みに合わせて交換出来るのはとても嬉しいです。やはり各パッドごとに音色は若干変わりますが、音漏れや遮音性はあまり大差ない印象でした。レザーのほうがピッタリとフィットしますが、長時間使用ではベタベタします。
最近になって導入された、イヤーパッド簡単交換システム |
こんな感じで、ぐるぐる回せば交換完了です |
ところで、イヤーパッド自体はこれまでのモデルと同じ形状なのですが、最近のベイヤーダイナミックのヘッドホンで新たに導入された「イヤーパッド簡単交換システム(仮称)」が、とてもうれしいです。
多分二年前のCustom Oneくらいから導入されたと思うのですが、イヤーパッドを取り付けるハウジング部分に切り欠きがあり、そこにパッドのエッジを引っ掛けてクルッと一周すれば、いとも簡単にパッドが装着できます。これまでのT1、DT880や、AKG K240などでは、この切り欠きが無いため、毎回パッド交換するたびにビニールのエッジを引っ張って広げて、結構イライラさせられる作業だったのですが(特に新品のパッドの場合)、この新たなギミックは大変素晴らしいです。
ドライバ
イヤーパッドを外しても肝心のドライバはスポンジに隠れて見えません。公式サイトのイラストを見るかぎり、ドライバはT1のように斜め前方に配置してあるのではなく、DT770やT70のように、中心直角にマウントしてあります。斜め配置のほうが、頭外の前方音場が得られるため、リアルな空間定位が感じられるメリットがありますが、スタジオモニターとしては、通常の側面配置のほうが、解像感やダイレクトさに優位性があると思います。
レザー調パッドを装着した状態 |
イヤーパッドを外すと、従来のモデルとそっくりです |
ところで、今回DT1770では新たに「テスラテクノロジー 2.0」という新技術を採用しているらしいですが、具体的に従来のテスラドライバとどの程度変わっているのかは明確にされていません。振動板が新型の三層構造になったらしいですが、具体的にどう変わったのは不明です。
振動板というのは、ねじれたり歪まずに、軽快に前後に振動しなければならないため、「固くて軽くて薄い」材料であることが理想的です。通常は紙や金属、プラスチックなどのシートを使いますが、単一素材だと、材料固有の共振点が強調されやすいため、複数の素材を重ねあわせたり、もしくはソニーなどのように振動板の表面に金属を蒸着する手法がよく使われます。
ベイヤーが導入している三層構造というのも目新しい技術ではなく、たとえばAKG K812の二層構造や、フィリップスFidelio X2のジェル封入三層構造など、最近の高級ヘッドホンでは広く使われています。
複層構造にすることで固有振動のピークが低減でき、ドライバ特有の「クセ」みたいなものは減りますが、その半面、振動板そのものが厚くなり、レスポンスが悪くなるデメリットもあるため、その辺のサジ加減が重要です。逆に、あえて共振を抑制しないシャープな金属的アタック音を好む人もいます。あまり共振を抑えようとすると、ある周波数では全然音が出ない、なんて特性にもなりかねないのが難しいところです。
ベイヤーダイナミックが2009年に初代テスラテクノロジー搭載ヘッドホン「T1」を発売してから、他社製品でも1テスラを超える強力な磁石を搭載したヘッドホンが多数登場しているので、今更テスラテクノロジーと言うほどのメリットは無いのでは、とも思えます。しかし、ドライバの磁石は強力であれば良いというほど単純なものでもなく(そもそも0.2テスラ程度の弱い磁力でも優れたヘッドホンはいくらでもあります)、テスラテクノロジーのユニークな点は、振動板を固定するフレームの一部として大型磁石を組み込む、コンパクトで堅牢なカプセル構造にあります。(それまでの多くのドライバは、プラスチックフレームの後ろに磁石をはめ込む手法が主流だったので)。
ようするに、テスラテクノロジーと言っても、設計のアプローチみたいな概念で、実際に特定の磁力数値や、風変わりなギミックが有るわけではないので、将来的にどんどん進化していくことが想像できます。今回DT1770の「テスラテクノロジー2.0」というのは、単純に、「これまでのテスラドライバを使いまわししたんじゃなくて、全く新しいドライバだよ」という意気込みの現れといった程度の解釈で十分なのかもしれません。
使用感について
DT1770はインピーダンスが250Ωということで、ポータブル用途は想定していないようです。DT770は32、80、250Ωという三種類があり、T70は250Ω、T70pは32Ωと、同じヘッドホンでも様々なインピーダンスのモデルがありますが、今回DT1770は250Ωのみのリリースです。各モデルの250Ω版を比較してみると、DT1770が102dB/mW、T70が104dB/mW、DT770が96dB/mWということで、さすが強力磁石のテスラテクノロジー搭載機は、従来型のDT770よりも、かなり能率が高いです。実際ポータブルDAPなどで使用してみると、DT770はどうにも厳しいのですが、DT1770、T70であれば、そこそこの音量が得られます。スマホではボリュームが頭打ちになる場合が多いですが、たとえばFiio X5やiBasso DX80といったDAPであれば、7割程度のボリューム位置で十分でした。
T70やDT770の場合は、ポータブル用にわざわざ32Ωモデルを用意しているわけですし、今回のDT1770をあえてモバイル用途に購入する人はいないでしょう。今後、低インピーダンスのDT1770pなんてモデルが出るのかもしれませんね。
上位モデルのT1は600Ω、102dB/mWということで、十分な駆動力を得るためにはコンセント電源の据え置きヘッドホンアンプがあったほうが有利ですが、DT1770はヘッドホンアンプであれば、DAPでもUSBバスパワータイプでも大概大丈夫だと思います。
装着感は、従来モデルとほぼ一緒です |
装着感は相変わらずベイヤーらしい円形イヤーパッドで、昔ながらのモニターヘッドホンといった感じです。新品だからか側圧が結構あるので、ホールド感が強めですが、圧迫するほどではありませんでした。遮音性、音漏れについても、まあそこそこといった感じで、飛び抜けて優れているとは思いません。T70や、普段使っているFostex TH600やUltrasone Performance 800などと同程度です。T1やT5pと比べると若干フィットが強めに感じます。
音質について
DT1770は、そもそも音質を気に入ったから購入したわけですが、具体的な説明が難しいヘッドホンです。これといって秀でた魅力が有るわけではないのですが、逆に大きな問題を抱えてもいない、モニターヘッドホンとしての力量を気に入ったのかもしれません。ポイントとしては、まず低域がとても力強く、女性ボーカルなど中高域の刺さりが抑えこまれています。この低域重視の音作りは、ベイヤーダイナミックにかぎらず、ここ数年で多くのメーカーが意識している傾向にありますが、今回はハイファイリスニング用ではなく、あえて「スタジオモニター用ヘッドホン」であるDT1770にも、この低域重視サウンドチューニングにしているということには多少の驚きを感じます。
ようするに、かなり金属的でドライなアタック感が一部マニアから絶賛されていた「DT770」を受け継ぐネーミングなのに、「あえて、ここまで変えてくるか」、という困惑すらあります。
音場はとても狭く、ヘルメット的とでも言うのでしょうか、頭から10cmほど離れた位置で、ベタッと張り付いたようなサウンドステージです。それでいて、各楽器の分離や定位感は非常にしっかりしており、位置関係が明確なので、分析力というか、解像力がとても高いです。さすが、モニターヘッドホンといったところでしょうか。ようするに、「遠い、近い」などの距離感は皆無で「全部目の前でハッキリと聴こえる」音作りです。
DT1770に興味がある人は、必然的に、上位モデルの「T1」や「T5p」、そして下位モデルの「T70」や「DT770」と比べて、どうなんだ?という疑問があると思います。
とくに、T1やT5pは最近になって「AK」モデルや、「2nd Generation」モデルで中低域が充実する音作りに変えてきたため、DT1770と同じ路線になったと思われるかも知れませんが、実際は、これらとDT1770では大きく異なります。
たとえばT1やT5p (AK)のリニューアルは、あくまでリスニング向けのマイルド化といった方向性なので、なんというか、学生時代は性格がキツくて人付き合いが苦手だった、クラスの優等生が、数年後に同窓会で再会したら、所帯持ちで恰幅もよく、気さくで和気あいあいできる、マイルドなおじさんになっていた、みたいな印象でした。
一方で、T70からDT1770の変化は、これまでのモニターとしての解像力を、重低域まで拡張するといった方向性なので、学生時代はヒョロっとしていたサッカー少年が、数年後にはゴツいマッチョな体格になってて、ハキハキしてるけどちょっと暑苦しいかも、みたいなイメージです。
意外かもしれませんが、ベイヤーダイナミックの中でも、DT1770と音色の印象が一番近いと感じたのが、テスラテクノロジー搭載の密閉型ヘッドホン「T51p」でした。私自身は以前からT51pが大好きなので、DT1770を気に入ったのも必然的なのかもしれません。低音の弾力のある躍動感や、金属的な打撃音の力強さなど、聴き比べるたびに、やはり似てるな~、と思います。
ではあえてDT1770に7万円なんて払わずに、3万円のT51pを買えば十分じゃないか、と問われると、やはりそこは価格差なりの違いがあります。DT1770は大型ハウジングの恩恵で、一歩離れた空間余裕と、それに伴う解像感、見通しの良さがあります。音圧に負けてゴチャゴチャと混ざったりしない、という感じでしょうか。
ベイヤーダイナミック以外では、DT1770は、たとえばフィリップスのFidelio X2と似ています。音色のバランスは非常に近いと思えるのですが、ただし、あちらは開放型なので、もう少し空間の奥行きが深く、目の前に迫りくるインパクトはありません。たとえば距離的に遠くで鳴っている楽器(オルガン、ベースなど、)は、DT1770では明瞭に聴き分けられるのに、X2ではなんとなくぼやけて、演出の一部として埋もれてしまいます。
この「ぼやける」傾向は、開放型の代名詞AKG K712などではさらに顕著になります。K712では、センターのリーダーを引き立てて、背景にあるべき伴奏を空間の奥に「ふわっと」流してしまうような、音作りの匠を感じさせます。DT1770は対照的に、そのような奥に隠れている演奏者もグイグイと手前に持ってくるため、全部が聴き取れる反面、メインボーカルが伴奏に圧倒されてしまう、という側面があります。
また、ソニーMDR-Z7などとも似ているかな、とも思ったのですが、MDR-Z7のほうが、質感、色艶を強調しがちで、さすがリスニング向けといった絶妙な音楽性を備えています。DT1770はサウンド全体がピタッと動かない安定感があるのですが、MDR-Z7は、中域の主要楽器がいきなりグッと前にせり出してくる「3D立体感」が音楽の魅力を引き出しています。これがMDR-Z7がモニターヘッドホンと言えない理由でもあるのですが、DT1770とは方向性の違いを明らかにしていると思います。
DT1770の悪い点を指摘すると、若干キラキラ感が弱く、音色の魅力が薄い中高域と、上手にコントロールされすぎている音色バランスだと思います。極端な例かも知れませんが、Gradoなどのような、ドライバを自由に鳴らしている「自然体な魅力」ではなく、DT1770は暴れ馬のテスラドライバーを、密閉型ハウジングの絶妙なコントロールで上手に押さえ込んでいるという感じです。つまり響きが全体的にダンプで、決して破綻すること無く、安定志向で、あえて踏み込まない距離感で音楽を再生しています。
イヤーパッドはレザー調とベロア調の二種類が付属していますが、基本的な周波数バランスはあまり変わりません。若干、空間表現が違います。
レザーパッドは音像が近くなり、上下左右もフォーカスが締まるため、音像が目の高さくらいにギュッと濃縮されます。ドラムやキーボードなどのステレオ楽器が脳内を飛び回り、サックスやトランペット、歌手といったセンターソロが、まさに「目の前」にイメージを形成します。
ベロアのほうが音像が一歩離れた感じで、自分の頭から10センチほどの距離感があります。レザーよりもリラックスした鳴り方ですし、若干ぼやけた感じとも言えます。個人的にはこちらのベロアのほうが好みでした。
どちらのイヤーパッドも、密閉型らしく、長時間使用ではやはり暑くなり、けっこう蒸れます。たとえば、AKG K712など開放型ヘッドホンとの音質差を真剣に比較しようと思っても、いざ開放型に付け替えた瞬間に、通気性の良さにホッと一息ついてしまいます。
クラシックのアルバムで、パトリシア・コパチンスカヤとクルレンツィス指揮のチャイコフスキー・ヴァイオリン協奏曲を試聴に使ってみました。ソニーから2015年11月の新譜で、クラシックの王道チャイコフスキーとカップリングで、ストラヴィンスキーの「結婚」も入っているのが意欲的です。
クルレンツィスは、巷にありふれたピリオドかぶれの指揮者とは一線を画する、必要であればロマン派上等の大見得を切れる、スケールの大きさが魅力的です。
ヴァイオリンのコパチンスカヤは奇抜な演奏スタイルで、近頃は話題性が高い人ですね。このあいだコンサートで見た際も、ステージ上で素足で演奏していて驚きました。2010年のベートーヴェン協奏曲アルバムは、はっちゃけ過ぎて色々と物議を醸しましたが、個人的には気に入っています。その後もリゲティ、エトヴェシュや、クルターグ、エネスクなど、新しめの作曲家重視の面白いアルバムが続いています。
今回のチャイコフスキーにおいても、熟練の美音が染み渡る、といったタイプではなく、フレーズごとに言い回し、歌い回しが入念に考えられたトリッキーな演奏です。世の中にはこういった「曲芸」や「深読み」が嫌いな人もいると思いますが、ありきたりな譜面の朗読だけではなく、無意識に深読みできるのが彼女にとっての自然体であって、それが人々を魅了するのかもしれません。
このアルバムは、おまけで入っているストラヴィンスキー「結婚」の方も、結構良いです。これまでの「結婚」録音ではストレートなオペラ的歌い方が主流だったのが、今アルバムでは、アクセントを重視した東方民族っぽい歌い方で、ストラヴィンスキーの意図していた、ロシア山村の結婚儀式というストーリー性に説得力が増します。なんかこぶしを利かせた民謡っぽいかもしれません。
「結婚」のアルバムといえば、最近ではハルモニア・ムンディのダニエル・ロイス指揮RIASのSACD盤なんか良かったですが、バレェ音楽は映像が伴っていると共感も湧くということで、BBC・Opus Arteから英ロイヤル・オペラハウスのDVDが気に入っています。このDVDはバレェ「火の鳥」とのカップリングですが、どちらもオーソドックスで、心にジーンとくる演出で、おすすめです(映像はTV用っぽくて古臭いですが)。
試聴に戻りますが、チャイコフスキーは、まずAKG K712で一通り聴いており、ヴァイオリンが瑞々しくて綺麗だな、キラキラした録音だな、なんて思っていたのですが、いざDT1770に切り替えると、あまりの豹変ぶりに、同じ録音を聞いていることが信じられませんでした。
協奏曲のような雑多としたジャンルでは、DT1770は本当に全てのディテールを前面に持ってくるため、モニターヘッドホンとしては至極合格なのですが、肝心のヴァイオリンの魅力がオケに埋もれてしまい、全く引き立ちませんので、リスニング向けとしては不合格です。とくにホルンやチェロなどの通奏楽器がボワーっと主張しすぎて、混沌としているというか、何を聴くべきなのかよくわからなくなってしまいます。
K712は、音楽のプレゼンテーションとして、リスニングに必要十分な要素のみを引き出せる(つまり、不要な部分は隠す)演出の巧みがあります。一方DT1770は、その瞬間に記録された、さまざまな音楽情報を余すこと無く表しています。
ヴァイオリンの高音においては、K712の、か細く、途切れそうなところまで響かせる美音とは異なり、DT1770は最後まで太いブラシで油絵のごとく描いてくれ、まさに奏者の目の前に立って聴いているような、リアルな存在感があります。決して悪くはありません。DT1770が油絵だとしたら、K712は水彩画といった感じでしょうか。どちらが優れているかは微妙なところだと思います。
たとえば、ここで、ベイヤーダイナミックT1や、AKG K812といった上位クラスのリスニングヘッドホンになると、流石にDT1770では分が悪く、高性能開放型らしい広大な音場のリアリズムと、高音の伸びやかな響きの美しさにつくづく圧倒されます。ではこれらの機種はスタジオモニターとしては優秀かというと、DT1770の整然としたプレゼンテーションも捨てたものではないです。
Criss Crossレーベルから、ストレートなジャズアルバム「Opus 5: Tickle」を聴いてみました。Opus 5というのはバンド(ユニット)名で、Criss Crossレーベルが誇るスタープレーヤーが集結したスーパー・グループです。メンバー全員がリーダーアルバムを何枚もリリースしているような実力派揃いで、Opus 5という名義で年に一枚のペースでふらっと集まっては、その一年の成果成長を確かめ合うかのごとく、白熱のプレイをアルバムに残します。
2015年の新譜「Tickle」も、一部エレピが隠し味で入る以外はオーソドックスなスタイルで、オリジナル曲をバリバリと突き崩しています。とくにフュージョンEDMっぽいメロディアスなベースラインは、最近の映画やゲーム音楽などでも多用されるテクニックなので、エレクトロ系ポップを聴く人でも親しみやすいサウンドのアルバムだと思います。
DT1770は、ジャズ録音でも、奏者五人が定位置からピッタリと外れず、主義が徹底していて破綻が無いヘッドホンです。
トランペットやスネアドラム、シンバル、ハイハットなど、金属的な高音楽器は、さすがスタジオモニターだけあって、メリハリがあり、単なるアタック音だけではない、質感の聴き分けが可能でした。
しかし、このジャズアルバムを聴いていて一番関心したのが、DT1770の低音表現の素晴らしさです。突進する重戦車のごとく、とにかく力強く、弾力があり、アタックの立ち上がりから残響まで、一貫してブレない低音はとてもユニークです。
ウッドベースを弾く一音一音が、動悸のごとくドクンドクンと体が揺さぶられ、キックドラムはドシンドシンと、まさに地響きのような体感が得られます。それでいて、音楽の邪魔をせず、定位の収まりがよく、反響が短いという、まれに見る高速レスポンスの重低音です。
今回試聴には、いくつかのDACやアンプを使ってみたのですが、かなり相性にこだわりがあるようでした。それだけ、DT1770にソースを聴き分ける能力があるのだと思います。
そもそもが中低域の質感重視のサウンドなので、たとえば同傾向のChord Mojoなんかと合わせると、中域のディテールに集中しすぎて、アタックにメリハリが無く、地味過ぎて、ちょっとダメでした。もっとキラキラとした響きを演出するようなアンプが好ましいようです。
手持ちではiFi Micro iDSDのほうが幾分か好印象でしたが、実はショップにて「ALO Continental Dual Mono」と合わせてみたところ、これが驚異的なコンビネーションでした。
Continentalは2015年中旬に発売された「ポータブルUSB DAC+真空管ヘッドホンアンプ」で、20万円の高額商品です。真空管アンプらしく、倍音成分にクセがあり、多くのヘッドホンではアタック感や艶が充実しすぎて脚色過多と感じました。しかし、本来事務的なサウンドのDT1770においては、この色艶が絶妙な効果を発揮してくれて、解像感、力強さ、音色の響きなど、全てにおいて合格点でした(音像は相変わらず近いです)。
要するにDT1770というのは、ちょっと派手目の個性豊かなアンプがあれば、その魅力を余すこと無く引き出してくれるだけの「受け皿」としての技量を備えているヘッドホンなのですが、逆に分析的方向に行き過ぎると、音楽がつまらなくなってしまう危険がある、諸刃の剣なのかもしれません。
まとめ
DT1770は、ベイヤーダイナミックのスタジオモニターヘッドホン最上位モデルとして、品質、サウンドともに十分な仕上がりな商品だと思います。旧来のシャリシャリしたサウンドとは一線を画する、中低域が充実した音作りは、オールラウンダー的な密閉型ヘッドホンを探している人には最適なチューニングです。とくに下位モデルのDT770やT70の高域が刺激的、低域がスカスカすぎると感じていた人にはオススメです。ただし、響きの美しさを強調したり、コンサートの臨場感を再現したりせず、あくまでモニター調に、全ての情報を余すこと無く再現することを重視したサウンドです。とくに、低音の歯切れよい力強さは唯一無二です。
モニターヘッドホンとしては優秀だけど、リスニングは不向きかも? |
とくに、T1、T70など、初期のテスラテクノロジー搭載機は、どれも刺激的なハイスピード系の音色が特徴的で、中域の音楽性や、帯域のフラットさといった部分では従来機に一歩譲るように思います。
そのため、T1 2nd Generationや今回のDT1770のように、最近のテスラテクノロジー搭載ヘッドホンでは、それらのクセを克服するために、チューニングをかなり大きく変えてきているような印象があります。
実際それが成功しているかどうかは、今後市場の評価が決めることですが、個人的には、未だ個性が強すぎるものの、悪くない仕上がりだと思います。
やはり、DT1770の一番の問題は、新製品ということもあり、とても高価だということです。製品そのものの質感は、たとえば初代T1などと比べても優れているといえるくらい上質なのですが、従来のDT770、T70などが5万円以下で買える現在、DT1770の7万円という価格はかなり割高に感じます。
また、DT880などの普及モデルも、時代とともに少しづつ着々と進化しているため(たとえば高周波の乱れは吸音材の変更で最近かなり改善されています)、現在でも十分通用する素晴らしいヘッドホンです。つまり「ベイヤーダイナミックの敵はベイヤーダイナミック」といった感じで、高音質な下位モデルとくらべて、DT1770特有のサウンドに価格相応のメリットを感じられるかというとまだ微妙なところだと思います。
ディテールを損なわないモニター調のサウンドは、観賞用として色艶が強調されたヘッドホンとは言えませんが、逆に、信頼の置ける普遍的な仕事道具としては高く評価できます。今後たとえばDT1880やDT1990(?)みたいな感じにシリーズ化してくれたら嬉しいですし、値段も5万円以下に落ちてきたら、他社の密閉型モニターヘッドホン(たとえばシュアーSRH1540や、ソニーMDR-Z1000など)と対抗できる価格帯なので、かなりおすすめできるヘッドホンになる予感がします。