2016年1月12日火曜日

2015年 クラシックの高音質CDとか、ハイレゾダウンロードとか

今回は、2015年に試聴で使った音楽をいくつか紹介しようと思います。

正月休み中に、自分用メモも兼ねて、2015年にどんな音楽を聴いたか、色々と振り返ってみました。

私自身はジャズとクラシックをメインで聴いているので、「そういうジャンルに興味はあるけど、何を買っていいか分からない」という人にぜひ聴いてもらいたい、最新の高音質アルバムを何枚か取り上げてみましたので、もしどれか一枚でも気に入ってもらえたら嬉しいです。


2015年はCDとハイレゾダウンロードの両方とも豊作な一年でした。いつも週にアルバム5枚くらいのペースで買っているのですが、例年と比べてダウンロードで購入できる楽曲はかなり増えてきたようで、最近では全体の3割くらいはダウンロードで購入しています。しかし、いまだにCDオンリーのアルバムもたくさんありますので、まだまだCDは死んだと言うには早いようです。

ハイレゾダウンロード販売の動向を見ると、最新録音のニューリリースと、往年のアナログ名盤をリマスター化したものに二分化されているようです。もちろん古い録音でも名演は多いですし、最新リマスター技術で驚くほど高音質になって蘇るのは嬉しいので、新譜、旧盤ともにハイレゾ化の波に乗って、どんどんリリースして欲しいです。


また、2015年はApple MusicやSpotifyなどの定額制ストリーミングサービスが話題になる中、TidalやQobuzなどのロスレスでストリーミングされる定額制サービスも登場しました。自前の音楽ファイルをハードディスクに保存していなくても、ネット環境とUSB DACだけでCDクオリティの音質が楽しめるというのは革命的だと思います。保守的な日本のレコード業界は、この荒波を生き残れるのでしょうか・・・。

今回は長くなりそうなので、クラシックとジャズを分けてみようと思いますが、いくつかアルバムを紹介する前に、まず最近のハイレゾダウンロード販売の動向などについて、個人的に思ったことなどから、ちょっと振り返ってみようと思います。

ハイレゾ音源のダウンロード販売サイト

これまでは、PCM 192kHzやDSDなどのいわゆる「ハイレゾ」音源サイトというと、日本ではe-Onkyo、米国ではHDTracksなどがほぼ市場を独占しているような感じでした。

しかし、2015年になって大きく変わってきたことがいくつかあります。
  1. 各国の版権元の事情によって、国ごとのダウンロード販売に対する温度差が明確になってきたということ。
  2. e-Onkyoとかとほぼ同じ楽曲を販売している模倣サイトが増えてきたこと。
  3. 音楽レーベル各社が、公式サイト内でのダウンロード販売に積極的になってきたこと。
という3つのポイントについて、考えてみようと思います。

1.各国のダウンロード販売事情

音楽の販売というのは各国の著作権保有者によって利権でガチガチに守られており、同じアルバムが、とある国のサイトでは1,000円で販売しているのに、別の国では3,000円で売っていたりすることが日常茶飯事です。

CDなどのパッケージ品であれば、ライナーノートの翻訳や、流通の事情で、国内盤と輸入盤の値段が異なるのは理解できる部分があります。しかしダウンロード販売では、インターネットというグローバルな市場で競争しているため(しかも殆どの場合PDFのブックレットすら付属しないため)、消費者視点では、野に放たれた無法地帯です。よほどのバカでなければ、同じアルバムを3倍の値段で売っているショップから購入する人はいません。

結局、ハイレゾダウンロードを多用するユーザーほど、各サイトで最安値を探してから購入するという手段を日常的に行っているようです。これは家電製品を買うときに価格コムなどで最安値を検索するのと同じで、最近では各ハイレゾ音源サイトの価格をリアルタイムで比較するサイトなんかも浮上してきました。

ということで、現在、日本国内でブームになっているダウンロード販売ですが、海外との価格差が露わになっていくにつれ、国内盤のアルバム一枚に3,000円払うのがバカらしい、という現状はいつまで続くのか、と思います。

日本の歌謡曲やアニメの曲などは、日本国内での需要にほぼ限定されているため、e-OnkyoやMoraなどが主な販売サイトになります。じつは日本人にはあまり知られていないことですが、中国や韓国など隣国に住む音楽ファンの話を聞くと、これら日本の販売サイトは海外からのネット接続を遮断しており、さらに日本発行以外のクレジットカードを一切受け付けないなど、海外からの購入を禁止するシステムをガッチリと組んでおり、「アニメが大好きで、日本の曲を聴きたいのに、日本に住んでる日本人しか買えない」なんてよく言われます。

米国大手のHDTracks、Pro Studio Mastersなども、米国外からのアクセスに地理的ブロックをかけているので(さすがにクレジットカードの発行国までは制限しているのは日本企業くらいですが)、海外ユーザーはあの手この手で回避しようと試行錯誤しています。わざわざお金を払ってまで聴きたい音楽なのに、業界のしがらみで購入すら拒絶されるとなれば、海賊版やコピー品が氾濫する原因になりますし、ハイレゾダウンロード普及の足かせになっているかもしれません。

購入に地理的な制限をかけても、値段は確認できるわけですから、じゃあ国内サイトで高値で買うのかというと、現実はそうではなく、「むこうのほうが断然安い→でも買えない→だから何も買わない」というパターンに陥ってしまうのが人間というものです。

とくに、Astell & KernやLotooなど、高音質DAPを続々開発している韓国、中国などは、自国内に大手のコンテンツメーカーや音楽販売サイトが無いため、あれだけ高音質なオーディオメーカーが存在しているのに、オーディオマニアでさえ高級DAPで海賊版のMP3を聴いていることが大半だ、とDAP開発者が愚痴をこぼしていました。

イギリスやフランスなど、ヨーロッパ各国は、著作権保護に関して意識が緩やかな感じで、多くのショップが国外からの購入に制限をかけておらず、正当に購入できるようになっています。(単純に、サイト管理が杜撰なだけかも・・)。

たとえばハイレゾに限らず、ヨーロッパにはCD音源をそのままFLACでダウンロード販売しているサイトがいくつかあり、アマゾンやHMVでCDを購入するのと同じような流れで、膨大の数のCD新譜を44.1kHz 16bitで直接ダウンロードできたりします。また、値段は当然のことながらCDよりも安いため、500~1500円くらいで非圧縮のFLACアルバムが購入できます。

最近驚いたのは、これまでクラシックCDのネット通販最大手だった、イギリスの「Presto Classical」が、CD販売を継続するとともに、多くのCDのFLACダウンロード販売に踏み切りました。もちろんすべてのCDアルバムをダウンロード販売しているわけではないですが、探している過去の名盤などはほとんど網羅しており、しかもCDの半額程度です。特にクラシックというのは推薦盤の演奏比較などで、手に入りにくいアルバムをゲットするのに四苦八苦するものなので、ハイレゾでなくとも、こういったFLAC販売サービスは非常に重宝します。

また、冒頭で述べたように、米国のTidalやフランスのQobuzなど、月額制の音楽サービスで非圧縮ロスレス配信を導入している会社もぼちぼち出てきたため、これまでのように「SpotifyやApple Musicは定額だけど圧縮音源だから・・・」といった言い訳が効かなくなります。

今のところ、このような定額ストリーミングサービスは、私がよく聴くクラシックやジャズなどの音源は、タグ情報管理がめちゃくちゃで目当ての音源が無いことが多いため、加入することを敬遠しています。また、クラシックやジャズマニアは、一つの名盤で何種類ものリマスター盤を持っていることが日常的なので、Tidalなどでアルバムを見つけても、一体いつのデジタルマスター盤なのか明確でなかったり、不都合が多いです。

ロックやポピュラー盤の新譜などは充実しているため、たとえば、オーディオショップの試聴機などで、ノートパソコンにTidalを導入してあれば、お客様がわざわざ試聴用CDやUSBメモリを持参しなくても、その場で数百万曲の非圧縮音源をUSB DAC経由で再生できるというメリットがあります。

2.模倣サイトの増加

「ハイレゾが流行っている」と世間に知れ渡ると、ブームにあやかりたい企業が雨後の筍のごとく乱立するのは仕方がないですし、ブームを盛り上げる一因ですので歓迎すべきです。

とくに日本では、大手オーディオ機器メーカーがハイレゾ対応DACを販売している反面、「肝心の音源については、e-OnkyoやソニーMoraなど、ライバル社のサイトで購入してください」、とは言いづらいという事情があります。

最近になって、驚くほど多くのオーディオメーカーがハイレゾダウンロード販売サイトを設立していますが、現状どのサイトも代わり映えせず、販売している音源もe-Onkyoと大差無いのが実態です。それなのにどのサイトもデザインやレイアウトなど、運営に結構な費用をかけているようで、なんか数年前のデジタル書籍ブーム初期のカラ騒ぎを連想させます。あれも結局、版権管理と適正価格の問題で「読みたいものが無い、値段高い」で大コケしましたね。特にデジタル雑誌が店頭の紙版と同価格だったのには、業界の情けなさに笑ってしまいました。

対照的に、例えばアメリカの大手Stereophile誌は、デジタル版の12ヶ月購読は合計1200円で、紙版1ヶ月分と同じ価格です。つまり一号100円で12倍の購読者が集客できればいい、という計算です。

英国大手のクラシックハイレゾ販売サイト「eClassical」も同様の手法で、BISレーベル、オッコ・カム指揮ラハティ交響楽団のシベリウス1番から7番までの全交響曲をセットで、最新録音FLAC 96kHzでなんと$35(約4,000円)で販売しました。このセットは期待以上の売れ行きで、2015年9月の発売から、2016年1月現在まで、ずっとセールスランキングの一位をキープしています。

つまりどういうことかというと、「欲しいから言い値で買う」という客だけではなく、「安いからとりあえず買う」という客が多数いるということが現実なのですが、それを日本ではあまり考慮していないように思えます。

販売サイトとしては独占タイトルを展開したくとも、楽曲の売り上げ的には、全てのサイトで平等に販売するほうが効率が良いのは当然です。多くのレーベルは、贔屓にしているショップで先行販売して、他のサイトでのリリース時期をずらすという手法をとっていますが、それはただの「出し惜しみ」で、消費者視点のサービスではありません。

また、同じアルバムでも、販売サイトによって上限フォーマットが192kHzだったり、96kHzだったり、しかもそれらの値段が同じだったり、結局全てのサイトを巡回してベストなものを買うという、無駄な手間がかかります。

独占タイトルという点では、たとえば米国のSuper Hirezなどは、自社の通販サイトで販売しているSACDタイトルを、日を改めてDSDでダウンロード販売するといったサービスを行っています。限定生産で手に入りにくいSACDも、後日DSDでダウンロード購入できるというシステムは、マニア的に嬉しいです。

将来的に、各音楽レーベルが自社作品を公式サイトでダウンロード販売するのか、それともe-Onkyoなどの大手が市場を独占するかの二択になっていくのかもしれません。一方、米国のハイレゾ販売サイトはシェア競争が激しく、毎日なにかしらタイムセールやクーポンなどで、動的に価格調整を行って対抗しています。

実際に色々なショップから買っていると、やはりデータベース検索のしやすさや、割引クーポンの頻度、そして意外と無視されがちですが、購入したあとのダウンロードサーバー速度や、ダウンロードソフトの使いやすさ、アカウントの管理(過去の購入履歴・再ダウンロードなど)といった要素は重要です。

最近これだけハイレゾアルバムが増えてきたのに、未だに「お気に入り」や「後で買う」ショッピングカート保存サービスすら無いショップがあることに驚きを隠せません。こういった根本的なサービスの部分で、まだまだアマゾンなどから学ぶべき部分は多いと思います。逆に、HDTracksなど、カートに入れて数日間買わずに放置していたら、「今すぐ買えばカート内にあるやつ全部割引するよ」みたいなメールが来たり、かなり熱心に販売プログラムを組んでいるショップもあります。

3.レーベルサイトでのダウンロード販売

ここ数年で増えてきたのが、音楽レーベルの公式サイトで直接ハイレゾ音源を販売するというシステムです。小さなインディーレーベルでも、自前のウェブショップ運営が容易になってきたのでしょう。

クラシックのレーベルではこの手法が続々と増えてきており、大手ではフランスのHarmonia Mundiなどのように、自社サイトと外部ショップの両方で販売しているレーベルもあれば、イギリスHyperionのように今のところ自社サイトのみに限定しているレーベルもあります。また、イギリスLinnのように、以前は多方面のハイレゾ販売サイトだったのに、それを廃止して自主制作のLinnレーベルのみを扱うショップに縮小したサイトもあります。

なぜクラシックでは公式サイトでの販売が多いかというと、まず第一に、2000年頃にデッカやドイツ・グラモフォンなどの大手レーベルが解体してから、一斉に拠り所を失った主要オーケストラ団体が自主制作レーベル体制に移行したからです。

特に先見性があったロンドン交響楽団の「LSO Live」レーベルなど、録音プロダクション会社と提携して、楽団名義のレーベルで高音質アルバムを着々とリリースしていたため、版権管理が楽で、ハイレゾブームを待たずしてSACD初期からの膨大なハイレゾ楽曲が手元にあります。

LSO Liveの成功を見て、当時の首席指揮者ゲルギエフつながりで、ロシアのマリンスキー劇場も同様のプロダクション会社に委託、マリンスキーレーベルでウェブ販売など、人と人とのつながりで、各団体がそれぞれ自主制作に挑戦しています。大手ベルリン・フィルも数年前からハイレゾの生配信などをやっていますし、真剣な音楽好きが集まっているからこそ、CDの衰退とともに優秀な人材と音響設備が失われていくのを死守するために、業界全体が真剣に取り組んでいるのだと思います。

2015年に購入したハイレゾ音源の新譜は、このようなレーベルサイトから直接購入したアルバムが多くなりました。

また、e-OnkyoやHDTracksのような一般販売サイトにある楽曲でも、そのようなショップでは96kHzが上限なのに、本家サイトで購入すると格安で192kHzやDSDがあったりなど、一種の宝探し的な楽しみ方もあります。一般販売サイトでは扱いにくいDSD128、DSD256、DXDなども直販しているレーベルはいくつかあるのですが、これらについてはまた別項にて紹介しようと思います。

クラシックの新譜

ジャズレーベルとは対照的に、クラシックのレーベルはほぼ全てがハイレゾ音源に移行しており、ダウンロード販売とCD(SACD)リリースが並行している状態です。

英グラモフォン誌やインターナショナル・レコード・レビュー(IRR)誌なども、最近ではアルバムレビューで必ずダウンロード販売の有無を掲示しています。

また、CDリリースの多くがSACDなのも、クラシックというジャンルの特徴です。よく「SACDは死んだ」なんて言っている人がいますが、実際クラシックのCDを店頭で観覧していると、未だに新譜の半分くらいはハイブリッドSACDなので、クラシックファンにとってSACDプレイヤーは必要不可欠です。また、案外忘れがちですが、高級オーディオルームを持っている人にとっては、SACDの「高音質マルチチャンネルサラウンド」というのも魅力の一つでしょう。(そういった意味では、ヘッドホンの高音質サラウンドというのはまだ未開拓のジャンルですね)。

しかし、SACDといっても、実はクラシックレーベルの多くは192kHzなどのハイレゾPCMで録音しており、物理媒体という形式上しょうがなくDSD2.8変換してSACD販売しているという歴史があるため、最近では「実はPCM録音だったので、これからは往年のSACD盤をハイレゾPCMとしてダウンロード販売します」といったレーベルが増えてきました。実際DSDとPCMのどちらが優れているかという議論以前に、なるべく完成品のフォーマット変換は最小限で、オリジナルのマスターに近いファイルで聴きたいというのがファンの心情です。

なにはともあれ、ハイレゾダウンロードの場合、よく問題になる「CD版が先行販売して、ハイレゾが後で出る」という心配を払拭するために、たとえばフランスのハルモニア・ムンディなどの大手レーベルは、2015年から、CDを買うと96kHzハイレゾダウンロード券が同封されている、といった手法も始めました。レーベルとすればどちらにせよアルバムを買ってくれることが狙いなので、損はありません。CDを買い続けているリスナーに、無料でハイレゾダウンロード直販の利便性を試してもらうためにも、良いアイデアだと思います。

大手レーベル

デッカ、ドイツ・グラモフォン、EMI、フィリップスなど、旧来の大手レーベルはすべてユニバーサル ミュージック社の傘下に入っており、最近ではなぜか全クラシックカタログが傘下の「ワーナーミュージック」という名前に統合されはじめています。

とくに、作曲家ごとの名盤ボックスセットなど、過去遺産の叩き売りが乱発していますが、一つのボックスでデッカやグラモフォン、EMIなどが入り混じっているのを見ると、「あのアーティストはこのレーベル」といった固定概念があると、困惑する事態です。

それでも新人のニューアルバムなどはそれぞれデッカやグラモフォンなど個別レーベル名義で販売されているのが面白いです。

このような大手レーベルといういのは、「若手美人ピアニストのデビュー・ショパン・リサイタル」や、「イケメン歌手のクリスマスアルバム」など、マニアにはあまり好まれない大味なリリースが多いのですが、それでもトップクラスの一流アーティストとの専属契約があるため、マイナーレーベルでは敵わない、完成度の高いアルバムも期待できます。


2015年グラモフォン誌のRecording of the Yearを受賞したのは、ドイツ・グラモフォンから、アバド指揮ルツェルン音楽祭のブルックナー9番でした。亡くなったアバドへ追悼ということで、妥当なチョイスだと思いますし、48kHz 24bitでダウンロード販売もされました。音質的にも素晴らしいですし、明快で透き通るような演奏ですが、ブルックナー9番に駄作はあまり無く、過去にも良いレコードはいくらでもあるので、とりあえず買っておいて損はないといった感じでした。


大手レーベルつながりで、デッカはここ数年、シャイーのブラームス交響曲集や、ビエロフラーヴェクのドヴォルザーク管弦楽集など大型リリースが続いたのですが、2015年はちょっと落ち着いたところで、ドロテア・レシュマンと内田光子のシューマン歌曲集がとても良かったです。「リーダークライス」と「女の愛と生涯」のあいだに、ベルグの「7つの歌」が挟まれているという風変わりな選曲ですが、意外とすんなり通して聴けました。レシュマンは、くどいドラマ臭や滑舌の癖が無く、丁重で聴きやすい仕上がりです。内田は伴奏の域を超えた魅力あふれる演奏なので、アルバム一枚で一石二鳥ですね。超高音質ながら、なんとなく古風というか、昔のアメリングとボールドウィンとか、さらに古いデラカーザとか、そういった温厚で真摯な雰囲気を醸しだしてくれて嬉しいです。とくにデッカとしては珍しく96kHz配信もあるので、トータルで大満足でした。


また、同系列ワーナーミュージックからも、管弦付きの歌曲集でブライアン・イメールのフランス・オペラ・アリア集というのが、意外と楽しめました。ベルリオーズやグノー以外にも、マイナー作曲家なども選曲されており、全体的にダイナミック大爆発のエキサイティングなアルバムです。パワフルで男気のある歌声に、ドンチャン騒ぎのオーケストラはプラハ・フィルハーモニアという滅多に聴かない名前ですが、いい味を出しています。一応96kHzハイレゾ配信ですが、歌唱の音圧で若干マイク割れする箇所があるため、気になりだすと止まらないですが、バラエティに富んだ、ドラマチックな佳作だと思います。なんというかオーディオマニアが巨大スピーカーを「鳴らしきる」とか言うのは、こういうアルバムなんだろうなと思いました。


Eratoもユニバーサル系列のレーベルですが、2015年新譜でとても良かったのは、フィリップ・ジョルダン指揮パリオペラのラヴェル「ダフニスとクロエ」です。ラヴェル特有のスペクタクルな管弦手法で、オケの腕の振るいどころと言える作品です。ダフニスというと、2016年1月5日に惜しまれつつも亡くなったピエール・ブーレーズが指揮する、ベルリン・フィルのドイツ・グラモフォン盤が、圧倒的なスタジオマジックで超ハイファイ体験ができる銘盤です。ライブ録音とは違い、スタジオ録音というのは突き詰めるとここまで出来るのか、と納得できるアルバムでした(同時期の小澤のメンデルスゾーン「夏の夜の夢」も同様です)。しかし、今回のジョルダン指揮の録音はブーレーズとは真逆で、限りなく自然にふわっとしており、オケも漠然とリラックスして演奏している印象なのですが、それでいてラヴェル的な色彩感あふれるサウンドの魔法が描かれる、貴重な演奏だと思います。

Harmonia Mundi

最近は真面目なクラシックレーベルのトップに躍進してきたハルモニア・ムンディですが、2015年も無数のアルバムをリリースしています。また、ハルモニア・ムンディは流通会社として、多くの自主制作マイナーレーベルのアルバムも委託販売しているのが楽しいです。マイナーレーベルは当たり外れが激しいですが、本家ハルモニア・ムンディのアルバムは、どれも非常に高レベルで上手にプログラムが組んでおり飽きが来ません。


中でも、2015年1月に発売された、ピアニストのアレクサンドル・メルニコフをリーダーに、イザベル・ファウストなど管弦ソリストを迎えた、ヒンデミットの「Sonatas for...」は、一枚のアルバムとしての完成度や、バラエティに富んだゲスト・ソリスト演目など、満足度の高い一枚でした。ヒンデミットというと正座して襟を正して聴くような印象がありますが、アルバムの第一曲目から、アルトホルンというマイナー楽器の「プワ~」という間の抜けた音なので、一気にリラックスできます。メルニコフは個人的に好き嫌いが定まらないピアニストで、重苦しいソナタ系アルバムは好みでないのですが、初期のスクリャービンや、今回のような伴奏役では、アタック感が強く爽快な演奏が好印象です。これもハイレゾ配信があり、音質面でもドライになりすぎず、暖かみがある濃密な録音で愛聴しています。


11月には、チェリストのエマニュエル・ベルトランによる、デュティユーとドビュッシーのチェロ楽曲集が発売され、これは神秘的な名演でした。演目がデュティユーのチェロソロ、ドビュッシーのチェロ・ソナタ(ピアノ伴奏)、そしてデュティユーのチェロ協奏曲と、伴奏の幅があるアルバムなので、最後まで飽きずに聴けます。上記のヒンデミット同様、最近のハルモニア・ムンディは、以前より弦楽器の響きを随分太く撮っているなと思いました。とくにこのアルバムは、空間の奥行きが凄まじく、チェロ一本のソナタであっても、オンマイクすぎずに周囲の残響を上手に(過剰な風呂場エコーではなく)仕上げた高音質盤だと思いました。

Pentatone

このペンタトーンというレーベルの一番の問題は、これまでずっとSACDで販売していたのに、ハイレゾ配信は96kHzで提供していたり、ニューアルバムはどっちを買うべきか判断に困る、ということです。

実はPentatoneの公式サイトでも各アルバムがダウンロード販売されているのですが、そこでは、たとえすでにSACDとして販売されているアルバムでも、DSD録音であればDSD版がダウンロードでき、PCM 96kHz録音だった場合には96kHzまでしか販売していないといった、良心的なシステムになっています。

例えば、2013年まで一連の壮大なプロジェクトとしてリリースされていた、ヤノフスキ指揮ワーグナーオペラ集は、当時SACD販売だったのですが、オンラインでは96kHzで販売しています。確かにSACDのライナーノートを読むと、「Hi-Res PCM」と書いてあります。

今年発売の新譜は概ね「DSD Master Quality」として販売されています。また、DSDはサラウンドを含んだISOファイルとして販売しているのが興味深いです。特にペンタトーンのアルバムはサラウンド録音が優秀というセールスポイントがありますし、楽器の響きが美しくよく伸びる「ほんわか系」サウンドとしても有名です。たとえばAKGのヘッドホンなんかと合わせると至高の音質を味わえます。


というわけで、新譜カタログの中でもとりわけヴァイオリンなどの弦楽器系の音色に魅力を感じるのですが、ペンタトーンといえば初期からのスター奏者ユリア・フィッシャーがシューベルトのソナタ集をリリースしました。シューベルトのヴァイオリン・ソナタというと、リサイタルアルバムの一曲程度で、意外とまとまった録音が少ないので、コレクション的にも有意義です。フィッシャーは相変わらず整然としており、メラメラと燃え盛るような熱演ではないので、純粋な楽器の音色の美しさが堪能できます。


また、ペンタトーンで最近のトップスターであるアラベラ・シュタインバッハーは、モーツアルトの協奏曲、フランク・シュトラウスのソナタ盤、そしてヴァイオリニストとしては勝負どころであろうメンデルスゾーン・チャイコフスキーの協奏曲アルバムを出しました。指揮はデュトワでスイスロマンドというのも懐かしい感じがします。

シュタインバッハーは、同じペンタトーンのフィッシャーと比較して、こってりダーク系なサウンドなので、どのようなレパートリーでも自身の焼き印みたいなものを残せるのが長所だと思います。メンデルスゾーンなども相変わらず良く唄う演奏ですが、音像は広く揺れ動き、オケと一体感があるため、ソリスト対オケのような対立がスタジオ的にビシっと決まるタイプではないのがユニークです。

BIS

スウェーデンのBISレーベルは、古くからハイレゾPCMとSACDに着手している高音質と、地元北欧のアーティストや音楽に特化したユニークなカタログで、人気のレーベルです。ハイレゾダウンロードより、SACD盤のほうが安かったりするので、いつも購入するときにどうしようか悩みます。

2015年も大小様々なアルバムが発売されましたが、振り返ってみると、本当に広範囲なジャンルの音楽において、どれも一級品のアーティストと演奏が揃っているなと関心しました。


室内楽では、ベテランピアニスト、キャサリン・ストットのフランス音楽集が良かったです。有名なラヴェルの「クープランの墓」から、メシアンなど、ちょっとひねりを利かせたリサイタル式プログラムで、演奏者の思惑を感じ取れます。演奏自体はメジャーな推薦盤と比べて淡々としており、響きは地味に聴こえますが、逆にそれが対話的で上手く行っていると思いました。


また、BISの名物デュオ、ウルフ・ヴァーリンとローランド・ペンティネンの新作、リストのヴァイオリン作品集は最近何度も聴いています。息のあったベテランだけあって難解な曲目もあえて技巧的にならず、暖かみのある録音なので、音量を下げるとBGMっぽくなってしまいますが、それなりのオーディオ機器でじっくりと楽しめば満足できる名演です。


声楽では、カミラ・ティリングが歌う北欧の歌曲集というのがとても楽しめました。オペラチックですが、ソフトに語りかけるような歌い方なので、オーディオ機器のデモなどでも不快感を与えずに、色々な場面で活用できました。シベリウス、グリーグ、ステーンハンマルという北欧の作曲家からの選曲は、どれも美しさと同時に凛とした爽快感があり、シューベルトのような回りくどい詩的ドラマを演技するタイプではないので、気楽に聴けます。


BISレーベルは室内だけではなく、巨大なオーケストラも楽々とこなしてしまう許容範囲の広さがありますが、とくにヤニック・ネゼ=セガン指揮ロッテルダムフィルのシュトラウス「英雄の生涯」は圧巻でした。

こういう超巨大オケが必要とされる演目は、やはり得意としていたカラヤンの録音美学に敵うものは少なく、最近ではめったに録音されないか、あるいはあえて少数精鋭の意表をついた演奏に走ってしまうものです。しかしこのネゼ=セガン盤は巨大オケ大爆発の正攻法勝負なので、大音量で楽しみたい壮大な冒険譚です。もちろんBISらしくダイナミクスのコントロールが上手な撮り方なので、耳障りなオンマイクや、飽和する音響などは皆無の綺麗な仕上がりでした。

また、ボーナスでレシュマン(冒頭DECCAで紹介した人)の歌う「四つの最後の歌」も入っているのが嬉しかったです。

Chandos

イギリスのシャンドスは、LPレコードの時代から高音質を謳っていましたが、近年でも相変わらず良質なアルバムを出し続けています。音質はドライで、固めな音色に残響が薄い印象がありますが、それゆえにBGMに成り下がらず、真剣に音楽と向き合う真面目なレーベルといったイメージです。


イギリスのレーベルらしく、日本人には馴染みの薄い英国の作曲家シリーズなどを多く展開していますが、親しみやすい演目では、ガードナー指揮ベルゲンフィルのヤナーチェク集の第二弾が出ました。

ガードナーというと、2014年まではBBCとルトスワフスキやシマノフスキなど、ポーランド作曲家シリーズを育て上げていましたが、それらが一段落して現在取り組んでいるのがヤナーチェクです。ヤナーチェクというとマッケラスや、最近ではビエロフラーヴェクが著名ですが、ガードナーはもっと繊細で分析的な視点での取り組みがユニークです。また、2014年にリリースされた第一弾では名ピアニストのバヴゼをゲストに呼んでいましたが、今回の第二弾でも、ジャケットにさりげなく、シャンドスのスターヴァイオリニスト、ジェームス・エーネスの名前があるなど、憎い演出です。演奏するベルゲンフィルは、これまでリットン指揮、BISレーベルで数多くの名演を残しているので、今回のヤナーチェクもキラキラしたサウンドがとても高水準です。

Oehms

高音質ながら、奇妙なレパートリーと地味なジャケットで、本当に売る気があるのか心配になるドイツのエームス・レーベルですが、個人的にシモーネ・ヤング指揮ハンブルクフィルの熱血ブルックナーとブラームスシリーズが大好きなので、定期的にリリースされるたびに購入しています。このレーベルはなぜかハイレゾダウンロードに消極的で、未だにCD・SACDでリリースされています。



ヤングのブルックナーは2015年に7、5、9番と続々リリースされ、これで全部出揃った事になります。(これですぐに格安ボックスセットとか出たりするんですよね)。このシリーズは全集改定版ではなく初稿版ということが売りなのですが、神秘的な構成美よりもメロディカルで力強い演奏なので、普段よくある退屈なブルックナーとはかけ離れています(ブラームス録音もパワフルでした)。とくに5番は新旧名盤のライバルが多いですが、今回のリリースは新鮮味があります。また、音質面でも、DSDフォーマットの魅力を最大限に引き出している、まさに家庭でコンサート体験ができる自然体な音作りです。

クラシックのリマスター盤

往年の名盤のリマスターも盛り上がっており、興味深いアルバムもちらほらと現れてきました。







2015年に発売された名盤リマスターといえば、ドイツ・グラモフォンのベーム指揮モーツァルト・ベートーヴェンや、ムラヴィンスキーのチャイコフスキーなどの海外版リリースが続いて嬉しかったです。とくにドイツ・グラモフォンは録音自体は良好なのですが、ステレオ後期のオリジナル盤LPはペラくてショボかったので、あえてオリジナル盤信仰は捨てて、今回のようなデジタルリマスター盤のほうが音が優れているものが多いです。

そういえば、このムラヴィンスキーのチャイコは、数年前にe-Onkyoで交響曲6番のみで192KHzが3,680円で販売していたのですが、2015年になって海外ショップを先導に、交響曲4、5、6番の全部入りセットが96kHzで2,200円で発売されるなど、価格設定がよくわからない状態です。

さすがに消費者も馬鹿ではないので、そろそろ日本のマニア限定プレミア価格で販売するのは終わりにしないと、結局リスナーが一部富裕層マニア以外に広がらず、自分で自分の首を締めることになりそうです。

思い起こせば、ハイレゾリマスター盤の価格問題は数年前のSACDの頃から感じていました。一例として、イギリスEMIが2012年に往年の名盤をハイレゾリマスターした「EMIシグネチャー・コレクション」というシリーズ発売した際に、たとえばギーゼキングのドビュッシーピアノ集などは、欧米ではSACD4枚組セットが定価3,000円(日本でも輸入盤が入ってました)、全く同じ内容のSACDが、日本の国内盤は一枚づつバラ売りで各3,000円(つまり合計12,000円)、そして未だにe-OnkyoではFLAC 96kHzダウンロード版が一枚づつ3~4,000円という意味不明な価格設定になっています。

現在クラシック業界は、大手レーベルから往年の名演CD50枚ボックスが2,000円とかで売られているご時世です。ハイレゾリマスターは、実体の無いデジタルデータですので、出し惜しみをせずに、適正価格で多くの人に楽しんでもらいたいです。

クラシックの高音質リマスターで定評のあるエソテリックは、例年はリリース毎にほとんど買い揃えていたのですが、2015年には「ベーム・モーツァルト後期交響曲集」や、ジャズでは「ブルーノート6ベストアルバム」、「インパルス6ベストアルバム」などが出ました。どれも1~2万円の高価なSACDボックスですが、すでに上記ユニバーサル192kHzハイレゾダウンロードや、Analogue ProductionsのSACDリマスターなど、同じアルバムの別リマスターが手元にあるので、既視感がすさまじく、今年は何も購入しませんでした。

今後もガイドブック推薦盤の焼き直しばかりではなく、もうちょっとマニアにあっと驚かれるような企画は現れないものかと期待しています。2013年はアメリカEverestレーベルや、ジャズではBethlehemレーベルのハイレゾリマスターが驚かれましたが、たとえば今思いつくだけでも、高音質で有名な米Connoisseur Society全集とか、リマスター下手なMelodiya、Hungarotonとか、数は売れないとは思いますけど、だれかやってくれませんかね。特に大手レーベルと比べてオリジナルLPがしょっぱい音質のものは、もしかすると最新デジタル処理で蘇る名演なんてのもあるかもしれない、と密かに期待しています。





おもわず忘れがちですが、クラシックの高音質リマスターというと、実は一番の功労者は、英国のTestamentやオーストラリアのEloquenceなど、EMIやデッカの日陰盤をせっせとリマスターしているレーベルです。とくにTestamentはなぜか一向にダウンロード販売が始まらず、CDに限定しています。(版権契約とかあるんでしょうかね)。

今年も相変わらず、バルビローリのモーツァルトやモントゥーのワーグナー管弦楽集、モイセイヴィチやドホナーニのピアノ録音など、上質な正規録音が続々リリースされているのですが、あまりにも地味なパッケージのせいで万年日陰者です。数年前にTestamentレーベルから、カイルベルトの指輪が一世を風靡するブームになった際に、心機一転するかと思ったら、そのまま今までどおり相変わらずの白黒ジャケットでコツコツと事業を継続しているのが面白いです。

Analogue Productions

ブルーノートやヴァーヴなど、ジャズ銘盤のリマスターSACD及び再プレスLPで有名な、米国Analogue Productionsですが、最近はクラシックにも手を出しており、数年前から取り組んでいるRCA Living Stereoのリマスターは好印象でした。ただしLiving Stereoはすでに純正のSACDリマスターシリーズが存在しているので(最近では格安CDボックスで手に入りますね)、あえてAnalogue Productions版を買い直す気にもならなかったです。

2015年Analogue ProductionsはLiving Stereoに続く新たなリマスター企画として、デッカのステレオ初期版に取り組む事になりました。デッカのステレオというと、ベームのブルックナー4番、ケルテスのドヴォルザーク、ショルティ各種など、一部名盤が再販を重ねるだけで、意外とハイレゾ化の穴が多いシリーズです。


2015年内にはまず第一弾として、オイストラフとLSOのブルッフ、ヒンデミット演奏がリリースされました。ブルッフはホーレンシュタイン指揮で、ヒンデミットは本人の自作自演というのが大時代的で良いですね。

音質は流石にAnalogue Productionsだけあって、オリジナル盤LPに勝るとも劣らない、優美流麗なヴァイオリンの音色で、テープノイズを抑えた温かみのあるサウンドは、最近の高解像ばかりを目指したハイレゾリマスターとは一線を画する音楽性を感じます。Analogue ProductionsのリマスターSACDを聴いてつくづく思うのは、「マスターテープ原音」至高主義というよりは、「オリジナルLP盤」の音を追求することを目指しているように感じます。

2016年には続々登場とのことですが、Analogue Productionsは「出る出る詐欺」で有名なレーベルなので、気長に待ち続けることにします(リリース予定から2年待っても一向に発売されないアルバムもあります)。ラインナップを見るかぎり、カーゾンとウィーン八重奏団のシューベルト「鱒」や、クリップス指揮シューベルト9番、フリューベック・デ・ブルゴス指揮アルベニスなど、売れ筋銘盤に媚びない、「当時のDECCAらしい」アルバムを選んだなと好感が持てます。

Pentatone Remastered Classics

個人的に、2015年一番のビッグニュースは、オランダのPentatoneレーベルが新たに立ち上げた、リマスターシリーズです。Pentatoneはフィリップス直系の新興レーベルなので、自主制作の新譜とともに、コリン・デイヴィスやカルテット・イタリアーノなど往年のフィリップス名盤のSACDリマスターも10年ほど前から行っていました。最近これらリマスターが息を潜めたと思っていた矢先、なぜかいきなりドイツ・グラモフォンの名盤のDSDリマスターを始めました。


しかも、どこかの国のようにカラヤン三昧ではなく、じつに味のある、マニア心をくすぐるラインナップです。小澤とボストンのラヴェル、ベルリオーズや、ミンツとアバド・シカゴのブルッフ・メンデルスゾーンなどの売れ筋はもちろんのこと、ジョプリンの歌劇「トゥリーモニシャ」など、普段率先して買わないような、珍しい楽曲もあります。

ジャケットがシンプルな花の写真なので、当時のアルバムを知っている人は見過ごしてしまいがちですが、ネットでオリジナルジャケット写真を探してみると、「ああ、あれか」と思い出す、懐かしい名盤がそろっています。(紹介しているのはオリジナルLPジャケット絵で、実際はその横のアマゾンリンクのほうが正しいジャケットです)。

通常のPentatone新譜はDSDダウンロード販売していますが、このリマスターシリーズは今のところSACDでの販売に限定されています。




個人的には、室内楽系のリリースが好印象で、ヴィルヘルム・ケンプのリスト「巡礼の年」や、フィッシャー・ディースカウとリヒテルのヴォルフ「メーリケ歌曲集」は、ドイツ・グラモフォンらしい涼しげで洗練された驚異的な高音質で、随分丁寧にリマスターしたものだな、と感激しています。

こういった往年の名盤が、ここまで超高音質でリマスターされていると、やはり「もう新規の録音は不要だな」なんて考えてしまいます。録音レーベルとして自分で自分の首を絞めているような気もしますが、それでも良い物は良いので、新しいアーティストもこれら名演を参考にして、さらに優れた演奏を目指してほしいものです。

売上が好調であればこのままシリーズ化して突き進んでくれると期待しているので、そのために多くの人に買って聴いてもらいたい素晴らしいシリーズです。



最後に、マニアックすぎてお勧めできるとは言いがたいですが、2015年の面白いリマスター企画として、ロシアのメロディアから、ソビエトで80年代に録音されたロジェストヴェンスキーのヴォーン・ウィリアムズ交響曲集です。

メロディアの公式リリースとして、明らかにうさんくさい再生紙みたいなボックスで販売されているのですが、これまでヴォーン・ウィリアムズというとボールトやバルビローリ、最近ではヒコックスなどイギリス指揮者の録音ばかりだったのが、ソビエト爆演系ロジェストヴェンスキーと国立文化省交響楽団というのがワクワクします。実際ヴォーン・ウィリアムズはショスタコーヴィチと並行した作曲家で、二次大戦前後の作品には感性が近い部分があるため、そういった意味ではロジェストヴェンスキーが得意としているところです。録音はノイズ除去のため若干モコモコした部分もありますが、音割れもせず繊細でステレオに奥行きがあり、臨場感は抜群です。ソビエトらしい歯切れよい管弦と、ドラマチックに緩急を強調しながら、縦に揃ったテンポの良さが楽しめました。

ヴォーン・ウィリアムズはボールト指揮のEMI全集が作曲者本人お墨付きの決定版ですが、最近の録音ではハレ・レーベルからマーク・エルダー指揮のシリーズが録音品質・演奏の美しさともにベストだと思います。

おわりに

ポピュラー音楽産業が衰退しているなんて悲観的なニュースを度々見ますけれど、クラシック音楽業界は2015年も頑張っているようで、安心しました。きっと大手レーベルという枠組みの縦社会が崩壊したおかげで、経営のフットワークが軽くなったからでしょう。

60年代のような録音産業の黄金期や、80年代のバブル期と比べると、新人アーティストが成功する道は険しいのかもしれませんが、実際にリサイタルは豊富に行われていますし、新人のニューアルバムも全部追えないほど大量にリリースされています。

よく考えてみると、60年代は、全レパートリーを新たに「ステレオ録音」で録り直すという一大事業がありましたし、80年代には、全レパートリーを「デジタル録音」で録り直すという大義名分がありました。現在は「ハイレゾ録音」という新たな波に乗っているのかもしれません。

クラシック業界で「3大テノール」のような一攫千金の大スターが生まれることは少なくなったかもしれませんが、最近では録音設備に必要な投資額も下がってきたからこそ、プロ・アマ問わず、多くのアーティストが高音質録音を残せる機会がある時代だとも思います。

とくに、最近ではスタジオ録音に固執せずとも、ライブやリサイタル録音で十分な高音質が得られるため、従来の違和感の塊のようなスタジオマジックを払拭した、自然でライブ感あふれる演奏が増えてきたようです。

過去の名盤のハイレゾリマスター化については、色々なレーベルが頑張っていますが、やはり名盤・推薦盤の焼き直し作業が多いような気がします。

ところで、ハイレゾリマスターのダウンロード販売で、とても気になっている点があります。2000年くらいからCDで発売されたリマスターアルバムは、概ね「96kHz 24bitデジタルリマスター」などと書いていたのですが、これらはなぜそのままハイレゾダウンロード版として販売しないのでしょうかね。

そのようなアルバムがすでにあったとしても、最近になってあえてもう一度「オリジナルアナログマスターから2015年最新ハイレゾリマスター」とか焼き直ししていることが多いですし、リリース数も本来存在するはずのハイレゾ音源の100分の1もありません。

クラシックにかぎらず、現在はとにかくハイレゾ販売楽曲の数を増やすことが最重要課題なので、それならば過去にリマスター職人が行った、音質に定評のあるアルバムを早急にリリースするのが堅実な最短ルートだと思います。





たとえば、2002年あたりにリリースされたDECCA LEGENDS、Philips 50シリーズなどは、「96kHzリマスター」と書いてあるCDが現在でも手に入りますが、今あらためてそのCDを聴いても、素晴らしい音質だなと感激します。各50枚ほど出ていた中で、2015年になってようやく2枚がFLAC 96kHzで発売されました(アンセルメのドビュッシーと、アシュケナージのラフマニノフ)。残りのアルバムはどうなったのでしょう。版権問題でしょうか?出し惜しみでしょうか?

また、特にDECCA LEGENDSシリーズは、ライナーノートがとても充実しており、当時のプロデューサーやアーティストへの後日談インタビューや、エンジニアや録音機材の苦労話などが満載で、企画担当者の愛が感じられるシリーズでした。


名盤リマスターというのは一種の懐古主義でもあるので、単純に音源ファイルのダウンロードだけではなく、録音当時の環境や、演奏者の心境など、周辺情報が多ければ、その分味わいが増します。例えば、ステレオ黎明期の傑作ショルティの指輪などは、プロデューサーの残した手記がとても面白いため、今でも当時の逸話が語り草になっています。上記写真のように、最近発売されたハイレゾリマスター版は、コレクター向け豪華ハイレゾブルーレイBOXと、通常のハイレゾダウンロードを同時展開した、すさまじい一大企画です。

クラシック録音黄金期に活躍したアーティストやエンジニアなど、存命な方が少なくなってきているため、今この時期にどれだけこれらの文化芸術作品を後世に残せるかというのは、重要な課題だと思っています。また、今となってようやく語られるエピソードもあると思います。もちろん音楽レーベルは慈善団体ではないので、これをどうやって売上につなげるのか、と考えると、やはり丁寧なハイレゾリマスター処理と、魅力的なリリース企画によって、誰もが納得するような高音質で、手軽に音楽を楽しめることが最善の方法だと思います。

長くなったので一旦区切って、次回は、最近流行りのDSD256などの超高音質録音に特化したレーベルをいくつか紹介します。