前回、DSDの高音質アルバムを紹介するはずが、初期の1bit DSDデータの歴史についてダラダラと書いていたら長くなってしまったので、二分割しました。今回は、その後半です。
クラシックの高音質レーベルというとたくさんありますが、最近オーディオマニアが興味を持っているDSD録音や、さらには高レートのDSD128、DSD256、またはPCM 352.8kHz (いわゆるDXD)で録音しているレーベルが増えてきています。しかし、これらをダウンコンバートせずに直接販売しているレーベルというと限定されるので、いくつか気に入ったレーベルなどを紹介したいです。
2016年には、このような超ハイレゾ直販サイトが増えてくれるといいですね(特にアメリカのレーベルにはもっと参入してほしいです)。
よく誤解されがちなのですが、DSDをアナログに変換するDAC(D/Aコンバータ)が沢山あるのだから、その逆に、アナログをDSDに変換するADC(A/Dコンバータ)も沢山あるだろう、と思うかもしれませんが、実際は違います。
その理由は単純で、ADCとDACでは需要に大きな差があります。低価格・高性能なDACチップを発売すれば、それは家電オーディオ製品に搭載するため10万個、100万個といった数で売れるのですが、逆にどんなに優れたADCチップを作っても、それを欲求している録音スタジオは全世界で数百程度です。
つまり、ADCというのは採算的に問題があるため、あまり性能のために予算が費やせないジャンルです。たとえばフィールドレコーダーやMDプレイヤーなど、デジタル再生と録音を同時にこなすような装置には、ADCとDACの両方が必要なため、ソニーなどは当時、一枚でADC、DAC両方が入っているチップなどを製造しています。しかし、それらのスペックを見ると、DACとくらべてADCは一桁くらい性能が劣っていることが多いです。
初期のDSDレコーダも、大量生産されている既成品なんてものは無かったため、フィリップスなど大手のレーベルでも、自作のような手作り感あふれるコンバータを使っていました。
SACD初期には、フィリップスが各レーベルスタジオに貸し出していたMeitner emmLabsのDSDレコーダーしかなかったり(TELARCレーベルなど)、その後PCM・DSD兼用コンバータPrism Sound ADAやdCS 904が流行ったり、(RCA Living StereoのSACDリマスターや、初期のPentatoneなど)、結構流行りの波があるため、「○○のレーベルが新しいコンバータを買った」なんていうのは、内輪で話題になったりします。
一方アメリカでは、DSD以前からハイレゾPCM録音が映画産業などでかなり浸透していたため、当時主流だったPacific Microsonicsなどの192kHz PCMコンバータを採用したスタジオが多く、あえてこの時期にDSD対応レコーダに買い換えるようなところはあまりありませんでした。
ハイレゾPCMにしろ、DSDにしろ、この時期のA/Dコンバータというのはデルタシグマ変調のノイズシェーピングはどのみち使われていたため、コンバータごとの音質差というのは結構ありました。数年前にたしかSound on Sound誌かなにかで、各コンバータごとの音質差や測定データを真剣に比較していた記事が記憶にあります。
ようするに、DSD64というのは、「ハイレゾ」の論点でいうと、高周波再生やダイナミックレンジなどがギリギリOKといった感じなので、すでにハイレゾPCMに移行していたスタジオにとっては、なかなか買い替えメリットが薄いという問題がありました。
それでもDSDの信奉者は途絶えなかったため、旧来からDSDレコーダーを使い続けているスタジオは多いです。最近では技術の進歩に乗じて、じゃあ二倍速の5.6MHzや、四倍速の11.2MHzで記録すれば、高周波ノイズはもっと遠くまで押し出せるし、可聴帯域のノイズフロア(ダイナミックレンジ)もその分良くなる、という単純明快な答えで、独自に進化しています。
もちろん、ノイズシェーピングによる高周波ノイズが完全に消えることにはなりませんが、これまでDSD64では30kHz台から発生していたものが、DSD128では80kHzくらいになり、もはや「どうでもいいよね」と言わせる領域まで追いやるのが目的です。録音側から言わせれば「そもそも、そんな高周波まで出せる楽器は無いし、満足に録音できるマイクも無いし」というレベルです。
1991年ごろでも、1ビットは「繊細で高解像、空気感や音像が素晴らしい」、そしてマルチビットは「腰が据わっている、低域が力強い、音にエネルギーがある」といったイメージが定着していました。
比較しようにも、同じ演奏をDSDとPCMという2つのレコーダーで同時に録音するといった事自体が稀ですし、たとえそんな比較ができたとしても、レコーダーごとの音質差も考慮する必要があります。
また、当然のごとく、DACによるアナログ変換も、PCMとDSDでは別の経路をたどりますので、ESS、バーブラウン、シーラス・ロジックなど、各メーカーごとに得意不得意があります。明確な結論に達することが困難な話題ですが、やはりいちばん肝心なのはリスニングです。
このような話題で陥りやすいミスが、「○○レーベルは○×社のA/Dコンバータを使ってるから、音が硬い」とかそういった短絡的な結論です。
では録音にどのようなマイクを使っていたのか、なんて尋ねても、答えられない人が多いです。ましてや、マイクの配置やコンサートホールの音響などの要素もありますし、そもそも楽器や演奏家が異なります。その一環の録音プロセスの中で、多少なりとも音質に貢献するのがA/Dコンバータなのですが、機材の中で一番「スペックで語りやすい」ものなので、話題性があり、比較対象にされがちです。自動車におけるエンジンのようなものでしょうか。
一つ面白い例として、下記で紹介しますが、これまでSACDやDSD64として販売されていたアルバムが、後日オリジナルマスターであるDXDでダウンロード販売された例があります。(DXDというのはハイレゾPCM352.8kHzの別名です)。
この場合、当然のごとく、オリジナルであるPCM 352.8kHzファイルの方が、SACD用にダウンコンバートされたDSD64よりも音質が優れていると期待できますが、いざ同じ環境で比較試聴してみると、DXDは硬質でメリハリの強い、「スタジオモニター的」な鳴り方をするのに、DSDはエッジが低減され、空間に奥行きが増し、演奏者の周りにある「空気感」のようなものが明らかに強調されている、リアルっぽい音になりました。
音質は使用するDACに依存しますので、自分の好みの音が選べるだけ贅沢というものですし、ネット掲示板でよくありがちな短絡的な優劣論争というのは、実際音楽をあまり聴いていない人達同士の口論なのかもしれません。
2015年末の時点では、ほとんどのDSD対応USB DACがDSD128 (5.6MHz 1bit)の再生に対応しており、DSD256対応のものはまだ稀です。たとえば、iFi Audio micro iDSDやOPPO HA-1、HA-2、Chord MojoなどがDSD256に対応しています。
どのメーカーの製品も、搭載しているDACチップ自体はDSD256にほぼ対応しているのですが(ESS9018など)、機器内でUSBで音楽データを送受信する「USBインターフェースチップ」がまだDSD256未対応のものが多いため、2016年以降はだんだんと対応機器が増えてくるだろうと思います。
このUSBインターフェースチップの出来の良し悪しによって、パソコンとの互換性とか、ドライバの安定性、独自のアップスケール補間フィルタの有無など、そういた要素が影響されるので、iFi AudioなどのようにUSBインターフェースチップを独自開発しているメーカーは、(若干不安定でも)DSD256に即対応できたり、逆に自社に開発能力が無く、市場で定評のある出来合いのインターフェースチップを買っているメーカーなどは、対応まで時間がかかったりします。
音楽作成の現場では、業務用として定評のあるDSD256レコーダーシステムがまだ定着してないため、面白半分でテスト購入できるような余裕のある録音スタジオはごく一握りです。サラウンド8ch同時録音のDSD256 A/D変換システムなんかだと、色々あわせて一千万円くらいしますし、その分増えたデータ量を編集、保存するパソコンのインフラも必要になります。
とは言ったものの、本当の意味でのDSD256ではなく、すでにDXD (PCM 352.8kHz)で録音したファイルをDSD256に変換するだけなら、パソコンがあれば誰でも簡単にできるので、最近ダウンロード販売などで手に入るDSD256アルバムの多くは、大抵DXDがオリジナルマスターなアルバムをソフト上で変換しただけのものが多いです。例えば、高音質レーベルとして有名な、ノルウェーの「2L」レーベルなんかも、オリジナルはPCM352.8kHzで録音して、それをDSD128などに変換して販売しています。
正真正銘のDSD256レコーダーとして、最近クラシック業界で注目を浴びているのが、Merging Technlogies社のHorusというA/Dコンバータです。Merging社はスイスにある業務用オーディオ機器メーカーで、DSD編集用ソフト「Pyramix」のメーカーとして有名です。
2012年頃から出回っているHorusはPCM 384kHz、DSD256両対応の装置なのですが、Merging社ということでPyramixソフトと親和性が高く、さらに音質も良いということで、幾つかの録音スタジオで使われるようになりました。編集ソフト環境とセットで買えるということで、スタジオとしても魅力的です。
このMerging HorusはDAC機能も搭載しているのですが、48チャンネル対応など、多機能ゆえに家庭用USB DACとして使うには敷居が高くコスパも悪いので、ハイエンドオーディオなどでも使っているところは見たことがありません。(ADCが優れていても、DACとして高音質とは限りませんし)。
最近Merging社は廉価版で16チャンネルADC・DACのHapiというモデルを発売しており、さらには家庭用オーディオ向けに、Merging NADACというネットワーク対応DACを発表しました。この手の製品では珍しく8チャンネル対応なので、DSDサラウンドなどを楽しむには最適の機器かもしれません。(未聴なので、音質が良いかはわかりません)。
Merging以外にもDSD256対応のA/Dコンバータは大小様々に登場しつつありますが、現在クラシック録音スタジオで主流なWeissやdCSなどのレコーダーはPCM 352.8kHz対応で必要十分なので、今後機材の入れ替わりが行われるのはまだ先の話のようです。実際DSD256直録というのは、そこまで急を要することでも無いと思います。
高音質DSD録音といっても、規模や手法はスタジオごとに千差万別です |
クラシックの高音質レーベルというとたくさんありますが、最近オーディオマニアが興味を持っているDSD録音や、さらには高レートのDSD128、DSD256、またはPCM 352.8kHz (いわゆるDXD)で録音しているレーベルが増えてきています。しかし、これらをダウンコンバートせずに直接販売しているレーベルというと限定されるので、いくつか気に入ったレーベルなどを紹介したいです。
2016年には、このような超ハイレゾ直販サイトが増えてくれるといいですね(特にアメリカのレーベルにはもっと参入してほしいです)。
DSD A/Dコンバータ
アナログ音声をDSDに変換する、いわゆるDSD A/Dコンバータというのは、製品の数が限られています。よく誤解されがちなのですが、DSDをアナログに変換するDAC(D/Aコンバータ)が沢山あるのだから、その逆に、アナログをDSDに変換するADC(A/Dコンバータ)も沢山あるだろう、と思うかもしれませんが、実際は違います。
その理由は単純で、ADCとDACでは需要に大きな差があります。低価格・高性能なDACチップを発売すれば、それは家電オーディオ製品に搭載するため10万個、100万個といった数で売れるのですが、逆にどんなに優れたADCチップを作っても、それを欲求している録音スタジオは全世界で数百程度です。
つまり、ADCというのは採算的に問題があるため、あまり性能のために予算が費やせないジャンルです。たとえばフィールドレコーダーやMDプレイヤーなど、デジタル再生と録音を同時にこなすような装置には、ADCとDACの両方が必要なため、ソニーなどは当時、一枚でADC、DAC両方が入っているチップなどを製造しています。しかし、それらのスペックを見ると、DACとくらべてADCは一桁くらい性能が劣っていることが多いです。
初期のDSDレコーダも、大量生産されている既成品なんてものは無かったため、フィリップスなど大手のレーベルでも、自作のような手作り感あふれるコンバータを使っていました。
SACD初期には、フィリップスが各レーベルスタジオに貸し出していたMeitner emmLabsのDSDレコーダーしかなかったり(TELARCレーベルなど)、その後PCM・DSD兼用コンバータPrism Sound ADAやdCS 904が流行ったり、(RCA Living StereoのSACDリマスターや、初期のPentatoneなど)、結構流行りの波があるため、「○○のレーベルが新しいコンバータを買った」なんていうのは、内輪で話題になったりします。
欧州のクラシックレーベルでSACD初期から使われているMeitner emmLabs ADC8 |
イギリスで多いdCS 900シリーズ |
一方アメリカでは、DSD以前からハイレゾPCM録音が映画産業などでかなり浸透していたため、当時主流だったPacific Microsonicsなどの192kHz PCMコンバータを採用したスタジオが多く、あえてこの時期にDSD対応レコーダに買い換えるようなところはあまりありませんでした。
当時流行ったHDCD(懐かしい)の生みの親Pacific Microsonics |
ハイレゾPCMにしろ、DSDにしろ、この時期のA/Dコンバータというのはデルタシグマ変調のノイズシェーピングはどのみち使われていたため、コンバータごとの音質差というのは結構ありました。数年前にたしかSound on Sound誌かなにかで、各コンバータごとの音質差や測定データを真剣に比較していた記事が記憶にあります。
ようするに、DSD64というのは、「ハイレゾ」の論点でいうと、高周波再生やダイナミックレンジなどがギリギリOKといった感じなので、すでにハイレゾPCMに移行していたスタジオにとっては、なかなか買い替えメリットが薄いという問題がありました。
それでもDSDの信奉者は途絶えなかったため、旧来からDSDレコーダーを使い続けているスタジオは多いです。最近では技術の進歩に乗じて、じゃあ二倍速の5.6MHzや、四倍速の11.2MHzで記録すれば、高周波ノイズはもっと遠くまで押し出せるし、可聴帯域のノイズフロア(ダイナミックレンジ)もその分良くなる、という単純明快な答えで、独自に進化しています。
もちろん、ノイズシェーピングによる高周波ノイズが完全に消えることにはなりませんが、これまでDSD64では30kHz台から発生していたものが、DSD128では80kHzくらいになり、もはや「どうでもいいよね」と言わせる領域まで追いやるのが目的です。録音側から言わせれば「そもそも、そんな高周波まで出せる楽器は無いし、満足に録音できるマイクも無いし」というレベルです。
高レートDSDにするメリット(実際のアルバムからのデータ) |
DSDとPCMの音質差
では、音質面ではどうでしょうか。最近の「DSD対ハイレゾPCM」論議は、20年前の1ビット対マルチビット方式CDプレイヤーの論議と全く同じ平行線を辿っています。1991年ごろでも、1ビットは「繊細で高解像、空気感や音像が素晴らしい」、そしてマルチビットは「腰が据わっている、低域が力強い、音にエネルギーがある」といったイメージが定着していました。
比較しようにも、同じ演奏をDSDとPCMという2つのレコーダーで同時に録音するといった事自体が稀ですし、たとえそんな比較ができたとしても、レコーダーごとの音質差も考慮する必要があります。
また、当然のごとく、DACによるアナログ変換も、PCMとDSDでは別の経路をたどりますので、ESS、バーブラウン、シーラス・ロジックなど、各メーカーごとに得意不得意があります。明確な結論に達することが困難な話題ですが、やはりいちばん肝心なのはリスニングです。
このような話題で陥りやすいミスが、「○○レーベルは○×社のA/Dコンバータを使ってるから、音が硬い」とかそういった短絡的な結論です。
では録音にどのようなマイクを使っていたのか、なんて尋ねても、答えられない人が多いです。ましてや、マイクの配置やコンサートホールの音響などの要素もありますし、そもそも楽器や演奏家が異なります。その一環の録音プロセスの中で、多少なりとも音質に貢献するのがA/Dコンバータなのですが、機材の中で一番「スペックで語りやすい」ものなので、話題性があり、比較対象にされがちです。自動車におけるエンジンのようなものでしょうか。
一つ面白い例として、下記で紹介しますが、これまでSACDやDSD64として販売されていたアルバムが、後日オリジナルマスターであるDXDでダウンロード販売された例があります。(DXDというのはハイレゾPCM352.8kHzの別名です)。
この場合、当然のごとく、オリジナルであるPCM 352.8kHzファイルの方が、SACD用にダウンコンバートされたDSD64よりも音質が優れていると期待できますが、いざ同じ環境で比較試聴してみると、DXDは硬質でメリハリの強い、「スタジオモニター的」な鳴り方をするのに、DSDはエッジが低減され、空間に奥行きが増し、演奏者の周りにある「空気感」のようなものが明らかに強調されている、リアルっぽい音になりました。
音質は使用するDACに依存しますので、自分の好みの音が選べるだけ贅沢というものですし、ネット掲示板でよくありがちな短絡的な優劣論争というのは、実際音楽をあまり聴いていない人達同士の口論なのかもしれません。
DSD256アルバム
SACD相当のDSD64 (2.8MHz 1bit) よりも四倍速い、DSD256 (11.2MHz 1bit)というフォーマットを再生できるUSB DACなどが最近チラホラと現れてきました。2015年末の時点では、ほとんどのDSD対応USB DACがDSD128 (5.6MHz 1bit)の再生に対応しており、DSD256対応のものはまだ稀です。たとえば、iFi Audio micro iDSDやOPPO HA-1、HA-2、Chord MojoなどがDSD256に対応しています。
どのメーカーの製品も、搭載しているDACチップ自体はDSD256にほぼ対応しているのですが(ESS9018など)、機器内でUSBで音楽データを送受信する「USBインターフェースチップ」がまだDSD256未対応のものが多いため、2016年以降はだんだんと対応機器が増えてくるだろうと思います。
このUSBインターフェースチップの出来の良し悪しによって、パソコンとの互換性とか、ドライバの安定性、独自のアップスケール補間フィルタの有無など、そういた要素が影響されるので、iFi AudioなどのようにUSBインターフェースチップを独自開発しているメーカーは、(若干不安定でも)DSD256に即対応できたり、逆に自社に開発能力が無く、市場で定評のある出来合いのインターフェースチップを買っているメーカーなどは、対応まで時間がかかったりします。
音楽作成の現場では、業務用として定評のあるDSD256レコーダーシステムがまだ定着してないため、面白半分でテスト購入できるような余裕のある録音スタジオはごく一握りです。サラウンド8ch同時録音のDSD256 A/D変換システムなんかだと、色々あわせて一千万円くらいしますし、その分増えたデータ量を編集、保存するパソコンのインフラも必要になります。
とは言ったものの、本当の意味でのDSD256ではなく、すでにDXD (PCM 352.8kHz)で録音したファイルをDSD256に変換するだけなら、パソコンがあれば誰でも簡単にできるので、最近ダウンロード販売などで手に入るDSD256アルバムの多くは、大抵DXDがオリジナルマスターなアルバムをソフト上で変換しただけのものが多いです。例えば、高音質レーベルとして有名な、ノルウェーの「2L」レーベルなんかも、オリジナルはPCM352.8kHzで録音して、それをDSD128などに変換して販売しています。
正真正銘のDSD256レコーダーとして、最近クラシック業界で注目を浴びているのが、Merging Technlogies社のHorusというA/Dコンバータです。Merging社はスイスにある業務用オーディオ機器メーカーで、DSD編集用ソフト「Pyramix」のメーカーとして有名です。
Merging PyramixとHorusの録音システム |
2012年頃から出回っているHorusはPCM 384kHz、DSD256両対応の装置なのですが、Merging社ということでPyramixソフトと親和性が高く、さらに音質も良いということで、幾つかの録音スタジオで使われるようになりました。編集ソフト環境とセットで買えるということで、スタジオとしても魅力的です。
このMerging HorusはDAC機能も搭載しているのですが、48チャンネル対応など、多機能ゆえに家庭用USB DACとして使うには敷居が高くコスパも悪いので、ハイエンドオーディオなどでも使っているところは見たことがありません。(ADCが優れていても、DACとして高音質とは限りませんし)。
最近Merging社は廉価版で16チャンネルADC・DACのHapiというモデルを発売しており、さらには家庭用オーディオ向けに、Merging NADACというネットワーク対応DACを発表しました。この手の製品では珍しく8チャンネル対応なので、DSDサラウンドなどを楽しむには最適の機器かもしれません。(未聴なので、音質が良いかはわかりません)。
オーディオマニア用DACとして開発されたMerging NADAC |
Merging以外にもDSD256対応のA/Dコンバータは大小様々に登場しつつありますが、現在クラシック録音スタジオで主流なWeissやdCSなどのレコーダーはPCM 352.8kHz対応で必要十分なので、今後機材の入れ替わりが行われるのはまだ先の話のようです。実際DSD256直録というのは、そこまで急を要することでも無いと思います。
Channel ClassicsとNative DSD
DSD録音といえば、やはりオランダのChannel Classicsが代名詞だと思います。
このレーベルは、SACD初期の頃から、「クラシック生演奏のDSD直録」というポリシーを持っており、過度なスタジオ編集を嫌って、リハーサル時からマイク構成やアナログミックスに労力を費やし、いざ本番演奏が始まったら、あとは収録するのみ、という体制で挑んでいます。
最近では公式サイトのダウンロード直販とはべつに、関連会社の「Native DSD」というウェブショップも開設されました。このNative DSDというショップの魅力は、PCMからのDSD変換ではなく、ほんとうの意味での「ネイティブDSD」録音のみを販売していることです。
Channel Classics以外にも、他社レーベルのアルバムも色々と販売しているのですが、たとえ同一レーベルの作品でも、ハイレゾPCM録音は除外して、DSD録音のみをとりあげるという一貫性があります。現在クラシックのDSD音源を購入するためには、一番注目すべきショップだと思います。
また、DSDサラウンド版も販売しているのが嬉しいです。HDMI経由のサラウンドDSDに対応するプレイヤーやAVアンプなどを所有していれば、試してみるのも一興です。
このレーベルは、SACD初期の頃から、「クラシック生演奏のDSD直録」というポリシーを持っており、過度なスタジオ編集を嫌って、リハーサル時からマイク構成やアナログミックスに労力を費やし、いざ本番演奏が始まったら、あとは収録するのみ、という体制で挑んでいます。
最近では公式サイトのダウンロード直販とはべつに、関連会社の「Native DSD」というウェブショップも開設されました。このNative DSDというショップの魅力は、PCMからのDSD変換ではなく、ほんとうの意味での「ネイティブDSD」録音のみを販売していることです。
Channel Classics以外にも、他社レーベルのアルバムも色々と販売しているのですが、たとえ同一レーベルの作品でも、ハイレゾPCM録音は除外して、DSD録音のみをとりあげるという一貫性があります。現在クラシックのDSD音源を購入するためには、一番注目すべきショップだと思います。
また、DSDサラウンド版も販売しているのが嬉しいです。HDMI経由のサラウンドDSDに対応するプレイヤーやAVアンプなどを所有していれば、試してみるのも一興です。
クラシックレーベル40社以上のDSDアルバムを販売していますが、やはりメインはChannel Classicsのアルバムです。価格は店頭でSACDを購入するのとほぼ変わらないのですが、雑誌等で高評価を得ている新譜を真っ先にダウンロードできるというメリットは重宝します。
奇しくもChannel Classicsは2015年、英グラモフォン誌にて、栄光ある「Label of the Year」を受賞し、その先見性と高音質はもとより、高水準な契約アーティストを多数率いていることも高く評価されています。また、11月には録音エンジニア兼社長のジャレッド・サックス氏がオランダ王室から名誉賞を受賞するなど、音楽に対する純粋な探究心が業界外でも広く認められています。
2015年レーベルオブザイヤーでした |
多くのインディーレーベルなどは、超高音質なハイテク録音機材を所持していながら、肝心の演奏がショボいことが多々あるのですが、Channel Classicsの録音はどれも演奏面でも往年の名盤を凌駕するような快演が多く、リリース頻度も速いことが嬉しいです。
とくに、筆頭アーティスト、イヴァン・フィッシャーとブダペスト祝祭管弦楽団は、個人的に2006年のマーラー2番で、SACDの高音質と、粛々とした繊細で内面的な演奏解釈に感銘を受けたことが記憶に新しいです。(未だに自分の中のクラシックベスト10に入る名盤だと思っています)。
とくに、筆頭アーティスト、イヴァン・フィッシャーとブダペスト祝祭管弦楽団は、個人的に2006年のマーラー2番で、SACDの高音質と、粛々とした繊細で内面的な演奏解釈に感銘を受けたことが記憶に新しいです。(未だに自分の中のクラシックベスト10に入る名盤だと思っています)。
2015年はフィッシャーのマーラー録音も佳境に差し掛かり、ついに一番難儀な9番が発売されました。演奏解釈で選り好みが分かれやすい9番ですが、これまでのアルバム同様に、ドラマチックになりすぎない繊細で奥深い演奏には素直に感動しました。9番の名演というと、個人的には濃厚で煮えたぎるようなバルビローリ指揮ベルリンの64年HMV録音が一番好みなのですが、フィッシャー盤は対象的なクールさで、改めて色々な演奏解釈を楽しむメリットを教えてくれます。
(ちなみにバルビローリのも、2014年にEMIから出たリマスターSACD版が、従来のCDよりもかなり高音質になっています)。
フィッシャーはマーラー以外にもブラームスに取り組んでいますが、2009年の交響曲1番から結構な時間を挟んで、2015年には2番、4番がリリースされ、後は3番を残すのみとなりました。特に2番はオーソドックスながら奇をてらわない、しっかりとした演出で好印象です。個人的に好きなボールト指揮LPOの録音と似通った安心感があります。
Channel Classicsはイヴァン・フィッシャーだけではなく、今年はRosanne Philippensのシマノフスキ集をよく聴きました。美人系ジャケットでライトな演奏かと思いきや、結構しっかりしていて楽しめます。冒頭のヴァイオリン協奏曲はちょっと慎重に合わせているような演奏なのですが、タイトル曲の小品「神話」は手馴れているようで、感情的な熱演です。
「神話」というと、古くはシャンドスのリディア・モルドコヴィチの緻密な演奏や、最近ではHyperionからアリーナ・イブラギモヴァの美しい録音など、上質なアルバムが多いです。とくにイブラギモヴァの「神話」は昨年リサイタル生演奏で聴く機会があり、CD同様に美しい仕上がりでしたが、意外と堅苦しくマニュアル通りのイブラギモヴァとは対照的に、今回Channel ClassicsのPhiippensは音色重視の自由度が高い演奏なので、オーディオ的にも情熱的でよく映えます。
ところで、このChannel Classicsは、当初からGrimm社というオランダの超マイナーオーディオ機器メーカーのDSD A/Dコンバーター「AD-1」を録音に使っていることが有名です。
手作り感あふれるGrimm AD-1 |
Grimm社は、公式サイトを見てもわかるように、町工場のような中小企業で、A/Dコンバータ以外のオーディオ機器についてはあまり話題になりません。きっと生産数が少なすぎて、雑誌等で取り上げられないのでしょう。
このAD-1はDSD専用コンバータで、一切の余計な機能を取り払い、純粋なアナログDSD変換の音質を追求した逸品です。Channel Classics以外でも、たとえばAnalogue Productions社なども、他社と試聴比較したらAD-1が明らかに高音質だった、ということで、アナログマスターテープのSACD化に採用されています。
Grimm AD-1の唯一のネックは、上限フォーマットがDSD64 (2.8MHz) だということです。そもそもSACD用として作られたのですから、仕方がないですね。
そこで、Channel Classicsは2015年4月に面白い企画を行いました。イヴァン・フィッシャー指揮の演奏を、これまでどおりのGrimm AD-1と、最新DSD256対応のMerging Horusで同時録音して、それらを無料配布してネット掲示板で両者の試聴比較を募るという企画です。
A/Dコンバータ比較録音のセッション |
写真は、この企画中にエンジニアのサックス氏と指揮者のフィッシャー氏が熱心にA/Dコンバータを聴き比べている風景です。(ヘッドホンマニアとしては、デスクに無造作に置かれているヘッドホンが気になりますが、さすがフィリップス直系レーベルらしく、フィリップスHP890みたいですね)。
この企画は、オーディオマニアとしては願ってもない素晴らしいアイデアです。つまり、音質に定評がありながら、DSD64というフォーマット限界の足かせがあるAD-1と、DSD256で高周波ノイズなどのスペックが完璧なHorusで、実際どちらが優れているのか、という、一種のオーディオの根底にある議題を検討しています。
結局、将来的にどちらを選ぶかはレーベルの判断に任せますが、このようなリスナーとの親身なコミュニケーションや対話が、高音質レーベルとしての魅力を引き立たせていると思います。
Challenge Classics と The Spirit of Turtle
このサイトはちょっと異色で、幾つかのレーベルでプロデューサー兼録音エンジニアとして活躍している、Bert van der Wolf氏が立ち上げた、ほぼ自己作品のみを扱っているショップです。とはいってもアマチュアや個人サイトとは程遠く、メインで販売しているのは彼が録音に携わっている「Challenge Classics」というレーベルのアルバムです。
Challenge ClassicsはChannel Classicsと名前が似ているため紛らわしいですし、両社ともオランダというのが面白いですが、そもそも欧州における高音質録音の中心は、オランダの大企業フィリップス社から発生しているため、それ自体は不思議ではありません。
前項で紹介したChannel Classicsとくらべて、まだ知名度が高いとはいえませんが、演奏家はそこそこ良いラインナップですし、レパートリーもバッハやベートーヴェンなどオーソドックスなところを突いてきて、安心して買いやすいレーベルでもあります。
とくに、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮・オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団の演奏は、名演が多いです。ヴァン・ズヴェーデンは、指揮者に転換するまでは世界最高峰コンセルトヘボウのコンマスを10年以上任されるほどのベテランヴァイオリン奏者だったということで、演奏者視点を重視したオーケストラとの一体感が魅力的です。
彼のブルックナー交響曲集は、全部いかついハゲのおっさんが苦悶している写真なので店頭で手を出しにくいですが、2007年から日本のExtonレーベルで2、4、5、7、9番がリリースされており、2012年からはChallenge Classicsレーベルに移行して、残りの1、3、6、8番がリリースされました。演奏スタイルは若干ゆっくり目ですが、チェリビダッケのような精神論スローモーションではなく、譜面に書かれている一音一音を大切に扱っているような、誠実で緻密な演奏です。とくに圧倒的音圧が息苦しくなりがちな6番、8番などでも、広々として澄んだ音響空間を最大限に活用して、ブルックナーのメロディストとしての一面を活かしてくれます。教会的な過剰音響というほどでもないのでジュリーニやカラヤンとは異なり、名盤で言うところのRCAのヴァントや、Naxosのティントナーなどと若干似ているかもしれません。
ところで、このブルックナー交響曲集がオーディオマニア的に非常に面白いのは、録音した時期によって使用されているA/Dコンバータが変更されていることです。(気にしなければどうでもいいくらい、どれも超高音質です)。
Exton時代も高音質SACD盤ということで、Gramophone誌やSA-CD.netなどで高く評価されていましたが、Challenge Classicsレーベルでも同様の高水準をキープしています。
Challenge Classicsでは、交響曲8、3、6番の順にリリースされていたのですが、これらは英国のdCSというメーカーのA/Dコンバータで352.8kHz PCM録音を行っていました。dCS社は、独自のRing DACという技術を搭載した超高額なハイエンドDACメーカーとしても有名で、私自身も試聴の機会に恵まれた際には、その別次元の高音質に脱帽した経験があります。
2015年にリリースされた交響曲1番でシリーズが完結するのですが(0番とかテ・デウムとかはどうするか知りませんが、ぜひやってほしいです)、この1番は最新録音ということで、前項で紹介したMerging HorusというDXD・DSD256 A/Dコンバータで録っています。
ブルックナー交響曲以外では、2015年ではたとえばハンネス・ミンナールというピアニストのベートーヴェンピアノ協奏曲4、5番など、DSD256が十分に活かせる楽曲が豊富にそろっています。演奏はどれも自然体で、あまり過激ではないので、音響的には素晴らしいですが、面白みという面では往年の名盤に一歩譲るかもしれません。
個人的には、 Marieke GrotenhuisとCécile Huijnenという二人組の「Dance!」というアルバムが楽しめました。アコーディオンとヴァイオリンという珍しいデュオですが、バルトークやコダーイなど東欧系作曲家などの小品をアレンジした企画盤で、エスニックとでも言うのでしょうか、クラシックヴァイオリンと民俗音楽フィドルの中間を行くような、肩の力を抜いて楽しめるアルバムです。
これらChallenge Classicsのアルバムは、DSD128とDSD256では、ブラインドでは聴き分けられないほどに音質が似ていましたが、それらとDSD64やPCM 352.8kHzでは明らかに異なるように感じました。
試聴の際に一番気に入ったのは、DSD128・256でした。DSD64と比べて、DSD256などでは楽器そのものというよりも、その形成する空間全体のリアルさが格段に上がっており、演奏の音色だけではないコンサートホールそのままの音響体験が味わえます。一方、同アルバムのPCM 352.8kHz版では音色がもっと硬質でオンマイクになり、サバサバした印象を受けます。空間情報があまり奥深くへと展開せず、解像感を前面に持ってきて披露するような顕微鏡効果があります。
その点、とくにブルックナー交響曲など、たとえPCM 352.8kHzがオリジナルマスターだったとしても、壮大な音響空間が味わえるDSD256のほうが楽しめました。これは、HD800ヘッドホンとChord Mojoのようなシンプルな構成でも、友人宅のdCS DebussyとFocal Utopiaのような大規模な構成でも、同様に感じられました。自宅の古いジェフローランドとThielのような、ハイレゾなんて単語が生まれる前に作られた、くたびれたシステムでも、音場の奥行き感、空気のリアルさといったコンサート体験においては、DSD256が群を抜いて優れています。
では実際「どのフォーマットを買うべきか」というのも難しいところで、オリジナルマスターがPCM 352.8kHzだった場合それを買うのが妥当でしょうし、私が普段使っているオーディオシステムがDSDを得意としているだけで、将来的にPCMの再現が優れているDACに買い換えることも十分にあります。無論両方買うのはバカらしいですが、やはり機会があれば一度でも色々と聴き比べるのが一番重要です。
余談ですが、このようなレーベル独自のダウンロード販売サイトを利用するとき、一番問題に感じるのが、ダウンロードサーバーの遅さです。大手ショップのような回線帯域を確保するのはコスト的に難しいのでしょうけど、中には極端に遅いサイトもあります。例えばDSD256のアルバムだと、一枚で10GB程度なのですが、販売サイトの速度が1Mbps以下で、ダウンロード完了するのに6時間もかかったりします。
このレーベルは、音楽プロデューサー兼エンジニアのAndré Perry社長と、オーディオ技術コンサルタントRené Laflamme氏の二人三脚で運営している小さな会社なのですが、二人は音楽業界の多方面で活躍している現役のプロフェッショナルなので、2xHDというレーベルは、自分たちのやりたいことができる、趣味半分の道楽なのかもしれません。とにかく、そのテクニックがユニークです。
基本的な手法は、外部のレーベルからクラシック・ジャズ録音の版権を取得して、それを高音質リマスターするという作業です。このような作業は、たとえばエソテリックやAnalogue ProductionsといったDSDハイレゾリマスターレーベルとほぼ同様です。
しかし、2xHDが面白いところは、すでにオリジナルレーベルからハイレゾPCMやSACDとして販売されているアルバム(つまり最近のハイレゾデジタル録音)ですらもリマスターする対象としていることです。さらに、そのリマスター作業というのは、アナログで行っています。
私が初めて2xHDレーベルに興味を持ったのは、ペトレンコ指揮リバプールフィルのショスタコーヴィチ交響曲7番のアルバムを見つけた時です。このアルバムはNaxosレーベルからすでに発売されており、HDTracksなどで96kHzハイレゾアルバムとして販売されています。
ご存知の方も多いと思いますが、このペトレンコ指揮ショスタコーヴィチシリーズは、普段廉価レーベルとしてあまり見向きもされないNaxosとしては異例の快演・高音質盤で、現代ショスタコーヴィチ交響曲集の決定版とまで言われています(個人的にはウィグルスワース指揮BISレーベルのシリーズも好きですが)。版権はNaxosですが、サイモン・ラトルなどEMIの名盤に携わってきたエンジニアが録音したので、高音質は当然といえます。
シリーズは2011年頃から着々とリリースされており、英グラモフォン誌やBBC Music誌の月間推薦盤に選ばれるだけではなく、例えば交響曲10番はグラモフォン誌の2011年最優秀アルバム(オーケストラ部門)、4番は2014年最優秀アルバムノミネートなど、快挙が続いています。感情的な起伏を過剰演出しないスタイルで、オーディオ的にもとても高解像・高音質です。
特に7番は96kHzハイレゾダウンロード版を長らく所有していたのですが、ふとダウンロードショップを物色していたら、ジャケットが銀縁に囲まれた192kHz・DSD版があったので、「オリジナルは96kHzなのに、おかしいな」と調べてみたら、これらは2xHDレーベルからのリリースでした。
もしかすると、本当のオリジナルマスターは192kHzで、それをそのまま再販しているんだろうな、と思ってスルーしていたのですが、同時期に、ONDINEレーベルのアルバムも同様に、これまた2xHDレーベル名義でDSD128などで販売していたので、あらためて疑問に思いました。
ONDINEというのはフィンランドのクラシックレーベルで、母国作曲家シベリウス以外にも、地元ミュージシャンを起用して多方面の録音を行っています。とくに、ソイレ・イソコスキという、顔が怖いけど声は美しいスター歌手が有名で、彼女の歌うシベリウスやシュトラウスなどの歌曲集は愛聴していました。(もしかすると、私がSACDというフォーマットを初めて買ったのも、ONDINEのイソコスキだったかもしれません)。
SACD初期の頃からあるアルバムがDSD128だというのも信じがたいので、疑問に思ってレーベルに問い合わせてみたところ、非常に誠実で、面白い答えが帰ってきました。
2xHDレーベルは、まずオリジナルの録音マスター(例えば96kHz PCMなど、レーベルから支給されたもの)を、自分たちが最高音質だと認めたD/Aコンバータで一旦アナログ出力して、それをアナログ上でイコライザやコンプレッサなどで丁寧な音質調整を行い、高級オーディオシステムで試聴を繰り返した後、再度、高音質A/DコンバータでDXDやDSD128などの超ハイレゾでデジタル化しなおす、という作業です。
もともとデジタルだったデータを再度アナログに戻すという作業は、一見すると無駄なように思えますし、アナログ特有のノイズなど、音質劣化を招きそうです。しかし、2xHDレーベルいわく、この方が満足がいく音質を追求できるということですし、実際、丁寧に調整した高級オーディオ装置であればアナログのノイズ特性なんていうのは微々たるものです。
公式サイト上に、所有しているオーディオ機器一覧の写真があるのですが、オーディオマニアであれば苦笑してしまうような近親感がわきます。つまり、一般的なホームオーディオであれば到底買えないような高級ハイエンド・オーディオ機器を使ってアナログにしたものを、さらに高レートでデジタル化することで、そのハイエンドなサウンドを家庭でも味わえる、といったイメージなのかもしれません。
そもそも、NaxosやOndineなどで発売されていたオリジナルのハイレゾアルバムよりも、2xHDが再調整したほうが高音質だと主張しているわけです。オリジナルの録音エンジニアにとっては、ダメ出しをくらったみたいで堪ったものではないですね。
ちなみに、これらのアルバムはPCM 352.8kHz(DXD)と、DSD128の両方で販売されていたので、結局どっちを買えば良いのか(つまりどちらでマスターを仕上げたのか)疑問に思い問い合わせてみたところ、ほとんどのアルバムはDXDで仕上げたのだけれど、社内サウンドチェックに使うNagra DACなどで試聴してみたところ、DSD128に変換したバージョンのほうが明らかに高音質だったため、あえて両方を提供している、とのことでした。
ようするに、リスナーの使っているDAC機器の得意、不得意に合わせてDXDとDSDの両方が選んで買えるようになっており、実際ここまで高レートだと、音質劣化はわけのわからない次元なので(-120dBで80kHzが再生できるか、とか)、本当に音質本位で選ぶことを推薦しています。
じゃあ両方買うか、といっても結構高価なのでそういうわけにもいかないため、個人的には、例えばNaxosのペトレンコ指揮ショスタコーヴィチなど、オリジナルが96kHzなので、あえてDSDを選んで買ってみました。
音質についてですが、たとえばOndineレーベル純正SACDと、2xHDのDSD128リマスターを比較してみると、流石にアナログ回路を一旦経由しているだけあって(?)その差は一目瞭然でした。
ヴァイオリニストPekka Kuusistoの演奏するシベリウス・ヴァイオリン協奏曲アルバム(2006)と、ソイレ・イソコスキが歌うリヒャルト・シュトラウスのオペラ歌曲集(2012)を、それぞれオリジナルと2xHDバージョンで聴き比べてみましたが、どちらも個人的には2xHD版のほうが好みの音質です。
単純に言うと、2xHD版のほうが、楽器の響きが色濃く、歌手であれ、ヴァイオリンであれ、ソリストの一音一音の質感がとても太いです。肉体的というか、アナログレコードみたいな感じでしょうか。アナログリマスター処理のおかげで楽器にとても実体感があり、楽器のイメージがグッと主張する印象です。
帯域やダイナミクスがちょっと押し気味なので、コンプで過剰に持ち上げている印象もあるのですが、それがデジタルっぽいカッチリした音圧の出し方ではなく、例えば上質なシングル真空管アンプのような飽和感があり、美しい音色と言えます。その反面、高域がギラギラしているといった印象は無いため、ハイレゾというと刺激的な高音、といった期待は裏切られると思いました。
2xHDのヴァイオリンアルバムを聴いた後、Analogue Productionsから最近リマスターされたオイストラフの62年DECCAブルッフ録音をかけてみたところ、演出がとても似ていたため、やはり2xHDが目指しているのは、このような往年のアナログ的美学なのかもしれないな、なんて思いました。
Naxosのショスタコーヴィチ交響曲7番も、オリジナルのNaxos 96kHz版と、2xHDリマスター版を聴き比べた結果、同様の印象でした。若干分析的で繊細すぎる印象があったNaxos版が、2xHD版では音が太くなっています。Naxosは金管の高音が目立つ、たとえばレニングラードなどの名盤で聴き慣れたような演出ですので、こちらのほうがヒステリックさが出ているかも知れません。2xHDは明らかに低音楽器が増強されており、チューバやコントラバスがパワフルです。どちらが良いかは好みの問題だと思いますが、たとえばHD800などの繊細な開放型ヘッドホンで楽しむのであれば、2xHDのほうが肉厚で満足感があります。
ハイレゾPCM同様、DSDもまだまだ可能性が秘められているフォーマットだと思います。確かにパソコンで取り扱う利便性を論理的に考えるとハイレゾPCMに軍配が上がるのかもしれませんが、実際にアルバムの音質を聴き比べてみると、それぞれに個性やクセのようなものがあります。
時代がSACDからPCMハイレゾダウンロードに移行している今この時点でも、一部のスタジオエンジニアが無理を通してでもあえてDSDを選ぶ理由は、音質の優位性以外に思いあたりません。
また、Challenge Classicsや2xHDレーベルの例のように、PCM・DSDファイルの相互変換は、音質劣化というデメリットよりも、再生に使うDACの得意・不得意などによる音質メリットのほうが上回る場合があります。劣化を気にせずにフォーマット変換や再生の柔軟性を保てるという意味でも、352.8kHz PCMや、DSD256のような現実離れした高レートフォーマットは今後有用性があるのかもしれません。
世間一般が24インチのブラウン管テレビだった時代には、VHSテープに対するDVDの高画質優位性を説明するのは難しかったと思います。また、同じように、42インチ液晶テレビの時代には、DVDからブルーレイにするメリットはわかりにくかったでしょう。最近では、欧米で主流の65インチテレビや200インチプロジェクターで、ようやくフルHDから4Kにするメリットが明白になってきました。
日本のお茶の間事情では、そこまで巨大なテレビが必要とされていないのと同様に、人間の現在のリスニング環境においては、24ビットという広大なダイナミックレンジや、80kHzといった高周波再生は一種のオーバーキルになっています。
しかし、音楽というのは一期一会のパフォーマンスなので、後世に芸術を残すという意味では、現代の技術限界が許すかぎりの最高レートでデータとして保存したいという気持ちもわかります。(将来的に、聴覚を通さずに脳内に直接再生するオーディオなんてのが出来るかもしれません)。
そして、音楽鑑賞を趣味娯楽としているオーディオマニアとしては、せっかく聴くのなら一番ベストなフォーマットで聴きたいと思うのが心情です。大金持ちが宝石や腕時計を収集するのとは違い、音楽は鑑賞するのに、時間の拘束があります。アルバム一枚に約一時間を要するとして、死ぬまでにあと何枚のアルバムを聴けるのか、なんてぼんやりと考えると、今できる限りの高音質で音楽を楽しみたい、と思うのがオーディオマニアだと思います。どの程度が「必要十分」か、なんて考えて妥協するようでは、趣味としてはもったいないです。
興味本位で聴くのが音楽ですので、今回紹介したような、高音質を追求する、努力を惜しまないレーベルのアルバムを、ぜひ興味本位で試聴していただけると幸いです。
Challenge ClassicsはChannel Classicsと名前が似ているため紛らわしいですし、両社ともオランダというのが面白いですが、そもそも欧州における高音質録音の中心は、オランダの大企業フィリップス社から発生しているため、それ自体は不思議ではありません。
前項で紹介したChannel Classicsとくらべて、まだ知名度が高いとはいえませんが、演奏家はそこそこ良いラインナップですし、レパートリーもバッハやベートーヴェンなどオーソドックスなところを突いてきて、安心して買いやすいレーベルでもあります。
とくに、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮・オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団の演奏は、名演が多いです。ヴァン・ズヴェーデンは、指揮者に転換するまでは世界最高峰コンセルトヘボウのコンマスを10年以上任されるほどのベテランヴァイオリン奏者だったということで、演奏者視点を重視したオーケストラとの一体感が魅力的です。
彼のブルックナー交響曲集は、全部いかついハゲのおっさんが苦悶している写真なので店頭で手を出しにくいですが、2007年から日本のExtonレーベルで2、4、5、7、9番がリリースされており、2012年からはChallenge Classicsレーベルに移行して、残りの1、3、6、8番がリリースされました。演奏スタイルは若干ゆっくり目ですが、チェリビダッケのような精神論スローモーションではなく、譜面に書かれている一音一音を大切に扱っているような、誠実で緻密な演奏です。とくに圧倒的音圧が息苦しくなりがちな6番、8番などでも、広々として澄んだ音響空間を最大限に活用して、ブルックナーのメロディストとしての一面を活かしてくれます。教会的な過剰音響というほどでもないのでジュリーニやカラヤンとは異なり、名盤で言うところのRCAのヴァントや、Naxosのティントナーなどと若干似ているかもしれません。
ところで、このブルックナー交響曲集がオーディオマニア的に非常に面白いのは、録音した時期によって使用されているA/Dコンバータが変更されていることです。(気にしなければどうでもいいくらい、どれも超高音質です)。
Exton時代も高音質SACD盤ということで、Gramophone誌やSA-CD.netなどで高く評価されていましたが、Challenge Classicsレーベルでも同様の高水準をキープしています。
Challenge Classicsでは、交響曲8、3、6番の順にリリースされていたのですが、これらは英国のdCSというメーカーのA/Dコンバータで352.8kHz PCM録音を行っていました。dCS社は、独自のRing DACという技術を搭載した超高額なハイエンドDACメーカーとしても有名で、私自身も試聴の機会に恵まれた際には、その別次元の高音質に脱帽した経験があります。
2015年にリリースされた交響曲1番でシリーズが完結するのですが(0番とかテ・デウムとかはどうするか知りませんが、ぜひやってほしいです)、この1番は最新録音ということで、前項で紹介したMerging HorusというDXD・DSD256 A/Dコンバータで録っています。
ブルックナー交響曲以外では、2015年ではたとえばハンネス・ミンナールというピアニストのベートーヴェンピアノ協奏曲4、5番など、DSD256が十分に活かせる楽曲が豊富にそろっています。演奏はどれも自然体で、あまり過激ではないので、音響的には素晴らしいですが、面白みという面では往年の名盤に一歩譲るかもしれません。
個人的には、 Marieke GrotenhuisとCécile Huijnenという二人組の「Dance!」というアルバムが楽しめました。アコーディオンとヴァイオリンという珍しいデュオですが、バルトークやコダーイなど東欧系作曲家などの小品をアレンジした企画盤で、エスニックとでも言うのでしょうか、クラシックヴァイオリンと民俗音楽フィドルの中間を行くような、肩の力を抜いて楽しめるアルバムです。
これらChallenge Classicsのアルバムは、DSD128とDSD256では、ブラインドでは聴き分けられないほどに音質が似ていましたが、それらとDSD64やPCM 352.8kHzでは明らかに異なるように感じました。
試聴の際に一番気に入ったのは、DSD128・256でした。DSD64と比べて、DSD256などでは楽器そのものというよりも、その形成する空間全体のリアルさが格段に上がっており、演奏の音色だけではないコンサートホールそのままの音響体験が味わえます。一方、同アルバムのPCM 352.8kHz版では音色がもっと硬質でオンマイクになり、サバサバした印象を受けます。空間情報があまり奥深くへと展開せず、解像感を前面に持ってきて披露するような顕微鏡効果があります。
その点、とくにブルックナー交響曲など、たとえPCM 352.8kHzがオリジナルマスターだったとしても、壮大な音響空間が味わえるDSD256のほうが楽しめました。これは、HD800ヘッドホンとChord Mojoのようなシンプルな構成でも、友人宅のdCS DebussyとFocal Utopiaのような大規模な構成でも、同様に感じられました。自宅の古いジェフローランドとThielのような、ハイレゾなんて単語が生まれる前に作られた、くたびれたシステムでも、音場の奥行き感、空気のリアルさといったコンサート体験においては、DSD256が群を抜いて優れています。
では実際「どのフォーマットを買うべきか」というのも難しいところで、オリジナルマスターがPCM 352.8kHzだった場合それを買うのが妥当でしょうし、私が普段使っているオーディオシステムがDSDを得意としているだけで、将来的にPCMの再現が優れているDACに買い換えることも十分にあります。無論両方買うのはバカらしいですが、やはり機会があれば一度でも色々と聴き比べるのが一番重要です。
余談ですが、このようなレーベル独自のダウンロード販売サイトを利用するとき、一番問題に感じるのが、ダウンロードサーバーの遅さです。大手ショップのような回線帯域を確保するのはコスト的に難しいのでしょうけど、中には極端に遅いサイトもあります。例えばDSD256のアルバムだと、一枚で10GB程度なのですが、販売サイトの速度が1Mbps以下で、ダウンロード完了するのに6時間もかかったりします。
2xHD
クラシックのDSDダウンロードレーベルの中でも極めて異色なのが、カナダの2xHDレーベルです。このレーベルは、音楽プロデューサー兼エンジニアのAndré Perry社長と、オーディオ技術コンサルタントRené Laflamme氏の二人三脚で運営している小さな会社なのですが、二人は音楽業界の多方面で活躍している現役のプロフェッショナルなので、2xHDというレーベルは、自分たちのやりたいことができる、趣味半分の道楽なのかもしれません。とにかく、そのテクニックがユニークです。
基本的な手法は、外部のレーベルからクラシック・ジャズ録音の版権を取得して、それを高音質リマスターするという作業です。このような作業は、たとえばエソテリックやAnalogue ProductionsといったDSDハイレゾリマスターレーベルとほぼ同様です。
しかし、2xHDが面白いところは、すでにオリジナルレーベルからハイレゾPCMやSACDとして販売されているアルバム(つまり最近のハイレゾデジタル録音)ですらもリマスターする対象としていることです。さらに、そのリマスター作業というのは、アナログで行っています。
私が初めて2xHDレーベルに興味を持ったのは、ペトレンコ指揮リバプールフィルのショスタコーヴィチ交響曲7番のアルバムを見つけた時です。このアルバムはNaxosレーベルからすでに発売されており、HDTracksなどで96kHzハイレゾアルバムとして販売されています。
ご存知の方も多いと思いますが、このペトレンコ指揮ショスタコーヴィチシリーズは、普段廉価レーベルとしてあまり見向きもされないNaxosとしては異例の快演・高音質盤で、現代ショスタコーヴィチ交響曲集の決定版とまで言われています(個人的にはウィグルスワース指揮BISレーベルのシリーズも好きですが)。版権はNaxosですが、サイモン・ラトルなどEMIの名盤に携わってきたエンジニアが録音したので、高音質は当然といえます。
シリーズは2011年頃から着々とリリースされており、英グラモフォン誌やBBC Music誌の月間推薦盤に選ばれるだけではなく、例えば交響曲10番はグラモフォン誌の2011年最優秀アルバム(オーケストラ部門)、4番は2014年最優秀アルバムノミネートなど、快挙が続いています。感情的な起伏を過剰演出しないスタイルで、オーディオ的にもとても高解像・高音質です。
特に7番は96kHzハイレゾダウンロード版を長らく所有していたのですが、ふとダウンロードショップを物色していたら、ジャケットが銀縁に囲まれた192kHz・DSD版があったので、「オリジナルは96kHzなのに、おかしいな」と調べてみたら、これらは2xHDレーベルからのリリースでした。
もしかすると、本当のオリジナルマスターは192kHzで、それをそのまま再販しているんだろうな、と思ってスルーしていたのですが、同時期に、ONDINEレーベルのアルバムも同様に、これまた2xHDレーベル名義でDSD128などで販売していたので、あらためて疑問に思いました。
ONDINEというのはフィンランドのクラシックレーベルで、母国作曲家シベリウス以外にも、地元ミュージシャンを起用して多方面の録音を行っています。とくに、ソイレ・イソコスキという、顔が怖いけど声は美しいスター歌手が有名で、彼女の歌うシベリウスやシュトラウスなどの歌曲集は愛聴していました。(もしかすると、私がSACDというフォーマットを初めて買ったのも、ONDINEのイソコスキだったかもしれません)。
SACD初期の頃からあるアルバムがDSD128だというのも信じがたいので、疑問に思ってレーベルに問い合わせてみたところ、非常に誠実で、面白い答えが帰ってきました。
2xHDレーベルは、まずオリジナルの録音マスター(例えば96kHz PCMなど、レーベルから支給されたもの)を、自分たちが最高音質だと認めたD/Aコンバータで一旦アナログ出力して、それをアナログ上でイコライザやコンプレッサなどで丁寧な音質調整を行い、高級オーディオシステムで試聴を繰り返した後、再度、高音質A/DコンバータでDXDやDSD128などの超ハイレゾでデジタル化しなおす、という作業です。
もともとデジタルだったデータを再度アナログに戻すという作業は、一見すると無駄なように思えますし、アナログ特有のノイズなど、音質劣化を招きそうです。しかし、2xHDレーベルいわく、この方が満足がいく音質を追求できるということですし、実際、丁寧に調整した高級オーディオ装置であればアナログのノイズ特性なんていうのは微々たるものです。
公式サイト上に、所有しているオーディオ機器一覧の写真があるのですが、オーディオマニアであれば苦笑してしまうような近親感がわきます。つまり、一般的なホームオーディオであれば到底買えないような高級ハイエンド・オーディオ機器を使ってアナログにしたものを、さらに高レートでデジタル化することで、そのハイエンドなサウンドを家庭でも味わえる、といったイメージなのかもしれません。
そもそも、NaxosやOndineなどで発売されていたオリジナルのハイレゾアルバムよりも、2xHDが再調整したほうが高音質だと主張しているわけです。オリジナルの録音エンジニアにとっては、ダメ出しをくらったみたいで堪ったものではないですね。
ちなみに、これらのアルバムはPCM 352.8kHz(DXD)と、DSD128の両方で販売されていたので、結局どっちを買えば良いのか(つまりどちらでマスターを仕上げたのか)疑問に思い問い合わせてみたところ、ほとんどのアルバムはDXDで仕上げたのだけれど、社内サウンドチェックに使うNagra DACなどで試聴してみたところ、DSD128に変換したバージョンのほうが明らかに高音質だったため、あえて両方を提供している、とのことでした。
ようするに、リスナーの使っているDAC機器の得意、不得意に合わせてDXDとDSDの両方が選んで買えるようになっており、実際ここまで高レートだと、音質劣化はわけのわからない次元なので(-120dBで80kHzが再生できるか、とか)、本当に音質本位で選ぶことを推薦しています。
じゃあ両方買うか、といっても結構高価なのでそういうわけにもいかないため、個人的には、例えばNaxosのペトレンコ指揮ショスタコーヴィチなど、オリジナルが96kHzなので、あえてDSDを選んで買ってみました。
音質についてですが、たとえばOndineレーベル純正SACDと、2xHDのDSD128リマスターを比較してみると、流石にアナログ回路を一旦経由しているだけあって(?)その差は一目瞭然でした。
ヴァイオリニストPekka Kuusistoの演奏するシベリウス・ヴァイオリン協奏曲アルバム(2006)と、ソイレ・イソコスキが歌うリヒャルト・シュトラウスのオペラ歌曲集(2012)を、それぞれオリジナルと2xHDバージョンで聴き比べてみましたが、どちらも個人的には2xHD版のほうが好みの音質です。
単純に言うと、2xHD版のほうが、楽器の響きが色濃く、歌手であれ、ヴァイオリンであれ、ソリストの一音一音の質感がとても太いです。肉体的というか、アナログレコードみたいな感じでしょうか。アナログリマスター処理のおかげで楽器にとても実体感があり、楽器のイメージがグッと主張する印象です。
帯域やダイナミクスがちょっと押し気味なので、コンプで過剰に持ち上げている印象もあるのですが、それがデジタルっぽいカッチリした音圧の出し方ではなく、例えば上質なシングル真空管アンプのような飽和感があり、美しい音色と言えます。その反面、高域がギラギラしているといった印象は無いため、ハイレゾというと刺激的な高音、といった期待は裏切られると思いました。
2xHDのヴァイオリンアルバムを聴いた後、Analogue Productionsから最近リマスターされたオイストラフの62年DECCAブルッフ録音をかけてみたところ、演出がとても似ていたため、やはり2xHDが目指しているのは、このような往年のアナログ的美学なのかもしれないな、なんて思いました。
Naxosのショスタコーヴィチ交響曲7番も、オリジナルのNaxos 96kHz版と、2xHDリマスター版を聴き比べた結果、同様の印象でした。若干分析的で繊細すぎる印象があったNaxos版が、2xHD版では音が太くなっています。Naxosは金管の高音が目立つ、たとえばレニングラードなどの名盤で聴き慣れたような演出ですので、こちらのほうがヒステリックさが出ているかも知れません。2xHDは明らかに低音楽器が増強されており、チューバやコントラバスがパワフルです。どちらが良いかは好みの問題だと思いますが、たとえばHD800などの繊細な開放型ヘッドホンで楽しむのであれば、2xHDのほうが肉厚で満足感があります。
おわりに
クラシックのDSD録音について、初期DSDのあらましから、最近の面白いDSD録音レーベルなどについてなど、色々と思い立ったまま書き留めてみました。ハイレゾPCM同様、DSDもまだまだ可能性が秘められているフォーマットだと思います。確かにパソコンで取り扱う利便性を論理的に考えるとハイレゾPCMに軍配が上がるのかもしれませんが、実際にアルバムの音質を聴き比べてみると、それぞれに個性やクセのようなものがあります。
時代がSACDからPCMハイレゾダウンロードに移行している今この時点でも、一部のスタジオエンジニアが無理を通してでもあえてDSDを選ぶ理由は、音質の優位性以外に思いあたりません。
また、Challenge Classicsや2xHDレーベルの例のように、PCM・DSDファイルの相互変換は、音質劣化というデメリットよりも、再生に使うDACの得意・不得意などによる音質メリットのほうが上回る場合があります。劣化を気にせずにフォーマット変換や再生の柔軟性を保てるという意味でも、352.8kHz PCMや、DSD256のような現実離れした高レートフォーマットは今後有用性があるのかもしれません。
世間一般が24インチのブラウン管テレビだった時代には、VHSテープに対するDVDの高画質優位性を説明するのは難しかったと思います。また、同じように、42インチ液晶テレビの時代には、DVDからブルーレイにするメリットはわかりにくかったでしょう。最近では、欧米で主流の65インチテレビや200インチプロジェクターで、ようやくフルHDから4Kにするメリットが明白になってきました。
日本のお茶の間事情では、そこまで巨大なテレビが必要とされていないのと同様に、人間の現在のリスニング環境においては、24ビットという広大なダイナミックレンジや、80kHzといった高周波再生は一種のオーバーキルになっています。
やっぱりLPレコードが一番、なんてこともありますし |
しかし、音楽というのは一期一会のパフォーマンスなので、後世に芸術を残すという意味では、現代の技術限界が許すかぎりの最高レートでデータとして保存したいという気持ちもわかります。(将来的に、聴覚を通さずに脳内に直接再生するオーディオなんてのが出来るかもしれません)。
そして、音楽鑑賞を趣味娯楽としているオーディオマニアとしては、せっかく聴くのなら一番ベストなフォーマットで聴きたいと思うのが心情です。大金持ちが宝石や腕時計を収集するのとは違い、音楽は鑑賞するのに、時間の拘束があります。アルバム一枚に約一時間を要するとして、死ぬまでにあと何枚のアルバムを聴けるのか、なんてぼんやりと考えると、今できる限りの高音質で音楽を楽しみたい、と思うのがオーディオマニアだと思います。どの程度が「必要十分」か、なんて考えて妥協するようでは、趣味としてはもったいないです。
興味本位で聴くのが音楽ですので、今回紹介したような、高音質を追求する、努力を惜しまないレーベルのアルバムを、ぜひ興味本位で試聴していただけると幸いです。