HIFIMAN Edition X |
大型の平面駆動型ドライバを搭載する高音質ヘッドホンとして、Audez'e LCDシリーズと双璧をなすHIFIMANですが、2015年5月には$3,000USD(約35万円)のフラッグシップヘッドホン「HE1000」を発売して話題になりました。(HE1000の試聴レビュー)。
平面駆動型ヘッドホンというのは総じて高価なものですし(2万円のFostex T50RPは例外ですが)、ライバルのAudez'e LCD-4は50万円ということで、HE1000の35万円は格別に高いというわけでもありません。とは言ったものの、HE1000のデザインは無駄にゴージャスに仕上がっており、ステンレス削りだしや木材、レザーなど、贅の極みを尽くしたような嗜好品といった印象も強かったです。
今回発売された「Edition X」は、このHE1000の外観と音質を継承した上で、材料面でのコストダウンを図り、価格を$1,800USD(約21万円)に下げたモデルです。21万円というのはそれでも非常に高価ですが、たとえば一般的なダイナミック型ヘッドホンのフラッグシップ機(HD800やT1など)と勝負できる価格帯なので、そういった意味では魅力的な製品です。
また、ポータブル機でも利用できるように能率も若干上がったようです。
また、ポータブル機でも利用できるように能率も若干上がったようです。
HIFIMANは中国をベースとしたオーディオ機器メーカーで、主にヘッドホンと、ポータブルオーディオプレイヤー(DAP)を製造しています。
ヘッドホン・DAPともに、携帯性や使い勝手などは後回しにして、とにかく「高音質」を第一に置いたマニアックな製品が魅力的で、特に米国では熱狂的なファンが多いメーカーです。
HIFIMANという会社のユニークな点は、設立当時から現在まで、「公式ウェブサイト直販」を主力においていることです。もちろん各国に販売代理店があり、大手オーディオショップなどの店頭在庫もありますが、全てのモデルを公式ウェブサイトにあるオンラインショップにて販売しており、海外発送も気楽にやってくれるので、世界各国に手広く展開しています。
とくに、この「ウェブサイト直販」というのは、代理店の中間マージンが発生しないため、割安感がありますし、購入者としても、家電量販店などとは一味違った「知る人ぞ知る」といったガレージメーカー的なマニアックさがあるため、満足感があります。
また、公式ウェブサイトのみならず、公式のアマゾンUSAショップや、eBayのショップも構えていますので、直販という体制を徹底しています。
しかし、日本人にとっては、購入やカスタマーサポートのやりとりが英語になってしまうため、若干敷居が高いです。HIFIMANは未だに中国らしい新興ガレージメーカーといった印象が拭いきれず、サポートや品質管理の問題はよくネットで話題になります。とくにDAP製品においては不具合率が異常に高く、以前それが理由で日本での代理店が撤退してしまったという苦い歴史があります。
ヘッドホンにおいては、DAPほどの故障率は聞きませんが、それでも例えば大手のソニーなんかと比べると、ある程度のリスクを覚悟することも必要です。
最近では、HIFIMAN JAPAN名義で、並行輸入品が日本のアマゾンなどに出品され始めたので、日本国内でも購入しやすくなりました。輸入代行を考えると、国内価格が若干割高なのは仕方がないと思います。(とは言っても、HE1000なんかは大きな価格差があります)。
平面駆動型ドライバというのは、日本ではFOSTEX T50RPやTH500RPが有名ですが、海外ではAudez'eやMr Speakersなど、ほぼ受注生産に近いようなプレミアムブランドの高音質ヘッドホンで採用されていることで有名です。
特に欧米のヘッドホンマニアの間では、HD800などの一般的なダイナミックドライバ型ヘッドホンには、ある種の限界があり、それ以上の高音質を望むためには、平面駆動型が必要だという考えの人がとても多いです。
平面駆動型は、前回紹介したShure KSE1500やSTAXのような「コンデンサ型(静電駆動型)」ドライバと似たようなコンセプトのように見えますが、原理は異なります。
コンデンサ型は、振動板の前後にある電極(金属メッシュ)によって、帯電した振動板を前後に動かすという仕組みなので、帯電状態を維持するために、専用のアンプと高圧回路が必要になります。
一方、HIFIMANのような平面駆動型は、電気を通す平面振動板と、永久磁石のコンビネーションで、振動板に音楽信号を流すことにより、磁石と反発して振動板が動くという原理です。
どちらにせよ、一般的なヘッドホンに使われているコーン形状のダイナミック型ドライバと違い、音波が平面から発せられるので、乱れが少なく、広範囲にわたって安定したサウンドが得られるというメリットがあります。
しかし、平面振動板は薄いとねじれたりしますし、厚いと十分に振動させることができないため、絶妙な材料選択と機械設計が必要な、高度な技術でもあります。ここ数年の平面駆動型ヘッドホンの進化を見るかぎり、技術の進歩でまだまだ飛躍的な改善の余地が見られるように思えます。
今回のEdition Xが発売された時点で、HIFIMANのヘッドホンラインナップは、安い順に:
といった感じで、中でもHE500とHE6はかなり旧式なモデルなのですが、まだ現行販売されています(価格は公式オンラインショップから)。
HE400S、HE400i、HE560の三機種は、ほぼ同じ円形ハウジングとヘッドバンド形状をしており、値段が高くなるにつれて素材の質感や、音質が向上します。中でも個人的にHE560を非常に気に入っています。
最上位モデルのHE1000と、今回発売されたEdition Xは、ヘッドバンド形状は下位モデルと同じなのですが、ハウジングとドライバが耳の形に沿った楕円形をしており、より充実したフィット感を実現します。
また、非常にユニークなモデルとして、HIFIMANはIEMイヤホンメーカーUnique MelodyとコラボレーションしたRE1000というイヤホンも販売しています。これはカスタム品のみの販売なので、実際に試聴したことはないのですが、カスタムIEMとしては珍しく、バランスド・アーマチュア型ではなく、8.5mm+9mmという2つのダイナミックドライバを搭載しています。
HE1000のハウジングやヘッドバンドなどは、全て削りだしのステンレスで作られており、ひんやりとした手触りや、重厚な質感はまさに工芸品のような仕上がりです。ソニーやゼンハイザーのような完璧な工業製品というよりは、どこか町工場の職人さんが汗水流して作り上げ、コンクールに出展した特注品のような印象を受けます。
とくに、ハウジングの外周をぐるっと覆っている木材は、突板というよりは高級家具のようなリアルウッドの質感がありますし、ヘッドバンドのレザーもエナメルやオイルレザーで仕上げずに、あえて風合いが出やすいヌメ革のようになっています。
HE1000は、確かに高級感にあふれる仕上がりなのですが、逆の立場から考えると、では$2,999という価格のどこまでが音質へ貢献していて、どこまでがデザイン料なのだろうと疑問に思ってしまいます。
一方で、新作のEdition Xは、手に取るだけで明らかにわかるチープさがあります。ヘッドバンドは下位モデルと共通の、鉄板とプラスチックのブラック仕上げですし、ハウジングを固定しているアーム部品なんかは、塗装も何もない黒いプラスチックです。日本のメーカーであったら、絶対に社内会議でNGになるような質感の悪さです。一応ハウジングは濃い紫のようなメタリック塗装になっていますが、それですらHE1000のウッドフィニッシュとは大きな隔たりがあります。
このEdition Xの仕上がりは、35万円のHE1000からコストダウンした廉価版だから、というレベルではなく、「ここまで素材をチープにしても、それでも21万円もするのか」という驚きがあります。つまり、HE1000のデラックス要素を取り除いても、21万円を払うだけの価値がある音質がそこにはある、というHIFIMANの自信さえ伝わってくるようです。
これまでHE1000は高級嗜好品だと敬遠していた懐疑派も、このEdition Xを一目見れば、これは嗜好品などではなく、サウンド重視のスパルタンなヘッドホンだと思ってくれると思います。つまり、冒頭で述べたように、「高音質を第一に置いたマニアックな製品」といった意味で、HIFIMANらしいヘッドホンと言えるかもしれません。
イヤーパッドはHE1000とほぼ同じようですが、ハウジングの厚みはEdition Xのほうが薄いため、全体的な装着感は軽量な印象です。(HE1000は480グラム、Edition Xは400グラム)。ちなみにイヤーパッドは外周がレザーですが、頬に接触する部分はタオル素材のようになっています。HE1000の時にも思いましたが、なんとなく便座カバーみたいな形状と質感です。
ケーブルは、左右両出しで、2.5mmモノラル端子が使われています。この端子はHE1000から新たに採用されたように思いますが、これまでサブミニチュア同軸端子が使われていた下位モデル(HE560など)も、2015年11月くらいから、この2.5mm端子にマイナーチェンジされています。
個人的に、この2.5mm端子はリケーブルが楽になるという点で歓迎しますが、端子がハウジング真下に長く伸びているため、リスニング中にケーブルが肩にあたって不快でした。長期的には断線や端子の損傷も心配になります。
ちなみに、今回は、HE1000はバランスケーブルしか手元になかったため、6.35mmステレオ端子を備えたEdition Xのケーブルを両方のモデルにて使いました。
Edition Xに付属するケーブルは、グレー布巻きの業務用っぽいデザインですが、意外と細くクルクルと巻き取れるため、とても快適でした。6.35mm端子はノイトリックの一般的なものです。
とくにHE1000は前回試聴した際に、かなりアンプの質が顕著に出るヘッドホンで、下手な貧弱アンプを使うとまず満足な音量が取れず、さらにサウンドそのものがしょぼくなってしまったので、アンプ選びは十分に注意しました。MX-HPA以外でも、同規模の据え置き型アンプであれば十分ですが、以前OPPO HA-1などを使った際にはあまり良い結果は得られませんでした。
今回Edition Xの注目すべきポイントの一つは、HE1000とくらべて駆動能率が上がったということです。確かに、スペック上でHE1000は35Ω・90dB、そしてEdition Xは25Ω・103dBということで、飛躍的に駆動力が上がっています。また、負荷インピーダンスも下がっているため、十分な電圧が取れないモバイルアンプでも満足な音量が得られそうです。
実際に両者を比較してみると、確かにEdition Xのほうが音量が増しています。そのため、交互に聴き比べるたびに音量を再調整する必要があったので、単純なA/B比較は難しいかもしれません。
iFi Audio micro iDSDでは、どちらのヘッドホンもECOモードでは音量が頭打ちで、出力設定をNormalモードに切り替える必要がありました。一般的なジャズアルバムでは、NormalモードでボリュームノブがHE1000は70%、Edition Xは50%程度で済んだので、どちらもmicro iDSDで満足に駆動できますが、HE1000は録音レベルの低いクラシックなどはギリギリ音量不足になりそうです。
相変わらず、HE1000はすさまじい高音質でした。前回試聴した際と印象は変わらず、とても刺激的で魅力にあふれるサウンドです。とくに、高域の爽快感と伸びの良さは他のどのヘッドホンよりも音楽性に満ちていると思います。また、Audez'e LCDシリーズとくらべて音像がコンパクトで、コンサートの音場を不自然にならない程度にまとめていることは好印象です。逆にAudez'eのほうがサラウンド的な効果は得られます。
一通りHE1000のサウンドに慣れた時点で、Edition Xに交換してみると、音質に明らかな違いがあることがわかりました。HE1000とくらべて、Edition Xは中低域が強調されており、全体的なサウンドは刺激的と言うよりは、よりリスニング向けな、線の太い演出です。また、micro iDSDのようなポータブルアンプでも十分に楽しめるような音色の太さがあります。
中低域が強調されていても、HE1000ゆずりの伸びやかな高域は健在なため、いわゆる硬質なガンガン来るようなサウンドではないのが嬉しかったです。HIFIMANのヘッドホンというのは、低価格モデルから全般的に自然な音作りが特徴的で、決してエネルギッシュに低音をボンボン出すようなサウンドではないのですが、Edition Xも例に漏れず、中低域が豊かになっても、それが音色の厚みに貢献するのみで、過剰なサブウーファー効果はありません。
こう言ってはなんですけど、普及クラスのヘッドホンアンプで、一般的な音楽鑑賞をする場合には、HE1000よりもEdition Xのほうが音色的に好みでした。HE1000は満足に鳴らすための敷居が高い印象がありますし、高音質の音楽でないと、ヘッドホンの性能がオーバーキルのような気もします。その点、Edition Xはmicro iDSDのようなバッテリー駆動のポータブルアンプでも十分にならせますし、それ以上重量級のアンプを使用しても、HE1000ほどの音質向上効果は感じられません。
もしかするとHE1000のほうが「限界性能が高い」、ということなのかも知れませんが、HE1000でリスニングしている最中は常に「もうちょっとグレードの高いアンプだったらどうだろう」とか「もうちょっと高音質なアルバムを聴いてみたい」といった誘惑が脳裏に浮かびます。その一方で、Edition Xは、あまりアンプやアルバムについて気にせずに、「あー良い音だな」と音楽に集中できました。もちろん、Edition Xは高能率といえども、そこそこのアンプは必要ですので、たとえばスマホ直挿しなどではダメだと思います。
これは最近のトレンドなのかもしれませんが、どのメーカーの新製品ヘッドホンも、サウンドがより中低域重視で暖かみが強調されているように感じます。たとえば、ベイヤーダイナミックの旧T1から新T1へのモデルチェンジもそうでしたし、ゼンハイザーHD800も、今年発売される後継機HD800Sでは低音を増強したと言われています。同様に、これまで「正義」とされていたスタジオモニター的なシャープで分析的な高解像サウンドはもう流行らないのかもしれません。
さらに突き進めて考えると、もはや「高解像」だけではセールスポイントにならず、近年では「高解像」を維持しながら、どれだけ「音楽性」を引き出せるかという次元にランクアップしているのかもしれません。
そういった意味では、HE1000は高解像と同時に、高域の魅力や活き活きとしたリズム感、こもりや濁りを一切排除した切れ味の良さが芸術的な域で成功しているヘッドホンです。ただ単に、35万円という価格のヘッドホンを作ったからと言って簡単には達成できない音楽性です。
Edition Xでは、方向性は一変して、高解像と同時に、中域に集中する主要楽器、たとえば歌手やギター、ピアノなどが力強く鳴り響いてくれるように、絶妙なチューニングが施されています。また、それでいてGradoのようにガンガンと脳内を音で埋め尽くすのではなく、あくまでスピーカー的に落ち着いた音像を前方に描いてくれます。空間の距離感などはHD800に一歩譲りますが、そのおかげで退屈にならない臨場感が得られたと思います。
退屈にならない、というのが個人的に感じたキーワードです。例えばmicro iDSDにてEdition Xを長時間聴いたあとに、HE1000に切り替えると、同じ楽曲でもEdition Xの充実した中域が失われるため、HE1000が退屈に聴こえてしまいます。HE1000はさらに聴きこむことで、細部の美しさを再確認できますし、高出力で音楽性の高いアンプを使うと、この退屈さは軽減できるのですが、第一印象としてはEdition Xのほうが音楽的に「楽しい」ヘッドホンであることには変わりありません。
なんとなくですが、Edition Xというのは、HE1000と、下位モデルのHE560を足して割ったようなサウンドのようにも思えます。HE560というのはHE1000とは対照的に、奥深くしっかりと構えた、派手さを抑えた音色重視のサウンドなのですが、Edition XはこのHE560に、HE1000譲りの高解像や高域の響きを追加したような相乗効果を感じられます。
HIFIMAN HE1000の廉価版として、鳴り物入りで登場したEdition Xですが、実際の音質はHE1000とは大きく異るので、単純にHE1000と同じサウンドを期待して購入することはお勧めできません。
しかし、Edition XはHE1000以上にアンプや音源にこだわらない、力強い音楽の魅力が味わえるヘッドホンなので、もしHE1000を購入予定でしたら、一聴の価値はあるヘッドホンです。恐ろしい話ですが、HIFIMANマニアの人でしたら、両方買いたくなるかもしれません。
個人的に、HE1000が発売されてからほんの半年くらいでEdition Xが登場したため、「これは大枚をはたいてHE1000を買った人たちは怒るだろうな」、と懸念していたのですが、結果的にサウンドが全然異なるため、心配無用なようです。
大手ショップなどでないと、なかなか国内で試聴する機会は少ないかもしれませんが、2016年現在で最上級の平面駆動型サウンドを味わうには、このEdition Xが一番おすすめできるモデルです。
また、HIFIMANは低価格モデルのHE400S($299 約35,000円)でも妥協の無い平面駆動サウンドを実現しているので、DAPの悪夢は過去に捨てて、もっと幅広いユーザー層に味わってもらいたい魅力的なヘッドホンブランドです。
ヘッドホン・DAPともに、携帯性や使い勝手などは後回しにして、とにかく「高音質」を第一に置いたマニアックな製品が魅力的で、特に米国では熱狂的なファンが多いメーカーです。
HIFIMANという会社のユニークな点は、設立当時から現在まで、「公式ウェブサイト直販」を主力においていることです。もちろん各国に販売代理店があり、大手オーディオショップなどの店頭在庫もありますが、全てのモデルを公式ウェブサイトにあるオンラインショップにて販売しており、海外発送も気楽にやってくれるので、世界各国に手広く展開しています。
充実した公式オンラインショップ |
とくに、この「ウェブサイト直販」というのは、代理店の中間マージンが発生しないため、割安感がありますし、購入者としても、家電量販店などとは一味違った「知る人ぞ知る」といったガレージメーカー的なマニアックさがあるため、満足感があります。
また、公式ウェブサイトのみならず、公式のアマゾンUSAショップや、eBayのショップも構えていますので、直販という体制を徹底しています。
しかし、日本人にとっては、購入やカスタマーサポートのやりとりが英語になってしまうため、若干敷居が高いです。HIFIMANは未だに中国らしい新興ガレージメーカーといった印象が拭いきれず、サポートや品質管理の問題はよくネットで話題になります。とくにDAP製品においては不具合率が異常に高く、以前それが理由で日本での代理店が撤退してしまったという苦い歴史があります。
ヘッドホンにおいては、DAPほどの故障率は聞きませんが、それでも例えば大手のソニーなんかと比べると、ある程度のリスクを覚悟することも必要です。
最近では、HIFIMAN JAPAN名義で、並行輸入品が日本のアマゾンなどに出品され始めたので、日本国内でも購入しやすくなりました。輸入代行を考えると、国内価格が若干割高なのは仕方がないと思います。(とは言っても、HE1000なんかは大きな価格差があります)。
平面駆動型ドライバ
HIFIMANは全ての大型ヘッドホンモデルに平面駆動型ドライバを採用しています。そのため、ハウジングは基本的に開放型のみで、大口径の開放グリルが目立ちます。平面駆動型ドライバというのは、日本ではFOSTEX T50RPやTH500RPが有名ですが、海外ではAudez'eやMr Speakersなど、ほぼ受注生産に近いようなプレミアムブランドの高音質ヘッドホンで採用されていることで有名です。
特に欧米のヘッドホンマニアの間では、HD800などの一般的なダイナミックドライバ型ヘッドホンには、ある種の限界があり、それ以上の高音質を望むためには、平面駆動型が必要だという考えの人がとても多いです。
平面駆動型は、前回紹介したShure KSE1500やSTAXのような「コンデンサ型(静電駆動型)」ドライバと似たようなコンセプトのように見えますが、原理は異なります。
コンデンサ型は、振動板の前後にある電極(金属メッシュ)によって、帯電した振動板を前後に動かすという仕組みなので、帯電状態を維持するために、専用のアンプと高圧回路が必要になります。
一方、HIFIMANのような平面駆動型は、電気を通す平面振動板と、永久磁石のコンビネーションで、振動板に音楽信号を流すことにより、磁石と反発して振動板が動くという原理です。
どちらにせよ、一般的なヘッドホンに使われているコーン形状のダイナミック型ドライバと違い、音波が平面から発せられるので、乱れが少なく、広範囲にわたって安定したサウンドが得られるというメリットがあります。
しかし、平面振動板は薄いとねじれたりしますし、厚いと十分に振動させることができないため、絶妙な材料選択と機械設計が必要な、高度な技術でもあります。ここ数年の平面駆動型ヘッドホンの進化を見るかぎり、技術の進歩でまだまだ飛躍的な改善の余地が見られるように思えます。
今回のEdition Xが発売された時点で、HIFIMANのヘッドホンラインナップは、安い順に:
- HE400S ($299)
- HE400i ($499)
- HE500 ($599)
- HE560 ($899)
- HE6 ($1299)
- Edition X ($1799)
- HE1000 ($2999)
といった感じで、中でもHE500とHE6はかなり旧式なモデルなのですが、まだ現行販売されています(価格は公式オンラインショップから)。
旧世代モデルのHE6と、現行世代モデルのHE560 |
最上位のHE1000 |
HE400S、HE400i、HE560の三機種は、ほぼ同じ円形ハウジングとヘッドバンド形状をしており、値段が高くなるにつれて素材の質感や、音質が向上します。中でも個人的にHE560を非常に気に入っています。
最上位モデルのHE1000と、今回発売されたEdition Xは、ヘッドバンド形状は下位モデルと同じなのですが、ハウジングとドライバが耳の形に沿った楕円形をしており、より充実したフィット感を実現します。
カスタムIEMのRE1000 |
また、非常にユニークなモデルとして、HIFIMANはIEMイヤホンメーカーUnique MelodyとコラボレーションしたRE1000というイヤホンも販売しています。これはカスタム品のみの販売なので、実際に試聴したことはないのですが、カスタムIEMとしては珍しく、バランスド・アーマチュア型ではなく、8.5mm+9mmという2つのダイナミックドライバを搭載しています。
HE1000とEdition Xの違い
遠目で見ると、ほぼそっくりの色違いに見えるHE1000とEdition Xですが、実際に手にとって見ると、その差は明らかです。Edition XとHE1000では、明らかな質感の差があります |
HE1000のハウジングやヘッドバンドなどは、全て削りだしのステンレスで作られており、ひんやりとした手触りや、重厚な質感はまさに工芸品のような仕上がりです。ソニーやゼンハイザーのような完璧な工業製品というよりは、どこか町工場の職人さんが汗水流して作り上げ、コンクールに出展した特注品のような印象を受けます。
HE1000はとても手作り感のある高級ヘッドホンでした |
とくに、ハウジングの外周をぐるっと覆っている木材は、突板というよりは高級家具のようなリアルウッドの質感がありますし、ヘッドバンドのレザーもエナメルやオイルレザーで仕上げずに、あえて風合いが出やすいヌメ革のようになっています。
HE1000は、確かに高級感にあふれる仕上がりなのですが、逆の立場から考えると、では$2,999という価格のどこまでが音質へ貢献していて、どこまでがデザイン料なのだろうと疑問に思ってしまいます。
プラスチックを多用した、非常にチープな構造です |
一方で、新作のEdition Xは、手に取るだけで明らかにわかるチープさがあります。ヘッドバンドは下位モデルと共通の、鉄板とプラスチックのブラック仕上げですし、ハウジングを固定しているアーム部品なんかは、塗装も何もない黒いプラスチックです。日本のメーカーであったら、絶対に社内会議でNGになるような質感の悪さです。一応ハウジングは濃い紫のようなメタリック塗装になっていますが、それですらHE1000のウッドフィニッシュとは大きな隔たりがあります。
このEdition Xの仕上がりは、35万円のHE1000からコストダウンした廉価版だから、というレベルではなく、「ここまで素材をチープにしても、それでも21万円もするのか」という驚きがあります。つまり、HE1000のデラックス要素を取り除いても、21万円を払うだけの価値がある音質がそこにはある、というHIFIMANの自信さえ伝わってくるようです。
これまでHE1000は高級嗜好品だと敬遠していた懐疑派も、このEdition Xを一目見れば、これは嗜好品などではなく、サウンド重視のスパルタンなヘッドホンだと思ってくれると思います。つまり、冒頭で述べたように、「高音質を第一に置いたマニアックな製品」といった意味で、HIFIMANらしいヘッドホンと言えるかもしれません。
使用感
装着感はHE1000とほぼ同じで、カチカチと調整するヘッドバンドを合わせるだけで、かなり良好なフィット感が得られました。従来のHIFIMANヘッドホンとくらべて、新しい楕円形ハウジングは顔の側面にぴったりフィットしてくれるため、イヤーパッドに隙間が発生しません。HE1000の写真ですが、イヤーパッドはこんな形状です |
イヤーパッドはHE1000とほぼ同じようですが、ハウジングの厚みはEdition Xのほうが薄いため、全体的な装着感は軽量な印象です。(HE1000は480グラム、Edition Xは400グラム)。ちなみにイヤーパッドは外周がレザーですが、頬に接触する部分はタオル素材のようになっています。HE1000の時にも思いましたが、なんとなく便座カバーみたいな形状と質感です。
ケーブルは、左右両出しで、2.5mmモノラル端子が使われています。この端子はHE1000から新たに採用されたように思いますが、これまでサブミニチュア同軸端子が使われていた下位モデル(HE560など)も、2015年11月くらいから、この2.5mm端子にマイナーチェンジされています。
個人的に、この2.5mm端子はリケーブルが楽になるという点で歓迎しますが、端子がハウジング真下に長く伸びているため、リスニング中にケーブルが肩にあたって不快でした。長期的には断線や端子の損傷も心配になります。
ちなみに、今回は、HE1000はバランスケーブルしか手元になかったため、6.35mmステレオ端子を備えたEdition Xのケーブルを両方のモデルにて使いました。
Edition X付属ケーブルは良好でした |
Edition Xに付属するケーブルは、グレー布巻きの業務用っぽいデザインですが、意外と細くクルクルと巻き取れるため、とても快適でした。6.35mm端子はノイトリックの一般的なものです。
音質について
今回、Edition Xの試聴には、HE1000との比較のために、前回HE1000で相性が良かったMusical Fidelity MX-DAC・MX-HPAと、手持ちのiFi Audio micro iDSDを使ってみました。iFi Audio micro iDSDを使いました |
とくにHE1000は前回試聴した際に、かなりアンプの質が顕著に出るヘッドホンで、下手な貧弱アンプを使うとまず満足な音量が取れず、さらにサウンドそのものがしょぼくなってしまったので、アンプ選びは十分に注意しました。MX-HPA以外でも、同規模の据え置き型アンプであれば十分ですが、以前OPPO HA-1などを使った際にはあまり良い結果は得られませんでした。
今回Edition Xの注目すべきポイントの一つは、HE1000とくらべて駆動能率が上がったということです。確かに、スペック上でHE1000は35Ω・90dB、そしてEdition Xは25Ω・103dBということで、飛躍的に駆動力が上がっています。また、負荷インピーダンスも下がっているため、十分な電圧が取れないモバイルアンプでも満足な音量が得られそうです。
実際に両者を比較してみると、確かにEdition Xのほうが音量が増しています。そのため、交互に聴き比べるたびに音量を再調整する必要があったので、単純なA/B比較は難しいかもしれません。
iFi Audio micro iDSDでは、どちらのヘッドホンもECOモードでは音量が頭打ちで、出力設定をNormalモードに切り替える必要がありました。一般的なジャズアルバムでは、NormalモードでボリュームノブがHE1000は70%、Edition Xは50%程度で済んだので、どちらもmicro iDSDで満足に駆動できますが、HE1000は録音レベルの低いクラシックなどはギリギリ音量不足になりそうです。
相変わらず、HE1000はすさまじい高音質でした。前回試聴した際と印象は変わらず、とても刺激的で魅力にあふれるサウンドです。とくに、高域の爽快感と伸びの良さは他のどのヘッドホンよりも音楽性に満ちていると思います。また、Audez'e LCDシリーズとくらべて音像がコンパクトで、コンサートの音場を不自然にならない程度にまとめていることは好印象です。逆にAudez'eのほうがサラウンド的な効果は得られます。
一通りHE1000のサウンドに慣れた時点で、Edition Xに交換してみると、音質に明らかな違いがあることがわかりました。HE1000とくらべて、Edition Xは中低域が強調されており、全体的なサウンドは刺激的と言うよりは、よりリスニング向けな、線の太い演出です。また、micro iDSDのようなポータブルアンプでも十分に楽しめるような音色の太さがあります。
中低域が強調されていても、HE1000ゆずりの伸びやかな高域は健在なため、いわゆる硬質なガンガン来るようなサウンドではないのが嬉しかったです。HIFIMANのヘッドホンというのは、低価格モデルから全般的に自然な音作りが特徴的で、決してエネルギッシュに低音をボンボン出すようなサウンドではないのですが、Edition Xも例に漏れず、中低域が豊かになっても、それが音色の厚みに貢献するのみで、過剰なサブウーファー効果はありません。
こう言ってはなんですけど、普及クラスのヘッドホンアンプで、一般的な音楽鑑賞をする場合には、HE1000よりもEdition Xのほうが音色的に好みでした。HE1000は満足に鳴らすための敷居が高い印象がありますし、高音質の音楽でないと、ヘッドホンの性能がオーバーキルのような気もします。その点、Edition Xはmicro iDSDのようなバッテリー駆動のポータブルアンプでも十分にならせますし、それ以上重量級のアンプを使用しても、HE1000ほどの音質向上効果は感じられません。
もしかするとHE1000のほうが「限界性能が高い」、ということなのかも知れませんが、HE1000でリスニングしている最中は常に「もうちょっとグレードの高いアンプだったらどうだろう」とか「もうちょっと高音質なアルバムを聴いてみたい」といった誘惑が脳裏に浮かびます。その一方で、Edition Xは、あまりアンプやアルバムについて気にせずに、「あー良い音だな」と音楽に集中できました。もちろん、Edition Xは高能率といえども、そこそこのアンプは必要ですので、たとえばスマホ直挿しなどではダメだと思います。
これは最近のトレンドなのかもしれませんが、どのメーカーの新製品ヘッドホンも、サウンドがより中低域重視で暖かみが強調されているように感じます。たとえば、ベイヤーダイナミックの旧T1から新T1へのモデルチェンジもそうでしたし、ゼンハイザーHD800も、今年発売される後継機HD800Sでは低音を増強したと言われています。同様に、これまで「正義」とされていたスタジオモニター的なシャープで分析的な高解像サウンドはもう流行らないのかもしれません。
さらに突き進めて考えると、もはや「高解像」だけではセールスポイントにならず、近年では「高解像」を維持しながら、どれだけ「音楽性」を引き出せるかという次元にランクアップしているのかもしれません。
そういった意味では、HE1000は高解像と同時に、高域の魅力や活き活きとしたリズム感、こもりや濁りを一切排除した切れ味の良さが芸術的な域で成功しているヘッドホンです。ただ単に、35万円という価格のヘッドホンを作ったからと言って簡単には達成できない音楽性です。
Edition Xでは、方向性は一変して、高解像と同時に、中域に集中する主要楽器、たとえば歌手やギター、ピアノなどが力強く鳴り響いてくれるように、絶妙なチューニングが施されています。また、それでいてGradoのようにガンガンと脳内を音で埋め尽くすのではなく、あくまでスピーカー的に落ち着いた音像を前方に描いてくれます。空間の距離感などはHD800に一歩譲りますが、そのおかげで退屈にならない臨場感が得られたと思います。
退屈にならない、というのが個人的に感じたキーワードです。例えばmicro iDSDにてEdition Xを長時間聴いたあとに、HE1000に切り替えると、同じ楽曲でもEdition Xの充実した中域が失われるため、HE1000が退屈に聴こえてしまいます。HE1000はさらに聴きこむことで、細部の美しさを再確認できますし、高出力で音楽性の高いアンプを使うと、この退屈さは軽減できるのですが、第一印象としてはEdition Xのほうが音楽的に「楽しい」ヘッドホンであることには変わりありません。
なんとなくですが、Edition Xというのは、HE1000と、下位モデルのHE560を足して割ったようなサウンドのようにも思えます。HE560というのはHE1000とは対照的に、奥深くしっかりと構えた、派手さを抑えた音色重視のサウンドなのですが、Edition XはこのHE560に、HE1000譲りの高解像や高域の響きを追加したような相乗効果を感じられます。
まとめ
HIFIMAN HE1000の廉価版として、鳴り物入りで登場したEdition Xですが、実際の音質はHE1000とは大きく異るので、単純にHE1000と同じサウンドを期待して購入することはお勧めできません。しかし、Edition XはHE1000以上にアンプや音源にこだわらない、力強い音楽の魅力が味わえるヘッドホンなので、もしHE1000を購入予定でしたら、一聴の価値はあるヘッドホンです。恐ろしい話ですが、HIFIMANマニアの人でしたら、両方買いたくなるかもしれません。
個人的に、HE1000が発売されてからほんの半年くらいでEdition Xが登場したため、「これは大枚をはたいてHE1000を買った人たちは怒るだろうな」、と懸念していたのですが、結果的にサウンドが全然異なるため、心配無用なようです。
大手ショップなどでないと、なかなか国内で試聴する機会は少ないかもしれませんが、2016年現在で最上級の平面駆動型サウンドを味わうには、このEdition Xが一番おすすめできるモデルです。
また、HIFIMANは低価格モデルのHE400S($299 約35,000円)でも妥協の無い平面駆動サウンドを実現しているので、DAPの悪夢は過去に捨てて、もっと幅広いユーザー層に味わってもらいたい魅力的なヘッドホンブランドです。