2016年7月23日土曜日

Noble Audio Katanaと、2016年ラインナップの試聴レビュー

2016年になって、米国のNoble Audioがユニバーサル型IEMイヤホン全モデルのバージョンアップを行いました。

Noble Audio Kaiser 10U

これまで色々な時期に発売された各モデルやバリエーションが、これを機会に一気に整理されて、新設計の高性能ハウジングによる統一デザインになりました。低価格モデルから順に「Trident」「Savanna」「Savant」「Dulce Bass」「Django」「Kaiser 10U」、そして2016年7月にデビューした新フラッグシップの「Katana」というラインナップになります。価格も45,000円から20万円超まで幅広いユーザー層に向けています。

IEMを作っているメーカーは最近急激に増えすぎて、どこも見た目が似ているため、メーカーごとの違いや特徴などがなかなか分かりづらかったりするのですが、今回のNoble Audioニューモデルラインナップは、個性的なルックスのおかげでブランドとしての魅力が飛躍的に向上したと思います。もちろん音質についても抜かりありません。

今回、残念なことに資金難でどれも買っていないのですが、色々と試聴したので、勝手ながらモデルごとの印象なんかを書き留めておこうと思いました。(じつは手違いでDulce Bassだけ未聴です・・)。


Noble Audio

Noble AudioというとカスタムIEM界隈では結構有名なメーカーで、数年前からハイエンドIEMの最有力候補としてよく名前が上がります。とくにBAドライバを10基搭載したKaiser 10(K10)は高級カスタムにおける一種の頂点として人気を誇っており、多くのイヤホンマニアは「いつかきっとKaiser 10を作るんだ・・・」という希望を胸に秘めていたりします。

もはや凡人にはわけがわからない、Kaiser 10のカスタムデザイン

勝手な妄想ですが、なんとなくユーザー層がアンチJH Audioというか、JHの高級IEM 「Roxanne」や「Layla」の支持者と、Noble Audio Kaiser 10支持者によるライバル意識が強いように感じます。それくらい両社ともに最上級IEMの代表格として、論議がヒートアップするのでしょう。

もちろん世の中には他にもやたら値段が高いIEMブランドはたくさんありますが、実際に多くの人が名前を知っている大手メーカーとなると、JH AudioとNoble Audioの二社はとても強いと思います。

ちなみにJH Audioは創設者のジェリー・ハービー氏が音作りの天才として崇められていますが、Noble Audioにおいても、社長のジョン・モールトン氏が通称「ウィザード」ドクター・ジョンと呼ばれており、「彼が作ったものなら・・」と信奉するファンが、特に欧米では多いです。

日本のメーカーとかも、こういったスポークスマンというか、若干胡散臭くてもサウンドチューニングの魔術師みたいな人が全面的に出てきてくれればもっとブランド愛も深まると思うのですが、どうでしょうかね。(ウケなかった時のリスクが高すぎますかね)。よく家電メーカー公式サイトの「開発者インタビュー」とかを見ると、メーカーエンジニアの努力と誠意はひしひしと伝わってくるものの、どうにも「社員として与えられた仕事をこなしています」みたいな行儀の良さが、サウンドへの熱意を削いでしまっているような気がしたりします。

私はこういう開発秘話みたいなのに結構弱いので、とくに最近はあまりにも製品が多すぎて何を買えばいいかわからない時代ですし、「そうか、そこまで言うなら聴いてみようかな・・」と思わせてくれる人物像とか美談エピソードとかは結構重要だと思っています。

話は逸れますが、チューニングの魔術師といえば、そういえば90年代に、マランツの欧米支部に「ケン・イシワタ」氏というブランド・アンバサダーがいて、世界各国のオーディオ雑誌やフェアなどで欠かせない存在でした。日本ではあまり知られていませんが、当時英国のオーディオマニアであれば誰でも彼の名前を知っていたと思います。彼のお墨付きモデルや、手を加えた「K.I.スペシャル」モデルなんていうのが続々リリースされて、未だに海外マニアの方から、「ジャパンといえばマランツ、そしてケン・イシワタ」なんて言われたりします。オーディオというのは趣味や感性の世界ですから、こういった「音の魔術師」とか「音の達人」みたいな人がいることで、売上アップにかなり貢献したそうです。

カスタム

多くのカスタムIEMメーカーがそうであるように、これまでのNoble AudioユニバーサルIEMはどうにもチープなデザインでした。

旧型のユニバーサルIEM

旧モデルは、ガンプラの肩パーツみたいな手触りで、シリコンイヤーチップを装着できるようにした、簡素なデザインでした。なんというか、ユニバーサルIEMはどうしても予算の問題でカスタムに手が届かない人用の廉価版みたいなイメージがありました。

とくにカスタムというのは自分の耳型を使う以上、使い飽きても中古で売却することができないため、購入にはよほどの覚悟が必要です。一方ユニバーサルを買う人というのは、限られた予算の中で色々と聴いてみたい(私のような)あれもこれも、というような、にわかイヤホンマニアの範疇であって、真のサウンドを求めるのであればカスタム、というのが定説だったと思います。

実際Noble AudioはカスタムIEM他社とくらべて製造オプションがやたら柔軟で、同じドライバ類を搭載したモデルであっても、シェル材料がアクリル、シリコン、そして3Dプリンターと、色々選べるようになっており、それぞれメリット・デメリットがあるため、購入者泣かせのメーカーでもあります。たとえばアクリルは派手な配色やデザインが可能ですし、シリコンは柔らかく遮音性が高く、3Dプリンターはカラーリングに制限があるものの、安価で納期が速い、というような違いです。

また、カスタムIEMは中古で処分できない、という難点を克服するために、Noble Audioは購入後二人目のオーナーまでは、格安(米国では$250)でシェル作り直しサービスを行っています。(アクリルのみです)。

公式サイトにある例題を眺めているだけでも飽きません

カスタムというと、アクリルシェルの中に色々な模様やデザインを埋め込むことができて、それが魅力的だと感じる人が多いと思います。

実際「Noble Audio Kaiser 10を買う!」と公言したのに、カラーリングとデザインがどうしても決められなくて、何ヶ月も買わずに悩んでいる人とかを知っています。Noble Audioというと、Wizard Designという名称で、期間数量限定の特殊デザインモデルを続々リリースしていることでも有名です。つまり、今買わないともう手に入らないというドキドキ感があるわけです。これはまさに芸術や高級ブランド品の域ですね。公式サイトに過去作品のアルバム美術展があったり、なんとなくギターのカスタムデザインモデルとかにも通じるものがあり、見た目のインパクトだけでも量販店の店頭在庫とは一線を画する魅力があります。

私の身の回りのNoble AudioカスタムIEMオーナーに意見を聞いてみたところ、デザインだけでなく、たしかに音質も素晴らしいのですが、大人気なこともあり納期が非常に長く、商品が届くまでけっこう待たされるのが難点だそうです。それについてはJH Audioとかも似たようなものですね。それと、Noble Audio本社が米国、製造は中国、というめんどくさい運営方式のため、(公式オンライン販売の場合)耳型をまず米国に送って、それらが定期的にまとめて中国に送られて、という二度手間のために時間が余計にかかる(しかも納期がわかりづらい)というのがよくネット掲示板などで指摘されています。

そうやって待っているあいだのワクワク感もカスタムIEMの醍醐味だったりするのかもしれませんが、やはり手っ取り早く高音質を楽しみたいという人達にとってユニバーサルタイプは重宝する存在です。

ユニバーサルIEM

これまでのような「カスタムの廉価版」といったイメージを払拭して、今回新たに生まれ変わったNoble AudioユニバーサルIEMのデザインは、モデルごとイメージカラーのアノダイズが施されたアルミをあしらっており、美しく、とても特徴的です。このシェル(ハウジング)のおかげで、サウンドの傾向もカスタム版とは異なると思うので、カスタムに引けをとらない独立した製品ラインナップとして検討できます。

ネーミングは、これまでの旧モデルがどれも「Classic Noble 3」「Classic Noble 6」など、ドライバ数が明確にわかる名前だったのですが、新型は各モデルごとに「Trident」「Savanna」「Savant」「Dulce Bass」「Django」「Kaiser 10U」「Katana」と個別の命名がなされており、カッコいいものの、若干わかりにくくなっています。店頭試聴でも、「どれが何色だっけ?」と混乱してしまいました。

かなり目立つ個性的なデザインです

外側は切削加工したような細かい工作模様と、中心にNoble Audioの王冠ロゴが深く掘られています。デザイン的にもインパクトがありますが、装着時に指でグッと押し付ける部分なので、手触りが良好なのも嬉しいです。

なんというか、高級箱入りチョコレートの、ホイルに包んであるやつみたいですね。

内側はこんな感じのプラスチック製です

Kaiser 10Uのみ、内側にまで波打つ線のデザインが綺麗です

ちなみに耳に入れる側はほとんどのモデルでグレーっぽいプラスチック製なのですが、高価なKaiser 10Uは銀色でスムーズな曲線を描くアルミ製です。

Katanaはこんな凸凹デザインです

今回登場したKatanaも、さすが最上級モデルだけあって、側面のデコボコデザインを裏表で破綻なく立体的に繋げていて、とても綺麗です。こんなふうに、なんてことないフォルムでも、じっくり見つめると色々細かい部分で手が込んでいるデザインセンスが、我々の物欲を刺激するのだと思います。

こんな質感を連想させます

この黒い部分を見ると、Katanaというよりは、なんか南部鉄の急須とかを連想しますが、名前の通りのミステリアスなジャパニーズテイストは存分に演出されていると思います。

新シリーズ各モデルは、最安値の3BA「Trident」から最上位10BAの「Kaiser 10U」まで、他のIEMメーカーと同じように、値段が上がるにつれてドライバの数が増えていくといったパターンです。これはBAユニットの単価を考えれば当然なのですが、それでは単純に「BAドライバを増やせば高価なイヤホンが作れる」、という身も蓋もない図式が成立してしまうため、最近では各メーカーごとに独自技術を投入することで、「ドライバ数が多い=高音質」という短絡的なレッテル貼りはあえて避けられる風潮になってきたように感じます。

旧モデルのNoble Audio Savant

そんな中で、Noble Audioは2015年に、あえてドライバ構成が非公開の「Savant」という中堅モデルを発売しました。値段は8万円で、価格的には4BAと5BAモデルの中間に収まる形です。

実際の内部構造は、非公式の分解写真などを見ると、驚くほどシンプルなのですが、それでもあえてこの価格設定にこだわったのは、「ドライバ数のみで音質は語れない」という警鐘の意味もあったのかもしれません。

ネット掲示板などでも、発売当時は「とてもクリアで綺麗なサウンド」とか概ね好印象が多かったのに、中身写真がリークした途端に、手のひらを返したように「とてもスカスカで聴くに耐えられないクズ」とかの意見が著しく増加したので、傍から見ていてオーディオマニアの業に思わず笑ってしまいました。とはいったものの、現在では「こんなシンプルなくせに音質は凄い、むしろそれがクールだ」という感じで人気は衰えていません。要するに、心配せずとも、音さえ良ければ商品は売れるということですね。

Noble Audio Katana Universal

今回新製品として登場した最上位モデル「Katana」はBAドライバを9基搭載しています。これまでのフラッグシップ機「Kaiser 10U」が10ドライバだったのに、Katanaはそれよりも一万円以上高いくせにドライバが一個少ないということで、これまた「ドライバ数のみで音質は語れない」というステートメントのようにも感じられます。(現在 eイヤホンでKaiser 10Uが213,840円で、Katanaが226,800円でした)。

ドライバをひとつ減らしたのに、なんで上位モデルなんだ、と疑問に思うかもしれませんが、公式の情報を見るかぎりでは、Kaiser 10Uが「10バランスド アーマチュア」と書いてあるところ、Katanaは「独自の専用バランスドアーマチュアドライバー”NOBLE Drivers”を9機搭載」と書いてあるので、ドライバそのものがNobleの指定による特注品になったという事だと思います。一方、これまでのNoble製品を含めて大多数のIEMメーカーは、同じOEM供給元の製造したBAドライバを選択購入して搭載するのが一般的です。

ちなみにKaiser 10Uは周波数帯を5つに分けて、それぞれ2基づつBAドライバを搭載するというユニークな構成をとっていたのですが、Katanaについてはこの辺の情報はまだ未発表です。特注BAドライバということは、いままでのような高・中・低にそれぞれ何個という表現がなかなか難しい(というかその情報のみでサウンドの傾向を想像されたくない)、という事情もあるのでしょう。

つまりシェルデザインはほぼ共通でありながら、単純なドライバの足し引きだけではない、根本的な新設計サウンドだと捉えて良いと思います。

デザインとフィット

このあいだ、Noble Audioを聴く前に、JH Audioの新ラインナップを試聴した際に、新設計のメタルシェルがとてもフィット感が良く、これまでの苦労が嘘だったかのように、スッと耳に収まって落下しないという感触に驚かされました。

フィット感良好な、新設計シェル(イヤーチップは外してあります)

Noble Audioの新設計シェルも、それと同様に、従来の簡素なプラモデザインとは別世界のごとく飛躍的に進化しています。

JH Audioと比べるとNobleのほうがより一般的な(ゼンハイザーIE80とかみたいな)シリコンチップのイヤホンに近い感じで、ハウジング全体が軽量なこともありますが(それでも結構デカイですが)、装着感は軽快です。JH Audioが細長い音導チューブをグーッと耳奥に挿入していくような感じで、Noble Audioは太くて短いチューブを耳孔にそっと置くみたいな感触です。チューブを耳に入れるというよりは、ハウジング全体を耳に押し付けるようなフィーリングでした。イヤーチップはソニー系の一般的なサイズのものであれば大概大丈夫です。

二つの音導ダクトが見えます

Kaiser 10Uでは三つのダクトが見えます。周辺の加工が綺麗ですね。

どちらにせよ装着感は良好なのですが、遮音性や閉鎖感はJH Audioの方が高く、Noble Audioはよりリラックスした付け心地です。

旧モデルのデザインはちょっとアレでしたね

とくにKaiser 10Uは、旧バージョンの巨大な黒豆(というかゴキ●●)みたいなデザインは「とりあえずドライバをギュウギュウに詰め込みました」という無理矢理なイメージだったのですが、新型のデザインはKaiserの名前らしい風格と余裕を持ったデザインになっています。10ドライバという重さを全然感じさせませんし、サイズ感も3ドライバモデルとほとんど変わりません。これは9ドライバのKatanaも同様です。

Kaiser 10UにSpinFitを装着しました

個人的には、どのモデルでも、コンプライなどで完全密閉するよりは、あえてJVCスパイラルドットやSpin Fitなどのシリコンで多少余裕を持たせて装着したほうが、空気感やスケールも増すので相性が良いと思いました。もちろんこの場合遮音性は犠牲になります。

付属ケーブル

ケーブルは一般的なカスタム用2ピン端子なので、リケーブルの選択肢は豊富にあります。標準で付属するケーブルは、多くのIEMメーカーが採用しているような黒いツイストタイプの細いやつです。最近派手派手しい社外品ケーブルが流行っているのにもかかわらず、カスタム系IEMメーカーというと、どこも黒いビニール線みたいな奴を使ってますね。装着感やタッチノイズの低さは良好で、普段使いでは全く問題ないと思います。

サウンドについて

今回、全モデルをそれぞれじっくり試聴してみて困ってしまったのは、各モデルごとの音色というか音作りが極端に異っており、純粋な「高価なモデルほど高音質」、といった上下関係が成り立たないです。

もちろん最低価格のTridentと最上位のKaiser 10Uを比較すると、絶対的な性能はKaiser 10Uの方が上なのですが、ではTridentから順に一つ一つ上位モデルを聴き比べてみると、「あれっ?」と思わせるようなサウンドチューニングの違いがいちいち気になってしまいます。

ユーザーにとって、これがどういった意味を持つのかというと、まず当然のごとく、各モデルを気に入る、気に入らないの違いが大きいですので、試聴が必須になります。

そして、もう一つ、意外と忘れがちなのですが、イヤホンのサウンドというのは交互に比較するとキャラクターの違いが目立つのですが、長い間聴いていると、実際そのようなキャラクターはあまり気にならなくなる、ということです。

つまり、モデルAとモデルBを簡単に比較試聴した時点では、「モデルAはフラットなのに、モデルBは全然高域が出ていない。これは失格だ!」なんて思ってしまいがちなのですが、実際モデルBを10分・1時間と使い続けていると、だんだんその音色がフラットであるように思えてきて、結局どちらのキャラクターも良好に思えます。

もちろんどんなに試聴を続けても全然気に入れないサウンドというのもありますが、ある程度興味を持ったモデルであれば、1~2分の比較試聴のみではなく、じっくりと腰を据えて10分くらい(つまり数曲通して)聴き続けると、評価も固まると思います。

私自身も趣味程度の消費者として、あまり深く考えずに好き嫌いを決めてしまう悪いクセがあるので、そう早急に第一印象だけで決めつけてはいけないな、と気をつけるよう自分に言い聞かせています。

3ドライバのTrident

  まず45,000円で3ドライバの「Trident」ですが、そこそこ無難なフラットチューンで、悪く無いと思いました。あまり角が立たない、万人受けするような音色です。音像の距離感などは上位モデルと互角なので、たとえばWestone UM-PRO30とか、Shure SE535とかを検討しているのであれば、このTridentの方が音色の線が太くて、普段使いに適しているかもしれません。

とは言ったものの完璧というわけでもなく、価格なりに弱点も多いです。まず、ダイナミクスのレンジが狭いです。オーケストラなど、音圧がグッと上がるパッセージがあると、サウンドがかなりヒステリックに乱れてしまいます。音量の限界が低いという風にも言えます。

あと、音色そのものはあまり繊細ではなく、結構大味に描いています。これは多分高音域の空気感があまり出ていないためだと思います。楽器のディテールを観察したり、歌手の息使いを聴き取ったりといった用途には適していません。そういうのを聴き取ろうとして音量を上げ過ぎると、上記のダイナミクスの限界に直面してしまいます。

このモデル単体で聴けばそこそこ無難で悪くないと思えるのですが、今回のような比較試聴では、上位モデルを引き立たせるための土台というか、これから上のモデルはさらに優れていることを見せつけてくれます。

4ドライバのSavanna

55,000円で4ドライバ「Savanna」のサウンドは、基本的にTridentにシャープな高域が追加されたような仕上がりです。実際Tridentで十分フラットチューンだと感じた人にとってSavannaはちょっと高域寄りすぎるように聴こえるかもしれません。どちらが好みかは人それぞれですが、Savannaの魅力はやはりTridentにて不足していたディテールの繊細さが、高域のおかげで一気に向上することです。とくにピアノなど大柄な楽器の空気感が良く出ており、より立体的な音像が楽しめます。この高域というのは、ヴォーカルなどの色艶を引き立たせる中高域というよりは、もっと空気感のようなプレゼンス帯域なので、若干シャリシャリ感は増します。それと、Tridentで感じられた大音量時のヒステリックさは若干抑えられています。これはSavannaの方が高域の音量が出ているため、全体のボリュームをTridentほど上げる必要が無いからかもしれません。

やはりネックになるのは、ジャンジャン鳴りすぎる高域だと思います。この高域寄りバランスのせいで男性ボーカルやチェロなど中域楽器の質感が隠れてしまいます。とくにオケなどはパシャパシャと高域が鳴りまくるので、それに気を取られて全体が何をやっているのかいまいち把握しづらいように思いました。

Savant Universal II

次に、8万円のSavantはかなり良いと思います。このモデルのみ搭載ドライバ数が非公開で、いわゆる番外モデル扱いになります。

実は私自身は2015年に旧モデルのSavantが発売されたころ、そのサウンドを大変気に入ってしまい、購入しようかどうかかなり真剣に悩んでいました。その当時、普段気楽に使えるコンパクトなイヤホンを探しており、初代Savantと、同時期に発売されたCampfire Lyraの二機種が最有力候補でした。それぞれのサウンドは全然似ておらず、どちらも一長一短、ダイナミック型のLyraはスムーズでリラックスしたサウンドながら、若干中低域が多めで、高域がフィルターでカットされたかのような限界を感じてしまい、一方Savantは中高域が爽快でしたが、若干金属的な刺激音も耳障りでした。結局どちらもクセがあり、購入には至りませんでした。

今回、新型Savantを試聴してみたところ、サウンドの傾向そのものは初代Savantと似ているものの、初代で気になった高域の金属的な刺激音がかなり改善されており、よりクリアで不快感の少ないサウンドに仕上がっています。

今回の新ラインナップでも、このSavantだけ音作りの概念が他のモデルと根本的に異なっています。まず、3D的な空気感と、広々と余裕を持った響きが印象的です。音色が一気に開放的になったような感じで、とくにこれまで凝縮されてあまり見通しがよくなかった中低域が一気に広がりを持ちますので、ここまでの機種で初めてチェロとフルートが同様に音楽的に鳴ってくれるイヤホンだと感じました。

フラットなモニター調とか分析的といったサウンドとは真逆で、細部ディテールの正確さは他のモデルと比べると劣っています。しかしその分だけ楽器のスケール感と音色の良さは際立っています。空気感を持ったドンシャリ傾向なので、低音は擬似的なサブウーファーっぽい鳴り方をします。なんというか、それぞれの楽器が「余裕を持って」鳴り響いている奔放な印象を受けます。

緑色の75,000円5ドライバモデルDulce Bassは残念ながら未聴です。その理由は単純に、存在を忘れていました。全部一通り聴いたと思っていたのに、後日サイトのラインナップを確認したらDulce Bassだけ聴いてなかった、というミスです。またいつか聴くことがあったら感想を載せておこうと思います。

ところで、米国の公式サイトではSavantが$599、Dulce Bassが$699なのですが、日本での発売価格はSavantが79,800円、Dulce Bassが75,000円と逆転しているのが不思議です。なんででしょうね。

6ドライバのDjango

その上の10,800円の6ドライバDjangoは、Savantとは明らかに異なるサウンド設計です。傾向としてはSavannaの延長線上だと感じ取れました。

具体的には、Savannaが高域寄りで、中低音が不足していた分を、Djangoでは一気に補強しているように聴こえます。これによってかなり落ち着いた温暖系サウンドになっています。

また、音量を上げてもSavannaほどヒステリックになりません。色々聴いていて気がつくのは、かなりフラットな特性に鳴るように、ギュッと抑えこまれているようで、とくにSavantを聴いた後では、全ての情報が交通渋滞を起こしているような密度の高さを感じます。その分Savantよりも細部ディテールは身近で手に取るように見通せますし、大音量になっても潰れません。また、高域も下位モデルほどギラギラと響かないけれど、ストレートでクリアに鳴っているため、篭っているというふうには感じません。この高域の素直さのおかげで中高域の空間も3ドライバのSavannaよりも奥行きがあります。

このDjangoで気に入らなかった点は、中域の音色がちょっと太すぎると感じたことです。具体的には、ヴァイオリンがチェロみたいに聴こえてしまい、フルートはファゴット、というか、むしろ「尺八」みたいな図太いサウンドになっています。ハープなど、天を舞うような軽やかな響きを期待しているのに、一音一音がボンボンと重さを持っており、ズシンと来るサウンドはちょっと困りました。

もう一つ気になった点は、他のどのモデルもほぼ同じような能率なのですが、Djangoのみ能率が高く、DAPのボリュームを若干下げる必要がありました。試聴に使ったPlenue Sでは、他の全モデルはボリューム105(最大150)くらいだったところ、Djangoは90くらいでした。

10ドライバのKaiser 10U

Kaiser 10Uは、これまでのモデルとかなり異なる、優等生的サウンドです。高価なだけあって、見た目だけでも、シェルハウジングの構造が特別なことがわかります。

また、旧モデルのKaiser 10Uと比較しても、随分進化しています。旧モデルでは音が凝縮されて重なり合っていたのが、新ハウジングではより余裕を持って、音色同士が無駄に干渉しません。デジカメでいうと画素数が増えたような、全体的なイメージは同じに見えても、細部がより細かく分離されて聴き分けられる印象でした。やはりこの新ハウジングデザインは、Kaiser 10Uでも余裕を持って鳴らせることを念頭に置いて設計されたんだな、と思わせてくれます。

先ほどのDjangoを聴いた後では、Kaiser 10Uはとても軽快に聴こえます。また、全音域のすべての楽器が一定の距離感を維持して、絶対に飛び出してこない安定したフラット感が印象的です。空間の距離感は、一般的なBA型IEMと同程度で、格別コンサートホールのような遠さがあるというわけではありません。しかし特徴的なのは、Savantと同じくらい空間の余裕を感じられるのですが、Savantのようなドンシャリ・サブウーファー的チューニングではない、超低域から超高域まで完璧に揃ったリニアな空間です。

低音はサブウーファー的ではないので、線が細く膨らまないため、これは好き嫌いが分かれると思います。モニター調と言われるタイプです。高域も広々としていながらパシャパシャしないので、これはDjangoのサウンドがより進化した感じです。つまりこれまでの下位モデル全ての良い要素が選りすぐられて集結したサウンドと言えるかもしれません。

個人的にKaiser 10Uの弱点だと思ったのは、このリニア感と線の細さのせいで、中域の音色があまり目立たなくなってしまうことです。たとえばピアノ・ソロの録音を聴いていて感じたのは、奏者の指使いやホール残響、そして一音ごとのアタック感の繊細なディテールは存分に解像しているのですが、そこから続く実際のピアノの音色、つまり弦が鳴り響く「トーン」があまり豊かではありません。

Kaiser 10Uで一つ面白い実体験があります。私の友人のイヤホンマニアで、かなり耳が肥えた人がいるのですが、彼は以前、旧モデルのJH Audio Laylaユニバーサルを使っていました。しかしある日突然「やはりシングルダイナミックドライバのほうが、音色が正しい」と開眼して、Laylaを処分して、それ以来一年くらいずっとHiFiMAN RE400という一万円くらいのチープなシングルダイナミックイヤホンを使い続けています。人それぞれ、イヤホンの好みは値段のみでは計り知れないということですね。それからずっとこのRE400に変わる高音質イヤホンを探し求めていたのですが、どのような高価なIEMを試聴しても満足できていなかった、そんな中で、唯一Kaiser 10Uのみ、これだったら買い換えてみようかな、と感じたらしいです。

だからなんだ、と言われると返す言葉も無いのですが、彼いわく、シングルダイナミック信者でも納得できるだけの、全帯域のフラットな繋がりの良さや、音色の正しさみたいなものが、Kaiser 10Uは実現できている、なんて納得していました。

これといって特筆すべき目新しさは感じないサウンドなのですが、そのおかげで出っ張りや引っ込みのない、まさに「フラット」という単語が当てはまる仕上がりです。とくにマルチBA型にありがちなドライバ間の繋がりの悪さが一切感じられず、マルチということを忘れて、純粋に広帯域な大型ドライバで音楽を聴いているかのような錯覚を味わえます。

たとえばJH Audio Laylaの新バージョンと比較してみると、Laylaのほうがより情報量やメリハリといった部分を前面に引っ張りだすような感じで、そのサウンドの強烈さに圧倒されます。録音の全部が解体されて、目の前に陳列披露されているかのような、包み隠さないディテールの表現力です。楽器の裏側まで見通せるような質感の演出は、驚異的で、どう表現して良いのか、適当な言葉が見つかりません。

一方Kaiser 10Uは、それとは真逆で、常に冷静で距離を置いて、着々とサウンドを繰り広げていきます。あまり気にせずに聴いていれば、ごく普通のイヤホン(たとえばゼンハイザーCXシリーズとか)みたいな無難さがあるのですが、じっくりと集中して聴きこむと、音色は正しい、響きも正しい、定位も正しい、と、全項目で合格点が上げられるような絶妙な仕上がりになっています。そして、尋常な録音では限界まで引き出せないほどのポテンシャルを秘めています。これは人気が出るだろうな、と納得できる仕上がりです。

2016年7月ポタフェス会場でのKatana試聴機

新フラッグシップのKatanaですが、これはポタフェス会場にてちょっと試聴させてもらっただけなので、まだ確実な感想かどうか自信がありません。しかし、それでも一番印象に残ったのは、サウンドの傾向がKaiser 10Uとはけっこう違うスタイルで仕上げている、ということです。

具体的には、帯域の広さはKaiser 10U譲りでありながら、より中域の実在感というか、肉質感がよく出ており、より音色や音楽としての味わいが深くなっているようでした。

これまで個人的にベタ褒めだったKaiser 10Uも、Katanaを聴いてみると、それぞれの長所短所がなんとなく気になりだします。とくにKaiser 10Uではピアノなどで中音域の「トーン」があまり伸びやかでないと書きましたが、それがKatanaでは見事に、より厚みを持ったボディが感じられます。中低域が盛ってあるわけではないので、Djangoのような「ヴァイオリンがチェロに聴こえる」みたいな太さではなく、ヴァイオリンはヴァイオリンのまま、ピアノはピアノのままで、より音色の響きが色濃くなっています。

若干JH Audio Laylaに近づいたような気もしますし、でもLaylaよりはKatanaの方がしなやかでモニター調を維持しているため、中間的な存在です。Katanaをヘッドホンで例えると、HD800でもT1でもなく、私が愛用しているAKG K812に近い音色の濃さを彷彿させます。あくまで例えであって、全く同じではありませんよ。

Katanaと比べることで、Kaiser 10Uの悪い点をあえて指摘するとすれば、あまり丁寧にバランスよく仕上げても、逆にそれでは魅力が感じられないと思うこともある、ということです。

これは他社にも共通することだと思うのですが、まずフラットで高解像に仕上げることが最難関なのですが、ここからさらに上のサウンドを目指すとなると、フラットであることよりも、より演出が濃い、「音楽を味わう」というポイントを発展させた音作りが要求されるように思います。良い音色を引き出し、悪い音色を出さない、というのは容易ではありません。よくわかりませんが、これがたぶんメーカーごとの個性や「味」とか、「音楽性が高い」という言葉の意味なのかもしれません。

どちらが優れているかの優劣はつけられませんし、人それぞれ、用途に応じて、好みも分かれるでしょう。私の予想では、たぶんハッキリ半々くらいでKaiser 10UファンとKatanaファンに分かれると思います。

この完璧な優等生Kaiser 10Uと、魅力的なパフォーマーKatanaの二人が並んでいると、上下関係は存在せず、価格もほぼ同じになってしまうのも仕方がないな、なんて思わず納得してしまうだけの説得力があります。

まとめ

Noble Audioの新ユニバーサルIEMシリーズは、どのモデルもカラフルなルックスに負けじと個性的なサウンドキャラクターを持った強者揃いです。

これまでの旧シリーズは、Kaiser 10とSavant以外のモデルはあまり知名度が高くなく、地味で存在感が薄かったのですが、今回のリニューアルを機会に、より魅力的に進化したので、全部まとめて一気に試聴してみることをオススメします。

モデルごとのサウンドが異なるというのは、いざ購入を考えると悩ましいですが、逆に言えば、必ずどれかひとつは自分の感性に合ったモデルが見つかるということでもあります。ShureやWestoneなどと比べると、Noble Audioはブランドとしての統一感や一貫性が損なわれているとも言えますが、それはまあ、それぞれのモデルをスペシャルな楽器のようにチューニングした、といった感覚で楽しめれば、それで良いのでは、と思います。

スペシャルということでは、特にSavantというモデルがとても個性的で、Noble Audioを象徴するようなスペシャルサウンドです。これぞまさに「音楽性が高い」というフレーズを使いたいです。新型になってより一層クリアで聴きやすくなったので、今までの旧Savantはちょっとキツイな、と感じていた人も、是非再考してみてください。

Savantの目指したサウンドをよりハイエンドに仕上げたのが、今回登場したKatanaのようにも思えたりします。Kaiser 10Uももちろん普遍的な完成度を誇っていますが、Katanaはリスナーを虜にするような魅惑の音色が溢れていました。この魅力がSavantではドンシャリ気味だったところ、Katanaはより全域にわたって音色に満ちています。

これでKaiser 10Uはフラッグシップ降板で御役御免か、というと案外そうでもなく、その繊細な万能さに魅力を感じる人は多いと思います。よく商品レビューとかで見る、五角形のレーダーグラフみたいな評価基準があったとしたら、Kaiser 10Uはまさにど真ん中に位置する特性なので、誰かに良いイヤホンを尋ねられたら、とりあえず迷ったらKaiser 10Uをまず勧める、みたいな感じで、よく話題に上ります。

ひとつ面白いのは、イヤホン初心者に聴かせると「すごい普通に聴こえる」と言ってくれて、一方でイヤホンのベテランに聴かせても「すごい普通に聴こえる」と言ってくれるのが、Kaiser 10Uの凄さだと思います。

どちらも高価なフラッグシップに値する絶妙なサウンドですが、最近では、より低価格でも素晴らしいサウンドのライバルも続々増えていますので、20万円以上もするイヤホンとして実際に市場で受け入れられるかは、今後のユーザー評価が明白にしてくれるでしょう。私はけっこう気に入りました。