SP1000MとSP1000 |
SP1000ゆずりのオーディオ回路を維持したまま、より低価格、小型軽量になったということで、非常に気になるDAPです。個人的にSP1000の音は大好きなので、実際どれくらい変わったのか聴き比べてみました。
SP1000M
SP1000は第四世代AK DAPの最上位モデルで、2017年の発売当時は44万円、これを書いている時点での流通価格は約36万円と、かなり高価なDAPです。5インチの大型液晶画面に、多機能なインタフェースを搭載し、発売当時からステンレスと銅という二種類のハウジング素材が選べる高級仕様で、音質もフラッグシップの名に恥じない大変素晴らしいサウンドです。私自身もSP1000のサウンドは大好きなのですが、残念ながら高価すぎて購入できていません。
ブルーのアルミボディがかっこいいです |
今回登場したSP1000Mは、そのSP1000と内部的にほぼ変わらないスペックで、4.1インチ液晶画面に小型化されたモデルです。ハウジングもアルミニウムになり、387gから203gへ、つまり重量比で52%、さらに体積比で83%に縮小され、よりポータブルDAPとして使いやすくなりました。
値段もSP1000より9万円ほど安い27万円くらいです。それでも高価な事には変わりありませんが、例えばソニーWM1Zなど多くの高級DAPに近い価格帯になるので、選択肢の視野に入る人も多いと思います。
Plenue Sとの比較 |
本体サイズで比較すると、私が普段使っているCowon Plenue Sとほとんど同じになりました。洋服のポケットに入れるのはちょっと厳しいですが、バッグに入れて携帯するなら十分使いやすいサイズです。
それらと比べると、SP1000は5インチということもあり、ポータブルとして使うには辛いため、購入を断念したという人も多いのではないでしょうか。
最新世代インターフェース搭載 |
操作性はほぼ同じようです |
画面サイズは5インチから4.1インチに縮小されたものの、どちらも1280×720ドットなので、インターフェースそのものは全く同じもののようです。
ライブラリーのリストやアルバムジャケット表示数も一緒なので、画面が狭いとか、操作性で使いづらく感じることはありません。片手で操作しやすくなったので、むしろ使いやすさは向上したかもしれません。
電源ボタンが追加されました |
本体デザインはいくつか変更点があります。SP1000ではマイクロSDカードスロットがiPhoneのように細い棒でトレイを押し出すタイプだったのですが、SP1000Mではカードスロットが本体下部に移動し、他のAK DAPと同じように、スロットにそのままカードを挿入してバネでカチッと固定されるタイプになりました。
個人的には、頻繁にカードを交換することもあり、SP1000の方式は面倒だったので(しかも注意しないと棒で本体を傷つけてしまう心配があるので)、SP1000Mの変更は大いに歓迎します。
ボリュームノブ |
SP1000はボリュームノブを押し込むと電源ボタンになったのですが、SP1000Mは本体上部に電源ボタンが追加され、一般的なAK DAPのような方式に戻りました。
勝手な想像ですが、SP1000のようにノブ・ボタン兼用だと、故障しやすそうで心配だったので、堅実なデザインに変更されたのは嬉しいです。
上部の穴が無いです |
興味深い点として、SP1000の裏面にあった穴が、SP1000Mでは無くなっており、本体下部の電気接点もありません。
これらは将来的に追加モジュールを接続するための機構だと思いますが、SP1000Mはそれに対応していないということです。どちらにせよ今の所使いみちは不明なので、気にする必要はありません。
外部アプリ対応 |
SP1000Mにて新たに、外部アプリの起動にも対応するようになりました。
AK DAPのインターフェースはAndroid OSをベースに開発されているのですが、電源投入時からそのままAKアプリが起動するようになっており、スマホのようなホーム画面は無いため、一見Androidベースだと気が付きません。
Fiio DAPなど、まるでAndroidスマホのような多機能性を持ったDAPも最近増えていますが、AKの場合、肝心の音楽再生部分の安定性や、ユーザーサポートの面でも、これまであえて外部アプリのインストールには非対応でした。
SP1000Mからは、特定のフォルダーにAPKファイルをコピーすることで、AKインターフェース上でそれらが起動できるようになるという仕組みです。これまでもTidalやGrooversなどのAndroidアプリが標準で搭載されていましたが、それらの仕組みがユーザーにも開放されたわけです。
対応アプリはまだ限定的ですし、Google Playなどとの連動も無いので、かなり制限はありますが、これまで長らくユーザーからの要望が多かった機能です。
ファームウェアアップデートでSP1000なども対応 |
SP1000Mのみでなく、同時期にSP1000なども最新ファームウェアが登場して、外部アプリ機能が追加されました。
新機能はあえて最新DAPのみのセールスポイントにしたがるメーカーが多いですが、こういった過去機種も取り残さないサポートの懐の深さがAK DAPの人気の秘訣だと思います。
アプリ起動 |
DAPの本来の目的である、FLACやDSFなど高音質音源の音楽鑑賞にはあまり関係の無い機能なので、個人的にあまり興味はありませんが、友人がSpotifyとTidalをインストールしたので試してみたところ、問題なく使えるようでした。
出力
SP1000Mはバッテリーも小さくなったので、再生時間は12時間から10時間になりましたが、それ以外のスペックはSP1000とほぼ変わっておらず、どちらもD/A変換チップは旭化成AK4497EQをデュアルで搭載しています。アンプ回路には若干の変更があったようで、公式スペックによるとアンバランス・バランス接続それぞれでSP1000は2.2Vrms・3.9Vrms、SP1000Mは2.1Vrms・4.2Vrmsと書いてあります。小型化されたからといってアンプが貧弱になったわけではないようです。
いつもどおり、1kHzの0dBフルスケールサイン波を再生しながらボリュームを上げていって、歪み始める(THD > 1%)最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。
ヘッドホン出力 |
SP1000とSP1000Mの出力特性はほぼ重なります。高インピーダンスヘッドホンで、バランス出力を使った場合、ちゃんとスペックどおりSP1000Mのほうが若干高い音量が得られます。12Vpp=4.2Vrmsなので、公式スペックと合っています。200Ω以下くらいからはどちらも同じような出力特性なので、実用上はあまり大きな違いは無さそうです。
相変わらず第四世代AK DAPらしい出力特性で、バランス出力ではアンバランスの二倍の出力が得られているのは優秀です。
無負荷時1Vpp |
さらに無負荷時に1Vppになるようボリュームを合わせて、負荷に対する出力の落ち込みを測ってみました。
どちらのDAPも横一直線の優秀な特性で、とくにバランス出力を使っても出力インピーダンスがほとんど劣化しないのは良いです。
ちなみに、SP1000・SP1000Mともバランス出力だと20Ω付近でグラフが一旦落ち込んでいるのは、ボリュームノブのステップによるものなので、気にしないでください。
音質とか
SP1000の音質については以前ブログでとりあげたので、今回はSP1000Mとの違いのみについて感想を書いておきます。音質は同じでしょうか |
SP1000はステンレス版を使いました。試聴にはUM Mavis II、Dita Dream、Campfire Audio Andromedaなど、普段から愛用しているイヤホンや、フォステクスTH610などのヘッドホンも使ってみました。
まずはっきりと言えることは、SP1000とSP1000Mのサウンドはかなり明確に異なります。ブラインドでも違いがわかるくらい両者のサウンド特性には差があると思います。
しかし、優劣を決めるとなると難しいです。SP1000Mは値段が25%安いからといって、音質も25%劣るという単純なものでもありません。ただ個人的な好みとしては、SP1000(ステンレス版)のサウンドの方が好きです。
全体的な解像感、音抜けの良さ、情報量の多さ、そして空間の広さなど、SP1000が優秀であった要素はSP1000Mもしっかりと継承しており、同じクラスのDAPであることははっきりと感じます。
価格で考えると、SP1000Mの下には20万円のSE100というモデルがあります。SE100はカッチリしたクリアな解像感と、間近に迫るシャープなディテールのエッジが体感できる個性的なサウンドだと思うので、SP1000Mとは性格が違います。SP1000Mのほうがもっと空間が広く、情報の配置に余裕があり、長時間リスニングでも聴き疲れしないサウンドです。手短な比較試聴だとSE100の方が情報が耳に飛び込んでくるので好印象で、逆にSP1000Mはむしろ地味で無難すぎると思えてしまうのですが、じっくり音楽鑑賞に専念すると、SP1000Mの余裕や素直さが好ましく思えてきます。
そんなわけで、SP1000Mと比較すべきはSE100ではなくSP1000の方だと思います。SP1000とSP1000Mの差というのは本当に細かい要素ばかりなのですが、特に明確に感じられるのが、低音の空間表現です。この部分のみにおいてSP1000は異常なほどに特徴的であり、SP1000Mはむしろもっと一般的なDAPや正統派オーディオ機器で想定するような鳴り方になりました。
低音といっても、量が多い・少ないといった安直な話ではなく、低音にもちゃんと空間配置の距離感や奥行き、立体感、直接の楽器音と反響音といった表現の違いがあります。これをSP1000はかなり派手に表現してくれるため、スケールが大きなサウンドだと感じられます。一方SP1000Mの方は、低音付近の空間展開がコンパクトで、淡々としています。印象としては、RMEなどスタジオ機器メーカーのモニターっぽい聴かせ方に近いと思います。
この低音付近の空間というのは、意外とポテンシャルを実感する機会が限られています。まず多くのヘッドホンの場合、ハウジングやイヤーカップ内の反響で低音を補っているため、そこで時間差や濁りが生じてしまい、録音本来の空間情報は失われてしまいます。さらに、その録音自体も、ほとんどの場合低音はミキシング時に補正や補充しているため(もしくは単純に電子音なので)ただドスンドスンと鳴るだけで、空間の情報が欠落しています。
クラシックのオーケストラ録音などの場合、ステージ上の各所に散らばった低音楽器それぞれの音色や、さらに全体的なホール反響における低音の広がり方などといった部分が生きてきます。SP1000ではそれらが誇張気味に、大風呂敷を広げるように空間展開するので、とくに交響曲のハイレゾ録音などではスケールの大きさに圧倒されます。たとえば、よく高音や女性ボーカルの「音抜けが良い」なんて表現を使いますが、SP1000の場合、その「音抜けの良さ」が高音のみでなく、低音まで帯域全体で実感できるような感じです。SP1000Mだと、低音楽器音はちゃんと聴こえますが、その響きが奥へ遠くへ抜けていくような感覚が希薄なので、音の引きが速いです。スケール感よりも、小気味良いスピードやリズムを重視している感覚です。とくにEDMなど複雑なスタジオ楽曲の場合はSP1000Mの方が向いているかもしれません。
おわりに
SP1000とSP1000Mの音質差というのは、内部のオーディオ回路や電源回路などに何らかの変更があったせいなのか、それともシャーシがアルミになったことによるものなのか、真相はよくわかりません。しかし、SP1000の場合も、ステンレスと銅という二種類のモデルが選べて、それぞれサウンド傾向がずいぶん異なっていたので、SP1000Mもアルミシャーシに由来する音だとしても納得できます。
メタリックブルー同士なので撮りたかった写真 |
SP1000は、ステンレスバージョンの方が広大な空間やスケール感が強調され、銅バージョンはもっと中低域の楽器そのものの音色や響きの厚みが出ている印象でした。つまりそれぞれに強い個性があります。SP1000Mはどちらかというと両モデルの個性をスッキリ取り除いた、一番ストレートなサウンドなのかもしれません。
個人的な感想として、SP1000は第一印象から独自の表現力に圧倒されたのですが、SP1000Mは「普通に良い、不満の出ない、レファレンスDAP」というイメージが強いです。
似たような一例として、たとえばソニーのDAP NW-WM1AとNW-WM1Zの関係性に近いかもしれません。両者は設計上ほぼ同じモデルで、ハウジングがアルミか銅かという違いがあり、たしかに高価な銅シャーシWM1Zの方が芳醇で艶やかなサウンドなのですが、もっとストレートでシンプルなアルミWM1Aの方が好ましいという人も多いです。たとえ同じ値段であってもWM1Aを選ぶという意見やレビューをよく見ます。
つまり肝心なのは、じっくりと比較試聴してみるのが大事で、単純にSP1000の廉価版として検討するのは間違っている、という事です。
実は私自身も、SP1000のサウンドが好きだし、同じ音ならSP1000Mならギリギリ買えるかも、なんて真剣に考えていたのですが、個人的にSP1000特有の個性が好きなので、SP1000M購入には至りませんでした。現在DAPはPlenue SとQuestyle QP2Rを使っており、なにか一台に絞りたいのですが、まだ模索中です。
私の身の回りでSP1000を使っている人は結構いて、中でもSP1000Mの方が音が良いと感じた人もいたので、だれかSP1000Mに買い換えて、SP1000を格安で手放してくれないかと期待していたりもします。