Andromeda S |
2,000台限定で、価格は通常のアルミ版と同じ$1,099USDです。まず米国公式サイトから販売が始まり、日本でも数百台が流通するそうです。
限定版ということで、試聴することも無いだろうと思っていたところ、友人が思い切って購入したので、ちょっと聴かせてもらいました。
Andromeda S
通常版のAndromedaはアルミ削り出しハウジングの5BA搭載イヤホンで、鮮やかな緑色は一度見たら忘れられないインパクトがあります。AndromedaとAndromeda S |
10万円を超える高価なイヤホンでありながら、2016年の発売と同時に大人気商品になり、予約殺到、わずかでも入荷すると即完売、という状況が続いて話題を集めたモデルです。
Campfire Audioは米国の小さなガレージメーカーで、手作業で組み立てる少量ロット生産を行っていたため、需要に供給が追いつかなかったのですが、もう当初の熱気も落ち着いて、ようやく「定番の売れ筋モデル」という存在になりました。
私自身も、この緑色のAndromedaを発売当時に試聴してみて、その音質が気に入って購入しました。このイヤホンの最大の魅力は繊細でつややかな高域の美音で、それに関しては未だにライバル不在の王者だと思っています。
決して万能とは言えない、個性の強いサウンドなのですが、世界的に好評に売れ続けているということは、それだけ多くの人の心に響くのでしょう。IEMイヤホンとしては前例のない異色な存在であることは確かです。
Andromedaのオーナーというのは、それ一台だけではなく、普段は別にもっと汎用性の高いハイエンドイヤホンを使っていて、なにか特別な時だけにAndromedaを使うという二刀流が多いみたいです。理性的に考えれば買う必要は無いはずなのに、音に惚れ込んでつい衝動買いしてしまったという人がたくさんいそうです。
そんなわけで、Campfire Audioとしても想定外に売れ続けているAndromedaですが、今回は特別版として、アルミハウジングをステンレスに変えたモデルをリリースしました。
過去にも、グリーン以外に、ブルーやホワイトといった限定カラーバージョンがありましたが、それらはアルミハウジングだったので、音質は通常版と一緒です。ところが今回は素材をステンレスという重厚な金属に変えることで、音質も変わるだろうということで注目を集めています。
ちなみにCampfire Audioは2018年の新作イヤホン「Atlas」「Comet」から、積極的にステンレスハウジングを採用しはじめたので、その製造ノウハウがこのAndromeda Sにも生かされているのだと思います。小さな会社なので、「ステンレスの扱いにも慣れてきたし、せっかくだから作ってみよう」という気軽なノリなのかもしれません。
パッケージ |
アクセサリー類 |
パッケージはこれまでのCampfire Audioと同様に、綺麗なデザインで必要最低限の小さな紙箱です。本体以外のアクセサリー類は通常版のAndromedaと変わらないようです。
ちなみに、私が2016年にAndromedaを買った時には入ってなかったのですが、最近のCampfireイヤホンにはFinal製のシリコンイヤピースが付属しています。
Finalのイヤピースは家電量販店でも単品販売しているので使っている人も多いと思いますが、一見普通のイヤピースなのに不思議とフィット感が良く、様々なイヤホンで有用なため、私も大量に買ってストックしています。(これとSpinFitとJVCスパイラルドットさえあれば、大抵どのイヤホンでも確実なフィット感が得られます)。そんな良好なイヤピースを標準で付属してくれているのは嬉しいです。とくにFinalのイヤピースが手に入りにくい海外では非常に喜ばれていると聞きました。
付属レザーケースとメッシュポーチ |
こうやって収納するのでしょうか? |
Campfire Audioといえば豪華な付属レザーケースも有名です。通常のAndromedaがブラウンレザーだったところ、今回は黒いケースになっています。さらに、もう一つ、メッシュ素材のポーチみたいなものも付属しています。
ポーチは中心で二つに分かれており、左右のイヤホンを個別に収納できるようになっています。これはレザーケース内で左右のイヤホンがぶつかり合い表面に傷が付くのを防ぐためでしょう。レザーケースを二分割するとか、もっと合理的な方法にできなかったのかとも思いますが、まああるだけありがたいです。
ちなみに私のAndromedaにはこのメッシュポーチが付属していなかったのですが、そのため今となってはボコボコで無残な姿です。
Andromeda CKと、私のAndromeda |
やはり衝突傷についてはユーザーからの不満が多かったらしく、2017年には緑色をより強固なセラミックコートに変えたAndromeda CKというモデルにマイナーチェンジされ、上の写真で見てもわかるように、表面が砂のようにザラザラになりました。そんなCKバージョンでも、やはり使い続けていれば、下の写真のように角がどんどん剥げてきます。
傷が気になります |
今回のAndromeda Sがどれくらい傷が付きやすいかというと、写真では緑のAndromeda CKは角から剥げてくるのに対して、ステンレスでは平面に横一直線の傷がついているのが見えると思います。購入の二日後ということで、ちょっと布で拭いただけでこうなったそうです。こういう繊細な事を気にする人は購入を避けるべきですね。もしくは、ある程度使ってから中古で売ろうなんて考えている人は困ると思います。
形状はまったく同じです |
ステンレスという事以外は、通常版Andromedaと全く同じです。音導管部分の形状も同じですが、ここもステンレスになったようなので、音の鳴り方に影響がありそうです。ケーブルも通常版と同じくMMCXコネクターで、定番のCampfire Audio Litzケーブルという銀メッキ銅タイプのやつが付属しています。
音質とか
ところで、Andromedaは「12.8Ω・112.8dB/mW」という、各社イヤホンの中でも極めて感度が高いモデルです。そのため、スマホなど非力なデバイスでも大音量が得られるという事が人気の理由の一つなのですが、私としては、ここまで高感度すぎると、かえって使いづらく感じます。アンプのバックグラウンドノイズに対して非常に敏感なので、普段気にならないアンプでも、Andromedaで聴くと「サーッ」というノイズが聴こえる事があります。
もちろん、そういったノイズが少ないアンプの方がS/Nが高いということで、優れたアンプの証なのですが、実際はノイズがちょっとくらいあっても音が良いアンプが多いのが難点です。
例えば私が普段使っているDAPで、Cowon Plenue Sでは大丈夫ですが、Questyle QP2RでAndromedaはノイズが多すぎて使えません。だからといってQP2Rの音が悪いというわけではありませんし、他のイヤホンであればほぼ聴こえない微細なノイズなのですが、Andromedaでのみ聴こえてしまうので困ります。
Hugo 2 |
今回の試聴では、主にPlenue Sを使いましたが、他にもChord Hugo 2でも聴いてみました。ここまでパワフルなアンプはAndromedaには不要ですが、手近にあったので使ってみました。
まずAndromedaとAndromeda Sを交互に聴き比べてみると、そこまで大きな違いは感じられません。音量も一致しますし、どちらかが明らかに不自然という印象もありません。ステンレスになったことで根本的なバランスが崩れたとか、そういった違和感は無いので、どちらもCampfire Audioらしい優秀なイヤホンです。
じっくり聴いてみると、ステンレスの方が中域〜中低域の量感が増していることが聴こえます。男性ボーカルやチェロの帯域が力強くなり、存在感を増します。一度意識しだすと、結構な違いがあるように感じてしまいます。
Andromedaでは若干不足していた中低域部分をAndromeda Sは補うような効果があるので、たとえば、それまで不得意だったR&Bやロックなどの音楽ジャンルが一層楽しめると思います。
面白いのは、この中低域にのみ明らかな違いがあり、それ以外では、たとえば高音も低音も、ほぼ両者に大きな違いが無いようです。つまりステンレスになったことで余計に高音が硬く刺さるようになったとか、低音が響くといった悪影響が無いのは優秀です。
ただし、Andromeda Sは中低域が力強くなった事で、そこだけ音像位置が前のめりになってしまい、目前に迫りくるような自己主張が強くなります。これは弱点だと言えるかもしれません。
つまり、周波数バランスが変わった事で、音場・音響バランスとしてはAndromeda本来のメリットが損なわれたようにも思いました。もし私が今どちらか一つを買うとしたら、ステンレスではなく通常版のAndromedaを選びます。
どちらを選ぶかは、多分半々くらいに意見が分かれると思います。そもそもAndromedaの魅力というのは何なのか、あらためて理由を考えてみると、Andromeda Sと好みが分かれる理由もわかってくるように思います。
Andromedaの魅力はむしろ、中域を二分割して、中低域の方をあえて控えめにすることで、中高域の質感を高める、つまり引き算での音作りなのだと思います。
言葉で説明するのは難しいのですが、中低域の邪魔が入らないことで、女性ボーカルやヴァイオリン、ピアノ、フルートなどの中高域楽器の音色がのびのびと鳴ることができ、「ツルッとしている」「つややか」といった美しい味わいが得られるようです。
他のIEMイヤホンで高域寄りというと、高音の周波数帯が強調されて、鋭利で刺々しくなりがちなのですが、Andromedaで聴くと、音色の角が取れて美しく鳴り、あくまで自然です。
一方ステンレスのAndromeda Sは、中低域が主張されることで、これまでAndromedaではどうしても満足に聴けなかった帯域が現れるようになります。ただしそのため複数の楽器がかぶるような現象が多くなります。小さなメタルハウジングの中で許容できるギリギリのところまで情報密度が増えたので、それがステンレスの効果であり、クセなのでしょう。
できればもうちょっと、それまでの要素を尊重して上手にブレンドしてくれるようならば、なお良かったと思います。つまりAndromedaに不足してくる部分を補うと同時に、新たに別の問題を持ち込んだので、なんとなくケーブル交換とかと似たような効果、もしくはジレンマに陥ります。
クリスタルケーブル |
ケーブル交換といえば、たとえば、まだ手に入るかわかりませんが、友人がクリスタルケーブルというMMCXケーブルを使っていたので、今回ちょっと借りて通常版Andromedaに装着して聴いてみたところ、かなりサウンドの印象が変わりました。
Andromeda付属のLitz Wireケーブルと比較して、高音の艶っぽさが低減し、よりハッキリと中域の質量を持ったサウンドになるようです。しかも、Andromeda Sであったような中域が前に迫るような押しの強さが無く、こっちの方が空間配置のバランスが取れています。中低域の音色は明確に、輪郭や重みがしっかりするようになるので、レファレンス的に優れていると思いました。
Andromeda Sにクリスタルケーブルを使うと、厚みが出過ぎてダメでした。また別のケーブルを使えば印象も変わるでしょう。
私自身も、これほど高価なケーブルは手が出せませんが、Andromedaにクッキリした芯が欲しいときは社外品ケーブルを使う事もあります。ただしAndromeda本来のツヤツヤしたサウンドは付属Litz Wireケーブルありきで実現するので、普段はそれでずっと満足して使っています。そもそも、その音が好きで買ったのですから、あえて崩すのも勿体無いです。
何を言いたいのかというと、AndromedaとAndromeda Sのサウンドの違いというのは、このようにケーブルを変えた時と同じくらい些細な違いだと思います。
たとえばAndromedaのサウンドが軽すぎるから、もっと中域の押しが欲しいと思っていた人は、すでに社外品ケーブルやDAPとの組み合わせなどで、それを実践しているでしょう。つまりわざわざAndromeda Sを買い足す・買い換える理由にはならないと思います。
その一方で、もし過去にAndromedaを試聴してみた上で、どうにもインパクトが足りない、もうちょっとボーカルの主張が強ければ・・・なんて購入を断念していた人ならば、Andromeda Sを気に入るかもしれません。
おわりに
冒頭で、Andromedaのオーナーは、他にもっと汎用性の高いハイエンドイヤホンを使っていて、Andromedaは別腹で衝動買う人が多い、というような事を言いました。つまりAndromedaは個性的な特殊性がファンを生んだのですが、一方ステンレスのAndromeda Sは、むしろ逆に、汎用性の高いイヤホンを求めている人に薦めたいです。たとえば中級イヤホンからアップグレードするための一点物として購入するなら、Andromeda Sの方が良いと思います。
限定品ということもあり、試聴せずに買った友人も、ネットレビューのグラフを見て、通常版よりフラットで中域が出そうだから買った、という事ですし、実際に期待していた結果が得られて満足しています。
ずっとAndromedaは気になっているけど、購入すべきか迷っている人も多いと思います。デジカメとかパソコンだったら、そろそろモデルチェンジの頃合いだから、それまで待つといった判断もあると思います。
しかしイヤホンは趣味性の高い娯楽品ですし、少量生産で気まぐれなCampfire Audioの事ですから、今後ラインナップがどう変化するかわかりません。ダイナミックドライバーのVega→Atlasのように、上級モデルや後継機を待っていても、音作りが根本的に変わることもあり、必ずしも同じ方向性の上位互換とは限りません。
イヤホンブームはまだまだ続いているため、どのメーカーも過剰なほどに続々と新製品を展開しています。お店に行っても、選択肢が多すぎて、何を買えばよいのかわからなくなってしまいますが、逆に考えれば、試聴する努力さえ惜しまなければ、デザイン・音質ともに、自分の好みにピッタリ合うイヤホンを見つけることができる時代です。
上下関係ではなく、多様性というのが趣味として面白くなる秘訣なので、AndromedaとAndromeda Sというのはまさにマニアの意見が真っ二つに割れるような多様性の象徴です。どちらもAndromedaなのに、それぞれ微妙に違う、というのが面白いです。