Fostex TH909 |
2018年10月発売、価格は約21万円ということで、非常に高価な最高級ヘッドホンです。
2012年に登場した密閉型ヘッドホンの大ヒットモデル「TH900」を開放型としてアレンジした最新作です。これまでフォステクスの50mmバイオダイナ振動板というと密閉型というイメージがあるので、開放型がどんな音になるのか興味があります。
TH909
TH909はTH900をもとに開発したというだけあって、実際に両者を並べてみても、ハウジングの開放グリル以外は全く同じヘッドホンのように見えます。ちなみにTH900は2012年に発売したのですが、2015年にはケーブルを着脱可能にしたマイナーチェンジ版「TH900mk2」に交代しています。下の写真にあるのはTH900mk2の方です。
TH900mk2とTH909 |
搭載ドライバーも、これまでどおりフォステクスの主力である「50mmバイオセルロース繊維製バイオダイナ振動板」「1.5テスラ超強力ドライバーユニット」という組み合わせを採用しています。
フォステクスというと「RP」平面ドライバーシリーズの方も有名ですが、あちらがどちらかというとニッチで独自の世界観を作り上げているのに対して、このバイオセルロース・ダイナミックドライバー搭載機は、ハウジングのデザインも含めて、いわゆるハイエンドヘッドホンの王道を行く正統派ラインナップになっています。
フォステクスは陰ながらOEMとしても多くのオーディオメーカーに主要部品やトータルデザインを供給しているため、特に最近は国内外の一流ヘッドホンメーカーの新作でも、蓋を開けれてみればこの50mmバイオセルロースドライバーだったなんてケースが多いです。そのほとんどが密閉型ヘッドホンなのですが、最近になって、OEM先で開放型モデルもちらほらと見かけるようになり、その実力が気になっていました。
TH900mk2とTH909 |
あらためてTH900とTH909を並べて見ると、ハウジングの美しい仕上がりはそのまま継承しているようで安心しました。
TH900は発売価格が約18万円という超高級ヘッドホンですが、世界的にずっと継続して売れ続けている理由の一つとして、この美しいハウジングがあると思います。
水目桜という木材に漆と銀箔の層を重ねるという、日本の伝統工芸を採用しているのですが、写真で見るよりも実際に手にとってみると奥深い立体感があり、ついじっくり眺めてしまう芸術的な美しさがあります。
最近はもっと安くても良い音がするヘッドホンは沢山あるので、こういう手間のかかるハンドメイド品というのは家電製品としてのコスパは悪いとは思いますが、やはり高級車や高級家具のように、ある程度の価格帯以上になると、ただ値段が安ければ良いというもの味気ないです(コスパ優先ならT60RPを買うべきです)。その点、国産伝統工芸というのは、高価であっても価値を見いだせる良いアイデアだと思います。
開放グリル |
TH909は開放型ヘッドホンなので、そんな豪華な漆塗りハウジングの中心部分がくり抜かれていて、プラチナ箔のFOSTEXロゴも無くなったので、その分値段が安くなってくれれば嬉しかったのですが、TH900の18万円に対して、TH909は21万円とずいぶん値上がりしているのは残念です。
もちろん安直にハウジングに穴を開けただけで良い音がするわけではないので、内部の音響設計については、見えないところで色々と調整されているのでしょう。
最近は他社からも国産のクラフトマンシップをヘッドホンオーディオで前面に押し出す試みが増えてきましたが、2012年発売のTH900はまさに先駆者だったと思います。以来、ゴテゴテと派手で高価なヘッドホンは続々登場していますが、質感の高さではまだTH900を超えるモデルは出ていないと思います。
とくに最近の海外新興ヘッドホンブランドなど、荒削りなベニヤ合板にウレタンワニスを塗っただけのホームセンター並の技術でも、「高級ウッドハウジング」だと喜ばれているので、それらデザイナーを含めて、海外の購入層の多くは、まだその程度で誤魔化されるほど、質感や工芸への知見が浅いのかと残念に思います。日本はデパートなどでも各地の伝統工芸品や人間国宝作品などにふれる機会が多いので、自然とそういったこだわりが強いのかもしれません。(もちろん音質とは別の問題です)。
付属ケーブル |
付属ケーブルは7N OFC線材を使った上質なもので、TH900mk2と同じもののようです(交換部品番号が同じです)。3mなので結構長いですが、柔らかい布巻きタイプなので扱いやすいです。付属品は6.35mm端子ですが、オプションで4ピンXLRバランス端子の「ET-H3.0N7BL」というケーブルも手に入ります。
TH900mk2とTH909のケーブル端子は同じものです |
フォステクスTHシリーズの初期モデルTH900・TH600・TH500RPなどはケーブル着脱不可だったのですが、2015年のTH900mk2・TH610などからは着脱可能になりました。それぞれコネクターは互換性があります。
このコネクターはゼンハイザーHD650のものとほぼ同じですが、プラスチック部分の長さが若干異なるため、そのままではゼンハイザーのケーブルは入らず、改造が必要です(無理やり押し込めば音は出ますが、しっかりとした接点が得られません)。また、逆にフォステクスのケーブルは取っ手の部分が太いため、HD650などはハウジングがぶつかって入りません。
着脱可能ということは、社外品アップグレードケーブルなどと交換する楽しみもあると思いますが、個人的な感想として、他社と比べてフォステクスの純正ケーブルは格別に品質が良く、多くの高級アップグレードケーブルよりも音質が優れていると思うので、ひとまず純正のまま使い続けることをおすすめします。
私自身も過去にTH610やTH900mk2で色々と社外品ケーブルを試してみたのですが、どれもヘッドホン本来の音色が崩れてしまい、むしろダウングレードだと思えてしまいます(音が変わるので、最初は気分が良いのですが、長時間聴いているとやはり純正ケーブルに戻してしまいます)。
ドライバーとイヤーパッド |
イヤーパッドはこれまでと同じように白いプラスチック枠を回転すると四方にある爪が外れる仕組みです。固くて外しにくい場合があるので、パッドを破らないように注意が必要です。
TH909(左)とTH900mk2(右) |
ハウジングのドライバー周辺はTH900と同じ構造のように見えます。ドライバー外周の黒いスポンジも同じようです。ハウジング内部には色々と細かい違いがあるのでしょう。
TH909(左)とTH900mk2(右) |
イヤーパッドは一見TH900と同じものに見えますが、並べて比べてみると内径が微妙に違うようです。交換品の型番もTH900用は「EX-EP-91」、TH909用は「EX-EP-99」だそうで、どちらも値段は7,500円です。
TH900のイヤーパッドは内径が広いため、耳に対して装着位置が前後にずれやすく、音の聴こえ方が変わってしまうという不満があったのですが、その後TH610にて内径が楕円形になって、ずいぶん安定するようになりました。TH909はTH900とTH610の中間くらいの広さで、ちょうどよい形状になっています。
中身の低反発スポンジの弾力や厚みなどはTH900とほぼ同じなので、実際に装着してみると大きな違いは感じられません。とはいえ耳とドライバーとのあいだの空間というのが最終的なサウンドに大きく貢献しているので、重要な部品なのだろうと思います。モデルごとにイヤーパッド形状が確実に進化し続けているのはフォステクスらしいと思います。
ヘッドバンドのFOSTEXロゴ |
良好な装着感です |
私にとってフォステクスTHシリーズの装着感はトップクラスに快適です。ヘッドバンドは長時間使用でも頭頂部が全く痛くなりませんし、上下調整スライダーのカチカチ操作も良好、アーチを固定する回転アームも立体的にピッタリと顔の側面にフィットします。
一見シンプルながら、大型ヘッドホンに必要なすべてのデザイン要素が合理的に考えられており、無駄が無く軽量化にも貢献している、まるで教科書のお手本のような設計です。(TH900・TH909ともに390g)。
ヘッドホンというのは靴と同じで、新興ブランドでは人間工学の技術が未熟なため、派手なデザインであっても良好なフィット感が得られません。たとえば設計者本人の頭にはピッタリ合うのですが、それ以外の年齢・性別・人種の事を考えていないようなメーカーがたくさんあります。
ネットレビューなどで二人が正反対の感想を書いているなら、大抵の場合フィットが悪いから音色が設計意図から外れてしまうからです。つまりヘッドホンメーカーは、見当違いなレビュー評価を避けるためには、ドライバー技術などよりも、まずフィット感に専念すべきです。その点フォステクスは歴史が長いだけあって、よく熟考されていると思います。個人差はあると思いますが、フォステクスは「全然フィットしなくてダメだ」とギブアップする人は稀なので、気兼ねなく他人に薦めることができます。
インピーダンスと位相 |
奇遇にもインピーダンス測定器を持参していたので、ちょっと測ってみました。TH909とTH900の線がはほぼ一致していることがわかります。スペックでは25Ωということですが、1kHz付近はだいたいそれくらいです。
どちらのモデルも3.5kHzくらいにちょっとした位相ズレがあるので、ドライバーの特性でしょうか。低音はTH900は密閉ハウジングの影響かグッと山のように盛り上がっていますが、TH909の方は緩やかにDCまで続くバスレフっぽい印象です。開放型というよりは、いわゆるセミオープンっぽい作りに見えます。双方ともにインピーダンスが25Ωと低いのに、周波数依存の変動や位相の乱れが少なく、理想的な特性です。
音質とか
25Ω・100dB/mWというスペックなので、「鳴らしやすい」部類のヘッドホンです。同じスペックのTH900も、DAPやポタアンでも音量が出せるという点が人気に貢献していると思います。また、TH909は開放型といっても音漏れは非常に少なく、HD800などのように周囲に音楽を撒き散らすようなことはありません。遮音性はTH900の方が有利ですが、TH909もそこまで悪くないです。もちろん自宅の静かな環境でじっくり聴くためのヘッドホンですので、騒音下ではおすすめできません。せっかくここまで高価なヘッドホンを買う余裕があるなら、周囲の環境も整えるべきだと思います。
Chord Hugo 2 |
iFi Audio Pro iDSD ・Pro iCAN ・Chord Qutest |
ところで、TH900・TH909は鳴らしやすいといっても、今回じっくり聴いてみた結果、やはりChord Hugo 2くらいパワフルなポータブルアンプか、大型の据え置きアンプで駆動するのが最適で、DAPでは音質のポテンシャルを引き出せませんでした。
DAPでも十分すぎるくらい大音量が出せるのですが、自前のQuestyle QP2R、Cowon Plenue S、借り物のWM1Z、SP1000といったDAPで鳴らしてみても、どれも低音に張りがなく不安定で、中高域ばかりに耳が行ってしまいます。
据え置き型アンプだとしっかり低音まで鳴ってくれるので、今回の試聴では主にDAPからデジタル接続で、Pro iDSDなどを通して聴きました。
Hyperionレーベルからの新譜で、Martyn Brabbins指揮BBC SOのヴォーン・ウィリアムズ「海の交響曲」を聴いてみました。交響曲とは名ばかりでコーラスありソロ歌唱ありで、ワーグナーやブラームス・ドイツレクイエムっぽい巨大なオラトリオのような劇的作品なので、オーディオ的にも聴き応えがあります。Hyperionらしく音質はあいかわらず圧倒的に優秀です。
まずTH909のサウンドは、個人的にとても気に入りました。この価格帯のヘッドホンとして、これまで聴いてきた中でも、かなり良いモデルだと思います。
TH900の音がちょっと軽快になった程度のものかと想像していたのですが、その期待をいい意味で裏切られて、飛躍的に進歩したサウンドです。簡単に言えば、より素直で落ち着いていて、聴きやすく、誰にでも薦められる、総合点の高いハイエンドヘッドホンです。
音場展開は比較的近めで、TH900とさほど変わらず、フルオーケストラやコーラスでも、あまり前後の奥行きによる距離は感じられません。開放型といっても、実際の印象としてはむしろまだ密閉型に近い感じがあり、どちらかというとベイヤーT1のようなセミオープンっぽい感覚です。
音像が近いとはいっても混乱するようなことは無く、ソロ歌手は定位置にピタッと定まり、コーラスはズラッと整列し、オーケストラは見事なアーチ状の展開を維持してくれます。そのあたりは、脚色の少ないスタジオモニターヘッドホン寄りになったと思います。
中低域は、チェロ以下では密閉型ハウジングを意識するような「箱鳴り感」があります。これがセミオープンっぽく感じる理由だと思います。低音楽器そのものはドライバーから聴こえるのですが、その厚みや響きはハウジングによって補っているということです。
HD800などのような完全開放型で聴ける、軽めで響かない低音のイメージとは全く異なるので、好みが分かれます。よく密閉型モデルをそのまま開放型にアレンジすると、低音がスカスカで気が抜けた音になりがちですが、TH909の場合はそうではなく、かなり太くしっかりした低音が味わえます。とくにコーラスなんかは、この重厚感が良い効果を生みます。
ところで、密閉型の低音というのは、ハウジングが金属なら金属っぽく、プラスチックならプラスチックっぽい鳴り響きのクセがついてしまうのが難点です。設計が下手だと、いわゆるドンシャリと呼ばれるような、パンチや音圧だけがキツい、(頭にバケツをかぶったような)子供騙しの低音になってしまいます。
TH900は「漆塗り桜材」という素材と、緻密な形状設計のおかげで良好な音響特性を発揮していましたが、TH909はそれをちゃんと継承していることが、音を聴いていてわかります。TH909の写真を見たときに、「開放型にするなら、せっかくの高級木材も無駄だろう」なんて想像していたのですが、実際はとても重要な要素だったようです。
さらに開放グリルを搭載することで、最低音の鳴り方はTH900よりもちょっと余裕のある緩やかさを持っています。オーケストラのクライマックスで、ガシャーンと全体が爆発するような場面でも、耳元で歪んだり乱れることはなく、ちゃんとスケールの大きな鳴り方をしてくれます。豊かでありながら一歩退いた、自然で柔らかく聴きやすい低音というのがTH909の大きな魅力です。
ジャズのアルバムで、Angelo Verploegen「The Sweetest Sound」をDSD256で聴いてみました。オランダChannel Classicsの社長が息子と立ち上げたレーベル「Just Listen」からのリリースで、クラシック以外のジャンルを、持ち前の技術でアナログミックスのDSD256一発録りするというマニアックなレーベルです。
リーダーVerploegenはフリューゲルホルンで、深く優しい音色を奏でます。最近のジャズ奏者には珍しく、ハードバップや西海岸っぽいスウィング感が尋常でなく凄い人なので、(他のメンバー二人はフュージョンっぽくて硬いですが)、アート・ファーマーとかが好きな人にはすごくおすすめです。
この高音質アルバムをTH909で聴くと、本当に気持ちが良いです。ヘッドホンの制限を感じさせず、響きが多めなDSD録音の魅力をしっかり最深部まで引き出せている説得力があります。
中低域のウッドベースやギターコードなどは丸く太く鳴ってくれるのですが、中域より上、つまり主役のフリューゲルホルンは音抜けの良さが素晴らしく、ここがTH900と大きく異なる点です。音色を抑え込む障害が取り除かれたような、まさに開放型の本領発揮といったところです。
同じアルバムをTH900で聴くと、高域の空間が狭く、表現がコンパクトで、常に頭上に低い天井があるように意識してしまいます。フリューゲルホルンというのはフワッと柔らかい音色の楽器なのですが、TH900だと、楽器の音色と響きがひとかたまりに狭い空間から鳴っているようで、ここまで空間に制限があったのかと驚かされます。録音に含まれた響きと、ハウジング反射の響きが時間軸でズレて重なりあって、臨場感が損なわれてしまうのでしょう。
音色と響きが混じってぼやけてしまうと困るので、高域のアタックにキラッとしたアクセントを加えることで主張を強めるのが、密閉型によくある手法です。TH900もそんなアクセントがあるので、とくに古い録音なんかを聴くと、シューッというテープノイズがかなり目立ちます。ようするに楽器とノイズが空間分離できないのが問題です。
そこで改めてTH909を聴くと、まるで天井が外されたかのように、音色の奥に広大な空間が感じとれます。TH900が自動車だとして、TH909はオープンカーの感覚です。低音は車体のようなもので、そのままどっしり構えています。
高音の空間が広いといっても、楽器の音像が遠く離れて線が細くなるわけではなく、楽器音はハッキリと間近で聴き取れます。雑味が消えるので、まるでカメラやメガネのフォーカスがぴったり合った時のような感じです。
さらに、下手なヘッドホンにありがちな、「低音と高音が全く別の鳴り方をしている」という不自然さはTH909ではほとんど感じられず、これがフォステクスの音作りが優秀なところだと思います。単純に部品を組み合わせただけでは、ここまで絶妙な仕上がりにはなりません。
TH909が数あるハイエンドヘッドホンの中でも特に優れていると思ったのも、この中高域のおかげです。鳴り方が素直で、音源忠実、力強く、味付けがほとんど感じられないニュートラルなサウンドだと思います。帯域に癖が無く、サックスやトランペットから、もっと上のヴァイオリンなど聴き取れないくらいの高い高音まで、とても素直に鳴ってくれていると思います。アタックも不自然に固くならないので、コンプレッションが強めなポピュラー楽曲でも刺さりや疲労感が少ないです。
とくにTH909の鳴り方が「素直」だと言い切れるのは、アンプやDACなどによる音質差がすごくわかりやすく現れると感じたからです。他のヘッドホンと比べてもTH909はとくにこの傾向が強く、またTH900と決定的に異なる点だと思います。
つまりヘッドホン自体の中高域の癖が少ないため、機器それぞれの僅かな音色の差がストレートに伝わってくるようです。
今回の試聴でも、冒頭の写真であるような機器を使ったのですが、iFi Audio Pro iDSDのみで鳴らした時の、カチッとしたドライでクリアな分析力、さらにPro iCANを通して生まれる立体的な厚み、そしてこれらはトランジスター・真空管モードを任意で切り替えられるのですが、真空管モードにすることで得られる音色の艶の濃さ、さらに、DACをChord Qutestに変えてPro iCANを鳴らすことで、Chord特有の美しい流れるような楽器音、といった具合に、TH909を使うことで、DAC・アンプの組み合わせによるサウンドの変化が普段以上に強力に伝わってきます。
このTH909の素直さは、DAC・アンプ・もしくはケーブルなどを吟味すれば、自分の求めているサウンドに近づくことが可能になるので、大きなメリットだと思います。ヘッドホン本体の味付けが濃いと、そうはいきません。
しかもTH909は、素直であっても、音が地味で退屈だとか、線が細い、淡々としているというわけでなく、明瞭なので、上流の組み合わせ次第ですごくリッチになったり、シャープになるといった、変幻自在さが魅力です。特にトランジスター・真空管の違いや、DACのフィルターのモード切り替えなどを模索すると楽しいヘッドホンです。
逆に、このTH909の特徴がデメリットだと感じることもありました。あまりよくないアンプで鳴らしてしまうと、本当にヒドいです。アンプの持つ悪いクセが普段以上に明確に感じられるようになってしまい驚かされます。優れたアンプで鳴らす機会があれば良いのですが、そうでないと、TH909の音の癖として捉えてしまいがちです。
とくに、冒頭で言ったように、ポータブルDAPと相性が悪いと思ったのも、これに関連しています。
TH909の魅力である豊かな低音が、なぜか理由はわかりませんが、ポータブルDAPだとふわふわモコモコと不安定な感じになります。そのため、低音の印象が薄くなり、各DAPごとに中高域の音色にのみ耳が向いてしまいます。上質なDAPであれば、確かに中高域は綺麗に出て、開放型ヘッドホンっぽい雰囲気になるのですが、なんだか不安定で土台が危うい感じがして、TH909本来の良さが発揮できていないようです。
DAPも近頃はパワフルなモデルも増えて、十分な音量やダイナミクスが発揮できるものばかりですが、それでも何故か駄目でした。6.35mm→3.5mmアダプターのせいかと思い、それも色々試したのですが、どれも同じ結果です。
よく定説として、低音を出したければ据え置き型アンプを使うべき、なんて言われることがありますが、まさしくそのケースかもしれません。「低音が出る」というのは単純に音量が増えるという意味ではなく、音がしっかり落ち着いて、実在感があるという事です。
ところで、余談になりますが、TH900とTH909のどっちを買うべきか悩んでいる人もいると思いますが、私の個人的な意見としては、TH909のサウンドの方が好みです。
私自身はフォステクスは結構気に入っていて、THシリーズだけでもTH600・TH500RP・TH-X00・TH610と買って所有しているのですが、TH900だけは購入していません。値段が高いという事が一番の理由ですが、漆塗りハウジングに関しては確かに美しいと思うので、それが馬鹿らしいというわけではありません。(ただし自分が使うとしたら傷をつけるのが怖いので、むしろ不都合ではあります)。
値段が高いという理由は、私の勝手な感想として、現状で密閉型ヘッドホンには未だに乗り越えられない限界があると思っているからです。現在でも多くのメーカーが希少木材やカーボン、ガラスなどの特殊素材と形状で試行錯誤を行っていますが、結局はハウジング反響をどうやって上品に処理するかという試みです。各社からこれだけ技術進歩があっても、実際に聴いてみると、やはりハウジング由来のクセを聴いている感じが拭えません。極端に言えば、音源ではなくヘッドホンの音色を楽しんでいるだけです。
感覚的に言うと、10万円くらいまでは、まだドライバー製造技術などに価格なりの優劣があるのですが、それ以上になってくると、行き詰まりを感じます。
個人的に、密閉型で一番好きなのはフォステクスTH610、もしくはベイヤーダイナミックDT1770PROです。どちらも約75,000円の時点でそれぞれ密閉型モニターヘッドホンとして申し分ないチューニングバランスを実現できており、私にとってレファレンス的な存在です。
TH900はそれらより劣るという意味ではないのですが、これ以上高価なモデルになっても、ハウジング由来の味付けが異なるのみで、買い替え意欲が生まれるような「決定的な格差」みたいなものが感じられません。美音や響きなど、なにか特定の要素を伸ばすと、必ず他の不具合も生まれてしまうようで、たとえば雑誌レビューでよくある五角形グラフで、限られた総合点数を振り分けているような感じです。TH900もTH610と比べると美しい中高域の響きが乗りますが、音源によってはギラッとしがちですし、逆に、聴きやすさ重視のAH-D7200だと、丸くマイルドすぎて眠くなります。
さらに高価な密閉型となると、たとえば、原音忠実とは離れてしまいますが、ベイヤーT5p 2ndやUltrasone各種などのように、あえて直接音を分散させて派手に響かせるような特殊な工夫があったほうが、音作りという面でむしろ面白いです。
そして、今回登場したのがTH909なのですが、あくまで私の解釈では、これはTH900のバリエーションモデルというよりも、むしろ開放型になることで設計の自由度が増し、密閉型の限界を超えることができた、という印象をうけました。そのため、価格がTH900よりも割高なのも納得できます。
もちろん様々な事情から密閉型が必要だという人もいますし、その中でもTH900はトップクラスに優秀な部類ですが、とくに中高域の自然で正確な表現力という点においては、密閉型では実現できない決定的な格差がTH909では感じられました。
おわりに
フォステクスTH909は、TH900の良い部分を大事にしながら、開放型にすることで新たな魅力を引き出した、とても優秀なヘッドホンだと思いました。なにか一点が飛び抜けて凄いというよりは、全体の要素をまとめ上げて的確なサウンドチューニングに仕上げたフォステクスの手腕が凄いです。総合点が高く、どんな人にも薦められる万能さがあります。そのあたりは日本のオーディオメーカーっぽいですね。
開放型というわりに、低音付近は密閉型っぽい箱鳴り感が残っている点は好みが分かれます。たとえばゼンハイザーHD800やオーディオテクニカATH-ADX5000のような完全開放モデルのライバルとして検討するヘッドホンではないと思います。
ではどういった人がTH909を買うべきかというと、ヘッドホンになにか奇抜な演出効果を期待している人には不向きかもしれません。密閉型に行き詰まりを感じているけれど開放型に馴染めない人、もしくは、すでにそこそこ良いイヤホン・ヘッドホンを持っていて、なにか一つ最上級ヘッドホンを買おうと思い、色々と店頭試聴を繰り返していても、どれも一長一短でなかなか決定的な一台を決めかねている、なんて人であれば、TH909を試してみるべきです。たくさんの中堅モデルをジャンルごとに使い分けている人は、それらを一掃してTH909一台に絞ることも十分検討できます。
クラシックやジャズなど高音質録音の奥底まで引き出せる見通しの良さと、ポピュラー音源でも聴き疲れしないリラックスした鳴り方の両方が実現できる珍しいヘッドホンです。こういった音作りの絶妙なバランス感覚というのは、メーカーの腕の見せ所であり、スペックやレビューだけでは計り知れないものなので、ぜひ一度じっくりと試聴してもらいたいです。