2018年10月2日火曜日

ゼンハイザー HD58X Jubilee ヘッドホンのレビュー

ゼンハイザー「HD58X Jubilee」を買ったので、感想とかを書いておきます。

HD58X Jubilee

米国ショッピングサイトMassdropからのオリジナルリリースで、2018年7月に手に入れました。数あるHD600バリエーションの中でも風変わりな一品ですが、今回はあまり書くことが思い当たらないので、手短な紹介のみです。


Massdrop

Massdropについてはこれまで何度か書いてきました。米国のショッピングサイトで、サイトが掲載した商品に対して期日までに規定数の注文が集まったらメーカーに格安でロット発注するという仕組みのグループ購入サイトです。

数年前の設立当初からヘッドホンオーディオに注力しているサイトで、過去にも大手ヘッドホンメーカーと協力してMassdrop限定リリースというのを出しています。とくにAKG K7XXやFostex TH-6XXなんかは話題になりましたし、日本でも中古品を見かける機会が多いです。

HD6XXとHD58X Jubilee

ゼンハイザーとは昨年HD650の廉価版HD6XXを発売して好評を得ました。簡素なパッケージに未塗装ハウジング、ショートケーブルといったコストダウン版ですが、音質は本家HD650とほぼ同じで(私には違いがわからないレベルでした)、値段は$199USD(約22,000円)という低価格です。当時はちょうどゼンハイザーからHD650の後継機HD660Sが登場した時期だったので、タイミング的にも注目を集めたリリースでした。

これらMassdrop限定モデルは、毎年恒例でクリスマス発送を目安に企画されるのですが、今回紹介するHD58X Jubileeは2017年12月23日に注文が始まり、2018年7月に発送されました。つまり購入から発送まで半年以上のギャップがあったので、実は私は注文したことすら忘れていました。

HD58X Jubileeの価格は$150USD(約17,000円)なので、HD6XXよりもさらに5,000円ほど安く、コンセプトとしては、往年の名機「HD580 Jubilee」のサウンドをオマージュしたトリビュートモデルということでした。

ネットで拾った写真ですが、HD580とJubilee

オリジナルのHD580は最近見かける機会も少なくなってきたので、知らない人も多いと思いますが、1993年に登場したヘッドホンで、HD580 → HD600 → HD650 → HD660Sという一連のシリーズの原型にあたるモデルです。

プラスチックのグリルが目立ちますが、ハウジングやドライバーなど全体的な基礎設計はHD600とほぼ同じで、今聴いても十分通用する優れたヘッドホンです。

そしてHD580 Jubileeというのは、1995年にゼンハイザー創業50周年記念を祝して、限定4,000台で発売されたスペシャルモデルです。中身はHD580ですが、ハウジンググリルがプラスチックからメタルになり、シャーシにカーボン調のドレスアップが施されたデラックス版という扱いです。

当時そんなHD580 Jubileeのデザインが大変好評だったため、限定品ではなく通常モデルとして再販して欲しいという要望が実現し、HD580の後継機として1996年に改めて登場したのがHD600です。Jubileeのメタルグリルを継承して、ハウジングのカーボン調デザインをHD600では大理石調に変えることで限定版と差別化しています。

外観で各モデルの区別はつけやすいですが、実際の音質となると複雑な状況で、現在でもマニアによる白熱した議論が繰り広げられています。というのも、同じモデルであっても、製造時期によって部品が異なっていたり、修理交換部品が同じ型番でも若干違っていたり、さらに経年劣化も考慮すると、流石に20年以上続いている名機だけあって、簡単には語りきれない色々な要素があります。とくに、ドライバー振動板のシリアル番号刻印やハウジングの音響メッシュ素材など、マニアが熱く語りだすと止まりません。

そんなわけで、ゼンハイザー50周年限定品ということで伝説的な存在になったHD580 Jubileeですが、どういった事情か今回Massdropがその名前をピックアップする流れになり、HD6XXとは異なる新たなチューニングでJubileeの魅力を蘇らせるという企画が生まれました。

単純に考えると、HD580 Jubileeがそのまま量産型HD600になったわけですから、サウンドに関しては伝説的というわけでも無いのですが、多分HD580 Jubileeを所有している懐古マニアとかが色々言っているのかもしれません。

どちらにせよ、私もこれまでに何度かJubileeを試聴する機会がありましたが、もう23年前のモデルなので音響メッシュやケーブルが経年劣化で弛んでしまい、当時の音については再現しようがありません。音が良い悪いというよりは、いい意味で新品当時よりも緩くマイルドになっていると想像します。

それよりも、今回登場したHD58X Jubileeは、HD600と同じハウジングデザインで$149という格安価格なので、それはそれで凄いお買い得です。せっかくなので一台買ってみました。

パッケージ

中身は質素です

パッケージは最近のゼンハイザーらしくシンプルでかっこいいデザインですが、非常に簡素で、本体とケーブル以外は何も付属していません。せめて収納バッグくらいつけてくれたら嬉しかったです。

グロス塗装とマット部品を使い分けています

専用エンブレム

ヘッドバンドにはSENNHEISERロゴ

本体はHD650などと全く同じデザインですが、ハウジングとグリルの塗装が異なります。

ハウジング外周はマットブラックの未塗装で、ヘッドバンドとアームは光沢のあるブラック塗装です。HD600のような上質な処理ではなく、質感が荒く、クリアコートも無い、ホームセンターのグロスブラックスプレー缶みたいな仕上がりです。つまり傷が付きやすいです。とはいえMassdrop HD6XXは未塗装プラスチック地肌でチープな印象があったので、それと比べるとずいぶん良いです。

グリル裏にスポンジが敷いてあります

グリルはメタルで、表面は銀塗装されているため、冒頭の比較写真を見ても、HD6XXの黒いグリルと比べて印象は結構変わります。

さらに特殊な点として、グリルの裏にスポンジが敷いてあります。オリジナルのHD580にも薄いスポンジが敷いてありましたが、HD580 JubileeやHD600など、メタルグリルを採用するようになってからはスポンジは無かったと思うので、ちょっと不思議です。ちなみにスポンジを取り外すと音がキンキンスカスカで聴きづらくなってしまいましたので、このスポンジありきでの音響設計のようです。

ケーブルは太いHD650タイプで1.5m・3.5mm端子です

イヤーパッドはHD6XXと見分けがつきません

ケーブルとイヤーパッドはHD650などと互換性があるので、申し訳ないですが部品取り用としても有用かもしれません。ケーブルはHD6XXと同じ物で、HD650と同じ太さの線材ですが、3.5mm端子・1.5mという仕様なので、デスクトップ用途での使い勝手は良いです。

銀色メッシュです

ハウジンググリルを外して内部構造を眺めてみると、ちょっと意外でした。フレームに貼ってある音響メッシュは銀色のタイプです。HD580からHD600の初期モデルまでは黒いシルクのようなメッシュを使っていた事が音質面で重要だったと思うのですが、今回はHD600後期から現在まで使われている銀色のメッシュをそのまま採用しています。Jubileeというくらいだから、てっきりこのあたりを復刻再現するのかと思っていました。

ちなみにHD600シリーズと同様に、本体はアイルランド製です。ヘッドバンド内側にはシリアルナンバーシールとMassdropロゴが印刷されています。

共通ハウジングですが、ドライバー周辺が異なります

カプセル

ドライバーカプセルがこれまでのHD600シリーズとは異なるデザインを搭載しているのが面白いです。オリジナルのHD580 JubileeはHD600と同じドライバーデザインだったので、当然それとも違うことになります。

交換可能な一体型カプセルではなく、配線がハンダ付けされている、ごく一般的に見られるようなドライバー構造の上に、プラスチックの蓋がしてあります。マグネット中心のスポンジも付いていません。これはハウジンググリルにスポンジが敷いてあるためでしょう。

つまり、このドライバー周辺がHD580やHD600などと比べて大きく異なり、簡素な設計のようなので、音質も変わる事が想像できます。ハンダ付けのターミナル基板などを見ても、どちらかというと下位モデルのHD599などとデザインがよく似ています。

インピーダンス(破線は位相)

HD58XとHD6XXのインピーダンス・位相特性を比較してみました。どちらも同じハウジング形状の開放型ヘッドホンなので、測定値の違いは主にドライバーに依存します。ケーブルはどちらも同じ物です。

HD6XXの測定値はHD650とほぼ同じということは以前紹介しました。それらと比べると、HD58Xはインピーダンスが全体的に低く抑えられており、1kHz付近でHD6XXは300Ω、HD58Xは150Ωということがわかります。

HD58X・HD6XXのどちらも2kHz付近で位相がゼロになり、高域で位相が進む設計という共通点はありますが、低域の共振点が異なり、さらにHD58Xの方がピーク(76Hz)での位相回転が激しいです。典型的な、同じ基礎設計でインピーダンスを下げるとこうなる、という作例だと思います。

音質とか

今回の試聴では、iFi Audio micro iDSD BLとChord Hugo 2を使いました。HD58Xはスマホでも十分鳴らしやすいヘッドホンですが、せっかくなのでちゃんとしたアンプで駆動してみました。

iFi Audio micro iDSD BL

まずサウンドについて感じたのは、HD600やHD650とはずいぶん雰囲気が違います。

HD600のバランスよく爽やかな感じや、HD650の太くゆったりした感じではなく、もっと中高域に尖ったエネルギーがあり、ディテールを強調するようなサウンドです。どちらかというとHD599シリーズ、HD660S、もしくはHD700のチューニングに近いかもしれません。

オリジナルのHD580やJubileeは手元に無いので、記憶を辿る事しかできないのですが、オマージュというよりは全く別物のサウンドだと思いました。サウンドの立ち上がり、響きの伸び、空間情報の展開が、HD580を連想するような90年代当時のゼンハイザーサウンドとはかなり異なります。このHD58Xはもっとモダンで、最近のカジュアルリスナーにも対応できるような派手な音作りです。

まだ40時間ほどしか鳴らしていないので、エージングとかでもっと柔らかくなるかもしれませんが、それでもやはり確信が持てるのは、このHD58Xのサウンドは、HD650以前ではなく、それ以降の、つまりHD599・HD700・HD660Sに見られるようなチューニングに近いという事です。とくにHD700とはアタックの刺激やスカッと低音が抜ける部分などで類似性を感じました。きっと近代的なゼンハイザーの音作りの基準というがこんな感じなのでしょう。


HighNoteレーベルからの新譜で、ヒューストン・パーソン&ロン・カーター「Remember Love」を聴いてみました。サックスとベースともに80歳を超えるベテランです。ドラムやピアノなどは不在で、一対一のデュオでスタンダードをゆったりと奏でます。

HD6XXと比べてみることで、HD58Xの良い点と悪い点がよくわかりました。その中でも、特にこういったシンプルなジャズアルバムでは良い点が多く目立ちました。

まず、HD58Xは中高域が前に出てくるような主張があり、それがサックスのブロウでよくわかります。多少うわずったような金属質の響きが強調されるので、音の出だしが派手で、歯切れが良いです。重いテナーの演奏でもモコモコせず、一音ごとに吹き込む表現、つまりアーティキュレーションが伝わりやすいです。ドライバーから発せられる音の張りが強く、攻め込んでくるような感じなので、それだけ音楽に引き込む力があるということです。

ウッドベースの鳴り方もHD58Xと相性が良いです。ベテランのロン・カーターなので、単なるリズムキープではなく多彩なソロ・テクニックを繰り広げますが、HD58Xでは弦の張力で弾けるようなインパクトを持って再現されます。

このヘッドホンが面白いのは、低音の量感そのものはかなり薄味で、まるでHD600くらい軽いバランスなのですが、ウッドベースの演奏が立体的にせり出してきます。つまり低音全般がモコモコしているのではなく、楽器のアタックのみ飛び出してくるような効果です。ベースの指さばきでボーンと弾けるようなサウンドが、実際のウッドベースの生音というよりは、まるで間近のPAスピーカーで聴いているような、ちょっと飽和気味な迫力があります。

そんなHD58Xの特徴的な鳴り方のおかげで、サックスとベースのデュオという組み合わせであっても、決して甘すぎず、演奏されている音色の表現だけが目の前に強調されるような鳴り方でした。


PentatoneレーベルからAlisa Weilersteinのハイドン・チェロ協奏曲とシェーンベルク・浄夜のカップリングです。ノルウェーのTrondheim Soloistsと素晴らしい演奏を繰り広げますが、とくにハイドンが面白いです。いわゆる一般的な、ソリストがオンマイクでスポットを浴びる録り方ではなく、弦楽アンサンブルの一員として颯爽と演じることで、構成の見通しが良く、まるで浄夜の弦楽六重奏と世界観を共有するような斬新な演奏です。

最新の高音質DSDアルバムで、複数奏者の入り組んだ作風なので、先程のシンプルなジャズ・デュオとは対照的に、HD58Xの弱点が明確に現れるケースでした。

HD650や、ゼンハイザー上位ヘッドホンと比べてHD58Xの大きな弱点は、音色が雑で、まとまりが悪い事です。とくに中高域は音像定位やフォーカスがかなり乱れており、一見高音が派手でも、あまり高い音域まで素直に伸びていきません。つまりある程度のところでギラッと強調されるのみで、その上の音が正しく出ません。また、低音も特定のピークがあるのみで、それだけが必ず前方にせり出して来るので、音源忠実とは言えず、空間の距離がリスナーに伝わってきません。料理に例えれば、なにか一つの食材がものすごく味が濃く、それだけで誤魔化しているようなものです。

HD650の方が、丸くマイルドで、イマイチ爽快感に欠けるサウンドというイメージもあるのですが、じっくり腰を据えて聴くにはちょうどよいバランスで、どの帯域も位置情報(つまり位相)のプレゼンテーションが良好で、演奏の実態が掴めるので、HD58Xよりもワンランク上の音作りだと思います。

最新モデルHD660Sと比べてみると、さらに面白いです。周波数帯のバランスだけを聴き比べるなら、HD58XとHD660Sはそこそこ近いので、交互に比較すると「結構似てるな」なんて印象がありました。しかし時間軸での正確さ、つまりアタックの揃い方と、音の減衰する速さで大きな格差があるようで、時間をかけて聴いていると優劣の差を意識するようになってきます。

HD660SはHD650と比べるとレスポンスが速く硬質で、緊張感が高いサウンドなのですが、それでも低音はしっかりと引き締まり、高音は聴き取れないほど高いところまでしっかり鳴るので、つまり下手な演出をせず、コントロールが上手なヘッドホンだと言えます。

HD58Xは、それらのヘッドホンと比べると、コントロールが甘く、「落ち着きのないサウンド」という印象が強かったです。実はこれはHD700やHD598・599シリーズに近いような気もします。

HD700・HD598・HD599などのヘッドホンは、ちょっと勢いがありすぎて浮足立っているような印象で、HD600シリーズとは全く別系統だと思っています。もちろんモデルごとに独自の違いがあり、短絡的にHD58XがHD700と同じ音だという意味ではありません。値段の差は十分に感じられるくらいの違いはあります。

HD700はハウジング形状によってドライバーを耳からかなり離して、前後非対称の傾斜をつけて搭載しているため、音像が前方に寄って距離感のある鳴り方です。HD598・599なども、HD700ほどではありませんが、ハウジング内部反射を多用する設計なので、空間展開が立体的で、サラウンドっぽい感覚がられます。

一方、HD58Xは耳の間近にドライバーが配置されており、ハウジングによる脚色が少ないため、派手なサウンドが鼓膜にストレートに入ってくる設計です。気になる音色の雑味というのも、ドライバーの素の特性がそのまま伝わってくることが不利に働いているのかもしれません。

おわりに

全体的に見て、このHD58X Jubileeというヘッドホンは、オリジナルHD580 Jubileeへのノスタルジーを感じさせるようなデザイン要素はほとんど無く、むしろ現行HD650のシャーシに安価なドライバーを搭載した、エコノミーモデルという表現が的確だと思います。結局、$150USDという低価格で多くは望めません。

値段が安いので、私自身はとりあえずどんな音か聴いてみたかったのと、珍品コレクションに加えるだけでも有意義だったと思いたいですが、ただし「Jubilee」という名前を使っての限定品企画としては疑問が残ります。

HD580・HD600・HD650の三モデルは、製造時期による細かなデザインの違いを除いてドライバーカプセルの基礎設計は共通しており、最新のHD660Sにてようやく全く新しいドライバーに世代交代した事が画期的でした。つまり、考えようによっては、HD650は二つの道に分岐し、より高音質なドライバーにアップグレードされたのがHD660S、そしてローコストなドライバーへと転換したのがHD58X Jubileeというふうにも見えます。

Massdrop限定販売ということでかなりニッチな商品ですが、これまでも実際の商品リリースの前にMassdropで先行販売して市場の評価を見るというテストケースが多々あったので、もしかするとゼンハイザーも、今後また別の名前で、HD58X相当の正規品を発表するのかもしれません。

個人的に、最低限の出費で高音質な開放型ヘッドホンを探しているのであれば、ゼンハイザーHD6XX、AKG K7XX、そしてHifiman HE-4XXなど、これまでのMassdrop限定リリースはどれも圧倒的なコストパフォーマンスを誇っていて、高く評価しています。入門機としてこれ以上優れた買い物はできません。(再販され続けていて、手に入りやすいです)。

一方、今回のHD58X Jubileeは$149ですが、$199のHD6XXと比べて価格差以上に音質の格差を感じたので、たった$50の差額でHD6XXが買えることを踏まえて、そこまでおすすめできません。

設計自体はゼンハイザーの開放型という枠組みから逸脱しておらず、壊滅的に音が悪いというわけではないので、$150という値段を考えれば妥当なラインで、同価格帯のHD598SRや、ちょっと上のHD599に対しても十分健闘しているというべきでしょうか。

おまけ

余談になりますが、ゼンハイザーHD58X Jubileeを購入したちょっとあとに、同じくMassdropサイトにてベイヤーダイナミックDT990 Black Special Editionというヘッドホンが販売していたので、それも面白そうで買ってみました。

ちゃんとしたパッケージ

ベイヤーダイナミックの開放型ヘッドホン「DT990」は1980年代から存在する代表的なヘッドホンで、色々とマイナーチェンジを経て現在まで販売されているロングセラーです。

開放型ヘッドホンの定番として、知らない人はいないくらいの有名モデルですが、業務用として安心して末永く使えるという意味では、ゼンハイザーHD600シリーズのライバルといえます。

DT990・DT990 PRO

DT990の日本での定価は46,200円だそうですが、現在の流通価格は25,000円くらいです。さらに、ケーブルがカールコードでヘッドバンドにカバーがついているDT990 PROという業務用モデルも存在しています。

マットブラックです

このMassdrop Black Special Editionは、通常版DT990をベースにしており、まず値段がUS$180(約2万円)ということで、現在の流通価格よりもちょっと安いです。

マットブラックに統一されたカラーリング、そして興味深い点として、ヘッドバンドのデザインが通常版DT990とはちょっと違い、DT1990 PROなど最新モデルに近い形状にアップデートされています。

イヤーパッドはベロア素材のみ、ケーブルはストレートタイプ、左側片出しで着脱不可能なので、そのあたりは通常版DT990 (PREMIUM EDITION)のスペックに準じています。

グリルもマットブラックです

Made in Germanyです

廉価版といえど、他のベイヤーヘッドホンと同じくドイツ製で、製造クオリティは通常版と全く同じようです。開放グリルのマットブラック塗装も、通常版の銀色と同じような質感で綺麗に塗装されています。

250Ωと600Ω版が選べます

パッケージも通常版と同じデザインのしっかりしたもので、ちゃんとBlack Special Edition用に別注されています。

さらに、商品注文時に「250Ω」「600Ω」二種類のインピーダンス仕様から選べるようになっていました。(私は600Ω版を選びました)。

双方の音質はあまり変わりませんが、ドライバーの能率スペックは96dB(/mW?)と共通しているので、同じ音量を得るためにはインピーダンスが高いモデルの方が高電圧・低電流、インピーダンスが低い方が低電圧・高電流での駆動になります。

つまり、高い電圧が得られる据え置き型ヘッドホンアンプなどを所有している人ならば、高インピーダンスモデルを選んだ方が低い電流で駆動できるというメリットがあるので、そういったマニアに好まれます。

ちなみに通常版ではこの他にも32Ω版がありますが、Black Special Editionでは選べませんでした。

しっかりしたケース

ヘッドホンがぴったり収納できます

パッケージの中には収納ケースも付属しています。$180でこんなケースも付属しているのはかなりお買い得だと思いました。

ちなみに通常版DT990では、バリエーションや年代によってケースが付属していたり、していなかったりで曖昧なので(しかもケースのデザインが色々あるので)、購入時にチェックが必要です。息の長いモデルなので、オンラインショップで格安品を買ったら、10年前の在庫だったなんて事もあります。


このMassdrop版DT990 Black Special Editionの音質については、通常版と全く同じなので、あえて詳細に書く必要も無いと思いますが、一応感想をちょっと書いておきます。

DT990のサウンドは、まさに典型的な旧式のスタジオモニターヘッドホンといった感じで、高音寄りのドライバーからの明るくシャープな音色に、ハウジングによる丸くフワッとした低音を足すことで仕上がっています。

とくに、このDT990は開放型ということで、中高域にかけての音抜けが良いため、昔からヘヴィメタルやハードロックなどと相性が良いヘッドホンといったイメージがありますが、実際にそのとおりだと思います。メタルといえば同じく定番のGrado SR325と同様に、アタックが刺激的でありながら、残響がキンキンと響かないため、常に前進するような勢いのあるサウンドが人気の秘訣なのでしょう。さらに低音もドコドコと体感できる重さがあります。たとえばライブアルバムのハードなドラミングやギターソロなども、埋もれずにクッキリと鳴らしてくれるのは魅力的です。

ただし、やはり値段相応というか、古臭さを感じるサウンドであることも確かです。聴きづらいサウンドではないのですが、数日間使ってみた時点で「やっぱり、もっと良いヘッドホンを使いたい」と思う気持ちが強くなりました。

多くのレビューなどで指摘されていますが、中域に厚みが無く、いわゆる典型的なドンシャリサウンドです。単純に中域の音量が少ないというだけではなく、ドライバーから出た高域と、ハウジングからの低域で音の質感が全く異なるので、上手く噛み合っておらず、まるでバスレフポートのあるコンパクトスピーカーのような整合性の悪さがあります。周波数帯域だけを見ればワイドレンジに出ているのですが、各出音要素がナローレンジということです。

一般的なポピュラー音楽であれば、ミキシングの段階で、一つの楽器は特定の周波数帯のみに絞ってEQでフィルタリングしているので、そこまで気にならないのですが、生楽器というのは本来もっと広帯域に鳴り響くものです。しかしDT990では生楽器の低域から高域までの全体に統一感が得られません。

たとえば弦楽四重奏を聴いてみると、譜面上の音はちゃんとクリアに聴こえているのですが、ヴァイオリンは羽虫のように細い帯域に絞られ、チェロは別室で壁越しに聴いているかのようにモコモコしています。つまり楽器本来の生音の魅力が引き出せておらず、「音色を楽しむ」という聴き方ができません。

意図的に不自然なチューニングで作っているというわけではなく、これが、1980年代の基礎設計の限界であって、しかも現在2万円以下で買えるヘッドホンの限界なのだと思います。


話をゼンハイザーHD58Xに戻すと、これもHD600シリーズという決定的な名機があり、それをギリギリまで低コストにしていくと、ある価格で破綻してしまい、それがちょうど2万円くらいなのだと思います。どちらのメーカーも、もうちょっと高価なモデルを選べば、飛躍的な音質向上が実現できます。

今回の二機種と、より優れたハイエンドヘッドホンとの決定的な違いがあるとすれば、それは音楽を何時間も聴いている中で徐々に脳裏に浮かんでくる「不自然さ」や「不満」の度合いなのだと思います。

やはり優れたヘッドホンというのは、毎日長時間聴いていても明確な不満が起きません。私の場合だと、HD6XXやK7XXは傑作だと思いますし、フォステクスT60RP、ベイヤーダイナミックDT1990PRO、HIFIMAN HE-560など、味付けの違いで色々持っていますが、どれも生楽器の音色が堪能できて、何十時間聴いていても不満が起こりません。


今回Massdropで低価格ヘッドホンを買ってみたのは、もちろん面白半分ですが、日々の音楽鑑賞で「不満の起きない」開放型ヘッドホンの最低ラインを見極めたいと思ったからです。

はっきり2万円というわけではなく、メーカーごとにそのラインは微妙に異なると思いますが、大手ゼンハイザー・ベイヤーダイナミックの目安として、よい参考になりました。

よく私のまわりの友人から「なにか安くてオススメなヘッドホンは」と聞かれることがあるのですが、個人的な意見として、今回取り上げた二つのヘッドホンはオススメできません。たとえ初心者であっても、音楽鑑賞のためなら、もうちょっと上を目指した方が絶対に良いと実感できたことが大きな収穫でした。

すべて私の勝手な主観ですが、この最低ラインさえ超えてしまえば、そこからさらに何十万円と高級ヘッドホンにつぎ込んでも、そこまで音楽鑑賞の楽しみが劇的に向上するというほどでもないと思います。