SRM-D10・SRM-D50 |
PCM 384kHz・DSD 5.6MHz対応USB DACを搭載するなど、過去のSTAXからは想像できないほどモダンでハイテクな、まさに新生STAXを象徴するようなモデルです。
SRM-D10は約9万円、SRM-D50は現在海外での取り扱いのみという事ですが、US$1,200なので15~20万円弱くらいでしょうか。
STAX
今月号(2019年4月)の「無線と実験」誌で、ちょうど「スタックスの歩み」という面白い連載が始まったので、楽しく読みながら参考にさせてもらいましたが、STAXは1938年に「昭和光音工業」として発足した当時から、コンデンサーマイクや静電スピーカーなどに特化した少数精鋭の技術派だったようです。「静電のSTATICと、未知数のXでSTAX」という由来は初めて知りました。レコードカートリッジやトーンアームなども傑作が多く、私もSTAXのカーボンアームを長らく愛用しています。そして1960年に世界で初めて静電型ヘッドホンを発売して以来、そのコンセプトはほとんど変わっておらず、着々と性能を高めてきて今日に至っています。
STAXラムダシリーズ |
中核となるラムダシリーズは、一度見たら忘れられない黒い長方形が印象的ですが、いい加減そろそろデザインを変えればと思う一方で、やはりあれでないとSTAXらしさが損なわれるような、クラシックの域に達しています。
2009年頃のゼンハイザーHD800などを皮切りに高級ヘッドホンブームが始まる前は、ダイナミックドライバー型ヘッドホンというと(それ以前もニッチなプレミアムモデルはありましたが)、一般的に5万円以下のHD600やDT880などが上限で、その頃のSTAXヘッドホンは値段・性能ともにまさに別次元の存在でした。
当時から「STAXヘッドホン」なんて書くとマニアから怒られてしまい、正式には「STAXイヤースピーカー」と呼ばれていたくらい、普通のヘッドホンとは別格扱いでした。(最近ではSTAX公式も「コンデンサー型ヘッドホン」と呼んでいます)。
ちなみにSTAXは自社製ヘッドホンアンプのことを「ドライバー」と呼ぶので、それも混乱します。
一般的なヘッドホンの場合、振動板・磁石・コイルをまとめてドライバーと呼ぶのですが、STAXの場合は永久磁石ではなく金属板を帯電させるための580V電圧(いわゆるバイアス電圧)が必要になり、ヘッドホンアンプがそれを供給する役目も兼ねているため「ドライバー」と呼んでいるようです。
往年のSTAXは一部マニアからの熱狂的な支持があった一方で、ビジネスとしてはあまり成功したとは言えず、1995年に経営破綻して少数スタッフのみの有限会社として再スタート、その後も年老いた熟練工の技量に依存するような職人工房を貫いたため、常に存続が危ぶまれるメーカーでした。まさに日本の職人産業を象徴するような事象です。
そんなSTAXですが、2011年に正式に中国資本と業務提携する事で安定した運営体制を得ることができました。中国資本ということで、どうせSTAXの名前だけ欲しいのだろうと、当時一部のオーディオマニアからは「古き良きSTAXの終焉」を嘆くような声も多かったです。
ところが現実は期待を上回り、開発と製造技術が大幅に進歩して見事な復活を遂げました。精密な職人技が求められる静電ヘッドホンの製造は日本国内にモダンな工場が新設され、今回紹介する最新DAC・アンプは中国の電子工場を活用することで近代的な設計に生まれ変わりました。
私の個人的な意見ですが、従来のSTAXヘッドホンシステムは、アンプが弱点だったと思っています。STAXは専用の特殊なアンプが必要ということで、ほとんどのユーザーがSTAXヘッドホンとアンプをセットで買っています。
資本提携前のSTAXは、おおまかに5種類のアンプが選べました。
- 50,000円 トランジスター低価格(SRM-252S)
- 81,000円 トランジスター中級 (SRM-353X)
- 91,000円 真空管中級 (SRM-006tS)
- 132,000円 トランジスター上級 (SRM-727A)
- 147,000円 真空管上級 (SRM-007tA)
数年ごとに名前が変わり若干の回路変更や部品が変わったりしましたが、パネルデザインを含めて何十年も代わり映えしないデザインを、良く言えばブラッシュアップ、悪く言えば使い回していました。
完全新設計のニューモデルを作るには莫大な開発予算と製造設備投資が必要になるので、既存モデルをベースにマイナーチェンジで数年間持ちこたえるのは、どのオーディオメーカーでも常套手段です。万年貧乏なSTAXの場合、それが四半世紀も引き伸ばされてしまったという事です。
従来のベーシックセット |
それでも音が良ければ結構なのですが、私の印象ではアンプが足を引っ張っています。とくに最低価格のアンプはよくスターターキットとしてバンドルされているのですが、回路は非常に質素で、電源の管理は弱く、出力ゲインも低く、ちょっとでもボリュームノブを上げると音が歪み始めるなど、STAXの第一印象としてはむしろ逆効果だと思っていました。いわゆる「STAXは低音が出ないのでクラシック老人向け」というような風評は、このような貧弱なアンプに由来する部分が結構大きいかと思います。
上位モデルになるにつれまあまあ良くなってくるのですが、STAXの場合ヘッドホン本体が飛び抜けて優秀なので、ヘッドホンブームに乗じてサードパーティから互換アンプが続々登場しはじめて、STAX本家のお株を奪うような状態になっていました。
ガレージメーカーを中心にSTAX純正よりも優れたアンプが同価格帯で手に入るようになり、さらに15万円のSTAX最上級アンプでも満足しきれないSTAXマニアのために、有名なところではHeadAmp Blue Hawaiiなど、50万円もするような「STAX互換アンプ」市場が出来上がってしまったということです。
SRM-T8000 |
そんな中で、STAXは2017年にようやく待望の新規設計アンプSRM-T8000を595,000円で発売しましたが、すでに超高級路線では社外アンプの市場が出来上がってしまった後なので、なかなかそこに切り込むのに苦労しているようです。
私が新生STAXに求めているのは、いきなりの超ハイエンドではなく、数万円のエントリーモデルでもなく、まずSTAXを知らないコアなヘッドホンマニアに静電型の良さをわかってもらえるような中堅パッケージの充実です。つまり「高級ヘッドホン+据え置きDACアンプ」の音を知っていて、ネットレビューなどに敏感なヘッドホンマニア層に、同価格帯で新たな選択肢としてSTAXに興味を持ってもらえるようなパッケージを期待しています。
そんなわけで今回登場したSRM-D50・SRM-D10はかなり魅力的に見えました。
SRM-D10
まずポータブルのSRM-D10ですが、これは2018年に登場したので、すでに何度も試聴する機会がありました。今回はあらためてSRM-D50の登場に合わせての比較試聴です。シンプルでカッコいいです |
アルミ削り出しの細長い箱で、デザインはモダンでカッコいいと思います。なんとなくラムダシリーズの長方形ハウジングを意識しているようなルックスです。
工作精度はとても高く、アノダイズの落ち着いた色合いも良いです。サイズはiFi Audio micro iDSDよりもちょっと厚いくらいで、一般的なポタアンよりも大きめです。
そもそもSTAXは開放型なので、ポータブルといっても通勤通学に使うというよりは、無停電電源搭載のコンパクトデスクトップアンプといった使い方に適していると思います。
USB DAC搭載、バッテリー駆動で約3.5時間再生(アナログ入力だと4.5時間)、PCM 384kHz ・DSD 5.6MHz対応の最新スペックです。USBインターフェースはXMOS、D/Aチップは非公開ですがネットで調べるとESS ES9018らしいです。
いわゆるポタアンにありがちなフィルターやゲインなど多機能性を詰め込むのではなく、ボリュームノブを回すとカチッと電源が入るというだけのシンプルなデザインです。それ以外に一切の機能はありません。
ライン入力、マイクロUSB、ACアダプター |
背面にはACアダプター入力と、3.5mmアナログライン入力・マイクロUSB入力、それらの切り替えスイッチがあります。DAPとの連携を考えると、できれば光デジタル入力も搭載してほしかったです。
ACアダプター |
ACアダプターはDC14V・2.5Aでした。今回試聴したのは海外モデルなので、日本では別のものが同梱されているかもしれません。
STAX PRO出力 |
STAX専用の、いわゆる5ピンPROタイプと呼ばれるヘッドホン接続端子です。もちろんSTAX以外の一般的なヘッドホンは使えません。
AndroidスマホへOTG |
AndroidスマホとOTG接続してみたところ、問題なく認識しました。
USBインターフェースにXMOSを使っているということなので、iFi Audioなど世間一般のUSB DACと同じような挙動なのが嬉しいです。高レートのハイレゾPCM・DSDファイルでも音飛び皆無で快適に使えました。
こういうところで、一昔前の日本企業だったら、不完全な自社製インターフェースにこだわって墓穴を掘るパターンだったのですが、ここでSTAXが潔くXMOSを採用したのは中国資本による国際化と合理性を象徴していると思いました。
SRM-D50
次に据え置き型のSRM-D50を使ってみました。トップをぐるっと囲むアルミ押し出し材に黒のパネルがエレガントです。オレンジに光るVUメーター |
フロントパネルはシンプルに入力切替とボリュームノブのみです。電源スイッチは背面にあります。
色使いや素材の組み合わせなど、最近流行のレトロ調ライフスタイル家電とハイテクを上手に融合できていると思います。従来のSTAXアンプのような薄い板金ではなく、剛性が高い事で高級感を高めていますし、大きな金属製フリップスイッチもかっこいいです。初見ですぐ使い方がわかるというのは良いです。
サイズもSRM-D10と比べると一回り大きいですが、据え置き型としては一般的な部類です。
チャームポイントとしてアナログVUメーターが印象的です。オレンジに光るので電源ランプも兼ねています。
このVUメーターは実際に音楽信号に合わせて動くのですが、これが結構元気に跳ね回ります。他社のやつだと、ボリュームをかなり上げてもぴくりとも動かないのが多いですが、これはあえて過敏にしてあるようです。クラシックとかを適音量で聴いてもレッドゾーンまで跳ね上がるので視覚的に満足感があります。
SRM-D50 |
Hugoっぽいロゴ |
トップパネルにSTAXロゴが大きく削り出されています。なんとなくChord Hugo 2のロゴを連想しました。
007・727と比較 |
従来のSTAXアンプは奥行きが長かったので、それらと比べるとずいぶんコンパクトになりました。上の写真では背面を揃えた状態なので、旧STAXアンプがどれだけ長いかわかります。
背面の入力端子 |
背面はUSB B端子以外にも、SRM-D10には無かった光・同軸S/PDIF入力もあるのが嬉しいです。さらにライン入力はステレオRCAです。
ちなみにSRM-D10と同じPCM 384kHz・DSD5.6MHz対応、XMOSインターフェースなので、スマホOTG接続などもトラブルフリーで快適に使えました。D/AチップもSRM-D10と同様にESS ES9018のようですが、据え置き型だけあって、電源など周辺回路の作り込みが大幅に異なります。
電源が内蔵されていてIECコンセントなのが嬉しいです。ChordやiFi Audioみたいに巨大なACアダプターが別にあるタイプはゴチャゴチャするので嫌いです。
ちなみに今回試聴したのは海外モデルなので、ラベルにあるように240V専用でした。日本国内では変圧トランスを通さないと使えません。最近は白物家電でもないかぎり電圧固定というのは珍しいので、意外と不注意で壊す人も多いかもしれません。IECケーブルはそれが怖いですね。
これまでのSTAXアンプは、ある時期までトランスのタップで100V・240V切り替え可能だったのですが、最近のモデルでは廃止され各国専用電圧になりました。並行輸入を防止することと、ユーザーが勝手に蓋を開けてコンセント電圧をいじるのは危険だという処置でしょうか。
私自身も、間違った電圧で黒煙が上がったSTAXアンプを過去に何度か修理しています。オークションとかでもたまに出てますね(たいてい「普通に使えてたのに急に壊れた」とか書いてありますが、中を開けると一目瞭然です)。トランスが完全に死んでしまったものから、幸い回路基板の一部が焼け焦げただけで修復可能なものまで、損害は様々ですが、ともかく注意が必要です。
ちなみにこのSRM-D50の内部写真はネットで探せば色々見れますが、従来のSTAXアンプと比べて大幅な進化が伺えます。
シールドされたRコアトランスやアルプスのアナログボリュームなど、日本人好みのオーディオパーツを搭載しながら、信号回路は高密度な表面実装、基板レイアウトの徹底したゾーン分けなど、最近のハイテク機器設計に慣れたエンジニアの技量を感じますし、ちゃんと値段相応に金がかかっている事が伺えます。STAXらしさを残しながらも、OPPOやQuestyleなど近頃の上質な中国オーディオメーカーのアンプとの共通点も多いです。
音質とか
STAXヘッドホンシステムの試聴というのは、いつもに増して気合が入るイベントです。私にとってSTAXというと「ベテランマニアがスピーカーオーディオの傍らに購入する」というイメージがありますが、確かにそれが正しい使い方だと思います。
完全開放型ヘッドホンなので音漏れは激しいですし、環境騒音の遮音性も皆無です。つまりSTAXのポテンシャルを引き出すためには、とても静かな部屋で使う必要があります。自分が聴いている音楽が周囲に筒抜けなので、他人がいるスペースで試聴するのも憚られます。
ようするに、スピーカーオーディオが楽しめるくらい静かなプライベートリスニングルームを持っているレベルでないと、STAXを使うのは勿体無いということです。家族の喧騒から離れてヘッドホンで音楽鑑賞に没頭したいなら、やはり密閉型ヘッドホンを使うべきです。逆に言うと、周囲の音を聞きながら自然に音楽を楽しめるという意味では、スピーカーに近いメリットもあります。
手軽にSTAXが聴けるのは嬉しいです |
デジタルソースはAndroidスマホやiRiver CT10 DAPなどからUSB OTG接続を使いました。
旧モデルSRM-007tAやSRM-727AなどはDAC非搭載なので、それらにはChord Qutest DACを合わせました。
ヘッドホンはラムダシリーズの最上位モデル「SR-L700」(135,000円)が一番好きなので、それを主に使いました。下位モデル「SR-L500」(68,000円)や、オメガシリーズ「SR-009」(370,000円)もちょっと使ったので、それらについては後述します。
最上位「SR-009S」は手元にありませんでしたが、50万円もするヘッドホンなので、そこまでいくと同価格帯のSRM-T8000などと合わせるべきだと思います。
ベルリン・フィルの独自レーベルから、内田光子のベートーヴェン・ピアノ協奏曲集を聴いてみました。指揮者はラトルです。
物理メディア版は3CD + 2ブルーレイの大型パッケージで、私はベルリン・フィル公式サイトからPCMダウンロード版を買いました。
内田は個人的トップ3に入るくらい好きなピアニストで、90年代フィリップスでのドビュッシーやシューマン、2000年代のベートーヴェンソナタ集、2010年代はデッカでクリーヴランド管弦楽団とのモーツァルト協奏曲シリーズなど、愛聴盤に欠きません。どの時代であっても、リリカル、インテリ、ドラマチックといった固定の枠組みに当てはまらない、彼女独自の落ち着いた思慮深い演奏が大好きです。今回のベートーヴェンも同様に、聴き慣れた作品のはずが、これまでよりももう一歩深く踏み込めたような気持ちになりました。
SRM-D10も非常にパワフルです |
まずポータブルSRM-D10の方を聴いてみましたが、これはかなり良いです。音量・音質ともにポータブルという事を全く意識させない高性能アンプです。
自分の好みで言うと、従来の真空管アンプSRM-007シリーズよりもこっちの方が好きです。トランジスターだからでしょうか、情報量の多いSRM-727に近い系統のサウンドですが、もうすこし落ち着いて、硬さや派手さを抑えた実直なアンプといった印象です。
音量も十分な余裕があり、クラシックを聴いてもボリュームノブが50%を超える事はありませんでしたし、これまでの小型アンプSRM-252などで感じた歪みっぽさや、アタックのコンプレッションもありません。オーケストラの空間展開や、ピアノの物理的なサイズが見事に表現できており、STAXヘッドホン特有の魅力を引き出せていると思います。
STAXというと、低音がスカスカというイメージがあるかもしれませんが、SR-L700とSRM-D10の組み合わせでは周波数特性の起伏や偏りを感じさせません。SRM-D10がパワフルなおかげで静電振動板が余裕を持って動いているらしく、低音の方までしっかりとリニアに出ています。
ダイナミック型ヘッドホンのレファレンスモニターとして、私はゼンハイザーHD800をよく引き合いに出しますが、あれでさえ、いくら大口径ドライバーといっても、その外周に金属メッシュを敷き詰めて、音波の反射や通過性を巧みに利用して音響調整を行なっています。
HIFIMANやAudezeなど永久磁石を使った平面駆動型ドライバーでも、振動板自体に電流を流すという構造上、駆動が重くなり、低音まで十分な振幅を得るためには尋常でない高出力アンプが要求されます。そのため、鳴らしやすくするためにはドライバーは高音寄りで、ハウジングやイヤーパッドで低音を盛るような設計に頼る事になってしまいます。
その点STAXの場合は振動膜が絹布のように軽いため、可聴帯域の上から下までリニアに鳴らせている事が実感できます。振動面のサイズだけ見ればHIFIMAN HE1000とかに近いですが、振動「板」から音が押し出されているというのではなく、振動膜が空中で震えているという感覚です。軽くても決してシャリシャリしません。振動板のような金属っぽい硬さや、ハウジングの反射音響といった概念が無く、帯域の別け隔てなく透明感が素晴らしいです。
平面駆動型ヘッドホンも近頃は技術進歩が目覚ましいですが、高性能モデルになると非常に高価になってしまいます。それでいて現状では完璧とは言えず、イヤーパッドやフィルターメッシュ、ケーブルなどであれこれ出音バランスを調整して一喜一憂するユーザーが多いです。一方STAXは一見してわかるように貧相なプラスチックフレームに薄いイヤーパッドのみの構造で、振動膜から出る音のみに頼っており、音響チューニングで不足分を補う必要がありません。
STAXに弱点があるとすれば、ダイナミックレンジが狭い事が挙げられます。微小音は得意でも、急激な大音量に対応できずに音がぐにゃっと丸く潰れてしまいがちです。音割れとはちょっと違う、STAX特有の飽和っぽいサウンドとしか表現できません。とくにダイナミックドライバーの金属っぽいパンチのあるアタックに慣れていると、なおさらSTAXはサラサラ、シュワシュワして、メリハリが足りないように思えてきます。
それについては、最新のSR-L700でずいぶん改善されたと思います。旧タイプと比べて明らかに音量の強弱がハッキリと出音できており、ハイレゾのピアノ協奏曲のような広大なダイナミックレンジもしっかり描ききっています。
逆に言うと、最新STAXヘッドホンが進化したせいで、これまでのアンプでは対応しきれなくなってきたとも思います。
10年前のSTAXなら、価格帯ごとのヘッドホン+アンプのパッケージで、システム全体のダイナミクスが釣り合っていたと言えます。アンプが歪む頃にはヘッドホンが飽和しているといった感じです。最新STAXヘッドホンで旧アンプの不満点が浮き彫りになってきたタイミングで、今回の最新アンプが登場してくれたというわけです。
SRM -007tA/tII |
私はこれまでSTAXといえば、ラムダ・オメガタイプともに、アンプはSRM-007真空管シリーズを使っていました。下位モデルや社外アンプを使う事もたまにありましたが、私にとってSTAXサウンドというのはSRM-007と組み合わせた音です。当時のSTAXアンプの中では一番高価なモデルということで、これを使えば安心だろうという先入観もあったと思います。
真空管SRM-007は、楽器音の豊かな響きが楽しめる、味わい深いアンプだと思います。真空管のイメージとピッタリ合うような音色の温もりがあり、とくにボーカルやアコースティックギターなど、要点にオレンジ色のスポットライトを当てるような雰囲気があります。
個人的にSRM-007が嫌いな点は、交響曲など複雑な曲風のフォーカスが甘く、解像感やタイミングの確実さが不足している事です。そのため空間表現も曖昧になります。とくに感じたのは「音数が少ない」という印象です。主要楽器が太く主張される一方で、その背景にある細かい音の情報が薄れていて物足りなく感じます。立体音響に散りばめられた無数の音源を解像するには不向きのアンプだと思いました。
SRM-D10と比べて劣っているというわけではありませんし、ボーカルなどに特化したフィーリング重視の音楽鑑賞を求めるのであればSRM-007も良いと思いますが、私の場合は他社の高解像ヘッドホンの情報量の多さと比べてしまい、SRM-007では常に物足りなく感じました。
同クラスのトランジスターアンプSRM-727はメリハリが強く、音像定位がビシッと決まるタイプのサウンドです。低音も明確な土台があり、位相管理がしっかりしていて、振動板を正確に駆動している感覚があります。最新クラシック録音のように、ダイナミックレンジが広く、微小音が音響を構成する大事な要素になっている音楽では、SRM-727の確実性が効果を発揮します。余計な響きは少ないので、アタックが高調波で刺さるような事もなく、「鋭い」というよりは「明晰」に鳴っているという印象です。
SRM-727の弱点は、ダイナミックレンジが狭いハイテンションな録音では、うるさく感じます。つまりレファレンスモニターっぽさが強く、カジュアルな音楽鑑賞には対応しきれないという事です。その事で、私の身の回りでも、SRM-727よりもSRM-007を使っている人が圧倒的に多いです。優劣ではなく、STAXが好きなユーザー層が、SRM-007のサウンドを好む傾向にある、という事だと思います。
SRM-D10との比較でも、自然で高音質なアルバムではSRM-727の方がリアルで優れていると思えたのですが、そうでないアルバムではSRM-727では聴き疲れしてしまい、SRM-D10の方が良かったです。
SRM-D10はSRM-727ほどのカチッとした歯切れ良さや低音音像の臨場感は持ち合わせていませんが、その半面、丁度よいくらいの地味さ加減なので、楽曲との相性をあまり気にしなくても良いのがメリットですし、しかもSRM-727と互角に解像感が高いので、SRM-007ほどの物足りなさもありません。
ちなみに試聴ではSRM-007・727ともにChord Qutest DACを使っていたので、もし別のDACを合わせていたら印象もちょっと変わってきたかもしれません。STAXがレファレンスにどのメーカーの上流機器を想定しているのか気になります。
ジャズでKlaus Ignatzek Group 「Day for Night」というアルバムを聴いてみました。ハイレゾダウンロードショップを巡回して見つけた作品です。
このアルバムの存在を知らなかったので、ジャケットを見ただけでは、どこか北欧の自費出版レーベルのガレージ録音かと思ったのですが、よく見るとテナーサックスの巨匠ジョー・ヘンダーソンがいます。
情報を読んでみたところ、1990年(?)にNABELというマイナーレーベルで、ドイツのピアノトリオにジョー・ヘンダーソンがワンホーンで参加しているレア盤だそうです。CDは絶版になっており、なぜ今になってハイレゾダウンロード販売が登場したのか不思議ですが、内容は素晴らしいですし音質も良いです。真っ当なアコースティックカルテットで、カクテルピアノっぽいお洒落なトリオの上で、ちょうどThe State of the Tenorで復活した頃のヘンダーソン晩年のホットな演奏が楽しめます。
SRM-D50 |
SRM-D50を聴いてみました。
据え置き型でSRM-D10の上位モデルという位置づけですが、両者のサウンドはよく似ています。
それぞれに違った個性があるとか、どっちがどのジャンルに向いているとか、そういった違いは無く、単純にSRM-D10の時点で完成度が十分に高く、SRM-D50でより一層磨きがかかったような印象です。
両者の決定的な違いは、SRM-D50の方が楽器の生音に艶や色気があります。特にジャズのような生楽器をリラックスして楽しむには最適です。倍音の乗り方が自然で、まるで安い楽器から高い楽器にアップグレードしたかのような感覚です。
音色に艶があるといっても、SRM-007で感じたような主要楽器音だけを拾う味付けではなく、あくまでSRM-D10と同等の情報量の多さを維持できています。そのためドラムやベースのリズムタイミングが膨らまず、アンサンブル全体の体裁が整っています。つまり眠くなりません。
SRM-D10を聴いていた時はそれで十分凄いと思っていたのですが、SRM-D50を聴いた後では、SRM-D10では地味過ぎて味気ないと思えてしまいます。SRM-D10がスタート地点なら、SRM-D50は音楽鑑賞に特化した方向性に踏み込んでおり、価格差分のメリットは十分に発揮できていると思います。
私はSRM-D50のサウンドにかなり満足しているのですが、もしSRM-727や社外ハイエンドSTAXアンプユーザーがあえて不満を挙げるとしたら、たぶん「カジュアルすぎる」と言うだろうと思います。
DACを含めて周波数特性や空間、過渡特性のダイナミクスなど、とても上手に作り込まれているのですが、逆に言うと「上手に作り込まれている感」が強いです。自由奔放に暴れる事が無く、ヘッドホンとアンプが上等なハーモニーを奏でているような感覚で、言葉にするととても良いことのように思えますが、コアなオーディオマニアとしては、もうちょっと荒削りでワイルドななにかを期待している人もいると思います。
オーディオブランドでいうと、ラックスマンとかのように自己完結した世界観があり、もしくは海外ブランドだとプライマーやリンデマンなどのように、なんとなくライフスタイル系でナイスに仕上げたサウンドです。それが良い悪いという事ではなく、傾向としてそっち系だという印象を受けました。
SRM-D50のユーザーを想定すると、なにか圧倒的な分析力や、脳天を刺激するようなハードなサウンドを期待しているわけではなく、もしくは一辺倒で飽きやすい甘々サウンドを求めているわけではなく、単純に「自分が持っている大量のアルバムコレクションを一枚一枚じっくり聴き込みたい」という願望がある人だと思います。
現状STAXラインナップの中で、もしくは数多くのヘッドホンメーカーの中でも、そんな願望を手軽の実現できるのが、SRM-D50とSR-L700のコンビネーションだと思います。ヘッドホン・アンプ・DACなどの組み合わせをあれこれ悩まずに即決できるというのは極めて稀です。
SR-009ももちろん鳴らせます |
最後にヘッドホンについてですが、今回も色々と聴いてみた結果、やはり私はSTAXの中ではSR-L700の音が一番好きなようです。
下位モデルSR-L500とは大幅な価格差がありますが(135,000円 & 68,000円)、そこまで大きな音質格差は無いものの、やはりL700の方が全てにおいて優れています。どちらも十分にリニアで広帯域ですが、L700の方が「静電型っぽい鳴り方」が幅広い帯域で発揮できており、それと比べるとL500は高音と低音の両端で鮮やかさや質感が損なわれて、そこだけなんとなく「おもちゃっぽく」単調に鳴ってしまう感じです。今回新型アンプを使うことで、両ヘッドホンモデルの差がより強調されるようになりました。
STAXは上位モデルとしてオメガシリーズSR-007A・SR-009・SR-009Sがあり、ハイエンドヘッドホンとしてはこれらの方が有名です。今のように高級ヘッドホンメーカーが乱立する前は、SR-009といえば20万円を超える最高級ヘッドホンの頂点として揺るぎない存在でした。
STAXはSRM-D10に相当自信があるとみて、海外ではSR-009SとSRM-D10のセット(D1009S)というパッケージも販売しています。今回SR-009で試聴してみたところ、SRM-D50はもちろんのこと、ポータブルのSRM-D10でも確かに十分な実力を引き出せていました。SR-007やSR-009を旧式の中級アンプで駆動しているユーザーは、ぜひこれら新型アンプを試してみることをおすすめします。
私の好みとしては、SR-009は確かに凄いヘッドホンだと思うのですが、なんとなく私の頭にあるSTAXのイメージとはちょっと違う気がして、あまり真剣に考えたことがありません。ラムダシリーズのSR-L700などと比べて、SR-009は出音が鋭くカチッとしており、一音一音の明確さが別次元です。レファレンスモニターとしてのポテンシャルは圧倒的に高いと思います。一方SR-007は幅広い音楽鑑賞に対応する優しさ、リラックスした雰囲気があります。
おわりに
今回ポータブルアンプSRM-D10の高性能ぶりには驚かされました。これまで真空管アンプでばかり聴いてきたSTAXの印象を一気に払拭する解像感の高さと力強い出音が魅力です。従来の小型アンプSRM-252と比べると値段の差はありますが、音質は確実に進化しています。ベーシックパッケージを使ってきた人ならば、ヘッドホン本体はそのままで、アンプをSRM-D10に買い換える事で大幅なアップグレード感が得られると思います。SRS-5100パッケージで353アンプを使っている人でも、私はD10の方が良いと思いました。
新規でSR-L500・L700クラスのSTAXヘッドホンを検討している人も、あえて大型据え置きアンプを買わずとも、SRM-D10とのパッケージで十分満足できると思います。値段もSR-L500+SRM-D10のパッケージで20万円を切るので(海外ではD10500というセットで売っています)、HD800など他社のハイエンドヘッドホンとヘッドホンアンプの組み合わせを考えても、十分ライバルになりうる価格とパフォーマンスだと思います。
据え置き型SRM-D50は光・同軸S/PDIF入力があるなど、据え置き型としての利便性は向上していますが、駆動力や最大音量などに関してはSRM-D10の段階で十分パワフルなので、そのあたりをわざと差別化していないのが良いです。純粋に音質のみを聴き比べて、SRM-D50の方が優れていると思いました。
今回の新型アンプはUSB DACを内蔵している事がコストパフォーマンスの面でも大きく貢献しています。さらにピュアオーディオっぽく考えるなら、STAXヘッドホンの性質上、録音された音楽をストレートに表現できる能力が圧倒的に高いので、上流機器を複雑にするほど、かえってデメリットになる気がします。
後生大事に使っている旧式の高級DACやCDプレイヤーがノイズレベルや帯域リニアリティの足かせになっている事が意外と多いです。それらの組み合わせの相性で試行錯誤するよりも、シンプルなDAC内蔵のオールインワンはSTAXの本質に合っていると思います。
何らかの事情で現在SRM-D50は海外市場のみ展開していますが、ぜひ早急に日本でも発売してほしいです。私が気に入ったSR-L700+SRM-D10のセットで約24万円、もしくはSRM-D50と合わせて約30万円という価格が安いかどうかは人それぞれですが、もし高級リスニングヘッドホンであれこれ悩んでいるのでしたら、新生STAXはぜひ視野に入れてみるべきです。